とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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第四十四話 クイーンズ

 ――――何この状況。

 

 心の中で呻くようにして呟く美琴は、内心の動揺を気取られないように細心の注意を払いながらも佐倉家の居間を見渡す。

 現在居間中央にあるテーブルを囲んでいるのは、美琴を含めて四人の少女達だ。年齢は全員が十代中盤から後半。外見的には四人とも美少女と言っても差し支えない(若干一名を認めるのは非常に癪だが)ので、客観的にみると魅力的に思える状況だろう。

 だが、それはあくまでも普通の美少女であった場合だ。

 

 まず美琴の右手に座っているブレザー姿の金髪少女。

 美琴も通う常盤台中学指定の制服に身を包んだ彼女は何故か手足を金縁レースの手袋&ハイソックスで覆っている。それに加えて金色のポーチ。終いには瞳の中央に十字星が煌めく金色の双眸だ。

 現実には到底有り得ないであろう外見。その上コイツはあろうことか中学生離れしたダイナマイトボディ……いや、これはもう牛だ。少なくともホモサピエンスから逸脱した胸部を抱えている。神は何故よりにもよってこんな性格破綻者に巨大な母性の象徴を授けたのか。世界の残酷さに血涙を流しそうだ。

 

 次に左手の銀髪ゴスロリ少女。

 銀髪に紅と金のオッドアイという漫画の世界から飛び出してきたような外見の彼女は、見た目通りの厚顔無恥な傍若無人っぷりを早くも見せてくれている。そして巨乳。食蜂に負けるとも劣らない逸物を所持する彼女は美琴にとって天敵であることが出会って数分で決定した。たとえ年上であっても巨乳は死すべし。割とマジで。

 

 最後は、向かい側のセーラー服少女。

 亜麻色の長髪を後頭部の辺りでくくったポニーテールで、胸部は美琴と同じくらいかそれ以下。この人は仲間ね、と変な同族意識を持ったのも束の間、なんだあの整った顔は。

 世の女達が総出で反乱を起こしても不思議ではない程に端正な顔立ち。胸は小さいながらもそれを補って余りある、すらりと伸びた色白の四肢。それでいて、健康的な肉付きをしている辺りが忌々しいったらありゃしない。どこのファッションモデルだアンタは。

 

 あまりの女性的偏差値の高さに眩暈が止まらない。胸部に難あり外見それなりの美琴はやけに劣等感を感じてしまってすごすごと黙り込むしかなかった。なんか勘付いたらしい食蜂がニヤニヤと意地の悪い笑顔で自分の方を見ているが、軽く電撃の槍を飛ばして牽制するとじぃっと桐霧の慎ましやかな胸部に視線を集中させる。

 

「ど、どう……した、の?」

「…………さすがに、負けてはいないわね」

「なん、か……失礼なこと、を……言われた、気、が……する」

 

 神妙な面持ちでゆっくりと頷く美琴に頬を引き攣らせる桐霧だったが、性格上会話が得意ではない彼女はそれ以上言葉を発するのを嫌い、追求することはなかった。これがリリアンや食蜂ならば決着がつくまで口論が続いていただろう。あぁ見えて二人とも何気に負けず嫌いの気があるし。

 四人の顔合わせがひとまず終了すると、食蜂が「さて」と場を仕切って口火を切る。

 

「それじゃあ早速だけどぉ、私からこの二人についての補足をしておくわねぇ」

 

 補足、という言葉に少々面倒くさそうな雰囲気を覚える。そういえば二人のキャラクター性が珍妙すぎてすっかり忘れていたが、彼女達はどうしてこの場にいるのだろうか。様子を窺うに桐霧とリリアンは知り合いのようだが……。

 そこら辺も今から説明してくれるのだろう、と茶を啜りながら食蜂の話に耳を傾けた。

 

「まず最初に言っておくとぉ、静ちゃんとリリアンちゃんは暗部組織の元構成員なのよぉ」

「暗部って……望や第二位が所属している集団と似たような感じの組織なの?」

「そうよぉ。目的や信念に些細な差異はあれど、学園都市の裏舞台で暗躍する武力集団みたいなものねぇ。御坂さんも大覇星祭で戦ったでしょぉ?」

「……あの動物型ロボットを操っていたヤツのこと」

「えぇ。あの人達は【メンバー】っていう組織でぇ、学園都市統括理事長直属の暗部組織なのよぉ。まぁ、統括理事会の犬みたいなものかしらぁ」

 

 脳裏に浮かぶのは、犬型やカマキリ型の大型ロボット。操縦者の顔を見ることはできなかったが、あれだけの技術力を持ち合わせているということは背後にそれなりのスポンサーが控えているのだろうとは予想していたけれど……まさか学園都市統括理事会なんていう大ボスだとは思いもしなかった。しかしそう考えるといろいろと納得できる。あれほどの大騒ぎを起こしておきながら警備員に捕まることもなかったということは、学園都市が裏から手を回していたのだろう。かつて【絶対能力進化実験】なんていう最低最悪の実験さえも黙認していた奴らならば、そうであったとしても不思議ではない。

 

「二人が所属していた組織の名前は【カレッジ】。十年くらい前に行われた【人工大能力者量産実験】の被験者が集まった組織よぉ」

「人工、大能力者……?」

「そこから先については、我が説明しよう」

 

 今まで黙っていたリリアンは不意に口を開くと、食蜂の言葉を引き継いだ。

 

「【人工大能力者量産実験】はその名の通り、人工的に大能力者を量産する実験だ」

「人工的に……? 普通の能力開発とは違うの?」

「違うな」

 

 首を傾げながらの美琴の問いに、リリアンは即座に首を左右に振った。

 

「学校などで行われる能力開発は生徒の身の安全を一応ではあるが踏まえている。だが、我らが参加していた実験にはそんな人道的処置など欠片もない。才能があろうが無かろうが無理やりにでも大能力者にまで成長させようとする。そのために科学者達(ヤツら)は我らをまるでモルモットのように扱ったよ」

「それは……【絶対能力進化実験】の【妹達】みたいなもの?」

「まぁ殺されることが目的ではない分我らの方が幸せだったろうが、大まかな部分ではほとんど変わらないと言って良いだろう。現に同僚は何人も科学者達に殺されているしな」

 

 「奴らは科学の進歩に欠かせない止むを得ない犠牲だと言っていたが」と淡泊に言いながらも、リリアンはどこか憤りを隠せない様子でわずかに下唇を噛みしめていた。殺された仲間達のことを思い出し、当時の悔しさを思い出しているのだろうか。厨二病的な外見と言動ながらも、彼女の内面は仲間想いな年頃の少女のようだった。もしかしたら彼女の外見には何らかの事情があるのかもしれない。

 「話を戻そうか」リリアンは軽く咳払いをすると、

 

「量産実験によって我らは大能力を手に入れた。静は身体能力を大幅に強化する【限界突破(アンリミテッド)】、我は一分先の未来を確実に予知できる【未来予知(カオスフォーチュン)】。今は生死不明だが、【カレッジ】の仲間だった奴らもそれぞれ稀有な大能力を持っていたよ。あの実験は大能力者を量産するとともに、珍しい能力を開発することも視野に入れていたからな」

「そんな実験が行われていたなんて……」

「リリアンちゃん達はぁ、その実験で死んだ仲間達の仇を取る為に学園都市への反乱力を起こしたのぉ。そして、襲撃先の研究所で【カレッジ】は【スクール】と戦ったのねぇ」

「【スクール】って、まさか……!」

「佐倉クンが入っている暗部組織よぉ。ちなみにぃ、そこの静ちゃんが佐倉クンと戦いましたぁ」

「え!?」

 

 予想外の情報に弾かれるようにして桐霧に視線を飛ばす。見た目超美人で会話が苦手なこの少女が、佐倉とかつて佐倉と戦ったという事実に驚きを隠せなかったのだ。そういえば先程から足元に日本刀が置いてある。意外と、戦闘好きな性格なのかもしれない。

 美琴の視線を受けて少々気後れした様子ながらも、桐霧はぽつぽつと語り出した。

 

「佐倉、は……暗部にいるべ、き、人間じゃ、ない……。本当は、優しく、て、他人思いな性格なの、に……何かに駆り立てられている、ように、無理矢理戦っていた」

「無理矢理?」

「そ、う。まる、で……後ろめたい自分、を、正当化するように」

「正当化、か……」

 

 途切れ途切れではあるが真っ直ぐな桐霧の言葉を受けて、美琴の心の中では佐倉望への罪悪感が再び生まれ始めていた。

 彼が暗部に入ったのはそもそも【絶対能力進化実験】に関わってしまったことが原因だ。同様に実験に関わり、一方通行を倒した張本人である上条当麻は暗部には接触していないという疑問点が残るものの、佐倉は実験が原因で垣根帝督に襲われ、美琴の命を助ける代わりに暗部に堕ちることになった。美琴が彼を実験に巻き込まなければ、闇に呑まれることもなかったはずだ。普通のどこにでもいる高校生として日々を過ごし、美琴とも普通に友人として関わって行けたはずだ。彼の日常を奪ってしまった張本人として、自分にも反省すべき点は多大にある。

 美琴が俯いて黙り込んでしまったことについて食蜂は何かを悟ったのか、無駄に突っ込むことはせずに話を進めることにしたようだ。ひとしきり三人を見渡すと、仕切り直すように声を張り上げる。

 

「とにかく、ここに集まってもらった皆はそれなりに佐倉クンと関係がある人達よぉ。親交の深さに差異はあれど、一応は彼と関わりを持っている」

「我は顔を見たことすらないがな」

「それはご愛嬌。というかぁ、静ちゃんが佐倉クンを助けたいって言っていたのを聞いたから今日はこの場に集まってくれたんでしょぉ?」

「まぁ、それはそうだが」

「――――って、ちょ、ちょっと待って! 望を助けたいって、え、どういうこと!?」

「見通し力が悪いわねぇ。それでも超能力者?」

「関係ないわ!」

 

 あまりにも唐突な状況展開に着いて行けない美琴は慌てて説明を求めるが、会話を途中で切られた食蜂は不機嫌さを隠そうともせずに露骨に面倒くさそうな表情を浮かべていた。だがそんな顔をされても困るのはむしろ美琴の方だ。何せ今日佐倉家に集められた理由すら聞かされていない。そんな無情報な状況で不意に「佐倉を助ける集団」とか言われても、混乱と焦燥に溺れてしまうだけだ。

 馬鹿にされたことが無性に悔しくて顔を真っ赤にしながら叫ぶ美琴。そんな彼女に溜息をつきながらも、食蜂は口を開いた。

 

「事の起こりから説明するとぉ、私は【冥土返し】の紹介を受けて静ちゃんと出会ったのぉ」

「【冥土返し】……あぁ、あのゲコ太先生ね」

「その表現は非常に不愉快だわぁ。……それなりに罪悪感を感じていた私は、佐倉クンを暗部から救う為に人員を探していたのぉ。一人じゃ無理だから、私達もチームを組んで協力しようと思ってねぇ」

「その人員探しの中で、静を紹介された?」

「その通りぃ。話してみると、静ちゃんも佐倉クンに対していろいろと思うところがあったみたいでねぇ。救出作戦に全力で賛成してくれたわぁ」

「私、は……自分を殺し、て、戦っているあの人を……助けたい、と、思ったの……」

「静……」

 

 表情の変化は乏しいながらも、胸に手を当てて美琴を見つめる彼女が纏う雰囲気はどこまでも真っ直ぐで、真剣なものだった。少し話しただけでも彼女が他人とのコミュニケーションを苦手としていることは窺える。だが、自分の気持ちを表現することが得意ではない彼女が必死に全力で佐倉望を助けたいと主張した。その気持ちは決して冗談などではない。彼女は自分の考えや信条に従って、彼を救いたいと思ったのだろう。

 私と似ているな、となんとなく親近感が湧いた。不器用で、それでもなんとか自分の気持ちを貫こうと奮闘する様が、どこか美琴自身を彷彿とさせた。

 桐霧に続くようにして、リリアンが銀髪をなびかせながら言葉を継いだ。

 

「我はその佐倉とやらについては何も知らんが、静の熱意に打たれてな。まぁ我としては哀れな子羊を助けることもやぶさかではない。自らの無力によって闇に堕ちた人間を救うことは、選ばれし闇の眷属であるこのリリアン=レッドサイズにしか為し得ぬ。つまりは何が言いたいかというと……」

「いろいろ言葉並べまくっているけどぉ、結局はリリアンちゃんも佐倉クンを助けたいってことらしいわぁ」

「普通に言いなさいよ面倒くさい……」

「なっ……! き、貴様には風情というものはないのか!? 何事も格好よく、威厳たっぷりに発言することこそが最重要案件だろう!」

「や、別に心底どうでもよかったりする」

「う、うぅー! うるさいやい! 我が楽しいんだからそれでいいんだもん!」

 

 あまりにも否定され続けたことで涙目になってしまったリリアンは、とても年上とは思えないほどの子供らしい動作で頬を膨らませていた。オッドアイと銀髪のせいもあってか、さらに幼く見えてしまう。なんだこの可愛い生物は、と第一印象からは考えられなかった彼女の意外な一面に少しだけ心が動かされる美琴。いや、何が動かされたかは知らんが。

 

「すっかり馴染んだみたいねぇ」

「まぁ、二人とも結構人当り良いし」

「それじゃあ次は私と仲良くなりましょうよぉ。御坂さぁん」

「死ねこのクサレ外道」

「酷い!」

 

 絶望に顔を染めて四肢を床に着く食蜂は「よよよ」となんともわざとらしく泣き崩れていたが、全力で無視。他人の心を遊び感覚で操る性悪女に同情するような感情の余地は生憎と持ち合わせてはいない。それに、自分とコイツの関係はこれくらいの皮肉を言い合うくらいがお似合いだ。手ぇ繋いで仲良くするなんて生理的に許さない。

 しばらく床をドンドン叩いていた食蜂だったが、周囲から浴びせられる冷たい視線に気がつくと恥ずかしそうに咳払いをして空気の切り替えを図る。まぁ目の端に浮かんだ涙を拭きとれていないので無駄としか言いようがないが、そこら辺は彼女の面目を保つために黙っておいて方がいいだろう。このままだと話が一向に進まないし。

 食蜂は軽く鼻を啜ると、拳を突き上げて堂々と宣言した。

 

「それじゃあこの場を借りましてぇ、佐倉望クン奪還専門部隊【クイーンズ】の結成を宣言するわぁ!」

『……お、おー』

「ちょっ!? 締まらないわねしっかりしなさいよぉ!」

 

 「むきー!」と目を吊り上げて怒りを露わにする食蜂。そんな彼女の無邪気さに、美琴達三人は思わず吹き出してしまう。

 あまりにも凸凹で協調性のない四人。しかし彼女達は一人の少年を助ける為に、手を取り合って学園都市に挑むことを決めた。たとえどんな困難が待ち受けていようとも、佐倉望をこの手に取り戻すまで彼女達は決して諦めない。

 非公式組織【クイーンズ】は、なんとも気の抜けた号令と共に無事に発足したのだった。

 

 

 


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