アニメでの天真爛漫な彼女の姿を見てたら、ふっと思いついた話です。
「ぱんぱかぱーんっ♪」
朝の日差しが差し込む執務室。
今日という日の始まりを伝えるかのように、明るい声と朗らかな笑顔を振りまきながら一人の艦娘が入ってきた。
青い制服と帽子に身を包み、彼女の特徴的な金髪のロングヘアーは朝の日差しの下綺麗な輝きをはなっている。
「おはようございま~す、提督。 今日もお仕事張り切っていきましょ~♪」
「ああ、おはよう。 今日も朝から元気だな、愛宕」
「だって、今日は私が秘書艦ですから頑張らないとね~」
そういって執務室に入ってきた秘書艦、重巡洋艦『愛宕』はスキップのような軽い足取りで執務室中央のソファーにやってくると、秘書艦の基本である書類作成の手伝いを始めるのだった。
「そういえば愛宕ってさ…」
「っ? なんですか、提督」
お互いがお互いの作業を進める中、不意に話を切り出す提督。
愛宕はいったん筆を止め、首をかしげながら提督のほうに顔を向けた。
「愛宕って、誰に対しても人となりがいいよな。 いつもいる仲間にはもちろん、初めて艦隊に来た子にも明るく接するし…」
「そうですか? 私にとってはこれが普通なんですけど~」
そう、提督が彼女と初めてあったときもそうだった。
『ぱんぱかぱ~ん』と言う掛け声と共に明るい笑みを浮かべる彼女に、提督はもちろん他の艦娘たちもすぐに彼女と打ち解けていった。
そんな彼女は初めて会う艦娘にも朗らかに接して仲良くなれる。 まさに、誰からも愛される存在なのであった。
だからこそ、提督はひとつ気になることがある。
「なんていうか、愛宕が誰かを本気で好きになるって言うのが想像できなくて…」
「ひどーい! 私だって、好きな人くらいいますよ~!」
頬を膨らませ、ふくれっ面で怒る愛宕。 しかし、その声に怒りはほとんど感じられない。 むしろ、微笑ましく見える。
提督は「へえ…」と短く返事をすると、いたずらっ子のような笑みを浮かべて聞いてきた。
「そいつは気になるな。 一体誰なんだ、愛宕が好きな相手ってのは…?」
その言葉を聞いた愛宕は、膨れっ面から一転、穏やかな顔つきになって提督に顔を寄せる。
それはまるで、どこか嬉しそうに秘密を打ち明ける少女を彷彿とさせた。
「あなたのことですよ、提督…」
提督の耳元でそう囁くように言う。
そんな彼女の答えを聞いた提督は…
「おっ、そうか。 俺も、愛宕のこと好きだぞ!!」
すがすがしい笑顔で愛宕にそう返事を返した。
ただ、それはいつも皆と話すような普通な話し方で、言い換えれば彼女の言葉を真に受けているとはいえない、そんな返事だった。
「うふふ、そういってもらえて私も嬉しいです♪」
いつものおっとりした口調で愛宕は答える。
しかし、そのときの彼女の笑顔はぎこちなく、どこか寂しげな様子をうかがわせていた。
昼の鎮守府の食堂。
愛宕は昼食のトレーを持って、いつも使っている窓際の席に向かった。
そこは窓から広大な海と空が眺められるので、彼女にとってお気に入りの席だった。
今朝の出来事からずっと離れない、もやもやした気持ちを晴らそうと席に向かったが、そこにはテーブルを挟んで向かいの席に先客がいたのである。
「あっ、こんにちわ愛宕さん」
笑顔で挨拶する少女、暁型の長女『暁』は昼食の甘口カレーを食べる手を止めこちらに手を振ってくる。
愛宕もそんな彼女に気付き、いつもの調子で挨拶しようと昼食のトレーを席に置くと、笑顔を振りまきながら両手を元気よく挙げる。
「アラ、暁ちゃん。 ぱんぱかぱ~ん♪」
いつも皆に行ってる彼女なりの挨拶。
他の駆逐艦の子達もまた、彼女の挨拶に同じように両手を挙げて元気よく挨拶してきており、暁型の皆もその一員だった。
ただ、今日は違った。
「……。 愛宕さん、元気ないじゃない。 何かあったの…?」
いつも彼女の元気な挨拶を見てきた暁。
だからこそすぐに気付いた。 愛宕の様子がいつもと違う、と…。
「えっ? …いやね、そんなことないわよ~」
確信を突かれたからか思わず動揺が顔に出てしまう愛宕。
そんなことないと自分に言い聞かせるように笑って誤魔化すが、暁はすさまじい剣幕で食って掛かる。
「嘘っ! さっきの挨拶だって、いつものような明るさがなかった。 暁のような一人前のレディなら、それくらい分かるわ!」
「それに、響が言ってたの。 『愛宕さんのような普段明るい人ほど、辛いときも明るく振舞って周りを心配させないようにする』って。 今の愛宕さん、どう見ても無理して明るく振舞ってる。 辛いこと隠して明るいフリしてる…」
「辛いときは無理せず辛いって言えばいいの! 一体何があったか知らないけど、暁だって話し相手ぐらいにはなれるわよっ!!」
真っ直ぐに、一心に愛宕の目を見る暁。
いつもの彼女からはうかがい知れないその気迫に、愛宕は「ごめんなさい、暁ちゃん…」と呟くと、自身の胸のうちを語りだした。
「今朝ね、提督に『好きな人はいるのっ?』って聞かれたとき、思い切って提督に告白しようとしたんだけどできなかった。 もし断られたらどうしようって思ったら急に怖くなって、それでいつもの調子で誤魔化しちゃって……」
「私ね、皆から明るいなんて言われてるけど、本当はただ周りから嫌われるのが怖くてあんなふうに取り繕ってるだけなの……」
「私、皆が思うような明るい性格なんかじゃない。 自分を見せることを恐れてるだけの臆病者なのよ……」
目に涙をためながら、彼女は独白のように暁に話す。
そう、彼女にとって『ぱんぱかぱ~ん』という挨拶は、自分を奮い立たせ明るく振舞うために行う、彼女なりのおまじないのようなものなのだ。
そうやって接する彼女の姿に、周りの者達も愛宕は明るく朗らかな性格なんだというイメージが定着してしまったのである。
本当の自分は明るくないし、朗らかでもない。
愛宕は、そんな周りのイメージと自身のギャップに知らず知らずのうちに苛まされていたのだった。
愛宕の独白を一人聞いていた暁。
彼女は最後まで愛宕の話を聞き終わると、真っ直ぐ愛宕の目を見返しながらこう言った。
「そんなことないわっ!!」
「本当に愛宕さんがただ臆病なだけなら、みんな愛宕さんのことこんなに好きになったりしないわ。 それに、いつも暁たちに挨拶する愛宕さんの姿、とっても明るく楽しそうにしてたもん!」
「だから分かるの。 愛宕さんは、本当はとっても明るく優しい人だって。 他の皆や司令官だって、きっと分かっている」
「今度は、思い切って言ってきなさい。 愛宕さんも暁と同じ一人前のレディでしょ? レディは、失敗なんか怖がらない。 愛宕さんの気持ちを正直にぶつければ、絶対司令官に伝わるわ!!」
目の前の小さな少女にそう諭された愛宕。
だが、彼女にとって暁の言葉は何より心に響いた。
自分の本当の姿を知ってなお、彼女は自分のことを真摯に励ましてくれたのだから…
「…うん、そうね。 ありがとう暁ちゃん、私行ってくるわ!!」
愛宕は目元の涙をぬぐい晴れやかな表情を見せる。
暁もまた、そんな彼女を見て笑顔で頷いた。
食堂を後にした愛宕はしっかりとした足取りで執務室に向かう。
決意を秘めた顔つきで部屋に入ると、
「おっ、どうしたあた…」
「聞いてください提督っ!!」
「な、何だっ?」
提督が気づくより早く、真っ直ぐ彼に詰め寄った。
「私は、あなたのことが好きです。 皆と同じ艦隊の仲間としてではなく、一人の女としてあなたのことが好きなんです。 今朝の冗談めいた告白も、本当は本気で言おうとしたけど怖くて言えなかったんです」
「でも、今度は取り繕いません。 これが、私の正直な気持ちです。 だから、どうかあなたの返事を聞かせてください…!」
自らの思いの丈を告白し、彼女は真剣なまなざしで提督からの返事を待った。
先ほどからずっと心臓が早鐘のように鳴り、今にもここから逃げ出したい衝動に駆られる。
それでも愛宕は必死に耐えた。
『一人前のレディは失敗なんか怖がらない』
そう教えてくれた小さなレディと、何より自分自身のために……
提督は愛宕の告白を聞いてしばらく沈黙していたが、決心がついたかのように微かに微笑むと口を開いた。
「ごめん、愛宕…」
それが彼の第一声だった。
提督の言葉を聞いて、愛宕は瞳を閉じた。
『ああ…。 私、フラれちゃったんだ…』
そう思い、彼女は心で泣きながら笑顔を作り、提督に返事を返そうとした。
しかし、提督の話はまだ終わっていなかった。
「お前がそんな真剣だったなんて、俺はちっとも気がつかなかった。 …いや、気付かないフリをしていたのかもな」
「俺も、あの時は本気で言おうとした。 …でも、できなかった。 お前に『冗談ですよ、本気にしないでください』って言われるのが怖くて、つい…」
「でも、お前が正直に答えてくれた以上、俺も正直に答える!」
「愛宕、俺もお前のことが好きだ。 提督としてじゃなく、一人の男としてな!」
突然の想い人からの告白。
さっきまでフラれたと思っていた彼女にとって、初めは何のことか理解できずにいた。
だけど、提督の言葉が自分への告白と気付いた愛宕は大きく目を見開き、真っ直ぐに提督へと顔を向けるのだった。
「ほ、ホントに? 本当なんですか…!?」
「言ったろ? 正直に答えるってな」
「は、はいっ! 私、嬉しいですっ!!」
嬉しさと感動が入り混じった思いを胸に、彼女は両手を顔にやり歓喜の声を上げる。
そして、顔に手をやったとき彼女は気付いた。
頬を伝って流れる涙。 笑顔で涙を流す自分の表情に…
「お、おかしいですね提督。 私、嬉しいはず、なのに……」
困惑の色を隠せず動揺する彼女に、提督は愛宕の頭をなでながら優しく囁いた。
「いいんだ、それで…。 笑いたいときは笑えばいい、泣きたいときには泣けばいいんだ。 だって…」
「俺は、お前のそんな素直な所を好きになったんだからさ…」
そう言って、提督は暖かい微笑みを浮かべながら愛宕の頭をなでる。
彼女もまた、何も言わず提督に抱きつき泣き崩れるのであった。
次の日。
「ぱんぱかぱ~ん♪」
「ぱんぱかぱ~ん♪ おはよう、愛宕さん」
「うん、おはよう暁ちゃん。 今日も一日よろしくね」
鎮守府の廊下で、二人はいつもの挨拶を交わすとお互い今日の仕事をこなすべく、廊下を後にしていった。
そのとき、暁は昨日のことについて愛宕に何も聞かず、愛宕もまた暁には何も言わなかった。
でも、暁は愛宕がうまくいったんだと気付いていた。
廊下で交わした挨拶。
彼女の、前より明るく楽しそうな挨拶がすべてを物語っていたのだから。