とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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第四十六話 介入開始

「くそっ、なんだってんだあいつらは!」

「【猟犬部隊】だよってミサカはミサカは説明してみたり! 木原数多が率いる暗部組織で……端的に言うと殺し屋集団みたいなものかもってミサカはミサカは恐怖に顔を歪ませながら補足してみる!」

「そんなもんに追われる高校生ってのは随分とお笑い草だな!」

 

 脇に小学生ほどの外見をした白衣姿の少女を抱えながら上条当麻は学園都市の闇を駆けていく。

 現在進行形で、上条は正体不明の黒ずくめ連中から命を狙われていた。……いや、より正確に言うならば傍らのちんまりした茶髪少女と知り合った過程で結果的に追われることになってしまったと言うべきか。打ち止めと名乗る少女はどうも【妹達】関係の人物であるようで、管制塔のような役目を担っていることから追われているらしかった。次から次へと発覚する学園都市の裏事情に正直嫌気が差し始めている上条なのだが、だからといって外見年齢十歳にも満たないような少女を置き去りにして自分だけ逃げるわけにもいかない。これはあくまで上条の勘ではあるが、あの手の奴らは捕まえた奴を五体満足で解放するほど甘っちょろい集団ではないような気がする。たまに見ている外国映画的には、拷問だって平気で行う類の雰囲気だ。

 ガチャガチャガチャと激しい物音が背後から届いてくる。例の連中が暑苦しい装備を打ち鳴らしながら上条達を追いかけてくる音だ。防弾鎧にサブマシンガンとかお前らどこの軍隊だと声を大にして叫び倒したくなる衝動に駆られるが、【妹達】とはそれほどまでに重要であり、機密事項なのだろう。もしかするとまたよからぬ実験に巻き込まれてしまうのかもしれない。学園都市の相変わらずな鬼畜さに溜息が止まらない。

 この街はホントどうなってんだ、と上条が涙目で愚痴っていた時だった。

 

 ボッ! と。

 

 鉄パイプで薄絹を突き破るような破壊音が響き渡った。

 複数のサブマシンガンが火を噴き、近くの車両やガードレールを蜂の巣にしていく。一秒間に何発撃っているのかも分からない連射。鉛玉が死の雨となって上条達に降り注ぐ。背後に忍び寄る死の香りを確かに感じながら、それでも上条は全力で両脚を動かしていた。

 上条当麻の右手には不思議な能力が宿っている。

 【幻想殺し】と呼ばれるソレは、対象物が超能力や魔術と言った非現実的で不可思議な現象ならばたとえ神様の奇跡でも粉砕してしまうという化け物じみた力を持つ。どこぞの宗教家が聞けば顔を真っ赤にして神罰を下しに飛んできそうな内容の能力だが、そんな右手にも弱点があった。

 現実的な物体は打ち消すことができない。

 たとえ魔術的な炎を打ち消せても、それによって発生した瓦礫を壊すことはできない。御坂美琴の砂鉄の剣は壊せても、彼女が飛ばした鉄塊は打ち消せない。

 つまりは、重火器に代表される一般的な武装を前にすると、上条当麻は一切の戦闘力を失う。

 

「くそったれ! あぁいう手合いはある意味能力者とか魔術師とかより百倍厄介だ!!」

 

 いくら世界の理を捻じ曲げるほどの右手を持っていたとしても、上条自身はどこにでもいる何の変哲もない高校生だ。空が飛べるわけでもなく、瞬間移動ができるわけでもない。ちょっとばかし正義感が強いだけの、極々一般的な男子高校生。そんな一般人がどうして武装した集団に対抗することができるだろうか。

 答えは言うまでもなく、ノー。

 だから上条は逃げるしかない。いくら無様と思っても、拳を握って打ち止めごと死ぬくらいなら歯を食い縛って恥をかいた方がいくらかマシだ。

 回避行動に全神経を注ぐ。上条の頭の高さにあるコンクリート壁が撃ち抜かれると同時に、咄嗟に目の前の路地裏に飛び込んだ。ほとんど転がり込むような体勢ながらも打ち止めを離さなかったのは、日頃多種多様な事件に巻き込まれて鍛えられていたからか。今更になって過去の自分に感謝する。

 路地裏を走る。だが、いつまでも走っているわけにはいかない。いずれは体力にも限界が来るだろうし、何より奴らは車を持っている。単純な移動能力から見ても勝負になるとは思えない。

 隠れる場所を見つける必要がある。

 打ち止めは【妹達】のトップだ。ということは能力も電気関係である可能性が高い。となれば、電子ロックを外して建物の中に逃げ込むことも可能になる。

 問いかけると、打ち止めからの返事は期待通りのものだった。

 徐々に大きくなる足音に肝を冷やしながらも打ち止めの作業を見守る。路地裏の先を警戒して、連中が来るかどうかを見張る。

 ピーッ、という高音階の電子音が鳴るや否や、上条は打ち止めを抱えて建物内に転がり込んだ。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「対象はどうなった?」

『現在追跡中。打ち止めの能力を使用して建物内に侵入した模様。突入班を作成して二手に分かれる予定です』

「一つだ」

『は?』

「突入班は一つでいい。裏口から入って攻撃射程内で待機だ。主だった相手は俺がやる」

『ですが、建物を包囲して追い詰めた方が効果的かと』

「良いんだよ、俺にやらせてくれ。アイツにはちっとばかし借りがあってよ。ここいらで一発返しておきてぇんだわ」

『……了解。これより隊を形成し、裏口から侵入。攻撃射程内で待機します』

「すまねぇな」

『木原さんへの言い訳はお願いしますよ?』

「ま、それなりに」

 

 無線機からの声が途切れ、再び静寂が辺りを支配する。闇に包まれる学園都市。とあるファミリーレストランの正面玄関前にその少年は佇んでいた。

 特撮番組に出てきそうなスマートなフォルムの鎧を纏ったその少年は、通話の切れた無線機を腰のベルトに差し込むと鎧の調子を確かめるように屈伸を始める。全身を黒の金属に包まれた少年がストレッチをする姿はまさに異様とも言うべきものだ。屈伸運動を繰り返すたびに人工筋肉がギチギチとしなり、電灯が浴びせる白色の光によって黒塗りのメタルボディが怪しく光り輝く。あまりにも異質な出で立ちであるせいか、唯一露わになっている平凡な顔がやけに目立っていた。

 クセのない黒髪の少年はゆっくりと息を吐き呼吸を整えると、

 

「さて。それじゃあまぁ、英雄退治といきますか」

 

 拳を前に突き出すという至極単純かつ簡潔な手法でファミレスの壁を粉砕した。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

『佐倉が打ち止めの捕獲行動を開始。その際に幻想殺しと戦闘になっているみたいだけど、どうする? 応援でも寄越す?』

「いらねぇだろ別に。能力打ち消す右手って言っても佐倉は無能力者だし、何より暗部が誇る超高性能駆動鎧まで出してんだ。暗部構成員でもないただの無能力者にアイツが負ける道理はねぇよ」

『あら、帝督にしては珍しく評価が高いじゃない。この一か月の間で佐倉に情でも湧いた?』

「馬鹿言ってんじゃねぇぞクソアマ。俺はただ客観的事実に基づいて一般論垂れているだけだ」

『そうは言っても貴方、今まで誰かを貶しこそすれ力量を認めたことなんて無かったじゃない』

「……部下を信じるのはリーダーの役目さ」

『似合わないわねぇ』

「お前喧嘩売ってんだろ」

『超能力者の怒りを買うような馬鹿な真似は御免だわ』

 

 第七学区に駐車している黒塗りのワンボックスカー。その後部座席でふんぞり返りながら、垣根帝督は電話口の向こうからひっきりなしに聞こえる馬鹿女の減らず口に浮かべた青筋をピクピクと震わせていた。普段から行動の真意が掴めない不可思議な女ではあるが、会話をする度にこちらの怒りを煽ってくるのはいったいどういう所存なのか。からかっているつもりだろうが、元来気が長い方ではない垣根にしてみれば殺意が湧くどころの騒ぎではない。先程から握り締めた携帯電話がミシミシと悲鳴を上げている。視線の先で垣根の八つ当たりが来ないように震えながら黙り込んでいる運転手が若干可哀想に思えてきた。

 息を吐き、思考を切り替える。

 心理定規から届いた連絡は佐倉の行動についてだ。今回【スクール】は学園都市からの指令を受け、科学者木原数多が率いる暗部組織【猟犬部隊】と連携して行動している。聞かされた目的は『打ち止めの確保』と『木原数多の護衛』。一応は学園都市第二位に君臨する垣根的には腹立たしい程にクソ面白くない内容の依頼だが、暗部組織としては言われた通りに動くしかない。学園都市に手綱を握られている現在、余計な抵抗を見せることはあまり得策とは言えないからだ。

 学園都市の力は強大だ。いくら学園都市内で二番目に強力な能力を使役する垣根と言えども、逆らえばただでは済まないだろう。負けを認めるのは垣根の性格上誠に腹立たしいことこの上ないが、時には自分自身を客観的に捉えることも必要である。今の自分だけでは、学園都市には勝てない。それほどまでに奴らは強大で、絶望的に強い。

 だが、垣根もこのまま無様に泣き寝入りするつもりはない。

 今回の依頼は学園都市統括理事会直々のものだ。つまりは、この依頼を完遂してしまえば彼らの中で【スクール】の株が上がることになる。上手く行けば理事会の連中に取り入ることも可能になるだろう。そして内側から学園都市を掌握すれば御の字だ。

 忌々しい依頼も、目的のためならば苦にはならない。

 

「佐倉のバカに伝えとけ。さっさとこのクソつまんねぇ依頼終わらせて焼肉でも食いに行くぞってな」

『貴方はいつから後輩に飯を奢るような心優しい先輩様になったのかしら?』

「なんたって俺ァ学園都市第二位だからな。心と器の大きさも第二位なんだよ」

『短気さは第一位だけどね』

「テメェ……余程愉快なオブジェにされてぇらしいなぁ……!」

『それじゃあ私は仕事があるから、失礼するわよ』

「ちょっ、待てテメェ! せめて謝罪の一つくらい……って、切りやがった」

 

 「あのアマ……」無機質な電子音が延々と鳴り響く携帯電話を八つ当たり気味に雑にズボンのポケットに入れ込むと、ドア部分に頬杖をついて何の気なしに窓の外を見る。

 あまりに人気がない暗闇。科学の為に科学を殺した男が支配する学園都市。

 この暗闇に今まで何人の学生達が呑み込まれてきたのだろうか。自分の無力を見せつけられ、闇に堕ちることを余儀なくされた無様な落ちこぼれ達が。

 

「……強くなりたい、か」

 

 ふと脳裏に浮かぶのは【スクール】構成員の無能力者の言葉。第三位を守りたい、その為の力が欲しい。垣根の提案にそう言って首を縦に振った彼の姿は、何故か垣根の心を揺さぶった。力を求めて無様に這いつくばる佐倉の姿に、垣根はどこか親近感のようなものを覚えていた。頑なに力を求める彼の姿勢は、かつて無力を痛感し、限りない力を願った垣根自身を彷彿とさせたのだ。

 第二位の座に君臨しながらも敗北の二文字を味わった、かつての自分を。

 

「……けっ、腑抜けてやがんな。クソッタレ」

 

 苛立った様子を隠そうともしないでぼやくと、垣根は唐突にワンボックスカーのドアを開いて雨が降りしきる外へと足を付ける。

 

「どちらへ?」

「ちょっとばかし身体動かして来るわ。こんな狭っ苦しい車ン中じゃ身体が鈍って仕方ねぇ」

「【猟犬部隊】との打ち合わせにはない行動ですので、許可が下りるかどうか分かりませんが」

「放っとけよそんなもん。ようは結果さえ帳尻合わせりゃ文句ねぇんだろ? だったら俺は俺のやりたいようにやる。邪魔立てはさせねぇぜ」

「……了解しました。それではお気をつけて」

「クソが。誰に向かって言ってやがる」

 

 事務的な言葉のみを延々と返して来る運転手に心底辟易しながらも、垣根は乱暴気味にドアを閉めると傘も差さずに雨の中を歩き始める。お気に入りの一張羅が水を吸い始めていたので未元物質で自分の周囲を薄く囲むと、両手をスラックスのポケットに突っこんだまま不機嫌さを全面的に表情に露わにして黙々と学園都市の闇へと踏み出した。

 

「学園都市第二位の俺に、常識は通用しねぇんだよ」

 

 苛立ち、驕り、嫉妬。

 様々な感情が乗せられた呟きを虚空に放ちつつ、怪物(垣根帝督)が盛大に物語への介入を始める。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「佐倉望の居場所を知りませんか!?」

 

 息を荒げてそう尋ねてくる茶髪の少女を見て、吹寄制理は驚きを隠すことができなかった。

 ベージュ色のブレザーに、その胸元で存在を主張する独特な模様の校章。四つ葉のクローバーに「T」のマークが表すのは、学園都市でも五本の指に入ると言われる超名門校。

 常盤台中学。

 強能力者以下ならばたとえ一国の王女であっても容赦なく不合格にするとまで言われる名門のお嬢様、それも学園都市第三位に位置するあの御坂美琴が、今吹寄の目の前にいる。それどころか、何の変哲もない高校生である佐倉の居場所を尋ねてくる始末だ。驚きが臨界点を突破してそろそろ驚愕の域を脱しつつある。なんで自分なんかに話しかけてくるのだろう、とありきたりな疑問が吹寄の脳内でぐるぐると回っていた。

 

「あ、あのぉ……大丈夫ですか?」

「あ、え……えぇ。大丈夫よ、ごめんね」

「いえ、唐突過ぎる自覚はありますから、お気になさらず……」

 

 突然の出来事に呆けてしまっていたのだろう。心配そうに所在なさげに様子を窺ってくる美琴に頭を下げると、雑念を追い払ってから再び彼女との会話を再開する。

 

「それで、佐倉の居場所だっけ?」

「は、はい! 少し前から行方不明で、ずっと探しているんです!」

「うーん、休学してからは姿は見ていないわね。というか、たぶんウチのクラスメイトは誰も見ていないんじゃないかしら」

「そうですか……」

「というか、なんで佐倉を? 御坂さんは……」

「美琴でいいですよ。年上から苗字で呼ばれるのはあまり慣れないから」

「……美琴ちゃんは佐倉の知り合いなの?」

「はい、一応……恋人、みたいなものですかね……」

「うっそ……あのバカ、こんな可愛い彼女がいたわけ……?」

 

 クラスメイトの予想外な一面を知って何気に驚く吹寄。日頃気怠そうにしている不良生徒である佐倉がまさか常盤台のお嬢様、それもかの有名な御坂美琴と懇ろな関係にあるなんていったい誰が想像するだろうか。青髪ピアスや土御門元春あたりが耳にしたら血相変えて襲い掛かりそうな衝撃事実だ。

 そういえば前に上条がそれらしいことを言ってたっけか、とか思っていると、不意に美琴の方からこんな質問が飛んでくる。

 

「あの……」

「吹寄よ。吹寄制理。制理でいいわ」

「制理さんは……制理さんは、あのツンツン頭と付き合っているんですか!?」

「…………はぁっ!? い、いきなり何意味の分からないことを……」

「だ、だって今日仲良さそうに街中歩いていましたし! 手も繋いでましたし!」

「見られていた!? いや、そうじゃなくて、別に私とあのバカはただのクラスメイトで、それ以上の何でも……」

「か、顔が赤いから嘘です!」

「赤くないわよ!」

 

 急に空気が桃色な感じに転換したことで焦る吹寄だが、この誤解を解いてしまわないことには彼女としても後味が悪い。別に上条との仲が嫌とかそういう訳ではないが、正式にそういう仲ではないのだから誤解が広まるとお互いに困るだろうという考えの元に否定しているわけだ。不都合とか出ても困るし。

 

(――――って、私はいったい誰に言い訳しているのよ!)

 

 そうぼやく吹寄の顔は、日が沈んだ夜闇の中でも判別できるほどに真っ赤だった。

 

 

 

 

 

 


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