ビッグセブンとして生きてきた彼女なら、こんな葛藤を抱いているんだろうな。 と、思ったのが元でできました。
とある鎮守府の艦娘寮。
部屋では一人の艦娘が窓枠に肘を置きながら空を眺めていた。
空は艦娘の髪の色と同じ真っ黒な夜空が広がり、まばらに浮かぶたくさんの星が黒一色の空に光のアレンジを加えている。
「……。 今日は、静かな夜だな…」
整った顔立ちに腰までたなびく綺麗な黒髪を持つ艦娘。
しかし、彼女はただただ空を眺めては一人空しいため息をつくばかりであった。
「どうしたの、そんなため息なんかついて。 そんな様子じゃせっかくの幸せが逃げて行っちゃうわよ、長門姉さん」
「陸奥か…」
外を見ながら一人ため息を吐いていた艦娘、戦艦『長門』は部屋に入ってきた姉妹艦、戦艦『陸奥』にそう諭されると、「そう…だな…」と少し自嘲気味な笑みを浮かべ妹のほうに向き直った。
「明日の晴れ舞台にそんな顔で行ったら、提督や他の子たちも心配するわよ? それとも……」
陸奥はそう呟きながら長門の左手を見る。
彼女の薬指、そこには装飾のないシンプルなシルバーリングが部屋の明かりに照らされ輝きを放っている。
「後悔しているの? 提督との結婚に…」
ケッコンカッコカリ。
本来は艦娘の潜在能力を上げるため、大本営が編み出したシステム。
指輪の形をしたリミッターを身に着けることで艦娘の能力を底上げするというもので、結婚とは名ばかりの任務の一環に過ぎないものだった。
長門もまた、艦娘としてより力を得るために提督からケッコンカッコカリを受けるのだろうとばかり思っていた。
だが、現実は違った。
提督は長門を艦娘としてではなく、一人の女性として愛するためにこのケッコンカッコカリを申し込んだのだ。 『たとえ仮初の結婚でも、お前を想う気持ちは本物だ。 だから、これを受け取ってほしい』そう言われ、長門は提督からこのリングを受け取った。
そして明日、彼女は提督と共に横須賀にある教会で結婚式を執り行う予定だ。
これは本当に結婚するわけではなく、ケッコンカッコカリを行う艦娘と提督が雰囲気だけでも味わえるようにと大本営が用意したオプションで、希望者は申請すれば他の提督や艦娘を参列者として招き、この結婚式を行うことが出来るようになっているのだ。
「そんなことはないっ!!」
妹の言葉を聞き、思わず声を荒げる長門。
動揺する様子のない陸奥に、彼女は真っ直ぐ目を見返して言った。
「私はあの時、提督から想いを打ち明けられたことを心から嬉しく思っている。 そして、私もあの人に抱いているこの気持ちに偽りはない。 私は、彼のことが好きだっ!」
彼女の提督は軍師として優れていながらも、自分のために頑張ってくれている艦娘たちへの気配りを欠かさない男だった。
出撃や演習で勝利したときは共に喜び、負傷し戻ってきたときは心から心配し、誰からも想われる良き提督である。
それゆえ、提督を異性として好意を抱く艦娘は大勢いた。
長門もまたその一人だが、自分は他の艦娘たちのように積極的にアプローチをするような性格ではないことは分かっていた。
だからこそ、提督が自分をケッコンカッコカリの相手として選んでくれたときは、嬉しさのあまり提督に返す言葉が見つからなかったのであった。
「ただ…」
「ただ…?」
急に声を荒げたかと思うと、再び力なく言葉を吐露する長門。
陸奥は、姉の言葉をオウム返しに言う。
「ただ、怖いんだ…。 この私が、このまま幸せになっていいのか、と……」
「…、どういう事かしら?」
長門は膝に置いた手を握り拳にしながら静かに呟く。 顔は下を向き、結んだ手は何かに怯えるかのように小刻みに震えていた。
いつもの気丈な姉からはありえない様子に、陸奥も不安げに顔を覗かせる。
一体、何に恐れているのか…、と…。
「私は戦争に勝つために生み出された戦艦だ。 誰よりも多くの戦場に向かい、敵を殲滅する。 それが私の使命であり、そのためなら沈んだとしても本望だと、そう思っていた」
「そんな私にも共に戦争で戦う仲間がいた。 仲間達は、戦争に勝つことでこの国を平和にして、幸せな未来を過ごす。 そうすることが自分達の使命であり望みだと、そう語っていた」
「そして戦争は始まった。 私は戦艦として多くの敵を沈めて来たが、同時に多くの仲間が沈められていく姿も見てきた。 あるものは不意をつかれ、あるものは殿を勤め撃たれていき、中には私を庇って沈んでいった者もいたな…」
「平和な時代を生きたいと思ったものが沈み、戦争に勝つためなら沈むこともいとわないと思ったものが生き延びた。 なんとも皮肉な話だと思わないか?」
どこかあざけるように鼻で笑う長門。 そんな彼女に対し、陸奥は無言のまま姉の語りに耳を傾けていた。
「戦争は終わったが、その後私に待ち受けていたのは平和な未来ではなく、原爆の実験台という結末だった。 あのときの光と全身を焼かれるような痛みは今でも覚えている。 もっとも、他の仲間が沈む中、一人生き延びた私にはお似合いの末路だったと思うよ…」
「だが私は沈んでからも艦娘としてこの体と第二の生を受け、提督や皆と出会い今日まで生きてきた。 そして明日、私は提督と結婚する…!」
「だからこそ思うんだ…。 多くの仲間の犠牲のうえに生きてきた私が、幸せになっていいのかと…? 沈んでいった仲間達を差し置いて、艦娘として……いや、女としての幸せを一人享受していいのかと…!?」
肩を震わせながら、長門は一人声を張り上げる。
そう、彼女はずっと仲間達のことを思っていたのだ。
艦娘になる前の、第二次世界大戦の時の軍艦達のことを……
そんな長門の独白を一人静かに聞いていた陸奥は、小さくため息をつくと…
「…バカね」
そう言って、長門の肩に優しく手を置いた。
驚いた長門は、ゆっくりと妹のほうに顔を向ける。 目元には、泣いていたのであろう微かに涙の後が見られた。
陸奥は、まるで生徒に諭す先生のように優しく微笑むと、口を開いた。
「だからこそ、あなたは幸せになるべきなのよ」
そう口上を置いて、陸奥は話を続ける。
「他の子達は皆平和な未来を作るために、戦ってきたんでしょう? だったら、最後まで生き延びたあなたにはどんな未来になったか皆に伝える義務があるんじゃないかしら?」
「艦娘としてこの世に生を受けたのも、あなたにはまだやるべきことがあるからだと私は思うわ。 他の子たちの犠牲のうえに生きたのなら、なおさらね…」
「だから、あなたは提督と結婚すべきなのよ。 結婚して、艦娘として……女としての幸せを手にしたときは、沈んでいった子達に胸を張って言ってあげなさいよ」
「『お前達が守ってきた未来は、こんなにも素晴らしいものだったんだぞ!!』 …ってね♪」
人差し指を立てて、いたずらっ子のように微笑みながら話す陸奥。
そして、それを聞いた長門もまた、憑き物が落ちたかのように屈託のない笑みを浮かべ陸奥に顔を向けた。
「ああ、そうだな…」
そう言って、長門は陸奥の肩に両手を置いた。
正面から陸奥の顔を見る彼女の目は、迷いのない澄んだ目をしていた。
「陸奥。 明日、私は提督と結婚するよ。 堂々と胸を張ってな」
「だから、明日はお前に教会の一番前の席に来てほしい。 私の決意を、お前に見届けてほしいんだ」
「あら~。 提督とのキスシーンを目の前で見せ付けるなんて、姉さんもひどいわね~♪」
「い、いやっ!? 私は別に…、そんなつもりで言ったわけじゃ…!」
「うふふっ、冗談よ冗談。 そんな本気にしないで」
「む、陸奥――――!!」
顔を真っ赤にしながら怒る長門に、陸奥は意地の悪い笑みを浮かべながら部屋を後にした。
一人残された長門は、肩で息をしながら心臓が落ち着くのをじっくり待っていた。
「まったく、私をからかうとは…」
ふてくされるように呟く長門。 その表情に怒りの色は微塵も感じられなかった。
「……。 ありがとう、陸奥…」
長門は一人窓の外に目をやる。
外では相変わらず真っ黒な海と、それを照らす星空が浮かび上がっていた。
「お前達、私は明日結婚する。 そして、一生をかけて証明してみせるよ……」
「お前達の守ってきた未来は、こんなにも素晴らしいものだった。 とな…!!」
夜の闇で黒く染まった海を見つめながら、そう叫ぶ長門。
気のせいか、そのときの海は彼女の言葉に答えるように、ザザーン!と強く波しぶきを上げていた。