今作が筆者が事実上はじめて書いた小説でした。
最初は軽い気持ちでSSみたいに文字の羅列を書いていた筆者でしたが、アドバイスをくれる友人のおかげでどうにか小説の体裁を整えることができました。
また小説とは本当に奥が深いものなのだと知ることができ、非常に有意義な体験ができました。
稚拙な文章ながら読んでくださったすべてのみなさまに感謝申し上げます。それでは。
「さて、あの子達ちゃんと教室に来ているといいわね。少し心配だわ。」
不安そうに左手を頬にあてながら足柄はため息をつく。
「大丈夫ですよ、ねぇさん。島風ちゃんと夕立ちゃんは宿題以外は約束を守る子達ですから。」
「本当に宿題さえきちんとやってきてくれればここまで悩まないんだけれどねぇ。」
「そうですねぇ。」
手を頬にあてたままの姉に羽黒は同情し、首を縦にふった。
(本当にねぇさんは生徒思いの先生ね。)
「ところでこの地図はいつ黒板に貼りますか? ねぇさん?」
「あぁ、それは私が指示してからでいいわよ。だからそれまで授業見学していて大丈夫よ。」
足柄は隣に並んで歩く妹の問いかけにやさしい声音で答える。
「わかりました。ねぇさんの時事の授業、久しぶりだから私も楽しみです♪」
「ふふっ。期待されても何もでないわよ。」
授業道具を小脇に抱えた二人が補習に使う教室にたどりつく。「オウッ!オウッ!」と教室の外に島風の特徴的な口癖が響いていた。
「電気もついているし中から声が聞こえるからあの子達、ちゃんと時間は守って来たみたいね。」
ガラガラガラとドアを開けて入室した二人を机につっぷした夕立と元気に教室を動き回る島風の二人が出迎えた。
「っぽい~~~。」
「オウッオウッ!」
「よしよし、ちゃんと時間を守って二人とも来ているみたいね。」
教室中をせわしく駆け回る島風に机につくように促しながら、足柄と羽黒は授業の準備をする。
「オゥッ! 今日は時間守ってきたよ~。足柄さん、さっさと終わらせて帰ろうよ~。」
「足柄さん、もう私眠いっぽい。授業なんてうけられないっぽい~。」
口々に情けないことを足柄に話しかけ続ける二人。
(こ、こいつらぁ!)
それを黙って聞いていた足柄の額に青筋が浮かぶのに気がついた羽黒はそぉーっと足柄から距離をとりはじめる。
「あんた達~~!!!!!」
急に豹変した飢えた狼を前に二人の艦娘はびくっと肩を震わせる。このとき自分達が言い過ぎてしまっていたことにやっと彼女らは気がついた。
(い、いいすぎちゃったよ~~!!!!)
しかし気がついてもこうなってしまってはあとの祭りである。
「宿題も忘れてだらしがないことを言う艦娘には、こうよ!! こうよ!!」
目にも留まらぬ速さで放たれた赤チョークが「ビュンっ!」と風を切って夕立と島風のこめかみをしたたかに打ち付ける。
「いたいっぽい!」
「オウッ! いったーい!なんですか足柄さん!」
「う~~体罰反対っぽい~~!」
「あんまりぽいぽい言っちゃってると、今度こそ20センチ砲でぽいしちゃうわよ~~!」
「っぽい~~!!!!」
口々に文句を言い始める生徒達を前に足柄は「ふぅっ」とちいさくため息をつく。
「場合によっては実弾演習もする私達艦娘がチョークごときで体罰なんてどの口が言ってるの夕立!それに島風、授業中は足柄さんではなく先生って呼びなさいっていっているでしょ!」
修羅のごとき表情を前に恐怖とチョークの直撃の痛みで島風は半べそをかきながら謝罪する。
「うぅ…ごめん足柄さん~~。」
「さん?」
そういって足柄は見る者を震え上がらせる修羅のような表情で島風に問い直す。
「せ、ん、せ、い、は!?」
半べそを浮かべ、もじもじしながら島風は答える。
「うぅ~ごめんなさい、足柄せんせい~~。だからもうその怖い顔やめてよ~~。」
(べそかいちゃって、そんなに怖かったかしら。でも、今度は本当に反省しているみたいね。)
島風たちが心から謝罪し反省しているのを確認した足柄はふうっと息を吐き表情を緩める。
「まったくもう。せっかく今日の補習が終わったら、あなた達を鳳翔さんのところへご飯につれていってあげようと思ったのになぁ。」
「「本当!?」」
(あの鳳翔さんのところでご飯食べられるっぽい!?)
(オウッ!いつも戦艦や空母、巡洋艦のお姉ちゃんしか通えない、あの鳳翔さんのお店!?ホントに!?)
二人の生徒が目をきらきらさせて足柄を見つめる。
「本当よ。補習授業は時間が決まっているけれど、いつも遅くなっちゃうし。それに今日は金曜日。鳳翔さん特製カレーと好きな甘味も頼んでいいわよ。」
「オウッ! 足柄せんせい! 本当にあの鳳翔さんの甘味、食べさせてくれるの!? 私達駆逐艦のお給金じゃなかなか手が出せないくらいの値段だよ?大丈夫なの???」
島風はめったに食べられないご馳走が食べられることに目を輝かせながらも少し申し訳なさそうな上目づかいで足柄を見る。
「先生は約束を破らないわよぉ!安心してごちそうされなさい!!」
「「やったー(っぽい)!」」
大喜びで授業準備をする少女達に足柄は目を細めた。そんな足柄へ先ほどまで距離をとっていた羽黒が驚いた表情で近づいてくる。
「ちょ、ちょっとねぇさん!」
「ん?どうしたのよ羽黒?」
羽黒が小声で足柄に話しかけるのを二人の生徒は不思議そうに見つめた。
「今日の合コンはどうするんですか?」
足柄はすっかり失念していたと乱雑に手で髪をぐしゃぁとかき分ける。
「あちゃぁ~~、そうだったわ~~。う~~ん。羽黒、任せたわ!」
「はぁ。夕立ちゃんたちを食事に誘うことになった時点でこうなるんじゃないかと思っていました。仕方がありませんね。今度埋め合わせしてくださいね。」
「わかってるって! いい妹をもっておねぇちゃん幸せよぅ。」
「まったく。約束は破らないってさっき言っていたのに。ねぇさんったら……。」
困った表情で羽黒は手で髪を少しいじった。
「それは生徒との約束よ! 合コンは、まぁ、勿体無いけれどこのさい仕方がないわ!」
「先生たち、何してるっぽい?」
夕立はひそひそ話を続ける先生達があまりにも気になってとうとう話しかけた。
「あぁ、ごめんごめん! じゃぁ早速授業入るわよ。二人とも、タブレットのNFCをONにして受信状態で待っていてね。」
「ぽい~」「オウッ!」
日ごろスマホのゲームで操作に慣れている二人は足柄たちが驚くほどあっという間にタブレットを受信状態に操作した。
「はい、それじゃ今日使うテキストとノートデータ送るから誤って削除しないようにね。」
「オウっ!」
「そうそう。ところで今日鳳翔さんのところで食べるカレーはこのカレーにしようと思うんだけれどね。」
そういって足柄は自分のタブレットを操作してゆげがたち、おいしそうに撮影されているカレーの画像を二人の端末へと送る。
「「カツカレー?」」
送られてきたカレーの画像を見て夕立と島風は声を重ねる。
「そうよ。豚肉を使ったカツカレーよ!」
「おいしそうっぽい! 勝利の勝つとカツがかかっていて夕立も好きっぽい!」
「むぅ! しまかぜもしまかぜも~~」
夕立に負けまいと島風も大きな声でカツカレー好き好きコールを連発する。
「あなたたち、そんなに大きな声でカツカレー大好きを主張してもおかわりは……。」
そういったところで二人の少女がこちらにかわいらしい上目遣いをしてくるのを見て足柄の心は揺さぶられてしまった。
「わかったわ……。補習の態度次第ではおかわりも許可します……。」
「「やったー(ぽい)!」」
「ねぇさん!?」
飢えた狼とあだ名される、ある意味凶悪な性格の足柄(姉)が少女の上目遣いに妥協した姿を見て羽黒は著しく動揺した。
「きょ、今日だけよ! 今日だけなんだから!!」
そう声を荒げる足柄に夕立と島風は満面の笑みを返して答えた。
「こほん。話を戻すわね。私や羽黒をはじめ多くの艦娘も大好きなこのカレーなんだけれど、実はあるものを使っているからトルコとかの国から派遣されている艦娘は食べることができないのよね。」
「しまかぜ知ってる~~。豚肉が入っているからでしょ?」
ぴしっと挙手をして島風が発言する。
「そのとおりよ、島風! これはある宗教だから豚肉は食べちゃダメなのよね。その宗教は…?夕立!」
「っぽい~~。えっと、えっと、仏教じゃなくて、キリスト教じゃなくて……。」
返答に詰まっている夕立に島風は心配そうな顔でちらちらと目線を送る。
そんな視線を感じた夕立の額に冷や汗が吹き出てくる。
そして意を決したように夕立も島風のようにぴしっと真っ直ぐに手を伸ばして答える。
「わかったっぽい! ぞ、ゾロアスター教っぽい!」
答えを聞いた足柄と羽黒がまさかそう答えるかと、がくんと肩を落とす。
「夕立、あなたよくゾロアスター教を知ってるわね。ゾロアスター教を知っているのはいいことだけれど、今回は残念ながらゾロアスター教じゃないわ。イで始まる宗教よ?」
「イ……?」
はて、イで始まるとはいったいなんだろう?潜水艦か?伊号潜水艦がらみか?
と、夕立の頭がでちでち言う万年スク水で過ごす友人のシルエットに埋め尽くされそうになったとき、とうとう島風が助け船をだした。
ガタンガタンガタン!
悩んでいる夕立の隣の席で突然椅子を揺らす島風。それを見た足柄がむっと表情を変えたので島風はすぐに椅子を揺らすのをやめた。
どうして急に島風ちゃんは椅子を揺らしたっぽいーー?椅子を……あっ! まさか!
「わかったっぽい! 答えはイスラーム教っぽい!」
「そう! 正解よ夕立!」
「えへへ。うれしいっぽい! ありがと、島風ちゃん!」
助け舟をだした島風は自分の努力が水の泡にならなくてよかったと思いながら夕立に笑みで答えた。
「でも、しまかぜ、イスラム教って豚肉食べないこと以外よくしらなーい。」
「私もっぽい~~。」
「じゃぁこういう人は見たことない?」
足柄が次に見せたのは髭をはやした男性がカーペットの上で祈りを捧げている写真だった。
「あ、見たことある~~。本土の空港でよくみかけるよ~~。この人、イスラム教だったんだ~~。」
「う~~ん。でもイスラム教って怖いっぽい。このおじさんはやさしそうだけれど、本当は極悪人なんでしょ?」
極悪人などという物騒な言葉を使った夕立に足柄は少し驚いた表情を浮かべた。
「なぜそう思うの、夕立?」
「だってニュースではほとんど毎日『イスラム国、その恐怖の政治』って内容を報道しているっぽいよ? 私見たの。なんかご飯も勝手にたべちゃいけないっぽいって言ってたし。」
「ご飯たべちゃだめなのーー!?」
ご飯が自由に食べられない。そのことを聞いた島風が驚愕で思わず叫んでしまう。
「そうね。確かにニュースではそういう風に報道しているわね。でも、それは何もイスラム国だからしているってわけじゃないのよ。少し誤解しているみたいね。」
「そもそもイスラム国って国なの? なんなの~? 国なのにどうして誘拐したり、その誘拐した人を殺しちゃったりするの~。」
島風が首をかしげる。
「そうね。確かにイスラム国は残酷なことをしているし、彼らを肯定なんて、とてもできないわ。なんでこうなっちゃったかを3つのポイントで話すわね。」
「たった3つでいいっぽい!?」
こんどは複雑な話になりそうだと覚悟していた夕立が、たった3つのポイントだけでいいと聞き驚きの声を上げる。
「えぇ、もちろん本気でイスラム教とイスラム国について調べようと思ったら沢山説明が必要になるし、3つのポイントだけじゃとても語りきれないわ。でもイスラム国を読み解くだけなら足柄式ポイント術で3つ、今回はマスターしてくれれば大丈夫よ!」
「「よぉーしがんばるー(っぽい)!!」」
「それじゃ、さっそくはじめるわよ! まずは一つ目のポイントよ! 羽黒、地図を黒板にはってもらえないかしら?」
「はい、ねぇさん。あら? 少し大きくて貼りにくい……。夕立ちゃん、手伝ってもらえますか?」
「了解っぽい! お手伝いするっぽい!」
そういって羽黒と夕立二人で貼らなければいけないほどの大きさの地図が教室にひろがっていく。
「オゥ? どこの地図? 緑色と茶色に色わけされているけれど……あ! もしかして!」
「そう。いい勘しているわね島風!」
「?どういうこと? 夕立わかんないっぽい! 教えてほしいっぽい!」
足柄に目で促され、島風が答える。
「緑に色分けされているのがイスラム教の国で他の色はイスラム教じゃない国だよね?」
「そっかぁ! でもこんなにイスラム教の国ってあるんだね。夕立知らなかったっぽい。」
中東からアフリカ地域までびっしり緑色に塗られた地図をみて夕立は唖然とした。
「そうね。ところでこの地図はアジアの中東地域を中心にしたものだけれど、国にもよるけれど数千円程度のタクシー代で行けるほど中東の国々は隣同士、ご近所どうしなのよ。」
「ん~~???」
夕立が思いっきり首をかしげる。それをみた足柄がしてやったりという笑みをちらっと見せた。
「オウっ? どしたの夕立? お腹壊したの?」
「違うっぽい! お腹は正常。はやくご飯食べたいっぽい! ってそうじゃなくて、いや、なんか、タクシーでちょっとお金払えばいけるほど国どうし近いっぽいんだよ?」
「それが?」
島風が何を夕立が言いたいのか理解できずに首を軽くかしげる。
「う~ん、同じ宗教を信じているのに、なんでここまで細かく分かれる必要があるのかなって……。」
「いいことに気がついたわね! 夕立! そう。そこがポイントなのよ! じゃ、みんなタブレットを出してね。うん。えーと。転送はこうかしら。うん。こうして、こうして。よし!それじゃデータ転送! 一つ目のポイントを発表するわ!」
操作にもたついたが無事完了できた足柄がタブレットを軽くたたくと夕立と島風のタブレットに
『ポイント①イスラムはもともとひとつ』
と目立つ蛍光色で文字が表示された。
「イスラムはひとつ? オウっ? でも実際にはこんなにバラバラだよ? それに先生からもらった資料には、授業でならった仏教みたいに宗派も分かれているみたいだよ?」
よけいわからなくなったといわんばかりに島風はさきほどよりも強く首をかしげる。
「そうね。でも、今みたいに細かくバラバラに国が分かれたのは実は20世紀、第一次世界大戦後からなの。」
「意外に最近っぽいね。もっと中世とか大昔にバラバラに国が分かれたのかと思ったっぽい!」
夕立が丸くかわいい目を、より丸くして驚く。
「この中東をおさめていた国はオスマン帝国という国だったの。でも、第一次世界大戦のあとにこの条約によって事実上解体されてしまうのよ。」
そういって足柄は再びタブレットを操作する。その直後、二人のタブレットにインストールされていたプリントデータの空白に『サイクス・ピコ条約』と表示された。
「このサイクス・ピコ条約はイギリスやフランスなど第一次世界大戦の戦勝国に有利なように国境線を引かれてしまったわ。」
「そんなのひどいっぽい!」
「そうね。民族や宗派に配慮しないで引かれたこの国境線は多くの混乱をもたらしたわ。」
「オウッ! 民族や宗派に配慮しなかったら大変なことになるんじゃないー?」
「そうね。実際島風のいうとおり、かなり悲惨なことになったわ。」
そういって足柄は少し暗い表情になりながらタブレットをスワイプし画像を選択する。
「次の写真はかなり残酷な描写があるのだけれど……イスラム国を語る上で重要だから公開するわ。見たくないひとは言葉でも説明するから目をつぶって聞いていてね。」
「オウっ!」「ぽいっ!」
目をつぶって聞いてて、と言うやいなやそれぞれ返事をした二人が、二人とも目をつぶってしまったのを見た羽黒が思わず苦笑する。
「この条約の結果、イスラム教という宗教でほぼひとつにまとまっていた中東は民族意識が高まったことでそのまとまりを崩壊させられてしまったわ。」
一呼吸おき、目をつぶっている二人に足柄は話しかける。
「まとまりがなくなったらどうなるか、みんなも実戦で経験したこと、あるわよね?」
「まとまりがなくなると、作戦もうまくいかないし、夕立、喧嘩しちゃったこともあるっぽい。」
「しまかぜもそういう経験あるよ……。楽勝だと思って突っ込んじゃって、みんなに迷惑かけちゃった。」
「そうね。そのまとまりのなさが民族レベルになっちゃうと、紛争になってしまうこともあったの。それを鎮圧するために事実上中東を支配していたイギリス、フランスが何をしたのか……。」
「「ま、まさか……!」」
「彼らは紛争を鎮圧するために毒ガスを使用したり、非人道的な手段で紛争を鎮圧していったわ。これがその資料よ。」
と、生徒は誰も見ていないながら律儀にも資料を展開する足柄。
「ひ、ひどいっぽい……!」
「ど、毒ガスだなんてさすがにやりすぎだよ……!」
「イスラム教はこうして分裂しまとまりを欠いてしまったの。その上にキリスト教に負けたという自信の喪失と屈辱的な扱いを受けてしまったの。そしてこの分裂したイスラム世界をもう一度ひとつにまとめることは全イスラームの悲願なのよ。」
もう目をあけていいわよ、という足柄の声を聞き二人は少しまぶしそうに目を開ける。
「夕立、なんで『イスラムはもともとひとつ』が重要なのかわかったっぽい。イスラム世界の人たちにとって今のばらばらな状態はイギリスとかフランスとかに負けたせいだから、認めたくないっぽい。」
「しまかぜもよくわかったー。今の分裂したイスラム世界、それ自体が屈辱なんだねー。だから、もう一度ひとつのイスラムを強く求めているんだねー。」
二人の鋭い視点に足柄も羽黒も、よくぞそこまで理解したという喜びと驚きで目を丸くした。
「二人ともすばらしいわ! まぁ、この足柄が教えているんだもの当然よね! それじゃ、次のポイントいくわよー!」
「どんどん来い(っぽい)!」
「じゃ、二つ目のポイントいくわよ!」
びしっとポーズを決める足柄。その正面には真剣な眼差しで学業に取り組む二人の生徒の姿がある。
(いい眼差しね。教えがいがあるわぁ!)
ささっとタブレットを操作し足柄は次のポイントを表示させる。すぐにタブレットの液晶画面に目立つ文字が浮かんだ。
(今度は誰かにこのポイントを読んでもらおうかしら。おっ、島風と目があったわ。それじゃあ……)
「島風!」
「オウッ!?」
「今表示された二つ目のポイントを読んでちょうだい。」
「は~い! えっと、『イスラム国の拡大は新イラク政府の失策が原因』 」
「うん、ありがとう島風♪」
「足柄先生、これどういうことっぽい?」
読み上げられた新しいポイントに夕立は首をかしげながら尋ねる。
「まず押さえておきたいのは、イラクでパソコン操作とか技術が必要な仕事のできる人たちが誰かってところね。」
「オウ? そういう技術を持ってる人はイラクでは特別なのー?」
足柄は島風の問いにゆっくりうなずく。
「特別なのよ。イラク戦争は知ってる?島風?夕立?」
「知ってるよ。イラクがアメリカとイギリスを中心にした軍隊と戦って、独裁者のイラク大統領、サダム=フセインが倒された戦争でしょ?」
「私も知ってるっぽい。なんかすごい怖い兵器をそのフセイン?が持ってるって理由で攻撃したんだよね。」
「オウッ! そうそう、でも、結局その怖い兵器を持っていなくって泥沼化しちゃったんだよね。」
(この子達、よく知ってるわね!)
思っていた以上の答えが返ってきたことに足柄も羽黒も内心で舌を巻く。
「そう、そのとおりよ。大量破壊兵器…核兵器などね。それを持っているんじゃないかって攻撃したんだけれど、結局は持っていなかったの。」
(そうね、島風ならこの問いにも答えられるわね。さっきはっきり言っていたし。大事な人物だから流さないで再確認しましょう。)
「では~~、この中でかけっこが一番得意な人!」
「オッオウッ!それってしまかぜしかいないじゃん!」
「イラクを率いていた独裁者の名前、もう一度お願い。」
「えっと、サダム=フセイン。」
「うん! よくできました島風!」
「てへへ、ほめられちゃったよ……!」
照れ笑いしている島風を見て夕立がぷくぅっと頬を膨らませる。
(あら? どうしましょう。夕立もフセインをちゃんと知っていたのかしら。うろ覚えっぽかったからあてなかったのだけれど……)
「足柄先生! 次は私にあててっぽい! 私も褒められたいっぽい!!」
「わかったわ。夕立、そのときはよろしくね。」
「っぽい!」
(さっきの質問、当てられていたらまずかったっぽい。夕立、フセインって名前すらうろ覚えだったっぽい……。でも褒められたいし……がんばるっぽい!)
夕立の瞳がギラギラと燃える。
「話を戻すわね。その戦いをイラク戦争っていってフセインが率いていたのがバアス党という組織よ。」
「バアス党? それとイラク政府の失策と関係があるの?」
「大きく関係しているわ。そもそもフセインは独裁者でバアス党のトップ。じゃぁ、そんな国で仕事を得る手っ取り早い方法は?さっきの宣言どおり当てていいかしら?夕立!」
「えっと、えっと……」
言葉につまりながらも夕立は必死で考える。
(ふふ、考えてる、考えてる。でも考える時間を多くとりすぎるのも問題ね。そろそろ助け舟を出そうかしら?)
「夕立、あの…」
足柄が夕立にヒントを出そうとした瞬間、夕立の顔が真っ直ぐ足柄に向く。
「そのフセインがトップの、えと、ば、バアス党?とかに入っておけばオッケーっぽい?」
すると時間がとまったかのように足柄は夕立をじっと見る。
(え? え? ちがったっぽい???)
「せ…」
「正解! 冴えているわね! 夕立! よくできました!」
一瞬状況を飲み込めなかった夕立だったが、すぐに自分の解答が正しかったのだと理解した。
「やった! やったぽい~~!」
「やるじゃん、夕立!」
島風にも「やるじゃん」といわれた夕立は本当に嬉しそうに万歳した。
「そうやってフセインのバアス党に技術をもった人たちが集まっていったわ。その後フセインは倒されて、国をまとめる新しいリーダー、つまりイラク新政府ができたわ。」
「あれ? 新政府ができちゃったらバアス党の人たちどうなっちゃうの?」
(やっぱり島風は鋭いわね……)
手を律儀にあげて質問する教え子に足柄は問いかける。
「なんでそう思うの? 島風?」
「だって倒されたフセインの下で働いていたのがバアス党でしょ? この新政府がフセインがリーダーだったバアス党の人たちを大事な仕事につかせるとは思えなくって」
「う~ん、私でも前のリーダー、しかも独裁者の人が率いていた人たちとは働きたくないっぽい~~。」
普段宿題を忘れてくる二人の想像以上の鋭い視点に足柄は目を閉じ苦悩して頭を押さえる。
(本当にあなたたちは、宿題さえやってきたら駆逐級トップクラスになれるんでしょうに……!)
そんなことを足柄が思っているなんて露知らず、頭をおさえはじめた足柄について教え子達は二人でひそひそ話をはじめた。
「足柄先生、どうしたっぽい?」
「この前の合コンで失敗したことがフラッシュバックで蘇ったんだよ。きっと。」
「足柄先生、この前の合コンも失敗したっぽい!?」
と、そこで二人は目の前から視線を感じビクっとする。まさか、まさか今の話を足柄に聞かれていたのではー。
そう思い、フルフルと子羊のように体を震わせながらゆっくりと夕立と島風は正面を向き直す。
「授業中に私語はダメよ?」
そこには天使のように柔和な笑みを浮かべた羽黒の姿があった。
「ねぇさん、大丈夫ですか? 授業中に頭を押さえて?」
「あ、あら、ごめんなさい、羽黒、大丈夫よ。ありがとう。」
「みんなも授業はもう少しだから頑張ってね。」
(助かった~~)
二人は安堵のため息をつき、足柄はそんな様子を知ってか知らずか授業をなにごともなかったかのように再開する。
「では、授業を再開するわ。そうね。島風と夕立の言ったとおりになったわ。新イラク政府はバアス党の人たちをフセインの息がかかっていると思って全然仕事につけないようにしてしまったの。」
「あれ? でもよくよく考えると技術のあるバアス党の人たちが仕事できないと、周りのひとも困るっぽい!」
「あら夕立、よくそこまで考えることができたわね!偉いわ!」
再び褒められたことに夕立は照れて頭をかいた。
(てへへ~~。また褒められたっぽい~~。)
そんな夕立の様子を足柄と羽黒はほほえましく感じた。
「実際、夕立の言ったとおり、新イラク政府にバアス党の人間、つまり仕事ができる人達がいなくなって、イラクの社会はすごい勢いで荒れていったといわれているわ。」
「「ひぇぇぇぇ。」」
「だからこそ、イスラム国は勢力を拡大できたわ。夕立、もしあなたが行く当てもなくすごいお腹が空いていたときに、ご飯と寝床、つまり生活場所を与えられたらどう思う?」
「それは、とても嬉しいっぽい!だって自分が生活できる場所ももらえるっぽいし!」
「そうね。イスラム国はそれをバアス党の人たちにしたのよ。」
「ご飯たべさせてあげたのー?」
島風が本当に単純な疑問、といった感じで手を上げずに質問する。
「まぁ、結論から言うとそういうこと。無職になった沢山のバアス党の人たちを雇ってあげたの。イスラム国が石油を生産できるからこそできた芸当ね。」
「せ、石油まで生産できるなんて知らなかったっぽい……。夕立はイスラム国ってテロリストだっていうからもっと小規模なものかと思ってたっぽい!」
「オウッ! 私も~。それってテロリストなの?」
足柄は教卓を前にしてタブレットを片手で持ちながら質問に答える。
「まぁ、ここまで大規模なテロリストは実際はじめてのことだったから、専門家でもイスラム国をただのテロリストだとは見ていないわ。」
そういって持っていたタブレットを操作するとイスラム国の戦闘員が戦車を動かしている様子が表示された。
「えっ! テロリストが戦車まで持ってるっぽい!?」
「私この戦車知ってる~~。旧ソ連の第一世代主力戦車のT-55だよ。あのお椀みたいな砲塔って結構装甲が硬いんだよ!」
「え、そ、そうなの?島風?」
(ま、まずいわ……海上兵器ならいざ知らず、陸上兵器は私、対艦兵器以外よくわからないのよね……羽黒は……あちゃぁ、羽黒も私と似たりよったりのようね。島風の発言を聞いてぽかんと口を開けてるわ。せめてさっき表示した戦車くらいはあとで復習しなくっちゃ……!)
「そうだよ! 足柄せんせい! 戦車でわからないことがあったら島風におまかせ!」
「ありがとう。頼りにしているわ、島風。」
誇らしげに胸を張る島風に夕立は尊敬の眼差しを向ける。
「島風ちゃん、すごいっぽい! どこでそんな知識をつけたっぽい?」
「これはね、寮の消灯時間のあと布団の中でこっそりやっていたスマホのゲームで……って、あ!!!!」
しまった! と手で口を押さえる島風だったが、もう遅い。夕立も聞かなければよかったと眉を下に下げる。
「……島風、こんどゆっくりその話聞かせてもらおうかしら…………!!!!」
目がひきつり修羅のような表情を浮かべる足柄を前に島風の足がガクガクと大きく揺れる。
「ゆ、ゆっくりじゃなくていいよ! そ、それよりはやく、はやく授業に戻ろう!」
右手の腕時計を確認した足柄は、はぁっとため息をつき、今回の件を後回しにすることに決めた。『後日詳しく話を聞くわ。』とひとまず難を逃れた島風はほっと胸をなでおろした。
「そう。イスラム国はバアス党の人たちを雇えたおかげでこのような大型兵器もすぐに使えるようになったし、事務技術をもつバアス党の人たちも雇えたから普通の国みたいに事務仕事もしているらしいわ。」
「へぇぇっぽい! だから新イラク政府の能力が落ちて、イスラム国の能力がバアス党を吸収したことであがっていったっぽい!」
「深海棲艦も怖いけれど、イスラム国もなんだか怖いよ!」
「確かにあまりにも情報が少ないからいろいろなデマも広まっていて、凶悪なテロリストのイメージもあればとてつもなく厳格なイスラム教で支配しようとする宗教集団のようなイメージもあるわ。」
「「厳格なイスラム教?」」
二人の声がハモる。
「夕立はニュースでイスラム国が怖いイメージで報道されているのをみたのよね?」
「見た見た。ご飯たべちゃだめっぽい!」
「それはイスラームで断食、ラマダーンっていうの。」
「オウッ! ラマダーン、不思議な響き!」
「ラマダーンはずっとするわけじゃないの。期間が決まっていて、その期間が過ぎたら身分に関係なくごちそうが振舞われ、みんなでお祭りを開いて楽しむのよ。」
そういって足柄は関連資料を全員のタブレットに表示させた。
「お、お祭り!?」
「な、なんかイメージしてたのと違うっぽい。」
表示された資料を見て島風と夕立はそれぞれ驚きの声をあげる。
(全然怖くないっぽい! むしろ楽しそうっぽい!)
「実際、このラマダーン明けの祭りはもの凄く盛大で、イスラム教の国々にあるテレビ局は1年かけてこのときのために番組を作っているくらいよ。」
「オウっ!気合いれすぎだよ!」
「なんでラマダーンをするかというと、みんなでご飯が食べれない気持ちをわかちあうためなの。」
「ほぇ~~。そうだったんだっぽい~~。」
「ラマダーンはこれでわかったわね。そうだ、ついでだからラマダーンのほかに聞いたことがあるイスラムの言葉って皆はあるかしら?」
島風が元気一杯に手を上げた。
「はい! はい! 島風知ってるよ! ジハードっていうの。これは怖いよ! 自爆するんでしょ! なんで自爆するの?」
「じ、自爆……! そ、そうだ、自爆テロは怖いっぽい!」
(そうよね、やっぱりなんで自爆テロをするのかを話してあげないといけないわよね。)
足柄はしっかりと島風と夕立へ向きなおした。
「それはイスラム教のために敵を巻き込んで自爆、つまり殉教したら必ず天国にいけると信じているからよ。」
「そ、そんなひどいこと許せない!」
いつもの口癖である「ぽいっ」をつけなかった夕立が強い口調で話す。
「だって、沢山の人を巻き込むんだよ!? それで沢山、悲しむ人が産まれるんだよ!? 自分の命も散らして、そんなの間違ってるよ!」
「夕立…」
「あ、ごめんなさいっぽい。前の戦争のこと、思い出しちゃったっぽくて……。」
(この子がここまで怒るだなんて。ニュースを見ていたのも、普段の授業よりも知識があったのもこのことが理由だったのね)
うつむいた夕立に足柄はあの修羅のような顔ではなく、やさしい母親のような柔和な笑みを浮かべ夕立にやさしく話しかける。
「いいえ、夕立、謝る必要はないわ。みんな同じことを思っているわ。私も、羽黒も島風も。みんな、あの戦争を体験した記憶を持っているのですから。」
「……ぽい。」
「実際、ジハードが自爆テロをして天国にいけるといわれるようになったのはつい最近のことみたいだわ。本来の意味は、たゆまず努力をすることだったそうよ。」
「なんか、今までただ怖いだけのイスラム教だったけれど、島風、ラマダーンやジハードの元々の意味を知って少し考えが変わったよ!」
「私もっぽい!」
「今の日本の報道では一般的なイスラムの教えすら、イスラム国が絡んでいるということで恐怖の内容ってことにすりかえられちゃっているわね。だから、私たちもイスラムについての知識をもう少し勉強する必要があると私は思うわ。」
真剣な眼差しで自分を見つめる二人の少女を見て足柄は、今日補講を開いてよかったと感じた。
「ちょっと話が脱線しちゃったけれど、イスラム国が台頭できた理由に新イラク政府の失策があったことは理解できたかしら?」
「バアス党の人たちをイスラム国が雇うことができた理由までバッチリっぽい!」
「よ~~し。それじゃ最後のポイント、いっちゃうわよ~~! 最後のポイントは~~じゃん!」
『イスラム国は目指す、イスラム圏統一を』
「ポイント1ではイスラムが分裂してしまったことをやったわね?」
「オウッ! それでイスラムの人たちがもう一度ひとつにまとまりたいっていうこともやったよ!」
「ぽい~~。イスラムの人たちはイギリスとかキリスト教に恨みももっているっぽい~~。」
足柄は二人が先ほどやった内容をしっかりと覚えていることを確認した。
「二人はカリフって聞いたことある?」
「カリフ? お菓子???」
「違うよ夕立。カリフっていうのはメキシコ近くの海だよ!」
(島風、それはカリブよ……!)
足柄が自分の心の中で島風に突っ込みを入れる。
「えっとね、二人とも。カリフっていうのは日本でいう第二次大戦前の天皇みたいなものなの。」
まさかそんなに偉いものだとは思っていなかった島風と夕立はびっくりして目を丸くする。
「つまり、イスラムで一番偉いっぽい!?」
「オウっ!? そんな人がいるなんてしまかぜ、一回も聞いたことがないよ!」
二人の反応にうなずきながら足柄が授業を続ける。
「それもそうなのよね。カリフは1924年に廃止されちゃってるの。」
「1924年……! じゃぁ、そのときから今までカリフ、一番偉い人がいないままきちゃったんだね。」
「そう。そしてこのカリフの空席を巧みに利用したのがイスラム国、いえ、イスラム国の首領よ。」
首領という言葉を聞き生徒達はごくりとつばを飲む。
「い、イスラム国の首領……私達の提督みたいなもの……っぽい?」
「あんな毎日腑抜けてるやつとは違うわ!」
ダン!と足柄が強く教卓をたたく。瞬間夕立と島風は恐怖でビクっと肩を震わせる。
(いったーい。感情にまかせてまた叩いちゃったわ……)
そんな足柄の様子に二人は気がついた。島風が心配そうに声をかける。
「大丈夫?せんせい??」
「も、もちろん。大丈夫に決まっているでしょ!」
「本当に大丈夫?少し手が腫れてるよ?消毒液ならもっているから使うといいよ?」
予想外に自分のことを気にかけてくれる生徒たちに足柄の涙腺がほんの少し緩くなる。
(あぁ、なんて先生思いの子達なのかしら。私達の指導に間違いはなかったみたいね。)
「ありがとう。本当に大丈夫よ。」
生徒が自分のことを心配に思ってくれる。そんな人を思いやれる生徒が育ったという喜びの気持ちが胸に広がっていくのを足柄は感じていた。
だが、
「だよね! もしこの程度のことで痛がっていたら、授業の最初のチョーク投げでせんせいが言ったこと、そのまま返すところだったよ! オッオ~~ウッ!」
瞬間、足柄が凍りつく。かと思うとみるみる表情が険しくなっていく。
「あれ? せんせい? どうしてちょ、チョークを握ってるっぽい??? し、島風ちゃん! 謝って! 今のこと謝って!」
「え? なんで? なんか私悪いこと言った?」
(落ち着いて、ねぇさん、落ち着いて……!)
狼になりかけている姉が再び凶行にでないことを教室の隅で授業見学している羽黒は必死で祈った。
すると祈りが通じたのか少しため息をついた足柄が落ち着いた声で授業を再開する。
「イスラム国首領、いえ、最高指導者バグダディ。」
「オウっ? バ……バク……?」
聞きなれない言葉に島風は足柄に聞き返す。
「バグダディ。彼がイスラム国の頂点に君臨する男よ。」
「ば、バグダディ。その人はただのテロリストの親玉じゃないんだね……。」
「そうよ島風! 彼はなんと自分自身をカリフと名乗って、それを主張するように普通のターバンとは異なる黒いターバンを巻いて堂々と現れたの! 世界中のイスラムの前にね。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
席に座りながら焦った様子で島風は手を思いっきり振った。
「ん? 島風ちゃん、どうしたっぽい?」
「いくらなんでもイスラム国の首領であるバグダディはテロリストなんだよ? そんな人が世界中のイスラムの前に堂々と出てこれると思う? まして、世界中だよ? そんなの無茶だよ! 無理だよ!」
島風の意見に夕立も首を大きく縦に振り同意する。
「言われてみればそうっぽい。イスラム教の人たちって世界中に散らばっているっぽい。先生が最初にくれたこの資料にも書いてるっぽい。」
教材用タブレットの画面を器用に拡大、縮小しながら夕立が答えた。
「それができる世の中になっちゃったのよね。あなた達もいま使っているわよ。もちろん私もね。」
そういって足柄は自分の右手に持っている液晶画面のついた板をこれ見よがしに二人に見せる。ついでに右手に巻いている腕時計を見た足柄が愕然とする。
(あら? もうこんな時間!? ま、まずいわ。かなり巻いていかないと。)
そんな足柄の様子の変化に気がつかなかった二人が手をぴしっとあげ声をそろえる。
「「まさか、タブレット(ぽい)!?」」
「そう、スマホ、タブレットは近年、急速に普及したわ。先進国はもちろん、発展途上国にもね。そして、これらの機械はリアルタイムで自分が何をしているかを伝えたり、動画をとってそれを世界中に公開することができるわ。イスラム国はスマホなどを有効活用して、自分達のアピールに成功したのよ。」
「私も使ってるっぽい! ツイッターやってるっぽい!」
「オ、オウッ! でも、いくら巧みに動画を作ってアピールしたとしても、そのば、バグダディ自体がどこの出身かわからなかったらカリフとして認められないんじゃない?」
島風の発言を聞いた夕立が右手の人差し指を立て頬に当てながら考える。
「そうだよね。どこの誰かもわからない人がいきなり出てきても信頼なんてないっぽい!」
「それがどっこい、そうでもないのよ。バグダディはわりと正当な血縁の出身でカリフを名乗る資格があると多くのイスラム教徒は思っているらしいわ。」
「っ! ぽい~~! それじゃ影響力はかなり強いっぽい~~!?」
「そうね。そして名前よ。わざわざイスラム国と名乗っているのは理由があるのよ。」
「「理由?」」
島風と夕立はお互いの顔を見合わせながらそれぞれ考えこむが人差し指を頭に指して険しい表情になる。
「いったい、どんな理由っぽい? イスラム国はイスラム教の国だから、そういう名前じゃないっぽい?」
「確かにそうね。でも最初からイスラム国って名前じゃなかったのよ。」
そういって足柄はタブレットを操作する。
「前の名前はこういう名前だったのよ。夕立、今表示されたのを読んで。」
「っぽい! えと、”イラクとシリアのイスラム国”……?」
「オウっ! 場所が限定されちゃってるよ?」
「そう。この名前だと場所が限定されてしまう。これでは全イスラムの頂点に立つ組織としてはよくない。そう考えてこの名前に直すのよ。」
タブレットに新たに表示された文字を見て島風が口ずさむ。
「イスラミック・ステイト。通称IS。……これを直訳してイスラム国って呼んでいたんだ!」
「そのとおり、イスラム国はただのテロリストじゃなく、明確な目的意識をもって動いていることがここからもわかるわ。それに……。」
きーーんこーーんかーーんこーーーーーーん。きーーんこーーんかーー…………
言葉を続けようとした足柄だったが、今日鳴る最後のチャイムを聞き話をやめた。
「あぁ、もう終わりの時間なのね。本当はもっと教えたかったのだけれど……。イスラム教とイスラム国は本当に奥が深いわ。図書館にも置いてあるから興味がある人は本を読んでみるといいわね。」
「しまかぜ、もうお腹すいたよぅ。でも本は今度読んでみたいよ!」
「夕立もぉ!」
「ふふっ。そのいきよ二人とも!あ、でもその前に……。」
急に話を切った足柄に二人は小首をかしげる。
「二人とも! 今度はちゃんと宿題やってくるのよ!」
ギラリと飢えた狼のような顔でにらみつけられ夕立と島風は震え上がる。
(ひぇぇぇぇ! 足柄さん、怖いぃぃぃぃ!)
「はいぃ!」「ぽい!」
島風と夕立が直立不動の姿勢でビシっと敬礼する。
そんな二人を見て足柄は表情を崩す。
「それじゃ、鳳翔さんのところに行きましょうか!二人とも、お腹ぺこぺこでしょ?」
「やったぁ! お腹いっぱい食べるよ(ぽい)!」
こうして本日の足柄補習塾は閉講したのだった。
主な参考文献
池内恵『イスラーム国の衝撃』文藝春秋、2015
島田裕巳、中田考『世界はこのままイスラーム化するのか』幻冬舎、2015