ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様   作:RussianTea

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週刊魔女

 3大魔法学校対抗試合第2課題から数日。選手と"人質"の関係、主に恋愛面での噂や第3課題の予想、果ては優勝候補予測まで。学生たちの間では試合に関する話題で持ち切りである。

 そんな中、朝食を取るスリザリンテーブルは異様な空気に包まれていた。寝坊助のエリスを伴い、皆より少し遅れてやって来たセフォネが大広間に入った瞬間、皆が一様に視線を背け、何かを机の下や鞄に隠し、必死に平穏を装って試合に関係のない話を始めたのである。

 

「はてさて、今度は一体何があったのですか?」

「な、何のことかい?」

 

 挙動不審なドラコの対面に座り、セフォネはじっと彼の目を覗き込む。別に開心術を掛けようとしているわけではなく、ただ単に威圧しているだけだ。

 ダンスパーティの誘いに来たビクトール・クラムに軽い開心術を掛けてその純粋な恋慕の情を覗き、そして思考停止に陥ってしまったのは記憶に新しい。それを教訓に、セフォネはなるべく最後の手段として開心術を使うように心がけていた。

 因みに、対人交渉術における開心術の代替手段として、マグルの心理学を習得している最中である。

 

「誤魔化したって無駄よ。貴方だけじゃないけど、もう少し自然な振る舞いってのを勉強したほうがいいんじゃない?」

 

 エリスの言葉に、セフォネは首肯する。今このスリザリンテーブルの中で自然な振る舞いが出来ているのは、オートミールを掻き込んでいるクラッブとゴイルだけだ。

 若干気まずそうな表情のダフネが、ため息交じりで何かを机の下でドラコからぶんどった。

 

「隠したって何の意味もないでしょうに……ほら、これよ」

「何ですか、この雑誌は?」

「"週刊魔女"、所謂ゴシップ誌よ」

 

 ダフネが差し出したのは、英国魔法界の主婦層に絶大な支持を得ているゴシップ誌、"週刊魔女"。その評判はセフォネの耳まで届いていたが、生憎と読んだことはなかった。ルシウスや他の当主たちが皆口を揃えて"読む必要がない"と言うし、祖母がこの手のゴシップ誌を毛嫌いしていたために、触れる気すら起こしたことがなかった。

 

「ああ、これが噂に聞くあの有名な。それで、これがどうしたのですか?」

「読めば分かるわ」

 

 恐らく何人かで回し読みしたのだろう。ダフネが指し示したページにはくっきりと折り線がついていた。見出しには大きく『腹黒お嬢様——そのいけない情事』と書かれていた。

 要点を纏めれば、セフォネがハリーとクラムという2人の有名人を誑かしているというものだ。

 夏休みで何度も逢瀬を重ねたハリー、ホグワーツの湖で夜な夜な密会しているクラム。セフォネはその2人の純真な恋心を掌握し、2人が戦う様を高笑いしながら見下しているというのが、リータ・スキーターの見解であるようだ。

 さらに、この記事はどちらかと言えばハリーが全面的に被害者になっており、セフォネに騙されたクラムはクィディッチ以外に能が無いというような主旨の文章もある。記事の最後はこう締めくくられていた。

 

『彼女は没落した家を再建するために有名人を誘惑し、自らも有名になろうと企んだ。純情な少年は、顔だけは良い彼女の毒牙に掛かってしまった。しかしその名の通り黒い本性は、どんな厚化粧で隠しても隠し切れないのだ』

 

「……ふ、ふふふ…」

「セ、セフォネ?」

「ふふっ…あはっ……あっははははははははは!」

 

 記事を読了したセフォネは、こみ上げてきた笑いを抑えきれずに、息の続く限り爆笑してしまう。

 忠告した矢先にスキーターがこのような行動に出るとは予想していなかった。向こう半年は自重するものだと思っていたセフォネは、完全に読み間違えたのである。

 これでもセフォネは純血コミュニティ相手に様々な交渉ををくぐり抜けてきた身だ。マルフォイ家のパーティを契機に、僅か2年でブラック家を復興した。そこに至るまでに、社交界でのやり取り、権威を取り戻すためのコネ作りなど、開心術の補助があったとはいえ海千山千の純血当主、魔法省高官たち相手と渡り合ってきた。その自分をもってして、完全に予想を外した。

 

「ふふふっ……こんなに可笑しいのは久しぶりです」

「えーと、色々と大丈夫?」

「何がですか?」

「いや、その怒ってないの?」

「別に怒ってはいませんよ? ただ、可笑しくて」

 

 リータ・スキーターは、魔法省であろうがダンブルドアであろうが、ネタにさえなれば事実を捻じ曲げた誹謗中傷記事を書く、ある意味で恐れ知らずの記者だ。そんな彼女でも触れていないタブーがある。それは、ルシウス・マルフォイを始めとする黒に近いグレーな有力者たちである。かつてであればそのタブーの中にブラック家も含まれていたのだろうが、今の現状ではそう思われていないようだ。即ち、なめられているのである。

 スキーターに限った話ではない。この記事を載せた週刊魔女もまた、セフォネの存在を"ただのネタ"というカテゴリーに入れた。これらは、かつて純血の王族とまで呼ばれたブラック家は世俗まみれのゴシップ誌・記者に喧嘩を売られたことを意味する。

 お前は大したことないのだと、恐れる相手ではないのだと。

 

(ならばその喧嘩、買おうじゃありませんか)

 

 本来ならば、無視してしまうのが大人の対応というものだろう。しかし、売られた喧嘩に気が付かないふりをして泣き寝入りするなど、そのような無様な"負け"を晒すことは断じて許せない。否、セフォネからしたら許されない。幸いにして、今日は日曜日。戦略を練る時間はたっぷりとある。

 

「ふふ……最近溜まりに溜まった鬱憤、丁度良いので晴らさせて頂きましょう。それと、ドラコ」

「な、なな何だい?」

「貴方にも、協力して頂きますよ」

 

 ハグリッドを貶めた記事の一件で、彼はスキーターと少なからず親交があるのは確実だろう。それを利用しない手はない。ドラコに雑誌を手渡しながら、セフォネは至極楽しそうにクスクス笑っているが、ドラコは引き攣った恐怖の表情を浮かべている。

 

「…まあ、セフォネが楽しそうでなによりだわ」 

「…そうね」

 

 そんな様子のセフォネを見ながら、彼女の友人たちはため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スリザリンテーブルがセフォネによって恐怖の朝食会場と化しているのと同時刻。その隣に位置するレイブンクローテーブルもまた、非常に気まずい沈黙に包まれているエリアがあった。それは、セフォネの従者たるラーミアがいる、主に2学年の生徒が集まって朝食を取っている付近である。

 ラーミアはわなわなと手を震わせつつ、同級生から借りた週刊魔女に目を通していた。その光景を、ラーミアの友人であるアステリアが心配そうに見つめている。

 記事を読みながら、ラーミアは何かの言葉(スラング)を連発している。アステリアは理解できないが、雑誌を貸した生徒がギョッとした表情になったことから、きっととんでもない怒りの言葉なのだろう。以前似たような状況になった時に言葉の意味をラーミアに聞いてみたが、"田舎訛りだから恥ずかしい"という謎の理由で終ぞ教えてくれなかった。

 

「…あ、ごめんね長々と。ありがとう」

 

 ラーミアはそう言って雑誌を返すと、猛然と朝食を掻き込み始める。普段は"ブラック家のメイドとして"上品な食事作法なのだが、今は怒りのあまりそれを忘却しているらしい。

 

「まあまあ、落ち着いてラーミア」

「何が? 別に、普通だよ」

 

 普段は感受性が豊かなアステリアを抑えているラーミアだが、これがセフォネに関係したことになると全く逆の立場となってしまう。

 去年、シリウス・ブラックが脱獄しホグワーツに侵入した事件が起きた時、一部の生徒、主にグリフィンドール生からはセフォネがシリウスの協力者なのではと噂された。それは当時1学年であったラーミアたちの学年も例外ではなく、そのせいでアステリアを含めてちょっとしたいざこざが起きたことがあったのだ。その時のラーミアはグリフィンドール生の心に強烈なトラウマを残し、騒ぎを仲介したスネイプが小さな声で、「あの主にしてこの従者あり、か……」と呟いたのを確かに聞いた。因みに、この時スネイプに減点されたのがラーミア初の減点であったらしく、暫く落ち込んでいた。

 

「私は、あんまり怒ってるラーミアは見たくないなー」

「……もう、いつもそんなことばっか言って」

「弄られてるか、笑ってる時のラーミアが一番好きだよ!」

「それ、どういう意味!?」

 

 生真面目ゆえに、弄ると面白い反応が返ってくるラーミアは弄られキャラとしての座を確立している、という風に思っているアステリアだが、実際そう思っているのはアステリアとスリザリンの先輩組だけである。何せラーミアは、2年ぶりに学期末試験1位の座をレイブンクローに齎した、レイブンクローの中ではちょっとした英雄的扱いを受けている生徒だ。レイブンクローでは知識を重んじるという特性から、寮杯と同じくらいに学期末試験の結果を重視しているからである。同学年には嫉妬とともに羨望の眼差しを送るものも多い。

 自分の友人が優秀なのは嬉しいが、少し悔しく思いもする。という訳でアステリアは打てば響くような面白い反応を返す友人を弄るのである。

 

「そのままの意味だけど?」

「止めてよ、もう…」

 

 ラーミアの綺麗な銀髪を梳かすように頭を撫でる。止めてと言いつつアステリアのスキンシップを受け入れているラーミア。この光景はもはやレイブンクロー名物となっていた。

 暫くはアステリアにされるがままになっていたラーミアであったが、今が朝食時であるのを思い出したらしい。皿の上に放り出していた食べかけのパンを取るために、やんわりとアステリアの手をどける。

 

「ご飯食べられないでしょ」

「もう、ラーミアのいけずぅ」

 

 ラーミアの言う通りこのままでは朝食を取れないので、しぶしぶアステリアはラーミアの髪から手を離した。その時、自分の手を掴んでいるラーミアの右手に、ふと目が留まる。

 

「あれ、その指輪どうしたの? 凄く綺麗」

 

 ラーミアは年頃の女子の割には、おしゃれに興味を抱いていない。髪も動き難いからと言って肩上くらいに切り揃えられているし、身につけているアクセサリー類は恐らく宗教的シンボルだと思われるネックレスと、装飾というよりは髪を押さえつけている黒いリボンくらいなものであり、飾り気が殆どなかったのである。

 そんな彼女が、かなり高価そうな指輪を身につけているのが不思議であった。

 

「お嬢様から頂いたんだ」

「セフォネさんから、か。なるほど」

 

 とても大事そうに指輪を撫でるラーミアを見て、アステリアは微笑ましく思うと共に、常に感じている疑問が脳裏に浮かんだ。

 何故、かのブラック家の従者としてラーミアが仕えているのか。

 この疑問を抱いているのは自分だけでは無いだろう。恐らく、セフォネの周りの者たちも共通して抱いている。しかし、誰もそこに踏み入ろうとはしない。姉のダフネに聞いてみたこともあったが、そのことには触れるなと忠告された。恐らくは、セフォネではなくラーミアの事情によるところが大きいから、と。

 

(…それにしても、セフォネさんもラーミアも、凄く複雑な事情を抱えているよね……)

 

 ラーミアにしろ、その主たるセフォネにしろ、触れてはならない部分(アンタッチャブル)が非常に大きいものだと感じる時がある。きっとそれは、ごく幸せな家庭で育ってきた自分には想像できないようなことなのだろう。だからこそ、同じではないが2人とも普通ではない過去を持っているからこそ、この主従にはこんなにも信頼関係があるのかもしれない。

 これ以上考えると、うっかり余計なことを口走りそうだ。自分の思考を切り替えるためにもアステリアは話題を変えた。

 

「セフォネさんと言えば、この前の試合はホント驚いたよね」

「本当だよ! お嬢様を湖に沈めるなんて!」

 

 どうやらアステリアは話題の方向を間違えてしまったらしい。ラーミアが再び不機嫌そうに眉をひそめる。

 

「まあまあ。安全対策は校長先生がしっかりしてたと思うし、それに一番早く救出されたじゃん」

 

 3大魔法対抗試合の第2課題は、湖に連れ去られた各選手の大事な()を連れ戻すというもので、ハリーの人質はジニー・ウィーズリー、フラーの人質は妹のガブリエル、そしてクラムの人質がセフォネだったのだ。

 結果として、ハリーは一番乗りで人質の元に辿り着いたが、他の人質が救出されるまでその場に残り、最初にクラムがセフォネを救出。フラーは途中で試合続行不可能となり、ハリーは2人の人質を救出した。

 点数は、道徳的な力を見せたとしてハリーは最初に課題をクリアしたクラムと共に45点を与えられ、ハリーが首位、クラムが2位、フラーが3位となる為に総合順位に変動は無かった。

 

「それにしても、セフォネさんとビクトール・クラムか……なんというか、凄いカップルだよね」

「か、カップルじゃない! 友達だよ、友達」

「えーまさかー…あれは絶対にデキてるよ」

 

 クラムがセフォネを救出して湖畔に上がった時の光景など、ちょっとした童話の絵本のようだった。クィディッチ選手として鍛えられた肉体を持つクラムに、俗に言うお姫様抱っこをされるセフォネ。不覚にも乙女心を刺激されるものであった。

 アステリアにとってはロマンティックな妄想を掻き立てられるものだが、ラーミアは面白くないらしい。

 

「……」

 

 ラーミアはむっつりと黙り込んでパンを齧る。きっとラーミアは、セフォネがクラムに取られてしまったかのように感じているのだろう。ホグワーツ城内でも、クラムとセフォネが共に歩いているのはよく見かける。それを見るたびにラーミアは不機嫌になっていた。 

 唇を尖らせ、不機嫌なオーラが全身から発せられているラーミアであるが、彼女の容姿と相まって拗ねているのが寧ろ可愛い。我慢できなくなったアステリアはラーミアに抱き着いた。

 

「もう、本当にラーミアは可愛いなぁ!」

「ひゃ!? ちょっと、リア…」

「さっきの訂正する。いじけてるラーミアも可愛い!」

「止めてったらぁ!」

 

 ラーミアが可愛すぎるのがいけないのだ、と謎の責任転嫁をしつつ、アステリアは満足するまでラーミアを離さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イギリスのとある森の奥。近隣住民が決して立ち入らないその場所には、マルフォイ邸とはいかないまでも荘厳な屋敷が建っていた。かつて、その家に屋敷しもべ妖精が居た頃はきちんと手入れされていたであろう庭は、今では草木が伸び放題で放置されいる。

 玄関に入ると、埃が積もったシャンデリアが、これまたかつての姿とはかけ離れ、薄汚れてしまった玄関ホールを鈍く照らしている。

 

「何ともまあ、落ちぶれたものですね」

 

 そこに唐突に現れた少女が、やや蔑んだような口調で言ったのを、同じく唐突に現れた男が何とも言えない表情で返す。

 

「ウィンキーが居た頃は、こんな風では無かったのだがな」

「自らの僕を大義無き保身のために切り捨てるから、こういうことになるのです」

「大義無き保身、か。言い得て妙だな」

 

 男——クラウチ・ジュニアは少女の言葉に、薄く口元を歪ませる。ここは出世欲と保身の塊ともいえる男の住処だ。身から出た錆だと言わんばかりに批判する少女の言葉は正しいのだろう。

 

「それで? 屋敷の品評のためにわざわざホグワーツを抜け出したのかね、ブラック?」

 

 少女——ペルセフォネ・ブラックは被っていたフードを脱ぎ、ジュニアに視線を移す。

 

「そうですね。恐らく二度と来ることはないでしょうから、ゆっくりと見て回るのも良いかもしれませんね」

 

 嘘か真か分からぬような口ぶりに、ジュニアは思わずため息をつく。この少女と関わるといつもこうだ。貼り付けた笑みで感情を隠し、真偽の混じった言葉でこちらを惑わす。普段、学生生活を送っている姿を見る限りでは少し大人びているだけのごく普通の少女なのだが、その姿も見せかけだけなのかもしれない。

 

「妄言はそこまでにしておけ。でないとこのままホグワーツに帰るぞ。私も暇じゃないんだ」

「それは失礼を。では、ご案内願えますか?」

 

 頷きもせず、ジュニアは屋敷の奥へと進んで行き、セフォネはそれに付いていく。やがてジュニアは、ある扉の手前で立ち止まった。

 

「ここだ」

 

 扉を杖で叩き、開錠する。中の人物が逃げられないようにと、外から魔法で鍵を掛けてあったのだ。

 そこは書斎であった。中では、病的なまでに痩せた男が、髪も髭も伸び放題のまま、書斎机に向かってひたすらに書類仕事に励んでいた。

 セフォネは男の前に進み出て、その変わり果てた姿を見下ろす。男はセフォネとジュニアの来訪に気が付いていないようで、仕事の指示を手紙にしたためていた。ジュニアが杖を振り、男を椅子に拘束する。縄で手足を縛られたことで初めて2人の存在に気がついたようだが、しきりにウェーザビーなる人物に指示を出しているようなうわ言ばかり繰り返している。ジュニアがもう一度杖を振ると、それまで掛けられていた服従の呪文が解かれ、男は正気を取り戻す。そして恐怖と狂気、そして戸惑いに満ちた目でセフォネを見上げた。

 

「屋敷と同じく変わり果てたようですね——」

 

 そんなクラウチの姿を見て、セフォネの口元は歪み愉悦の笑みが浮かんでいた。

  

「——バーテミウス・クラウチ」

 




週刊魔女……本章におけるセフォネのストレスの捌け口となります。これもある種の戦いなのでセフォネさんも乗り気。

ラーミア&アステリア……ちょっと暗い話が多いので、清涼剤として後輩組登場。アステリアは育ちの良いお嬢様なのでラーミアのスラングが分からないです。


第2課題をキングクリムゾン。まあ、3大魔法対抗試合は基本セドリック抜けただけで後は変わりないので、皆さまの脳内補完でお願いしたく。
後2話くらいでゴブレット終了を目指しています。

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