とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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第四十七話 怪物

 上条当麻は一瞬何が起こったのか理解できなかった。

 命からがら逃げ込んだファミリーレストラン。照明は落ちていて、中にいる従業員や客は揃って気を失っている。先程外で見たものと同じ光景が広がる中で、上条は打ち止めを連れたままできるだけ奥の席へと足を進める。人目が多い場所に避難すれば殺される可能性も低くなると思って逃げてきたのだが、意識のある人間がまったくいないこの状況下では条件を満たせない。むしろ気を失っている分、上条の都合に巻き込んで彼らを傷つけてしまう恐れもある。

 とりあえずこの場を離れよう。

 打ち止めが手を掴んでいることを確認すると、周囲の安全を確かめてから身を屈めて自動ドアの方へと向かう。

 

 だが、その時だった。

 

 自動ドア付近の壁。待合用にソファが置かれている辺りの壁が、突然弾け飛んだのだ。けたたましい粉砕音が響き渡り、瓦礫が四方八方に飛散する。風穴が空いたことによって風雨が室内へと入り込み、レストランの床を濡らしていく。あまりにも突発的な事態に思考が停止していた上条は、視線を移動させていく内に穴の辺りに人影があることに気が付いた。

 雨に晒されながらレストラン内へと入ってくるその人物は、全身を奇妙な鎧のような衣装で固めていた。駆動鎧……にしてはあまりにもボディラインが細い。一切の無駄な装備を除去し、必要最低限のパーツで構成されたようなスマートな鎧だ。SF映画に出てきそうな外見のソレは、ギチギチと人工筋肉を鳴らしながら一歩ずつレストランへと足を踏み入れていく。床にばら撒かれた瓦礫を踏み砕き、機械的な規則正しいリズムで歩を進める。

 

(なんだ、あれ……)

(駆動鎧にしては随分とスマートすぎるかも、ってミサカはミサカは学園都市の科学技術の進みっぷりに驚きを隠せなかったり)

(いやいや、最先端技術の結晶みたいなやつが何言ってんの打ち止めちゃん)

 

 アホ毛をぴこぴこ動かしながら目を丸くする打ち止めにやんわりとツッコミを入れつつも、上条は目前に佇む正体不明の駆動鎧に驚愕を露わにしていた。これまでにも何度か学園都市が保有する駆動鎧を目にしてきた上条であるが、視線の先で壁を破壊して侵入してきたヤツのような駆動鎧は見たことがない。そもそも駆動鎧を動かすにはそれなりの機械回線と安全装置が必要不可欠なので、あのような痩せ形の駆動鎧を製作するのは至難の業のはずだ。現実的に言ってありえない形状をしている。

 黒塗りの駆動鎧はファミレスに入ってくると、何かを探しているような様子で視線をあちらこちらに彷徨わせている。タイミングから考えて十中八九上条の事を探しているのだろう。もしくは打ち止めか。どちらにせよ、自分達にとって敵であることに変わりはない。見つかる前にさっさとトンズラするべきだろう。生身の状態で勝負を挑んでも駆動鎧が相手となると勝ち目は薄い。あらゆる超常現象を打ち消す右手は機械に対しては滅法弱いのだ。

 そうと決まれば即行動。念のため打ち止めに逃げることを耳打ちすると、駆動鎧の死角へと回るべく中腰のままそそくさと足を動かす。できるだけ物音を立てないように心がけながら脱出を試みようとする上条だったが――――

 

「情けねぇなぁ上条。ヒーロー気取りの英雄さんはビビってかくれんぼ中か?」

「っ……!?」

 

 不意に放たれた声に、思わず足を止める。

 今の声は考えるまでもなく、駆動鎧を着用している人物が放ったものだろう。名前を知られているのは追手の連中が情報を確認した可能性があるから不思議でもない。やけに馴れ馴れしいのも、基本的に悪役なんてのは相手より上の目線で会話をしようとするという理由で説明がつく。魔術サイドの連中も揃ってそんな奴らばかりだったから、別段違和感もない。そもそも、上条が立ち止まった理由はそこじゃあない。

 聞き覚えがあった。暗闇に包まれるファミレス内に響き渡ったその声に、上条は完全に覚えがあったのだ。

 少し相手を小馬鹿にしたような、斜に構えたような喋り方。擦れたようなハスキーな声。独特な乱暴口調は、つい先日に突然休学するようになったスキルアウト所属のクラスメイトのものではなかったか。

 打ち止めをソファの裏に隠れさせると、上条は駆動鎧との距離を確認しながらゆっくりと立ち上がる。先程からほとんど動いていないらしく、駆動鎧は静かに佇んだまま上条の方に視線を向けていた。

 街灯の灯りがレストラン内を照らし、駆動鎧の装着者を徐々に照らし出していく。

 クセのない黒の長髪。中性的ながらも小生意気な笑みを浮かべた顔。低めの身長をした細身の少年。ゴツゴツとしながらもスマートな作りをした黒塗りの駆動鎧はまるで中世騎士が纏う甲冑の様。床に転がった無数の瓦礫の中央に不敵な笑みを湛えて佇むその少年の名は――――

 

「佐倉、望ッ……!?」

「よォ、久しぶりだな幻想殺し(イマジンブレイカー)。挨拶だが、ちょっくらここで死んでもらうぜ」

 

 第七学区スキルアウト所属、第三位の超能力者御坂美琴のパートナーであったはずの少年は、拳を固めて死刑宣告を行う。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 禁書目録とかいうけったいな名前を名乗った白い修道服のちびっこを病院に向かわせた一方通行は黒塗りのバンから降りると、街道に備え付けてある公衆電話へと足を運んだ。携帯電話を使って連絡するという手もあるが、木原数多が電波を辿って現在地を割り出す可能性を危険視しての選択だ。相も変わらず古めかしい公衆電話のテンキーを押すと、数回の呼び出し音の後に目的の人物が出る。

 ――――はずだった。

 

『はーいっ♪ もしもしこちら操祈ちゃんテレフォンアドバイスセンターだけどぉ、そちら第一位様の一方通行ちゃんで合っているかしらぁ?』

「……誰だ、テメェ」

『あらあらぁ、そんなに怖い声出さないでよ最強様ぁ。仏頂面に怒り指数がマックスで修羅も裸足で逃げ出すような鬼面状態よぉ? か弱い美少女視点から言わせてもらうと怖いの一言ねぇ』

「二度は言わねェ。さっさと名乗るかこのクソみてェな通話を終わらせろ」

『ぶぅー。せっかちな人はモテないゾ?』

 

 『きゃはっ☆』とあからさまに人を馬鹿にした笑い声で一方通行の神経を逆撫でする電話の声。打ち止めの携帯電話にかけたはずの通話に割り込んできたということはそれなりの技術を持った相手。しかも一方通行の事を知ったうえでまったく怯えた様子もない。さらに一方通行の表情を言い当てたことから、おそらくこの付近から彼を監視していることが窺える。

 

(クソッ、この忙しィ時にガキの遊びに付き合わせやがって……!)

 

 一刻も早く打ち止めの所に向かい、彼女を助け出さねばならないというのに。最善策としてはこのまま通話を中断して打ち止めの元へと向かうことだが、通話相手が一方通行の事を知っている以上無下にすると何をされるか分かったものではない。あくまでも最速かつ迅速に用件を聞き、打ち止めに電話を掛けた方が良いだろう。

 苛立ちを隠さない怒涛の貧乏揺すりで公衆電話内の床にヒビが入り始める中、電話の相手はどこまでも馬鹿っぽい喋り方でようやく名乗りを上げた。

 

『私は学園都市第五位の【心理掌握】……常盤台中学の女王こと食蜂操祈ちゃんよぉ。よっろしっくねぇ☆』

「……チッ。誰かと思えば、性根の腐った精神系能力者か」

『少なくとも貴方にだけは性根が腐ったとか言われたくないわねぇ』

「生憎と今の俺ァ虫の居所が悪くてよォ。あンまり舐め腐った会話続けるとテメェの脳髄が頭とサヨナラしちまうことになるぜェ?」

『短気なのは相変わらずねぇ。……用件というか、私から申し出たいのは協力要請よぉ』

「協力要請、だと?」

『そ。打ち止めちゃんと木原数多の居場所まで私がナビゲートする代わりにぃ、今後何かあったら助けてほしいって内容の協力要請ねぇ』

「……テメェ、どこまで知っている?」

『さぁてねぇ。でもまぁ、貴方にとっても私にとっても悪い話じゃないと思うんだけどぉ……どう思うぅ?』

 

 何故食蜂が打ち止めと木原の居場所を知っているかは分からないが、確かに悪い話ではない。二人の居場所が分からない現状で学園都市内を虱潰しにさがしていくのは骨が折れる作業だ。電極のバッテリーも十分ではない現状、時間を無駄に消費することはできることなら避けなければならない。万が一木原を見つけたとして充電切れでマトモに動けないなんていう展開にでもなった日にはお笑い草だ。本末転倒どころの騒ぎではない。

 懸念すべき点としては、食蜂が求める「助け」とやらがどこまでの範囲を含んでいるのかと言うことだが……一応は学園都市最強の名を冠している一方通行にとっては些細な問題だろう。打ち止めをいち早く助けることができるのならば、大袈裟に気にすることではない。

 答えはすぐに決まった。

 

「……分かった。条件を呑もォじゃねェか」

『わお。あっくん意外と話が分かるぅ~♪』

「馬鹿話は後にしろ。俺はテメェの提案を了承した。だったら次はそっちが俺の要望に応える番だ」

『はいは~い♪ それじゃあ今から貴方の携帯電話に直接電話を掛けるから、ちょっとだけ失礼させてもらうわよぉ』

「…………」

 

 何故彼女が一方通行の電話番号を知っているのかについては不毛すぎるので無視しておく。

 

『あ、そうそう。最後に一つだけ言っておくけどぉ』

「……なンだよ」

 

 電話を切る直前、食蜂は一方通行を呼び止めると軽い調子で忠告を始める。何の気なしに聞き流そうとする一方通行だったが、さらっと放たれた台詞の内容に一瞬で意識の興味を持って行かれてしまう。

 食蜂はキャハキャハ甲高い声で笑いながら、あまりにもさらりとこんなことを言った。

 

『あんまり欲張ろうとしないでぇ……今は木原数多を殺すことだけに専念した方が良いわよぉ?』

「……どォいう意味だ」

『どうせ貴方は「打ち止めを無傷で助け出す」と「木原数多を殺す」っていう二つの目的を同時に遂行しようとしているでしょう? そんなどっちつかずの考えだと、結局は一つも達成できないまま終わっちゃうわよぉ』

「この俺を誰だと思ってやがる。あンまりふざけたこと言ってるとブチ殺すぞクソガキ」

『その傲慢さが失敗を招くって言っているのよぉ。二兎追う者は一兎をも得ず。まずは目標を一つに定めることが成功の秘訣ねぇ』

「最近の中学生ってのは説教が好きらしィな」

『ま、どこぞのツンツン頭に影響されたのかもね。後は冥土返しから良い案を得られるかもだからぁ、そっちにも電話してみることをオススメするわぁ』

 

 『それじゃあ、また後でねぇ』最後までふざけた口調のまま通話を終える食蜂。無機質な電子音が鳴り続ける受話器を乱暴に叩きつけると、一方通行は闇夜にそびえ立つビル群を紅色の瞳で睨みつける。

 今の自分にできる最優先事項、それは……。

 

「……あぎゃは。そォだよなァ……考えてみりゃ、簡単なことだよなァ」

 

 冥土返しが勤務する病院の番号をプッシュしながら、一方通行は裂けた笑みを浮かべる。月も星も見えない土砂降りの学園都市。どす黒い雨雲に覆われた夜空を見上げる彼の眼には、殺意と憤怒の炎が見え隠れする。久方ぶりに思い出した、『殺害』への強い欲求。憎い相手をぶっ潰し命を奪いたいという至極原始的な欲望。

 再び受話器を耳に当て、一方通行は静かに決意する。

 

「ぶっ殺す」

 

 ――――怪物が、目を覚ました。

 

 

 

 

 

 




 月一更新になりつつある現状を打破したい今日この頃。
 試験期間に入るので更新遅れます(涙)

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