「ふぅ! 今日の授業も無事終わったわぁ!」
うーん!と背伸びする足柄。それを見てふふっと羽黒が微笑する。
「ねぇさん、おつかれさまでした。」
「羽黒もね。さて……今日は部活動も休みだから早めに上がって……、あら?」
「うーむ。これは如何したものか……。」
足柄の目線の先、副校長席に座りいつも威厳を放っている艦娘が今日は珍しくうつむいて何事かを口ずさんでいる。
その様子が異様に映ったのか、そばを通りかかる艦娘は一様にちら見している。
「ダメだ。だが、ここであきらめるわけには……。」
「長門? 何ひとりでぶつくさ言ってんの?」
声をかけられ「はっ!」とした表情を浮かべる長門。声をかけた足柄は怪訝そうな表情を浮かべていた。
「いや、実は使っている携帯電話がつかなくなってしまってな。」
長門は残念そうにも悔しそうにもとれる表情を浮かべる。
そんな長門に足柄は明るい声を掛けた。
「な~~に? 携帯電話なら私におまかせよ! 見せてみて!」
「そ、そうか? そこまで言うならお願いしようか。」
そう言っていそいそと差し出された携帯電話を見て足柄は驚愕する。
「ちょ、ちょっと長門……! こ、これって?」
「? 見ての通り携帯電話だが?」
長門から渡されたそれは、まさに二つ折りの携帯電話らしい携帯電話であった。が、塗装はどこもかしこも剥げ、二つ折の開閉ボタンは損傷して使えなくなっていた。
「し、しかも……!」
足柄は折りたたみ画面上部に備えられた「1」「2」「3」と数字の書かれた3つのボタンを見て思わず叫びたくなった。
(こ、これって完全にお年寄り向けケータイじゃない!)
「ね、ねぇ、長門、このケータイ……。」
「あぁ。簡単に使えるものが欲しいと店員に頼んだら、この携帯電話を勧められてな。短縮が3つもついているのだぞ!これ以前に使っていた携帯電話は使い方がよくわからなくてな。自慢じゃないが、メールを一回も使ったことはない!」
どうだすごいだろうと言わんばかりに「ふふん♪」と鼻を鳴らす長門。
「そ、そうね……。」
(まさか、長門がここまで機械音痴だったとは思わなかったわ。)
さらに足柄は長門の携帯電話にある違和感を感じた。
(? なんか持ちにくい……って、これ!?)
携帯電話を裏返した足柄は驚愕で開いた口がふさがらなかった。
そこには充電池がもりもりと盛り上がった携帯電話の背面があった。
足柄が携帯電話の電池蓋を開けた瞬間、バッテリーがぴよっと勝手に出てきた。
長門の携帯電話を持った足柄の手がわなわなと震える。
「な、長門、これいつ買ったの?」
おそるおそる尋ねる足柄。
「ふっ、6年前だ。それ以来、他の携帯電話に目移りすることなく大事に使っている。」
「ろ、6年……!?」
堂々と胸を張っている長門は「どうだ!」といわんばかりのドヤ顔だが、一方の足柄は唖然としていた。
「ね、ねぇ長門? これ、本当に使っていたの? ううん、使えていたの?」
電池パックを見ながら言い直す足柄。その質問に「ふっ」と鼻で笑う長門。
「当然だ。だが……。」
「だが?」
「2年前から電池の消費が激しくなってな。1日持たなくなってしまった。今は30分持たない。」
(全然使えてないじゃないの~~!)
その場にいた全員が長門の答えにずっこけそうになった。
「そこで、どうしようかと考えていたのだ。」
「なるほど。確かにこのケータイじゃ買い替えたくなるわね。よし、私にまっかせなさーい!」
足柄がドン、と胸を叩く。
「お、おぉ! 足柄、よろしく頼むぞ! 私はこういうのはまったくよくわからなくてな。」
「それじゃ、明日の土曜日、午前9時半に鳳翔さんのお店に集合よ!」
「了解した。すまないが足柄、よろしく頼むぞ!」
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「ふぅ。今日も疲れたな。」
そう言って長門は足早に帰宅を急ぐ。
この鎮守府には各艦種ごとに寮が完備されているのはもちろんのこと、秘書艦など重要な役職についている者には一軒屋が用意されている。
副校長職についている長門もこの例に漏れず、自分の家が与えられていた。
夜も遅くなり、玄関の明かりがつけられている我が家の鍵を開ける長門。
ガチャリ、と音を立てドアを開ける。
「ただいま。今帰ったぞ。」
長門の声を聞き、ひとりの駆逐艦娘が出迎える。
「お帰りなさい。お母さん。今日もお仕事お疲れさまでした。」
歴戦の武人のように凛とした声音にビシリと敬礼をする少女。年頃の少女の姿から乖離してしまった彼女は、母である長門も気にするところだった。
「不知火、その、もう少し柔らかく出迎えるということはできないか?」
「……不知火に何か落ち度でも?」
凄みを効かせて反論する娘にやれやれとする長門。
(誰に似てしまったのだろうな。)
長門と不知火は本当の親娘ではない。特別な事情のもと、これまた特例で共同生活が認められているのだった。
「お母さん、ご飯はできていますが、冷めてしまっているので温めなおしてお召し上がりください。」
「あぁ。いつもありがとう、不知火。」
感謝の言葉をかけられた不知火はわずかに表情を崩した。このような表情の変化はいまだに長門にしかわからない。
「いえ、それでは、おやすみなさい。」
「あぁ、おやすみ。」
ペコっと頭を下げて自室に戻る不知火を長門は愛おしげに見ていた。
一息つき、不知火が用意した食事を温めなおす長門。その日の食事は金曜日ということでカレーだった。
湯気のたつカレーをスプーンで一口すくって食べる。
「ふふっ。私ほどではないが、上手くできているじゃないか。」
愛娘が作ってくれた料理に舌鼓を打ち、1日を終える長門であった。
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【翌日】
「お、お、おぉぉ!? こ、ここが携帯電話コーナー!?」
鳳翔の店で待ち合わせをした二人は鎮守府内に設けられた携帯電話の契約所に足を運んでいた。
6年前に今のオンボロ携帯電話を買った長門にとって現在の携帯電話コーナーは完全に未知の世界であり、実際圧倒されていたりするのだ。
「ふふ、驚いた?」
「あ、あぁ。この長門、ここまで携帯電話が進化していたとは思わなかった。」
世界のビッグセブンが声をわなわな震わせて卓上に置いてあるスマホを触ろうか触るまいか躊躇する。
いつも威厳を放っているその姿からは想像できないかなりの狼狽ぶりは普段の彼女を知る者ならば笑って吹いてしまうほどだった。
「長門? どうしたの?」
「……いや、その……。」
物凄く歯切れの悪い返事をする長門。いつもの彼女なら『連合艦隊旗艦、長門、出陣する!』と勇ましいのだが……。
「む、むぅ?」
防犯ケーブルに繋がれたスマホを手に持ち、ぎこちなく画面下部の丸いボタンを押す今のその姿に、連合艦隊旗艦の威厳はまるで感じられなかった。
「あ、足柄、ボタンを押してもウンともスンともいわないぞ?」
「え? たぶん電源切ってるのね。上の細いボタンを長押しするとつくと思うわ。」
「そ、そうなのか。よし。」
おそるおそる足柄の言ったとおりにする長門。その姿は完璧にスマホ初心者のそれだ。
その長門が持つスマホは、長押ししてすぐにリンゴのマークをすっと画面に表示した。
「お、ついたな。……ほぅ! 随分きれいな画面だなぁ! 私の携帯電話とは大違いだ。」
(まぁ、あのケータイに比べたらね。)
足柄は長門の塗装が剥げたお年寄り向けケータイを思い出して苦笑する。
未知の物質を触るようにおそるおそる指を近づけ画面を触ってみる長門。
「お、おぉ! な、なんだ? 触っただけでい、いきなり私の顔が映しだされたぞ!」
「あぁ、それはカメラアプリよ。今は自撮っていってこうやって自分で撮影するのも流行ってるのよ。」
「こ、これは便利なものだな。他には何ができるんだ?」
「そうね。よく使われるのはやっぱりインターネットかしら?」
そういって足柄はスマホのインターネットアプリ「SafariZone」を起動する。
「む、むぅ。ネットか。しかし……。」
入力画面を見た長門は躊躇する。
(な、なんだこれは? 見たところ入力用キーボードなのだろうが、さ、先ほどのように指で触ればよいのか?)
ツン、ツン
するとスマホには「ああ」と表示された。
(よ、よし。いまの感じでいいのだな? では、そうだな。ためしに「天気」と調べてみるか)
ツン、ツン
スマホ画面「た」
ツン、ツン
スマホ画面「たた」
ツン、ツン
スマホ画面「たたき」
「……。」
(た、たたきだと!? 天気というたった二文字の文字入力すらできない……! 世界のビッグセブンと呼ばれ、連合艦隊旗艦のこの私が、こんな、こんなチンケな板一枚に、ここまで、ここまで翻弄されるだと……!)
わなわなとスマホを持ちながら震えだす長門に足柄が気がつき急いでフォローを入れる。
「ねぇ、長門? はじめてなんだから、無理はないわ。ね。落ち込まないで、ね?」
「くっ! 落ち込んでなどいない! 落ち込んでなど……いない!」
バッと足柄へ振り返りそう言い放ち、ぐっと拳を握り締める長門。その目の両端にうっすら涙を溜めて。
(2回も落ち込んでないって言ったわ。相当落ち込んでるのね。)
気を取り直すように明るい声で足柄は振舞う。
「あ、あのね、長門、実はこういう機能もついていてね……。」
そう言って横から長門の持つスマホを操作する足柄。
(む、何をするのだ足柄? ん? そんなところを長く押して何を?)
『ぽぽん! スィリィが起動しました。音声入力をアクティベートします。』
ガーンという衝撃が長門を襲う。
(ば、ばばばばばば馬鹿な!? こいつ、喋っただと!?)
『ぽぽん! 音声で検索できます。』
「こうするとね、音声で入力ができるのよ! 例えば、そうね『天気』。」
『ぽぽん! 現在地の天気を表示いたします。』
するとGPSで割り出された現在地の天気情報が画面に表示される。
「ね、凄いでしょ? あれ? 長門???」
思わず考える人のポーズをとっていた長門は「あ、あぁ」といつもの気迫をまるで感じさせない返事を返す。
「足柄……。」
「何?」
そうして長門は深呼吸をしてゆっくりと言った。
「そういう機能があるなら、最初に教えて欲しかった……。」
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しばらくして一通りアプリを試し終えた長門は「う~~ん。」と拳をあごに当てて考えていた。
「? どうしたの?」
「あ、いや、私が使ってみたいアプリがあるのだが。……どうやらこのスマホには入っていないようなのだ。どうしたらいい?」
今度は足柄がう~~んと唸る。そして考えながら長門の質問に答えはじめた。
「そう、そうなのよね。店のスマホってプリインストールのアプリしかないから、自分が使いたいアプリを試すことってできないのよね……。」
残念そうに説明する足柄。
「な、なに!? そうなのか!? ところで、プリインストールとはなんだ?」
「何にもしなくても最初から入っているアプリのことよ。さっき長門が喜んでいたカメラやインターネットなんかがそうなの。」
「ほう。しかし、困ったな。このスマホで私のやってみたいゲームができるのだろうか? いや、たぶんできるとは思うのだが……。」
「は? ゲーム???」
足柄が「え?」という顔つきで長門を見る。
しまった!と口で手を押さえる長門。
それをじっと見つめる足柄。
長門の額に大粒の汗がたまっていく。
「ねぇ、長門? 携帯電話を買い替えたい理由って、古くなったからっていうのもあるのだろうけれど、もしかして……?」
そこまで言われて観念した長門は「ぷはぁ」と息を吐く。
「誰にも言うなよ。」
「は、はい。言いません……!」
戦場に出るときのまるで「ゴゴゴゴゴ!」とでもいうような緊迫した顔つきで迫られ「YES」としか返答せざるを得ない足柄。
「じ、実は不知火がこっそりやっているゲームなのだが、思いのほか面白そうでな。一緒にやってみたくなったのだ。」
「な、なんていうゲームなの?」
長門がこっちへこいと足柄を手招きする。近づいてきた足柄に誰にも聞かれないようにこっそり耳打ちする長門。
「ワールド・オブ・戦艦ズ だ。」
「あぁ、今艦娘の中で流行ってる海戦アクションね。」
『ワールド・オブ・戦艦ズ』。歴戦の艦艇を操るアクションゲームでそのCGの造りこみがスマホゲームじゃないくらい気合が入りまくっている大人気のアプリだ。特に日本軍艦艇がお気に入りのプロデューサーの下作られたCGは群を抜いてすばらしくスマホを持つ艦娘なら一回はやったことがあるというほど超有名アプリである。
「不知火がそれにはまっているようで、私に隠れて遊んでいるようなのだ。」
「へぇ、不知火が。意外ね、不知火にそんな一面があるなんて。学校だと結構カタブツなのに。」
「あぁ、誰に似たせいかあんなカタブツに育ってしまった。ん? どうした足柄、何かおかしいか?」
「ぷぷぅ」っと笑い手で口元を隠した足柄は「何でもないわよ。」と目元を緩くしながら答える。
「だが、最近どうも様子がおかしいと思って、こっそり部屋を覗いたらスマホを熱心に操作している不知火が見えたのだ。」
「ほほ~。それでよく不知火がワールド・オブ・戦艦ズをやってるって気がいたわね、長門?」
「いや、この前夕立が遅刻してきたときに職員室で理由を聞いたのだ。すると、『不知火ちゃんとゲームしてて夜遅くなって寝坊したっぽい。』と話してな。」
(夕立、この前の遅刻はゲームしてたからなのね。腹痛じゃないじゃない!)
一気に眉間にしわがよっていく足柄。
「? どうかしたか? 足柄?」
「いえ、休み明けにやることが増えただけよ。」
ムスっとする足柄を見て大体事情を察した副校長は、やれやれと思いながら少し頭を指でかく。
「それで、隠れてゲームしていた不知火を怒ったってこと?」
「いや、実はまだ怒っていない。」
「あら、またそれはどうして?」
長門のことだから隠れてゲームをしていた不知火をすぐに怒ったものだと思っていた足柄は少し拍子抜けする。
「あの年頃の子ならば興味を持つことに、いままで不知火は、そうだな、あえていうならば無関心だった。いや、無関心なフリをしていた。」
「たしかに、すごい真面目な印象を受けるわ。」
「不知火はおしゃれにも興味なし、男子にも興味なし、音楽にすら興味なしでいつも勉強や稽古ばかりやっていてな。まぁ、私のような武人ならそれでいいのだが……。」
(そういえばこの人が着飾っているところを見たことがないな。もう少し気を使えばとんでもない美女に化けるのに。)
そう思いながら長門の上から下まで全身をすーっと目で見る足柄。
「私はもう少し年頃の娘のように不知火が振舞ってもいいのではないかと感じている。その時期、つまり少女という時間を過ごせるのはわずかしかない。」
「中には暁みたいな子もいるんだけれどね。」
長門は首を縦にゆっくり振って肯定する。
「もちろん、暁のように大人に憧れて背伸びすることも人が成長するためには必要だと思う。だが、大人である時間は子どもである時間よりもずっと、ずっと長いのだ。なにしろ20歳で成人したとしてもそこからずっと大人だからな。それに、じきにこの戦争も終わる。だから、もう少し遊んでもいいのではないかと私は思うのだ。」
はぁぁぁ、と感心の声を上げる足柄。
「長門、しっかりお母さんやってるのね。感心したわ。」
「私は連合艦隊旗艦、長門だ。だが、家庭に戻れば母、長門なんだ。」
そう言う長門の目は、戦場で敵を見つめる鋭い名刀のような目ではなく、慈愛に満ちた温かい母の目をしていた。
その目に気がついた足柄もふふっと微笑みをかけられたかのような温かい気持ちになる。
「なるほどね。それで不知火が年齢相応に遊んでいるのが嬉しいのね。」
「うむ。やっと年頃の娘のように普通の子が興味を持つことに不知火が自分から進んでやり始めたのだ。少し、嬉しくてな。それに、私自身が同じようにゲームをすれば、隠れてやる必要はないということを示せるのではないかと思ってな。おそらく、隠れてやっているのも私への遠慮が原因なのだと思う。最近、やっと私のことを母だと認めてくれるようになったのだが……。」
「なるほど、事情はわかりました。確かに口で堂々とゲームをしてもいいと言っても不知火は遠慮するでしょうしね。じゃあとりあえず他にもスマホはあるので操作しながら購入するものを決めていきましょう!」
ウィンクしながらガッツポーズをとる足柄。
「うむ。そうだな。せっかく来たのだ。このスマホだけ試すのは勿体ない。案内を頼むぞ。」
「はい、長門副校長♪」
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「しかし、本当に色々と種類があるものなのだな。板型電話機能搭載多機能携帯電子計算機は。」
一通り展示されているスマホを試してみた長門はその充実した機能に圧倒されていた。
「え? 長門、今なんて言った?」
そんな長門のあまりに長い言い回しに思わず聞き返してしまう足柄。
「だからだな。板型電話機能搭載多機能携帯電子計算機だ。」
淀みなく、スラスラと長ったらしい言い回しを言う長門。
「よく噛まずに言えるわね。凄いわ!」
「ふっ、当然だ。私は連合艦隊きかー……。」
「でも、スマホでいいわよ。」
「……。そうか。」
自分の長い言い回しを否定され、残念そうな顔をする長門であったが、「さすがに長かったかな?」と少し反省したりするのだった。
「で、決まった?」
「うむ。やはり最初に触ったこの『aIphone』というものにしようと思う。不知火とおそろいのローズピンクなんてどうだろうか?」
そう言ってキラキラ光るスマホを片手に持ってみる長門。
「あら、いいじゃない。そのスマホなら『ワールド・オブ・戦艦ズ』もプレイできるしね。」
「そうだろう。なにより、私でも使えるくらい簡単にできているのが気に入ったぞ!」
そういって不器用な手つきで操作する長門。そんな長門の操作にもaIphoneはスムーズに応えている。
「でも長門、不知火も年頃なんだから、同じ色のものを母親が持っていると少し恥ずかしいと思うんじゃないかしら。あら? 長門? どうしたの?」
口を半開きにしてまさに「ショック」を受けたような表情をする長門。一体長門はどうしたのだろうと足柄は疑問に思う。
「ね、ねぇ、長門?」
おそるおそる話しかける足柄。
「わ、私も……。」
小声でぶつぶつと何事かを言っている長門。何を言っているのかわからない足柄は長門に聞きかえす。
「な、長門? どうした……。」
どうしたの?と足柄が聞き返す前に長門はキッと目つき鋭く足柄をにらみつける。
「ひっ!」
(こ、怖い! 長門、本当にどうしたのよ~~!)
足柄をにらみつけたまま、長門は大声で言い放った。
「私も、かわいいローズピンクがいい! かわいいローズピンクが欲しい!」
あまりの大声で長門が叫んだものなので、他に買いに来ていた艦娘達が一様に騒ぎ始める。
『え? 長門さんローズピンク買うんだぁ。』『意外かも……!』『れ、レディーらしい色ね……!』
ざわつく鎮守府携帯電話コーナー。その一角で大声を放ったひとりの艦娘が顔を隠してしゃがんでいた。
「ね、ねぇ長門……。」
哀れむ目で自分の上司を見つめる足柄。
「く、くぅ! ほっといてくれ。あぁ、穴があったら隠れたい……!」
「ちょ、ちょっと! 本当に隠れようとしないでよ! そこは私のスカートよ! こら! こら、副校長!」
もぞもぞと足柄のスカートから出てくる長門。そんな長門は意気消沈とした表情で何事かをぶつぶつと言っている。
「だって、だって私だって女の子だもん……。かわいいものを使いたいんだもん……。」
(いつもの威厳は皆無ね。)
もじもじする長門。重ねていうが、いつもの凛々しい姿はそこにはなかった。
「ま、まぁ、色を選ぶのはあなたの自由よ。長門。」
「ほ、本当か!? やったぁ!」
ぱぁっと明るくなりガッツポーズする連合艦隊旗艦。
「よ、よし! ならばローズピンクに決まりだ!」
「それじゃ、欲しいスマホも決まったことだし契約をしましょう。今なら、そうね、3時間もあれば契約完了すると思うわよ。」
ずががーんという音が聞こえるかのような表情を浮かべる長門。
「さ、3時間だと!? ふざけているのか!?」
「いや、だってプラン説明とか、諸注意とかあるもの。長門、聞かなくて大丈夫なの?」
『む!』とたじろぐ長門。
「だ、大丈夫なわけないだろう! こっちは初心者なんだぞ! それほど時間がかかるとは、その、思っていなくてだな……。」
「今日は休日で契約が立て込むから時間がかかるのは仕方ないのよ。ま、説明終わったらあとは待つだけだから、その時間に食事を済ませちゃえばいいのよ。」
「ほう、食事に立っていいのなら、まぁ、なんとか時間を潰せるか。では、そうしよう。」
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「お待たせしました~~。開通作業は無事に終わりましたよ。」
「うむ、ありがとう。」
会計も済ませた長門は満足そうに自分の新しい携帯電話、いや、スマホを手にしていた。
「どう、長門? 新しい自分のスマホは?」
ニヤニヤしながらスマホを操作する長門を足柄は横で嬉しそうに見ている。
「うむ。悪くないな。実にすばらしい。」
「ふふ、それはよかったわ。」
「ところで、さっきから気になっていたのだが、あのコーナーは一体なんなのだ?」
そう言って指をさす長門。
「あぁ、あそこはスマホのアクセサリー販売コーナーよ。」
と、事も無げに応える足柄だが長門はそれを聞いてもイメージが湧かずに首をかしげる。
「アクセサリー?」
「えぇ。スマホって落としたらすぐに傷を負っちゃうのよね。だから、大抵の人はカバーをつけて使うわ。」
そう言って足柄は自分のカバーをつけたスマホを長門に見せる。
「そうなのか! う~む。私もカバーを買いたいな。少し見てきてもいいか?」
「いいわよ。じゃあ私はそのあたりをうろついているから、買ったら電話してね。」
「うむ。了解した。では戦艦長門、抜錨する!」
『DOKOMO』の袋を片手に嬉しそうにアクセサリーコーナーに向かう長門。それを足柄はニコニコしながら送り出す。
「いってらっしゃーい♪」
・
・
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『鎮守府携帯電話アクセサリー販売コーナー』
「ほう。こ、これは、凄いものだな……。」
自分の買ったスマホにあうケースを探しにきた長門はその圧倒的な数に驚いていた。
「こ、これ全部私が買ったスマホのケースなのか。こ、これは、ボタンにはるアクセサリーシールだと……!?な、悩んでしまうな。」
しばらくケースを物色していた長門であったが、いまいち、自分の欲しいケースが見つからない。
「う~~む。どれも素晴らしいが、心から欲しいと思えるものがないな。さて、どうしたものか。」
ふと上を見上げた長門。その視界の一番端に見たことがないケースがちらっと映りこむ。
「む? あれは?」
上の商品が取れるようにと置いてあった脚立を使い、手を伸ばす長門。
「お、おぉぉぉぉ! こ、これは! これはすばらしい! これこそ私が求めていたものだ! これをくれ!」
こうしてケースも購入できた長門はさっそくそのケースをつけ、喜びに浸りながら足柄に連絡をする。
「えぇっと、通話はこうして、こうして、お、繋がったな! 足柄、待たせたな!」
「いえいえ、そんなことないわよ。で、どう? 気に入ったケースは見つかった?」
「あぁ、おかげさまでな。今、そっちに行くぞ。あぁ、それでは。」
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「待たせてしまってすまなかったな、足柄!」
小走りで足柄の元に向かう長門。そんな長門のほうに足柄もゆっくり歩いていく。
「大丈夫よ~~。それで、どんなケースを買ったの?」
興味津々といった感じで尋ねる足柄に長門はドヤ顔でスマホを取り出す。
「よくぞ聞いてくれた! 私が選んだケースは、これだ!」
ばぁぁぁん!と取り出されたスマホを見て唖然とする足柄。その様子に長門は満足する。
「どうだ、声もでないほどすばらしいだろう!」
長門が取り出したそれは、足柄の想像を超えていた。
優雅なローズピンクの本体は完全に隠され、戦艦の装甲のような固そうなパーツで鎧われている。そのため普通のスマホより2割ほど大きく見え、その原型がわからなくなっていた。しかもよほど強度を保つ必要があるのか四隅はボルトで固定されていた。
「この画面を覆うガラスパネルは拳銃弾をはじくらしいぞ!」
えっへん!と自慢げに自分のスマホケースを説明する長門。
長門が手に持っているスマホは、一言で言えば軍隊がもっているスマホ、とでも言うべきゴツイ代物と化していたのだった。
(あんなにローズピンクがいいって騒いだのに……。肝心のローズピンクがまったく見えないケースを買ってどうすんのよ!)
と、心の中で激しい突っ込みを長門に入れる足柄だったが、あまりの長門の喜びようを見て言うのはやめたのだった。
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「ふぅむ。本当に色々なアプリがあるのだなぁ。」
長門は自分のベッドでくつろぎながら、さっそく買ったスマホを熱心にいじっていた。
「むむ! このアプリは面白そうだな。さっそく入れてみるか……。」
帰りに買った『最強!aIphoneアプリ傑作1000選!』を読みながら、あまりのスマホアプリの多さに感心する長門。
「しかし、このような本がなければ一体どのアプリを入れればよいか全然わからないな。」
長門のベッド周りにはこの本のほかにも様々なスマホ関連の本や雑誌が散乱していた。
「ふむ。この『週刊ハスキー』によると、今後流行するスマホアプリはこれらしいが、うぅむ、どれも面白そうだな。全部試してみるか……。」
『ぱんぽん!』
甲高い特徴的な通知音をスマホが奏でる。音がなったスマホのLED通知ランプが緑色に点滅しているのを確認し、長門はスリープ状態からスマホを復帰させた。
「お、足柄からラインが届いたか。えぇと、『おかげさまでスマホ操作は順調だ』と入力したいが、いまいちまだ指で入力するのは慣れていないから……。」
そう言ってスマホの中央ボタンを長く押す。
『ぽぽん! 音声入力を起動しました。』
「おぉ! さすがは私のスマホだ! それでは…………。よし。入力は完了した。これを送信して……、うむ。送れたようだな。」
ふぅ、と息をつく長門。窓からさしこむ西日がすでに弱弱しくなっていた。
「む、今何時だ?」
指をスマホの上画面に走らせ時刻を確認する。
「おぉっと、もうこんな時間になってしまったか……。やれやれ、スマホとは結構疲れるものだな。」
そう言ってベッドから体を起こし「うーん」と体を伸ばす。
「うぅむ。買った本が散乱してしまっているな。今日中にもきちんと整頓しなくては。」
散乱する本を見てひとりため息をつく。そしてふと一枚のパンフレットを手にとってみる。
「しかし、この携帯電話会社から貰った操作方法マニュアルはあまり役にたたなかったなぁ。足柄が言う本や雑誌を片っ端から買って読んだから、何とかなったのだが。」
『DOKOMOお客様向けaIhoneマニュアル』という薄いマニュアルを苦々しく見つめる長門。
「それに、店員の説明を聞いていたが、何を言われたのかさっぱり覚えていない……。契約書を読み返してみたが、えぇっと、通信制限はいつ頃かかるのだったかな……。」
そう言って本の整頓がてら契約書をもう一度読み返していると、家のドアから鍵を開ける音がガチャガチャと聞こえた。
「ただいま帰りました。お母さん、もう帰っていますか?」
「あぁ、お帰り、不知火。」
出迎えに行くと玄関には大きな防具袋を背負った不知火の姿があった。
「もうかなり暗くなっているのに玄関の明かりも、家の明かりもついていなかったので少し心配しました。」
「申し訳なかった。じつは……じゃん!」
そう言って長門は「ばばぁん!」と不知火の目の前に今日買ったばかりのスマホを出した。
「そ、それは……?」
「どうだ不知火! これでお母さんもスマホデビューだ!」
「あ、あぁ。そうですね。スマホ……ですね。なんというか、その……。」
そう言って口ごもる不知火。
(お母さん、やけにご機嫌だと思ったら、スマホに買い換えたのね。それにしても……。)
「ふふ、どうだ、素晴らしいだろう!」
(あれ、本当にスマホ……かしら。軍が新開発した特殊作戦用の暗号発信機じゃないのかしら?)
目の前に差し出された頑丈そうなスマホに冷や汗を流す不知火。
ゴリゴリしたスマホを前にどうコメントしたらいいのか、彼女は考えあぐねていた。
「ふふ、素晴らしすぎて声もでないようだな? 不知火?」
「え、えぇ、と、はい。お母さん。」
「無理もない。このスマホは不知火のスマホと同じローズピンクのaIphoneだからな。お揃いだ!」
(え!? このゴツゴツしたスマホ、私のaIphoneと同じなの!? 色とか、形とか凄い固そうなケースで守られていて全然わかりませんでした!)
声にならない叫びを上げる不知火だったが、その様子を長門は「うん、うん。」と満足げに眺めていた。
「そうだろう。そうだろう。不知火も私とお揃いで嬉しいのだな。」
「は、はい。お母さん。」
(お母さん、盛大に勘違いしているけれど、嬉しそうだからまぁ、よしとしましょう。それにお揃いといってもこれでは完全に不知火のaIphoneとは別物にしか見えませんし。)
そう思って不知火は長門のスマホを再度チラ見する。
「よし、それではせっかくスマホを買った記念だ。不知火、荷物を置いたら一緒に写真を撮ろう!」
「ひゃ、ひゃい!?」
まさか写真を一緒に撮ろうとは思ってもいないことだったので不知火は声が思わず裏返ってしまった。
そしてもじもじと上目遣いで長門をみる。
「そ、それは……恥ずかしいです。お母さん。」
「何を恥ずかしがるのだ、不知火。私達は親娘なのだぞ?」
胸に手を当てながら不知火に「写真を撮ろう!」と説得する長門。
「そ、それは、そうですが……。」
手を小さく横に振りながら写真を一緒に撮るのを遠慮する不知火。
「ならば、写真を撮ろう! さぁさぁ!」
ウキウキとあまりにも楽しそうにする長門に不知火は強く断れなかった。
(まぁ、確かに二人きりで撮った写真っていままでほとんどありませんでした……。)
いまでこそ「お母さん」と長門を呼んで仲良く一緒に生活するようになったが、最初の頃はとても今みたいな関係ではなく、口を聞くこともほとんどなかった。
それがあるきっかけでだんだん話をするようになり、今ではお互いになくてはならない本当の親娘のような関係になっている。
だがそんな二人が暮らす家には写真が飾られていなかった。
普通の家庭なら普通に置いてあるはずの家族写真が。
(いい機会かもしれません。少し恥ずかしいですが……。)
そこまで思い至り、ポツリと顔をやや横に向けながら不知火は母、長門に話しかける。
「お母さん……。」
「む、や、やはりダメだろうか……?」
顔を横に向け、小さな声を出す娘の様子を見た長門は少し残念そうな表情を浮かべる。が、
「いいですよ。写真撮りましょう。」
恥ずかしそうに指で頬をかく不知火。
「ほ、本当にいいのか? 二人で写真を撮っても……?」
「はい……。少し恥ずかしいですが……。ふにゃ!? お母さん!?」
突然、長門が不知火を抱きしめやさしく髪を撫でる。
「不知火、ありがとう…!」
母の柔らかく優しい感触に抱かれる娘。
あぁ、この人がいなかったら、私は人としての喜びを感じることができたのだろうか。
いや、決してできなかっただろう。
そんな思いを抱きながら、不知火も母をやさしく抱き返す。
「お母さん。私は不知火は幸せ者です。」
「私もさ。不知火。では、写真を撮ろうか。足柄から『自撮』を教えてもらってな。よし、それじゃ撮るぞ。はい、チーズ!」
『パシャリ!』
「ふふ、いい顔で撮れているじゃないか。」
「お母さん、私にもその写真をください。」
そう言って不知火は自分のスマホを長門に差し出す。
「うむ。わかった。えぇっと、送信するときは、と。」
慣れないスマホを操作する長門。頑張って送信しようとするが、なかなか上手くいかずおかしな操作をしてしまう。
そんな長門の様子を見かねて不知火が長門に手を伸ばす。
「お母さん、もしよろしければ私が代わりにやりますが……?」
「そ、そうか不知火、よろしく頼む。」
そう言って自分のスマホを不知火に渡す。
「このスマホ、お、重いですね……。えぇっと、こうやって……っと。お母さん、できました。スマホありがとうございます。」
「いや、礼には及ばないさ。では、落ち着いたら食事にしよう、不知火。今日は不知火の好きなハンバーグだ!」
ニコニコする長門。そんな長門につられて不知火も微笑する。
「はい。楽しみにしています。お母さん。」
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午前8時29分、鎮守府内小中高一貫校「中学部」職員会議
「……と、いうことで輸送路に出現した深海棲艦についてはこのように進めていきたいと思う。」
『はい。長門副校長!』
「よし、それでは解散。各自ホームルームに向かってくれ。」
月曜日になり再びあわただしくなった学校で、長門は凛として職務に励む。そんな長門に足柄が近づく。
「む? どうした足柄? さきほどの件で何か質問か?」
「いえ、出撃に関しては問題ないわ。それよりもこれよ、これ。」
「そ、それは……!」
足柄の手にあるスマホに満面の笑みを浮かべる長門と不知火の姿があった。
撮影したあと、これをスマホの待ちうけ画面に設定したのは間違いないが、外部に送信した記憶は長門にはなかった。
「ど、どこでこれを……!?」
「ラインよ。たしか、今登録してるラインは私だけのはずよね? 長門?」
「あ、あぁ。そうだ。まだ使い方がよくわからないから、足柄に教えてもらおうと……。しかし、どうして……。」
『どうして流出してしまったのか』という言葉が出る前に足柄がさえぎる。
「とにかく、今は時間がないから、放課後また話すわ。ちょっと長い話になると思うから、教室を確保したいんだけれど。いいかしら?」
足柄の要請に無言で頷く長門。その額にはうっすらと冷や汗が流れ出していた。
「じゃ、放課後、いつも私が補習に使っている教室で待っててね。それじゃ、ホームルーム行ってくるわ。」
「あ、あぁ。よろしく頼む。」
細い声を絞りだす長門はその日、放課後まで終止無言であったという。
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【放課後】
足柄は足早に廊下を歩いていた。明日の授業準備が予想よりもかかってしまったため、長門との約束の時間にやや遅れてしまったからだ。
約束の場所である教室にはすでに明かりがついていた。その教室のドアを荒っぽく開ける足柄。
「ごめん!遅くなっちゃって、長門。」
ドアを開けた足柄の先にはすでに到着していた長門が机に座って待っていた。
「いや、私も先ほど仕事を片付けて来たばかりだ。」
「それにしても、長門にその机はちょっと小さい感じがするわね。」
「ふふ。幼い頃を思い出していたよ。」
足柄も話しながら長門の隣の席につき、いよいよ今回の本題にはいる。
「で、肝心のスマホの件なんだけれど、心あたりはない?」
「そんな、心あたりと言われても……、あっ、そういえば写真を撮った後、操作方法がわからなくて変なボタンを押したな。」
「そのあと、画面が切り替わらなかった?」
「切り替わったぞ。そこであわててホームボタンを押し、その後不知火に操作を代わってもらったのだが。」
合点がいったとばかりに足柄は大きく頷く。
「あー、やっぱりね。長門、あなた他のアプリに写真を転送する『共有する』ってボタンを誤って押したのよ。」
「な、何? そんな簡単に他のアプリと繋がってしまうのか?」
「そうなのよ。特に写真なんかだと他の人にもその写真を見て欲しいって人が沢山いるから頻繁に『共有する』を使うかしら。」
「な、なるほど……。」
「あとね、これは私達艦娘だと半ば義務なんだけれど、長門、あなたスマホの位置情報をOFFにしていないわね?」
「そ、そうなのか?」
よくわからないといったふうに長門は自分の頬を人差し指で軽くこする。
「ええ。スマホの位置情報が写真についていたわ。昨日の夕方、長門の自宅でこの写真を撮影したのね。」
「そ、そこまでわかってしまうのか。そ、それでは万が一、万が一秘密作戦のときにうっかり撮影してそれを外部に流してしまったら……!」
わなわなと手を震わせる長門。長門の言葉をつなぐように足柄が話しだす。
「えぇ、自分の居場所を外部に漏らしてしまって作戦は台無し。それどころか敵に位置を知られて逆襲される危険すらあるわ。」
「な、なんということだ。」
「でも、大丈夫よ。単純に位置情報だけオフにすればいいから。」
「そ、そんなこともできるのか?」
「えぇ。いい? この設定をこうやって……そこでここを押して…………。」
長門の持つスマホに足柄が指を指しながら設定の位置情報をオフにする。
「こ、これでいいのだな?」
「うん。これでバッチリね!」
「ふぅ。良かった。しかし、十分に注意して使わなくてはいけないな。スマホというものは。」
「そうね。あとはラインなんかだと乗っ取りという危険もあるわ。」
「の、乗っ取り!? 私のラインが他人に使われてしまうということか?」
「その通りよ。だから、パスワードはできる限り複雑にして、乗っ取り防止の予防措置をとると安全だわ。」
「そ、そうなのか……。あ、足柄、申し訳ないが私には操作が複雑でよくわからない。代わりにやってはくれないだろうか?」
「いいけれど、本当に私がパスワードの設定をやっていいの?」
「あぁ。足柄のことは信頼している。足柄から情報が漏れるということはまずないだろうと信じている。」
キリっとした眼差しで足柄と目を合わせる長門に足柄は少し照れてしまう。
「そ、そこまで言われちゃうと、照れるわね。まぁ、この飢えた狼にまっかせなさーい!」
長門からスマホを預かり、設定作業を進める足柄。パスワードを長門のためにメモ帳に書き留めながら作業を進める。
そして数分後、「ふぅ」と息を吐き、長門にスマホを差し出した。
「よし。設定完了したわ。パスワードなんかはこのメモ帳に書いてあるから、なくさないようにね。」
「本当に色々すまないな、足柄。おかげで安心してスマホを使っていけそうだ。ところで、他に何かやっておくべきことはないか?」
「と、言うと?」
「いや、先ほどの情報が流出する、というのが少し不安でな。まだ何か盲点があるんじゃないかと勘ぐってしまってな。」
う~~ん、と考える足柄。しばらくして「思い出した!」というようなハッとした目で長門を見る。
「あ! そういえばひとつあったわ! さすがは世界のビッグセブンね、長門!」
「い、いやぁ。そう面と向かって言われると、て、照れてしまうじゃないか……。で、そのひとつとは一体なんなんだ?」
「OSの更新よ!」
「OS? なんだその救難信号の出来損ないみたいなものは?」
「……突っ込まないわよ。」
「…………すまない。先に進んでくれ。」
長門は少し顔を赤くした。
「OSっていうのはオペレーティング・システムの略で、これがないとスマホは動かないの。船でいう機関部みたいなものね。」
「なるほど。それで、そのOSとやらをどうすればいいんだ?」
「船の機関部も定期的にメンテナンスしないとダメでしょ? それと同じようにOSも定期的に更新がくるわ。そのときに更新すればバッチリよ。やり方は……。」
そう言って足柄は長門のスマホを操作してやり方を教える。と同時に長門が忘れないようにメモ用紙にOS更新の手順を書く。
「いやぁ、メモを書いてくれるなんて助かるなぁ。ちなみに、OSを更新しないと最悪どうなるんだ?」
「そうね。古いOSだと場合によってはハッキングなんかに弱くなっちゃうわね。つまり、個人情報が筒抜けになったりする可能性があるわ。」
「うぅむ。そうなのか。わかった、足柄。定期的に更新があるか確認しよう。色々とすまないな。」
「ふふ、困ったときはお互いさまよ! ところで、例のゲームはどうなったの?」
「いや、まだだ。昨日は操作を覚えるのに精一杯だったからな。今日、家に帰ったらやってみようと思っている。」
「それは楽しみね。やり始めたら今度一緒にプレイしましょう。」
「何!? 足柄もワールド・オブ・戦艦ズをプレイしているのか!?」
「当然よ。ほら。」
足柄が差し出したスマホの画面に美しい軍艦のCGがドーンと表示されている。
「う、うぉぉぉ! これは素晴らしいグラフィックだな……。なんと! 三笠もあるのか!?」
「ふふ。ここまでくるのに苦労したわぁ。でも、ほどほどにしないとね。のめり込み過ぎると大変だから。」
「そ、そうだな。私も息抜きにやることにしよう。」
「それじゃ、帰ろうかしら? どう長門? 一緒にご飯行かない?」
「それはいいな。よし。スマホのお礼だ。好きなものを食わせてやるぞ!」
「本当!? じゃあ、鳳翔さんのところの期間限定……。」
「あ、あれを頼むのか!? 足柄、いくら好きなものといってもあれは高すぎるぞ!」
「世界のビッグ7が嘘つくの? ツイッターで拡散するわよ。」
そう言って足柄は自分のスマホを長門の前でチラつかせる。
「ぐぬぬ! わかった! この戦艦長門、連合艦隊旗艦の名にかけて嘘はつかん! そうと決まればさっさと行くぞ!」
「あぁ~~。長門、待って~~。」
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「ふぅ。今日もお母さんは遅くなると連絡が来ましたが……本当に帰ってきませんね。」
ひとり夕食を食べる不知火がポツリとつぶやく。
「仕事で忙しいのはわかっているのですが、やはり、ひとりで食べる夕飯は寂しいです……。」
テーブルを挟んだ目の前の空席を見る不知火。目に映るのはやはり誰もいない座席だけ。
「ごちそうさまでした。」
かちゃかちゃと音をたて食器を片付ける不知火。
(食器が触れる音が私ひとりのときは特に大きく聞こえます……。)
しばらくして食器を洗い終える。
「宿題ももう済ませましたし。こういうときは……。」
そういってスマホを手に取った不知火は「ゲーム」とカテゴライズされたフォルダからアプリを起動させる。
「今日はみんな宿題が忙しいと言っていたので、インしているのは私だけのようですね。せっかくなので、ここで皆と差をつけてしまいましょう。」
『BAaaaN!』というゲームのオープニング音が不知火のスマホから発せられる。そして、その画面の中央に大きな文字で「ワールド・オブ・戦艦ズ」の文字が浮かび上がった。
「ふふ。水雷戦隊、出撃します!」
ニコニコと年齢相応の少女の顔になる不知火。
いつもであれば自分の部屋でこっそりやるゲームだったが、母が帰ってこないということでリビングルームで体を伸ばし、リラックスしていた。
「あぁ、また負けてしまいました……。もう一回!」
思わず熱中して時間が瞬く間にすぎていく。そして何度目かの戦闘を終了させ出撃する艦艇選択画面に戻り、ふとつぶやく。
「こんな姿、ビッグセブンのお母さんに見られたら、大目玉をくらってしまいます。」
不知火は母である長門のことを考えていた。
「お母さんはビッグセブンで連合艦隊旗艦。そして私の学校の副校長です。そんなお母さんがゲームに浸る私を見たら、なんて言うでしょう。」
「年齢相応の遊びじゃないか。少女が熱中するにしては少し硬派すぎるがな。」
「ひゃ! お、お母さん!?!?」
ふいに背中から声がして飛び上がる不知火。
「ただいま、不知火。」
「お、お母さん、こ、こ、これは、その……!」
あわててスマホを隠そうとする不知火。
(ど、ど、どうしよう! 思わずゲームにのめり込んでしまいました。こんな姿見られてしまったら……。いえ、もう見られてしまっています。どうすれば……。)
目を白黒させている不知火の顔の前に、母である長門が自分のスマホを差し出す。
「不知火、私とも遊ばないか?」
戦艦の装甲のようなゴツゴツした母のスマホの画面には「ワールド・オブ・戦艦ズ」というタイトルが大きく映し出されていた。
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「いやぁ、初めてスマホゲームを遊んでみたが、なかなかよくできているじゃないか。」
二人で大騒ぎしながらゲームを楽しんだ二人は温かいココアを飲みながら就寝前に一息ついていた。
「お母さんはまだまだ弱すぎです。もっと鍛える必要があります。」
「ふふっ。厳しいことを言うなぁ、不知火は。」
「でも」
そして不知火は目の前の席に座る長門に大きな笑顔を見せる。
「でも、とても楽しかったよ。お母さん。」
そんな不知火の笑みに長門も自然と笑顔になる。
「ふふっ。そうだな。また一緒に遊ぼう。不知火。ただし……。」
「わかっています。宿題をきちんと終わらせたら、ですよね?」
「わかっているなら、よろしい!」
するとお互いどちらが先というわけでもなく、自然と柔らかい笑みが漏れてくる。
いつどうなるかわからない。
それが艦娘の運命(さだめ)。
だが、今このとき、確かに二人の艦娘は家族の温かさを感じていた。