とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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第五十六話 足掻き

「女を殴るってのは、あんまり趣味じゃあないんスけどねぇ!」

 

 吐き捨てるように叫ぶと、ゴーグルは瓦礫の一つを踏み台に美琴の懐へと潜り込む。本来の飛び込みではありえない程の速度。おそらくは、念動力を足元に展開した上でのジェット噴射。ライフルの如きスピードで美琴との距離を詰めた彼は、同じく念動力で強化された拳を握ると真っ直ぐに突き出す。

 狙うは――――顔面。

 

「っ! ん……のっ!」

 

 本来の反射神経では回避できない程の速度。それを、美琴は磁力を使って強引に避ける。瓦礫の中に埋め込まれた鉄柱。金属が無数に存在するこの研究所内において、彼女の能力は多少の無理を可能にする。

 一撃で頭蓋を粉砕する拳が頬横ギリギリを通り抜ける。まさに紙一重。電磁波によるセンサーが無ければ反応が遅れていただろうことを考えると冷や汗が止まらない。超能力者である彼女がそれほどまでに危惧する攻撃。満身創痍になってもなお、目の前の敵はそれだけの戦闘を行うというのか。

 接近戦では分が悪い。そう判断した美琴は体勢を立て直す間も置かず足元に電撃を放つ。

 

「あっぶ……!」

「ほらほら! 足を止めてると黒焦げになるわよ!」

「ち……!」

 

 不意に行われた牽制にたじろぎながらも再度攻撃に移ろうとするゴーグル。が、追撃は許さないとばかりに雷撃の襲来は続く。磁力で後退しながらの電撃。接近戦を得意とするゴーグルにとって、美琴が取った戦法(ヒット・アンド・アウェイ)はまさに必勝法と言えた。

 本来、美琴の能力は接近戦には向いていない。

 【砂鉄の剣】に代表される近接攻撃法を有する彼女だが、通常【電撃使い】が得意とする射程は中距離。磁力による高速移動や電撃、果ては彼女の代名詞ともいえる【超電磁砲】もその代表格と言えるだろう。それでも美琴が近距離戦に置いて満足に戦えているのは、ひとえに彼女自身の身体能力、格闘技術ゆえに他ならない。

 そして、今回のゴーグルのような『触れるだけで危険な相手』に対しては距離を置くのが定石だ。いくら彼女の身体能力が高いとは言っても、念動力によって底上げされた格闘術に勝てる可能性は低い。たかが一撃と侮ることなかれ。その一撃が致命傷になり得るのが武闘派の怖い所なのだから。

 距離を取り、【雷撃の槍】を投げまくる。

 

「ち、ぃ……! ちょこまかと鬱陶しいっスねぇ!」

「生憎と、フットワークには自信があってね!」

「余裕綽々もそこまでっスよ!」

「甘い!」

 

 美琴の回避行動に業を煮やしたゴーグルは念動力を衝撃波に変えて放つが、足元の瓦礫を前方に展開することでなんなく防いでみせる。攻守共に特化したオールラウンダー。単純な能力の汎用性に関して言えば、【電撃使い】の頂点に君臨する美琴に圧倒的に分がある。

 無数の雷撃に加え、磁力によって操った瓦礫の数々も武器として加えていく。手数ならば絶対に負ける道理はない。ゴーグルの射程外から放つ攻撃。近接攻撃メインの彼は防御に徹する他はない。

 

「ぐ……!」

「さっさと降参して望の居場所を教えなさい。勝ち目がないのは分かってるでしょ?」

「…………」

「どうしたの? 追い詰められすぎて、反論する余裕さえなくなったのかしら?」

「…………」

 

 寸でのところで攻撃を避けていくゴーグル。追い詰められているせいなのか、美琴の挑発にもまったく反応を見せない。先程までとはまったく違う様子の変化に、どこか違和感を覚えてしまう。

 恐怖に脚が竦んだ、とも違う。現に身体は動いているし、美琴の攻撃を捌く余裕はあるようだ。

 それでは、何故。

 何故ゴーグルは、急に黙り込んだのか。

 

(何か仕掛けられてからじゃ遅い! 早いところこいつを倒して、望の居場所を吐かせないと!)

 

 敵の様子がおかしい時に手を緩めるのは愚の骨頂。そういう時は大抵隠し玉が出てくるものだ。次の一撃で決着をつけてしまおう、と美琴はプリーツスカートのポケットに右手を突っ込む。

 取り出したのは、一枚のコイン。

 ゲームセンターで使われている五百円玉程の大きさのそれは、美琴の能力の象徴と言っても良い代物だ。学園都市第三位に位置する彼女は、コインを利用した最強の攻撃にあやかってこう呼ばれる。

 

 【超電磁砲(レールガン)】、と。

 

「吹っ……飛べぇえええええ!」

 

 足元から、胴、頭と帯電していき、すべての電力が右手に集中する。メダルゲームのコインをローレンツ力で加速させ、音速の三倍もの速度で放つ御坂美琴の必殺技。

 叫びと共に放たれたコインは、圧倒的な空気摩擦によって空間を焼き、一筋の閃光となってゴーグルへと襲い掛かる。能力の余波は周囲の瓦礫を吹き飛ばし、爆音だけでも研究所を崩落させかねない程だ。

 ゴーグルへと着弾した瞬間、耳をつんざくほどに響き渡る爆音。その振動は大地を揺らし、もくもくと土煙を上げ続ける。そこに広がるのは、目を疑う程の破壊の惨状。

 

(……やりすぎちゃった、かな)

 

 佐倉の居場所を聞く腹積もりだったのだが、この状態だとそれも叶わなさそうだ。そもそも人間としての形が残っているかも定かではない。

 普段から()()()()()()()を持つ少年によって無効化されているから勘違いするかもしれないが、この技は本来人間に向かって放っていい代物ではない。駆動鎧や重戦車をまとめて葬る程の破壊力を秘めた【超電磁砲】を受けて、人の身が無事なはずはないのだ。

 戦いの終わりを悟った美琴は彼の亡骸の横を通りすぎようとする。居場所は分からなかったが、この研究所内にいることは間違いない。虱潰しに探していけばいつか鉢合わせになるはずだ。モタモタしている時間はない。

 無駄な時間を喰わされたことに若干苛立ちを覚えながらも、目標を捕捉すべく足を踏み出した御坂美琴は、

 

「……っ!?」

 

 不意に、周囲を見渡すようにしてその足を止めた。その顔にはどこか驚愕のような表情が浮かんでいる。信じられない、と言わんばかりに、目を見開きながら彼女はとある一点に目を向けた。

 ここで余談だが、御坂美琴は【電気使い】という能力上、常に全身から微弱な電磁波を放出している。これによって彼女は猫を初めとした動物から避けられてしまうのだが、利点として反射波によるレーダー……つまりは広範囲における索敵を可能としているのだ。ゆえに彼女に死角は存在せず、いかなる角度からの攻撃も即座に察知し対処する。彼女が中距離戦闘に置いて無類の強さを発揮するのも、この電磁波によるところが大きい。

 彼女が足を止めた理由。それは前述の通り、電磁波レーダーに何かが引っ掛かったからだ。彼女に脅威を為す何かが、この場に残っているからだ。

 有り得ない、と目を見張る。

 だが間違いなく、電磁波は『彼』の存在を示していた。どんな機械よりも信用できるだけあって、美琴はその結果を信じざるを得なかった。

 彼女は一点――――先程【超電磁砲】をぶち込んだ辺りに視線を固定したまま、わずかに身を震わせる。

 

「……そもそもさぁ」

 

 声が聞こえた。

 どこか飄々とした響きを湛えた男の声。すべてを不真面目に捉えているようなその声は、もう誰一人残っていないはずの土煙の中から聞こえた。

 

「アンタは佐倉クンを助けるだのなんだの言ってるけどさぁ」

 

 徐々に晴れていく土煙。それに伴い現れる『彼』の姿。

 土星の輪のような形をしたヘッドギアは半分が消し飛び、かろうじて頭に引っかかっている。無数のプラグが繋がった腰の機械も、既に見る影もなくボロボロだ。見れば、彼自身全身から血を流しており、そこに立っていることすら奇跡と言っても過言ではない程。

 彼は両手を突き出していた。より正確には、両の掌を前に突出し、壁を作るような体勢でそこに立っていた。

 

 ――――カラン、と乾いた音が木霊する。

 

 彼の足元。タイルは捲り上がり、ここが室内である事を忘れさせるような惨状。その床に、何か小さな金属片のようなものが落下した。

 それは黒焦げになった、金属の欠片。本来の最大射程で放てば空気摩擦で溶けてしまうはずのそれは、至近距離で放たれた結果わずかに形を残していた。

 ゲームセンターのコイン。

 御坂美琴の真骨頂、必殺技にも使われる愛用の武器が、彼の足元に転がった。

 防いだ、と言うのか。

 念動力で作った防壁で、自分の切り札を凌ぎ切ったというのか。

 動揺が顔に現れる。まさか、という思いが、有り得ない、という感情が、心を越えて表情に現れる。同時に、恐怖に似た何かが美琴の心を染め上げる。

 そんな中、彼は言った。

 暗部組織【スクール】の構成員としてではなく、一人の人間として。

 

「あいつを突き放したのは、他でもないアンタだろ」

 

 ――――呼吸が、止まった。

 図星を突かれた、とも違う。言葉尻を言うならば、核心を突かれた、と言った方が正しいかもしれない。

 以前佐倉の寮で【クイーンズ】を結成した時に食蜂にも言われたことだ。佐倉を取り戻す、助け出すとは言っているが、彼が自分から離れる原因を作ったのは他でもない自分ではないか、と。

 違う、と。叫ぼうとはするものの、肝心の声が出ない。そう言ってしまうことが、彼が去った原因は自分にあると認めてしまうことに繋がるように思えて。

 美琴の内心を知ってか、ゴーグルは更に捲し立てる。

 彼女の心を揺さぶっていく。

 

「アンタは甘えていたんだよ。佐倉クンの優しさに。相手の事なんて微塵も考えないで、自分の理想を押し付けて。だから拒絶した。自分の思い通りにならなかったから、癇癪を起こして突き放した。違うか?」

「そんな、こと……」

「そんなことない、と本当に言えるのか? 考えてみろ。佐倉クンは常に誰の為に行動していた? そして、アンタは少しでもそれを認め、労ったことがあるか?」

「っ…………」

「んでもって、最後に少し」

 

 もはや頭を抱え、視点が定まらない様子の美琴に向けて、ゴーグルはトドメの一言を放った。

 

「アンタは一度でも、弱い奴の立場になって物事を考えたことがあるか?」

「あぁぁ……」

「弱者がどんな気持ちでアンタと一緒にいようとしたか、考えたことはあったか?」

「あぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!」

 

 バヂバヂバヂッッッ!! と空気が爆ぜる。意識の暴走によって能力が暴発し、至る所に電撃が襲い掛かる。辺り一面を、焼け野原にしていく。

 見れば、先程までそこにいたはずのゴーグルはいつの間にか姿を消していた。能力によって姿を消しているのか、もしくは電撃に巻き込まれて消し炭になったのかは分からない。

 もう、そんなことはどうでもよかった。

 佐倉の事を第一に考えながらも佐倉のことを何も考えていなかった自分が。

 彼が如何なる気持ちで自らを殺し、美琴に認められようとしていたのかを理解できなかった自分が。

 そして、自分勝手に彼を傷つけることしかできなかった自分が。

 許せない。

 

「うぁあああああああああああ!!」

 

 破壊。蹂躙。殲滅。

 まるで、周囲に八つ当たりする子供のように。手当たり次第にぶっ壊していく。

 その姿は学園都市第三位でも最強の電撃姫でもなく――――

 

 ――――たった一人の、無垢な子供だ。

 

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「いつつ……くっそ、もうこれは使い物にならないっスね」

 

 外壁に凭れ掛かりながらも、既に無用の長物と化したヘッドギアと腰の機械を身体から外す。【超電磁砲】を防ぐ際に増幅器(ブースト)として利用したのだが、さすがに超能力者の一撃を耐えきる程の性能はなかったようだ。結果的に、愛用の兵器は御釈迦になっている。

 あの後、美琴が混乱している隙に能力で姿を消したゴーグルは、瓦礫と爆発に紛れながら素粒子工学研究所の裏口から外に抜け出していた。今は研究所を取り囲むようにして設置された外壁にて一息ついているところである。

 しっかし、と溜息をつくと、

 

「馬鹿な真似してないで、とっとと逃げればよかったっスねぇ」

 

 何故あの場で佐倉を庇おうと思ったのか、自分でも理解に苦しむ。何の得もないはずなのに、命を賭してまで御坂美琴を止めようとした自分の感情の変化に戸惑いが生まれる。

 ただ、なんとなくではあるが。

 誰かを守るために、強くなろうと我武者羅にもがき続けるあの少年の姿が……。運命に翻弄されながらも無様に足掻き続けるその姿が……。

 かつて絶望の淵に立たされ、最愛の人を失った、とあるクソ野郎(・・・・)にとてもとても似ていた。

 

「オレもつくづく馬鹿ってことか……そう思わないっスか? 伏兵さん」

「アリャ。気づいてたんだ? 弱ってもそういうところは暗部らしいんだネ」

 

 壁に背中を預けたまま、少し離れたところにある貯水槽に向けて言葉を投げる。

 その陰から現れたのは、ブレザー姿をした高校生程の少女。黒髪のツインテールを揺らす彼女の両手には、怪しく輝く二振りのサバイバルナイフ。

 追手の姿を視認すると、ゴーグルは肩を竦める。

 

「警策看取、だったっスか? 学園都市に良いように使われていた操り人形風情が、今更オレに何の用っスかね」

「残念だけど、今は【クイーンズ】とかいう組織に与しているんだよネ。ま、そんなことはどうでもいいんだけど……私の仕事はあくまで残党狩りだからサ」

「ちっ……あの女王蜂、余計な手間増やしやがって……」

 

 食蜂が何を考えて残党狩りなどという無駄な任務をやらせているのかは見当もつかないが、ゴーグル自身が窮地に追い詰められているという現状だけは理解できた。そして、その窮地をあの第五位があえて作り出したということも。

 頼みのヘッドギアは大破し使い物にならない。既に体力も尽きかけていて、戦う力なんて微塵も残っていない。

 勝ち目は間違いなくゼロ。なりふり構わず逃げるのがベスト。だが、今の満身創痍な肉体では逃げられるわけもない。殺されるのを待つだけだ。

 暗部という世界に身を置いている以上、殺される覚悟はできている。自分自身今まで数えきれない人の命を奪ってきたのだ、今更殺されるのが怖いなんていう甘い考えはない。

 だけど、でも。

 こんな時になっても、あの無力な少女の言葉が脳裏から離れない。

 

 

 ――――あたしは、ゴーグルさんにも死んで欲しくありません。

 

 

「約束、しちまったっスもんね……」

 

 膝に手を置き、ふらつきながらも立ち上がる。もはや覚束ない思考ながらも、必死に演算を組み立てていく。

 すべては、あの少女との約束を守るために。

 

「こんなところで死んでたまるか」

 

 拳に念動力を纏わせて、ゴーグルは最後の足掻きを始める。

 

 

 




 ゴーグルくんどうしてこんな立ち位置に……。

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