とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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 お久しぶりです


第五十話 最悪の善意

『私達の祈りで救ってみせる。この子も、ひょうかも、学園都市も!』

 

 その言葉を最後にプツンと通話が切れる。インデックスの方からかけてきたくせに一方的に通話を終了させた自分勝手な修道女に若干苛立ちを覚える美琴だったが、もはや通じていない相手に怒りを向けても仕方がない。ふつふつと湧いてくるこの憤りをぶつけるには絶好の相手がいるのだ、今、この場で、目の前に。

 

「制理さん。この一発で終わらせるから、ちょっとだけ耳を塞いでて」

「だ、大丈夫なの!? いくら貴様が超能力者だとは言っても、相手は学園都市の最新鋭兵器を持った集団なのよ!?」

「誰に言ってるんですか。それに、相手の戦力も後僅かです。今の私なら、この一発で全部吹っ飛ばせます」

「で、でも……」

「安心してください」

 

 建物の壁に隠れながら【猟犬部隊】の様子を窺う。美琴の言葉に不安を隠せない様子の吹寄は戸惑いの声を上げているが、それを制すと美琴は軽く笑顔を向けた。心配なんて何一つない、自身満ち溢れた輝かしい微笑みを浮かべる。

 プリーツスカートのポケットから愛用のコインを一枚取り出す。そこらのゲームセンターでいつでも手に入るような何の変哲もないコイン。だが、美琴にとっては必要不可欠、なくてはならない相棒のような存在。彼女の代名詞ともいえる必殺技の憑代。

 コインを指に乗せ、【猟犬部隊】の方に向ける。

 ニィと、どこか楽しそうに口の端を吊り上げながら――――

 

アイツ(・・・)を助けるまで、私はもう誰にも負けないって決めたんだから!」

 

 ――――キィンッ! と、一筋の閃光が夜の学園都市を貫く。

 アスファルトを巻き込み、周囲の障害物を砕きながら、群れとなって襲いくる黒塗りの集団を次々と吹っ飛ばしていく。銃器は爆砕し、車両はひしゃげ。ありとあらゆるものを破壊し尽くしていく。塵一つ残さない。無慈悲な一撃が、学園都市の暗部を破壊する。

 それは、御坂美琴の決意を表しているのかもしれない。

 一度失ったあの人を。かつて手放した大切な人を。自分から離れてしまった最愛の人を。

 

 佐倉望を、絶対に闇から引きずり上げるという彼女なりの決意が。

 

 激しい爆音。パラパラと残骸が降り注ぐ中、吹寄は言葉を失って呆然と立ち尽くしている。これが超能力者の本気。学園都市最強クラスの一撃を前にして、思考が停止してしまっているのだろう。まぁ、無理もないが。

 しかし、このまま立ち止まっているわけにもいかない。美琴には、目的がある。

 

「制理さん」

 

 名前を呼ばれ、ようやくはっと我に返る吹寄。慌ただしい様子で美琴に視線を向けるのを確認すると、彼女に指示を与える。

 

「貴女は、あのツンツン頭の所に行ってあげて」

「……私が駆け付けたところで、上条の役には立てない。足手纏いになるのが目に見えている」

「そんなことはないです。確かに制理さんは戦えないかもしれません。お世辞にも、戦力になるとは言えない」

「だったら……」

「だけど、制理さんにはあの馬鹿を労うことができます」

「労う……?」

「はい。それは、貴女にしかできないことです」

 

 吹寄制理は無能力者だ。それに、喧嘩もからっきしで、戦えるわけではない。むしろ、上条の邪魔をしてしまう可能性は大いにある。しかも、敵は未知数で、自分達の知らない力を使う。相手の能力が欠片も分からない以上、吹寄の助力なんてほとんどいらないかもしれない。

 だが、現在。上条当麻はたった一人で戦っているのだ。友人、知人、初対面を問わず、学園都市を守るために。不思議な右手一つを握り締めながら、未知の敵とたった一人で。誰にも頼ることなく、頼ることもできず、彼は己の身一つで単身立ち向かっているのだ。

 支えてほしい、と美琴は思う。孤独で戦った結果、すべてを失った無能力者を知っているから。支えることができず、自分から離れてしまった一人の少年を知っているから。

 だから、美琴は吹寄を彼の元に行かせる。

 もう二度と、同じ過ちを繰り返さないように。

 

「行ってください、制理さん。あの馬鹿を支えてあげられるのは、今はきっと、貴女だけだから」

「……えぇ、分かったわ。気を付けてね、美琴ちゃん」

「はい。制理さんも、気を付けて」

 

 天空を這うように広がる閃光の触手。爆音が鳴り続く学園都市の中心部へと走っていく吹寄の背中を見送りながらも、先程上条達が走ってきた方向に足を進める。クイーンズからの通信と上条の話から総合するに、佐倉はこっちの方にいるはずだ。今は桐霧が彼と戦っているはず。いち早く駆けつけて、彼女の加勢をする必要がある。それに、一刻も早く佐倉の無事を確かめたかった。

 

(待ってて、望)

 

 雨に濡れるのを気にすることなく学園都市を駆け抜けていく。最愛の少年を救い、光の世界に連れ戻すために。

 

 ――――彼女の下に作戦失敗の連絡が送られるのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 雨は徐々に酷くなっていく。歩く度にお気に入りのズボンが濡れていくことに若干苛立ちを覚える垣根帝督だったが、そんなことを気にするよりもまずは肩に担いだ無能力者をアジトまで運搬することの方が重要だ。傘代わりに【未元物質】を使っているけれども、もしかしたらさっさとひとっ飛びしてアジトまで向かった方が早いかもしれない。あまり人目につくのは避けたいところだが、このまま水溜りに溢れた道を素直に歩くのも癪だ。

 どうしようか、と顎に手を当てて一人思考に耽る。そんなくだらないことに頭を悩ませていたからだろうか。気が付かない内に、不意に背後から声をかけられた。

 

「あ、あの! あ、貴方……学園都市第二位の、垣根帝督さんですよね!」

「あん?」

 

 唐突にかけられた場違いな声に、垣根は佐倉を担いだまま視線を背後に向ける。第二位の垣根帝督を知る者は多くいるが、彼がどんな人間であるか、どんな姿であるのかを知っているものはそこまで多くはない。暗部という環境に身を置いている以上、他者との接触はできうる限り避けているからだ。自分の正体を知っているということは、暗部もしくはそれに準ずる何かの関係者だろうか。いつでも【未元物質】を発動できるように気を向けつつ、声の主を見やる。

 そこにいたのは、黒髪の少女。雨の中行動していたのだろうか、全身が濡れそぼっており、髪も服もずぶ濡れになっているようだ。背丈は高いが、纏う雰囲気とあどけなさから察するに中学生くらいだろう。走っていたのか息遣いが荒い。

 目の前の少女にあまりにも殺気を感じられず、少々困惑してしまう。あまりにも関係者っぽくない。殺気を隠している場合も考えられるが、少女の様子を鑑みるにその可能性は薄いようだが――――

 と、そこまで考えたところで、彼女に見覚えがある事を思い出す垣根。記憶の隅に追いやって忘れかけていたが、確かこの少女は……。

 

「……超電磁砲の友人、だっけか?」

「あ、あたしのことを知っているんですか!?」

「あー。まぁ、ちょっとな」

 

 佐倉の身辺状況を調査している時に、見たことがある。佐天とかいう名前だったか。いつも超電磁砲達と一緒にいる無能力者の女子中学生だ。そういえば覚えがある。

 

(だとすると……このお嬢ちゃんの目的はコイツか)

 

 御坂美琴の目的は佐倉望の救出。だとすると、その取り巻きである佐天の目的も当然同じだろう。大方、学園都市の騒ぎに違和感を覚えて走り回っていたら偶然垣根を発見したとかそんなところか。これはまた面倒臭い流れになったなぁと内心溜息をつく。

 そんな垣根を他所に、佐天は佐倉を指で指し示すと、

 

「そ、その人を……佐倉さんを、どうするつもりなんですか」

「あん? どうするってそりゃ、連れて帰るが。仮にも貴重な構成員だからな。むざむざ失うのも馬鹿らしいしよ」

「構成員って……」

「それ以上の詮索はあんまりオススメしないぜお嬢ちゃん。世の中には知らなくていいこともたくさんある」

 

 好奇心は猫をも殺す。知らぬが仏。

 知的好奇心に従って行動するのは大変結構なことだが、行き過ぎた探究心は身を滅ぼすことになりかねない。垣根は悪人だが、何も罪が無いいたいけな少女を殺す趣味なんて持ち合わせてはいないのだ。できることなら穏便に済ませたいと思っている。

 これ以上話すことはない。彼女に背を向けて歩き出そうとした。

 その時。

 

「待ってください。垣根さん」

 

 今までとは違う、落ち着いた調子の声にはたと足を止める。無視しても良かったが、彼女の何かを決意したような据わった口調に違和感を覚えたのだ。このまま見逃して立ち去るのは、少々惜しいと心のどこかが判断した。

 ゆっくりと振り向き、佐天と視線を交わす。佐天の目には、どこか形容しがたい覚悟を秘めた輝きがあった。

 嫌な予感――――いや、これはもしかしたら、一種の期待かもしれない――――を密かに覚えながらも、垣根は佐天の呼びかけに答えた。

 

「なんだい、お嬢ちゃん」

「お願いがあります」

「……言うだけ言ってみな」

「あたしも、貴方の仲間に入れてください」

 

 馬鹿が。と思うと同時に、やはりなという気持ちが浮かぶ。予想はしていたが、まさか本当にそんな提案をしてくるとは。見かけ以上に馬鹿なのか、それとも何かそれなりの考えがあっての事なのか。思い付きでの言動なら非情に切り捨てているところだが、彼女の様子を見るにどうやら冗談半分ではないらしい。彼女なりに考えての提案。

 

(佐倉といい、このお嬢ちゃんといい、無能力者ってのは馬鹿ばっかりなんかねぇ)

 

 あまりにも単純で、愚かで。そして何より面白い。

 内心ほくそ笑む垣根だったが、表面上は彼女を訝しむように装いつつ質問を投げかける。

 

「一応聞いておくが、理由は? ガキがヒーローごっこ感覚で飛び込んでいい世界じゃないってことくらい知ってんだろ?」

「はい。貴方がいる場所がいつも死と隣り合わせで、平和とは程遠い世界だっていう事は知っています。人を殺し、殺され、いついかなる時でも命の危険が付きまとうことも分かっています」

「だったら、お前みたいな無力なチビッ子がどうしてこの世界に入りたがる? 俺からしてみりゃ、考えなしの馬鹿にしか思えないんだが」

「それは……」

 

 そこで一旦言葉を切ると、数回頷いてから垣根の目を真正面から見つめ、彼女は言った。

 

「あたしは、佐倉さんを支えたいから」

「……支えたい?」

「はい。佐倉さんはきっと一人で苦しんでいます。理解者がいない現状で、誰にも頼れずに。きっと、その人は心の中でもがいているんだと思うんです」

「お前が、理解者になるっていうのか?」

「なれるって断言できるわけじゃありません。でも、少なくとも、なれるように努力はしたいんです」

「そんなに簡単にいくとは思えねぇけどなぁ」

「……あたしは、無能力者だから。多少なりとも、佐倉さんの気持ちは分かっているつもりです」

 

 どこか自嘲気味にぽつりと呟く佐天。そんな中、垣根は彼女にばれない程にくつくつとこっそり喉を鳴らす。面白いことになってきた。佐倉を追い詰め、追い込み、破壊する為のピースがどんどん揃っていく。すべての善意が結果として裏目に出て、悪意を生み出す。その過程が目の前で進んでいることが、どうしようもなく面白い。

 感情を押さえつつ、表情に出ないように努めながらも、垣根は佐天に右手を差し出す。

 

「佐天涙子。ようこそ、【スクール】へ」

 

 物語は加速する。

 無力な少女を巻き込み、何よりも最悪な結末に向かって、ゆっくりと。

 

 

 




 一応これで0930編は終了となります。次回からは新章です。
 賛否両論あるかと思いますが、ご容赦を。
 それでは、次回もお楽しみに。

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