「咲、朝やで。」
誰かが自分の体を揺らしていた。寝ぼけ眼をこすりながら咲はのっそりと起き上がった。外はいつの間にか朝になっていた。
「昨日1日初戦の相手のビデオ見てて疲れてるんは分かるけど、流石にそろそろ起きないとミーティング遅れるで。今日からうちらシード校も試合なんやから。」
そう言って咲を起こしていたのは例のごとく泉であった。案の定風香はまだ寝ていた。
「ってか咲、ヨダレ垂れてるで。」
「ふぇ!?あ、本当だ!」
咲は慌てて手の甲で拭った。そして急いで支度し始めた。まだ昨日の疲れが少し残っていたからか、少しフラフラしながらだったが。
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咲たちは昨日、各自の部屋で次に当たる対戦校の試合を永遠と見させられた。その相手は、兵庫県代表劔谷高校、奈良県代表晩成高校、そして長野県代表龍門渕高校である。
「やっぱり全国の強豪が集まるだけあってどこも強いね。」
3校の試合を見終えた後、風香は言った。「牌に愛された子」と言われる天江衣有する龍門渕はもちろんのこと、他の2校も負けず劣らず実力があるところだと3人とも感じていた。
「咲とあたる龍門渕の副将の龍門渕透華もなかなか厄介そうな相手やな。勝てるか、咲?」
「・・・・勝つ負ける以前に、戦っちゃいけないんだと思う。」
「どういうことや?」
「千里山の今回の策は中堅までで試合を終わらせることだったでしょ?仮に私の番まで回って来るようだったら白糸台には確実に勝てない...最悪お姉ちゃんの言ってたように先鋒戦だけで決着がつくかもしれない。だからこの試合は中堅までで終わらせて、副将に回さないようにしなくちゃいけないんだと思う。」
「なかなか厳しいこと言うなぁ...」
泉は咲がこんなことを言うとは思ってもみなかった。ただ、確かに咲の言う通りここで苦戦しているようなら白糸台には勝てない。改めて現状の厳しさを思い知らされた。
「でも私は先輩たちなら大丈夫だと思うよ。先輩たちの実力は十分知ってるし、監督もそれを分かってるからこの策をとったんだし。」
「そうそう!千里山はここで負けるほど弱くないし!」
「・・・・そうやな。それなら明日咲が寝坊しても大丈夫やし。」
「それは起こしてください...」
咲は小さい声で返事をした。
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『春季大会1回戦も終わって現在2回戦が行われています。実況は私針生えり、解説は三尋木プロでお送りします。さて三尋木プロ、既に2校、白糸台高校と姫松高校が準決勝への切符を手にしましたがこれについてはどう思いますか?』
『白糸台はインハイ優勝校、姫松は決勝には行けなかったものの5位という十分な結果を残しているしこれと言った番狂わせはなかったからねぇ。妥当な2校が残ったって感じかな。』
『しかし白糸台は、以前まで副将を務めていた弘世菫を次鋒に、大将を務めていた宮永照を先鋒にするという今までとは違った形にしてきました。そして先鋒戦で宮永選手が飛び終了もさせましたし。』
『いやぁ、でもそんなに意外なことでもないと思うよ。彼女は白糸台一のスコアラーだし点を取りに行くっていう意味では当然だと思うけどね。...ただ、それだけの理由じゃない気もするんだけど。』
『他にどういった理由があるんですか?』
『わかんねー!何となくそんな気がするだけだし。』
『・・・・それでは次の試合の先鋒戦に出場する選手の紹介です。まず最初に画面に映りましたのは、前年の秋に開催された近畿大会で準決勝まで駒を進めた兵庫の強豪、釼谷高校です。先鋒を務めますのは3年の椿野美幸です。』
『釼谷の麻雀部は本来茶道部なんだってね。』
『そうですね。大会に出場するために麻雀部にしているらしいですしけど。さて続いては、過去40回のインハイにおいて39回も出場している奈良県一の強豪、晩成高校です。先鋒は3年の小走やえです。』
『運要素の強い麻雀でここまでインハイに出てこられるのは晩成の強さを示しているようなものだね。』
『特に小走選手は県内でも一二を争うほどの選手ですからね。準決勝へと上がってくる可能性は十分あると思います。そして続いては、長野の強豪、風越女子を抑えて昨年インハイへと進み準決勝まで快進撃をみせた長野の龍門渕高校です。先鋒は2年の井上純です。』
『間違いなく優勝校のひとつと言えるだろうね。準決勝で臨海女子が飛び終了をさせられていなかったら決勝に駒を進められてたかもしれないし。』
『なかでも天江選手は宮永選手や神代選手と同じく、『牌に愛された子』と言われていますからね。そして、最後に姿を見せたのは激戦区の北大阪を11年連続、35回制しており、インハイでは4位という成績を残した今大会シード校のうちの1校、千里山女子高校です。先鋒は3年の園城寺怜です。』
『彼女のデータはあんまりないんだよね。遡ってみても秋季大会が彼女にとって初の公式戦ぽいし。ただ、実力は十分にある選手だと思うよ、千里山の先鋒を務めるくらいなんだし。』
『園城寺選手以外にもかなり強いメンバーが勢揃いしてますからね。そうすると千里山が決勝まで上がってくる確率はかなり高いことになりますかね?』
『いやぁ、分かんねぇ!』
『・・・・』
『そもそも、麻雀は運が大きく左右するものだから、素人がプロに勝つこともできなくはないよ。ただ、そんなセオリーを壊せるほどの何かを持っていた時どうなるのか...』
『どうなるんですか?』
『いや知らんし。』
『・・・・』
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「針生アナなんかすごいイライラしてるように見えますけど...」
控え室に着いた千里山女子麻雀部の一行は、先鋒戦に出場する怜を見送った後テレビで中継を見ていた。
「三尋木プロと針生アナはいつもあんな感じやで。せやけどあれで案外仲がいいんや。」
風香の質問には洋榎が答えた。
「ちなみに、三尋木プロを福与アナに変えても同じことになるで。」
「福与アナは三尋木プロ以上に手がつけられない気がしますけど...」
泉が苦笑いを浮かべたとき、奥の方で座っていた咲が恥ずかしげに言った。
「私ちょっとトイレに行ってきます...」
その言葉を聞いた瞬間、風香と泉はほぼ同時に声を上げた。
「そんなら、うちもついていくで!」
「咲ちゃん1人じゃまた迷子になるかもしれないから私もついていくよ!」
「だ、大丈夫だよ2人とも。トイレまでそんなに距離が遠いわけでもないから1人で行けるって。」
頑なに咲は拒むものの、2人は前に咲の方向音痴ぶりを目の当たりにしたため、なかなか折れなかった。そして、最終的に、
「分かった。それじゃぁ、私の携帯咲ちゃんに持たせとくからもし迷ったらこれ使って!電話の仕方だけ今教えちゃうから!」
「でも私機械音痴だし...」
「ここで電話番号入力すればいいだけだから。」
「そんでこれがうちの番号や。何かあったらこれに電話し。」
「えらく咲を心配しとるな。やり過ぎちゃうか?」
「甘いですよ清水谷先輩。咲の方向音痴スキルは並大抵のものではないですから。」
「なんか逆に気になるわ...」
そんな会話をしているうちに、咲は既に部屋を出ていた。
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「え、咲ちゃん迷わなかったの!?」
「奇跡が起きた...」
咲が戻ってくるなりなかなか失礼なことを言った風香と泉であった。咲がかなりの方向音痴であることを知っていれば、ついそんなことを言ってしまうのも致し方ない気もするが。
「大丈夫だったよ。近くに人がいたから...」
「あぁ、道聞いたんやな...」
やっぱり咲は迷ったんだ、みたいな顔をされたことに咲は多少ムッとした。
「・・・・それで、試合はどうなってます?」
「もうすぐ終わりそうやで。」
『試合終了です!なんということでしょう、千里山女子の園城寺選手が釼谷高校を飛ばして先鋒戦だけで決着をつけてしまいました!』
『いやぁ、凄かったねぇ。龍門渕も必死に流れを変えようとしたんだろうけど及ばなかったって感じだね。』
『そしてこの瞬間、準決勝へと駒を進める高校が決定しました。圧倒的大差をつけた千里山女子高校、そしてその千里山になんとか食らいついていった龍門渕高校、この2校に決定です!』
「今帰ったで。」
部屋の扉を開けて怜が入ってきた。
「おかえり怜!今日の試合凄かったな!」
「なんか今日は調子良くてな。体力もそんな使わんかったし。」
そう言いつつ怜は竜華の元へ行き、横になった。
「この調子なら次の準決勝も大丈夫そうですねぇー。」
「今日調子良くて次ぎやる時には悪くなってる、ってことはやめてや。」
「いらんフラグ立てんといて。それで調子悪かったら洋榎のせいにするからな。」
洋榎の冷やかしに怜はそう答えた。
部屋は暖かな雰囲気であった。今はまだ...
選手解説をそこそこ細かく書いているのに、実際の試合をざっくり書く作家がいるらしい...どうしてこうなった...
正直、書いたとしても『一巡先→立直→一発→連荘』のエンドレスになりそうだったのでカットしました。
また、咲ちゃんがトイレ行った後、道に迷って衣と遭遇するという設定に本来してたんですが、なかなか話が続かなかったんでこうしました。書くとしたら準決勝終わってからかなとか考えてます。
そんなこんなで話を考えていたら、オマケ考えている余裕がなかったので次回に持ち越させていただきます。