とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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 濡れ場があると期待したか? 残念だがそれは幻想だッ!


第四話 ある夏の一日(後編)

 凍りついた空気を打破すべくシャワーを借りることにした美琴は、着替えとして佐倉からジャージを受け取ると洗面所で更衣を行っていた。

 佐倉の家はいわゆる『外』の一般的なマンションと似たような構造をしているので、風呂場と洗面所が隣接している。服を脱ぎながら鏡を使えるので、女子的には嬉しい限りだ。

 汗だくになってしまったワイシャツのボタンを外しつつ、なんとなく考え事に耽る。

 

「そういえば、スキルアウトとか言ってたなー……」

 

 ファミレスで白井が暴露した佐倉の素性。確かに強盗とかしていたが、まさか本当にそういう類の人間だとは思いもしなかった。美琴はスキルアウトの人間と会ったこともあるが、そういう人達と比べると佐倉はあまりにも優しすぎる。とても学園都市の闇に生きる武装無能力者集団だとは思えない。

 スキルアウトという単語に行き着いた結果、以前関わったことのある黒妻綿流の言葉を思い出してしまう。

 

『全てが能力で判断される学園都市を捨てたのさ。何もかも投げ出しちまってな』

 

 能力強度が上がらず、悩み抜いた末、ついには能力への執着そのものを捨ててしまった者達。学園都市において能力を捨てるということは、憧れや夢、その他様々なものを棒に振るということだ。そして、他の学生達から蔑まれることを甘んじて受けることと同意である。

 美琴はすでに超能力者にまで登り詰めているから、彼らの気持ちは分からない。決して努力を諦めず、後からついてくる結果に一喜一憂しながら能力強度を上げていったから、そういった向上心を捨てるということも分からない。

 だが、自分はたまたま上手くいっただけであって、何年も努力したにもかかわらず、無能力者のままな学生達だってたくさんいるのだ。むしろ、この街の半分以上はそういった人達だと考えていい。

 努力しても努力しても上がらない能力。己の苦労が実を結ばなかったとしたら、夢を捨ててスキルアウトになってしまうのも無理はないのではなかろうか。

 

「無能力者、か……」

 

 かつて彼女が解決した【幻想御手事件】も、無能力者や低能力者の学生達を主たる被害者とする事件だった。彼らの能力への憧れを逆手に取り、己の願望を叶えようとした悲しい事件。

 美琴の友人である佐天も、そして佐倉もその事件の犠牲者だ。

 能力開発に希望を見いだせなくなった二人は、突如現れた夢のような道具に頼ってしまった。努力ではどうしようもない壁を超えるために、彼らは【幻想御手】という麻薬に手を出してしまった。

 馬鹿なことを、と以前の美琴なら思っただろう。しかし、佐天という被害者を目の当たりにし、そして佐倉というスキルアウトを前にした今の美琴は、必ずしもそう言いきれなくなってしまっていた。

 

 服を脱いで籠に放り込むと、風呂場へと入る。水をちょっとずつ出して温度を調節してから、ようやく丁度いい熱さになったところで全身を清めていく。

 水に打たれていると、段々と混乱していた頭が冷えていく。汗の粘着感もなくなり、さっぱりしてきた。

 

(……後でちゃんと話を聞こう。そして、私なりにアイツを受け入れよう)

 

 スキルアウトだからといって佐倉を嫌っていい理由にはならない。いくら彼がそういう組織に所属していると言っても、美琴が知っている佐倉望という人間はとっつきやすいイイ奴なのだから。人に理不尽な暴力を奮ったり、傍若無人な態度を取るような人間には到底思えない。

 ぬるめの流水を全身に受けながら、美琴は一人強く頷いた。

 

 

 

 

 

                    ☆

 

 

 

 

 

 その後佐倉もシャワーを浴び終え、それぞれ着替えた二人は部屋の中央にある丸テーブルに向かい合って座っていた。頭もそれなりに冷えたおかげか、先ほどのような気まずい雰囲気はほとんど見受けられない。ちゃんと話をしようと思ったのだろう。

 佐倉はなくなっていたグラスに麦茶を注ぐと、ようやく口を開く。

 

「白井が言っていたことなんだけど……俺がスキルアウトってのは本当なんだよ」

 

 それはどれだけの勇気がいる事だったのか。自分が軽蔑される存在だと重々承知の上で、彼は己の素性を明かす。

 武装無能力者集団は、元々能力者達の脅威から身を守るために結成された組織だ。能力もなく、身を守る術も持たない無能力者達が身を寄せ合って作った集団。

 しかし、仲間同士で手を取り合って日々を生き抜くためであったその組織は、いつしか能力者を標的にした無法集団へと姿を変えてしまった。能力者への恐怖は憎悪になり、守る力は襲う力へと変貌した。

 佐倉が所属する駒場利徳率いる一派はそのような攻撃的な側面は薄いものの、少し前に壊滅した【大蜘蛛(ビッグスパイダー)】などはその傾向が顕著だ。むしろ、そういう集団が一般的だと言った方がいいかもしれない。そのせいで、スキルアウトのイメージは無法者達の暴力集団というのが最たるものなのである。

 

「お前がこの間見た時みたいに、強盗とか窃盗とか、そういった犯罪行為もそれなりにやってる。資金調達のためっていうのが主な理由かな。ロクに奨学金を貰えない俺達が活動資金を得るためには、そういうことが必要なんだ」

「……でも、そんなことに頼らなくてももっといい方法が……」

「そうかもしれない。でも、この街じゃ俺達みたいな無能力者(クズ)はマトモに相手してもらえないんだよ」

 

 美琴の言葉を打ち消すように放たれたその言葉には、どこか深い悲しみが込められていた。スキルアウトなんていう組織を作らなければならなくなった腐った能力者達への、強い憎悪が込められていた。

 達観した表情で遠くを見る佐倉に、美琴は思わず言葉を失う。彼らの苦しみが、悲しみが、怒りが、ほんの少しではあるが理解できてしまったのだ。

 元々、彼女もそこら辺にいるような低能力者だった。何の変哲もなく、高位能力者には馬鹿にされるような普通の一般人だった。

 だが、彼女は努力した。そういう人間達を見返してやろうと、彼女は血の滲むような努力の末に超能力者にまで登り詰めた。目の前に置かれたハードルを、御坂美琴は血反吐を履く思いで飛び越えたのだ。

 ……しかし、今目の前にいるこの少年はそのハードルを越えることができなかった。彼女が努力したその場所で、彼は努力することをやめてしまった。

 何が違うのだろうと彼女は考える。あの時、自分を支えてくれたのは何だったのだろうか、と。

 

「確かにあの日、お前から助けてもらったあの日、俺は諦めないと誓ったよ。どんな障害にも立ち向かってみせるって。……でも、駄目なんだ。そんな決意如きじゃどうにもならない壁があるんだよ。無能力者は……俺達は、どうしようもない落ちこぼれ達なんだ。学園都市の最底辺で生きることを強制され、その境遇に反発することさえやめた弱者。お前も失望しただろ? 犯罪行為に身を染めるスキルアウトなんて、魅力の一つもありゃしないからな」

「……そんなことない」

「は?」

「そんなことっ……ないっ……!」

 

 突如呻くように漏れた美琴の一言に、佐倉が怪訝な顔をする。彼の予想を遥かに超える内容に、呆けたようになってしまう。

 美琴は俯いたまま、パチパチと小さな火花を飛ばし始める。それは怒りか、それとも悲しみか。彼女の感情は能力として表れ、徐々に強さを増していく。

 今分かった。彼と自分は何が違うのか。何が必要なのかを、彼女はようやく理解した。そして、今彼に与えるべきものは何かということも。

 

「お……おいおいおい! なんだよどうしたんだよいきなり!」

「うるさいっ!」

「痛っ!」

 

 電気を帯び始めた美琴に慌てて駆け寄った佐倉だが、不意に立ち上がった美琴によって左頬を張られ尻餅をついてしまう。訳も分からず、佐倉はただ目を丸くしている。

 そんな彼の襟首を掴むと、美琴は目を怒らせて声を荒げた。

 

「スキルアウトだからって……無能力者だからって何よっ……! そんなの、ただの言い訳じゃない! 自分の弱さを正当化するための、隠れ蓑に過ぎないじゃない!」

「い、言い訳の何が悪いんだよ! 仕方ないだろ! 俺達は誰からも認めてもらえない、受け入れてさえもらえないんだから! 自分で逃げ道を作らないと、俺達は生きていけないんだよ!」

「逃げ道を作る余裕があるのなら、その気力を進むことに使いなさいよ! 少しでも、ほんの少しでも前向きになれば、アンタも周りから受け入れてもらえるはずなんだから!」

「こんな何の取り柄もねぇ無能力者を受け入れてくれる物好きなんているはずねぇだろうが!」

「そんなのっ……そんなの、私が受け入れるっ!」

「はっ……?」

 

 衝撃的な台詞に佐倉の思考が止まる。信じられないことを言われた気がして、まじまじと美琴の顔を見つめてしまう。

 怒鳴り続けて息が上がっていたのか、しばらく調子を整えると彼女は穏やかに言葉を紡ぎ始める。

 

「アンタが努力できないのなら、私が無理にでも頑張らせる。アンタが諦めるっていうのなら、私が意地でも繋ぎとめる。一人でもそういう人間がいれば、少しは意識も変わるんじゃないの?」

「御坂……」

「もったいないじゃない、そんな小さな挫折と苦悩で自分自身に絶望してしまうなんて。最後まで頑張らないで、前を向かないで生きるなんて、悲しいじゃない……」

 

 ポタ、と佐倉の頬に温かな雫が落ちてくる。それは次第に数を増し、彼の顔を濡らしていく。

 美琴はこの時確信していた。今、彼に足りないものを。

 

 佐倉望に足りていないのは、理解者だ。

 

 彼を信じ、愛し、叱り、賞賛し、支える理解者が、彼には足りなかったのだ。

 いや、もしかしたらそういった理解者は既にいたのかもしれない。その存在に、彼自身が気付いていなかっただけかもしれない。こんなに自己嫌悪に陥っている人間なのだから、その可能性も否定できない。

 でも、だったら自分が今から本当の【理解者】になってあげればいい。彼を支えてあげられる人間になればいい。

 

 幻想御手から彼を救った時のように。

 『もう逃げない』と決意させたあの時のように。

 

 佐倉望を、この世界からも逃げないようにしてしまえばいいだけではないか。

 目の端を拭うこともせず、彼女は言葉を続ける。

 

「私に誓ったって言ってたわよね、『もう逃げない』って。だったら、今日からアンタはどんなことに対しても逃げちゃダメ。諦めちゃダメ。臆してはダメ。他でもない私が言ってんだから、守りなさいよ?」

「……本当に、お前は俺を受け入れてくれるのか?」

「当たり前でしょ? だいたい、アンタがスキルアウトだからって友人やめるような希薄な関係なら、最初から友人になんてなってないっつうの」

「お前が俺の友人だったってのは初耳だけどな」

「喧嘩吹っかけて友人紹介して家まで来たら、そりゃもう友人でしょ」

「全部お前の独断だけどな」

 

 呆れたような溜息が響く。それを切欠に、二人は同時に吹き出し笑い始める。

 この時、佐倉はもう救われていたのかもしれない。長い間彼を苦しめていた能力の呪縛から、解き放たれていたのかもしれない。彼にとって、御坂美琴という存在はそれほどまでに大きなものになっていた。

 幻想御手から救ってくれただけでなく、自分の捻くれた性根さえも叩き直そうとしてくれた超能力者。自分のような弱者にこうやって手を差し伸べてくれた強者に、彼はやっぱり惚れていたのかもしれない。

 

(半蔵先輩になんて言われるかな)

 

 一足先に彼の想いを感じ取っていた忍者にからかわれそうだ、と人知れず苦笑を漏らす佐倉だった。

 ひとしきり笑い終えると、美琴は柔和な笑みを浮かべて口を開く。

 

「アンタがスキルアウトだろうが犯罪者だろうが、私の友人であることに変わりはないわ。困ったときはいつでもどこでも頼りなさい。能力者の先輩としてアドバイスくらいはあげるから」

「そんなに胸の小さい先輩なんているかってんだよ」

「んなっ!? あ、アンタねぇ!」

「ちょっと待て! この密室で電撃攻撃はタブーだろ!?」

「うっさい! 消し飛べバーカ!」

 

 全身に電撃を食らい、悲鳴と共に崩れ落ちる佐倉。それを見て楽しそうに笑う美琴。

 物語は変わり始める。本来関わるはずの無かった者達が関係を持ったことで、ストーリーは変化を迎える。

 

 彼らはお互いに笑っていた。これから先、数々の変化した悲劇が訪れることも知らずに。

 

 

 


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