とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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第三十六話 始動

 大覇星祭、二日目。

 一日目にして最高潮の盛り上がりを見せていた学園都市だが、それは二日目も変わらないらしく、道行く人々は誰もがパンフレットを片手に競技の開始を心待ちにしているようだった。『外』からわざわざ学園都市まで足を運んだのだから、能力者による運動会を最後まで見届けたいという野次馬根性丸出しの気持ちからくる高潮なのだろうが、学園都市は彼らのそういった心理をよく突いているなぁと他人事ながら感心してしまう佐倉である。裏では世間に顔向けできないようなことばかりやっているくせに、こういう所はずる賢いのだからこの街は恐ろしい。

 

『変なことぶつぶつ言ってないで早く競技場に来いよ佐倉ぁー! このままだと怪我して絶賛絶不調の上条さんが借り物競争への出場を余儀なくされてしまうんだけど!?』

「あー、そのことなんだけどよ。俺今日は色々と忙しくなっちまったから、上条代役やってくれね? 正直、今日は競技に出場出来ねぇんだわ」

『は、はぁっ!? お前いきなり何言って……しかも怪我に不幸という借り物競争には最も相応しくない俺に代役押し付けるなんて、わざわざ負けに行っているようなもんじゃねぇか! だいたい最近のお前はいっつも忙しいとかなんとか……』

「そんじゃ、頼んだぞ」

『あっ! ちょっ、まだ説教は終わってな――――』

 

 焦ったような上条の叫びを最後まで聞くことなく携帯電話の通話を切る。身勝手な言い分だったと思うが、基本的に人がいい上条ならば自分の代わりとして借り物競争に出場してくれるだろう。良心を逆手に取った下衆な行動だが、今日の作戦を完璧に遂行するためには致し方ないことだ。罪悪感はできる限り振り払っておかなければ、これから先には進めない。

 上条との通話を終えると、佐倉は違う相手の番号をプッシュした。数回のコール音の後、通話が開始される。

 

『はぁい☆ 今日も元気で綺麗なワタシ、食蜂操祈ちゃんの番号よぉ~♪』

「佐倉だ。もうすぐ時間だが、首尾はどうなってる?」

『んー? カイツさんは朝から御坂さんの妹ちゃんに付きっきりで護衛の真っ最中。今は貴方の合流待ちねぇ。私は出待ち中かなぁ。野蛮力溢れる第三位が事件を嗅ぎつけてこっちに向かってきているみたいなの。あらゆるカメラにアピール力全開で映って私達に気付かせようとするなんて……あの子意外と目立ちたがり屋?』

「さぁな。……美琴には危害加えるなよ、食蜂?」

『時と場合と状況によるわねぇ。まぁ利害関係が一致している以上は協力関係を取り続けるつもりよぉ。駆逐艦に乗ったつもりでいなさぁい!』

「沈むわボケ」

 

 雰囲気ぶち壊しで軽口を叩き続ける食蜂に毒を吐きながらも、佐倉は一人現在の状況を思考する。

 今回の任務は美琴には告げていない。彼女に知られれば佐倉は無理矢理にも任務から外されてしまうだろうし、下手すればこっちに彼女を巻き込んでしまうと思ったからだ。表の騒動ならまだしも、裏の暗部事情に彼女を巻き込んではいけない。これは佐倉なりの心遣いでもあった。

 しかし今朝食蜂から聞かされた情報によると、美琴はすでに暗部組織との接触を行っているらしかった。【メンバー】と呼ばれる統括理事長直属の暗部組織。犬型ロボットを操る男と常盤台中学生複数人が戦闘を行い、その後美琴がその男を撃破したとのことだ。どこから事件を嗅ぎつけたのかは分からないが、相変わらずの主人公的立ち位置にいる美琴に思わず苦笑してしまう。白井達の記憶を消し、美琴からの着信も拒否して彼女と事件との接点を完全に断ちきったというのに、御坂美琴はこうして事件の中心に向かっている。まるでどこぞのツンツン頭のようだ、と先程競技を押し付けたクラスメイトを思い出してしまう。

 どれだけ蚊帳の外にされても最後には自分から必ず事件に巻き込まれる人間。それがいわゆる【主人公】や【ヒーロー】としての最低条件なのだろうか。それならば佐倉はやっぱり当てはまらない。いつも受身で流されるだけの自分が【主人公】になれるわけは最初から無いのであるが。しかしまぁ、脇役は脇役として精一杯もがいてみようと思う佐倉なのである。

 

『第二学区の研究所。【才人工房(クローンドリー)】っていう名前力のソコが目的地よぉ。入口傍に人形(・・)を乗せた軍用駆動鎧が立っているから、それを使ってちょうだいな。《登録》は済ませてあるから、装着したらすぐにカイツさんと合流ぅ。いいわねぇ?』

「了解。まぁ、いつもの駆動鎧じゃねぇってのは心残りがあるが……」

『学園都市内でも公表されていないようなゲテモノをお披露目するわけにもいかないんでしょ? そういうのは隠匿力に全力を注いでいる暗部の最優先事項だったりするわけだしぃ』

「相変わらずてめぇは表の人間なのか裏の人間なのか分からねぇなぁ……そういう情報どっから拾ってくるんだよ」

『あら、私の前では情報規制(セキュリティ)なんて紙切れも同然よぉ? ボタン一つで相手の脳内を把握できるんだから、便利よねぇ。やっぱり能力に必要なのは透明力よぉ』

「物騒かつ悪趣味な能力のご自慢をわざわざありがとう」

『ちなみにぃ、貴方の頭の中もファミレスの時に覗かせてもらってるからあしからずぅ』

「……やっぱりてめぇは信用出来ねぇよ」

『そう? 私は佐倉クンにはできる限りの信用力を向けているつもりなんだけどねぇ』

 

 含んだような笑いを零す食蜂。電話の向こう側で口元を抑えて小馬鹿に佐倉を嘲笑っている様子が容易に目に浮かぶ。どこか飄々として掴みどころのない彼女に佐倉は終始からかわれっぱなしだ。一応戸籍上は二つ年下の少女に手玉に取られるとか情けなさ過ぎて笑えない。……や、日頃から十四歳の第三位の尻に敷かれているじゃないかと言われると否定はできないが。

 周囲の通行人に不審に思われない程度の速度で歩いていく。第二学区に入り、目印の風紀委員支部が見えてきた時だった。

 

「んぉ? おー、佐倉じゃねぇか。こんなところでなにやってんだ、もしかしてナンパ?」

「アホか半蔵。今は大覇星祭の真っ最中なんだぜ? 佐倉の服装見たらわかるだろ。競技中だよ競技中」

「……久しぶりだな、佐倉……」

「げ……先輩方……」

「む? なんだよその微妙な表情は。最近アジトにも顔ださねぇから心配してたのによぉ。浜面なんか仕事中もソワソワソワソワと……」

「ばっ! 何言っちゃってんの半蔵!? おおお、俺は別に後輩が姿見せなくなったからって心配するようなチキン野郎じゃねぇし!」

「や、支離滅裂になってっぞ浜面」

(やばい……なんでよりによってこんな所にいるんだこの人達は……!)

 

 見覚えのある三人組だなぁとか思った時には後の祭り。人一倍視力のいい半蔵が佐倉を手早く見つけ、そこからはいつも通りの絡みが始まった。半蔵が佐倉を弄り、浜面がフォローを入れ、駒場がボソッと呟く。最近暗部の仕事が忙しくてスキルアウトの方に顔を出していなかったから随分と懐かしく感じる雰囲気だが、現在絶賛お仕事中の佐倉にとっては最悪とも言えるタイミングだ。しつこい上に鋭い半蔵に始まり、ツンデレだが後輩思いの浜面。そして仲間をこよなく愛する駒場。佐倉が置かれている状況を耳にすれば、たちまち事件に介入してくることは想像に難くない御三方がとんでもないタイミングで佐倉の前に登場した。

 

「最近超電磁砲との仲はどうよ? 行くところまで行ったのかぁ?」

「写メとかある? ほら、事後とか着替えとかお風呂場ハプニングとか! バニーちゃんならなお良し!」

「……元気そうだな……。……あまり心配させるな、佐倉……」

(わぁもう大嵐だなこの人達!)

 

 先輩三人にもみくちゃにされながら内心で絶叫する愛玩後輩が一名。最後に会ったのは夏休みだったろうか。せいぜい二、三週間程しか経過していないのだが、それでも彼らは佐倉の事を心配してくれていたらしい。軽口の中に純粋な思いやりを感じ取り少々照れてしまうが、それでもまずはこの場を乗り切る方法を考えるのが先決だった。なんか不良らしい非常に頭の悪い質問を浴びせられながらも佐倉は大して良くもない頭を必死にフル回転させる。

 安牌としては浜面仕上。何かと単純で涙脆いこの男を煽ってしまえば残りの二人も巻き込んでくれるはずだ。去年の冬にスキルアウトに入ったばかりにも拘らず既にナンバー2という位置にまでついてしまったほどの男である。彼が一声上げれば半蔵達も自ずと彼に付いていくだろう。というか、もう浜面をどうこうするしか佐倉には思いつかなかった。

 思いついたら即行動。佐倉は「そういえば!」とわざとらしく両手を打ち鳴らすと、美琴のエロ写真を要求してきていた茶髪先輩に向けてこれまた演技がかった叫びを上げる。

 

「大覇星祭期間だからか知りませんけど、第七学区の競技場前で大勢のバニースーツ女達が写真撮影していましたよ!」

「な、なんだってー! 半蔵! 駒場! これはもう行くしかないだろ!」

 

 大丈夫かこの人、と我ながら心配になる。いくらバニーに目がないとはいえ、ここまでちょろいというのは些か危険ではなかろうか。これはアレだ。将来キャッチセールスやマルチ商法に引っかかった挙句、クーリングオフ制度も知らないから途方に暮れるパターンの人間だ。ちょっと美味しい話があれば脇目も振らずに食いつく姿が目に浮かぶ。この人と結婚する人は大変だろうなぁ、と目を輝かせて二人を急かす浜面に憐憫の視線を向ける佐倉。

 急変した浜面に若干焦り気味の二人がなんとか彼を止めようとしている。口下手な駒場はともかく、何かとハイポテンシャルな半蔵に口を挟まれると少々厄介だ。ここはトドメの一発をお見舞いしておくしかあるまい。

 佐倉は再び声を荒げると、携帯電話を開いて画像を見ている振りをしながら、

 

「あ、あーっ! このバニーちゃん達、一人だけ郭さんっぽい女性がいるような……」

「あのバカ何やっちゃってんの!? くそっ、こうしちゃいられねぇ。いくぞ浜面、駒場の旦那! ちょっとばっかし面倒くさいことになってそうだが、あのアホ忍者をとっちめる!」

「うぉおおお! バニーちゃんは俺のもんだー!」

「……待て、俺はそんなものに興味など……ッ」

「いってらっしゃーい」

 

 目の色を変えて弾丸のように走り去っていく三人に手を振ると、思いっきり安堵の溜息をついた。疲れた。形容しがたいレベルの疲労感が佐倉の両肩に乗っかっている。予想以上に単純な先輩方で助かった、と後輩らしからぬ思考に耽る佐倉はこの後三人にボコされてしまうのだろう。因果応報とはこのことか。

 息を整えると、再び携帯電話を開く。先程見た時に着信が入っていたのだ。発信先はカイツ。護衛任務についてだろう。着信履歴からかけ直すと、カイツはワンコールで電話に応じた。

 

『何やら外が騒がしかったので電話をしたのですが……あの三人はお知り合いデ?』

「あー……まぁ一応。ちょっとした集まりの先輩達ってところです。巻き込むわけにはいかねぇから色々デマ流して追い返しておきました。やー、これは後で何されるか分かったもんじゃねぇですわ」

『……こんなことを今更聞くのも意地が悪いのでしょうけど、本当に良かったのですカ? まだ、今ならば引き返せますヨ?』

「ご心配どうも。でも、大丈夫っすよ」

 

 どこか気を遣ってくれている様子のカイツに、しかしながら佐倉は否定の言葉を向ける。

 これはあくまでも自分が選んだ道だ。どれだけの絶望が待っていようが、佐倉自身が選択した人生なのだ。引き返すなんて選択肢は、最初から持ち合わせていない。ファミレスで食蜂の依頼に首を縦に振った時点で、佐倉は何があっても最後まで任務を遂行すると決めたのだから。

 

「それに、ミサカ達を放ってはおけねぇっすよ。せっかく守ったアイツらを、こんなところで失う訳にはいかねぇですし」

『そう、ですカ。いえ、それならばいいのでス。少しでも迷いが出て任務に支障が出てしまってはマズイと思っただけですかラ。心配ないようで、なによりですヨ』

 

 どうやら気を遣わせてしまったらしい。根っからの悪人ではないのだろうカイツは、まるで我が子に接するような穏やかな調子で佐倉の身を案じてくれていた。暗部に関係する人間としては珍しい種類のカイツに、どこか親近感のようなものを覚えてしまう。

 周りに誰もいないのを確認すると、佐倉は【才人工房】の敷地内に侵入した。建物の入口傍に行くと、先程食蜂が言った通り駆動鎧が佇んでいる。警備員などが使っているタイプの、学園都市ではありふれた型式の駆動鎧。中にいた洗脳済みの人間を放り出すと、佐倉は素早く装着を行う。

 

(武器はマシンガンにグレネードランチャー……軍用って言うからには、威力は凄まじいんだろうか)

 

 ちょっと使ってみたい気もするが、戦闘が無いに越したことはない。最近思考が物騒になってきていることに軽い落胆を覚えながらも、佐倉は装着を終えるとミサカとカイツが待つ部屋に向かう。一歩踏み出す度に重苦しい機械の足音が、誰もいない廊下に響き渡った。

 ――――絶望は、すぐそこだ。

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

『……とまぁ、アイツの思惑に乗せられた振りして近くの建物に隠れたわけだが。こりゃあ何かよからぬことが起きているよなぁ』

『な、なぁ、アイツがわざわざ逃がしてくれようとしたんだから、無理して自分から巻き込まれに行く必要はないんじゃないか? 厄介なことになるかもしれないしさ……』

『……仲間が危険な目に遭うのなら、手助けが必要だろう……』

『そりゃそうだけどさぁ……』

『なんだよ。じゃあお前はアイツが大怪我しても良いってのか? もしかしたらこのまま死んじまって、二度と一緒に馬鹿やれなくなっちまうかもしんねぇんだぞ。そんな薄情な奴だったのかよ、お前は』

『……あーもー! 行けば良いんだろ行けば! くそっ、俺だってアイツをどうにかしたいってのは本当だよ! 仲間だしさ!』

『オーケー流石だ。それじゃあまずは武器調達から始めるか。俺は偵察と通信係。浜面は念のため車や重機を確保。旦那は銃火器を持ってきてくれ。状況に変化があり次第連絡する』

『……了解……』

『分かった。出来る限りのことはしておくよ』

『よし。そんじゃ……先輩泣かせな後輩を手助けしに行くとしますかね』

 

 

 

 

 

 


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