とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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 二話連続投稿です。


第三十八話 開戦の銃声

 最初は借り物競争に参加していただけだった。

 科学至上主義のここ学園都市であろうことか『お守り』なんていう指令を引いてしまって、途方に暮れていたところを中学生くらいの女の子に助けられた。そして無事にゴールし、お守りを彼女に返しに行くだけのはずだった。仕事を終えたらクラスメイト達の所に帰って、また応援に勤しむはずだった。

 それなのに……、

 

「なんで暴走御坂の相手してんだろうな、俺はぁああああ!!」

 

 飛んでくる雷撃を右手でいなしながら、上条当麻は涙目で叫ぶ。バシュッと小気味よい音が響いたかと思うと、数億ボルトはありそうな電撃は彼の右手に触れた瞬間跡形もなく消滅した。上条が持つ能力、【幻想殺し】による効果だ。それが異能であるならば能力だろうが魔術だろうが、はたまた神様の奇跡だろうが打ち消してしまうトンデモ能力。そんなチートじみた能力を右手に宿したツンツン頭の少年は、次々と飛んでくる電撃を必死に右手で捌きながらも目の前に浮いている豹変した美琴に視線を飛ばす。

 体操服自体はそのままだが、髪が異常なほどに逆立っていた。彼女の周りには無数の電撃が踊り、謎の菱形結晶がぷかぷか浮かんでいる。まるで歴史の教科書で見たことがある雷神のようだ。全身から火花と電気を放出する美琴を見て、上条が抱いた感想はあまりにも陳腐なものだった。しかし、それでいて的確な表現であるとも言えよう。

 お守りを自分に貸してくれた少女と合流した矢先に聞かされた美琴の危機。彼女を救うにあたっては自分よりも相応しい人物を思い出してしまうのだが、何度も電話した結果結局繋がらなかったのだ。いくら大勢の観光客が集まっている大覇星祭期間といっても、学園都市内で圏外になることなんて基本的にはあり得ない。今まで培ってきた経験と思考能力から、もしかしたら彼も何かしらの事件に巻き込まれているのかもしれないと上条は予想する。

 しかし、この時上条は油断していた。

 戦闘中だというのに別のことに思考を割いていた上条を嘲笑うかのように、彼の足元が雷撃によって爆発したのだ。

 

「がっ……ぐぅっ!」

 

 五メートルほど飛ばされながらも、何度か転がった後に四つん這いで体勢を立て直す上条。地面に擦られるようにして停止した際に全身が悲鳴を上げていたが、そこは持ち前の気合と根性で耐え抜いた。結構平気そうに見えるが、こう見えても昨日ちょっとした事件で負傷した身である。身体のあちこちに貼られた湿布がとても痛々しい。本来ならば、治療の上病院のベッドで安静にしていた方がいい立場だ。

 だが、上条当麻は休まない。……いや、休めない。

 

(佐倉がいない以上、御坂(コイツ)は俺が止めるしかない)

 

 御坂美琴の為ならば命を張ってどんな死地にも赴くだろうクラスメイトを脳裏に浮かべつつ、上条は拳を握って立ち上がる。あのスキルアウトに何があったのかは知らない。本来ならばここに立つべきは自分ではなく彼であることも分かっている。だが、状況的に理想論を言っていられる場合ではないことも確かだ。件の彼が到着するのを、優雅に待てるわけもない。

 結局、不幸だよなぁ。すっかり心に染みついたいつもの口癖を零しながらも、上条は美琴を見据える。

 そして、

 

「やってやるよ……こんちくしょおおおおおお!!」

 

 持ち得る限りの力で、思いっきり地面を蹴った。

 拳一つを武器に、なりふり構わず突進する。幸いにも雷撃には目が慣れてきた。走っている状態でもいなせる程度には反応できる。雷撃を連発されれば多少は危険だが、それでもまだ勝機はある。

 盛んに湧いてくる恐怖心を目一杯抑え込み、美琴との距離を詰めていく。

 が、不意に上条の周囲に影が差した。まだ昼間だというのに、不自然なほどに周りが暗い。

 思わず疑問符を浮かべながら、釣られるように首を上げると、

 

 空中三十メートルほどの位置に、大量の鉄塊が凝縮した『ボール』が浮いていた。

 

 美琴の操る磁力によって、周囲の瓦礫が固められたのだろう。まるで雪玉を作るような気軽さで作られたであろう鉄塊を前にして、上条は絶望の余り呆然と立ち尽くす。

 

「いやいやいやいや! それは流石に反則……ッ!」

 

 思わず青褪めてしまう上条。

 上条の【幻想殺し】は確かにあらゆる異能を殺すことができるが、それによって発生した二次被害や物質を防ぐことはできない。例えて言うならば、異能の炎は消せるが、それによって落下してくる瓦礫を防ぐことはできないという具合か。流石の【幻想殺し】も万能ではないらしい。

 少しでも逃げようと後ずさっていくのだが、対象があまりにも巨大すぎてどこまで逃げればいいのか分からない。これはもういよいよ終わりか、と数々の死線を潜り抜けてきた【主人公】が目を瞑った時だった。

 

「諦めるな、そこのオマエッ!」

 

 声が響いた。どこか渋く、それでいてはっきりとした男らしい声が。

 同時にバタバタと激しい足音が聞こえたかと思うと、背後から一人の少年が勢いよく飛び出してくる。

 柔らかめの黒髪に白い鉢巻を巻いた少年は、ジャージの上着を肩にかけるという些か時代遅れな格好をしていた。中に着ているシャツには何故か日章旗が描かれている。昭和の人間か、と内心ツッコミを入れてしまった上条は悪くない。

 少年は高速で上条の横を通り過ぎると、何やら呟きながら鉄塊へと走っていく。何をするつもりなのか。慌てて制止の声を上げようとした上条を遮るように、少年は言葉を連ねた。

 

「ハイパーエキセントリックウルトラグレートギガエクストリームもっかいハイパー……」

 

 アホなのかふざけているのか分からない強調語が続いたかと思うと、

 

「すごいっ……パァーンチッ!!」

 

 あまりにも情けない技名と共に放たれた拳によって、巨大な鉄塊が馬鹿みたいに爆散した。

 

「…………は?」

 

 何が起こったか思考がまったく追いつかない上条は口をぽかんと開いて立ち尽くす。現実離れした光景……それも特撮映画みたいな訳の分からない効果音を上げながら鉄塊を叩き壊した目の前の怪物に、もはや言葉を発することもできない。

 

「まったく……一般人に鉄塊ぶつけるなんて、非常識にも程があるぞ」

 

 少年は呆れたように肩を竦めると、大仰に溜息をついた。

 上条当麻はまだ知らない。目の前の少年の正体を。学園都市内で彼がどういう位置を占めているのかを。

 突然戦闘に介入してきたムチャクチャ少年は上条の方に振り返ることもせず真っすぐ美琴に視線を向けたまま、

 

「まぁ何はともかく……この削板軍覇が、直々にオマエの根性を叩き直してやるよ!」

 

 学園都市が誇る超能力者、その第七位に位置する世界最大の原石。

 あまりにも繊細すぎる能力の為科学者でさえ匙を投げた非常識な超能力者が、根性論で立ち上がる。

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

 木原幻生は【才人工房】の奥に進んでいた。少し後ろに駆動鎧を装着した佐倉を従え、黙々と脚を動かしていく。

 ずっと黙ったまま歩いていて暇だったのか、幻生は背後の佐倉に何の気なしに話しかけた。

 

「そういえば君は、【幻想御手事件】の被害者だったそうじゃないか。いやはや、関係者と会うのは君が初めてなんだよ。どうだい、少しは見える世界が変わったりはしたかな?」

『…………』

「あぁ、そうか。意識を奪ったままだったね。じゃあ返事はいいから僕の話だけ聞いてておくれよ」

 

 佐倉は頷くこともせず、ただ幻生の後に着いていく。銃を構え、周囲への警戒も忘れてはいない。

 意外にも優秀な行動を見せる佐倉に幻生は「ほぅ」と感嘆の息を漏らした。どうやら、今の今まで彼の事を見くびっていたらしい。スキルアウト上がりの下っ端暗部構成員とでも思っていたのだろうか。その顔にはどこか佐倉に興味を示したかのような表情が浮かんでいる。

 だが佐倉の事にはそれ以上触れることもなく、幻生は言葉を続けた。

 

「僕は昔から、【天上の意志に辿り着く者】を生み出すことが夢だった。大能力者や超能力者は学園都市では持て囃されているけども、僕にとってはそんなものただの有象無象でしかないんだよ。あくまでも通過点。そう考えると、【一方通行】だろうが【超電磁砲】だろうが大した差はないのさ。みんな偏に実験動物。僕達『木原』の念願を成就するためのモルモットにすぎない……おっと」

 

 不意に頭上から落下してきた無数の手榴弾を、右手から発生させた火炎で(・・・・・・・・・・・・)爆発させる。耳をつんざかんばかりの爆音が研究所内に響き渡り、凄まじい勢いの爆風が幻生を襲ったが……彼はいつの間にか念波の壁で即席の盾を作り、身を守っていた。ちなみに佐倉はモロに爆風を食らったが、幸い駆動鎧を着ていたために大事には至っていない。多少機動にぎこちなさが見られるが、活動に大した支障はない。

 幻生は面倒くさそうに肩を回すと、溜息をついた。

 

「無粋だねぇ。せっかく人が気持ちよく話しているのにさぁ」

「ぐだぐだ言ってんじゃねぇよクソジジイ。こっちは今、盛大にブチギレてんだ」

 

 ドンッ、と幻生の前に一人の男が現れる。彼は壁際の二階部分から飛び降りてきたようだ。両手に手榴弾を持っていることから察するに、先程の爆撃も彼によるものなのだろう。

 目の前の男は、変わった格好をしていた。黒いバンダナに、これまた同色のジャケット。だぼっとしたズボンも黒で、唯一の異色は銀色のブーツくらいだ。まるで忍者服を無理矢理現代系に合わせたような格好は、学園都市内では非常に浮いた感じがする。もしかしたら、日本中でも浮いているかもしれない。

 少年は大きめのリュックを背負ったまま、手榴弾を両手に幻生を睨みつけていた。しかし、それでいてちらちらと佐倉の方に意識を向けている。その視線に込められるのは敵意ではなく、親しみ。……どうやら、目の前の少年は佐倉望の知り合いであるらしい。

 

「急に手榴弾を投げつけておいて挨拶もなしとは、最近の若者は本当に礼儀を知らんねぇ」

「生憎と決まった名義を持たないもんでね。ここで名乗ったとしても次に会った時はまったく違う名前かもしれねぇよ?」

「だとしてもさ。名乗りもしないでいきなり老人に襲い掛かるというのは、少々モラルとマナーに欠けると僕は思うんだよ。世の中礼儀が第一だからねぇ」

「けっ。アンタがそれを言うかよ。木原幻生さん?」

 

 黒ずくめの少年が幻生の名前を言った時、わずかではあるが幻生の眉間に皺が寄った。まさか目の前の少年に名を知られているとは思っていなかったのだろう。軽く予想外の状況に、幻生は口元を吊り上げた。

 

「おやおや、見たところスキルアウトのようだが……どうも情報収集に長けているらしいねぇ」

「仕事柄、情報戦が売りだからな。基本的にこの街の事で知らないことはないよ」

「ほぅ? 何でも知っているのか。それは凄い」

「そうさ。例えば……テメェがウチの可愛い後輩を傷つけた黒幕ってことも、ちゃぁんと知ってるぜ?」

「ほっほっほ。敵討ちかな?」

「ただの八つ当たりさ」

 

 そう言うと、両手の手榴弾を幻生に向かって投げつける少年。いつの間にピンを抜いていたのか、躊躇いもなく投げられた手榴弾の爆発に研究所が軽く振動する。激しい熱と爆風。普通ならば絶対に助からない。

 ……だが、煙が晴れた先にいたのは軍用の駆動鎧だった。

 どうやら盾となって幻生を庇ったらしい。さすがは腐っても学園都市製だ。手榴弾程度の攻撃では、ビクともしない。マシンガンを構え、幻生を隠すように少年と対峙する。

 駆動鎧の後ろから、しゃがれた声が飛んできた。

 

「見たところ貧弱な武器しか持ってきていないようだが……まさか君は、その程度の装備で学園都市製の駆動鎧と一人で渡り合うつもりかい?」

「まさか。さすがの俺も、そこまで馬鹿じゃねぇよ」

「はて、だったらどうするつもりかな?」

「そうさなぁ……」

 

 駆動鎧が構えるマシンガンの銃口から目を逸らさないまま、それでも少年はどこか飄々と、いたって軽い調子で明るく笑う。

 右手には、いつの間にか携帯電話が握られていた。

 

「増援とか、呼んじゃったりして」

 

 瞬間、上空から落下してきた大男によって、佐倉の乗った駆動鎧が地面に叩きつけられた。

 重力と男の体重によって、駆動鎧が床にめり込む。装甲に傷がついたようだが破壊にまで至っていないのは学園都市製たる所以か。だが、それでも急な衝撃に反応が追いついていないようで、駆動鎧は倒れ込んだまま呆然としている。

 新たな敵の登場に、幻生は恐れを抱く訳でもなく、ただ純粋に感心したような顔をしていた。

 

「一度油断させてからの不意打ちか。ふむ、なかなか考えるじゃないか」

「褒められても嬉しくねぇよ。……さて、俺としちゃあこの駆動鎧の中身を助けたいだけなんだが、どうする?」

 

 腰のホルスターから抜き取った拳銃を向け、少年は脅すようににこりと笑う。真意の掴めない貼り付けたような笑顔に、幻生は顎に手を当てるとしばらく考え込むような動作を行っていた。とても命の危機に瀕している者のとる行動とは思えない。

 幻生は少しの間唸っていたが、ふと思いついたかのように顔を上げると、表情一つ変えずに大男の足元……佐倉の乗った駆動鎧を指差すと、

 

「油断は禁物だよ、君」

「ぬぉ……っ!? ……こいつ、まだ動けっ……!」

 

 大男に圧し掛かられていた駆動鎧が突如として起き上がり始めた。上に乗った男を煩わしそうに掴みあげると、少年の方に放り投げる。不安定な体勢であったためにそこまでの勢いはなかったが、それでも駆動鎧の拘束を解除する結果となってしまった。

 あくまでも機械的に立ち上がり、駆動鎧はマシンガンを向ける。

 

「佐倉君を助けたいのなら、まずはその手で彼を倒すところから始めないとねぇ」

 

 駆動鎧を置いて、幻生は構うことなく先に進んでいく。元々幻生にとって佐倉は護衛の一人でしかなかった。ここで失ったところで、別段支障もない。

 残された少年達……服部半蔵と駒場利徳は、銃を構えたまま互いに顔を見合わせる。

 

「……どうする、半蔵……」

「どうするって、そりゃ……」

 

 駆動鎧はマシンガンを構え直し、半蔵達に照準を合わせていた。既に戦闘準備は整っているらしい。

 目の前の後輩を見ると、諦めたように溜息をつく半蔵。もはや戦闘無しでの状況打破は断念したようだ。拳銃をホルスターに直して背中のリュックから機関銃を取り出しながら、隣の駒場に流し目を送ると、

 

「怪我しない程度に、フルボッコにするしかないっしょ!」

 

 一寸の躊躇いもなく、引き金を引いた。

 

 

 

 

 


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