――どこで、間違えたのだろう。
「あ、ぅ……ず、ぁ……あぁぁぁ……!」
言葉にならない、いや、もはや『声』と形容していいのかさえ分からない唸りを口から漏らしながら、学園都市第三位は頭を抱える。覚束ない足取りで、今にも倒れそうなほどにふら付きながら。
何も、何も分からない。見たくない、聞きたくもない。監視カメラを通して近づいてきている『彼』の存在を、認知したくはない。今更、今更彼の顔なんて見たくもない。そして……何よりも、今の自分の姿をあの無能力者にだけは見せたくなかった。
『人間という生き物はつくづく不思議だな』
「…………」
『消えてなくなりたい、死んでしまいたいと思っているのに、何故キミはまだしぶとく生きているのか。もう、すべてを忘れて消え去りたいと願っているはずなのに、いったい何を待っているというのかね』
「…………」
『結局は、子供が駄々をこねているということなのかな? 自分だけではどうしようもない、どうすることもできない。だから、一縷の望みをかけて彼を待っている、と。彼なら自分を助けてくれる、と。自分は彼を助けることも、救い出すこともできなかったというのに』
「…………」
『どこまでも自分勝手な思想だよ、第三位。しかもそれを十把一絡げの無能力者に押し付けるなんて、力不足も甚だしい」
「…………」
いつまでも頭に響いてくる『人間』の声に、一言も答えることはしない。そもそも、会話に割くような余裕なんてどこにも残ってはいなかった。
自分の行いがすべて無駄に終わったという残酷な事実を突きつけられた今の彼女に、余裕など、少しも。
『……ふむ、まぁいい。私はこのまま最後まで傍観者として見届けさせてもらおう。「主人公」ではないただの「無能力者」が、いったいどこまで抗えるかをね』
どこか興味深そうな、それでいて呆れたような声色を最後に、『人間』の声は聞こえなくなった。代わりに、バチバチと体内から発せられる火花、電流、電撃。出鱈目に放たれる電撃が部屋中の機械を壊していく。監視カメラにも被害が出ていたのか、先ほどまで外の映像を映し出していた画面は漆黒に塗り潰されていた。水を打ったように、何もかもが静まり返る。
――だが、その静寂を引き裂くように、
「……やっと見つけたぜ、美琴」
ぐるん、と。
先ほどまで下を見つめていた両の眼が声のした方に向けられる。瞳孔が開ききった双眸が見つめるのは、黒髪の少年。仰々しいずんぐりとした防弾チョッキのようなものに身を包み、右手に武骨な拳銃を持った無能力者。顔中が傷と痣に覆われた痛々しい姿の彼は、美琴に向けて軽く笑みを浮かべていた。
「の、ぞ……っっ」
愛しい彼、何日も、何週間も追い求めた彼の姿に、無意識に彼の名前を呼びかけ……口を噤む。目に生気はない。顔に血の気はない。ただ、絶望と怒り、焦燥と諦念……何もかもをぶちまけたい気持ちだけが、そこにはあった。言葉を紡ぐ代わりに、青白い火花を全身に纏い始める。
あまりにも見ていられない彼女の姿。これが学園都市で七人しかいない超能力者の姿か、と思わず目を背けそうになる佐倉。……だが、ぐっと堪え、一心に見据える。自らが招いた結果から、逃げることなく、真正面で。
「……お前に、謝らなくちゃならねぇことがたくさんある」
「……今更、何を」
「ずっとずっと、勘違いしていたんだ。美琴が何に怒っていて、何を許せなかったのかを」
「どうでもいい。私は、何も話したくない」
「馬鹿な俺のために命を張ってくれていたって、色んな奴から聞かされた。暗部に首を突っ込んでまで、俺を助けようとしてくれたって」
「……うるさい」
いつまでも、どこまでも平行線。以前までとは正反対の立場。お互いの言葉が何一つ届くことのない境界線。
ただ言い聞かせるだけの段階は、とうの昔に通り過ぎていた。言葉だけで相手の心を動かせるフェーズは、とっくに終了してしまっていた。
だったら、やるべきことは一つしかない。
「だから、今度は――」
「黙れ――」
演算銃器と特殊警棒を構える。リリアンからの指示に耳を傾けつつ、目の前の超能力者を見やる。
磁力で作り上げた砂鉄を構える。目の前の敵対者を焼き尽くすように、我武者羅に電気を放つ。
――そして、
「俺が! お前を助ける番だ!」
「黙れぇえええええええ!!」
戦いの火蓋は、いとも容易く切って落とされた。
☆
発条包帯と多少の耐衝撃ジャケットで補っているとはいえ、超能力者を相手取るのは簡単なことではない。
『佐倉、上から二本、左右から一本ずつだ! 前方に突っ込んで回避しろ!』
「簡単に、言ってくれるぜ……!」
インカムから届くリリアン・レッドサイズの指示で美琴の攻撃をなんとか避けていく。発条包帯によって底上げされた身体能力とリリアンの予知能力が噛み合って初めて成功する戦い方だ。だが、発条包帯による身体へのバックファイアは無視できるものではない。
ミシ、と大腿筋が悲鳴を上げる。軽くよろめきかけるものの、なんとか踏ん張り銃口を美琴へ。カスタマイズした演算銃器は自動で彼女を昏倒させる威力の弾丸を生成してくれるが、そもそも当てることができなければ意味はない。
引き金を二回。盾代わりに展開されていた砂鉄を蹴散らすことには成功するも、貫通した弾丸は彼女の背後、分厚い壁をぶち抜いただけ。その後何発か同様に放ちはするが、同じく四方の壁を蜂の巣にすることしかできない。返す刀で放たれた鉄片を浴び、逆にこちらが膝をつく形になってしまう。
『佐倉!』
「結構……しんでぇな……っぅ」
リリアンの悲鳴でなんとか意識を保ちはしたが、戦況は劣勢だ。そもそも相手に攻撃が通っていない現状、勝率は限りなく低い。普通ならば、すぐにでも尻尾を巻いて逃げるべき状況だ。
……だけど、こういう状況は初めてじゃない。
「第一位、第二位に続いて第三位なんて……無能力者には荷が重すぎるってぇの」
ボヤきつつも、腰に下げていた小型ラジオのような機械に手を伸ばすと、そのまま幾つかのスイッチを順番に押していく。彼の行動を不審に思った美琴が間髪入れずに無数の鉄塊を発射。体捌きで回避できるような量、密度ではない。
万事窮す、と思われたものの、不意に横合いから放たれた電撃が鉄塊を撃ち落としていく。それも、一つや二つではない。複数もの方向から、
突然の乱入者に狼狽しながらも視線を四方に飛ばす。
扉自体は開いていない。先ほど佐倉が入ってきたまま、それ以上侵入してきた者はいない。
だが、
美琴の攻撃、そして佐倉のあてずっぽうに放たれた……放たれたように見えた演算銃器の弾丸によって作り出された無数の穴。サッカーボール大に開かれた風穴の向こうから、細い少女の手が何本も。それぞれの穴から休まずに電流を放ち続けている。
美琴の眉が跳ね上がる。それらの存在に、あまりにも心当たりがあったからだ。
忌々し気に歯を軋ませる彼女に、単調な声がかけられる。
「……
「アンタ、どういうつもりよ……!」
「どうもこうもありません、とミサカは鋭い眼光でお姉様を睨みつけます」
「はぁ……?」
「以前にも言った通りです」
怪訝な表情を浮かべる美琴に対して、壁を一枚隔てた場所からではあるものの、ミサカは精一杯の笑顔を浮かべて愛する姉へと本心をぶつける。
「『ミサカにも生きるという事の意味を見いだせるよう、これからも一緒に探すのを付き合ってください』とミサカはお姉様と佐倉望にお願いしました。まだ。その約束を守っていただいていないのです、とミサカは約束を破ろうとするお姉様に妹として説教をくれてやることを決意し、戦う覚悟を決めます」
「……だとよ、美琴。俺のことは後で半殺しにしてもいい。だけど、こいつらの気持ちまで踏みにじろうとするのはいただけねぇな!」
「なにを……なにを今更! 私の気持ちなんて知らないくせに、私がどんな思いでアンタを追いかけてきたか、何も知らないくせに!」
「ちっ……!?」
美琴の全身から放たれる電撃。もはや狙いすら定めていない、ヤケクソにも見える放電が佐倉に襲い掛かる。物理的な攻撃ならば待機しているミサカ達の協力で防御することはできるが、彼女達より数段上、そのうえ怒りでさらに向上している超能力者の攻撃を捌けるとは思えない。
発条包帯の機動力を使ってなんとか部屋からの脱出を試みる。
「――っ、ぅ……くそ、ここに来て限界が……!?」
踏み込もうとした矢先に両腿へと走る激痛。逃げなければならないというのに、思わずそのまま膝をついてしまう。……発条包帯によるバックファイアに、佐倉自身の筋肉が耐え切れなくなっていた。今のまま戦い続けると、最悪の場合歩行すら困難になってしまう可能性も否定できない。
だが、さすがに直撃は避けなければ。すかさず床に演算銃器を向け発砲すると、反動で部屋の隅まで退避する。その際に背中を強く打つことにはなったが、高圧電流の直撃を受けるよりは百倍マシだ。
『佐倉!』
「佐倉望!」
「ぐ、ぅぉ……!?」
インカムからリリアン、壁際からミサカの悲鳴が響き渡る。直撃は避けたとはいえ、攻撃の余波は計り知れないほどに甚大だ。うつ伏せに丸くなったまま、皮膚が電気に焼かれくぐもった声をあげてしまう。
だが、それでも致命傷を負わずに済んでいるのは、まだ美琴が自分に対して本気の攻撃を浴びせていないからだろう。彼女が手を緩めなければ、佐倉はもう十回は死んでいる。
「……全部、無駄だったのよ」
うずくまる佐倉にゆっくりと近づきながら、暗い瞳で美琴が口を開く。
「私がやってきたことは、全部。食蜂がいなかったら足取りを掴むこともできなかった。アンタを連れ帰ってきたのは、私じゃなくて静だった。アンタの心を動かしたのは、
青白い火花を飛ばし、ポケットから何かを探るように。目前で立ち止まると、ゲームセンターのコインを乗せた指先を、佐倉に向けて。
「私は何も守れなかった。アンタに対して、何もしてやれなかった。それどころか、アンタに理想を押し付けて、あまつさえ突き放すようなことをして……もう、何もかも終わったのよ。元になんて、戻れない。私じゃ、アンタの隣になんていられない……!」
――ポタ、と。
佐倉の髪に雫が垂れた。この場には似つかわしくない、少女の嗚咽。武器を向け、殺意を放ちながらも、それでも止まることなく溢れ続ける、彼女の涙。
彼女を苦しめているのが、かつて誉望万化から放たれた言葉だということを佐倉は知らない。彼によって信じていたものを壊された事実を、佐倉が知ることはない。むしろ、ようやく現実を知ってくれた美琴に現状に対し、そのまま突き放すべきなのかもしれない。
以前、御坂美琴から受けた言葉をそのまま返すように、報復をすべきなのかもしれない。
だけど、
「……安心しろ、俺も、美琴と同じだからよ」
「望……?」
ゆっくりと、損傷しかかっている筋肉に鞭を打ちながら身体を起こしていく。
「相手に理想を押し付けて、突き放すような真似をして……何一つ守ることができなくて、オメェに何もしてやれなくて……あまつさえ、自分に絶望させるような展開をみすみす見逃しちまった……無能力者云々以前に、俺は最低なんだろうさ」
壁に背中をつき、なんとか体勢を整える。頭痛、眩暈、激痛……その他一切を気合で押し殺しながら、唯一残った武器である演算銃器を静かに構える。
「テメェがどうしても納得できないのなら、力で分からせればいい。もう二度と俺の隣にいたくないのなら、この場でぶち殺せばいい。……けどな、今更何を言ってんだと思うかもしれねぇが、これだけは聞いてくれ」
空いた左手に握るのは、先ほどいじっていた小型ラジオのような機械。試作品、と半蔵は言っていた。効果は一分もないと。以前使用していた大型のものに比べると、抑え込む力自体も弱い、と。だが、それだけでも十分だ。
「俺ァ弱いからさ……誰かの怪我を治すことも、強ぇヤツをぶっ倒すことも、誰かの夢を叶えることもできやしねぇ……テメェの言う通り、超能力者を守るために強くなるなんて、世界を何度滅ぼそうと無理だろうよ。それに関して、もう何も反論はねぇ」
「…………」
「けど、だけど、だ」
息を吐く。震えはない。今まで負けっぱなしだった人生でも、最高の負け戦をするときだ。勝てなくていい。勝つ必要なんてない。
何一つの能力も持たない無能力者が。主人公の素質なんてない最弱が。今回ばかりは最高の、最強のピエロになって見せる。
「――好きな女の隣でずっとソイツ笑わせることができるなら、俺は弱くても無能力者でも構わねぇ! 見せてやるよ超能力者。始めようぜ、最高の痴話喧嘩をよぉ!」
「ふ、ざけ……! アンタが、私に勝てるわけ――!」
銃口を向ける佐倉に対し、慌てて指先へと電気を流す美琴。だが、いくら彼女の代名詞である『超電磁砲』が音速を超える速度だとしても、至近距離の敵を相手取るには相性が悪い。そして何より、佐倉の本命は演算銃器ではないのだから。
彼女の動きを見て即座に銃を捨てる佐倉。
「なっ……!? 自分から、武器を……!?」
「必要ねぇんだよ、こんなもん」
代わりに、と見せつけるように突き出したのは、左手の機械。ボディの前面にスピーカーがついているソレが何か美琴には分からない。……だが、能力者に対する音響兵器という特徴には、心当たりがあった。
佐倉望は無能力者。それも無能力者武装集団に所属している。彼らがかつて能力者と戦う為に手に入れていた兵器と言えば――
「キャパシティ、ダウン……ッ!?」
「ご名答! ちょっち頭ぁ痛むが我慢しろよな!」
「なっ!? が、ぅ……ぎ……ぁああああ!!」
超音波のような高音が室内に響き渡る。先ほどまで待機していたミサカ達には合図を出して既に退避させていた。もう誰も巻き込まない。一方通行戦のような過ちは繰り返さない。
能力者だけを苦しめる音響兵器、キャパシティダウン。その簡易版。軽量化、小型化に伴い威力も効果時間も大幅に弱体してしまっているが、一瞬でも美琴を止められるのならば破格の性能だ。無能力者が唯一超能力者に対抗できる武器。
キャパシティダウンの効果で頭を抱え、美琴はたまらずふら付き始める。だが、その状態でも僅かながら放電できているのは彼女の能力強度故だろう。相変わらず出鱈目な出力だ、内心ボヤきつつも、こちらも足元は覚束ないながら彼女との距離を埋めていく。
「イヤだ、嫌だ……来ないで、来ないで! 私は……私はもう、アンタを傷つけたくなんか――!」
「大丈夫だ、美琴。もう傷つかねぇ。俺はもう、何があってもオメェの傍を離れねぇ」
「嘘よ! だって、だって私はまた酷いことを言ってしまう! アンタの気持ちなんか考えないで、自分の理想を押し付けちゃう! アンタを……アンタを苦しめる!」
「そんなのお互い様だろ。互いに理想を押し付けて、それで気に入らなかったらこうして喧嘩すりゃいい。気の済むまで殴り合って、それぞれの理想に寄り添っていけばいい。無能力者と超能力者の凸凹カップルなんだ。それくらいドタバタしねぇと分かり合うなんて無理に決まってらぁ」
「駄目……嫌……来ないでぇえええええええ!」
感情の暴走に反応したのか、ひと際強い電撃が佐倉を襲う。キャパシティダウンの効果も重なって、加減もできていない暴力の奔流。超能力の塊が、迷うことなく佐倉の右腕を消し飛ばした。
血飛沫があがる。想定外の事態に目を見開く美琴が返り血に染まるのを見ながらも、佐倉は慣れない笑顔を浮かべる。
「っ、ぅ……!」
「ぁ……ぅ、そ……」
「……ったく、とんだじゃじゃ馬だな、ホント」
「あぁ……いや、そんな、そんなこと……!」
「――大丈夫だ。俺は、大丈夫だから」
ゆっくりと、一歩ずつ。
ふらつく足取りで、彼女へと近づいていく。後ずさりする美琴よりも大きく踏み込んで。今まで擦れ違い続けた距離を埋めるように、一歩ずつ。
――最初は、ほんの憧れだった。
能力に目が眩み、昏睡状態にまで陥ることになった幻想御手事件。もう覚めることはない、そう思っていた彼らを救ってくれたのが、他でもない御坂美琴。彼女の叱咤激励を受け、佐倉は再び前を向くことができた。絶望していた人生が、ちょっとだけ明るくなったようにも感じた。
それからは、色んなことがあった。
好きな人を助けるために、学園都市最強と戦った。不思議な右手なんて持っていない自分はまったく歯が立たず無様にやられてしまったけれど。守りたいもののために真っ先に立ち上がることができた。
学園都市の第二位とも戦った。自らの無力さを痛感し、力を求めるようになった。その道が闇の底に、地獄に続いていると分かっていながらも、愛する人を守るために自ら暗部に入ることを望んだ。一縷の望みをかけて、絶対に強くなってみせると意気込みながら。
他の暗部組織と争うこともあった。仲間の仇を討つために学園都市への復讐を誓う『カレッジ』。その構成員の一人である桐霧静とは何度も死闘を繰り広げた。幾度となく行われた戦いの中で、もしかすると彼女とは奇妙な縁が生まれていたのかもしれない。
大覇星祭では、多くの知人を巻き込みながらもミサカを助けるために奔走した。結果的には足を引っ張り、美琴との決裂を招くことになってしまったが。互いの擦れ違いの結果、決定的な仲違いをすることになってしまった。あの時もう少し気持ちに余裕があれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
そして、暗部抗争を経て、夢の中で『ミサカ』と出会って。目が覚めた先で食蜂に発破を掛けられ、ミサカからの激励を受け……今まで知り合ってきた仲間達の協力を受け、ここまで来た。佐倉の馬鹿な願いのために、多くの犠牲と長い年月をかけてようやくここまで来たのだ。
「……馬鹿だよな、ほんと。俺も、お前も、みんなも」
残った左手を彼女の背中に回し、肩に顎を置く。右手が残っていれば彼女の涙を拭うこともできたのだろうが、無いものねだりをしても仕方がない。代わりに、一本の腕で強く、強く抱き締める。
「……許して、くれるの?」
もう抵抗する様子も見せない美琴がぽつりと呟く。それは、どういう気持ちから発されたものだったのだろうか。彼に対する仕打ちを強く悔いているのか。それとも、彼の気持ちを分かってやれなかった自分自身を責めているのか。ただでさえ精神的に打たれ弱い彼女のことだ、佐倉に負けないくらい馬鹿みたいな自己嫌悪で苦しんできたのだろう。ずっと一人で、誰に気持ちをぶちまけることもなく。
つくづく似た者同士だな、とそっと微笑んでしまう。無能力者と超能力者という似ても似つかない関係のくせに、精神的な部分はどちらも子供で、負けず嫌いで、すぐに抱え込んで。だから、自分達は惹かれ合ったのかもしれない、とも思う。
どちらにせよ、佐倉の答えは一つだ。
背中に回していた手を彼女の後頭部を支えるように移動させる。僅かに耳が赤くなるのを見て久しぶりに感じる日常を尊く思ってしまった。が、まだ終わっていない。
大量出血で今にも飛びそうな意識を繋ぎ留め、久方ぶりの笑顔を見せながら、佐倉は言った。
「許してやんねー」
「……は」
美琴の気の抜けた声が漏れる。インカム越しに聞いていたらしいリリアンも同様の声を上げていた。佐倉だけが、笑顔を浮かべている。
だが、これも彼なりに考えた結果の答えである。
「口だけで許すって言ってもどうせオメェは納得しねぇだろ。だから、許さねぇ。そん代わり、俺のことも許さなくていい」
「許さなくて、いい……?」
「あぁ。互いに許さずにぶつかり合って、馬鹿言って、悪態つき合って……いつか許せるその日まで、いつまでも隣で悪口言い合う。そんな仲がお似合いだとは思わねぇか?」
「そんな、仲……」
「そっちのが気ぃ遣わなくていいだろ。幸い俺もオメェも、人の気持ちに疎いって部分に関しちゃ超能力者級だからな」
「……なによソレ。結局、何も解決してないじゃない」
「そもそも何も変わっちゃいねぇよ。俺も、オメェも。初めて会ったあの日から、何一つさ」
変わる必要なんてなかった。変化を求める必要なんてなかった。
答えは最初から持っていたのだ。最強の力を求める必要なんてどこにも無い。ただ彼女の隣にいられるだけで幸せを感じていたあの頃の自分が、すべて正解だったんだ。
砂埃と砂鉄で汚れてしまった美琴の髪をクシャクシャと撫でていると、表情の見えない美琴が静かに呟き始める。
「……ゲコ太」
「あん?」
「アンタの怪我が治ったら、ゲコ太ショップに連れて行って。その後は買い物して、公園にでも出かけて……アンタの奨学金精一杯の金額で夕飯を奢って」
「……じゃあ俺も、一つだけいいか?」
「……なによ」
相変わらずの不愛想な口調。だが、ようやく取り戻すことができた彼女との日常だ。ずっと聞きたかったその声に内心安堵しながらも、佐倉は――
「好きだ、美琴。ずっとずっと、オメェの事が。……だから、どこにも行かねぇでくれ」
「……馬鹿。もう二度と放さないから。望がどれだけアホなことやろうと、絶対に」
その言葉を聞いて緊張の糸が切れたのか、ふっと佐倉の身体から力が抜ける。慌てて抱きかかえる美琴の腕の中で、佐倉は今まで見せたことがないような安らかな笑みを浮かべていた。運命に翻弄され続けてきた哀れな無能力者が、ようやく掴んだ幸せ。その一片を確かに噛み締めながら。
彼の短いようで長い戦いは、すべてが無駄に終わりながらも、ようやく終焉の時を迎えるのだった。
――――どこかで、『人間』の笑い声が聞こえていることに、微塵も気が付くこともなく。
次回、最終回です。