バーサーカー編は次こそ…!
六日目 朝
「衛宮君、私達は今日別行動だけど、構わないわね?」
朝食の場、未だに目を覚まさない桜と未だ学校の被害の後処理に忙しい大河を除いた衛宮邸の食卓で、凛は唐突に告げた。
「別行動って…どうしたんだ一体?」
「昨日の綺礼の言葉が気になってね。キャスターも消えたし、丁度良いから柳洞寺の地下の大聖杯の方を調べてこようと思うの。」
大聖杯。
それは聖杯戦争の根幹を成す、日本最高峰の地脈に刻まれた術式に他ならない。
始まりの御三家、遠坂・アインツベルン・間桐の三家によるもので、今現在も稼働し、マスターを選定し、サーヴァントの現界を支え続けている。
「オレ達がついていかなくて良いのか?」
「御三家なら兎も角、衛宮君は一応外来の魔術師だしね。秘中の秘を見せる訳にはいかないのよ。それに桜の事もあるし、衛宮君はそっちについてて。」
桜の体調は夜よりも落ち着いたが、診察した凛曰く、如何せん慢性的な魔力不足を患っているとかで、治療法としては魔力を供給するしかないそうだ。
一応応急処置として遠坂が宝石から魔力を供給したが、それも場当たり的な対応だと難しい顔で言った。
「セイバー、もしもの時もあるから、常に衛宮君の傍にいてね。」
「了解した。凛とアーチャーもくれぐれも用心を。」
「何、これでも弓兵の端くれ。逃げ隠れは得意でね。」
「はいはい、いくわよアーチャー。」
こうして、凛とアーチャーは一路柳洞寺を目指した。
さて、残った士郎はと言うと、朝食を取った後、パパッとおかゆを作り、桜の眠っている部屋へと向かった。
「士郎、私は霊体化して待機する。何かあればラインで」
「分かった。頼りにしてる。」
それだけ告げて、セイバーは霊体化して沈黙した。
「桜、入るぞー。」
両手が塞がっているため、一応声をかけるが…返事が無い。
まだ寝ているのか、或はまだ体調が優れないのか。
どちらにしろ、一旦確認する必要があると判断した士郎は一旦おかゆの入った小さな土鍋を載せたお盆を足元に置き、襖を開いた。
「…………。」
和室に敷かれた布団の上、そこに桜はいた。
夜に着ていたいつもの服装ではなく、凛が診察した関係から家に置いてあった寝間着を着ていた。
しかし、問題はそこではない。
布団から上体を起こし、ボーっと中を見る彼女の寝間着は大きく胸元が肌蹴ており、肝心な部分こそ隠れているが、その同年代にしては些か以上に立派な胸の殆どが見えていた事だ。
本当なら視線を反らさなければいけない所で、士郎は固まった。
それだけ桜の重厚な胸部装甲から発せられる肌色の視線集中効果は強力だったのだ。
「………先輩?」
そして、漸く桜が顔を真っ赤にして不自然な態勢で固まっている士郎に気付いた。
更に、士郎の視線から己の恰好に視線を戻して…
「きゃぁ!?み、見ないでください!」
「す、すまん!」
解凍した士郎はその場でUターン、素早く廊下に出て、襖を閉めた。
顔に血液が集中し、熱を持っているのが自覚できた。
(マスター、年頃とは言え朝からこれは…。)
(違う!断じて違うからな!)
セイバーの笑いながらの突っ込みに士郎は必死で言い訳する。
そう、自分はあくまで朝食のおかゆを持ってきたのであって、こんな破廉恥な真似をするためじゃない!
しかし、士郎の脳裏からは今見た肌色の光景がこびり付いて離れなかった。
「さ、桜、大丈夫か?」
「あ、はい。もう大丈夫です。入ってきて良いですよ。」
「お、おう。お邪魔します…。」
そろそろと慎重に士郎は襖を開けるが、そこにはきっちりと寝間着を着込んだ桜の姿があった。
それにほっとしつつも、確かな残念さを覚えつつ、士郎は今度こそお盆を持って入室した。
「これ、まだ身体が悪いと思って朝食に。」
「あ、ありがとうございます。先輩達にご迷惑を…。」
「良いって。普段は桜に助けられてるからお互い様だ。」
違う、と桜は声を大にして言いたかった。
貴方にはそれ以上に自分の心が助けられていると、そう告白したい。
だが出来ない。
何も知らないこの人には、せめて思い出の中だけでも綺麗でいたい。
それがもう間もなく破綻する事になると分かっていても、桜は士郎の前では綺麗でいたかった。
「取り敢えず、今日は学校休め。オレも休むから、何かあったら気兼ねなく言ってくれ。」
「あ、はい。所で遠坂先輩やアーチャーさん達は…?」
「皆、今日は用事があるって出てったよ。だから、今日はオレと桜だけだ。」
その事を告げると、桜は露骨にほっとした。
とは言え、霊体化したセイバーが控えている現状、彼女が士郎から離れる事は即死亡フラグになるのだが、それはさて置き。
「所で、おかゆ食えるか?」
「あ、はい。大丈夫です。」
昨夜まで、あんなに「貪った」のに、桜自身は未だに空腹だった。
然もありなん、彼女の摂取させられたものは全て大聖杯に、其処に巣食うものへと還元される。
未だ生の肉体を持つ彼女の胃が満たされる事は無い。
「じゃぁちょっと待ってくれ。」
士郎はそう言うと、徐に土鍋からレンゲで掬ったおかゆをふーふーと冷ましてから…
「はい、あーん」
桜へと差し出した。
これに桜は固まった。
何気に衛宮邸で風邪をひいて看病されるのは初体験であり、今までは迷惑をかけるべきではないと風邪をひいても間桐邸で療養していた。
しかし、しかし、こんなイベントがあるのなら、どうして今まで無理してここに来なかったのだろう…!
そう桜は後悔した。
「桜?」
「はっ!?いえ、なんでもありません頂きます!」
「お、おう?」
余りの事態に固まっていた桜は空かさずパクリ、と士郎の持つレンゲをぱくりと口にした。
ただそれだけで、桜は幸せだった。
「どうだ?」
「はい、とっても美味しいです。」
「そっか、まだあるからゆっくり食べてくれ。」
「はいっ。」
想い人が自分の事を心配しながら作ってくれた。
ただそれだけで、ただの薄塩味のおかゆが天上の甘露に等しく感じられた。
この日、桜はずっと士郎に甘え続けた。
もうこれが、最後だと言わんばかりに。
(誰か、私に泥の様な濃いコーヒーを…。)
その頃、霊体化していたセイバーが流れ弾を食らっていた。
…………………………………………………
「凛、これ以上進むのは危険だ。」
「分かってる!でも後ちょっと…!」
結界を超え、柳洞寺から続く地下道を降りていく。
もう既にこの時点で一般人なら悪影響を受けるだろう濃度の呪詛が大気中に漂っており、はっきり言って凛の疑念はほぼ確信になっていた。
(あの衛宮君のお父さんが手放す程の問題…こりゃ不味い感じね。)
あのお人よしとかそういうレベルではない少年の、その大本となった人物が勝ち取りながら手放し、破壊すら試みた代物。
衛宮切嗣の人柄そのものは、その行いに対し、極めてお人よしであり、あの優しくて暖かい結界を作る程の人物だ。
そんな人が理想のためと求めて、しかし、投げ捨てた?
間違いなく、何かあるのだ、聖杯に。
だとしたら、そんなもののために殺し合いをするつもりもないし、御三家の一角として確かめない訳にはいかない。
そのため、凛はもしもの時のため、ありったけの宝石を携帯してこの場に臨んでいた。
「そろそろ大聖杯に辿り着く頃ね。」
「あぁ。だが、この気配は…。」
アーチャーが言葉を濁す程の、濃密過ぎる呪詛。
最早魔術師であっても長居できない程の濃度に、凛も厄払いの結界を構築し、呼吸するための酸素を確保する。
現代の魔術師でも屈指の才覚を誇る凛をして、そこまでしなければならない程の異常だった。
奥に行くにつれ、まるで鼓動の様な振動が聞こえてくる。
どくん、どくん、とまるで間もなく生まれ出ようとする胎児のそれだ。
そして、凛が最奥部まで到着した時、それを見た。
「何よ、これ…。」
絶句。
最早、形容する言葉すら見つからない。
闇色の、脈動する肉で出来た、巨大な塔。
そのあちこちには大小の目が疎らに存在し、あちこちにギョロギョロと視線を向けている。
その頂点はまるで王冠の様な形状をし、その先端の先の宙に鎮座する様に小さな穴が浮かんでいる。
「こんなの、もう聖杯なんて烏滸がましいもんじゃない!」
「だな。流石にこれは欲しくない。」
凛の叫びに、アーチャーが素直な感想を漏らすと共に、その両手に陰陽の双剣を取り出した。
「アーチャー?」
「しっかりしろマスター。敵だ。」
同時、アーチャーの双剣が振られ、火花と共に飛来した何かを弾き飛ばした。
「ほう?随分と芸風を変えたな、アサシン。」
薄らと、暗がりの中から白い髑髏の仮面が浮かび出る。
その細さに比して、余りにも長い手足を黒い外套の中に折り畳む様にして、そのサーヴァントは佇んでいた。
だが、そのサーヴァントの存在を、凛は正確に認識できない。
見えているのに極端に認知しずらい。
その気配の希薄さを生かし、暗がりからマスターを暗殺する恐るべき狂信者。
あの侍のアサシンとは異なる、これが本来のアサシン、山の翁なのだ。
「カカッ、初見で防ぐか。成程、思うたよりも優秀じゃのう。」
そして、反対側の暗がりから、無数の蟲達を率いて、間桐の始祖にして生ける屍こと間桐臓硯が姿を現した。
「これ、あんたの仕業かしら、間桐の党首殿?」
「礼儀がなっておらんのぅ、今代の遠坂よ。」
まぁ良い、答えてやるとしよう。
そう前置きして、臓硯は楽しそうに語り出した。
曰く、始まりは第三次聖杯戦争から。
システムが遂に完成した第三次、全陣営がルール無視のどんでん返しを行い、10騎ものサーヴァントが争い、小聖杯も破壊されてしまった。
その余りの乱戦ぶりに、間桐は次回以降の聖杯戦争において、トラブルの発生を予見していた。
結果、第四次では反英雄ですらない悪霊の召喚や小聖杯の破壊の直後に現出し、街を焼いた呪詛の泥等を観測し、大聖杯そのものに致命的なトラブルが発生した事を確信した。
「とは言え、まだ利用できなくはないのでな。こうして儂が直々に調整しておるのだよ。」
「その割に、随分と死臭がするなご老体。一体何人喰った?」
「カカ、生憎と三桁を超えてからは数えておらんのぅ。」
ざわざわと、会話で稼がれた時間で蟲達が退路を塞いでいた。
(凛、令呪での転移か私が道を作るかを選べ。)
(仮にもあの爺の魔術工房よ。崩落する程の火力じゃなきゃ突破は無理でしょ。)
(了解した。隙はこちらで作る。)
「さて、相談は終わったか? では大人しく蟲共の滋養となってくれんかのぅ?」
「は、冗談!」
言葉と同時、蟲達が殺到する。
アサシンは既に姿を消し、必殺の機会を待ち構える。
「――停止解凍、全投影連続層写。」
アーチャーはその両手に双剣を構えながら、その周囲に10本近い剣を投影する。
そのどれもが光や炎、熱、そして厄除け、浄化と言った臓硯と蟲達にとって天敵となる特性を帯びた宝具だった。
それらが嘗ての黄金の王と同じ様に、高速で全方位に向け射出される。
「壊れた幻想。」
直後、内包した神秘が崩壊、外界に向け解放され、爆発した。
そんな圧倒的な神秘の奔流に蟲程度が耐えられる訳もなく、地下空間を満たしていた蟲達が盛大に焼き払われた。
「アーチャー、私を抱えて家に跳んで!」
遠坂凛の第二の令呪が発動する。
空間転移、令呪という圧倒的な魔力の塊だからこそ出来る魔法の真似事。
無論、それをアサシンが見逃す訳も無く、既に闇色の短剣は投擲されている。
アーチャーはそれを右の双剣で弾きながら、凛を小脇に抱えて空間を飛び越えていった。
「逃したか。まぁ良い。何れまた来よう。」
「チチチチチチ…。」
「お主も、もう少し育ててやらねば、な。」
キィキィキィと、再び暗黒に戻った地下空間で、蟲達が啼いた。
診察の結果、凛ちゃんは桜の身体の事に気付いております。
セイバーは砂糖にやられつつ、虎視眈々と暗殺の機会を待ってます。
爺は地下空間を工房化、対魔力のある鯖でも迂闊に踏み込めません。ハムナプトラな事になります。
一方、士郎は何にも気づかず、甘えたな妹分を疑問に思いつつ甘やかしています。
何だこの温度差?(愕然