とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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 暗部編始まります。


暗部抗争編
第五十四話 決戦前


 カチャカチャと音を鳴らしながら黙々と手を動かす黒髪の小柄な少年。右手に持ったドライバーでフルフェイスヘルメットの緩んだネジを締めていく。彼の周囲には、のっぺりとした光沢を放つライダースーツのような装甲服が各パーツバラバラになって置かれている。駆動鎧の整備、と言えば聞こえはいいが、今からの任務を考えるともっと忌々しい呼び方をすべきだろう。ひとつ例を挙げるならば、暗器の手入れ、だとか。

 静寂の中で手を動かす少年の目に、光はない。ペイントツールのバケツ機能でまとめて塗りつぶしてしまったのではないかという程に暗く曇った彼の眼は、とても今を生きる人間のものだとは思えない。どれだけのものを失い、どれだけのものに絶望したとしても、本人だけでは為し得ない程に歪んだ空虚な瞳。黙々と、淡々と。スイッチを押されたままの機械のように、ただ手を動かすだけの佐倉。

 学園都市第二位、垣根帝督の話術と未元物質。そして、心理定規による洗脳と能力行使。

 暗部界隈でもトップクラス。防ぎようのないレベルの外的操作を受けた今の佐倉に、心なんていう無駄なものは存在しない。彼の中にあるのはただ一つ。『力』への、飽くなき欲求。

 整備が終わった駆動鎧を、今度は次々と装着していく。手、足、身体……先程まで細身の線が浮かび上がっていた肉体のすべてを覆うようにして存在を主張する、黒塗りのゴツゴツした外殻。その姿はさながら、中世の鎧騎士の如く。

 

「準備はできたみたいだな」

 

 突然の声に背後を向くと、扉の前に立つ一人の青年。赤茶色のブレザーに身を包んだ、端正な顔立ちをした茶髪の青年が佐倉に声をかけていた。ホストのような外見をしているが、彼はこう見えても学園都市で二番目に強いと言われる超能力者だ。【未元物質】を操る能力者、垣根帝督。学園都市第二位であり、暗部組織【スクール】のリーダー。

 垣根は佐倉の反応を確かめると、右手に持っていた缶ジュースをぽいっと投げ渡す。

 

「これは?」

「決戦前の餞別だ。こういうの、ちょっと憧れてたんだわ」

「無駄な事を」

「いいだろ別に。浪漫ってのはいつどんな時も色褪せないものなのさ」

「そうかよ」

「愛想悪いなぁ」

「お陰様でな」

 

 すっと煽って一息に飲み干すと、そのままきゅっと手の中で握り締める。

 そこまで力を入れた様には見えなかったが、缶は一瞬のうちに無様な鉄塊へと変貌していた。

 

「それ一応スチール缶なんだけどな」

「関係ねぇよ」

「そうかい」

 

 あくまでも飄々とした態度を崩さない垣根に対し、佐倉は悉く無愛想を貫く。それが自分の意思によるものか、はたまた誰かによって植え付けられた感情であるのかは、本人の知るところではない。真相は、彼以外が知っている。

 垣根が訪ねてきたということは、そろそろ頃合いなのだろう。丁度いいタイミングだ。どちらかといえば、待ちくたびれたと言っていいかもしれない。待ちに待った殺戮と混沌の宴を前にして、興奮からか身震いが止まらない。ニィ、と口の端が吊り上るのを無意識ながらに感じる。

 

「行くぞ」

「あぁ」

 

 10月9日。

 学園都市の独立記念日として位置付けられた祝福すべき暦。今この時は、知る人は少ない。

 この日が、学園都市史上に残る忌々しい抗争の日として記録されることを、何人も知る由はない。

 

 さぁ、殺戮の宴を始めよう。

 

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「素粒子工学研究所?」

「そ。上から渡された情報によると、【スクール】の連中は親船最中暗殺に乗じて本命のそっちを狙っているらしいのよねぇ」

「え、待って。話が見えない。親船最中ってあの統括理事会の人よね? その人が暗殺されるって、え? 本当なのそれ」

「忌々しい限りだけどぉ、こと情報に関しては誰よりも信用できる上司だから間違いないわねぇ」

 

 第七学区南西端に位置する小さな街、【学舎の園】。女子生徒、それもお嬢様ばかりが集まる男子禁制の楽園。その一角にある小さな喫茶店に、【クイーンズ】の四人は集合していた。

 「あのクソ女……」となんとも苦悶に満ちた表情で舌打ちをしかねない程に不機嫌面を披露する食蜂。唐突に聞かされた前代未聞の情報に、頭の整理が追い付かない。そもそもなんでこの女はこんな的確な情報を持ってこれたのか、と素直な疑問が浮かぶものの、場をかき乱すことにしかならないだろうと判断して口を噤む。

 紅茶を飲んで大人しく耳を傾けることにした美琴を他所に、優雅にココアを嗜んでいた銀髪紅眼の少女が何やら「ふむぅ」と神妙な溜息を漏らした。

 

「妙だな。ほとんど万能と言っても良い【未元物質】を有する垣根帝督が、今更何を求めようとしているのだ」

「まぁ、【未元物質】でもできないことはあるってことなんでしょお? 彼らの目的が分からない以上、私達にできるのは現地に赴いて実際に聞いてみることくらいねぇ」

「真正面から真っ向勝負とは、これまたお主にしては珍しい作戦だな。何かに感化されでもしたか?」

「仕方ないでしょお? 潜入させている下部組織の木偶人形によればもう【スクール】は動き出しちゃってるらしいしぃ、現在の状況を鑑みて、最適な作戦が正面突破しかなかったのよぉ」

「その木偶人形とやらに情報を集めさせればいいだろう」

「下部組織の下っ端が中枢の情報を得られるわけないでしょお」

「確かに、それもそうか」

「なんにせよ、面倒な話よねぇ」

 

 愛用のリモコンで額をトントンと突きながら愚痴る食蜂を尻目に、美琴は一人静かにケーキを食べ続けている端正な顔立ちの美少女へと声をかけた。

 

「ねぇ静。【スクール】が素粒子工学研究所を襲撃って話だけれど、そこに望は現れると思う?」

「間違い、ない……戦力的に、考えて……佐倉は、きっと姿を現す……」

「願わくば、そこでさっさと終わりにしたい所ね……」

「それは、難しいか、も……」

「どうして?」

 

 あくまで前向きな美琴に対し、桐霧は冷静な予想を返す。

 

「洗脳されてる、かもしれない……向こうには、【心理定規】がいる、から……」

「心の距離を操るとかいう能力者だっけ?」

「そ、う。リリアンから、聞いた話でしかないけれ、ど……愛すべき人を憎み、憎むべき人を愛する。精神的に弱い、佐倉なら……能力にはまっている可能性が、高い」

「洗脳か……面倒かつ悪質な能力を使う人間がいたものね……」

「こら御坂さん。どうして私の方を向きながら溜息をつくのかなぁ?」

「うっさいわね悪質代表」

「うぐぐ、電磁バリアーさえなければ操って通路のど真ん中でストリップさせるのにぃ……!」

「アンタ、今自分の株を落としていることに気づきなさいよ」

 

 食蜂の洗脳能力が効かない美琴は彼女にとっては天敵らしく、仕返しができないという意味では憎たらしい存在であるらしい。こうやって罵り合うのはもう何度目だろうか。最近では周囲から「超能力者二人は仲が良い」とまで言われている始末だ。いい加減にしてくれと声を大にして叫びたい。

 

「というか、仮に望が洗脳されているとしても、食蜂が能力使って解いてしまえばいい話じゃないの」

「もちろん、実際に出くわせば洗脳の一つや二ついくらでも解いてあげるわよぉ。でもでも、たとえ洗脳を解いたところで、佐倉クンがこちらの味方になってくれるかと言われればそれは違うわよねぇ」

「で、も……素の状態で戦った方、が……私達の声も、届きやすくなる、から……」

「まぁなんにせよ、とにかく佐倉クンを見つけて接近することが重要ねぇ。桐霧さんには先陣を切ってもらうとしてぇ、誰を護衛につけようかしらぁ」

「あん? 静が先頭で突っ込むなら、私とリリアンでアンタを守ればいいだけでしょ?」

「佐倉クンがその場にいるかもしれないのに、御坂さんが大人しく私の傍で待機力を発揮してくれるとは思えないんだけどぉ?」

「……否定はできないわね」

 

 ジト目でこちらを睨んでくる食蜂から目を背けつつ、気まずそうに頬を掻く。確かに、否定はできない。過去何度も自分勝手に突き進んでは仲間達に迷惑をかけてきた実績を持つ美琴が暴走しないとは断言できない。いや、というかおそらく無理であろう。佐倉を前にした時、計画段階の作戦を維持できるとは到底思えない。悔しいが、食蜂の言う通りだ。

 むぅ、と口籠る美琴に呆れの視線を送る食蜂だったが、そもそも元からある程度の解決策はあったらしい。「まぁ、なんとかなるでしょ」と適当に流すと、話し合いを続行。

 

「私達の目的はただ一つ。佐倉クンの確保だけよぉ。もうこの際だから言っちゃうけど、別に【スクール】の目的とか学園都市の命運とかどうだっていいわぁ。佐倉望を確保して、闇の世界から引きずり出す。具体的な方法に関しては……まぁ、各自のアドリブ力でなんとかするんだゾ☆」

「そのアドリブ力とやらが著しく低いメンバーの集まりのような気がするが、大丈夫なのか? 我が言え事ではないが、ほぼ間違いなく実力行使に出ると思われるぞ」

「さっさと解決してくれるならなんでもいいわよぉ。そもそも、この件自体私的には片手間みたいなもんだしぃ、本筋はそこのお二人さんがどうにかしてくれるでしょぉ?」

「当たり前よ。アンタなんかに任せておけるかっての」

「大丈、夫……佐倉は、絶対、助けてみせる」

 

 パチ、と前髪から軽く火花を飛ばして応答する美琴と、力強く頷く桐霧。多少心配は残るものの、力量的にはおそらく学園都市でも屈指の実力の持ち主達だ。きっとうまくいくだろう。不安を拭えたのか、落ち着いて紅茶を啜るリリアン。

 ……ところで。

 美琴は前々から不思議に思っていることを桐霧に尋ねる。

 

「そういえばさ、前にも理由は聞いたけど、静はどうして望にそこまで執着してんの? 自分を殺して戦っているアイツを助けたいとかどうこう言っていたけど、それだけにしては随分と熱が入ってるみたいじゃない?」

「別、に……大したことじゃ、ない。でも……」

「でも?」

「なんか、こう……言いづらい、けれど……」

 

 何やら口籠る桐霧に怪訝な表情を向ける。様子がおかしい。美琴の勘違いかもしれないが、頬の辺りに若干の朱が差しているようにも見える。まさか、いや、そんなはずは……嫌な予感が脳裏に過ぎり、額に汗が滲み始めた。何かが告げている。乙女の勘が告げている。良からぬ結果を招きかねないと、美琴の第六感が警鐘を鳴らしている。

 そうして、彼女は口を開いた。

 

「初め、て、私の全力をぶつけた相手だからかも、だけど……胸の辺りが、ポワァって……いいなぁ、って、思ってきてる、かな?」

「……気のせいよ、それは。勘違いよ、全力で」

「あらあら御坂さぁん。何を焦っているのかしらぁ?」

「うううううるっさいわねこの金ピカ! あぁくそ! このタイミングで予想外の敵が出現だと!? ふっざけんなぁー!」

 

 長身。スレンダー。そして、この世の美を凝縮したような端正な顔立ち。

 先程とは別の意味での最強の敵が、美琴の前に立ち塞がろうとしていた。

 

 

 

 

 

 


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