足柄先生の猛烈!?時事授業   作:ふみ2016

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第2斉射 我輩、中国経済で大もうけなのじゃ!『テーマ:世界経済』

「ん~、夜桜がきれいねぇ。こんな日は静かにひとりでお酒を楽しむのもありね。」

 

授業準備も終え、あとは眠るだけとなった足柄はとっておきの酒、純米大吟醸原酒の香りに酔いしれる。

 

(とはいったものの、この光景を好きな人と二人っきりで眺めることができればやっぱり最高なんだけれど……。)

 

開け放たれた寮の窓からはその生命力のすべてを見せ付けるかのように、めいっぱい美しい花を咲かせた桜が見える。

 

「ふふっ。羽黒はかわいいわね。さて、私もそろそろ寝ないとね。」

 

むにゃむにゃとぐっすり眠っている妹の頬に軽く触れ、足柄は自分も眠るために窓を閉めようとしたその時だった。

 

『おい! はやまるな!』

 

外から男の大きな声が聞こえ、足柄は眉をひそめる。

 

「ん? 誰かしら? こんな夜更けに?」

 

窓から顔を出し耳をひそめると再び声が聞こえた。

 

『馬鹿な真似はよせ!』

 

その声で誰が叫んでいるのかを察した足柄は二日酔いでもないのに頭痛を感じ頭をおさえる。

 

「はぁ。バカはあんたよバカ提督。こんな夜更けに一体何を叫んでいるのかしら?」

 

よくよく聞いていると、別の声が風に乗って足柄の耳に届く。

 

『はなせー……。』

 

(あら、女の声もかすかに聞こえてくるわね。って、ま、まさか!?)

 

足柄はあまりの衝撃に思わず手で口を押さえる。その目はかっと見開かれ、酔いもすっかり覚めてしまっていた。

 

「あのバカ提督も隅に置けないわね。女がいたなんて!」

 

引き続き提督と女が争っている声が聞こえてくる。眠気の吹き飛んだ足柄はこの珍事を見逃すまいと急いで外に出る準備をする。

 

「修羅場かしら? おもしろそうだからこっそり覗いてやりましょう。あ、そうそう。こんなときは……。」

 

(あのカメラマンも呼んでやりましょう!)

 

急いでxPERI@のロゴが入った自慢のスマホでラインを起動させると慣れた手つきで文字を入力する。

 

「よし! あの子に話題を提供しておけば謝礼のひとつも貰えるかもね! さ、急ぎましょう!」

 

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「離せ! 離すのじゃ!」

 

「バカやろう! この腕が千切れようとも絶対お前をはなさねぇ!」

 

「だったら千切ってやるのじゃ!」

 

「はぁ!? お前、マジで!? い、いてててて! やばいやばいやばい! 千切れる! お前が本気出したらマジに千切れるだろうが、ば、バカやろう!」

 

(思った以上の修羅場ね……)

 

声のするほうへ足を進めた足柄が着いたのは、巡洋艦寮のすぐ近くの人気のない港だった。

 

「足柄さん! 足柄さん!」

 

振り返るとひとりの艦娘が提督たちにばれないようにこっそりと足柄に近づいてきた。

 

「あら青葉、思ったより早かったわね。」

 

「当然です! スクープあるところに青葉あり! ですよ!」

 

自慢の高級カメラを手にドヤ顔を見せ付ける青葉に足柄も笑みを浮かべる。

 

「さすが我が鎮守府一のスクープハンターね。」

 

その言葉に青葉はやや不機嫌そうな表情を浮かべる。

 

「珍獣ハンターみたいに呼ばないでください。ただでさえ眉毛太いのコンプレックスなんですから。」

 

「そ、それは悪かったわね。気をつけるわ……。」

 

気を取り直した青葉が声のするほうへこっそりと首を伸ばす。

 

「で、これが足柄さんから頂いた情報の生現場ですか。これは、うわぁ。」

 

そこにはいつものアロハシャツを着た提督が女性の抵抗を受けながらも押さえ込もうとするする姿があった。

 

「死なせてくれ! 我輩はもう破産なのじゃー! 死なせてくれー!」

 

「そんなこと言ったってお前、はいそうですかって死なせるわけねぇだろうが!」

 

(あの提督をもってしても完全に押さえ込めないなんて、一般女性じゃないわね。)

 

足柄と同じことを思っていたのか、青葉も口にする。

 

「筋肉マンの提督に抵抗できるなんて、艦娘かな?」

 

シャッターを切りながら青葉は首をかしげる。

 

「死ねー! 死ぬのじゃー、バカ提督ー!」

 

「え? 何? 俺が死ぬの? うわぁぁぁ! だからお前が本気だしたら、マジで俺の体が千切れるだろうがぁぁぁぁ!」

 

女がついに反撃に出る。1.5倍ほど違う筋骨隆々な男性を押さえ込み、ギリギリという音が聞こえそうなくらい激しい攻撃を加えている。

 

「ねぇ、青葉。」

 

「はい、足柄さん。」

 

シャッターをきるのをやめ、カメラを下ろした青葉と足柄はそろって呆然とこの様子を見守る。

 

「あの提督と喧嘩?してる女の人、ここからじゃ暗くて見えないんだけれど……。」

 

『我輩を死なせるのじゃ~!』

 

足柄が二人の様子から目を離さないで話を続ける。

 

「あの特徴的な語尾。聞き覚えない?」

 

青葉は足柄に無言で首を縦にゆっくり振った。

 

「奇遇ですね、足柄さん。青葉にも聞き覚えあります。あの声、この語尾、どう考えてもあの人しかいないと……」

 

二人が想像している女が合致し、思わず顔を見合わせる。

 

「「やばい!!」」

 

女が誰かわかった足柄と青葉は身を隠すのをやめ、全速力をもって提督たちのところへ急行する。

 

「あの様子だと、マジに自殺考えてるかもしれないわよ、あいつ!」

 

「はい、足柄さん! だとすれば提督だけではまるで止められませんよ!」

 

「急ぐわよ! 青葉!」

 

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「我輩、もうダメなのじゃ! おとなしく、おとなしく死なせてくれなのじゃー!」

 

「いてててて! やめろ、こら! このままだと俺が死ぬ!」

 

死なせてくれという言葉とは裏腹に、提督の首を絞めていた女性めがけて足柄は腹から大きな声を出す。

 

「利根! 馬鹿なことはやめなさい!」

 

「あ、足柄に青葉!? は、離せ! 離すのじゃ! 我輩、いまこの場で再び海に沈みあの世へ行くのじゃ……」

 

ぱん! と乾いた音が響く。

 

音が鳴った瞬間、足柄の右手が利根の左頬を叩いていた。

 

「馬鹿!」

 

大粒の涙を両目にためた足柄が声を震わせる。

 

「あんたが死ぬのはあんたの勝手よ! でも、あんた、残される側の気持ちを考えた上でそんなこと言ってるの!?」

 

「足柄……。」

 

叩かれた頬をほんのり赤く染めた利根の目にうっすらと涙が浮かぶ。

 

「そうですよ! 私も、みんなも! 利根さんがいなくなったら悲しいです! だから利根さん! 自殺なんて馬鹿な真似やめてください!!!」

 

大事なカメラに涙をこぼしながら自分をぎゅっと抱きしめてくる青葉。

 

二人の真剣な気持ちに抱かれた利根の涙は、もうとまらなかった。

 

「お、おぬしら……!我輩、我輩は……!」

 

うわぁぁぁん!と大声をあげて泣く利根。

 

そのあふれ出る涙を足柄は丁寧にハンカチで拭う。

 

それがまた、利根の心を優しく溶かし、まるで氷河が溶け落ちるように大粒の涙を利根は際限なく流した。

 

「そうだぞ利根! 俺だって……!」

 

「提督……。あまり嬉しくはないがありがとうなのじゃ。」

 

(えぇー!? それはそれで俺、ショックだわ!)

 

3人とは少し離れたところで別の意味で涙を流す哀れな提督に声をかける者はひとりもいなかった。

 

ひと段落つき、近くの自販機で飲み物を買ってきた足柄たちは適当に座る場所を見つけ腰を下ろした。

 

「で、どうしてこんなことになってるわけ?」

 

「それはだな……。」

 

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時は足柄たちが来る少しまえにさかのぼる。いつものアロハシャツを身にまとった俺は、今日も一人酒を飲み、哀愁を漂わせながら人気のない港を歩いていた。

 

「あぁ、ちっくしょう! また足柄のやつ絡んできやがって! まだ嫁入り前だってのに金蹴りだぜ! 金蹴り! いや、嫁いでいてもそれはどうかと思うがよ……!」

 

まだひりひりと痛む息子をかばいながらいつもの帰り道を歩いていると、普段誰もいない港に人気があるじゃねぇか。

 

不思議に思って俺はゆっくりとそこに向かっていった。

 

「あん? 誰だ、こんな時間にあんなところでひとりポツンと立ちやがって……あれじゃまるで……。」

 

そこまで言ったところで俺の酔いははっと覚めた。

 

こんな時間。ここは港。それも人気がない港だ。こんな条件が重なっちまったら、そいつがやることなんてひとつしかねぇ。

 

「ま、まさか……!」

 

(入水自殺か!? 一体誰がこの鎮守府でそんなことを!?)

 

俺は走った。ウ○コが漏れそうなとき、たった一つ空いているトイレを目指すような気持ちでそれはもう凄まじい速さでソイツのところ目掛けて走った。

 

月明かりに照らし出されたツインテールにうっすら見えた緑色の服。俺はまさかと思って大声で叫んだ。

 

「おい! 利根! 馬鹿な真似はやめろ!」

 

「て、提督!? しまった、迂闊じゃった! ここは提督の帰宅ルートじゃったか!」

 

「お、お前、何してるんだ! 馬鹿なこと、考えているんじゃねぇだろうな!?」

 

「は、離せ! 離すのじゃ! もう我輩にはあとがないんじゃ! 破産確定なのじゃぁぁぁ!」

 

(破産確定って、一体こいつはなにをやりやがったんだ……?)

 

「い、いいから、利根、まずは落ち着け、な?」

 

「うるさいのじゃぁぁぁ! 我輩はし、し、死ぬのじゃぁぁぁ!」

 

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「と、いうわけだ。」

 

「……。」

 

話終えた提督を前に気まずそうに無言を貫く利根を足柄と羽黒は静かに見つめる。

 

「利根。あんたいったい……?」

 

何で破産したの?と、足柄が問いかけようとしたそのとき、

 

「あ、姉さん、いたいた。探しましたよぅ。」

 

「ち、筑摩!」

 

スマホの懐中電灯アプリを使って足元を照らしながら筑摩が現れた。

 

「またここですか? 姉さん、馬で負けるといつもここに来ますけれど、また負けたんですねぇ。」

 

「う、馬!?」

 

思いがけない事実に一同は口を大きくあけて驚愕の声を出した。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。それ以前に『またここ』ってことは、利根さん、自殺しようとしていたんじゃないんですか!?」

 

青葉がうっすら汗を噴き出しながら筑摩に問いかける。

 

「まさか! 利根姉さんが自殺なんてするわけないですよ! ね、姉さん。」

 

しばしの沈黙のあと、本当にすまなそうに利根は思い口を開いた。

 

「す、すまぬ。足柄、青葉。あのように提督に迫られ、ついそう言ってしまったのじゃ……。我輩、いつも馬で負けるとひとりでここに来て慰めていたのじゃ……。本当にすまぬ。」

 

今回の事情がいまいち飲み込めていない筑摩と下をうつむく利根以外の鋭い視線を感じ、提督がたじろぐ。

 

そのアロハシャツは利根との格闘でヨレヨレになっていた。

 

「……なんだよ? お前ら? そんな目で見て?」

 

ギラリと足柄の目が光ると目にも留まらぬはやさで提督のあごにアッパーがくわえられた。

 

「全部お前のはやとちりじゃねぇか、このクソ提督!」

 

「ま、待て足柄! 話せばわかる! 話せば……! ぐえぁわぁ! ゴボ、ゴボ!」

 

「沈め! 沈め、提督!」

 

足柄と青葉、二人がかりで攻め立てられた哀れな男は二人の手によりそのまま海に落とされてしまった。 

 

「でも、そういうことだったのね。よかったわ。利根が本気で自殺を考えていなくって。」

 

足柄が本当に安心したと胸をなでおろす。

 

「本当ですよ! 青葉も安心しました!」

 

「ま、まぁ、実際破産……とはいかぬが困っているのも事実なんじゃが……。足柄、明日にでも相談に乗ってくれんかの?」

 

「もちろんよ、利根!」

 

こうして事件が解決した足柄、青葉、利根、筑摩はもう1本ジュースを開けしばらく雑談して寮へ戻る。

 

「皆さん、利根姉さんがお騒がせいたしました。それではおやすみなさい。」

 

「えぇ、おやすみ。利根、筑摩。」

 

「青葉も寝ますね。今日はスクープなかったけれど、結果としてはよかったね、足柄! それじゃね!」

 

「そうね。おやすみ青葉。また明日ね。」

 

みんなにおやすみを言って部屋に戻った足柄は「ん~~」と体を伸ばし、寝巻きに着替えた。

 

「はぁ、でもよかったわ。この騒動が全部クソ提督の勘違いで!……あら? ところで提督はどうしたっけ?」

 

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完全に忘れ去られた男がびしょぬれのアロハシャツを身にまとい、トボトボと月明かりの中を歩く。

 

「へ、へぇっくしょん! 俺、もう少し勤務態度あらためようかな……。」

 

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利根自殺未遂事件の翌日。多くの艦娘達が1日の業務を終えひと段落する頃。

 

鳳翔の小料理屋「五十六」。予備役扱いとなった彼女が営業するこの店は艦娘たちの評判よく、連日がやがやと賑わいを見せている。

 

もちろんこの日も例外に漏れず多くの艦娘たちが訪れ、思い思いに料理と話を楽しんでいた。

 

そんな店のカウンターの隅でもじもじしているツインテールの女性に足柄は酌をする。

 

「まぁ、馬で負けたくらいでそんなに肩を落とさないで。ね? 利根? 今日は私がお金出すから元気出しなさいよ。」

 

とくとくとく、とおちょこに並々と注がれた日本酒に目を落とし、利根は目をうるうるさせる。

 

「すまぬ、すまぬ足柄。恩に着るのじゃ……!」

 

ぐすっと涙を流す同僚の肩をさする足柄。

 

ふと利根が身につけている指輪が足柄の目に留まる。

 

「利根、その指輪は……?」

 

そう足柄に尋ねられた利根は自分の指輪を光にかざす。するとキラキラと指輪が輝いた。

 

「この指輪は我輩の婚約者がくれたものじゃ。作戦が終わって、帰ったら結婚しようと。我輩も快く同意した。素敵な男じゃった。じゃが、それは叶わなかった。」

 

ぐいっと酒を飲み干した利根のおちょこへ足柄は無言で酒を注ぐ。

 

「戦況を立て直した今、さらに比較的安全な輸送路を使っての補給作戦じゃった。そいつは輸送部隊におっての、おおすみ型輸送艦『いず』乗り組みじゃった。我輩たちはその護衛任務をしておったのじゃ。ところが……ところが……。」

 

大粒の涙を流しえっぐ、えっぐと声を詰まらせる利根。

 

「我輩のカタパルトが再び、あのときのように故障してしまったのじゃ。」

 

「深海棲艦は私達艦娘の眷属である妖精か私達自身しか接近を探知できない。カタパルトで偵察機を送れなかったら……。」

 

「そう。そうなったら我輩たちの電探、いや目で補足するしかない。じゃが、我輩たちにはおごりがあったのじゃ。安全な海域だったしの。」

 

足柄は静かに同僚の話に耳を傾けていたが、しばらくして利根のほうに視線が集まっているのに気がついた。おそらく、みんな楽しくやっている場でしんみりした利根が特に目についてしまったのだろう。

 

「完全に奇襲じゃった。最初の魚雷のうち1本をまともに食らった輸送艦『いず』から火の手があがった。被弾箇所は我輩の婚約者が担当していたブロックじゃった。」

 

利根に注がれた酒に光が反射してキラリと光る。それに呼応するかのように利根が両目に溜めている涙も光った。

 

「我輩たちは必死で反撃した。幸い奇襲を狙った敵艦隊は軽巡以下の艦艇だけで構成されておったからこちらに大きな損害は出さずに戦闘を終了できたのじゃ。じゃが、我輩の婚約者は……。」

 

「利根さん。元気を出してください。」

 

そこまで話終えた利根と静かに聞いていた足柄の背中に声がかけられる。そこには赤城をはじめとしたこの店の常連達の姿があった。

 

「そうよ利根さん。婚約者の件は残念だったけれど、それですべてが終わったわけじゃないわ。あなたならまた、すべてを整理してやり直せるはずだわ。」

 

そう言った加賀に同調し、「そうだ!」「利根、頑張れ!」と温かな声が利根に送られる。

 

「みんな、ありがとうなのじゃ……。しかし、我輩の婚約者は……。」

 

そう言い掛けた利根を足柄が思いっきり強く抱きしめる。

 

「もう言わなくていいのよ、利根? あんたには私達がついている。決してひとりじゃないわ。難しいかもしれないけれど、気持ちを切り替えて生きていきましょう。ね?」

 

足柄が見せる母性あふれるやさしい笑顔に利根は誠に申し訳なさそうに口を開く。

 

「あ、ありがとうなのじゃ。じゃが……じゃが、お主らはどうも勘違いをしておるようじゃ。」

 

「へ? か、勘違い?」

 

勘違いをしているといわれ一同は動きを硬直させる。そんな周りの様子に利根は気がつかないで話を続ける。

 

「我輩の婚約者は死んではおらん。あの戦闘で片脚を失ったものの、ぴんぴんしておる、。ついでに言うとこの戦闘での死者は0じゃ!」

 

今までのやりとりは一体なんだったのだろうか。多くの艦娘達はそう感じながら、「なぁーんだ。」と安堵の声を漏らしながら次々に自分の席に戻っていった。

 

もちろん足柄も例外ではない。思わぬ肩透かしをくらい、ポカーンとしていたが、しばらくして我に返った。

 

「え? じゃぁなんであんた涙流したわけ?」

 

「死んではおらん。じゃが、我輩のミスで片脚を失わせてしまったのじゃ。情けなくて涙が出てくるのも当然じゃろう?」

 

そう言った利根が今度は足柄に酌をつぐ。

 

「お、もう酒がきれてしまったのか? すまぬ、鳳翔、新しいやつをもう1本だしてくれ。」

 

「まったく、それじゃ、私への相談って一体なんなのよ? まさか私にその婚約者とののろけ話を聞かせるためにこの席を設けたんじゃないわよね!」

 

語気を荒くする猛狼を前に利根は必死でなだめようとする。

 

「ち、違うのじゃ! そんなこと断じてない! 誓う! 何に誓うか我輩にもわからんが、とにかく誓うのじゃ!」

 

「なんなのよそれー!」

 

そんな二人の様子を厨房から見ていた鳳翔は、娘を見る眼差しでふふふ、と微笑む。

 

「ところで、相談があるんじゃないの? まさか、彼氏のいない私に嫌味を言うだけじゃないわよね?」

 

足柄の異常に鋭い目でにらまれるやいなや、利根はあらんかぎりの力で首を横に振りつづける。

 

「め、めめめめっそうもない!そんなつもり毛頭ないのじゃ!」

 

それでも疑いの目を向けるこの同僚に利根は必死で説明する。

 

「た、頼む! 信じてくれなのじゃ! この美しいピュアな瞳をよくみるのじゃ!」

 

きらきら光る利根の目を飢えた狼が獲物をじっと狙うように足柄はじっと見つめる。

 

「金欲にまみれているわ。」

 

「おぉぉ! さすがは足柄じゃ! よくわかっておるの!」

 

清廉潔白とは間逆の評価をもらったのに、利根は感嘆の声をあげ喜ぶ。それを見た足柄は両手を腰にあて胸をはる。

 

「当然よ! 馬で失敗して『破産じゃぁ~~』なんて言ってるんだから、お金絡みだと思ったわ!」

 

すると利根は元気なさそうにカウンターにひじをつき頭を押さえる。

 

「む、むぅ。面目しだいもないのじゃ。実は、最初は軽い気持ちで馬券を買ってみたのが運の尽きじゃった。」

 

はぁ、とため息をつく利根。その姿は教師とは思えない、本当にやつれた姿だった。それを気の毒に感じる足柄。

 

「自分から買いに行ったの? 以前のあんたなんてパチンコすらひとりで行けないって怖がっていたのに。」

 

そうなのだ。以前の利根はパチンコすらギャンブルだから怖いと怖気づいていた艦娘だったのだ。それが今では馬券を買ってギャンブルしていたのだから足柄はその落差に驚きを禁じえなかった。

 

「いや、さっき話したじゃろ、婚約者の脚のことを。我輩がこのことでふさぎこんでいた時、見かねて連れて行ってもらったのが競馬場だったのじゃ。」

 

(なるほど、ストレスを発散させる何かが必要だった利根はギャンブルにはまることで気持ちを落ち着かせていたのね。でも、一体誰が利根を競馬に引っ張っていったのかしら?)

 

そんな足柄の気持ちに気づいたのかどうかはわからないが、利根がなぜ自分が競馬場に行き馬券を買うようになったか語り始める。

 

「あれは婚約者が重傷を負い入院した次の日じゃった。まだ寒いなか、我輩はすっかりふさぎこんでしまって、婚約者にも顔を合わせることができず病院の前で座り込んでしまっていたのじゃ。」

 

そう言って酒を口に運ぶ利根。本来は口にするのもつらい重い話なのだがすぐに利根は次を語りだす。酒が少しまわっているようだった。

 

「そんな我輩を見かねて競馬場に連れて行ってくれたのが提督じゃった。そこで馬券の買い方を教えてもらったんじゃ。」

 

(はぁ。あいつ、なんてことを利根に教えているのよ……。)

 

なんとなく先が読めた足柄が「はぁ」とため息をつき頭を押さえる。

 

「それでのめりこんでしまった我輩、先月の給料のほとんどを気がついたら馬につぎ込み、泡となって消えてしまったのじゃ……。」

 

(予想どおりね。)

 

少し恥ずかしがりながら頭をかく利根。競馬で負けたということを他人に言うのは親しい仲でも恥ずかしいものなのである。

 

「なるほどねぇ。ストレスが原因で正常に判断できなくなっていたっていうのもあるかもね。」

 

「そうじゃのう。そういう理由もあったと思うが、やってる間は気が晴れての。少し元気になった我輩は病室の婚約者に会う決心をし、会いにいくことができたのじゃ。」

 

「へぇ。案外馬鹿にできないものね。今回ばかりは提督に感謝ね。」

 

「うむ。それに婚約者は我輩にこういってくれたのじゃ。『お前がいてくれなかったら、俺はそもそもこれ以前に死んでいた。誰が恨むものか。愛してるぜ。利根。』そう言ってキスしてくれたのじゃ。我輩、それで、それでもう我慢できなくて……。」

 

すると今まで後ろで黙っていた艦娘連中が盗み聞きしていたのか『うおぉぉぉぉ!歯が浮くぅぅぅぅぅ!』と騒ぎ始めた。

 

鳳翔の客には力の強い戦艦や空母が多く暴れられては困るため、鳳翔がすかさず睨みを利かせる。と、途端に騒動は鎮静化された。彼女達にとって鳳翔はお母さんのような存在であると同時に別名・閻魔大王と恐れられるほど怖い存在でもあるのだ。

 

それでもニヤニヤしながら利根たちを見てくる仲間に向かって足柄は注意する。

 

「ちょっとあんたらこっち見すぎよ! もう少しでいいところだったのに! あ! しまった……。」

 

つい本音が出てしまった足柄は頬をりんごのように真っ赤に染めていた。酒のせいではないのは明白だった。

 

そんなみんなの様子を楽しみながら利根が話しを続ける。

 

「とにかく負けてしまってから我輩、大いに反省したのじゃ。もう二度と馬には手を出さぬ。出さぬが……。」

 

「あぁ、そこで相談ってわけね。要は馬とは違って節度を守ってできる賭け事はないかってことでしょ?」

 

「さ、さすがは足柄なのじゃ! 本当に我輩の気持ちをよく知っておるのう!」

 

「ま、まぁね。」

 

(あっぶな! 格好つけて言ったのはいいけれど、実は事前にこのことは筑摩に聞いていたのよね。)

 

昨晩の利根の様子が気になった足柄は利根と同じく体育・演習を担当している妹の筑摩に事おおまかな事情を聞いていたのだった。

 

筑摩いわく、「馬に負けてしまったがギャンブルが少し好きになった利根姉さんが別のギャンブルに興味を持った」、ということだった。

 

「それで利根、あんたが選んだのが……。」

 

「そう、そんな我輩が選んだのがFXじゃ!」

 

FXとはForeign-Exchange、つまり外国為替取引の略称である。現在、ほとんどの国が変動相場制をとっている。例えばニュースの終わりにやっている1ドル=120円~122円といったものがまさにそれである。FXはその差額をもって利益、あるいは損益に変えるというギャンブル性の高い投資方法のひとつだ。

 

「まさか、艦娘がFXについて語る時代がくるだなんて思ってもいなかったわ。で、どうして私なの? 少し気になるわ。」

 

お酒とつまみのおかわりを出しながら、足柄は利根に尋ねる。

 

「我輩、中学校3年のときに習った記憶があるのじゃ! 1ドル100円のときに買って、1ドル120円になったら売れば儲けが20円でるのだと。この鎮守府でFXなんてやっている者なんて聞いたことがないしの。じゃから社会科を担当するお主に相談すれば妙案が聞けると思って相談をもちかけたのじゃ!」

 

(なるほど、そういうことだったのね。)

 

確かに社会科の公民分野であっさりとだが為替については学習する機会がある。学習する機会はあるのだがー。

 

「一応、知識としてなら助言できるわ。でも、FXの基本システムはやったことがないからよくわからないの。ごめんなさい。」

 

そう。学校で習う為替はあくまでこういうものがあるという程度で、実際にその知識だけでトレードするのは非常に困難である。FXをやったことがない足柄に教えを請うてもそれは無茶な相談というべきだったが……。

 

「大丈夫じゃ! これでもデモトレードをやっておるからそのあたりは理解しておる。」

 

そう言って利根は背面にりんごのマークがあしらわれたスマホを取り出し、赤と青の棒でつくられたグラフが表示された画面を見せる。それは実際の為替相場と連動させたシュミレーターだった。

ちなみにこのスマホ、鎮守府でも好評であり、多くの艦娘が愛用しているものである。

 

「へぇ、今の時代、デモトレードなんてあるのね。……結構本格的じゃない!」

 

はじめてみるFXのシュミレーターに驚きの声を上げる足柄。それもそのはず、本物の相場と同様に為替レートが動き、自分が買った通貨がいくらになったかがリアルタイムで把握できるようになっているのだ。

 

「じゃろ! このようにスマホでもできるから本当に便利な時代になったぞ!」

 

そういって軽くスマホの画面をタップした利根はポケットにスマホをしまった。

 

「じゃが、いかんせん体育教師の我輩には社会を見渡す力というのかな? それが欠けていて、客観的に相場を見ることができんのじゃ。そこで、社会に精通している足柄、お主の考えを聞きたくての。」

 

(なるほど、そういうことだったのね。でも……)

 

いくらデモトレード、つまりシュミレーターとはいってもお金を賭けるものである。もし、自分が助言して大損害をこうむったとしたらー、そう足柄は考えていた。

 

「わかっておる! あくまで助言は助言として頭の片隅に置くだけじゃ! なにがあっても責任は我輩がとる。 それがFXのルールじゃからな。 ルールのないゲームなぞ、なんの面白みもないしの。」

 

利根の言葉を水を飲みながら聞いた足柄はしばらく考えていた。

 

「そういうことなら、いいわ。協力してあげる。」

 

「お、おぉお~! そう言ってくれると思ったぞ、足柄! もし儲かったら盛大にご馳走してやるぞ! 楽しみに待つのじゃ!」

 

ニコニコする利根に、足柄は真面目な表情で目をあわせて話す。

 

「ねぇ利根、ひとつだけ約束して欲しいの。もし大勝ちしても大負けしても、そうなったらFXをきっぱりやめて。」

 

「な、なにゆえそのようなことを我輩に言うのじゃ。我輩、十分に理解してー。」

 

足柄は首をゆっくり縦に振って利根を肯定する。

 

「わかってる。わかってるわ。ただねー。」

 

そう言ってから一呼吸足柄はおいて続きを話す。

 

「例え勝っても、続けていくうちに損失が重なって、意地になってしまって最後はどうしようもなくなり自殺する人だっている危険なものよ。だからお願い。今回だけできっぱりやめるのよ?」

 

真剣な眼差しで大事な友を思う足柄。その気持ちを察した利根は涙を浮かべる。

 

「あ、足柄……。そんなに、我輩のことを……。」

 

足柄は利根の手をやさしく握る。

 

「当然よ! それに、ギャンブル癖のついたお嫁さんなんて、間違っても旦那さんに嫁がせたくないわ。」

 

うん、うんと頷きながら利根は足柄の言葉をかみしめる。

 

「そうじゃの。それはそうじゃ。やってみて、ダメでもよくても結婚前には潔くやめよう。しかと約束したぞ!」

 

そんな二人に注文の料理をカウンターにおいていた鳳翔に足柄は目を合わせる。

 

「鳳翔さん、今の聞いてたかしら?」

 

「えぇ。確かに。利根さん、あまりのめりこみすぎないでね。」

 

そう言って心配そうに利根を見る鳳翔。

 

「うむ。気をつけるぞ鳳翔!」

 

「もしやめれなかったら、そのスマホを含めてFXやギャンブルに使った道具は全部破棄するからね? いい、利根?」

 

「もちろんじゃ!」

 

合点承知と大きく頷く利根。それを確認した足柄がいよいよ相談の本題について口を開ける。

 

「じゃ、本題にはいるわね。 今、経済で話題になっているのはずばり、中国経済よ!」

 

「ほう。中国といえば爆買いで盛り上がっているようじゃな。」

 

「あら? さすがにデモトレードをやっているだけあるわね。そのとおりよ。」

 

酒をちびりと飲んだ利根が顔の前で手を横に振る。

 

「いやいや、たまたま本土に戻ったときに中国人に出くわしての。」

 

「あら? デパートに行っていたの?」

 

「いや、そのあたりにあるドラッグ・ストアじゃ。中国人のおばちゃんが大量の紙オムツを全力でカゴにいれておった。」

 

(そんな日用品まで……自分の国で作られてるものにそこまで信用がないのね……。)

 

足柄は異国に来てまで紙オムツを全力で買いあさるおばちゃんに同情した。

 

「中国人も大変ね……。」

 

「しかし、日本に来てあれだけモノを買っていくとは、中国も豊かになったものじゃのう。」

 

利根は鳳翔が出してくれた小鉢をつつきながら感慨深そうに声をだした。

 

「そうね。確かにいまや中国は世界2位の経済大国になったわ。でも、日本に来て爆買いしている中国人は利根が思っているのとは少し違うわ。」

 

え?という目を利根は足柄に向け、箸で小鉢をつつく手を止めた。

 

「? 一体どういうことじゃ? 物価の高い日本で沢山買っていけるのじゃ、大金もちに決まっておるじゃろ?」

 

「中国から日本に来る中国人観光客の平均年収は実際にはわずかに70万円程度よ。」

 

実際に爆買いの現場を見てことのある利根は心底驚いたというような声を出す。

 

「な、70万円!? 日本のアルバイトでもそれくらいは簡単に稼げるぞ!? そんな収入で日本に観光で来られるわけがなかろう!?」

 

くいっとおちょこに注がれた酒を飲み干した足柄はニヤっと笑みを浮かべる。

 

「まぁ、そのとおりよ。ちゃんとカラクリがあるわ。」

 

カラクリという言葉に興味がわいた利根が半身を乗り出す。

 

「ほう? カラクリとな? 詳しく聞かせてくれんか?」

 

「たしかに彼らの年収は表向きには70万円程度なのんだけれど、こっそり稼いだ裏金があるの。だから、実際には年収はこの倍以上あるわ。」

 

「じゃ、じゃがそんなことを政府が認可するとも思えんのじゃが……?」

 

「だから中国国内ではおおっぴらに使うことはできないわ。」

 

お互いに酌をしながら、利根は少し考えこみ、しばらくして「はっ!」と気がついた。

 

「そ、そうか! じゃから日本に来てそのお金を使うわけじゃな! ばれないように!」

 

「ええ。中国には完全に闇の経済が存在するわ。その象徴が爆買いなのよ。」

 

「なるほどのぅ。」

 

利根が納得したのを確認した足柄が話を続ける。

 

「そんな中国なのだけれど今、株価が急上昇しているの。私は危険な状態だと感じているわ。」

 

「? どういうことじゃ? なぜ株価が上昇するのがよくないことなのじゃ?」

 

利根は「危険な状態」というのっぴきならない言葉を聞き眉を険しくした。

 

「利根、株価が上昇するときってどういうときか知ってる?」

 

当然だ!といわんばかりに利根はじぶんの胸を叩いて答える。

 

「無論じゃ。その企業が開発した新しい商品が売れたり、業績がよかったり、それか、手堅く儲けているとか、とにかく株を買う側が儲かりそうだと思う何かがあるから株価は上昇するのじゃ。」

 

「そうね。じゃあ、利根。あなたは建設した無数のマンションが空き家になっている国の株を買いたいと思う?」

 

誰も住んでいないゴーストタウン。動いているのはわずかに野良猫とカラスだけ。そんな状況を利根は想像し眉間にしわをよせる。

 

「はぁ? 何を言っているのじゃ足柄。 そんな株、買いたくないに決まっておるじゃろう。 建設費が回収できぬようなら破産すること間違いなしじゃからな。って、まさか……!?」

 

「そうよ。お金を使ってなにかをしたら、それ以上の見返りを手に入れなければ儲かりはしないわ。それが破綻したら、なにが待っているか……。」

 

「日本の不動産バブルと同じことが、中国でも起こっているというのかの!?」

 

大声を出して立ち上がった利根に視線が集まる。そんな周りの様子に気がついた利根は赤面しながら「すまぬ……。」とちいさな声で謝った。

 

「事態はより深刻よ。今の中国は世界で一番、鉄をはじめとする金属や石炭などの燃料を消費しているの。」

 

「ならばもし中国経済がこけたら、鉄などを輸出している国は、一体どうなってしまうのじゃ!?」

 

中国に資源を売っている国は多数存在し、それら資源を売る国々を『資源国』とひとくくりに呼んだりもする。日本人がよく耳にする中東の国々やオーストラリアも頻繁に資源国と呼ばれる。

 

「買う人がいないんだもの。たくさん生産しても、消費されなくっちゃ大赤字よ。」

 

「しかし、生産を急に減らすなんてこと簡単にはできないじゃろ?」

 

「ええ。だから中国がコケたら同時にオーストラリアなどの資源国もコケるかもしれないわ。それに、もうひとつ考えなくっちゃいけないことがあるわ。」

 

(中国がコケることを想像するだけでも恐ろしいのに、まだ考えなくてはいけないことがあるのか!?)

 

利根は少し酔った脳を覚ますために冷たい水を頼み、一口飲んでから真剣な眼差しで足柄に尋ねる。

 

「それは一体……?」

 

足柄が人指し指1本、ピンと立てる。

 

「もちろん、世界最大の経済国のことよ。」

 

すぐにその国がどこなのかわかった利根は「うーむ。」と低い声を出す。

 

「あ、アメリカか。確かにの。外国為替をやるのなら、アメリカを考えねばならないのは道理じゃ。」

 

「アメリカの経済政策は世界最大規模よ。これを忘れて取引したら、必ず自滅するわ。」

 

『自滅』。その言葉を利根の顔はみるみると青ざめていく。

 

「わ、わかったのじゃ。肝に銘じておこう……。して、今のアメリカはどのような経済政策をとっておるのじゃ?」

 

ふふふ、と笑った足柄は待っていましたとばかりに右手で銃の形をつくって利根の額を人差し指で軽く押す。

 

「ずばり『お札すりまくり作戦』よ。」

 

「か、カネを沢山つくるということか? そ、そんなことが可能なのか?」

 

「昔はできなかったわ。お金は文字通り、ゴールドと直接交換できる金本位制をとっていたから。」

 

足柄は箸で料理をつつきながら、左手の親指と人差し指で円をつくった。

 

「ほう。つまり、国は自分が持っているゴールドの量しかお金はつくれなかったというわけじゃな。」

 

「さすがね。そのとおりよ。ちなみに金本位制をとるメリットはゴールドの価値がお金の価値を裏打ちしていることよ。だから信用が簡単には落ちないの。」

 

「デメリットは?」

 

利根が興味深そうに尋ねる。それに気がついた足柄は少し声を大きくしながら質問に答えた。

 

「マーケットに何かが起きたときでもお金を自由に注入できないから混乱をおさめることができなかったりするわ。実際、1929年の世界恐慌のときにこのことが起きちゃって、被害が拡大したのよ。」

 

(『お金を自由に注入できない』。足柄はここを特に強い口調で言った。はて?何か意味があるのか? )

 

う~~む。と唸りながら頭を抱え込んで考え込む利根。

 

(まてよ。もし、カネをとにかく刷りまくったら、余るに決まっておる。じゃったら……。)

 

「そうか! リーマンショックやサブプライムローンはその世界恐慌並みじゃった。カネを注入できなかったのが被害拡大の原因なら、カネを注入すればよい。じゃからアメリカは以前の二の舞にならぬようにカネを刷りまくったのじゃな!?」

 

「そのとおり。結果、アメリカの通貨『ドル』の価値は下がったわ。」

 

そう言って足柄は1本のショートムービーを自分のスマホで再生した。

 

 

 

『なぜドルの価値が下がるのか。逆になぜ金(ゴールド)が高いのか考えてみるとよくわかる。

 

今の生活に家電製品は必須だ。家電製品はいっぱいある。パソコン、電話、冷蔵庫、スマホ、電子レンジ……数えるとキリがない。

 

それらに使用される「金」は全然生産が足りていない。いままで掘り出した金の量はわずかに50メートルプール2杯分しかない。

 

だから高い。必要なのに量が少ないからだ。

 

ドルはこれとはまったく逆である。

 

ドルは言ってしまえば紙だ。金とは違い、いくらでも造ることができる。

 

大量に造られたドルは次第にあふれ出す。

 

あふれるほど造られたら、当然余る。

 

だから価値が低下するのだ。』

 

 

 

一通り動画を見終え、足柄がスマホ自分のバッグに戻す。

 

「ふむ。たくさんドルはつくられてしまったから、他国の通貨と相対的に価値がおちたのじゃな?」

 

「ええ。一時期円が異常に価値が高くなったのを覚えてる?」

 

利根は大きく頷いた

 

「覚えておるとも。あのときは大騒ぎじゃった。確か、超円高とか呼ばれて1ドル=70円くらいまで円の価値が上がったかの?」

 

「今、円の価値が下がっているのは日銀が今度はお金を刷りまくっているからなの。そしてもうひとつ、経済が回復したアメリカのドルの金利があがるかもしれないからよ。」

 

「金利? 金利とはなんなのじゃ?」

 

「利根でも知ってる言葉に直すと利子(りし)よ。」

 

あぁ。と利根は納得する。

 

「銀行に貯金したとき、わずかにつくあれのことか? いつも少ししかもらえないものじゃから、気にとめたことはなかったがの。」

 

「それを上げようとしてるのよ。アメリカは。もし預けているだけでお金が増えれば、利根、あんたならどうする?」

 

(そんなこと、決まっておろうに)

 

「もちろん預けるぞ。預けるだけでカネが増えるのならば万々歳じゃ!」

 

「そこよ、そこ!」

 

そう言って人指し指を立て足柄は強調する。

 

「む? カネを預けるということか? いまいちよくわからんが……。」

 

「いままでアメリカドルを投資目的で持っていても、意味は薄かったわ。金利はほとんど0に近かったから。」

 

「0ではあまり欲しくないのう。」

 

「そうなったら、多少でも金利の高い通貨を買ったほうが得でしょ?」

 

「我輩なら少なくともドルは買わんかの。」

 

再び足柄が人指し指を立てる。

 

「まさにそれよ。ドルを持っていても価値が薄い。だから金利の高い国にお金を預けたの。」

 

「ほう。じゃが、肝心のアメリカが金利をあげるとなれば……そうか!わかったぞ、足柄!」

 

得心したぞ!と言わんばかりに今度はむふふと利根が人指し指をたてる。

 

「金利を上げたドルは少なくとも今までよりは魅力的じゃ。じゃから今まで金利の高い国に預けていたカネがアメリカに向かうわけじゃな!」

 

「まさにそのとおりよ。まとめると中国経済危機で資源国の通貨が危うくなり、かつ、アメリカの金融政策で金利の高い国からお金が逃げる。その条件を満たすのは……。」

 

そう言って利根のスマホが表示する各国の通貨ペアの中からいくつかを指で指し示した。

 

「……。あまり馴染みのない国もあるのじゃが、うむ。ありがとうなのじゃ、足柄。だいぶ方針が固まったぞ!」

 

「あくまで参考までにね。あと、頻繁に参考するであろうネットの情報には真実と嘘が混じっているわ。十分に吟味するのよ?」

 

「わかっておる!」

 

利根は自信満々に胸を叩く。

 

「それと約束の件も忘れないでね!」

 

「それも承知じゃ! 今日は本当にありがとうの、足柄!」

 

「それじゃ、最後に一杯飲んで帰りましょ。あ、そういえばいくら私のおごりとはいえ、結構勝手に頼んでなかった?」

 

「ははは! いまさら気がついても遅いぞ! 足柄!」

 

「あー! こいつぅ!」

 

拳を作って利根の頭をぐりぐりする足柄。

 

「あははは痛い痛い!」と笑いながら訴える利根。

 

そんな彼女達を鳳翔が微笑ましく見ているのだった。

 

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利根が足柄に相談した夜ー巡洋艦寮

 

「それじゃ、姉さん、筑摩はさきに寝ますね。あまりのめり込みすぎないでくださいよ?」

 

布団に入り眠る準備万端な筑摩が心配そうな顔で利根に声をかける。

 

「おう。今日もお疲れ様じゃ。筑摩。」

 

ノートパソコンをいじりながら2台のデスクトップパソコンに繋がれた4枚の液晶モニターを眺めていた利根が筑摩へ椅子を回転させ振り返る。

 

パソコンの存在感は圧倒的で、「ズドドドドン!」という効果音が似合いそうだ。

 

「……こういうことを言うと姉さんは怒るかもしれませんが、さすがにやりすぎなのではありませんか?」

 

眠たげなまぶたで目を半分閉じながら筑摩は姉にはなしかける。

 

「ちょっと雰囲気を出すために用意したのじゃが……。」

 

「雰囲気だしすぎですよ。私の机までモニターがはみ出ていますもの。ところでどこから設備投資のお金がおりたのですか?姉さんは先月のお給料を馬で全部すったものだと思っていましたが。」

 

ふふん、と得意げに鼻を鳴らした姉を見て筑摩は首をかしげる。

 

「筑摩は学校のメディアルームのパソコンが入れ替わったことを知っておるか?」

 

「もちろん、知っています。だいぶ古くなったので全部まるまる交換したんですよね。」

 

あれ?と小首をかしげる筑摩。そういえば、姉が机に展開しているモニター、どこかで見覚えがー

 

「って、まさか、姉さん……!?」

 

ふはははは!と就寝前だというのに元気一杯な姉の笑い声に筑摩の目が覚めていく。

 

「実はの、提督に我輩がFXをやる話をしたのじゃ。そうしたら提督のやつが『いいものをやろう』と言ってこれらをくれたのじゃ!」

 

「そ、それって横領なのでは……?」

 

学校設備の横領。新たな問題が起きたと思った筑摩はもはや睡眠どころではないと思い、布団をはねのけ姉のもとに向かう。

 

「いけません!」

 

「ち、筑摩……?」

 

「いくら兄さん(利根の婚約者)の件でツライことがあったとはいえ姉さんが不正に走るだなんて、走るだなんて……!」

 

「待て待て落ち着け!落ち着くのじゃ筑摩ぁぁぁ!」

 

襟をつかまれ筑摩の感情のままにガクガクと揺らされる利根。

 

利根は筑摩を落ち着かせようと必死で声をかける。が、筑摩は我を忘れたように利根を揺さぶる。

 

「筑摩ぁ! やめるのじゃぁぁぁぁ!」

 

「うっさいわよ! あんた達!」

 

むにゃむにゃと眠そうに目をこすっている羽黒を従えながら足柄が利根の部屋のドアをバン!と開ける。

 

「姉さん、今回はさすがに筑摩も許せません! 急いでこのモニターを返却してきてください!」

 

激情しながら利根を揺さぶり続ける筑摩。だが、筑摩の言葉を聞いた足柄が「あぁ、そんなこと」と筑摩の肩に手を置く。

 

「筑摩、あのね。このモニターはいいのよ。」

 

「へ? ど、どういうことですか?」

 

「このモニターは型落ちでね。ウチで処分しなくちゃいけなくなったのよ。でもまだ使えるからどうしようかって提督と話をしていたの。」

 

「そ、そうなのじゃ。それを我輩もらったのじゃ。パソコンの本体は複数モニター表示できるように夕張に改造してもらっての。決して不正ではないぞ……。」

 

襟をつかまれて揺さぶり続けられた利根は、げっそりしながら椅子の背もたれによりかかった。

 

「そ、そうだったのですか……。姉さん、みなさん、申し訳ありません。」

 

深く頭を下げる筑摩。

 

「ま、解決したんならいいんじゃない? 利根、あんたもあまり妹に心配をかけないことね。」

 

ふん、と軽く鼻を鳴らす利根。

 

「それはお互いさまじゃろう? 知っておるぞ。お主、この前の合コンで自分の代わりに羽黒を急遽行かせたそうじゃの? じゃからお主は男を繋ぎとめておけないのじゃ。」

 

「な、なんですってぇぇぇぇぇ!」

 

激怒する足柄の襟を羽黒は強引につかんで自分達の部屋へと連れて行こうとする。

 

「はいはい。ねぇさん、帰りますよ? 利根さん、筑摩さん、お休みなさい。」

 

「おう! 羽黒、おやすみなのじゃ!」

 

「おやすみなさい、羽黒さん、足柄さん。」

 

あいさつを交わしてギャーギャー騒ぐ足柄と一緒に羽黒は部屋へ戻っていった。

 

「では、姉さん、今度こそおやすみなさい。」

 

「おう、いろいろすまぬの。おやすみなのじゃ。」

 

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さて、それではポジションをつくるとするかの。

足柄と話をした結果、我輩は南アフリカランドをターゲットにすることに決めたのじゃ。

資源国であり、経済成長が思わしくないこの南アフリカならば、必ず中国とアメリカの経済政策の余波をモロに食らうことじゃろう。

この国は利率が高く、買えば預金代わりにも使えるじゃろうが、我輩はそんなことはせん。

そうすると、逆に金利分を払う必要が生じるのじゃが、その程度かすり傷みたいなものじゃ。

我輩、今回は堂々の「売り」注文をかけるぞ。一応、損きり(ロスカット)を設定しておくかの。1ランド=11円程度でロスカットするように設定をして……と。

さて、吉と出るか、凶とでるか、楽しみじゃ!

 

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こうしてFXで南アフリカランド「売り」ポジションをとった利根は自分の口座を気にしながらも、上がりもせず少しずつ切り下がっていく相場にやきもきしながら気長に結果を待っていた。

 

そして2015年8月24日。残暑厳しい夏の終わり。この日、利根がFXをやめることが決まった。

 

無論、彼女の大勝利でだ。

 

「こ、これは……!?」

 

「どうしたの姉さん。」

 

声をかけてくれた筑摩を無視し、利根は急いでパソコンをつける。その目は驚愕で見開かれていた。

 

「ち、筑摩……! 今日の夕飯、何がいい? 好きなだけおごってやるぞ!」

 

「は? 一体急にどうしたのですか?」

 

モニターをビシっと指さす利根は誇らしげに胸をはった。

 

「予想が的中したのじゃ!いま、南アフリカランドが8.50円程度まで下がったのじゃ!」

 

ウキウキと喜ぶ姉を見て、筑摩もほっとする。ただし、筑摩は姉がFXで勝利したことに安堵したのではない。

 

「では、これでギャンブルともおさらばですね。筑摩はほっとしました。」

 

「? 何を言っておるのじゃ筑摩! これを元手にさらに増やすのじゃ! やめるなんてもってのほかじゃ!」

 

「ほ~~う。あんた、約束破る気なのね?」

 

開け放たれたドアから凄まじい殺気を感じる利根。さきほどまでの威勢のよさはどこにいったのやら。彼女はプルプルと震えながらドアのほうに首を回す。

 

「い、いや、これは、その、じゃな……。足柄! すまぬ! 謝るから! 我輩のスマホ、逆パカしないでくれなのじゃ! あ、あぁぁぁぁぁぁあ!」

 

この後利根は利益を確定させ、ごっそり儲けたお金ごと全額をじぶんの口座に戻した。

 

利根の反応からこっそりFXをやるかもしれないということで、利根が使ったパソコン類は没収され初期化の上で学校の図書館に新たにインターネットコーナーとして再設置された。

 

4枚のモニターでインターネットができるということで大好評だという。

 

さらに二度と利根がFXできないようにスマホアプリのログインコードは書き換えられたうえアンインストールされた。

 

さすがにここまでされるとは思っていなかった利根だったが、ここまでされたが故に、また、愛用のスマホを本当に逆パカされたショックと婚約者の退院をきっかけにギャンブルから足を洗うことができた。

 

「みなも投資にはくれぐれも気をつけるのじゃぞ!」

 

「利根? あんた誰に話しかけてるのよ? 記念撮影するわよ! ほら、旦那があんたを待ってるわよ!」

 

「お~~う! 今行くぞ!」

 

純白のドレスを着た利根。

 

彼女の結婚式には多くの仲間(艦娘)達が出席していた。

 

「レディーよ! まさしくレディーだわ!」

 

「はわわ! お、お綺麗なのです! 利根さん!」

 

「はらしょー!」

 

「あぁ、悔しい! 利根に先を越されるだなんて! 幸せになりなさいよね!」

 

「世界水準越えの美しさだぜ!」

 

「姉さん、おめでとう!」

 

通りがかるたびに祝福の言葉を掛けられる利根。

 

(みんな……みんな、ありがとうなのじゃ……。)

 

そして最後に中央で利根を待っていたのはー

 

「利根、凄く綺麗だよ。」

 

片脚のない新郎に寄り添う利根。

 

「ふっ。褒めてもなにもでんのじゃ。じゃがー。」

 

そう言ってキスをする二人。周りから「ひゃー!」という声が上がる。

 

「我輩、お主の片脚、いや、半身になってこれから支えようぞ。」

 

「私も君の半身になって支えるよ。利根。」

 

「ふふ、よく言いよるわ。」

 

ニコニコする利根と新郎。

 

そんな二人を祝福しながら青葉がカメラを準備する。

 

「では、準備はいいですか? それではいきますよー。はい、チーズ!」

 

カシャリ!

 

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・

 

我輩、今、一番幸せじゃ。




主な参考文献
ホイチョイ・プロダクションズ「新女子高生株塾」(株)ダイヤモンド社、2011
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