「どうや咲、勝ってるか?」
咲のいるところに監督がやってきた。手には他校のデータなどがあった。
「全然勝てないです。というよりも、1位になること自体難しいんですけど...」
「そりゃそうやろ。わざとやりにくいようにしとるんやから。いつもみたく嶺上開花できひんやろ?」
「はい、いつもは難なく出来るのにネット麻雀になると全然できないです。」
少ししょんぼりした顔をしながら咲は言った。
ここまで何十回も対局をしてきたが、1位であがれた回数は片手で数え切れるほどのもので、むしろ最下位になった回数の方が多いくらいであった。当然、目標として提示された『五連続1位』など夢のまた夢である。
「一回、二連勝までできたことがあったんですけど、プロみたいに強い人とあたっちゃってボロボロにされちゃいました。」
「そんなに強いやつやったんか。ちなみに、名前はなんて言うんや?」
「『のどっち』って書いてありました。監督はご存知ですか?」
「いや、聞いたことないな。咲がそこまで言うくらいなのにプロにいないってのは変なもんやけど。うちがスカウトに教えたろかな。」
「無理ですよ、どこの誰かも分からないですのに。」
「冗談や。まぁでも、ネット麻雀にはプロでなくても強い人は結構おるからな。経験を積むってことでもええんとちゃうか?」
経験を積む。春季大会の時、衣と対局した後に憩にも言われた言葉であった。今の咲に圧倒的に足りないもの、それが経験であった。
「そういえば、先輩方は今どうしてるんですか?いつの間にか全員いなくなってるんですけど。」
「七実たちの対局がちょうどキリがよかったからってことで、予定より早く風呂に入ることにしたんや。咲にも声はかけたんやけど、えらく集中しとったから邪魔せんようにしたんやけど。」
「じゃぁ、先輩たちはもう先にお風呂に行っちゃってるんですか!?」
「既に行ってるで。せやけど、多分もうじき出てくると思うけどな。」
「わかりました、すぐに行きます!」
そう言うと咲は、電源も切らずに部屋を出ていった。
***
「お、来たか咲。えらく熱中しとったな。」
洋榎が声をかけてきた。
咲が風呂場についたとき、4人は既に脱衣場で着替えていた。
「あ、もう出ちゃいました?」
「残念ながらその通りや。すぐ来るかなと思っとったけどなかなか来んから、出てもうたわ。」
「そうですか...」
咲は残念そうに言った。どうせならみんなで入りたかったのに...
「そう落ち込まんでも、明日もまだあるんやし。それに、七実先輩はまだ風呂入ってないらしいから一緒に入ったらええんやないか?」
「せやな。とりあえず今は夕飯ができてるから早く食べちゃった方がいいんやないか?」
「・・・そうですね、今は夕飯食べちゃわないとですね。」
そうは言う咲であったが、その表情はまだ暗かった。
そんな咲に、突然憩が抱きついてきた。
「咲ちゃんはやっぱり可愛いなぁ。」
「ふぇっ!?先輩いきなりどうしたんですか!?」
急な出来事で声が裏返ってしまった咲に対して、憩は耳元に口を近づけて囁いた。
「ごめんな、本当はみんなで入りたかったんやろ?うちも昨年、咲ちゃんみたいな立場だったからよく分かるで。」
そう言って、憩は微笑みながら咲の頭をなでた。そんな優しい対応に、咲の堪えていたものが流れ出てきた。
「憩、なに咲を泣かしてるんや!」
「先輩はまだまだ咲ちゃんのことをわかってないようですぅー。」
「んなっ、そんなことないわ!」
「確かに、咲ちゃんに最初に会った時もデリカシーないこと言ってたなぁ。」
「怜も憩の側につくんか!?」
やいのやいの騒いでいるところに監督と七実がやってきた。
「ほらあんたらさっさと夕飯食べんか。この後も練習あるんやから。」
「監督、このあとの練習もさっきと同じことですか?」
「いや、ちょっと違うことをしてもらうわ。まず、怜は洋榎と変わって卓に入れ。そこで怜が要望したアレをやるわ。」
「『アレ』ってなんや、オカン?」
「か・ん・と・く、やろうが。まぁ、アレってのは怜の『予知能力』の強化や。具体的に言えば、春季大会で一度きりしか使えなかった『二巡先を見る能力』を使いこなせるようにすることやな。」
それを聞いた竜華が立ち上がって言った。
「監督、そんなことしたら怜が!」
「さっきも言ったやろ、これは怜の要望や。怜がやると言った以上、うちらが止めるわけにはいかんやろ。」
「怜はほんまにやるんか!?」
「せやな。うち、春季大会でみんなに迷惑かけてもうたから次はそんなことないように能力を強化せなあかんのや。心配かけてごめんな、竜華。」
「怜...」
怜にそう言われたため、竜華は返す言葉がなかった。
「そういうことやから、怜は洋榎と変わって卓で打つ、洋榎はネット麻雀で他家を飛ばしてあがるのを三回連続でやること、他はさっきまでと同じ練習や。ただ咲は風呂入ってからでええからな。」
「わかりました。」
「ほんならさっさと食べちゃうで。」
***
食事を終えた後、咲は1人風呂場へ向かっていた。七実はまだ食事中だったため、一足先に風呂に入ることにしていた。
風呂場に着いて湯船に浸かりながら、一人考え事をしていた。これまでいろいろな人と戦って、自分の力の弱さをこれでもかというほど感じてきた。そのために、もっと多くの経験を積んで、嶺上開花の使えない状態でも十分戦えるように特訓してきた。しかし、それだけではまだ何かが足りないような気がしていた。それが何かは今の咲にはわからなかった。
「ごめんな咲ちゃん、待ったか?」
風呂場に七実が入ってきた。少し息が荒いことから察するに、ここまで走ってきたのだろう。
「そんなに急がなくても大丈夫ですよ。」
「咲ちゃんを1人にさせとくわけにもいかんやろ。こんな大きい風呂場に1人だけなんて悲しいやないか。」
藤白さんは私のことを気遣ってくれているんだ、と咲は思った。藤白さんだけじゃない、先輩方も私のことを気にかけていてくれているんだ。
「ありがとうございます、私のために。先輩方の練習も見なくちゃいけないのに。」
「礼は要らんよ。元々夕飯の後はあいつら4人でやらせる予定やったし、監督もいるから大丈夫やろ。それに、うちは咲ちゃんに聞きたいことがあったからな。」
「聞きたいことですか?」
「そうや。咲ちゃんは今の自分の実力に満足しとるか?」
「いえ、まだまだ自分には足りないものがあると思ってますよ。」
「ほんなら、その足りないものがなにかちゃんとわかってるか?」
「嶺上開花の使えない状況でも戦える力と経験と...」
そこで咲は言葉に詰まった。それ以外にもなにか自分に足りないものがある。先ほど咲自身が考えていたことである。
藤白さんはこのことについて聞いてきたのだろうか?
咲のその考えは当たっていた。
「何かまだ足りないものがあると考えてるんやないか?」
「・・・藤白さんはそれが何かわかるんですか?」
「まぁな。咲ちゃんには競い合える相手ってのはいるんか?」
「競い合える相手って先輩とかってことですか?」
「ちと違うな。言うなれば『ライバル』みたいな存在や。」
咲は今までのことを振り返ってみたが、ライバルといえる人は心当たりがなかった。
七実が続けて話す。
「ライバルがいることで、お互いに刺激しあえてそれぞれの力を高められるんや。うちと良子ちゃんみたいなもんやな。」
「そのライバルは、いつか見つかるものですかね...」
「いつかは見つかると思うで。せやけど、それが半年後、1年後、はたまた大人になってからかもしれん。逆に明日見つかることもなくはないやろうけど。」
いったい、自分のライバルとはどんな人なんだろう。いつ会えるんだろう。そう咲は思いに馳せていた。
まぁこの感じから察せられるように、ライバルは次回出すんですけど...誰が出てくるかも想像つくのではないでしょうか?