とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

62 / 68
終章
第五十九話 総体


 ――――ずっと、何かの夢を見ていたのかもしれない。

 いつからだろうか。先の見えない真っ暗なトンネルを永久に歩き続けているような、そんな悪夢ばかり見るようになったのは。そして、その夢が現実と区別ができなくなったのは、いつからだっただろうか。

 もちろん意識はあるし、暗部として活動しているときの記憶もある。夢遊病者になったわけではない。あくまでも『佐倉望』は自らの意志で生活はしていた。

 だが、いつからだろう。佐倉望の人生が、破壊の方向へと傾いていったのは。取り返しのつかない破滅へと転がり始めたのは。

 

 いったい、いつのことだろう。

 

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 気が付くと、佐倉は再び暗闇の中にいた。

 

「また、か」

 

 もう驚くこともない。肩を竦め、いつものように歩き出す。終わりが見えない闇の中で、ただ自分の足だけを信じて歩を進める。目的もなく、ただひたすらに。この先に何があるのかなんて見当もつかず、歩いていけば何かを見つけられるのかさえも分からぬまま。

 今まで何日も同じことを繰り返していた。まるで現実のような夢だ、とも思った。歩き続けると次第に疲労が募っていく。それは通常の何倍もの重量で佐倉の心を、身体を縛っていく。いつしか、一歩踏み出すことすら億劫となるくらいに。それでも佐倉は歩き続けた。このまま立ち止まるのだけは、どうしても避けたかった。

 ……しかしながら、今回はいつもと勝手が違うらしい。

 しばらく歩き続けると、トンネルの先に光が見えた。今まで何回、何十回も行き止まりのまま終えてきた悪夢。そんな深淵に差し込んだ一筋の光。信じられない光景ではあったものの、一切の迷いなく走り出す。逡巡している暇なんてない。ようやく見えた希望をここで手放してたまるものか、と既に棒のようになった脚を根性で動かす。

 

 ――――果たして、そこには見覚えのある景色が広がっていた。

 

 無数のコンテナが積まれた空間。砂利が敷き詰められた上に走る幾本ものレール。夜の帳に包まれたその中で、月だけが明るく存在感を放っていた。周囲を見渡すも、佐倉以外の気配は感じられない。

 

「操車、場……?」

 

 そう、ここは。コンテナと線路が特徴的なこの場所は、学園都市第十七学区に存在する操車場だ。同時に、かつて佐倉が最強の超能力者と死闘を繰り広げた……いや、より詳細に言うと、第一位の化物に蹂躙された、忌々しい戦場。そして、自らの手柄を幻想殺しの少年に奪われた、挫折の空間。

 できることなら記憶の底に沈めておきたい場所の出現に見るからに戸惑う佐倉。何故、どうして? いたって当たり前の疑問が脳内を駆け巡るものの、答えが出る気配はない。当然だ。そもそも、あの闇に包まれたトンネルのことすら何も分かってはいないのに、その延長線上で現れたこの場所の意味なんて分かるわけがない。しかも今まではトンネルを歩いた末に目が覚めていたのだ。こんなパターンは初めてである。

 とにかく情報を集めなければ。幸い地形は彼が知っている操車場のままのようであるから、迷うことはない。くまなく調べようとコンテナで作られた路地へと向き直った時だった。

 

「やほー/return。あいっかわらずしけたツラしてんね佐倉ちゃんは/return」

 

 不意に上から投げかけられた女の子の声。それだけなら別段おかしなことではなかったが、ここで佐倉は思い出す。さっきまで誰もいなかったはずの操車場で唐突に声をかけられるなんていう摩訶不思議な出来事を前に、警戒レベルを一段階上げた。この二か月間暗部で身に着けた殺意を前面に押し出しながら、声の主を見やる。状況だけではなく、その声の質がさらに彼の警戒心を煽ってもいた。明らかに聞き覚えのあるその声に、頭の奥が痛み始める。

 見上げた視界の先。何段にも積まれたコンテナの上に、()()は座っていた。クリーム色のサマーセーターに身を包んだ短髪の少女。プリーツスカートを靡かせながら両脚をバタバタさせている茶髪の彼女は、佐倉を見下ろしながらケラケラと笑っていた。一見すると華奢な少女であるけれども、額のあたりに装着された無骨なゴーグルがなんともなミスマッチ感を醸している。

 彼女に心当たりがあった。だが、佐倉が記憶している少女と目の前の少女をイコールで結ぶことがどうしてもできない。外見は確かにあの少女ではあるけれども、内面は別人というか……あの少女の皮を被った知らない人、といえばいいだろうか。拭えない違和感に苛まれてしまう。

 だからか、自らの疑問を再確認するかのように、彼女の名前を呼んでいた。

 

「ミサカ……?」

「それが10032号の事を表しているのなら、半分正解ってところかな/return。この肉体は10032号のものだけど、私は別人/return。強いて言うなら、ミサカネットワークそのもの、っていうのが一番近いかな?/escape まぁ、あんまり難しい事を言ってもこんがらがるだけだろうから、今は10032号()()()()()()ってことにしておいてよ/return」

「……そのミサカもどきとやらが、俺なんかに何の用だってんだ」

「うわーお/return。やっぱりというかなんというか、言葉の隅から隅まで卑屈っぽさが表れているねぇ/return」

「…………」

 

 本当に何なのだろうかこの正体不明野郎は。

 ミサカの身体を使ったネットワークそのものとか言っていたが、そういう頭が痛くなるような話題はあまり得意ではない。そもそも、コンテナの上で行儀悪く足を組んでニタニタ気分の悪い笑みを浮かべている彼女は、佐倉の知っているクローン達とあまりにも異なっていた。彼女達はここまで表情豊かでもなければ、口達者でもない。

 そしてなにより、一応は佐倉の夢の中であるはずだ。そこに介入できるような能力者は、佐倉の知っている内では一人しか思いつかない。他人の心を意のままに操る精神操作系能力者の頂点である少女ならば、他人の夢に入り込むことなんて容易にやってのけるだろう。このミサカもどきも、食蜂が何かしら手を回しているのではなかろうか。

 だが、ミサカもどきはあっさりとそれを否定した。

 

「今回に限っては、【心理掌握】は関係ないかな/return。言ったでしょう?/escape 私はミサカネットワークそのもの/return。簡単に言っちゃえば、20000体のミサカ全体の意思が一つになった存在/return。つまり、私こそが真のミサカというわけだよ!/return」

「はぁ……」

「あー、もしかして信じてないでしょ/return」

「そういうのはどうでもいいから、目的だけ簡潔に頼む。そんなに暇じゃねぇんだ」

「【限界突破】にぶっ飛ばされた挙句、【心理定規】や【未元物質】にかけられた戦闘用の洗脳を【心理掌握】に解除されているとかいう間抜けな状態なのに、よくもまぁそんなクチが叩けるもんだね/return。周囲に迷惑かける為に暗部に堕ちたの?/escape」

「……喧嘩売ってんのか、テメェ」

「べっつにぃ/return。だけど/backspace、アンタに助けられた一人の意思としては、自分の価値を見失って不必要な努力と無駄な劣等感背負い込んでる姿は見ていて居た堪れないってことは言っておきたいかな/return」

「っ!」

 

 なんでもないように、しかしながら確かな悪意を込めて目の前のミサカはそう言った。下手をすればこの二か月間すべてを否定しかねない発言に、佐倉の頭が一瞬で沸騰する。元来そこまで我慢強い方ではない上に、過剰なストレスで精神状態が不安定になっている彼が怒るのも無理はない。足元の砂利を掴みとると、偉そうにこちらを見下ろしているクローンへと投げつける。

 ……が、一直線に飛んで行った先には、既に誰もいなかった。一瞬で虚空に消えた彼女を探し、視線を彷徨わせる。

 

「そういう短気なところも、佐倉ちゃんの欠点だよね/return。感情的っていうのは長所の一つかもしれないけれど/return」

 

 背後。まるで最初からそこにいたかのように、ミサカの声が後ろから聞こえてくる。トン、と背中に寄り掛かられる感触。妙な汗がぶわっと湧き出し、全身に悪寒が走った。

 背中合わせのまま、決して目を合わせることはなく会話は続く。

 

「佐倉ちゃんは強くなりたいって言っていたけど/backspace、具体的にはどうなりたいの?/escape」

「……誰よりも強く。この世界のどんな奴が相手でもぶちのめすことができるぐれぇ強くなる」

「ふぅん/return。じゃあさ、そんなに強くなったとして、その後は?/escape 『最強』のその先で、佐倉ちゃんはどういう風に生きたいの?/escape」

「それは……」

「お節介焼くようだけどさ/return。最強になったってなんの得もないワケよ/return。行き過ぎた力は孤独を生むだけで、何の幸せにもつながらない/return。一方通行がいい例じゃん/return。人間適度が一番なんだって/return」

「そんなの……でも、強くならねぇと、俺はいつまでたっても――――」

御坂美琴(オリジナル)を守れない?/escape」

「――――――――っ。そ、そんな奴、今はもうどうだって……」

「どうでもいいはずないじゃない/return。過程がどうであれ、そもそものきっかけは『ソレ』だったんだからさ/return。『御坂美琴の前に立って彼女を守りたい』っていうのが、アンタの根本的な願いだったわけでしょ?/escape」

 

 ミサカの問いに思わず口を噤む。佐倉自身を否定し、彼が堕ちることになった最大の原因である少女、御坂美琴。無能力者である佐倉の努力を「無駄」だと切って捨てた彼女に対する感情なんてとうの昔に捨て去っていた。今はただ己の為だけに力を求め、暗部で生きている。その思いに嘘偽りはない。

 ……そのはずなのに、どうしても美琴の顔が脳裏から離れない。それどころか、彼女と決別してからというもの、心のどこかで引っかかっていたのは事実だ。吹っ切ったはずなのに、どこかでまだ彼女の事を気にしていた。垣根や心理定規が佐倉に洗脳をかけたのも、彼のそういった部分を察していたからかもしれない。

 美琴を守れない自分が嫌いだった。

 美琴に守られるだけの自分が恥ずかしかった。

 男としてのプライドもあったのだと思う。自分とはあまりに正反対な彼女に、異常なまでの劣等感を覚えていたのもある。彼女と対等になるためには、彼女に負けないくらい強くなるしかないと思った。そうすれば、自他共に彼女と一緒にいることを認められると思ったから。

 だけど、美琴はそんな彼を否定した。『無能力者のくせに私を守るなんてふざけるな』と、佐倉のすべてを踏み躙った。その一言が、佐倉にとってどれだけの絶望を与えるか知っていただろうに。

 その時から、自分の為だけに力を求めた。邪魔する者すべてをぶっ潰す、圧倒的な力を。けれども、それでもやはり根本的な部分は否定できない。どこまで耳を塞いで走ろうとも、彼女の姿は立ち消えない。

 表での生活を捨てて、泥を啜る想いで努力してきた。それこそ、何度も死ぬような目に遭いながら這いずり回ってきた。そんな二か月間を過ごしてきたにもかかわらず、桐霧静に敗北した自分は、本当に強くなっているのだろうか。努力は、無駄だったのではないだろうか。

 ぐるぐると思考が頭の中を駆け巡る。意識が主体の夢であるせいか、一度思考のループに嵌るとなかなか抜け出せない。背後にミサカの存在を確認しつつも、記憶の情報量に支配されていく。

 そんな中、ミサカはポツリと、

 

「そもそもさ/return」

 

 佐倉の意識を呼び戻すかのように、確かな声と意思を以て、

 

「まず前提としての話をさせてほしいんだけど/backspace」

 

 今までの会話は全部前置きだったのだと言わんばかりにあっけらかんとした口調で、

 

 

「一度挫折して諦めたアンタが、どうして諦めずに頑張ってきた御坂美琴や上条当麻を自分と同列に考えているの?/escape」

 

 

 そう、言い放った。

 

 

 

 

 

 




 今回も読了ありがとうございます。
 そこ、更新間隔に首を傾げない。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。