とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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 こ、更新遅れて申し訳ありません! 


第四十五話 邂逅は唐突に

 学園都市の様子がおかしい。

 第七学区を一人彷徨いながら、佐天涙子は普段とは違う学園都市の雰囲気に身を震わせていた。辺りはすっかり暗くなっているが、腕時計で時間を確かめるとまだ夜も七時になるかどうかといった具合だ。完全下校時刻は過ぎているにしても、教師や研究者などの大人達は普通に行動している時間帯である。それにもかかわらず、現在佐天が歩いている第七学区には不自然なほどに人がいない。

 降りしきる雨の中、折り畳み傘で我が身を守りながら進む。佐倉を探すために今日一日学園都市中を歩き回っていたのだが、消息はおろか情報さえ掴めない始末である。初春に頼んで見せてもらった監視カメラの映像にもまったく映ってはいなかったし、目撃情報すら届いていないらしい。一応白井と初春も捜索を手伝ってくれるとは言っていたが、佐天は一抹の不安を拭いきれないでいた。

 

「佐倉さんは見つからないし、なんか学園都市は薄気味悪いし……」

 

 あまりの静けさに普段以上に存在感を露わにしている電灯を気味悪げに見上げつつ、佐天は思わずそんな言葉を漏らす。道路脇には大量の自動車が止まっていることも、暗い雰囲気に拍車をかけていた。一応中を覗いてみると運転手はいたが、何故か全員が全員爆睡していたのだ。ドアを叩いても呼びかけてもまったく応じない。まるでかつての幻想御手事件を彷彿とさせるような光景が目の前には広がっていた。自身も経験した恐怖と喪失感を思い出してしまい、無意識に自分の身体を抱き締めてしまう。

 早く寮に帰った方が良い。

 佐天の中で誰かがガンガンと警鐘を鳴らしている。今の学園都市を歩き回るのは非常に危険であり、すぐにでも部屋に戻って布団を被るべきだ。早く寝てしまった方が良い。恐怖心が首をもたげ、佐天の心が怯懦に染まり始める。面倒事を避けようと内なる自分が必死に叫んでいる。

 だが、それでも佐天は逃げようとはしなかった。脚は震え、歯は打ち鳴らされていたけれども、彼女はなんとか自分を奮い立たせると学園都市の闇に一歩踏み出していく。大切な友人を見つけ出すために、佐天涙子は弱い自分との決別を図る。

 

 ――――と、不意に佐天の視界に特徴的な人物が飛び込んできた。

 

「おっと」

「きゃっ」

 

 周囲に視線を飛ばしながら危なっかしい様子で歩いていた佐天と衝突しそうになったとある青年。横の路地裏から突然飛び出してきた彼は、何故か頭に巨大な土星の輪のような機械を被っていた。何本ものコードが腰の機械に向かって伸びている面妖なハイテクマシーン。科学が他所より半世紀分は進歩していると言われる学園都市内でもなかなかお目にかかれない特殊な格好をした青年。あくまで一般人な佐天であっても思わず彼に注意を引かれてしまったのは止むを得ないと言えよう。

 唐突に飛び出してきた青年に驚いた佐天はたたらを踏んでしまい、そのまま尻餅をつくようにしてアスファルトの道路に倒れ込んでしまう。何気に強い雨が地面を濡らしている現在、佐天の着ていたホットパンツは臀部を中心にして無様にもびしょ濡れとなってしまっていた。無駄に丈の短いホットパンツゆえに中まで水が入ってきてしまい、下着さえもずぶ濡れになっている始末だ。いろいろな不快感が一気に佐天へと襲い掛かり、不覚にも顔を歪めてしまう。

 

(このホットパンツ、意外と気に入ってたんだけどな……)

 

 だがこんなことを考えてしまう辺り彼女はやはり年頃の女子学生である。

 思春期らしい落胆に大きく溜息をつく佐天。彼女の内心を知る由もない目の前の青年は水溜まりの中で尻餅をついている佐天に気付くと、心底慌てた様子で彼女に手を差し伸べる。

 

「だ、大丈夫っすか!? 周り見てなくて、ついぶつかっちまって! 申し訳ないっす!」

「あ、いえ、私もボーっとしていたのが悪いんですし……」

「いやいや! キミは何も悪くないっすよ! 急いでいたとはいえ、周りを見ていなかった俺のせいっすから!」

「はぁ……」

 

 何やらハイテンションな様子で盛んに頭を下げてくる男性に少々気圧された佐天は目を丸くしたまま気の抜けたような声を漏らす。なんだろうこの人は。変な格好している割には常識的で、そして何より無駄にテンションが高い。ベストに長袖シャツという普通の服装に比べて頭の機械が悪目立ちしているのに、本人はまったく気にする様子もない。それどころか、自然に振舞っている。

 青年に手を取られながら立ち上がると、パンツの中に入り込んでいた水が太腿に垂れてきて思わず身震いしてしまった。それを見て再び慌てる目の前の彼。

 

「わわっ、このままじゃ風邪引いちゃうっすよね!?」

「いえ、寮も近いんで大丈夫ですけど……」

「それなら安心っすね。でも、一応償いだけはさせてくださいっす」

 

 遠慮気味に言葉を返す佐天に安堵の溜息をつく青年だったが、何を思ったのか懐から財布を取り出すと、紙幣を何枚か手に取ってそのまま彼女の手に握らせた。予想外の行動に思考を停止させたまま、佐天は恐る恐る手の上を見やる。

 そこにいたのは、十人弱の福沢諭吉。

 弾かれるようにして顔を上げた。

 

「こっ、こんなに貰えませんよ! 返します!」

「いいっすよ、別に。お金には困ってないっすし。それで洋服でも買い直してくれっす」

「お釣りが来ますって!」

「じゃあ友人と飯でも。本当はちゃんと謝りたいんすけど、一応急いでいる身なんすよね」

「いや、そういう問題じゃ……」

「というわけで、ドロンっ!」

「あ、ちょっと待ってくださいよぉー!」

 

 中学一年生にはあまりにも大きすぎる金額に慌てふためく佐天を置き去りにして、青年は無駄に飄々とした返事を残すと彼女の制止の声も聞かずにその場から走り去ってしまった。一歩踏み出すたびにガチャガチャとコードが鳴り続けていたが、彼はまったく振り返ることもなく佐天の前から姿を消していく。一人取り残された佐天は手に大量の紙幣を乗せたまま呆けたようにして立ち尽くすしかない。

 

「なんだったんだろ、あの人……」

 

 随分と変な人だった。貰った大金を財布の中に仕舞い込みながら佐天はポツリと呟く。とりあえず服を着替える為に寮に戻ろうと思った矢先、足元に黒塗りの携帯電話が落ちていることに気が付いた。

 ずんぐりとした開閉式の携帯電話。防水加工が施されているのか、水溜りの中に置いてあったにも関わらず正常に作動している。待ち受け画面はデフォルトの白無地で、時刻のデジタル表示だけが虚しく存在を主張していた。

 

(あの人のケータイかな……?)

 

 タイミングと場所からして、考えられる可能性としては最も高い。佐天と衝突した際の衝撃でポケットから落下してしまったのだろうか。自分との会話が立て続いてしまったせいで携帯電話を落としたことに気が付かなかったのだろう、と佐天なりに仮説を立ててみる。そりゃまぁ、あれだけ大袈裟に頭下げたりリアクションしてきたりしていれば足元の落し物に気が付かないのは当然か。

 「届けた方が良いよね」携帯電話を広い、持ち合わせていたハンカチでボディをある程度拭う。ボタンの部分も軽く拭いておくのが気遣いというやつだ。

 

「っと。ありゃりゃ、間違って変なボタン押しちゃったよ」

 

 ハンカチ越しに指が当たったのか、白塗りだった画面はいつの間にか切り替わり、何やら留守番電話画面が映し出されていた。数件の録音が表示されている中で、一番上の録音の時刻がついさっき。青年が急いでいたのは、もしかするとこの留守番電話が原因なのかもしれない。あんな格好をした人の知り合いってどんな人なんだろ、と無駄に好奇心を刺激されてしまうのは思春期乙女の性みたいなものだろうか。様々な言い訳を心の中で唱えながら、佐天は完全に興味本位で件の録音を再生した。

 数秒経って、音声が流れ始める。

 やけに騒がしい雑音の中、通話相手はいたって平坦なトーンでこう名乗った。

 

『もしもし、佐倉望(・・・)ですが。木原数多との連携についての確認です』

「え……?」

 

 あまりにも意外な展開に、佐天は拍子抜けた声を漏らしてしまう。

 音と人間の消えた学園都市。久方ぶりの豪雨に打たれながら、無能力者の少女はようやく友人への手がかりを手に入れる。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 同時刻、吹寄制理は学園都市を駆け抜けていた。雨の中を走っているせいでクローゼットから出したばかりのセーラー服はずぶ濡れになり、通常よりも数段重い。自慢の長髪も水を吸い、前髪に至っては額に張り付いてしまうほどだ。自分では邪魔と思っている豊満な胸部が走る度に上下するので胸の付け根もじんじんと痛み始めている。しかし彼女は止まらない。友人を探している最中だった。

 大覇星祭の際に熱中症で倒れた吹寄を心配して「買い物に行こうぜ!」と提案してくれたツンツン頭のクラスメイト。あまり自分からそういう事を言い出さない彼らしくない申し出に違和感を覚えながらも、彼なりに自分を心配してくれているのだろうと思うと何気に嬉しく、吹寄はその提案に乗った。その際に心臓が妙に高鳴っていた理由は、彼女にはイマイチ理解できない。勉強はそれなりに得意な吹寄だが、不思議な感情の変化には心当たりがなかった。

 彼と第七学区を練り歩き、地下の商店街で買い物をした。ちょうど携帯ショップでペア登録のキャンペーンが行われていたので、彼と話し合って二人で登録した。ツーショットを取る際に顔を真っ赤にして照れていた彼の顔が妙に印象的で、今でも鮮明に思い出せる。何故だか分からない内に、携帯電話の待ち受け画面はその写真になっていた。画面を見る度に、不覚にも笑みが零れる。

 

『よかった。やっぱり吹寄は怒っているよりも笑っている方が似合うよ』

 

 買い物の最中、あのウニ頭は自分にそんなことを言ってくれた。下心なんて一切ない、まじりっ気のない純粋な笑顔で、上条当麻は自分に微笑みを向けてくれた。その瞬間は強烈な恥ずかしさに襲われて思わず頭突きをかましてしまったが、今改めて思い出すと素直に嬉しい。彼に褒められたことが、何よりも気持ちよかった。

 そんな彼は現在、居候の銀髪シスターを捜索するために吹寄の元を離れている。「すぐ戻るから!」とか言って去ったきり、連絡の一つもありはしない。こちらから電話をかけても気が付く様子はない。捜索に夢中になって着信音が聞こえてないのだろうか。もしかしたら携帯電話の電池が切れたのかもしれない。人並み外れた不幸を背負って生きている彼ならば、その可能性は十分考えられる。

 あるいは。

 

(また何かの面倒事に巻き込まれているとか……)

 

 いつも傷だらけで身体のあちらこちらに湿布や絆創膏を貼って登校している彼の姿が脳裏に浮かぶ。本人はあくまでも「ちょっと色々あってさ」とヘラヘラ笑いながら誤魔化そうとするが、吹寄は彼が様々な事件に巻き込まれていることをなんとなくではあるが悟っていた。勘付いたのは二学期に入った辺りで、確信したのは大覇星祭後。吹寄自身が熱中症で倒れてしまった後のことだ。あくまでも熱中症で倒れたはずなのに、彼は血相を変えて自分の元に駆け寄ると、誰かに対して怒鳴っていた。怒りに燃える上条の顔を吹寄は未だに忘れていない。あの時の彼の様子から察するに、大覇星祭の際にも上条は何らかの事情を抱えていたのだろう。共に入院していた姫神秋沙が「またあの人は。誰かの為に戦っている」なんていう呟きを漏らしていたことも、吹寄がそのような確信を抱くことに拍車をかけた。

 上条当麻はかつて自分の事を『偽善者(フォックスワード)』などと揶揄していたが、実際のところその通りだ。誰かが苦しんでいれば見過ごさず、絶対に手を差し伸べる。究極のお節介焼き。世の中ではそういう人間を『偽善者』と呼ぶらしいが、上条当麻は紛れもなくそういう類の人間だ。本人もそれを分かっている。

 しかし上条はそんな自分を決して嫌ってはいない。誇るとまではいかないが、それなりに好いている節がある。毎回毎回馬鹿みたいに何度も事件に首を突っ込むのは、彼が心のどこかでそういう自分を受け入れているからだろうと吹寄は考えている。

 よって、今回も彼は何らかの事件に巻き込まれている可能性が高い。

 

(それに、学園都市の様子もなんかおかしいし)

 

 人気(ひとけ)がないと言ってしまえばそれまでだが、何も人間がいないわけではない。存在はしているが、何故か全員が全員(・・・・・)眠るように(・・・・・)して意識を(・・・・・)失っている(・・・・・)のだ。

 自動車の運転席でハンドルに頭を乗せている人。

 自転車と共に路上に転がっている人。

 肩を寄せ合うようにして眠りこけているカップル。

 降りしきる雨の中では絶対にありえない光景が吹寄の前に広がっている。平和な日常をぶち壊す非日常が、彼女の背後に忍び寄り始めていた。

 疑問は尽きないが、今は上条当麻を探すことが先決だ。よし、と再び気合を入れると、疲れた身体に檄を飛ばして走り出そうとする。

 その時だった。

 

「あ、あの! ちょっといいですか!?」

 

 不意に背後からかけられた少女の声に吹寄は思わず立ち止まる。おそらく年下らしき声の主に首を傾げつつも、彼女は足を止めて後方に視線を向けた。

 肩の辺りで切り揃えられた茶色の髪。雨の中を歩いていたのか、水を吸っている様子のクリーム色のブレザー。胸元には超有名校である常盤台中学の校章が。気の強そうな勝気な雰囲気を醸している少女が、何やら肩を上下させながら荒い息を整えていた。やけに整った顔と制服の校章を目にした瞬間、吹寄の頭に一人の人物が思い浮かぶ。

 まさか。

 驚愕に目を丸くする吹寄を他所に、目の前の少女――――学園都市第三位の超能力者、御坂美琴は興奮気味に勢いよく彼女に詰め寄る。

 

「佐倉望の知人ですよね!? アイツの行方に心当たりはありませんか!?」

 

 唐突に彼女の口から出てきた名前は、数日前に姿を眩ませた級友のもので。吹寄や上条も心配を向けていた無能力者の名前だった。

 

 

 

 

 

 


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