(では行きましょうか。)
仕込みは何とか済ませた。
後は彼がどれだけ耐えているか、後どれ位耐えていられるかだ。
(信じていますよ大英雄。)
その思考を最後に、彼女は潜んでいた物陰から飛び出した。
………………
「『他者封印・鮮血神殿』!」
洞窟内の一角が、血の様な深紅の結界に覆われる。
これはライダーの眼球へと置換された空間、否、その目的を考えれば胃袋と言うべきだ。
結界内の他者の力を減じ、溶解して魔力へと変換するこの結界は、対魔力を持たない者では長くいてはならないし、そうでなくとも弱体化は必至だ。
「■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」
だがそれも、この大英雄には余り意味はない。
態々血液を広範囲にばら撒いて設置時間を短縮しつつ威力を損なわないで発動した結界宝具であっても、Bランクではヘラクレスの守りは、残り三つとなった『十二の試練』は貫けない。
当然それは分かっている。
「『自己封印・暗黒神殿』ッ!」
だから、今はまだ足を止めるだけだ。
ライダーの、メドゥーサの魔眼と魔性を抑える宝具さえ、拘束へと回す。
悪夢を媒介に力の放出を抑え込む封印宝具、それは理性の無いヘラクレスには面倒なものだった。
「■■■■■■■■■■■!?」
周りの全てが嘗て女神によって植え付けられた狂気のままに殺してしまった、妻子の姿に見えた。
無論、幻覚だ。
朧気なイメージでしかない。
だが、彼はそうと分かっていても攻撃の手を緩めてしまった。
完全に狂っているのではなく、根底に正気を残しているが故に。
「捕らえました。」
そして、何時の間にかライダーの釘剣を繋いでいた鎖が霊体化を解く。
すると、ヘラクレスを拘束する形で鎖が実体化し、その動きを阻む。
「とは言え、この程度では止まりませんよね、やっぱり。」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」
その愚痴とも言える言葉に応じる様に、ヘラクレスが咆哮する。
それだけで洞窟が揺るぎ、鎖が千切れかけ、幻が霧散し、結界に皹が入る。
当然だ。
相手はギリシャ最大の英雄にして、人類史においてなお最強の一角であるヘラクレスなのだ。
例え極端に弱体化している現状でも、手心を加えられている状態でも、この程度は造作も無い。
「では、こちらも全力を出しましょう。」
だが、前提条件は整った。
もう人の英雄らしい戦いは止めだ。
誰も見ていない事だし、本来の自分に立ち返ろう。
「あの可愛らしい騎士王が決心したのだ。なら、私が怖気づくなど馬鹿らしい。」
意識せずに口調が、精神が、霊基が変質していく。
魔力は十全で、先程から吸収していた呪詛のおかげで、自身の本性が刺激されて仕方ない。
最後までもう少し上品かつ軽やかでいたかったが…そんな主義主張は捨て、主の恋路のために、あの意地らしくも愛らしい同僚のためにも、この大英雄の前へと立ち塞がろう。
血に染まりながら艶を失わなかった長髪は纏まり、猛毒と魔眼を持った蛇へと変じ、その背には一対の猛禽の様な翼が、両腕には鱗と鉤爪が生え、下半身からは巨大な蛇の尾が生えていく。
それは、怪物となる寸前だったライダーが、自己封印宝具をかけてまで封じていた本来なるべき姿。
「全てを溶かせ…『強制封印・万魔神殿』ッ!!」
遥か遠き神代のギリシャから、現代においてもなお屈指の知名度を誇る大魔獣、ゴルゴーンがその本性を現した。
……………
大空洞最奥部 大聖杯前にて
「そこを退け、言峰。」
「それは出来ん。これでも聖職者、あらゆる命の誕生は私の祝福すべき所なのでな。」
後方の黒い騎士達の戦いをBGMに、二人は静かに対峙しつつも、不退転の決意で以ってこの場に臨んでいた。
片や己の女のため、片や己の愉悦と信仰のため、眼前の敵を排除しようと決意していた。
「そいつがいちゃ、桜が幸せになれない。」
だから殺す。
ガラスの心、鉄の血潮、剣の体。
そして燃え盛る意思によって、衛宮士郎は吼えた。
「それには、お前が邪魔だ。」
陰陽の双剣を手に、士郎は踏み込んだ。
「未熟ながら、良き殺意だ。」
だが、目の前の男は老いたりとは言え代行者。
地上において神の意思を代行する事を許された、信仰の守護者なのだ。
聖堂教会の異端審問員であり、教義に存在しない魔術師や死徒といった「異端」を力でもって排除する者達。
法王を支える百二十の枢機卿らによって立案された、武装した戦闘信徒。
「命を賭けろ。或いは、この身に届くやも知れぬ。」
震脚と共に突き出された拳が、投影された双剣を打ち砕いた。
………………
(だめ、これじゃどうにもならない。)
言峰神父の警戒も、しかし小聖杯縁の儀式クラスの隠蔽魔術の前には意味は無い。
イリヤとメイドの二人は誰よりも早く、大聖杯と接触していた。
だが、その結果は惨憺たるものだった。
(完璧に汚染されてる。中身を出してもこれじゃ意味が無い。完全に解体しないと…。)
正直、ここまで来たら根こそぎ消し飛ばした方が早い。
だが、10年前の様にうっかり中身が出てしまったら、それはキリツグと同じ事をするという事だ。
火力が必要だった。
それも、最低でも対城宝具の中でも、一握りであるAランクを超える火力が。
そして、その戦力は今、ランサーに拘束されてしまっている。
何とか彼女の手が空くまで、決定的な崩壊を阻止しなければならない。
だが、メイド二人の協力もあるとは言え、どれ程時間を稼げるかは分からない。
(私はお姉ちゃんなんだから、シロウを悲しませたりなんてしない…!)
それは決意だった。
嘗て己を見捨てた父の二の轍を踏まないという、彼女なりの決意。
それに父の遺品を調べて分かったが、パスポートには何度もドイツへと入国した記録があった。
つまりアインツベルンに、自分に会おうとしていたのだ。
何度も、何度も、門前払いされながらも諦めずに。
娘である自分の元へと、戻ろうとしてくれたのだ。
それを知らず、ただ人形として、次回の器として飼い殺されていた自分に吐き気がする。
もっと早く決意すべきだった。
もっと早く調べるべきだった。
もっと早く、後悔すべきだった。
(私はお人形じゃない。お母様の、キリツグの娘なんだから。)
だからもう、家の命令に従うのは止めだ。
今の私は単なるイリヤで、今から弟とその嫁達の幸せのために一肌脱ぐだけの、ただ一人の姉なのだ。
(頑張ってねシロウ。お姉ちゃんも頑張るから…!)
決意も新たに、イリヤは再度大聖杯へと、その中身であるこの世全ての悪と向き合った。
よし、応援されてる内は書こう(露骨