とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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第三十七話 天上の意志

 駆動鎧を装着して【才人工房】の奥へと進んだ佐倉は、ミサカとカイツがいる部屋へと辿り着いた。一応施設の奥にあり、警備体制もしっかり敷かれているのだろうその小部屋にはいくつもの機械が並び、その中央にミサカは寝かされている。

 熱の為か赤く染まり、上気した顔のミサカを心配げに見下ろしながら、佐倉はカイツに彼女の容態を問う。

 

『……ミサカは、大丈夫なんですか』

「なんともいえませんネ。私達にできるのはあくまで応急処置。本当ならば一刻も早く病院に連れて行った方がいいのでしょうガ……状況が状況でス。今は、ここで休ませておくしかありませン」

『そう、っすか……』

 

 ぐ、と思わず拳を握り込んでしまう。いつもこうだ。自分が介入した時には手遅れ。既に事件は起こってしまっていて、佐倉にできることと言えば少しだけ状況を引っ掻き回すくらい。打開の決定打を打つことはできず、いつも最終的には誰かに決着を委ねるしかない。神様はいつも佐倉を嘲笑うかのように彼をリタイアさせる。間に合わない上に誰かを巻き込み、そして結果すら丸投げすることしかできない。いくらなんでも、あんまりではないか。

 小部屋を暗い雰囲気が包み込む。お互いに何を言うでもなく、ただ口を噤んで彼女の様子を見守っていると、

 

「ん……?」

 

 ミサカが、おぼろげにではあるが目を覚ました。

 

『ミサカ! 大丈夫か!?』

「あ、れ……その声、は……望、さん……?」

『あぁそうだ。佐倉望だよ。今はこんな格好だけど、お前の友人の佐倉だ!』

「……すみま、せん……御心配を、おかけしたようで……」

『気にすんなって。それよりも無理しねぇ方がいい。ナノデバイスを撃ち込まれたんだ、しばらく熱は引かねぇだろうしさ。ゆっくり休めよ』

「はい……よく、状況が掴めませんが……お言葉に、甘えさせて……」

 

 最後まで言い切ることなく、気が付くとミサカは穏やかに寝息を立て始めていた。わずかに膨らんだ胸が上下するのを安心したように見ると、髪を撫でてやろうと右手を出して……やめる。

 駆動鎧を装着している今の佐倉は、細かい動作を行うことができない。

 そもそものサイズからして、大雑把な動きしか取れないようにできている。機械の操作や銃火器の発砲といった結構なサイズの動きならば可能だが、生身の人間の髪を撫でるような細かい作業は、力加減の調整に慣れていない今の佐倉には不可能と言ってもいいだろう。下手すれば、ミサカを余計に傷つけてしまうことにもなりかねない。

 彼女を安心させることもできず、佐倉は悔しそうに唇を噛んだまま立ち尽くす。だが、そんな失意の中でも佐倉の決心は揺るがない。――――彼女を守ろう、という決意は、絶対に揺るぐことはない。

 

『守るよ、絶対に。お前も美琴も、この命に代えてもさ』

「……やはり、貴方は暗部には向いていませんヨ」

『よく言われます』

 

 未だに甘えと優しさが抜けていない佐倉に呆れたような呟きを漏らすカイツだが、その顔にはどこか柔らかな笑みが浮かんでいた。本当は平穏を望む人種なのか、カイツはたまにこうやって大人びた優しい微笑みを浮かべることがあった。本人はあくまでも否定するが。

 知的傭兵ににわか暗部という奇妙な二人は互いに顔を見合わせると、気まずそうに苦笑を浮かべる。早くこの任務を終わらせて、一緒に食事でも行こう。そんな何気ない口約束を交わしながら、彼らはミサカの護衛を続けた。

 ――――しかし、平穏はそう長くは続かない。

 突如として、天井に設置してあるスピーカーからけたたましい警報が発せられたのだ。耳をつんざくほどの音量で部屋中に響き渡るその警報は、この【才人工房】に何者かが侵入してきたことを示している。順序を踏まえた正規の訪問者ではなく、力ずくで彼らを襲いに来た襲撃者の侵入。思ったより早い状況の展開に、しかしながら二人はあくまでも冷静に言葉を交わした。

 

『俺が盾と迎撃を担当します。カイツさんはミサカを連れて、俺の後ろに隠れながら進んでください』

「……あまり子供を囮にするのは好きじゃないんですがネ」

『つべこべ言える状況じゃねぇっすよ。今は何よりもミサカの安全を確保することが先決です。心配しねぇでください。このポンコツ駆動鎧は、どうやら戦闘力と防御力だけが取り柄みてぇですし』

 

 マシンガンを構えながら軽口を叩く佐倉。言葉を返すこともなく、カイツは意識の混濁しているミサカを背負うと彼の背中に隠れるように位置を取る。準備が整ったのを察すると、佐倉は銃を構えたまま自動ドアのボタンに手をかけた。

 

『死なせねぇよ、絶対に』

 

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

「ちょっと! 勝手に進まないで、説明くらいしなさいよ!」

「あぁもぉうるさいわねぇ! 今ちょっと立て込んでるんだから少しは黙れないのぉ!?」

「だから説明してくれたら黙るって言ってるでしょ!?」

「じゃあ後で嫌という程その野蛮力たっぷりな貴女に説明ぶつけてやるから黙ってちょうだい!」

 

 第九学区の会議場から慌てた様子で出てきた二人の女子中学生。茶色の髪の毛を短く切った活発そうな少女と、日本人離れした金髪を腰辺りまで伸ばしたアイドルのような容貌の少女は、お互いに怒鳴り散らしながら停車していた黒塗りの自動車に乗り込んだ。何やら切羽詰っているようで、金髪の美少女は冷や汗を拭うこともせず運転手に発進を命じる。

 一切の説明もないままに突っ走る金髪――――食蜂操祈にいい加減怒りを覚えた茶髪――――御坂美琴は、一人でぶつぶつと呟いている食蜂にしこたま怒声を浴びせていた。しかし、当の本人が美琴に説明を行う様子はない。本当に追い詰められているようだ。詳しいことは分からないが、どんな時でも冷静で飄々としている彼女にしては珍しい。額を抑えて悔しそうに唇を噛むその姿は、常盤台の女王として崇められる彼女らしからぬ光景だった。

 しばらく唸っていた食蜂はいくらか落ち着いてきたらしく、嫌々ながらも美琴の方を向くと口を開く。

 

「あの子を第二学区の施設に匿っているっていうのは、さっき言ったわよねぇ?」

「えぇ。ナノデバイスを撃たれて高熱を出したあの子をアンタ達が保護して、今は護衛と一緒に待機させているって。でも、それがどうかしたの?」

「……木原幻生が、その場所を突き止めた可能性力が高いわぁ」

「なっ……!? あ、あの子は大丈夫なの!?」

「分からない。一応信用できる人達に任せてはいるけれど、戦力的にはちょっとばっかり頼りないからぁ……」

 

 そこまで言ったところで、食蜂はいきなりポケットからスマートフォンを取り出すとどこかに電話をかけ始めた。タイミングからして前述の護衛だろうか。ミサカの安否を確認しているのかもしれない。

 数回のコール音が鳴った後、相手は電話に応じたようだ。食蜂は相手の確認も待たず、畳みかけるように叫ぶ。

 

「なんでもいいから現在の状況力を手短に説明しなさい!」

『このクソ大変な時に電話してくんじゃねぇよ食蜂! インカムに接続してなかったら撃たれてたわ!』

「そんなことはどうでもいいからっ、状況を教えなさい!」

『襲撃から逃れている最中だ! カイツさんとミサカは無事だが……このままだといつまで耐えられるか分かんねぇぞ!』

「その声……も、もしかして望!?」

『げっ、美琴か……?』

「やっぱり……でも、なんで望が……」

 

 電話口から漏れてきた聞き覚えのある声に、美琴は思わずと言った様子で声を荒げる。だが、それと同時に混乱と戸惑いが彼女の思考を埋め尽くした。彼は今、借り物競争に出場しているはずだ。それは昨日の時点で確認した。今日はなぜか電波が悪くて繋がらなかったが、それでも美琴はそう信じていた。

 ……しかし、今考えてみると疑問が残る。白井や初春達の記憶が消され、精神的に追い詰められた美琴は佐倉に電話をかけると共にできる限り彼を捜索したのだ。一応不審がられない程度に見張りの派閥メンバーや湾内達にも協力を要請していた。……が、佐倉の消息を掴むことはできなかった。競技に参加していて忙しいのだろうと自分を無理矢理納得させていたが、まさかこの事件に巻き込まれているなんて思いもしなかった。するはずがない。彼はあくまでも一般人で、こんな暗部の絡んだ事件に関係するわけが――――

 

(――――あっ……そういえば、望も暗部の人間だった……)

 

 大覇星祭であまりにも普通に接していたから失念していた。そうだ、夏休み最後の週に、垣根帝督の襲撃を受けた佐倉は美琴を助ける代わりに暗部行きを承諾したのではなかったか。そして、つい数日前にも疲弊しきった彼と電話で話したのではなかったか。すっかり忘れていた事実を思い返しながら、美琴はふと食蜂の顔を睨みつける。

 

「食蜂! なんでこの件に望が関わってんのよ! いくら暗部って言っても、何かきっかけがないと望は出しゃばれなかったはずよ!」

「なんでって言われてもぉ、そんなの私が護衛を依頼したからに決まってるじゃない」

「なっ……!?」

「護衛対象との関係性。適切な戦闘力。一般人に不審がられない程度の普通力。……それらを鑑みた結果よぉ。至極当然で、これ以上ないくらいに当たり前の結果だわぁ」

「だ、だとしても……なんでよりによって望なの!? アイツはただでさえ疲労困憊しているのに、これ以上戦場に立たせちゃえば、今度こそ本当に壊れちゃうかもしれないのよ!? もしかしたら死んじゃうかもしれないのに! アンタ、それをちゃんと分かって……」

 

 が、美琴が最後まで言い終える前に、いきなり電話口から聞こえていた音が消えた。銃声も怒声も、何もかもが急にシャットアウトされ、自動車内に静寂が訪れる。

 美琴の顔が青ざめた。

 

「今の……もしかして、望に何かっ……!」

「……色々考えている暇はなさそうねぇ。とにかくぅ、さっさと目的地に急ぎましょう」

 

 色々と言いたいことはあったが、これ以上怒鳴り散らしていても状況が好転することはなさそうだ。食蜂の言う通り、一刻も早く彼らを助けに行くことが先決だろう。

 大人しく黙り込むと、ぐっと肌が色を失う程に力強く拳を握り込む。あのどうしようもない無能力者がまた自分達を助けるために命を張っている事実が許せなくて、とても怒りを抑えられそうになかった。少しくらい相談してくれれば何かが変わったかもしれない。例えば彼を巻き込まなくても済んで、美琴も幾分か安堵できるような結果に誘導できたかもしれないのに。

 

(あの馬鹿ッ……後で絶対ぶん殴ってやるんだから!)

 

 美琴の想いを受けたように、乗用車はさらに速度を上げた。

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

「ふむふむ、やはり興味深い対象だねぇ。さすがはミサカネットワークを具現化した力といったものかな?」

 

 【才人工房】の屋上で、白衣に身を包んだ老人が空を見上げながらしみじみと呟いた。視線の先に広がるのは青々とした天気空ではない。確かに先程までは太陽が存在を主張する青空だったのだが、今はまるで嵐が来たようなドス黒い雲に覆われた気味の悪い空が広がっている。暗雲を彩るのは、これまた黒い光を放つ雷のような物体だ。バチバチと何かを焼くような効果音を散らしながら、その物体は天高く、そして広々と空中を覆っていく。この世のものとは思えない幻想的な光景。そして、どこか不気味さを感じさせる黒ずんだ天空。

 老人は傍らに軍用駆動鎧(・・・・・)を佇ませたまま、背後で銃を構えたまま硬直している金髪男性(・・・・)に向けて屈託のない笑みを浮かべた。まるで育てていた幼虫がカブトムシに成長したのを喜ぶ子供のように、彼は純粋無垢な笑顔を貼りつけて天に広がる無数の力の塊を仰ぎ見た。

 素晴らしい。再びそう呟いた時、激しい破壊音共に一人の少女が屋上に現れた。ランニングタイプの体操服を身に纏った茶髪の少女は、しばらく視線を彷徨わせると老人に気付く。次に彼の隣に立っている駆動鎧を驚いたように見ると、歯を食いしばるように憤怒の表情を浮かべた。鎧に身を包んでいる以上操縦者を見分けることはほぼ不可能なはずなのだが、もしかしたら事前に誰かしらから情報を得ていたのかもしれない。

 怒りに顔を歪めていた少女だったが、こちらに歩いてくるにつれてもう一つの人影に気が付いたらしい。少女と同じ顔をした(・・・・・・・・・)薄緑の患者服を着た少女が力なく倒れ込んでいるのを目にすると、とうとう抑えられなくなったのか前髪から無数の火花を散らせて怒鳴り声を上げた。

 

「その子達に……望と一〇〇三二号に、何をしたァああああああああああッッッ!!」

 

 空気を焼き切るような音が響いたかと思うと、彼女の周囲を幾本もの電撃が走り回る。屋上の床が瞬く間に焦げ付いていく様子を目の当たりにしながらも、しかし老人は顔色一つ変えることもなく手に持ったレーザーポインターを少女の方に向けた。行動の真意が掴めず、思わず立ち止まる少女。

 

「この力の一番面白い使い道……そうだねぇ。例えば、第三位を学園都市の頂点に押し上げる手助けに使うというのは、どうだろう」

 

 ニィ、と口の端を吊り上げると、レーザーポインターのボタンを押す。

 ――――雷光が煌めいた。黒ずんだ力の奔流が少女を目がけて一直線に向かっていく。突然の事態に目を丸くするしかない少女の頭上に、無数の黒い電撃が落ちていく。

 雷が落ちた。今度こそ本物の雷鳴が轟き、【才人工房】の屋上を震わす。その中心に佇む『ナニカ』に何度も雷が落ちると、次の瞬間にはその『ナニカ』から無数の雷撃が放出され始めていた。全身を白に覆われたソレは、周囲に電撃の膜を纏わせながらも確かにそこに存在している。

 

「いやぁ、これは凄い。予想以上の出力だよ。これならば成功するかもしれない。そうは思わんかね、佐倉望君?」

 

 老人は心底楽しそうに隣の駆動鎧に話しかけるが、言葉が返ってくることはない。既に老人の洗脳によって(・・・・・・・・・)自意識を失っている彼が、そもそもからして返事をできるわけがないのだが。しかし老人は落ち込むこともなく、一方的に駆動鎧に言葉を投げかけていく。まるで自慢話を披露する子供のように、一見微笑ましい様子で言葉を続けている。

 一際巨大な雷が落ちた。一瞬老人の視界を『白』が覆い尽くす。完全に景色が飛んだが、それでも老人の口元は妖しく綻んでいた。

 老人は言う。

 

「さぁ、実験を始めよう」

 

 学園都市の夢を実現するため。そして、『木原』が掲げる唯一無二の目標を達成するため。

 無数の無能力者達を昏睡状態に至らしめた【幻想御手事件】。

 木山春生の教え子達を危険に晒し、数々の思惑が交錯した【乱雑開放事件】。

 一万人もの命を犠牲にし、最強の超能力者を壊す原因となった【絶対能力進化実験】。

 数々の悲劇を生み、大勢の命を奪い、そしていくつもの絶望を与えてきた。しかし、それでも『木原』は大願を成就することができなかった。……だから、今度こそ成功させて見せる。

 木原幻生は微笑みを浮かべる。目の前に佇む御坂美琴のなれの果てを、配下に治めた佐倉望と共に眺めながら。

 

「御坂君は、天上の意志(レベル6)に辿り着けるかな?」

 

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

 ――――【幻想殺し】は走る。自らの意志に従い、悲劇を止める為に。

 

 ――――【最大原石】は吠える。根性無しを、この手で矯正する為に。

 

 ――――【無能力者集団】は団結する。馬鹿でどうしようもない後輩を、地獄から救い出すために。

 

 役者は揃った。本来ならば主人公であるはずの少年少女を助けるヒーローは、今ここに集結した。史実ではあり得なかった役者達。余計、無駄とも言われるかもしれない。だが、それでも彼らはここに集まった。本来とは違う展開、状況。それを打破できるのは、同じくイレギュラーな展開のみ。

 時は大覇星祭二日目。場所は【才人工房】。

 『人間』は誰もいない空間で一人笑みを浮かべる。どうしようもなく壊れていく、少年の事を思いながら。

 

 

 

 

 

 




 コミックスに追いついてしまったご報告。
 なんか急ぎ足になりましたが、すみません。超電磁砲を未読の方には悪いことをしました。
 さて、原作よりも増員してお送りする大覇星祭編。最後までお楽しみいただければ幸いです。
 それでは、また次回。

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