東一局
東:荒川憩 25000
南:戒能良子 25000
西:宮永咲 25000
北:藤白七実 25000
「いやぁ、それにしても高校生と打つなんて久しぶりやわ!なんや昔に戻ったって感じやな。」
「七実、セリフがおばさんみたいになってる...」
対局室についてそれぞれの席に座った後、七実がそう言うものだから良子がツッコんだ。
「それじゃ始める前に一言だけ、ドボンのルールをなしにしたから私達もそれ相応にやらせてもらう。」
「それってマイナスで終わらせるってことですかぁ?」
「オフコース。ま、あくまでそれくらいの気でやらせてもらうってことだ。だから、2人とも最初から全力でかかってきていいからね。」
「もちろん、最初からそのつもりです!」
「プロ相手でも勝ちに行く気でやらせてもらいますぅ!」
咲と憩は気合十分といったところである。
(まぁ、全力を出すわけにはいかないがな)
良子はそう心の中で思った。
そう易々と自分の手の内を見せるわけにはいかないし、何より2人の実力がどれくらいなのかまだわからない。特に咲は、姉である照と似たようなものを感じたことからことさら警戒していた。
(そうは言ってもプロとして負けるわけにはいかない。とりあえずまずは先にあがっておこう。)
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三巡目
「リーチ」
良子はそう言って卓にリー棒を置いた。
(早い、三巡目で聴牌って...)
(おぉ、最初からとばしてくきやな。)
(親番流されんようにせんと。)
三人それぞれが良子に注意を払ったが、無駄であった。
「ツモ。立直、一発、門前、三色の2000,4000です。」
早々に良子があがった。
「いやぁ、流石やな。最初から本気とは。」
「まだ本気じゃないことくらい、七実は分かっているだろ。それにここであがっとかないと、次の私の親番での連荘を阻止しようとする人の対応ができないからね。」
「おぉ、いったいそんなおっかない奴とは誰のことやら。」
すっとぼけたように七実が言った。普段からこんな調子だが、麻雀となると侮れないということは良子がよく知っていた。
(七実も本気とまではいかなくとも、私の連荘は阻止しに来るはず。しっかり注意しとかないと。)
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東二局 親:戒能良子
(よし、はった。もう終局しそうなところやけどあがれるかどうか...)
七実は自分の手牌を見た。
{五[五]六七八⑦⑧4678白白白}
({⑥}が来れば三色がつくけど、場に既に3枚でとるから厳しいか。ここは{⑨}でも仕方ないか。)
終局が近かったため、七実はリーチをかけないで{4}を切った。
すると良子の番のとき、良子は{⑨}を捨てた。
「ロン。役牌、ドラのみや。」
「私のであがってよかったのか、七実?」
「?どういうことや?」
「そのまま流しておけば自分で{⑥}ツモれたのに。」
それを聞くやいなや、七実は本来ひくはずであった山にある牌をめくった。そこには{⑥}と刻まれていた。
「良子ちゃん、これを知っててわざと{⑨}を捨てたんか?」
「なんとなくそんな気がしただけ。ツモられるより、ここで{⑨}を捨てた方が他の牌を捨てるよりいい気がしたから。」
「・・・ほんま、勝てる気せぇへんわ。」
七実は驚き呆れていた。
それを傍らで見ていた咲と憩たちも同様に、良子の強さを実感していた。これがプロの実力なんだと。
また、憩はそれとは別のあることに気づいた。
(うちも聴牌していて待ちの形もよかったのに、いっこうにアガリ牌が出てくる気配がなかった。ほぼ全部、戒能プロのところで止められてた。)
底知れぬ相手の実力に、憩が照に感じた恐怖心と似たようなものを感じていた。
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東三局 親:宮永咲
(今度こそ、今度こそはあがってみせる。)
憩のその決意と自身の能力がうまく噛み合ったのか、配牌時点で一向聴の手であった。さらに、一巡目に引いてきた牌で聴牌になった。
「リーチ!」
憩がダブリーをかけた。
(戒能プロがうちの手を止めるか、それともそれより早くうちがあがるか、勝負ですぅ!)
(憩から何か強い意思を感じる。やはり、個人戦2位の実力はダテじゃないってことか。)
良子は警戒しながら牌を捨てていくが、今回は憩が良子を上回った。
「ツモ。ダブリー、門前、断幺九、ドラ2の3000,6000ですぅ。」
「止められなかったか。今回はやられたよ。」
「流石は憩ちゃんや。やっぱり実力あるなぁ。」
プロ2人が素直に感心していた。憩も褒められて満更でもない表情をしていた。
その様子を、咲はただ見ていることしかできなかった。
(やっぱり、荒川先輩は凄いなぁ。プロ相手に怯まずに戦ってる。それなのに私はまだ何も出来ないでいる。手牌に暗刻はあるのに、もう一つの牌がいっこうに引けない。いつもの調子が出ないし、このままじゃあがれないまま終わっちゃうかも...)
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東四局 親:藤白七実
(藤白さんがあがらなければ、東場はこれが最後。せめてここであがっておきたい...)
咲は少し焦りを感じていた。今までも、東場であがれなかったことは何回かあった。が、今回はそれまでのものとはわけが違う。相手はプロ2人に、個人戦2位の実力がある先輩である。ここであがれないようでは、南場に入っても結局あがれない、そんな気がしていた。
その焦りが手牌にも影響していた。
(あれ、暗刻が一つもない。それどころか、対子も1個しない...どうしよう...)
(咲ちゃん、相当焦ってる...その焦りが命取りになるかもしれんのに。)
憩のその考えは当たってしまった。
「ロン。6400。」
咲の捨牌で良子があがった。
「どうしたんや、咲ちゃん?今の{六}、二巡前に良子の捨てた{七}の裏スジやんけ。」
「あ、すみません。少しぼーっとしてて...」
「謝る必要はないけど、大丈夫か?気分悪いとかか?」
「いえ、大丈夫です。ご迷惑をおかけして申し訳ないです。」
そうは言う咲であったが、やはり相当落ち込んでいた。暗刻がなかったどころか、凡ミスてあがられてしまい、結局東場で一度もあがれなかった。既に咲の体力は尽きかけていた。
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南一局 親:荒川憩
(とうとう南入しちゃった。どうしよう...)
配牌をしながら、咲はそう思っていた。東四局であがれなかったことが、より一層咲を焦らせていた。
(このままじゃダメなことはわかってる。でも、どうすることもできない。何か、何かこの流れを変えられることがあれば...)
俯きながら咲はそう思っていた。
だが、誰かがこの流れをどうにかしてくれることなどまずない。卓を囲んでいる自分以外の3人は、全員敵である。わざわざ相手の手助けをしようとすることなど、普通はしない。流れを変えられるのは自分しかいないのである。
咲もそれくらいのことは理解していた。ただ、それでも誰かに頼りたいと思う自分がいた。
(誰か...助けて...)
涙ながらに咲がそう思っていると、
─咲
どこからともなく声がした。誰かが自分を呼んでいる。
─咲、まだ試合は終わってへんで
聞き覚えのある声だった。
─諦めたらそこで試合終了や
どこかの監督がそのセリフ、言っていたような...
─顔をあげ。試合はここからや
誰が言っているのかはわからない、けど、少なからず自分を励ましてくれていることはわかった。これは幻覚なのか、それとも本当のことなのかは定かでない。ただ、弱りきっていた咲にとっては幻覚だろうとなんだろうと関係なかった。
あなたは一体誰?
それを確かめるため、咲は顔をあげ、ゆっくりと目を開けた。
「え?」
咲の目の前には、咲のよく知っている人と似た人がいた。ただ、小人くらいのサイズで、ふよふよと浮いているが。
はたしてこれは咲の知る人と同一人物なのか、はたまた咲があまりに追い詰められていたためにこのようなものをうみだしてしまったのか...
『このようなとか、咲ちゃんも失礼やなぁ。』
「いや、そりゃ誰だっていきなりこんな状況になったらわけわかんなくなりますよ!というか、園城寺先輩...ですか?」
『それはちと違うで。』
怜に似たその子は、ややドヤ顔でこう言った。
『うちは怜ちゃんや!』
ということで、怜ちゃんの登場です。
一応それらしき伏線は何回かありましたが、はたしてこの展開を予想できた人はいるんですかねぇ...