とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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 今日も無事に更新できました。明日で試験休みが終わるので、それ以降は更新遅れます。


第四話 ある夏の一日(前編)

《昨日未明、学園都市第七学区を中心に原因不明の地震が発生しました。局地的なもので都市全体に被害はありませんが、第七学区の一部の道路で破損、地割れなどが起きているようです。原因などについてはまったく分かっておらず、現在警備員が研究所と連携して究明に当たっているということです》

 

「学園都市でも地震とか起こるんだなぁっつぁ!」

 

 最近新発売のカップラーメンに舌鼓を打っていた佐倉は、久しぶりに流された地震情報を聞いてのんびりと呟く。しかし勢いよく麺を啜ったことでまだ温度を失っていなかったスープが顔面に着弾し、悶絶する羽目に。

 そしてさらに、顔を押さえようと大袈裟に動いたせいでテーブルに膝を打ち、これまたスープがズボンに飛来した。

 

「あーぁ……なんだよこの不幸っぷり。上条のお家芸が感染ったんじゃねぇか?」

 

 同じ学生寮に住むツンツン頭の少年を頭に浮かべながら溜息を漏らす。最近どこか様子のおかしいあの少年は昔から周囲がドン引きするレベルで壊滅的に運がない。八月に入って何度か目にしたが、どんな時も例外なくなにかしらの不幸に見舞われていた。どこまで天に見放されているのかを考えると思わず涙が零れる。

 八月初旬。先週に比べて太陽も活発になってきたが、補習は既に終了しているため問題はない。安心して一日中部屋でくつろぐことができる。

 自由という最高の感覚に胸を躍らせつつ、濡れた服を洗濯籠にぶち込んで着替え始める。

 すると、

 

『すみませーん、宅配便でーす!』

「あ、はーい」

 

 二回ほど軽くノックされ、ドアの向こうから甲高い声が届いた。

 こんな午前中から宅配なんて珍しいな。学園都市の運送事情に少しだけ驚きを覚えながらも、判子を用意して玄関へと向かう。

 この寮は共用廊下が狭いので、宅配業者にぶつからないよう慎重に扉を開く。

 

「は~い♪ 一週間ぶりね強盗犯さ――――」

「人違いです」

 

 光速で扉を閉めた。鍵とチェーンをかけることも忘れない。

 何故だろう。暑さで頭がやられてしまったのだろうか。今扉の向こう側に常盤台のサマーセーターを着用した茶髪の第三位らしき少女が立っていた気がする。

 先ほどからまったく止まる気配のない冷や汗に悪寒を覚えながらも、佐倉はロックを解除してもう一度だけ真実を確かめる。

 

「おーっす、一週間ぶりねワンボックスカーの――――」

 

 応答するまでもなく全ロックを発動。ダッシュでベッドの中へダイブする。

 間違いない。自分の頭は正常だった。非常に残念なことながら、今最も関わりたくない人物堂々の第一位が玄関の前に立っている。

 

『こ、こらー! なんで閉め出すのよここ開けろー!』

 

 ガンガンガン!! とボロッちい扉を粉砕する勢いで荒っぽくノックする少女――――御坂美琴。挨拶していた時の爽やかさはどこに行ったのか、今にも強行突破を実行しそうな雰囲気である。近所から苦情が来るのもそう遠くはないかもしれない。

 唯一の癒しである寮生活に亀裂が生じ始めているが、佐倉は息を殺し、存在感を消して居留守を敢行。願わくばこのまま諦めて帰ってくれまいかと神に祈る。……顔を合わせている時点で居留守作戦は絶対に成功することはないのだが、そんな小さな事実に構っている余裕は無かった。

 というか、それよりも何よりも疑問なことがある。

 

「なんで俺の住所バレてんだッ……!」

 

 自分と彼女は一週間前に初対面だったはずではなかったか。住所はおろか名前すら伝えてないはずなのに、どうして個人情報が漏洩しているのか理解できない。学園都市の情報事情はどうなっているのか。

 そうしてしばらく『家にはいませんよ』モードでビクビク震えていた佐倉だったが、痺れを切らした美琴の放った一言にとうとう重い腰を上げることになる。

 美琴は静かに溜息をつくと、

 

『仕方がない……吹っ飛ばすしかないわね』

「すみませんでしたぁ!」

 

 目にも止まらぬスピードで玄関へと向かい、開門。故事の鶏鳴狗盗でさえもここまであっさり開くことは無かったであろうちょろさに美琴は少しだけ顔を引き攣らせる。まさかこんな簡単に降伏宣言をしてくるとは思わなかった。そこまで扉を壊されるのが嫌なのだろうか。

 真っ青通り越して紫に変色させたような顔色をしている佐倉は、今世紀最大の二酸化炭素を吐くと半身になって部屋へと招き入れた。

 

「どうせ言っても帰らねぇんだろ? 茶くらいなら出してやるから上がれよ」

「お、おじゃましまーす……」

「なんでちょっと緊張してんだ」

 

 地上げ屋よろしく脅迫紛いに鍵を開けさせた少女とは思えない態度に肩を竦める佐倉。

 一方男子の部屋に入るのなんて人生初な美琴は未知の空間を目の前にして息を呑む。今、自分は異性のプライベート空間に入ろうとしているのだ。これは慎重に進まなければならない。

 戦場の兵士を彷彿とさせる忍び足で居間へと向かう美琴だったが、思いのほか普通な光景に脱力した。

 

「い、意外と綺麗なのね……」

「お前は俺をどういう風に見てやがんだよ。とりあえずそこの椅子にでも座っとけ」

 

 勉強机の前に置いてある椅子に促されて、大人しく従う。なんだかとっても変な気持ちだった。

 

(う、うわー、そういえば男子の部屋に入るのってそういう関係の女性じゃないと許されないんじゃなかったっけ?)

 

 どこか偏った知識を思い出す。確か以前読んだ恋愛小説に書かれていたのだったか。あの本では部屋に上がった後、いわゆる【恋人の営み】に物語がシフトしていったような気がする。

 

(恋人、ねぇ……)

 

 馬鹿らしいと鼻で笑う。自分はここの家主に宣戦布告を行いに来ただけなのだ。間違ってもそういうことは起こらない。起こるはずがない。どう見ても草食系だしこの男。

 手持ち無沙汰でどうしようもないので椅子に座ったままクルクル回転していると、お盆に二人分のオレンジジュースを乗せた佐倉が奇妙なものを目撃したような顔で戻ってきた。

 

「子供かお前は……」

「なによ悪い? いいからそのジュースよこしなさい」

「へいへい」

 

 美琴にグラスを手渡し、佐倉は向かい側のベッドに腰掛ける。

 お互いにジュースを持ったまま、なんともいえない静寂が訪れた。

 

「…………」

「…………」

 

 空中に目を泳がせ、髪を掻いたりしてみる二人。

 そもそも最初に押し入ってきたのは美琴なのだから、話を切り出すべきはそっちだろうというのが佐倉の考えだ。まぁ正しい。一般的な感性だ。

 そして件の美琴はというと、

 

(男なんだから空気和ませるくらいの甲斐性見せなさいよ!)

 

 あり得ないほどのデキる男要求を全力で行っていた。

 それは黙りこくっていても察せるほどに強く態度に出ている。なんとか気付くまいと抵抗を続ける佐倉でさえも精神を削られる勢いだ。

 結局、彼が口火を切ることになる。

 

「……お前、何の用があって俺んとこに来たんだよ」

「え? えーと……そうそう、落し物を届けに来たんだった」

 

 そういう重要なことは玄関先で一番に言えと声を大にして言いたいものの、顔を見た途端に拒絶したのは他でもない佐倉であるので強くは言えない。あの時変な意地を張らずに理由だけでも聞いておくべきだったと今更ながらに後悔する。

 ようやく会話が始まったことに安堵を覚えたのか、先ほどに比べると幾分か余裕のある様子でスカートのポケットから黒い手帳を取り出し、佐倉に差し出した。

 以前落としてついぞ見つからなかった生徒手帳だ。

 

「これ……」

「アンタ私から逃げるときに落としていったのよ。まったく、手帳落として気付かないほど必死に逃げるヤツがいるかっての」

「命の危険感じるくらい本気で喧嘩吹っかけてきた奴がよく言うぜ」

「私はいつ如何なる場合においても戦いに関しては手加減しないのよ」

「戦闘狂め」

「黙りなさい逃走王」

 

 減らず口を叩き合うが、その顔にはどこか喜びの感情が浮かんでいた。そこまで交友期間は無いはずなのに、まるで以前から知り合いだったかのように話が弾む。

 

「へぇ、御坂の親父は経営コンサルタントやってんのか」

「ちょっと違うらしいんだけど、まぁ似たようなもんね。世界飛び回ってるから滅多に帰ってきやしない。最後に顔見たのはいつだったか」

「ウチは両親がイギリスに行っちまったから、最近はまったく会ってねぇな」

「イギリス? 旅行か何か?」

「知り合いの金持ちから屋敷を譲ってもらったらしくて、俺が学園都市に行くのと同時に引っ越していったんだ。タイミングからして絶対に俺がいなくなるのを待っていたな、アレは」

「す、凄い両親ね……」

「そうでもないさ。ちょっと変わってるけど、そこらへんにいるしがない大人だよ」

 

 なんのことはない雑談を交え、交流を深めていく。元々美琴に信仰心のような感情を持っている佐倉としては会話できるだけでも内心嬉しいのだ。思わぬ襲撃に遭ったから少し恐怖を覚えていたものの、普通に友人として話す分にはドンと来いである。

 お互いに五杯目のおかわりに突入しかけた時、ふと美琴が「あ、そうだ」と言葉を漏らした。

 

「ねぇ、この後暇?」

「決闘以外なら予定はないな」

「私だってそう毎回毎回喧嘩するわけじゃないわよ……」

「説得力がねぇんだよ。んで、何か用でもあんのか?」

「ちょっと紹介したい子達がいるの。私の友人なんだけど、アンタのことを話したら是非会ってみたいって」

「どうせ喧嘩途中に逃げ出した負け犬とかいう紹介したんだろ?」

「さぁてね」

 

 ペロリと悪戯っぽく舌を出すその姿は、彼女が年相応の女の子だと再確認させる。微笑ましく思うとともに、自分の知らないところでまた評価が下がってしまっているという悲しい事実に悲しみを隠せない。こうやって自分はまたからかわれるのかと思うと嫌な意味で胸が熱くなる。

 しかし佐倉としても女の子の知り合いを増やすことに関しては異論はない。最近クラス内でヘタレ疑惑が浮上しているので、ここらで一発逆転しておくのも悪くない。

 

「いいぜ、付き合ってやるよ」

「ホント? 意外とノリがいいのね」

「俺は基本的にフレンドリーなんだよ」

 

 スキルアウトに所属している人間が言う台詞ではないが、一般的には知られていないため美琴がそれについてツッコミを入れることはない。ただ「言ってなさい」と嘆息するだけである。

 一通り用は済んだのか、立ち上がると玄関へと歩いていく美琴。

 

「ご馳走様。ジュースありがとね」

「用事が無くてもまた来いよ。飲み物くらいは用意しておくから」

「……アンタそれどう聞いてもナンパじゃない。私なんかに媚び売る暇あったら彼女でも作りなさいよ」

「うるせー。文句あるならお前が彼女にでもなってくれっての」

「は、はぇっ!? わわわ、私がっ!?」

「なに赤くなってんだバカ。冗談に決まってんだろ」

「か、からかうんじゃないわよー!」

「年上を馬鹿にするからだよ。自業自得だな」

「ぐっ……言い返せない……」

 

 してやったりな笑みを浮かべる佐倉に、乙女の純情を弄ばれた美琴は顔を真っ赤にして睨みを利かせていた。いくら強がっても中学生は中学生ということらしい。こうしていればただの可愛い女の子なのになぁと他人事ながら溜息をついてしまう。

 未だに火照りの冷めない顔をパタパタと煽ぎながら、美琴は扉を開いて外に出る。

 

「じゃあ十二時に柵川中学前のファミレスに集合ね。遅れるんじゃないわよ」

「わぁーったよ、心配すんなって」

「それじゃあまたね。おじゃましましたー」

 

 律儀に頭を下げ、その場を後にする。

 意外としっかりしているんだなと何気に失礼なことを思ってしまう佐倉であった。

 

 

 

 

 


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