咲たちはハギヨシの用意した場所─と言っても会場の休憩所の一角に雀卓を用意したものだが─に着いた。
「ハギヨシ、何でここにしたんだ?車の中でも良かったのに。」
「千里山の皆様が急いでいらっしゃるようだったので、すぐにできる場所をと思ってここに致しました。車は準備に10分程かかってしまうようだったので。申し訳ございません。」
「いやいや、あの短時間で雀卓をここに用意できること自体凄いと思いますよ!普通の人ならこんなに早くできませんし。」
「ハギヨシは龍門渕家の執事だからな、これくらいはできるぞ!まぁ、衣は麻雀ができれば場所にはそこまでこだわらん。それより早く始めるとするぞ!」
意気揚々と卓へと向かおうとする衣に、泉が待ったをかけた。
「ちょっと待ってください、この試合って天江さん、咲、風香、それとうちの4人じゃないですか?そうすると千里山メンバーが3人になって天江さんには不利になったりするんじゃないですか?うちら3人が組むかもしれないですし。」
「そんなこと、衣は気にしないぞ。むしろ3対1でもいいくらいだ。決着の付け方は誰か1人でも衣より点数が高いものがいたらお前達の勝ち、逆に衣に誰も点数が及ばなかったら衣の勝ちでどうだ?」
自信満々に衣は言った。相当勝つ自信があるようだ。無理もない、『牌に愛された子』と呼ばれるうちの1人、実力はかなりのものである。
「わかりました。それならこっちは3人でいかせてもらいます。」
泉は衣の提案を呑んだ。
「よし、試合を始めるぞ!」
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東一局
東:天江衣 25000
南:二条泉 25000
西:宮永咲 25000
北:柳楽風香 25000
泉は顔を上げて2人の方を見た。2人も泉と同じようにそれぞれの顔を見ていた。どうやら3人とも考えていることは同じらしい。
(この勝負、まともにやり合っても多分勝てない。そうすると、3人のチームワークが大事になってくる。私は、いずみんが鳴けそうな牌をできるだけ流して、)
(うちは風香の鳴けそうな牌を鳴いて天江さんになるべく番を回さず、逆に咲になるべく多くツモる機会を与える。場合によっちゃ、咲に差し込んだりもする。)
(そして、私はなるべく早く和了にいく。嶺上開花ができれば役のない手であっても和了れる。)
3人それぞれが自分の役割を再確認した。
そして東一局が始まった。
(8巡目、うちが三副露しとるけど役はない。その代わり、咲が二副露で聴牌している気配がある。今うちは咲に差し込めそうな牌を持っとらんけど、きっと咲ならあがってくれる!)
泉のそんな期待に応えるかのように、咲がツモってくると
「カン」
そう言うと、王牌から嶺上牌をとってきて、
「ツモ。嶺上開花、ドラ4で2000,4000です。」
咲はどこか安堵の表情を浮かべながら言った。
東一局天江衣の親番をものにして、かつ衣の親番を流せたことはかなり大きい。だが、ここで終わるほど相手は甘くない。仕掛けてくるとしたらここの可能性が高い。咲はそう思っていた。
(・・・・予想外だ。今の嶺上開花、まぐれで出来た役とは考え難い。もしかすると、衣と似たような能力の持ち主なのか...)
衣は衣で、咲の異様なあがり方に違和感を感じていた。
(それに加えて3人で連携をとってくるから、なかなか止められん。衣が言い出したこととはいえ、少々厳しかったかもしれんな...だが、)
そのとき衣から、先程と同じくらいのオーラが発せられた。
「その程度の戮力、衣には通用しない。咲の和了方も見れたことだし、そろそろ御戸開きといこうか。」
(さっき感じたオーラと同じだ...やっぱり、ここから本領発揮なのかな。)
(天江さんの試合のデータを見ていた限り、天江さんは高めの手であがることが多かった。そうすると、次は高めであがるのかも。)
(この感じはヤバイな。咲には早くあがってもらって、この試合をちゃっちゃと終わらせた方が良さそうやな。)
3人はそれぞれ、衣が何かを仕掛けてくることを察してはいた。しかし、それは想像を上回るものであった。
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東二局 親:二条泉
(あれ、手が全然進まない...)
配牌が一向聴出会ったにも関わらず、咲は終盤になってもそこから手が全く進められていなかった。
風香と泉も咲と似た状態であり、加えて咲に差し込むことさえできないでいた。
(もうすぐ終局...結局、一向聴から一向に進めなかったし、差し込むこともできなかった。もしかすると、これは天江さんの力のせいなのかな?)
風香がそう思いながら牌を捨てた時、下家にいた衣が鳴いた。
「チー」
(この場面でチー?なんでもう終わるって時に鳴いたんだろう?)
不思議に思っていたが、その理由はすぐにわかることとなった。
海底牌、本来風香が引くはずであった牌を、チーをしたことによって衣がひいてきた。そして、
「ツモ。海底撈月で400,700だ。」
咲たち3人は目の前の光景に、目を疑っていた。
これが偶然であると割り切れれば話は終わる。しかし、風香から鳴いて自分のところへ海底牌を持ってきて海底撈月であがったのである。そして、これに似たような能力を持った自分がすぐ近くにいることから、偶然と考えることが出来なかった。
「さぁ、続きを始めようか。」
衣は不敵な笑みを浮かべながらそう言った。
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決着が着いた。あの後、一向聴から手を進めることが出来ず、衣に海底であがられ続けた。誰も衣を止めることが出来なかったのだ。
「ふむ、思っていたよりかは楽しめたぞ。だが、衣を満足させるにはまだ程遠い。次に対戦する時には衣を楽しませられるほどになっていて欲しいものだが。」
衣はそう言うと、ハギヨシを連れて帰っていった。
「・・・・勝てへんかった。3人で組んでも何もできんかったし...」
「あれが全国の実力なんだ...私たちじゃまだ足元にすら及ばないのかな...」
「カンすることもできなかったし...どうすれば勝てるんだろう...」
咲たちは自分たちと衣との実力差を痛感させられ呆然としていた。
「その様子だと、相当コテンパンにされたようやねー。」
そんな咲たちのもとへやって来たのは憩であった。
「荒川先輩!?どうしてここへ!?」
予想だにしない出来事だったため、咲は声を大きくしてしまった。
「そんなに声を大きくせんでええよ。咲ちゃんたちを迎えに来ただけやし。」
「それってもう先輩方は戻ってるってことですか?」
「まだ戻ってきてないよ。多分咲ちゃんたちが落ち込んでるやろうなって思ったからここに来たんだよ。」
憩は衣との試合で、咲たちがどうなるのかあらかた想像出来ていたらしい。
「やっぱり衣ちゃん強かったでしょ?」
「はい。海底であがってきたり、一向聴から手を進めさせないようにしたりで全然自分たちのペースに出来なかったです。」
「やっぱりあの海底はまぐれじゃなかったんだ。去年のインハイでも1回か2回やってて、偶然かなって思ってたけど能力だったんだねー。」
「・・・・荒川先輩、どうやったら天江さんに勝てますか?」
咲のその質問に憩はうーん、と考えて一つの結論を出した。
「やっぱり対戦経験を積むことかな。咲ちゃんに限らず、風香ちゃんや泉ちゃんはまだまだ経験が浅いから、その場その場の対応が出来ない気がする。それに、自分の弱点や逆に強みをまだ理解出来てないような気もするし。」
「対戦経験ですか...」
咲は自分の今までのことを振り返ってみた。確かに、お姉ちゃんとくらいしか今までやってこなかった。中学の頃にもやったにはやったが、一回だけであった。
「対戦経験を増やすには、多くの人と出会ってたくさん打っていく必要があるからね。そこでの経験を自分のものにしてくんはなかなか大変やと思うけど...とりあえず、一旦ホテルに帰ろうか。」
憩は3人とともに、ホテルへと戻っていった。
次回で春季大会編は完結かなぁと思ってます。
その次からは、憩ちゃんの言っていた「対戦経験を積む」ということで、色々な人と戦わせていくつもりです。インハイの時にはどれだけ成長するのでしょうかねぇ。