とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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 新章突入です。

 ※今回は文字数少なめ


0930事件編
第四十一話 零れ落ちた想い


 暗闇に染まる学園都市を、短髪の少女が息咳切って駆け抜ける。

 紫色のパーカーと灰色のデニムに身を包んだその少女は、第八学区を疾走しながら必死に叫び続けた。……愛しい彼の名前を、声が枯れるまで。

 自分の不用意な一言で目の前から消えてしまった無能力者を探し続ける。学園都市には夜の帳が広がり、周囲には通行人の一人も見受けられない。人気(ひとけ)が全くと言っていいほど感じられない第八学区。しかし、それでも彼女は走り続けた。

 なりふり構っていられない。たとえ疲労の余り倒れるようなことになろうとも、自分には彼を探し出す義務がある。

 少女の叫び声が第八学区に空しく響き渡る。慟哭とも取れる彼女の声は残酷にも、不気味に蠢く闇の中に吸い込まれていくだけだった。

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

「お姉様! 起きてくださいな、お姉様!」

「ぅ……?」

 

 十代少女特有の甲高い声が耳を打ち、夢の中から引きずり出される。お世辞にも快眠とは言い難いコンディションに若干気が滅入るのを感じながらも、御坂美琴は重たい瞼をなんとかこじ開けながら叫び声の主を見上げた。

 濃い茶色の髪をツインテールに結んでいる一つ下の後輩、白井黒子が腰に手を当てて美琴を見下ろしている。呆れと心配という二つの背反した感情が垣間見られる表情を浮かべる白井は、常盤台中学指定のクリーム色のジャケットを優雅に着こなしていた。ザ・お嬢様、とはこういう生徒のことを言うのだろう。

 白井は壁にかかったアンティーク感満載の鳩時計を指で示すと、

 

「もう八時ですわよお姉様。そろそろ起きないと、朝食なり着替えなりしていたら遅刻してしまいますの」

「あー……もう、そんな時間かぁ……」

「大丈夫ですの? どうも御気分が優れないように見えますが」

「ちょっと夜更かししちゃってね……。ふぁ……」

「過度の睡眠不足はお肌の大敵ですのよ? ここ最近はずっと夜遅くまでどこかに出かけているみたいですけど、しっかり休息は取らないと。倒れてしまってからでは遅いのですから」

「うん、分かってる。心配してくれてありがと、黒子」

 

 不器用ながらも笑顔を浮かべて頭を撫でてやると、先程までの毅然とした態度が嘘のように顔を真っ赤に染めてわたわたとテンパる白井。手足をバタバタ慌ただしく振り回して言葉にならない呟きを漏らしている姿がなんとも可愛らしい。普段は過剰なセックスアピールと変態行為の繰り返しで忘れがちだが、白井黒子という少女は誰よりも純粋で誰よりも健気な可愛い後輩なのである。だから、こうして慌てた姿を見ると心が徐々に安らいでいく。

 ここ最近荒みつつある精神状況が収まりを見せてきたところで、美琴はベッドから起き上がりながら白井に話しかけた。

 

「今から用意するから、黒子は先に行っててくれない?」

「遅刻するのなら一蓮托生ですわよお姉様」

「アンタ風紀委員なんだからそうもいかないでしょ。それに今日は日直だから急がなきゃとか言ってなかったっけ? 私なんかに付き合ってないでさっさと仕事をこなしてきなよ」

「で、ですが……最近のお姉様はどこか元気がないご様子ですし……」

「だいじょーぶ。夏休みみたいなことにはならないからさ。今度はちゃんとみんなのことが見えてるから、心配しないでよ」

 

 不安げな瞳で美琴を見つめる白井を安心させるように穏やかな笑みを浮かべる。

 かつて――――夏休みに行われた【絶対能力進化実験】を止める際に、美琴は一週間程完徹で夜の学園都市を駆け回った経験がある。碌な休息も取らずにがむしゃらに突っ走った結果、自分の異変を白井や初春達に悟られていらぬ心配をかけてしまったのだ。幸い実験に関わらせるという最悪の事態は避けられたものの、友人達に不安を抱かせてしまったことは今でも反省すべき過去である。白井は、その事件を踏まえたうえで美琴を気遣っているのだろう。

 後輩の優しい心遣いに内心礼を言いながらも、美琴は変わらぬ笑顔を張り付けて白井の顔を見る。

 

「だからさ。私のことは気にしないで、黒子は黒子で頑張ってよ。私のせいで黒子の生活に支障が出ちゃったりしたら、逆に落ち込んじゃうしさ」

「……そう、ですわね。分かりました。ですが、これだけは約束してくださいませんか?」

「なに?」

 

 一瞬不安げな表情を垣間見せた白井は、ぎゅっと目を瞑って何かを我慢するかのように震えると、彼女なりの精一杯の笑顔で美琴に微笑みかけた。

 

「本当に耐えられなくなった時は、黒子達を頼ってくださいませ。わたくしや初春、そして佐天の気持ちはずっと変わりませんの。なんといったって、わたくし達はお姉様の友人なのですから」

「……うん。ありがとう。でも心配しないで。本当に、大丈夫だから」

「はい。……それでは、黒子は先に失礼しますの」

 

 美琴を気遣うようにぎこちない笑みを湛えた白井が部屋を出ると、美琴はゲコ太パジャマのまま再度ベッドに倒れ込んだ。淡い光を放つ蛍光灯を見上げる瞳はどこか虚ろで、目の下には痛々しい隈が浮かびあがっている。見るからに調子の悪い美琴は、力なく寝そべったまま呆けたように天井を見上げていた。

 

 九月二十九日。

 

 最愛の少年、佐倉望が美琴の前から姿を消した大覇星祭最終日から、四日が経過しようとしていた。

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

 ――――佐倉望に傷ついてほしくない。

 美琴の想いは、終始一貫してそれに尽きた。【絶対能力進化実験】で彼が弾丸を受けた時も、学園都市第二位垣根帝督の襲撃を受けた時も。そして、九月上旬に弱り切った佐倉の声を電話越しに聞いた時も。「美琴の為」と言って命がけで戦い続ける彼の傷ついた姿を見ることが、美琴には耐えられなかった。

 思えば、九月の初めに佐倉と電話した時からすべてが狂ってしまった気がする。彼を止めようとはせず、無責任に「頑張って」と激励の言葉を送ってしまったあの日から、佐倉が壊れてしまったように思える。

 無能力が故に道を踏み外し、無能力が故に強者の言うことを鵜呑みにしてしまう。結果的にすべてが悪い方へと転がっていき、佐倉望は学園都市の闇に呑まれた。今では美琴の手が届かない所にまで堕ちてしまっている。

 流れを止めることは難しかったとはいえ、最後の一押しを決めてしまったのは他でもない美琴だ。自分自身を蔑ろにして美琴に全てを捧げようとする彼が許せなくて、怒りのあまりに放ってしまった不用意な一言が彼を完全に闇の世界へと葬ってしまった。

 

 『佐倉の居場所になる』と宣言したのに、美琴自身が彼を拒絶してしまった。

 

 探さなければならない。闇に堕ちてしまった佐倉を見つけ出し、救い出さなければならない。

 今まで積み重ねてきた日常を壊してしまったのは美琴だ。だから、その日常を取り戻すために動かねばならないのは他ならぬ美琴自身。他の人に任せることはできない。佐倉望は、自分が助け出さなければ。

 

 結局学校を休むことにした美琴は、紫のパーカーと灰色デニムに身を包んで寮の窓から壁伝いに屋根の上へと登り、そこから街へと繰り出した。馬鹿正直に入口を通っては間違いなく寮監に見つかるだろうという予想からである。人間離れした格闘系美女に捕まった挙句に事情を問われるなんて面倒くさい事態はなんとしても避けなければならなかった。

 磁力を操作して屋上伝いに進みながら、ウエストポーチから愛用の携帯端末を取り出す。無線LANと能力の応用によってネットワーク回線には繋いであるから、電波の心配をする必要はない。

 適当な建物の屋上に着地して貯水タンクの上に腰掛けると、美琴は早速ネットサーフィンを敢行した。……いや、より正確に言うならばハッキング。警備員が扱う機密情報や監視カメラの映像が軒並み保管されているデータバンクに、数々のセキュリティを片っ端から通り抜けながら侵入を開始する。

 パチ、と前髪から小さな火花が飛ぶと、画面上に大量のウインドウが表示された。

 明らかに美琴の手の動きよりも速いスピードで画面が展開されていくが、これは彼女が頭に浮かべた流れの余波を反映しているにすぎないために問題はない。本来ならこの三倍の量が表示されていてもおかしくはないのだが、そこは電子機器の限界といったところか。本気を出しても良いが、せっかくの愛用機をわざわざぶっ壊す意味はない。

 しばらく混雑していた画面が一時的に停止すると、警備員の内部サイトに切り替わる。どうやら侵入が成功したようだ。小奇麗に並べられた監視カメラの映像を一つ一つチェックしていく。

 

(第七学区は三日前、第六学区は二日前、そして第八学区は昨日捜索した。入れ違いになった可能性は否定できないけど、望らしき人物の目撃情報や映像を見つけることはできなかった。……他に隠れ家として使える場所と言えば、私が思いつくのは第三学区)

 

 繁華街やエステなど、セレブの奥様御用達な施設が集まる第三学区。サロンやカラオケボックスも充実しているため、夜遊びを楽しみたい少女達が好んで集まる学区だ。噂によると、暗部組織のいくつかもアジト代わりにこの学区を利用しているらしい。無能力者である為に奨学金が少ない佐倉がこんなリッチな施設を本拠地に生活できるとは考えづらいが、今は可能性のある候補を片っ端から潰していくことが先決だ。

 PDAをポーチに入れ直し、再び移動を開始する。平日の昼間ということで人通りはそこまで多くはないが、警備員等に見つかると補導の対象になりかねないので慎重に屋上を伝っていく。こういう時は、自分の能力の利便性につくづく感謝だ。

 二時間ほど学園都市の空を跳び続けると、ようやく第三学区に到着した。セレブ御用達というだけあって建物の細部細部に豪華で細やかな装飾が施されている。芸術的といえば聞こえはいいが、美琴からしてみれば金の無駄遣い及び悪趣味としか思えない。

 パーカーにデニムというラフな格好の美琴は周囲から浮いているようで、子どもでも知っているようなブランド物のコートやドレスを着た奥様方が訝しげな視線を彼女に送っていた。中学生くらいの子供がこんな時間に第三学区にいることが不自然なのだろう。気持ちはわかるが、超能力者である美琴は学園都市内でも屈指の金持ちであることを忘れてはいけない。なんだかなぁ、と飛んでくる奇異の視線に苦笑してしまう。

 気持ちを切り替えるように深呼吸をすると、

 

(……よし。それじゃ、行動開始と行きますか)

 

 気合を入れ直し、佐倉の捜索を開始した。

 

 

 

 

 

 


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