ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様   作:宵茶

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グリモールド・プレイス12番地

 8月の初め。開庁時間丁度に魔法省を訪れたセフォネは、守衛での手続きを終えたタイミングで声を掛けられた。

 

「奇遇だな、セフォネ」

 

 ルシウス・マルフォイ。大多数の過激派の死喰い人が獄中にいる今の状況において、主導的立場に収まっているだろう人物。不死鳥の騎士団に手を貸している今、偶然の邂逅が喜ばしくない人間であることに違いはない。

 だが彼はセフォネが騎士団側にいることを知らない。今までのように、年下の親戚、友人の娘、名家当主としての後輩、という扱いだ。セフォネ自身も、彼との関係に悪い思いを抱いたことはない。むしろ、多少の居心地の良さすら感じていたほどだ。

 この関係がいつ変わってしまうのかは、セフォネもまだ予想できずにいる。しかし、そう遠くはない未来だろう。騎士団に手を貸していようがいまいが、状況が一度動き始めた以上、これまで通りとはいかない。そのことに一抹の寂寥感を覚えつつも、余計な感傷を振り払うように明るい声で返答する。

 

「あら、おはようございます、ルシウス」

「おはよう。朝からこんな所にいるのは珍しいな。何用かね?」

「クラウチ家の遺産分割協議の件で、魔法法執行部に目録を提出に。ついでに諸々の手続きも済ませてしまおうかと思いまして」

「面倒事を押し付けられたか。しかし、ヤックスリー相手のことだ、もう少し時間が掛かるかと思っていたが…」

 

 バーテミウス・クラウチの死後、クラウチ家は断絶した。長い歴史を持った純血家系の終わりは、親類がその財産を奪い合うことで、本当の意味での終着を迎える。家系図においてもっとも近い親類はブラック家とヤックスリー家であり、両者ともに英国魔法界における法定相続人の要件をギリギリ満たしていたため、遺産分割協議が発生。相続権は同格であることから、丁度折半となるように振り分け、ようやく両家合意となった。

 グリンゴッツの金庫に金貨の山が増えてご満悦のヤックスリーから法的な手続きを全て押し付けられ、セフォネは朝から魔法省に来ていたというのが、事の次第である。

 

「拝見しても良いかね?」

「ええ、どうぞ」

 

 持っていた鞄から、羊皮紙を一巻き取り出してルシウスに渡す。それにさっと目を通したルシウスはニヤリと笑った。

 

「ほう。なるほど。上手くやったようだ」

 

 現金はヤックスリー家に多く配分し、逆に不動産をブラック家が多く受け継いだ。ヤックスリーも不動産の価値を知らないわけではないだろうが、管理や換金の煩雑さを嫌い現金を取った。セフォネにしてみれば、度重なる分家や遺産分割によって方々に散ってしまった本家の資産、その見た目的なボリュームを増やすという目的を達成できた。

 

「ルシウスはどのようなご用件なのですか?」

「ああ、野暮用だよ。大臣室に、ね。そういえば、今日のチャリティーパーティーには来るのかね?」

 

 口調とは裏腹に、詳細は聞くな、という強い意志を感じた。騎士団から得た情報から、彼の目的を察したセフォネはさり気ない話題転換に乗る。

 

「ええ、聖マンゴとは少なからず付き合いがありますので」

「実は、少し君と話したいと思っていてね。まあ、互いに忙しい身だ。話は今夜ゆっくりと」

「あら、それはそれは。今夜を楽しみにしております」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正午前。ラーミアは魔法省から戻ったセフォネを出迎えた。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ただいま戻りました。会議は?」

「先ほど皆様揃ったようで、既にダイニングにて始まっております」

「そう、ありがとう。途中からとなりますが、私の代わりに出席しておいてください。またすぐに出ますので」

 

 セフォネの基本スケジュールはメイドとして把握している。朝一で事務手続きで魔法省に行き、会議開始までには戻って会議に参加。その後の昼食から夜のパーティーまでは空いていたはずだ。

 魔法省からの戻りが遅く、直ぐに着替えずに出ていこうとするあたり、書類関連で不備があったのかもしれない。

 

「昼食はどうなさいますか?」

「今日は抜くしかなさそうです。では、後を頼みました」

「いってらっしゃいませ、お嬢様」

 

 ラーミアは一礼し、セフォネを見送る。そして騎士団が会議中のダイニングまで向かった。

 

(…代理を任されるっていうのは嬉しいんだけど、緊張するんだよなぁ…なんか私だけ場違い感すごいし…)

 

 勿論、主人に任された仕事は完璧に遂行したい。だが、得手不得手、慣れ不慣れはある。最初の会合で杖を抜いたおかげで、セフォネと同列に扱われている感じもあり、単純に年齢差もあって、騎士団員に馴染むのも難しい。以前から面識があるシリウスや、かつてホグワーツの教員だったルーピンとしか会話らしい会話もしたことは無い。

 

「――であるからにして、こちらのルートの方が……」

「マッド・アイ、それじゃ時間が掛かりすぎよ。いつまで経っても到着できな――」

 

 外から聞こえる感じだと、今日の会議は踊り気味のようだ。内容は、今日決行予定の移送作戦。ムーディの提案にトンクスや他の団員が反対している。

 なるべく音を立てないように部屋に入り、ドアのすぐそばに控えるように立つ。セフォネ不在時のいつものスタイルだ。因みに、セフォネがいる際はセフォネのすぐ後ろに控え、紅茶の給仕を行っている。

 

「じゃあ、マッド・アイの変更案はなしだな。先発隊と後発隊はルートを、支援隊は配置場所を再度確認しておいてくれ。状況に応じて少し遠回りをしたとしても、21時には本部に着くだろう。それを過ぎたら、アーサーを中心に捜索隊を編成、プランEに移行だ。他に確認事項はあるか?」

 

 キングズリー・シャックルボルトが話をまとめ、部屋を見渡す。そしてラーミアを見て言った。

 

「そちら側からは、何かあるか?」

 

 会議参加者の視線が一斉にラーミアに向けられる。若干の居心地の悪さを感じながらも、セフォネから伝えられていたことを代理で話す。

 

「護送の都合上、追加した保護結界の範囲を本日のみ縮小させております。当家主人は23時まで外出しておりますので、結界の復帰はそれ以降です」

 

 噛まずに言えたことに内心安堵する。セフォネのように人前に出るのはあまり慣れていないのだ。

 

「承知した。今夜は外に見張りを立てよう。では次に――」

 

 その後の議題は恙なく片付いていき、ラーミアもそれ以降は発言を求められることは無かった。セフォネに報告を行うのでメモ自体はしっかり取るものの、議事録は共有されるので、その補足が出来る程度で良い。

 会議が終わり、ホッと一息ついたところで、ラーミアはモリー・ウィーズリーに話しかけられた。 

 

「あの、メイドさん? 少しいいかしら」

「はい、ミセス・ウィーズリー。いかがされましたか?」

「できれば今日の夜、キッチンをお借りしたいのだけど」

「何か召し上がりたいのでしたら、私がお作りいたしますが…」

「あの、そうじゃないのよ。折角だから、ハリーの夕食を私が作りたいの。キッチンは地下にあると聞いたから」

 

 セフォネとダンブルドアが結んだ契約において騎士団員が使用できるのは1階と2階のみであり、それ以外は立ち入りが禁止である。1階は主に会議や打ち合わせ、2階は宿泊や休憩用となっていた。

 そういう訳でキッチンの立ち入りは自身の裁量では許可できない。申し出の理由が理由だけに罪悪感がありつつも、自分の仕事場に踏み込まれることに対する拒否反応もあり、色々な感情が顔に出ることを隠すように頭を下げる。

 

「大変申し訳ございませんが、主人より言付かっておりますので……ご容赦ください」

 

 正直、ラーミアはモリーに対してかなりの好印象を抱いている反面、その対応は苦手としていた。自分には母親の記憶がないため、母性溢れる彼女は憧れであり、彼女の息子たちが心底羨ましいと感じている。その一方で、直接的な母性に触れ慣れていないラーミアにとっては、戸惑うことも多い。

 モリー自身も自分との距離感を測りかねている印象だ。基本的にはこちらへのある一定の敬意を示しつつも、明らかに子供扱いしている節もあり、ギクシャクすることが多い。

 

「そ、そんな、謝らないでちょうだい。ダンブルドアとあの子の間の約束は知っているから…無理を言ってごめんなさい」

 

 気落ちした様子のモリーに一礼して踵を返す。彼女だけではなく騎士団員の殆どに言えることだが、あまり大人と関わる機会が多くなかったラーミアにとっては、接し方や距離感を掴むことが難しかった。あくまでメイドとして、ビジネスライクに行くつもりでも、相手からしてみれば息子や娘と同じような歳周りの子供だ。セフォネのことを主人と呼び働く自分の方が異常なのだろう。約1ヶ月が経過しようとしている今でも、やりづらさを感じている。

 

(後1ヶ月もあるのかぁ…それに今日からはお客さんが1人増えるし…)

 

 今日の夜からハリーが滞在することになっている。同年代相手となると、それはそれで気苦労が増えそうだと内心嘆息する。

 

「ダメダメ、良くない方向に考えちゃ。私はお嬢様のメイドなんだから、しっかりしないと」

 

 バチン、と自分の頬を両手ではたく。路地裏でパンを拾ってしのいでいたあの頃に比べれば、今の自分はどれだけ恵まれていることか。こんなことくらいで悩むようになるなんて、何と贅沢なことだろう。

 

「お嬢様が不在の今、私がしっかりとこの家を預かるんだから」

 

 慣れぬことの連続で、少し精神的に疲れが溜まってきているのかもしれない。だがそれを言い訳にすることは出来ない。フィジカル、メンタル含めて体調管理もメイドの務めだ。

 今度セフォネの晩酌に付き合いつつ自分も少しお酒をなめてみようか。そんなことを考えつつ、キッチンに向かっていると、後ろからシリウスに声を掛けられた。

 

「お、ラーミア。丁度良いところに。昼食にステーキを頼むよ。分厚いのをね。リーマスの分もだ」

 

 シリウスは昼食・夕食問わず、かなりの頻度で食事を取っていく。生家と言うこともあり、彼だけは屋敷内での自由行動も許されているし、何なら勝手に酒を飲んでいたりもする。それに付き合わされているルーピンも申し訳なさそうにしつつも、しっかり食べていく。数名の騎士団員も相伴に預かり、軽い宴会に発展した時は流石にセフォネが怒るかと思いきや、意外にも交ざって楽しそうにしていたので、セフォネと彼らの距離感は本当に謎だ。

 

「シリウス様。お言葉ですが、ステーキは3日に1度のお約束では?」

 

 30歳は過ぎているはずなのだが、育ち盛りの少年のような声音で献立のリクエストをしてくるシリウスに、ある種の安心感を覚えながらもすまし顔でラーミアは返答した。シリウスは悪ガキが拗ねたように口を尖らせる。

 

「固いこと言うなよ。今日は力をつけなきゃいけないんだ」

 

 あまりに毎日肉類ばかりを所望するため、騎士団本部設置から半月も経たないうちに、シリウスはセフォネからお小言をくらい、結果として制限が設けられた。

 そんなに食べたければ自分の家で食べれば良いのに、と思うのだが男の一人暮らしとブラック家の食事では水準が違うのだろう。ラーミア個人としては、意外と作るのが楽なので別に良いし、美味しく食べてくれるので悪い気分はしないのだが。

 

「では、交換条件です。1つお教えいただきたいことが」

「ほう、なんだ?」

「本日からポッター様が滞在される予定ですが、食べ物の好き嫌いとかご存知ですか?」

「ハリーはあまり苦手なものはないからな。私たちと同じで大丈夫だ。年頃の男子だ、肉を多めにしてやれば喜ぶよ…ということで今日の昼はステーキを頼んだぞ。ああ、そうだ。言い忘れていたが、今日からしばらく私もここに住む」

 

 情報料として分厚い肉をウェルダンでお出ししよう、と料理の算段を付け始めていたラーミアは、最後の一言で思考を停止させた。

 

「…はい?」

「ハリーを1人にしておけないからな。私としても、この家に住むなんてことは避けたいのだが仕方ない。元自分の部屋を使うし、掃除なんかの世話はいらないよ」

 

 よりにもよってセフォネが不在の時に伝えられても困る。自分が許可を出せる訳ではないが、かと言って彼は一族の人間なので拒否も出来ない。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。お嬢様はそのことを」

「知らないだろうな。先ほど決めたんだから…お、トンクス、君も肉食うか?」

 

 焦るラーミアをそっちのけで、シリウスは他の騎士団員に声を掛け始めた。彼の分だけ今後は肉を薄くしようとひそかに誓い、ラーミアは抑えきれないため息と共に昼食の人数を確認してキッチンへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何人もの魔法使い達に護衛され、ハリーは1時間ぶりに地上に足を付けた。その後、周囲を警戒しながらも護衛の1人であるマッド・アイが1枚のメモを取り出し、ハリーに渡す。

 

「それを早く読め。そして覚えてしまえ」

 

―不死鳥の騎士団の本部は、グリモールド・プレイス12番地にある―

 

「え、騎士団ってどういう――」

「しっ! ここはまずい。とにかく中へ」

 

 ムーディになかば引っ張られるように、今現れた建物へと向かう。二枚扉のドアノッカーは蛇を模したものであり、ムーディはそれを規則性のあるリズムで叩いた後、自身の杖を鍵穴の部分に差し込み捻る。するといくつもの錠が開く音がして、扉がひとりでに開いた。

 

「早く入れ」

 

 ハリーはムーディに促されるままに中に入る。銀色の毛足の長い絨毯がしかれたエントランスはシャンデリアに灯され、重厚な雰囲気を醸し出している。調度品の至る部分が蛇を模したデザインとなっており、スリザリンに傾倒している人物の屋敷という印象だ。

 景色に見とれているハリーの後ろでガチャン、とこれまた重そうな音を立てて扉が閉まる。その音で現実に帰ってきたハリーは、そこでようやくメイド服を着た銀髪の少女がこちらにお辞儀していることに気が付いた。顔を上げた少女が口を開く。

 

「ようこそおいでくださいました。ハリー・ポッター様」

 

 彼女に見覚えがあったハリーは、首を傾げる。確かこの子は、セフォネやエリスと仲が良い下級生だったはず。それがどうしてこんな謎の屋敷でメイド服を着て、自分を出迎えているのだろうか。

 

「えっと…君確かレイブンクローの…」

「お荷物をお預かりいたします。お部屋のご準備ができておりますので、こちらへどうぞ」

「あ、え、うん。ありがとう…?」

 

 ここにきてハリーの思考回路はショート寸前だった。取り敢えず自分より歳下で華奢な女の子が軽々と自分が持ってきた荷物を持ってくれたことに、自然にお礼を言ってしまったが、状況が呑み込めた訳ではない。

 

「ゆっくりすると良い。少ししたら夕食にしよう」

 

 シリウスはハリーの肩に手を置いてそう言うと、他の人たちと一緒に奥の方へと歩き出す。対してラーミアは階段へと向かう。どちらに付いていけばよいのか一瞬迷ったが、取り敢えずなにかを案内してくれるというメイドの方について行くことにした。

 

「あの、えっと」

 

 メイドに呼びかけようにも、ハリーは彼女の名前を良く知らなかった。聞いたことが一度あったような気もするが、普段関わりがない下級生の名前など覚えてはいない。

 

「君は、その…」

「これは申し遅れました。私は当家でメイドを務めております、ラーミア・ウォレストンと申します。滞在中何か入用の際はお気兼ねなくお申し付けください」

「あ、うん、よろしく、ラーミア」

「はい、よろしくお願いいたします」

 

 鞄を持って階段を上りながら器用に会釈するラーミア。その頭上に、何故かドラゴンの頭部が剥製のように飾られている。ハリーはもう何が何やら分からなさすぎて投げやりな気分になってくるも、最低限のことは聞いておこうと、頭の中を整理する。

 ここはどこなのか。騎士団とは何なのか。何故、レイブンクローの下級生である彼女がメイドとしてここで働いているのか。最低限これらのことは知っておきたい。

 

「お部屋はこちらでございます」

 

 ハリーが通されたのは、2階の客室だった。例にもれず豪華な部屋を見て一周回って冷静になってきたハリーは、あとで一泊いくらとか請求されたら怖いな、なんて考えてしまった。

 その間に荷物を置いたラーミアが、部屋の説明を始める。

 

「こちらの奥にバスルームがございます。2階中央に大浴場がありますがそちらは現在女性限定の使用となっておりますので、ご利用をご希望の場合はご相談ください。ベッドメイク、及びお洗濯は1日1回行います。洗濯物はバスルームにございますバスケットにお入れください。滞在に必要と思われる物は全てご用意しておりますが、不足がございましたらお申し出ください。また、日中でしたらこちらのベルを鳴らしていただければ私か当家の屋敷しもべ妖精が参ります。何かご入用の際はこちらにてお呼びくださいませ。」

 

 彼女の言葉がまるっきり頭に入ってこない。完全に高級ホテルに泊まりにきた感じだ。一度も泊まったことはないが。

 

「何か、ご不明な点はございますか?」

「…あー、うん。ちょっと待って」

 

 ハリーは力なく、ベッドに腰掛ける。マットレスの柔らかさとか絹のシーツの肌触りなんかにも一々驚くが、そろそろ驚き疲れてきた。

 

「先ずここはどこなのか知りたいんだけど」

「…? ここはグリモールド・プレイス12番地、ブラック家本邸でございます」

 

 ラーミアは首を傾げながらも答える。その反応から察するに、ハリーが何も知らないでここに連れてこられたとは思っていなかったのだろう。

 

「ブラック家…って、じゃあもしかしてここって、セフォネの家?」

「はい、その通りでございます」

 

 ということは、今回の件はセフォネも協力しているということなのだろうか。確かに彼女は"スリザリンにしては良い奴"だが、どちらかと言えばマルフォイ寄りだと思っていた。彼女も騎士団、というものの一員なのか。そもそも"不死鳥の騎士団"が何なのか、ハリーには分からない。

 

「じゃあ、騎士団っていうのは?」

「申し訳ございません、そのことに関しては私からは申し上げることができません…シリウス様から後ほどご説明があるかと存じますので、ご容赦いただきたく」

 

 ラーミアは深く頭を下げる。ハリーは、知っているのに教えてくれない、ということに対して怒りを覚えるも、ほぼ初対面に近い歳下の少女、それも過剰なまでに丁寧な対応をしてくれている相手に対して、怒りをぶつけることを躊躇った。

 それに、彼女の背後にいるであろうセフォネがちらついて、あまり強く出ることも出来なかった。何か彼女に対して無礼を働いた場合、間違いなくセフォネ(保護者)から落とし前をつけられることになるだろう。

 こちらが沈黙を続けている内は頭を上げないつもりのラーミアを見て、段々気の毒になってきたハリーは、いつの間にか怒りも収まって寧ろ申し訳ない気持ちになっていた。

 

「分かった。なんか、こっちこそごめん」

「いえ…」

「じゃあ、君はなんでここで働いているの?」

 

 ハリーとしては気になっていたこともあるが、少し話題を変える意味もあった質問だった。それは、セフォネやラーミアの友人たちですら触れたことのない領域だったのだが、この時のハリーは知る由もない。

 ラーミアは面食らった様子で、言い難そうに答える。

 

「…それは、その何と言いますか…私は孤児でして、お嬢様に拾っていただいたのです。それからメイドとして働いております」

 

 連続でハリーの問いかけを拒否することを躊躇ったのだろう。かなり簡潔にラーミアは回答する。それを聞いたハリーは後悔で胸が一杯になった。

 

「そっか…ごめん。余計な聞いちゃって」

「いえ、私はポッター様のことを色々と知っておりますので、お互い様です」

 

 勝手に教科書や歴史書に載っているハリーは、正直プライバシーが無いに等しい。知らない人が自分のことを知っていることに慣れてしまったハリーにとっては少し新鮮な反応だ。

 

「セフォネの両親も居るの?」

「いえ、大分前に亡くなられております」

 

 聞いてはいけないことを聞きすぎてしまったようで、少しバツが悪くなったハリーは頭を掻く。話題の切り替えも含めて、先ほどから気になっていたことをラーミアに言った。

 

「ハリーで良いよ。僕もラーミアって呼ぶから。ホグワーツでは後輩なんだし、もっと気軽に話して」

「えっと、はい、ハリー様」

「出来れば様も無しで」

「そう申されましても…」

「こっちがやりづらいからさ」

「で、では…ハリー、さん?」

「ああ、うん。まあ、それで良いよ。とにかくよろしく、ラーミア」

 

 まだまだ分からないことだらけで、この先の不安もあるが、取り敢えず当座の寝床はダドリー一家でも泊ることができないような豪華な部屋だということに、多少の優越感を覚えつつベッドに身体を放り投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前中で終わる予定だった事務手続きは、書類不備によって結局夕方まで掛かってしまい、息を吐く間もなくパーティーに参加することになったセフォネは、食べ損ねた昼食分の糖分を行儀が悪くない程度に補給していた。

 そんな時、ドレスローブ姿のルシウスに声を掛けられた。

 

「やあ、今朝ぶりだなセフォネ」

「こんばんは、ルシウス」

「少し、外の空気を吸いに行かないかね?」

「ええ、喜んで」

 

 給仕係から途中で飲み物を受け取り、ルシウスと共にセフォネはベランダに出た。涼しいくらいの気候で、パーティーとアルコールで少し火照った身体に心地良い。ルシウスはワインで口を湿らせ、セフォネに視線を向けた。

 

「セフォネ、君は"どちら側"だ?」

「唐突ですね。どのような意味で、ですか?」

 

 世間話の1つも挟まず、抽象的な問いかけ。セフォネはその言葉の意味を理解していたが、意図的に質問を質問で返した。これは気兼ねない会話などではなく、社交界における駆け引きだと判断したためだ。

 

「ブラック家はもともとタカ派の純血だ。我々マルフォイ家やレストレンジ家と同じように」

 

 "純血よ永遠なれ"。それがブラック家の家訓だ。その血が濃いマルフォイやレストレンジは言わずもがな、タカ派の純血家系。マグル生まれの排斥を唱える派閥だ。

 

「しかし、君自身の考え方はハト派寄りだ。それをどうこう言うつもりはない。だが、君が立場を明確にしていないことで、どっちつかずの、それも聖28一族ですらない家系が大半の"中道派"の連中がブラック家を旗頭に担ぎ出そうとしている」

 

 セフォネは表舞台に出てから、ブラック家の当主としてタカ派に付くことは一切公言していない。ホグワーツでは生まれに関係なく皆と接しているし、ドラコに「純血主義者ではない」と話したこともある。

 そのような振る舞いから、あくまで出自関係なく魔法族であれば歓迎するべきであると主張するハト派寄りだと目されていた。だが、立場を明確にしておらず、またブラック家の過激なイメージもある。結果として、排斥も歓迎もしない中道派が、その筆頭としてセフォネに立ってもらおうとする動きがあった。

 

「そろそろ、ブラック家の立ち位置を明確にしなければならない、と私は思うのだがね」

「なるほど。ですがルシウス、貴方が言いたいことは違うのではないですか?」

 

 ここまでは勿論、セフォネも分かっていることだ。今はまだ、当主が未成年ということもあり、曖昧にされているところもあるが、情勢も相まって立場を表明せざるを得ない時が近づいているということも理解している。

 そして、そんなことに気が付かないほどセフォネが無能ではないことを、ルシウスは当然分かっているはずだ。ではなぜ、このタイミングでそんな話をしたのか。答えは単純で、今後起きる争いの中でどの陣営に付くか、それをルシウスは探りたかったのだ。

 

「…それは」

「そのような政治的なイデオロギーではなく、もっと単純で、だからこそ難しい選択。それを聞きたいのでしょう?」

 

 情報の量と精度では、死喰い人として既に動いているルシウスに比べて、セフォネがリードしている。

 事情を知っている者からしたら、先ず手を組まないと考える騎士団。彼らにあくまでビジネスパートナーとして協力し、対価として情報共有を受けるような状態にしているのは、攪乱の意味もある。立ち位置を曖昧にしているからこそ、どちらの陣営もセフォネがどう出るのかは予測できず、彼女への干渉は慎重に行わざるを得ない。

 だからこそ、セフォネはこの状況を出来るだけ長く継続させたかった。良い意味でも悪い意味でも両陣営から注視されているセフォネだが、所詮はただ1人の魔女。派閥もなければ戦力もない。今のままでは、争いが本格化した際はどちらかの陣営に飲まれることになるだろう。そうならないためにも、自分がどう動くべきかをこの1年で見極めるのと同時に、進む道を決めた際の道しるべとしての情報を出来るだけ収集しておかなければならない。

 今日のこの会話は、死喰い人陣営からの軽い探りだ。ルシウス本人もあまり隠す気はなく、また答えを求めてもいない。このままはぐらかすに限る。

 

なるようになりますよ(que será, será)。所詮、この世は――」

機械仕掛けの神(deus ex machina)が遊ぶチェス盤に過ぎないから」

 

 続きを言われ、セフォネは驚きのあまり固まった。誰かの名言などではなく、ただ頭に浮かんだ言葉を口にしただけだったのだ。ルシウスが予想できるはずもない。

 沈黙したセフォネに構わず、ルシウスは懐かしさを滲ませていた。

 

「懐かしいな。彼女も、デメテルもいつもそう言っていたよ、この手の話をした時には。まるで口癖のように」

 

 そんなことは知らない。母親とそんな会話をした記憶が無ければ、そもそもそんな話をするような歳でも無かった。デメテルが、例えば誰かと会話していたのを聞いていて、記憶は無いが無意識に覚えていて、偶々それが口をついて出ただけなのだろうか。

 セフォネは少し混乱するものの、それは今この場で突き詰めることではない。誤魔化すように、ワインに口を付ける。ルシウスはそれを会話の終わりと取ったのだろう。踵を返しセフォネに背を向ける。

 

「彼女はブラック家の本家令嬢という立場に過ぎなかったが、君は当代の当主だ。今は良いが、いずれ避けては通れなくなる。早めに立ち位置を決めることをお勧めするよ。ああ、後これは独り言だが――」

 

 ルシウスは振り向きもせずにグラスを掲げた。

 

「――我々(死喰い人)はいつでも君を歓迎しよう」

 




事務手続きをするセフォネ……当主業務もちゃんとやっています。良いよね不労所得。

ステーキを焼くラーミア……通常業務中。主従揃って夏休みは仕事です。因みに英国ではウェルダンが主流だそうです。

ハリーチェックイン……1名様1カ月の長期ご宿泊でご案内します。原作と違いブチ切れシーンはありません。作者は結構あの場面、人間味というか思春期っぽさもあって好きなんですけどね


前回投稿から2年…時が経つのはこんなに早かったでしょうか。
感想、お返しできずに申し訳ありませんが1件1件読ませていただいております! こんな長期スパンの作品を読んでいただいていることに感謝感激です。また、誤字報告もいつもありがとうございます。何度確認しても絶対どこかにあるんですよね…節穴で申し訳ありません。
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