「間に合いましたか!?」
「あぁ、何とかな。」
徐々に崩落の揺れが激しくなる中、ライダーが辿り着いた時、既に無事な者はいなかった。
凛は酷く出血していたし、桜も意識が戻らない。
セイバーに至っては、外面は無傷だが、鎧は全て消え失せ、現界のための魔力すら枯渇しかけている。
全員が全員、死力を振り絞って此処に立っていた。
「凛と桜を頼みます。特に凛は早めに彼女の家に連れて行かねば間に合いません。」
「分かりました。シロウは?」
「奥で…いや、丁度終わった所です。」
見れば、立ち往生した神父を後目に、士郎は大聖杯へと歩み始める所だった。
まだ戦う気なのだろうか、その瞳には不退転の意志があった。
「私達は終わらせてくる。貴方達は先に行ってほしい。」
「イリヤスフィールは?」
「彼女ならその気があれば脱出は可能だろう。」
「…分かりました。ではお先に。」
ライダーはペガサスを召喚して遠坂姉妹を載せると、崩落を開始した洞窟を急いで戻っていった。
(その気があれば…ですか。それは死ぬつもりだと言っているようなものですよ、セイバー。)
これだからお綺麗な英雄は嫌なのだ。
彼らは余りにも自身の未練に対して頓着しない。
いっそ自分達の様に好き勝手生きれば、あれ程までに思い悩む事もないだろうに。
「とは言え、今は急ぐべきですね。」
瓦礫が降り注ぐ中、思考を打ち切り、ライダーは騎英の手綱を握り直すと、改めてペガサスに加速を命じた。
……………………………………………
「――――――投影、開始。」
ギチギチと、音がする。
自分の内側で、鋼がせめぎ合い、剣が鳴いている音だ。
思考が、記憶が零れていく。
衛■■郎と言う存在が壊れていく。
分かっていた事だ、分かっていて受け入れた。
英霊となった自分の可能性を受け入れるなんて、それこそイリヤの様な聖杯として作られたのでもない限りは無理だ。
そんな莫大な魂を無理に入れる等、容量のない■■■郎の中身/魂と器/肉体を破壊する事に他ならない。
だが…
「まだ、終われない。」
そうだ。
目の前のコイツを殺さないと、■が幸せになれない。
「いいえ、士郎。そこまでです。」
威厳を感じさせながらも、何処か穏やかな声がする。
そうだ、そう言えば自分の名前は士郎だった気がする。
「よく頑張りましたね。こんなになってまで…。」
後ろから、柔らかく抱き締められる。
あぁ、そうだ。
何時だって、彼女は自分を第一にしてくれた。
大事な事は、いつも彼女が気付かせてくれた。
「後は私がけりをつけます。ですから」
でも、それは、それだけは認められない。
「ダメ、だ。」
「士郎?」
背後からのプレッシャーが増す、がこれはセ■バーの悪い癖だ。
まぁ王様稼業してたから仕方ないんだろうけど。
「ここまで来たんだ。やるなら一緒だ。」
「…本当に、貴方は私を喜ばせるのが上手ですね。」
セイバーが隣に立ち、その聖剣を構える。
黒い殻を脱ぎ捨てた、本来の星の聖剣。
世界の救済の時にこそ全力を出せる、人々の祈りの結晶。
その輝きに、産道を潜ろうとしていたこの世全ての悪が悲鳴を上げる。
この光は、奴にとっての天敵だと分かっているのだ。
「士郎、手を。」
「あぁ…。」
鎧のない、素のままのセイバーの手の上から、聖剣を握る。
その輝き、その威容に、忘れかけていた思い出が蘇っていく。
切嗣、大河、凛、他にも自分の日常を形成していた多くの人々。
そして、セイバーと桜。
大事な、とても大事な、衛宮士郎を構成する人々。
彼らとの、10年間の思い出が。
「アンリ・マユ、確かにお前は望まれて生まれようとする者だ。だがな…」
最後の魔力が充填されていく。
だが、それは絞り切った雑巾を更に絞り尽くす様な所業だ。
セイバーの現界維持分の魔力だけでなく、士郎の生命維持分すら吸い尽くして、救世の聖剣が使命を果たさんと唸りを上げる。
「オレ達の人生に、お前は邪魔だ。」
以前の人形の様な衛宮士郎だったら、絶対に言わなかった言葉。
それがスルリと口から出てくる。
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空間そのものが激震する。
それは産声だ。
例え未熟な状態であっても生まれ出でようと、望まれた役目をこなそうとする悪神の咆哮だ。
だが、もう既に手遅れだ。
此処には既に、お前の天敵がいるのだから。
「「『約束された』」」
聖剣の輝きは、此処に顕現した。
「「『勝利の剣』ァ----ッ!!」」
放たれるは究極の聖光。
一切の邪悪を許さぬ、破邪の光。
光はその延長線上にある洞窟を貫通、空へと大穴を開けながら振り下ろされ、胎盤となった大聖杯ごと、悪神を両断する。
この世全ての希望によって、この世全ての悪は現世から消滅した。
………………………………………
「…、ぁ……………。」
気づけば、身体は倒れたまま、空を見上げていた。
地下空間から見える空は、夜明けが迫っている事を示していた。
(はは、凄いな…。)
思い出すのは、この聖杯戦争が始まってからの事。
掠れてしまった事も多いが、多くの人と出会い、多くの人と戦って、勝利し、生き残り続けた。
その過程で、こんな自分を幸せにしてくれる、大切な人を二人も見つけた。
アルトリア、王の孤高に苦しんだ唯の女の人。
間桐桜、苦しみの中で声もなく助けを望んでいた女の子。
どちらも、自分の身よりも遥かに大切で、命をかけても良いと思えた、大切な人。
「あぁ……よか、た……。」
満足だった。
例えもう会えないとしても、それでも、彼女達と過ごした日々は本物だった。
偽物でしかなかった自分にとって、これ以上ない幸せなものだった。
だから、もう…
「聞き捨てなりませんね、士郎。あなたにはまだまだ生きてもらわねば困ります。」
不意に、頭上から声がした。
もう掠れ始めた目ではその姿をまともに見る事も出来ない。
だが、眉根を寄せてムッとした顔をしているのは声音で分かった。
(無茶言うなよ。もう無理だって。)
それに、セイバーの気配も刻一刻と薄くなっている。
それはつまり、別れの時が来たと言う事だ。
「貴方が此処で死ねば桜が泣きますよ?」
(それは困る。)
だが、困るだけでどうにも出来ない。
と言うか、絶賛崩落中なので、身体が治ってもどうにもならないのだが。
「承知していますとも。ですので、両方解決しようかと。」
不意に、唇に何か柔らかい感触が触れた。
それがセイバーの唇だと気づいたのは、段々と視界がクリアになっていったからだ。
「士郎、貴方を愛しています。」
待て、今何をしたんだ?
アルトリアからの言葉の大事だが、それ以上に気になる事が出来た。
自分の身体を満たす倦怠感が徐々に消えていく。
クリアになった視界は、もう下半身が消えてしまったセイバーを写していた。
「貴方が生きている内は、桜と共にいてください。」
「ある、と…あ……。」
意識が薄らいでゆく。
ダメだ、此処で気絶したらもう会えなくなる!
そんな予感に突き動かされて、必死に意識を保とうとする。
「だから、待ってます。貴方が迎えに来てくれる時を。」
ずっと、待っています。
微笑みながらも、涙を流して別れを告げるその姿に、不覚にも見惚れてしまう。
その笑みは、自分の陳腐な語彙では表現できない程に、とても美しかった。
その言葉と同時、丁度朝日が降り注いで、視界が白い光で埋まってしまう。
そして、目が慣れた時には、もう誰も隣にいなかった。
(分かった…必ず、迎えに…。)
そこまでが、限界だった。
衛宮士郎の意識は、そこで途切れた。
次回、エピローグ