とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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第五十五話 第一関門

 第十八学区、霧ヶ丘女学院を近くに置く、素粒子工学研究所。

 あれから準備を整えて目的地へと向かった【クイーンズ】一同は、現在その正面入口付近にワゴン車を止め、中から様子を窺っているところだ。本来ならば物静かで優雅な雰囲気が漂う霧ヶ丘女学院周辺だが、現在美琴達の鼓膜を震わせるのは騒々しい爆音と恐怖を誘う破壊音。ズン、と学区全体を揺らすような震動がワゴン車の中にいる彼女達にも容易に伝わる。

 窓の外。視線の先にそびえ立つ素粒子工学研究所の惨状を前にして、リリアンがぽつりと呟いた。

 

「地獄絵図とはまさにこの事だな」

 

 彼女の言葉に重々しく頷く一同。普段からちゃらけている食蜂でさえも軽口を叩くことができていない所に現状の悲惨さが窺えるだろう。

 もくもくと止むこともなく上がり続ける灰色の粉塵と、それに伴い傾いていく建物。時折空に向かって放たれるオレンジ色の光は、おそらく【アイテム】のリーダーであり学園都市第四位の超能力者、麦野沈利の【原子崩し(メルトダウナー)】だ。かつて【絶対能力進化実験】の真相を追っていた際に彼女と対峙した美琴は、覚えがある殺人的な光線に軽く身を震わせる。あの日の死闘はいつ思い返しても身が竦み上がりそうになる。

 そして、そんな麦野に何発も【原子崩し】を使わせる程の相手。それは紛れもなく学園都市で最強クラスに君臨する男。夏休みに激突し、そして子供を相手にするかのように軽くあしらわれた仇敵。佐倉望が暗部に堕ちることになった直接の原因。

 学園都市第二位。【未元物質(ダークマター)】を操る超能力者、垣根帝督。

 学園都市第一位である一方通行を除けばトップクラスの実力を持つ最強の能力者が、今あの場所で麦野と激闘を繰り広げているのだ。彼が率いる【スクール】と麦野率いる【アイテム】の抗争。その中には勿論、美琴が探し求めている無能力者の少年も含まれているはずだ。

 あの戦場に、佐倉がいる――――

 

「落ち着きなさぁい。今ここで闇雲に飛び出しても、【スクール】の面々にタコ殴りにされるだけよぉ」

「……わかってるわよ」

「ま、どーせ突っ込むことには変わりはないんだけどぉ。御坂さんの突破力なら垣根帝督とあの女(・・・)以外には負けないだろうしぃ」

「あの女……?」

 

 ようやく佐倉と対峙できる。その事実に今にも飛び出してしまいそうな美琴を制止する食蜂。日頃ちゃらんぽらんしているくせに、こういう時はリーダーらしくなるから気に食わない。だが、このメリハリが彼女の女王たる所以なのだろうと理解する。

 そして、食蜂の言葉に首を傾げる。垣根に負けるかもしれないというのは百歩譲ってわかるとしても、あの女とはいったい誰のことだろうか。【スクール】にはそんな厄介な能力者がいるのか、と以前彼らと戦った経験をもつ元【カレッジ】の二人のほうに視線を向ける。桐霧はなにやらキョトンとしていたが、一方のリリアンは苦虫を噛み潰したような表情で苛立った様子を見せていた。もしかすると、彼女が戦った能力者とやらがその女なのかもしれない。

 だが、美琴がそれ以上の追及を行うことはできなかった。別に心情の変化があったとかそういうことではまったくない。

 当の彼女が、こう言ったのだ。

 

 

時間だ(・・・)佐倉が分かれるぞ(・・・・・・・・)

 

 

 リリアンの言葉に全員がキョトンとした反応を返す。美琴自身も、彼女が何を言い出したのか理解が追い付いていない状況だった。何が時間なのか、その説明を聞き返そうと口を開く勢いだった。これが普段ならば、そのまま聞き直していただろう。

 しかし、美琴は思い出す。リリアン=レッドサイズの能力が如何なるものなのかを。

 【未来予知(カオスフォーチュン)

 一分先の未来を確実に予知する、予知能力系の頂点。単純な精度だけならば学園都市でも最高といっても間違いではない能力者が、「時間だ」と告げた。その言葉が意味することは、つまり。

 

 刹那。

 

 第十八学区全体を揺さぶるような爆音と共に、素粒子工学研究所の上層が消し飛んだ。

 

「なっ……!?」

「ぼけっと突っ立ってる時間はないぞ御坂美琴! 【ピンセット】を巡って【アイテム】と【スクール】の一部が佐倉から離れた! 今が絶好のチャンスだ、さっさとあの馬鹿無能力者の顔面をぶん殴ってこい!」

「アンタと食蜂はどうすんのよ!?」

「仮に佐倉が洗脳されていた場合、この金ピカに一役買ってもらう必要がある。だがそれでも隙が必要だろう? 我と食蜂は気づかれないルートで侵入するから気にするな! 貴様と静はとにかく走れ!」

「わ、わかったわ!」

 

 リリアンに捲し立てられるように桐霧を引き連れて素粒子工学研究所の中へと向かう。作戦も何もあったものではないが、そもそも【クイーンズ】の方針は「当たってから考えろ」だ。どちらかというと体育会系に属する美琴と桐霧ならば尚の事。ぐだぐだ言っている時間があるなら一歩でも前へ。探し続けていた人物がそこのいるのだから、一刻も早く。

 

「望……!」

 

 ポケットの中のコインを無意識に握り締めながら、超能力者の少女は物語の舞台へ飛び込んでいく。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「……クソッタレ。あのゴリラ女、相当な無茶しやがって」

 

 無造作に散らばった瓦礫の山。その中の一部がボゴンと破裂したかと思うと、下から這い出てくる血だらけの少年。服はあちこちが破け、土星の輪のようなヘッドギアから腰の機械に繋がる無数のプラグは何本かが途中で引き千切られたかのように分断されている。仲間内からは『ゴーグル』と呼ばれている少年は、満身創痍の身体を瓦礫の中から引きずり出すと近くの柱に背を預けながら息をつく。

 

「第四位が本気を出す前に垣根さんが【ピンセット】を奪って【アイテム】を蹴散らしてくれたのは不幸中の幸いっすね……あのまま戦っていたら間違いなく死んでたっスよ。ラッキー」

 

 脳裏に甦るのは橙色の光線をバンバン飛ばしながら追いかけてくる長身の美女。近づくものすべてを薙ぎ倒す勢いでこちらの命を刈り取ろうとしてくる化物から生還できたのは正に幸運だったと言わざるを得ない。麦野と対峙した瞬間に死ぬ覚悟はできていたのだが、自分の運もまだまだ捨てたものではないらしい。

 やれやれと溜息をついたところで、ふとズボンのポケットから飛び出しているストラップに目が行った。ラミネート加工された四つ葉のクローバー。最近仲間になった何故か放っておけない少女からプレゼントされたものだが、それが意味するものを思い出すとどこか自嘲気味に鼻を鳴らす。

 

「後で佐天ちゃんにお礼を言っとかないといけないっスねぇ」

 

 神頼みやら運試しやらの類は信じないタチなのだが、今回ばかりは感謝してもいいかもしれない。飯の一回でも奢ってやるか、と軽口を叩きつつも、ヘッドギアと腰の機械に調子を確認しながらゆっくりと立ち上がる。

 そして(・・・)目の前の(・・・・)敵に向かって(・・・・・・)

 

「思ったより遅かったっスね。そんでもって、どうやらハズレを引いたみたいだ」

「……望はどこ」

「さぁてね。この乱戦だ。自分の身を守ることで精一杯っスよ」

 

 前髪からパチッと火花を飛ばしながら威嚇気味に問いかけてくる茶髪の少女に、相変わらずの飄々とした態度で応答するゴーグル。態度だけは余裕を見せてはいるが、体力的には既に限界ギリギリのラインを割っている。第四位とはいえ学園都市最強の一角を担う超能力者と命を賭けた死闘を繰り広げたのだ、その疲弊は計り知れない。もしかしたらあと一押しで倒れてしまうのではないかという程に、ゴーグルの身体は限界を迎えつつあった。

 彼の状況を分かっているのだろう。【超電磁砲】は静かに告げる。

 

「望の居場所を答えなさい。GPSでもなんでも使って今すぐに教えなさい。見た限り限界が近いんでしょ? 無理はしない方がいいと思うのだけど」

「…………」

 

 対するは、無言。

 彼女の言葉は正論で、正確で、正解だ。今のゴーグルに彼女とマトモに渡り合う力は残されていない。今ならば下級の能力者にすら遅れを取ってしまう程だ。

 しかも、別段関係もない佐倉望を庇って無理に戦う必要もない。所詮はビジネスライクな関係だ。自分の身を守るために切り捨ててしかるべき関係だ。わざわざ死にかけてまで尽くしてやるような義理も恩もあったりはしない。

 だけど、でも。

 脳裏に浮かぶ無能力者の少女は。

 記憶の中で浮かび上がる不器用な少女は。

 

 彼女は何故だか、悲しげな表情を浮かべていた。

 

「……まぁ、このまま負けっぱなしってのは男としてつまらないっスよねぇ」

 

 ゴーグルの位置を整えると、電撃姫と視線を交わす。表の人間でありながら、彼女の顔には油断が一切見えない。今の彼女は目的のためならば人すらも殺しかねない勢いだ。邪魔立てすれば容赦なく殺す。そしてそれは、現在のゴーグルにも漏れなくあてはまるのだろう。

 やれやれと、再び溜息を吐く。

 既に後悔はなかった。

 

「佐倉クンは全てを投げ打ってでも強くなろうとしている。それを邪魔立てする理由が、アンタにはあるんスか?」

「たとえアイツ本人が望んでいるんだとしても、それを私がおかしいと思ったから止める。それだけよ」

「自己満足と我儘を理由に選択するのは少々精神年齢が幼いと思うっスよ?」

「いいのよそんなの。こういうのはシンプルイズベスト。気に喰わないからやめさせる。それが正しいとか間違っているとかはどうでもいい。私はとにかく、あの馬鹿を一度思いっきりぶん殴ったうえで面と向かって話し合いたいの」

「それが傲慢って言うんだと気付けないんスかね」

「女ってのは少しくらい(おご)るくらいがちょうどいいのよ」

 

 バチ、と火花が放たれ、ズン、と地面が揺れる。飛び交う力場の応酬が素粒子工学研究所を大きく揺らす。彼らの戦いを邪魔するものはこの場には一人たりとも存在しない。己の信念とプライドのみが交錯する空間で、二人は独りよがりなエゴと共に能力を奮う。

 しばらくの静寂の後、どちらともなく放たれる開幕の宣誓。

 

『行くぞ』

 

 電流が、奔流が、電撃が、衝撃が。

 あらゆる破壊の数々が、戦場を染め上げていく。

 

 

 

 

 

 




 ゴーグルくんがブレッブレすぎてつらひ。

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