まだ第5斉射終わっていないのに……。
ひぇぇぇい!許してぇぇぇぇ!
春の訪れとつながり眉毛
春の訪れを人はいったいいつ感じるのだろうか?
雪が溶けたら?
春一番が吹いたら?
あたたかい日が続いたら?
それとも……。
人によって感じ方は様々だろう。
それは艦娘にとっても同じこと。
今ちょうど窓際の席に座っているこの艦娘はそんな春の訪れを自分なりに噛み締めていた。
「日の日差しがポカポカであったかいねぇ。たまらないねぇ。」
と、妙にのんびりした印象を受けるやや間延びした語尾の女子高生がつぶやく。
彼女の視線はつぼみを日に日に膨らませている桜に注がれている。
「そうですね、北上さん。」
と、北上の席の隣に自分の席をくっつけて座っている大井が同意する。
ただし、大井の目線は桜ではなく北上に注がれていたが。
「そういやさ、大井っち。今年の春休みもウチ来ない?」
「は? へ?」
と、素っ頓狂な声をあげる大井。
「だからさ、大井っちに今年もウチに来て欲しいんだぁ。一緒に春休みも過ごしたいし。ばぁちゃんも喜ぶしさ。」
柔らかな日の光をバックにニコリと笑みを浮かべる北上。
そんな北上の笑顔を見た大井は胸をキュンとさせてしまう。
「き、北上さん!? 本当に? 本当に今年もいいんですか?」
「うん! まぁ、せっかく来てもらってもウチは仮設だから申し訳ないんだけれど……。」
「ぜんっぜん問題ありません! 喜んで、喜んでいかせていただきます!」
大井は大喜びで北上の手を握る。
そんな大井の手を北上もやさしく握り返す。
「嬉しいなぁ! 春休みも大井っちと一緒だなんて! あぁ、春休みが待ち遠しいよ!」
「私もです! 北上さん……!」
うっとりとする大井。
すると北上がいきなり大井を抱き寄せた。
いきなりのことで飛び上がるように驚く大井。
「き、ききききき北上さん……!?」
困惑する大井の顔を見た北上がいたずらな笑みを浮かべる。
「なんかさぁ、大井っち。大井っちのそんな顔見ちゃうと私、我慢できなくなっちゃうんだよねぇ。」
そう言って顔を大井に近づける北上。
「ひゃ、ひゃうぅぅ。き、き、北上さん……! ダメ、ダメです!」
顔を横に振る大井。
そんな大井を弄ぶように北上は上目づかいで大井を見る。
「ダメ……。そっか。ダメ……か。」
一転シュンと落ち込むような顔を大井に見せる北上。
そんな北上の顔を見て困惑が続く大井が大慌てで言葉を紡ぐ。
「あ、あの、えっと! ダメ! ダメなんですが、それはこんな人目のある場所でってことで、その、あの……。」
大井は戸惑っていた。
大好きな北上が自分を抱き寄せてくれた。
それだけでも天国を突き破って宇宙の彼方へとワープしイスカンダルまでいける気持ちである。
それ以上に北上はもっとすごいことを自分とやろうとしているのだ。
だが、ここは学校。しかも級友たちのいる教室である。
だから大井は戸惑ったのだ。
「大井っちはさ。」
と言ってもったいつけたように北上は一呼吸置いて再び話し出す。
もちろん上目遣いで。
「私とは……、ダメ、なの?」
(ひょわわわわわわ! き、ききき北上さん! そんな、そんな、そんな大胆なぁぁぁぁぁぁ!)
大井の心の中はもう弾薬庫誘爆、大破轟沈寸前である。
「で、でもでもでも! ここではみんなが、みんなの視線が!」
すると北上は一瞬目を落とし、キリっとした眼差しで大井を見つめた。
「大井っち? 私たち、付き合ってるんだよ? なのにできないって、そんなのあんまりじゃない?」
「へ? そ、それは……。」
「ね、大井っち?」
そして次の一言が大井へのトドメとなった。
「みんなに見せ付けてやろうじゃん? 私達の関係を、さ。」
(こ、こんなの断れない! いくら公衆の面前であろうとも、こんなクソかっこいい北上さんの誘い、断れるわけないじゃない!)
北上の手をぎゅと強く、強く握る大井。
「北上さん……!」
「大井っち……!」
お互いの名前をいとおしげに呼び合う二人。
その二人の顔が、唇が徐々に徐々に近づいていく。
そしてーーー。
「こぉらぁぁぁぁぁ! あんた達何やってんのよぉぉぉぉ!」
バコーンと教科書で後頭部を殴られる北上と大井。
その衝撃でおでことおでこがゴッツンこしてしまう。
「いたたた……。だ、誰!? 私と北上さんの甘いひと時を邪魔するヤツは!?」
ばっと殴った人間を向く大井。
だが、威勢のよかったその顔はすぐに青ざめてしまう。
「邪魔したらどうなるっていうのよ? え? 聞かせて欲しいものだわ。大井?」
そこには中学公民の教科書をまるめたものを握った足柄が仁王立ちしていた。
(ちぇ~~。足柄さんが通りかかっちゃったのか。今日こそはと思ったのになぁ。)
内心で毒づく北上。
それに気がついた足柄が北上にきついデコピンを食らわす。
「痛!」
「こら、北上! あんた内心で私のこと馬鹿にしようとしたでしょ!?」
「そ、そんなことないよー。」
白々しく答える北上。
だが、そんな北上をキツイ目で足柄は睨む。
「ウソ言わない! あんたとは中等部の頃からの長ーい付き合いなのよ! 騙されるわけないでしょ!」
と、もう一度デコピンを食らわせようとする足柄。
だが、
「ふふん♪」
さっと北上がそれをかわす。
「な!? 北上!?」
驚きの声をあげる足柄を愉快そうに見る北上。
「ふふん♪ 足柄さん。私だって伊達に足柄さんの元でナギナタやってないよ?」
「ぐぎぎぎ! この娘は~~!」
と、二人で争っていたときだった。
「あらあら、何事かと思えば。教師がそれではいけませんよ? 足柄先生?」
その声を聞いた足柄は思わずビクっとしてしまう。
「そ、その声は……!?」
恐る恐る後ろを振り返る足柄。
そこにはニコニコと優しい笑みをいつも浮かべている戦艦・陸奥の姿があった。
「副校長!?」
思わず足柄は叫んでしまった。
そう。戦艦長門は中等部を、戦艦陸奥はこの高等部を受け持つ最高責任者なのだ。
「いけませんよ。暴力をふるっては。それは体罰ですから。」
「は、はい……。申し訳ありません。」
と、平謝りする足柄。
「わかったのならばよろしい。ですがー」
そう言って陸奥は視線を北上と大井に注ぐ。
「あなた達にも足柄先生に叱られる相応の落ち度があります。よって罰を与えます。放課後、副校長室に来なさい。いいですね?」
あいかわらずニコニコしている陸奥であったが、明らかに怒っている。
それを感じ取った北上と大井はプルプルと震えながら陸奥に敬礼した。
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放課後、北上と大井は顔を真っ青にして副校長室の前に来ていた。
「あんた達、やらかしたわねー。きっと副校長じきじきの実弾演習よ。あの山城ですらヘバった地獄の猛特訓よ。」
と、来る前に足柄に脅されたのだ。
「大井っち。ごめんね。ごめんね……。」
そう言って目にうっすらと涙を浮かべる北上。
そんな北上を見た大井はまたしても胸がときめいてしまう。
(はひゅん! きききき、北上さんの涙! こ、これはこれでおいしいわ! いとおしいわ!)
「大丈夫です。北上さん!」
と言って北上の手を握る大井。
「大井っち……。」
「考えようによっては二人っきりで訓練が受けられるんです! 私は、私はそれだけで十分です!」
「大井っち……!」
「鬼の山城と恐れられた山城さんが大変な目にあったとはいえ、相手は一人。私と北上さんなら!」
大井に元気づけられた北上も気持ちが前向きになり少し笑顔を取り戻す。
「そ、そうだね、大井っち! 大井っちがいれば私はスーパー北上さまだよ!」
「北上さん!」
「大井っち! いこう、そして勝つんだ! 陸奥副校長に!」
「はい、北上さん!」
そして二人は手をつなぎ副校長室へ、戦艦陸奥の執務室へと入っていった。
「失礼します。重雷装巡洋艦北上と大井、参上致しました。」
「よく来たわね。二人とも、待っていたわ。」
そう言って陸奥は二人を笑顔で迎える。
「さ、どうぞ腰掛けて。」
そう言って北上と大井にソファを勧める陸奥。
「し、失礼します!」
緊張しながらソファに座る二人。
「中等部の金剛先生から丁度いい紅茶をもらったの。ちょっと待っていてね。」
そう言って二人から離れたところで陸奥は慣れた手つきで紅茶を入れ始める。
ふわり、と紅茶のいい匂いが部屋に香る。
「さ、どうぞ召し上がれ。」
「い、いただきます。」
カチコチに緊張した二人を迎えたのは陸奥の怒声ではなかった。
それどころか今、二人の目の前には素敵なカップに入れられた紅茶とおいしそうなケーキがある。
『ぴーんぽーん』
「あら? 来客用のチャイム? 二人ともごめんね。少し席をはずすからくつろいでいてね。」
そう言って陸奥は執務室から出て行った。
無言で紅茶をすすり、ケーキをもしゃもしゃと食べる北上と大井。
「ねぇ、大井っち。」
「はい。北上さん。」
「私達、やっぱり殺されるかもしれないね。」
「そうですね。ソファはふかふかですし。」
「それに紅茶もケーキも凄くおいしいし。」
「何よりこの……。」
そう言って大井は執務室に飾られている絵をチラ見する。
「そうだね。この絵。『最期の晩餐』って有名な絵のレプリカだよね。まさに私達の心を描き出してるよね。」
「この絵の主役も、今の私達と同じ気分を味わったのでしょうか?」
「わかんないけど、しっかりケーキと紅茶味わっておこうよ。大井っち。」
「はい。北上さん。」
こうして二人が紅茶とケーキを味わい終えて十数分後、やっと陸奥が帰ってきた。
「待たせてしまってごめんね、二人とも。」
「いえ……?」
陸奥に謝られた二人はそろって怪訝そうな顔をする。
戻ってきた陸奥の後ろから警官服を着たゴリラのような男が入ってきたからだ。
つながり眉毛でいかにも粗暴そうな、率直に言えば女性に嫌われるような顔だった。
「あぁ。彼については順を追って紹介するわ。」
「は、はい。」
執務机へと戻り椅子に座った陸奥が机の引き出しから命令書を取り出す。
「では、二人を呼び出した理由を話すわ。」
ごくりと唾を飲み込む北上と大井。
きちんと執務机に対して並ぶ二人の後ろに例の警官も並ぶ。
「重雷装巡洋艦北上、大井。当鎮守府を経由して麻薬を売買している組織があることが確認されました。二人には東京から派遣されてきた警官とともにこの麻薬を押さえて欲しいの。それが今日呼び出した理由よ。」
(演習じゃなかったんだ……。)
と、二人とも肩の力がぬけるような気持ちになったが、同時に陸奥に言われたことが不安になる。
「麻薬……?」
「そう。警視庁が長年追っていた組織が深海棲艦によって穴があいた輸送網をついてここを経由していたことがわかったの。」
「つ、つまり私と大井っちに捜査の手伝いをしろってことぉ?」
「ま、そうなるわね。では紹介するわ。今回この捜査で派遣されてきた警官の両津勘吉巡査長よ。」
陸奥に紹介された警官がビシリと敬礼する。
「両津勘吉巡査長であります! よろしくおねがいします!」
世にも奇妙な捜査コンビが鎮守府に誕生した瞬間だった。