とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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 遅れて申し訳ございません。


第五十八話 限界、さらにその先へ

 素粒子工学センターから少し離れた、学区端にある廃ビルの一室。家具どころか壁紙すら貼られていない、コンクリート丸出しのその場所で、桐霧静は標的と対峙していた。

 

「……追いついた……よ」

 

 言葉を話すことに慣れていないような詰まった台詞を漏らす彼女の前には、一人の男。全身を漆黒の鎧……最新鋭の駆動鎧で覆った彼の性別を判別することは難しいが、既に何度か接触を果たしている桐霧には容易に分かる。顔が見えなくても、目の前の人物が纏う殺気から、判断できる。

 桐霧の呼びかけに駆動鎧はわずかに反応する素振りを見せるが、言葉が返ってくる様子はない。

 それでも、彼女は声をかけ続ける。

 

「これ、で……三回目、かな……? つくづく縁がある、ね……」

「…………」

「……こんなこ……と、もう、やめよう……? キミ、に……人殺しは、向いて……ない」

「…………」

 

 返事はない。ただ、相手の姿勢が変わった。

 両の拳を握り込み、わずかに腰を落とすその姿勢。明らかに敵意を向けているその姿に、桐霧は内心溜息をつく。どうやら言葉は届かないらしい。返事もしないところを見ると、おそらくは洗脳か何かを受けているのか。かつての会話、接触状況を思い返しながらの予測を立てつつ、こちらも意識を切り替える。

 背中に差した一振りの巨大な刀。並大抵の腕力では抜くことすら叶わないであろう日本刀を、いとも容易く抜刀する。時差にして九時間程離れたとある欧州の国にも似たような刀を扱う女傑がいるが、彼女にも匹敵するであろう筋力を以てして、桐霧はその刀を振るう。

 【限界突破(アンリミテッド)】によって増強した身体能力は、人間のソレを超える。時によれば、魔術サイドで俗に【聖人】と呼ばれる彼らと相違ない程の力を得る。

 人間が人間を超える能力。不器用な少女は、人並み外れたその能力で、可哀想な無能力者を救済する。

 

 ――――先に動いたのは、桐霧だった。

 

 ぐ、と踏み込み一気に跳躍。足元のコンクリートを削りとりながら一瞬のうちに佐倉へと肉薄。腰だめに真っ直ぐと日本刀を構え、柄の尻部分に右の掌を合わせて突き抜ける。その姿は一陣の烈風。数メートル離れていた距離を、わずか一歩で埋める。

 鼻の先。まさに目の前といった距離。佐倉の駆動鎧がギギギと駆動音と共に回避を試みているが、隙は与えない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 状態を捻り、誤差を調整。狙いは真っ直ぐ、彼の鳩尾。

 

「真っ……直ぐ……!」

 

 柄に添えていた右手、掌底を全力で前へ。押し出される刀身は目にも止まらぬスピードで目標へと迫る。

 反応次第では回避されていたかもしれない。いや、桐霧だけの力ではおそらく避けるなり防御なりされていただろう。駆動鎧の反応速度は時に【限界突破】を上回る。

 だが、今の桐霧は一人ではない。

 

『大丈夫だ、安心しろ静。()()()()()()で、お前はその馬鹿を吹っ飛ばしている』

 

 耳元に装備したイヤホンマイクから声が聞こえる。幼い頃から一緒に戦ってきた、誰よりも信頼できる少女の声。予知能力者の頂点に立つ彼女の指示が、桐霧の行動をより確かなものへと昇華させる。

 わずかに切っ先を動かすことで軌道を変え、前へ。回避したと思っていたらしい佐倉は咄嗟に身を翻そうとしていたが、その程度の反応速度では間に合わない。リリアンの予知と桐霧の身体能力は、さらにその上を行く。

 ガッ! と確かな手応え。鎧を貫くことはできないものの、おそらくは鳩尾を寸分違わず抉っている。駆動鎧で身を護っていようが関係ない。薄手の鎧であることが、今回ばかりは命取りになった。フルフェイスメットに覆われた顔から苦悶の声が漏れ出る。

 力いっぱいに刀を突きだす。攻撃を開始した()()()、佐倉は壁をぶち抜きながら隣の空間へと吹き飛んでいた。ズガガッ! と周囲の床を巻き込むようにして雑に落下する。

 

「が……ぐ……!?」

「……一、閃……っ」

「っ!」

 

 堪え切れずに呻き声を漏らす佐倉に対して、桐霧は追撃の一手。腰の高さに構えた刀を横薙ぎに振るうと、刃が届いていないはずの壁に一本の傷跡が入る。人並み外れた腕力によって放たれる斬撃の衝撃波が、無防備な佐倉に容赦なく襲い掛かった。

 倒れ込みながらもアスファルトの床を殴り、大穴を開けながら下の階へと逃れる佐倉。不自然な体勢ではあるけれども、最新鋭の駆動鎧は完璧な着地を成功させる。

 だが、彼が華麗に身を整えるまでのほんの少しの時間さえあれば、桐霧は懐まで潜り込むことができる。

 ビー! と耳障りな警報音が室内に響き渡った。予想だにしない速度での接近に、アラートを鳴らすことで使用者へと警戒を呼びかけているらしい。最新型ともなるとレーダーでさえ高性能のものが搭載されるようだ。不意に鳴った警告に一瞬狼狽える桐霧ではあったけれども、躊躇うことなく真っ直ぐ刀を振り下ろす。

 しかし、このままやられっぱなしの佐倉でもない。駆動鎧の硬度を生かして刀を腕で弾くと、ガラ空きになった側腹部へと拳を叩き込む。

 メギィ、という鈍い効果音が鳴った。能力によって防御力をぐんと底上げしているはずの桐霧の肢体が悲鳴を上げる。内臓に損傷でも入ったのか、我慢できない吐き気と共に胃液と血液が飛び散った。

 

「がう、ごぇ……!」

『足を止めるな! 首を刈られるぞ!』

「ぐぅっ……」

 

 がっくりと膝をついてしまう桐霧。リリアンの怒声になんとか意識を繋ぎ留めると、首筋に向かって放たれた蹴りを両腕を盾になんとか受け止める。鞭のようにしなるソレはまさに死神の鎌。トラックの衝突さえ優雅に受け止める桐霧のパワーを総動員したにもかかわらず、真っ先に脚へと触れた左腕の骨がスナック菓子を折るかのような小気味よい音を立てて砕け散った。

 

「あああぁぁぁぁあああ!! ああああああぁっぁぁあああ!!」

『静! くそっ、やっぱり生け捕りなんてジリ貧もいいところだぞ食蜂! さっさと息の根を止めてしまわねば、このままだと静が殺される!』

『……駄目よぉ。心苦しいけど、彼女にはちゃぁんと()()()()()()()をしてもらわないと』

『だが……っ!』

「……大、丈……夫」

『静……?』

 

 耳元の端末から聞こえてくるリリアンと食蜂の口論を遮るように、息も絶え絶えな桐霧が応答する。もはや使い物にならなくなった左腕を庇うこともせず、右腕一本で刀を支えながら……能力を使い続けるのも既に限界だろうに、目だけは真っ直ぐ佐倉を捉えたまま。ふらついた足取りにもかかわらず、しっかりと決意の炎を瞳に灯して。

 

「まだ、やれる……。戦え、る……!」

『無茶だ……。まだ前の怪我も完治していないんだぞ。その状態じゃあ時間稼ぎすら危うい!』

『……後10分よぉ。それまでになんとか、佐倉クンをその場に繋ぎ止めておきなさぁい』

「了、解……!」

『おい待て! それ以上の能力行使は、お前の身体を――――』

 

 それ以上、リリアンの声が聞こえてくる事はなかった。イヤホン状のデバイスを、桐霧自身が握り潰したからだ。指示を聞きながら戦えるほど、目の前の敵は弱くない。

 

「……仲間との最後の会話は終わったかよ、雑魚」

「久しぶり、に……話したかと思った、ら。随分と……可愛げがない、ね」

「はン。遺言ぐれぇは話せる時間を与えてやったんだ。むしろ感謝してほしいぐれぇだぜ」

「……人間には……ね、どうやっても越えられ、ない……壁みたいなの、が、あるんだよ」

「あぁ?」

 

 殲滅に集中するまでもないと判断したのか初めて口を開いた佐倉に、いつも通りの無表情で語り掛ける。急に何を話し始めたのか、意図が分からないらしい彼は怪訝そうに首を傾げるが、桐霧はそれに刀を投げ捨てることで応じた。さらに顔を険しく歪める少年。

 

「例え、ば……長期間、生活できる限界高度、は……約5000メートル。酸素を呼吸しながら、の……限界高度は、約10000メートル。生身での潜水、も……普通なら2、3分が限度、で……水深も8メートルが、精一杯。それ以上になる、と……水圧に引かれて、自力で浮かぶこと、は……無理」

「……なんだぁ? 死を前にして、勝てなかった言い訳でも始めやがったのか?」

「普通、人間は……20%くらいの力しか、出せないって言われている、けど……それは、脳がリミッターをかけているから、と言われている、ね。そうしない、と……身体自体が、過度の使用に、耐えられない……から」

「……何が言いてぇ」

「【限界突破】、は……身体能力、の、限界を無視して、行動できる能力だけ、ど……それで、も、どこかで脳がストッパーを……かけている、の。で、も……このままだ、と、駄目だから。私は、何を捨ててでも、佐倉を助けないといけない……から」

 

 脳裏に浮かぶのは、つい最近知り合った不器用な中学生。

 誰よりも向上心に溢れ、誰よりも正義感の強い彼女は、桐霧本人とは正反対の人間だ。周囲の人達から尊敬の眼差しを受けるヒーロー。学園都市のトップ集団に君臨する彼女は、自分からしてみれば雲の上の存在だった。手を伸ばしても届かない、憧れだけの超能力者。

 だが、彼女は。もはや超能力者という偶像にされかけていた少女は、すべてをかなぐり捨ててでも一人の少年を救うことを誓った。自らの手で傷つけてしまった彼と仲直りをしたいという、初めて見せた我儘を押し通すために。その姿は皆の憧れた超能力者ではなく、どこにでもいるような平凡な女子中学生そのもので。そんな彼女が恋い焦がれる佐倉望という男がどんな人なのか、気になったというのもある。

 これまで、三回にも渡って彼とぶつかった。最初は敗北。二回目は勝利。わずか三度の戦闘、接触ではあったものの、彼がどういう人物なのかを掴むには十分すぎる回数だった。自らの心に蓋をして、学園都市の闇にいいように弄ばれながらもなんとかもがこうとしている彼を、救ってあげたいと思うようになっていた。それはいつしか、また違った感情に昇華されていた。

 だから、と桐霧は呟く。あの不器用な第三位に心の中で頭を下げつつ、ふらつく足取りでアスファルトを踏みしめ。のっぺりとしたマスクに顔を覆われている佐倉を真っ直ぐ見据えながら、声高らかに。

 

「私は、佐倉が好きだから。私のすべてを失ってでも、キミを闇から引き摺り上げてみせる」

 

 ――――瞬間、桐霧の姿が佐倉の視界から消えた。

 慌てて周囲を見渡すが、同時に背中へと走る衝撃。振り向きざまに腕を振り回すものの、次は真下から顎を蹴り上げられる。

 

「ぐぎっ……!?」

「……百倍」

 

 空中に蹴り上げられたのとほぼ同時に、海老反りになった状態の腹部に激痛が走る。真上からの打撃。瓦を割るように一直線に走る拳を視認した頃には、背中から思いっきり床へと叩きつけられていた。ほとんどタイムラグがない上下からの襲撃。内臓をサンドされた佐倉はマスクの内側で血の混じった咳を余儀なくされる。

 

「がふっ!? ごぇっ!?」

「……二百、倍!」

 

 蜘蛛の巣のように亀裂の走った床に貼り付けられた佐倉の腹部に思いっきり手刀を振り下ろす。人体の限界、その二百倍の速度、パワーで繰り出される一撃によって発生した衝撃波が天井を、壁を瓦礫へと変える。おおよそ人体で披露するには不可能が過ぎる芸当。そんなものを食らっては駆動鎧を着ているとはいえ佐倉も無事では済まないのだが、先程の衝撃で床が弱っていたのが功を奏したらしい。駆動鎧に無数のヒビが入っただけで、そのまま階下へと落下していく。

 徐々に剥がれていく鎧。中に着ていた特殊スーツを露わにしながら落ちていく彼を、神速のスピードで回り込んで受け止める桐霧。

 

「ぐ、ぅ……!」

 

 だが、桐霧自身も限界を迎えていた。度重なる能力の使用に、本来の限界を超えたストッパー解除。既に右目は眼球が破裂しており、左腕は粉砕。今は根性で動かしているが、両脚とも本来の形をしているとは到底言えない。気を失った佐倉を右腕で支えたまま、ドサ、とその場に倒れ込む。もう動けない。ここで佐倉が意識を取り戻すか、【スクール】の残党でも駆けつければ為す術はなしだ。すべての努力が水の泡になる。

 ……だが、幸運の女神はようやく彼女に微笑んだ。

 

「ちょぉっと遅くなっちゃったけど、大丈夫ぅ? 意識力、はっきりしてるぅ?」

「大丈夫に、見え、る……?」

「それだけ肉体粉砕されてて声を出せるなら大丈夫よねぇ。にしても、さすがは私が見込んだ能力者。十分すぎる働きだったわぁ」

 

 目に悪そうな金色の髪が視界を過ぎる。幾本ものリモコンをくるくると手の中で回すゴールデンガールは背後に引き連れた常盤台中学のエリート達に命じて桐霧を担架へと乗せると、佐倉の傍にしゃがみ込んだ。どうやら、暗部でかけられた洗脳を解く作業に入ったらしい。

 

「あーあー。なによこの稚拙力極まりない洗脳はぁ。どうせやるならもっと完成度の高いやつにしなさいよねぇ」

「佐倉、は……治る、の……?」

「はぁ? 当然よ。私を誰だと思っているわけぇ? 頭を弄らせたら学園都市の誰にも負けない、【心理掌握】の食蜂操祈ちゃんだゾ☆」

「…………」

「安心しなさぁい。私にかかればこんなの、一日で治して見せるわぁ」

「……良かっ、た」

 

 ふ、と。

 自然に浮かべた笑みを最後に、桐霧は意識を失う。無表情な彼女が見せた心からの笑顔に表情を綻ばせながらも、金色の女王蜂は目の前の少年を治療しつつ呟く。

 

「さぁて、これで後は貴女の仕事よ超電磁砲。どこで不貞腐れているか知らないけれどぉ、さっさと立ち直って痴話喧嘩の一つや二つしちゃいなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回も読了ありがとうございます。
 完結まであと少し、お付き合いいただけると幸いです。

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