そうと決まれば即実行。行動力だけが取り柄、人並み外れたアクティブさをモットーとする佐天はパフェと初春をレストランに置いたまま、目的を遂行すべく行動を開始していた。
……とはいえ。
「佐倉さんが何を欲しがっているとかまったく知らないから、何を渡すにも見当がつかないんだよねぇ」
そこいらの自動販売機でテキトーに購入したスポーツドリンクを煽りながら一人ごちる。女性相手のプレゼントならば小物や化粧品を、普通の男性相手ならば衣類などが無難な贈り物として挙げられるのだが、現在暗部で精神をすり減らしまくっている絶賛病み期な佐倉に贈るものとしては不適当だろう。以前の彼ならいざ知らず、強くなることにしか興味がない現在の佐倉が衣服を貰って喜ぶとは到底思えない。
かといって、拳銃を代表する武器火器兵器を贈呈するわけにもいかない。いくら暗部入りしているとはいえ、佐天はあくまでもそんじょそこらにいるような普通の女学生だ。ツテを目一杯使ったところで入手できるとは到底思えない。というか、自分的にも渡したくない。
「うーん。どうしようかねぇ」
腕を組み、首を捻って考える。現在の佐倉望に適していて、なおかつ貰って嬉しいだろう贈り物を。
そんな時だった。
近くを通り過ぎた二人組の会話が、佐天の耳に飛び込んできたのは。
「四つ葉の、クロー……バー……より、たくさんの、クローバー……?」
「うむ。極稀に見つかるクローバーの突然変異種らしくてな。ものによっては五十枚以上のものも見つかるらしい」
「へぇ……。じゃ、あ。五つ葉以上のもの、にも……込められ、た、意味、が……?」
「無論。こういうのは本来オカルトの分野に属するのだろうが、まぁ、そこはこのリリアン=レッドサイズの情報力よ。何つ葉でも答えてみせるぞ!」
セーラー服のポニテ少女と、銀髪ゴスロリの人形めいた少女が何やら話しながら佐天の背後を通り過ぎていく。背中に身の丈ほどの長さを誇る日本刀を背負った少女はあまりにも存在が浮いているのだが、違和感が一周回ってしまい、誰も彼女に声をかけようと考える愚か者はいない。人並み外れた美貌も敬遠に一役買っているのだろう。男女問わず視線を集めているにもかかわらず、彼女に近づくものは存在しなかった。
そんな彼女の隣で自慢げに豊かな胸を張る銀髪の少女。漫画の世界から飛び出してきたようなメルヘンな出で立ちに周囲がざわつく。だが、本人に注目されている自覚がないのか、少しの羞恥心も浮かべる様子はない。腰に手を当て、実に偉そうに薀蓄を垂れ流していた。
「クローバー、かぁ」
メルヘンチックなコンビの背中を何の気なしに見送りながら、ぽつりと呟く。お金をかけてプレゼントを購入しようと画策していた佐天にとって、その発想は天より舞い降りた閃きのように思えた。
よくよく考えてみれば、中学生、それも無能力者の財力なんてたかが知れている。今から金策に走ったところで、自分が満足するような品物を入手することは難しいだろう。プレゼントという形式上何を贈っても喜ばれるとは思うが、その場だけではなく今後にも影響、もしくは使ってもらえるものを贈呈したいというのが佐天の願うところだ。
一応は候補に入れておくとして、まずはそれについて情報を集める。スマートフォンを起動させると、検索エンジンを開いて文字列を打ち込んだ。
少しのタイムラグの後、検索結果が表示される。
そこに表示されたのは、一つ葉から十二つ葉までの花言葉だ。クローバーに花言葉が存在すること自体は佐天も知っていたが、まさか葉の枚数によって意味が異なるとは正直驚いた。占いや験担ぎが大好きな思春期女子の琴線に見事に触れた多数葉のクローバー。
それぞれの意味を簡単に説明すると、
一つ葉「始まり」
二つ葉「平和」
三つ葉「希望」
四つ葉「幸運」
五つ葉「経済的繁栄」
六つ葉「地位と名声」
七つ葉「無限の幸福」
八つ葉「無限の発展」
九つ葉「高貴」
十つ葉「成就」
十一つ葉「無限の愛情」
十二つ葉「真理」
五つ葉以上のクローバーを見たことがない佐天からしてみればこんな花言葉はこじ付けではないかと邪推してしまうのだが、オカルトチックな響きは彼女の嫌うところではない。むしろ好ましいものだ。験担ぎというのはいつ何時でも人々の心を落ち着かせてくれる。プロアスリートでさえも「ルーティーン」と呼ばれる行動で気持ちを落ち着かせ、最高のプレイを引き出すのだ。意味合いは違えど、佐倉のためになるのならばうってつけの贈り物になるに違いない。
それぞれの花言葉を何度も読み返しつつ、絞っていく。
そして。
「……佐倉さんの『強くなりたい』って願いから判断するに、八つ葉のクローバーかな」
『成就』を意味する十つ葉にしても良かったのだが、『強くなること』に終わりがあるとは到底思えない。御坂美琴を倒し、果ては垣根帝督や一方通行さえも打ち倒せるほどの力を求める彼の研鑽に終着点はないはずだ。悲しいが、彼の望みの障害になるようなプレゼントを贈りたくはない。
『幸運』を意味する四つ葉を避けたのは、生まれ持った才能の無さに絶望した佐倉にとって、運なんて言葉は最も忌むべきものであろうと考えたからだ。強さとは、血反吐を吐きながらも懸命に努力したものだけが得られる至上のものであると信じる彼に、『幸運』の四つ葉は相応しくない。
だから、八つ葉のクローバーを。『無限の発展』を司る八つ葉を贈ることで、せめて彼の研鑽に終わりなき成長を願いたい。それが佐天の独りよがりな考えであったとしても。自分が彼にできることは、縁起を担ぎ、神に願い、ただひたすらに彼を信じることだけなのだから。
「さって、と」
スマートフォンをズボンのポケットにぐいっと入れ込むと、既に傾き始めた太陽を仰ぎ見る。できることならば、今日中にプレゼントを渡したい。最低でも明日の明朝までには。それ以降の時間に贈るのはマズイ、と佐天の勘が囁いていた。どうしてかは分からない。そのような考えに至った理由も分からない。それでも、常識を超えた『何か』が佐天の心にそう投げかけていた。
クローバーは主に河川敷等の原っぱに生息するらしい。科学が結集したこの街において、自然植物が生えている場所はそう多くはない。八つ葉のクローバーなんていう凄まじく珍しい突然変異種が果たして無事に見つかるかどうかは不明だが、挑戦するに越したことはない。挑戦してみなければ、分からない。
「そろそろあたしも、本気を出してみようかな!」
よし、と拳を握り込み。えいえいおーと突き上げて。
秋の日が差す青空の下、佐天は一人近所の河原へと足を進めた。
☆
「失礼しやっしたー」
気が抜けるような間延びした声で扉を閉め、部屋を後にするゴーグルの少年。面倒くさいお話がようやく終わって凝り固まった筋肉を伸ばしていると、右方から誰かがこちらに歩いていくる気配を感じた。纏う雰囲気と足音の間隔から正体を探り当てたゴーグルは視線を移動させると
「おっす佐倉クン。こんなところで会うなんて奇遇っスね」
「……垣根に用があるんですよ」
「だと思いましたよっと。オレも今の今まで垣根のリーダーと話していたところっスよ。いやー、相変わらずあの人は怒ると怖いのなんの。ここ最近ドヤされてばっかりだから、いつか怒りが大爆発するんじゃないかと気が気で仕方ないっスわ」
「特に俺に用事がねぇのなら、用件を済ませてぇので失礼させてもらいますが」
「つれないなー。背中を預ける大切な仲間なんだから、もうちょっとくらい優しくしてくれてもバチは当たらないっスよー?」
「……失礼します」
普段通りの飄々とした態度でフレンドリーに話しかけるゴーグルだが、当の佐倉はあまり会話を続ける気概がないらしい。ロクな返事をすることもなく、軽く会釈を返すとそのまま垣根が待つ部屋へと入っていってしまった。残されたゴーグルは唇を尖らせながら一人不貞腐れたような表情を浮かべる。
――――そして、
「ちょっとずつではあるけれど、垣根さんの暗示が効いてきているみたいっスね」
ニィ、と。廊下に誰もいないことを確認したうえで、ゴーグルは口の端を吊り上げる。
先程まで佐倉と会話をしていた、飄々としたギャグ担当の彼はもうどこにもいない。ここに存在するのは、暗部組織【スクール】の正規構成員であり、何のためらいもなく人殺しをやってのける人格破綻者の大能力者。
物騒な台詞を残し、彼は部屋の前から立ち去っていく。佐倉と垣根のくぐもった声が聞こえてくるが、殊更気に留めるようなものでもないだろう。ゴーグルの少年のやることは変わらない。
誰よりも強く、誰よりも高みを目指そうと奮闘している佐倉の姿は、ゴーグルの少年から見ても微笑ましいものがあった。努力を諦め、殺戮と暴力の世界に身を落とした人生の脱落者である彼からしてみれば、未だに強さなんてものを愚直にも追い求めている佐倉は愚かであると同時に尊いものであるように思える。
だが、だけど、それでも、だとしても。
身の丈を越えた努力は、勇気とは呼ばない。己を顧みずに我武者羅に行動するのはただの無謀だ。無能力者の佐倉がいかに鍛錬を重ねたところで、垣根や一方通行のような高位能力者に勝利を掴むことはできないだろう。それどころか、大能力者であるゴーグルの少年相手でも勝つことはおそらく不可能だ。超能力というのは、それほどまでに人知を超えた力。持たざる者が持つ者に勝利することはできない。それは必然であり、運命だ。
それでも佐倉が強くなるためには、それこそ人間としての心を犠牲にして兵器のようにただひたすらに力を奮っていくしか方法はない。垣根が彼に行った暗示はただ一つ。
『強さ以外求めるな』
友人なんていらない。仲間なんていらない。恋人なんていらない。
垣根の未元物質と心理定規の能力を使って行われた暗示に無能力者の佐倉が抵抗できる道理はない。あっさりと暗示を受けた彼は、あまりにも予想通りに人の良心を失っていた。
もうすぐ完成する。
人間の形をした、単純明快な殺戮兵器が。
「絶望のさらに先。すべてを失ったその瞬間、佐倉クンはどんな表情をするんスかねぇ」
人気のない廊下に、彼の足音だけがやけに響き渡る。
――――無様な無能力者に審判が下される日は、そう遠くない。