ふと思いついたので上げてみました。
願いの形は人それぞれ、貴方の願いは他の人にはどう見えるんでしょう?
ある鎮守府の執務室。
ペンを片手に執務をこなす提督は、ふと窓の向こうに目をやる。
ガラス越しに見える外の景色は深夜の時を示す宵闇を映し出し、眼下に見える青い海を漆黒の色に染め上げていた。
20代という若さで将官になった彼は、年の割りに落ち着いた物腰で「ふう…」と小さくため息をつく。
自分の部下である艦娘たちが、海で深海棲艦という怪物たちと戦っているように、彼もまた目の前の書類の束という敵と格闘し、現在少し疲労困憊に陥っていたのだ。
「提督、今日もお疲れ様です」
そんな彼をねぎらうように、一人の艦娘が湯気の立つ緑茶を片手に執務室へやってきた。
柔和な笑みを浮かべお茶を差し出す彼女に、提督も思わず笑顔でお礼を言った。
「ああ、ありがとう鳳翔。 君もいつも秘書艦を勤めてもらってすまないね」
「お気になさらないでください。 貴方と私の仲じゃないですか」
「はは… そういわれると、なんだか照れくさいな」
提督はお茶をすすりながら彼女の左手に視線を向ける。
白く、ほっそりとした彼女の指にはまった指輪。 部屋の明かりに照らされ銀色の光を放つその指輪を見て、提督もおのずと笑みがこぼれた。
ケッコンカッコカリ
大本営から任務の一環として送られた物で、この指輪をつけると艦娘の潜在能力を底上げして、より戦力を強化できるという代物だ。
しかし、これは能力の強化と同時に相応の過負荷がかかるため、最大錬度……すなわち限界まで能力を引き出した艦娘にのみ使用を許されている。
故に、このケッコンカッコカリを行った者はほとんどが戦艦や空母といった元の能力が高い艦娘ばかり……と思われていたが、実際は駆逐艦や潜水艦といった元の能力が低い艦娘とケッコンカッコカリを行った者も大勢いるという。
その理由の大半が、擬似的なものといえ好きな艦娘と結ばれるからというきわめて感情的なものだ。
それに戦艦や空母とケッコンカッコカリを行った者達も、戦力強化より先の理由で行ったという者がほとんどだった。
そして、こうして目の前にいる鳳翔とケッコンカッコカリを行った彼もまた、彼女の穏やかな性格に惹かれてという理由で彼女を選んだのだという。
「君達の頑張りのおかげで、確実に戦局は良くなっている。 皆が夢や目標のために生きていける未来もそう遠くないだろう」
「それは提督の頑張りもあってこそ、ですよ。 あの子達のためにも、提督のためにも、私も張り切ってお手伝いさせていただきます」
笑顔を絶やさぬ鳳翔の言葉に、提督も静かに頷きお茶をすする。
こうして彼女の笑顔に癒されながら、おいしいお茶を飲む。 これも提督が彼女を好きになった理由の一つなのだ。
「そういえば、君にも夢があったんだよね?」
「……覚えてて、くれたんですね」
「もっちろん。 夢を語った後、君が気恥ずかしそうに顔を赤くしてたことも覚えているよ♪」
「も、もう提督ったら…!」
提督に言われそのときの事を思い出してしまったのか、鳳翔はむくれながら提督を睨む。
しかし、同時に内心嬉しくもあった。
なにせ、自分の大好きな人が自分にとって大事な夢を覚えててくれたんだから……
鳳翔には夢があった。
それは、大好きな人と二人で小さな料理屋を営むこと。
艦娘でありながら戦うことより料理を作ることが好きだった彼女は、秘書艦業務をこなす傍ら食堂で皆の食事作りも担当していた。
提督は働きすぎじゃないかと心配したが、鳳翔は自分が好きでやっているから苦にならないと笑顔で答えていた。
それゆえ、彼女の料理の腕は誰もが認めるほどであり、艦娘として戦うことがなくなってからも、十分やっていけると皆から賞賛されていた。
自分の大好きな人と大好きな料理を作りながら過ごす。
それが艦娘として生まれた彼女の切なる夢なのだ。
鳳翔の夢の話を聞いて、昔を懐かしむかのように思い出す提督。
「そう、それが君の夢だ。 しかし…」
ちらりと残ったお茶に目を落とす。
微かに残ったお茶には、どこかもの悲しげな彼の顔が映っていた。
「…俺には、君のその夢をかなえてやれそうにないんだ」
提督の突然の言葉に鳳翔は目を見開くが…
「…そう、ですか。 し、仕方ありませんよね。 今は戦時中ですし、所詮夢は夢ですから……」
すぐに必死に笑みを取り繕って誤魔化した。
自分の大好きな人に、自分のことを大好きだといってくれた人に自分の夢は叶えられそうにないといわれたこと。
正直とても辛かったが、それ以上に悲しい顔をしてあの人に余計な心配をかけたくない。 鳳翔はそういう女だ。
彼女の夢は自分の大好きな人、すなわち彼を差し置いて叶えられる者はいない。
その彼から自分の夢を叶えられないといわれた悲しさ。 今はただそれを取り繕うのに必死だった。
あふれ出そうな悲しみを押し殺し、どうにかこの場を離れようとしたとき、提督は言った。
「…違う、そうじゃないんだ」
「えっ?」
突然鳳翔を引き止める提督。
困惑の声を上げる彼女に、提督はどこかばつが悪そうな顔で話す。
「俺が言ったのは、君に小料理屋をやらせてやれないということじゃないんだ」
「それは……どういう……?」
「君はあの時、二人で小料理屋をやりたいと言っていた。 でもね、俺は二人じゃなく三人でやりたいと思っているんだ」
「えっと… 私と提督と、あと一人というのは一体誰なんですか…?」
自分以外にやりたい人がいる?
それが誰なのか全く心当たりがなく、頭に疑問符をつける鳳翔。
そんな彼女の顔を見ながら、提督はにっこり笑って言った。
「ああ、あと一人というのは……」
「これからつくるのさ♪」
その言葉を聞いたとき、鳳翔は彼の言ったことを理解した。 いや、理解してしまったというのが正しいか。
綺麗な彼女の顔は耳まで真っ赤に染まり、思わず顔を両手で覆いながら鳳翔は恐る恐る尋ねてみた。
「…え、えと…… それって…つまり… そういう…こと…ですか……?」
「そういう事さ。 では早速で悪いが、お互いの夢の実現のために君にはもうひと頑張りしてもらおうか」
そういうと、提督は鳳翔をお姫様抱っこで抱え上げた。
落ち着いた性格とはいえ、彼もまた一人の男。 愛する女性と二人きりになって、そのような劣情を抱えるのもまたやむなしなのであった。
「ちょちょ…、ちょっと待ってください! あの、突然そんな事言われても、私…!!」
「あれ? もしかして、嫌だったかな?」
突然の事にどぎまぎしながら慌てる鳳翔。
しかし、提督はそんな彼女に意地の悪い笑みを浮かべ、意地悪な質問を投げかけてくる。
「いえ… 私も嬉しいですけど……。 その、まだ心の準備というものが…!!」
「すまないが、俺はもう待てないんだ。 できることなら今すぐにでも君の夢を叶えてあげたい。 そのためにも、三人で小料理屋をやるという俺の願いをかなえてもらえないかな?」
「うう… そんな風に言われたら、断れないじゃないですか……」
提督の腕の中で縮こまる鳳翔に、改めて愛おしさを感じる提督。
やっぱり彼女を好きになってよかった。 必ず、彼女と俺の願いをかなえよう。 そう心に誓って、彼は執務室を後にするのであった。
「それではこれより……」
「我、夜戦に突入する!!」
「あ、あの…! ちょっ……!!」
この後、彼女のお腹に新しい命が宿ったこと。 その命を守るため、提督と共に新たな戦いの日々に身を投じる事になったのは、また別のお話である。