その場所には、美しい湖畔が広がっていた。
木々は青々と生い茂り、湖面は人の手が一切手に入っていないためか、素晴らしく澄み透っていた。
だが、それは自然の豊かさを、生態系の繁栄を示すものではない。
その水は生物の生存すら危ぶむ程に澄み渡り、その深遠の様な水底を見通す事は出来ない。
当然だ。
此処はかつて、湖の貴婦人と呼ばれた妖精達の住処、その贋物とも言うべき場所。
大抵の神秘に適応できぬ生命体は皆須らく死に絶える死の湖。
故に、此処に近づく者は存在しない。
ただ一人、此処に住まう者を除いて
「……………………………………。」
その女性は、美しかった。
白金の髪に同色の瞳、白磁の肌、襤褸ではあるが漆黒の装いで身を包んだその姿は、誰もが芸術品と讃える程の美しさを持っていた。
だが、それは凡そ人間には似つかわしくない評価とも言える。
まるで人間味を感じさせない美女は、瞬きすら忘れて湖の畔に座り込んで、ただ湖面を見つめていた。
彼女は、ずっとここで待っていた。待ち続けていた。
だが、時間の概念すら存在しない、英霊の座と言われる、世界の外側に位置する場所。
英霊である彼女を呼び出すなら兎も角、訪れる事は酷く困難だ。
人間には不可能、と言っても良い。
同じ英霊、それも生前縁があった者ならまだ可能かもしれないが、生憎と彼女はそれすらも否定して、この場所でただ無為に時を過ごし続けてきた。
もう誰の目にも留まらず、ただ磨耗していく事こそが、暴君だった自分に出来る事だと信じて。
国のため、民のため。
そんな大義名分の下に、彼女は死山血河を築き、一代で大国を築き上げた。
自身の国が滅び去ると分っていても、それでも滅びに抗った。
気づけば、膨大な数の敵味方の血が流れていた。
王として、きっと正しかったのだろう。
民を、国を豊かにし、餓えさせる事なく、生活を安定させたのだから。
だが、そのために捧げた犠牲に、人である彼女は耐えられなかった。
その果てが、あの丘での終わりだった。
娘に国を託し、勝手気ままに死を望んだ。
自分を心配する数少ない家族の愛情すら利用して。
そんな彼女でも、死後、僅かながら救いはあった。
英霊として現世に呼ばれた時、彼女を愛する少年と出会ったのだ。
少年は愚直で、未熟で、高潔だったが、それ故に彼女と正面からぶつかり合い、その思いを重ねるに至った。
だが、少年は生者で、彼女は死者だった。
だから、ただ一つの約束だけを胸に、彼女は此処に戻ってきた。
少年が、人として幸せに生きられるように。
彼女が、少年を独り占めしないように。
此処で悠久の時を待ち続ける事になっても、彼女は少年の幸せを祈ったのだ。
「…………………む…。」
不意に、女が何かに気づいた様に視線を自身の後方にある森へと向ける。
こうして自ら動くことは、時間の曖昧なこの場所であってなお、彼女にとっては本当に久しぶりの事だった。
スッと立ち上がると、何時の間にかその右手に漆黒の剣が握られていた。
見る者が見れば、その剣が途方もない程の神秘を内包した宝具だと分っただろう。
事実、彼女の剣は宝具の中でも一握りの最上級のものの一つだった。
「………………。」
女の視線は森の奥、その暗がりから動かない。
さくりさくりと、森の中を真っ直ぐ此方に歩んでくる気配に、彼女は本当に久しぶりの臨戦態勢を取った。
その動きに、相手がまるで警戒していない事が分かる。
しかし、それ以上にその気配のブレなさが、向かってくる相手が手練だと伝わってくる。
だが、それに反して、相手からは一切の敵意が感じられない。
「……………。」
知らず、彼女の掌には汗が浮かんでいた。
いや、まさか、そんな、有り得ない。
自身の直感が告げる「自身が求めていた展開」が来る事が、彼女は信じられなかった。
それだけ、彼女は今まで多くのものを裏切り、裏切られてきたから。
「………っ………。」
ごくりと、知らず唾を飲み込む。
心臓が早鐘を打ち、緊張からか汗が滲む。
だって、ずっと待ち侘びていたのだから。
彼女はただ一人、ずっと彼を待っていたのだから。
「あぁ…………っ。」
そして、森から現れたのは、本当に期待通りの待ち人だった。
無論、最後に分かれた時とは随分と違っていたが。
「…………………。」
黒い軽鎧の上から、赤い聖骸布をコートの様に纏い、その男は立っていた。
嘗ては女より低かった身長も今は女が見上げる程であり、その肉体も無駄なく鍛え上げられた実践的なものとして完成している。
戦いの結果か、嘗てはオレンジがかった髪は白髪が多く混じり、日本人としての健康的な肌はやや浅黒くなり、嘗ての若かりし頃とは大分印象が違う。
だが、色すら変わった瞳の奥の意思の強さだけは、昔となんら変わっていなかった。
「士、郎…。」
久々に動かす喉はひり付き、渇いている。
ちゃんと言えただろうか、ちゃんと聞いてくれただろうか。
「アルトリア…」
嘗てとは違った大人の男の低い声。
だが、紛れもなく彼の声だった。
幻聴ですら聞きたいと思った、待ち人の声だった。
「迎えに来た。一緒に行こう。」
「はい、何処であってもお供します、士郎…!」
差し出された手を取り、そのまま彼の胸へと飛び込んだ。
「待って、たんです…本当に、本当に長い間…!」
「うん、分かってる。」
「酷い人です、士郎は…!あなたの姿、あなたの声すら忘れそうだったんですよ…!」
「悪い。すごく待たせちまったな。」
「全くです!本当に……」
声が詰まる。
喉が動かない。
視界が滲む。
自分は、こんなに弱かっただろうか?
「本当に…本当に…貴方に会いたかった…!」
彼の胸の中で、ぼろぼろと涙を零しながら、アルトリアという一人の女性は初めて他人の前で弱さを見せる事が出来た。
「オレも、本当にセイバーに会いたかった。」
ぎゅっと、抱きしめてくる腕は嘗てよりも太く逞しく、自分が知らない彼が歩んできた日々を想起させた。
「これからはずっと一緒にいよう。嫌って言っても聞かないからな。」
「はい。士郎こそ、嫌と言っても離しませんからね。」
こうして、嘗て別たれた二人は漸く共に在る事が出来た。
……………………
とまぁ、こんな感じで彼女は幸せになりましたとさ。
めでたしめでたし…と言いたい所なんだが。
実はこの話には続きがあってね。
なに、変な所で途切れさせるな?
ははは、いやー物語って一々間を挟むものだろ?
って痛い痛い引っ張らないで。
仕方ない、ちゃんと続きを語ってあげよう。
と言うか、絶賛続いてる最中というか…
まぁ百聞は一見に如かず。
とりあえず、続き行ってみようか。
…………………………
一体どれ程長く抱き締め合っていただろうか。
随分と長い時間の後、二人は漸く腕を解いた。
「それにしても士郎、どうやって此処へ?まさかとは思いますが…。」
「あぁ、違うぞ。オレは守護者になんて成ってない。」
嘗て二人が出会った、衛宮士郎の可能性の一つ。
正義の味方である事を貫き通した真紅の弓兵。
彼と同じ起源を持つ彼は、そのまま彼と同じ様に世界と契約して望みを叶える事が出来る。
だが、それは自身の死後を売り渡す所業であり、未来永劫世界の奴隷となる事を意味する。
「まぁちょっと色々あってな…世界、救ったんだ。」
「はい?」
ちょっと照れたと言うか、恥ずかしそうに告げる内容に、アルトリアは疑問符を上げる。
だって、幾ら彼が正義の味方に憧れていたとは言え、そんな偉業を成し遂げられるとはとても思えなかったから。
「いやーオレと桜の息子がさ、うっかりカルデアって組織で人理修復に参加したらしいんだけど…。」
「なんと。」
だが、それなら説明がつく。
その息子がある程度の知名度なり功績なりを得る必要はあるが、英霊として認定されてしまえば、その周辺の人物も特に功績が無くとも英霊として登録される場合がある。
これは有名所の神話ではよくある事だが、現代であっても無くはないだろう。
特に、人理修復が必要となる事態ともなれば、普段はルールを絶対尊守するアラヤであっても、多少のお目溢し位はする。
「で、早速で悪いんだけどさ。ちょっとアルトリアも一緒に来てくれないか?まだ完全に事態が収束した訳じゃないし、まだまだ戦いが続くらしいんだ。」
「はぁ…再会早々に仕事ですか…。」
何ともムードのない誘いに、士郎は申し訳なさそうに頭を下げた。
だが、態々こんな場所まで来てくれたので怒れる訳もなかった。
「すまない。でも、オレはアルトリア以外をサーヴァントにする気は無いんだ。」
「…仕方ありませんね。そう言われてしまったら、私に断ると言う選択はありません。お受けしましょう。」
アルトリアは快く引き受ける事にした。
元より、彼についていかないと言う選択肢は無いのだから。
「で、早速お願いがあるんだけどさ…。」
「何ですか、改まって?」
この時、アルトリアは幸福感の余りに失念していた。
自分の直感が、最大規模で警報を出していた事に。
「実はさ、オレまだ死んでないんだ。遠坂に頼んでここまで送ってもらったんだ。」
「それはまた、流石と言うか…。」
遠坂凛、遂に第二魔法を体得してしまった模様。
とは言え、宝石翁程の習熟度はまだ無いので、座へとアクセスするにも相当の無理(出費的に)を重ねたのだろう。
彼女の預金残高が実に心配になる話だった。
「で、此処に入るために結構無茶してさ…アルトリアの座に穴を開けて入ってきたんだ。」
「んん?」
ピリリと、漸く直感からの警報にアルトリアが気づいた。
しかも、その警報は刻一刻と危険度を増している。
「この座の外に、お前に会いたいって色んな人達が待機してたんだ。」
もしかしたら入って来るかも。
その言葉を聞くと同時、アルトリアは士郎の腕の中から抜け出した。
次いで、その手の黒い聖剣を振るい、飛来してきた13の音の矢を叩き落した。
「これはトリスタンか。どうやら恨みは深いらしい。」
「いや、それはどうかと思うぞ?」
「士郎、脱出しますよ。ラムレイ!」
士郎の言葉も聴かず、黒い愛馬を呼び出し、空かさず騎乗する。
その姿も既に全身に甲冑を纏った臨戦態勢であり、何時の間にか聖剣は鞘に納め、聖槍すら手にしている。
「では行くぞ士郎!これより現世でハネムーンだ!」
「アルトリア、実はお前テンション上がりまくってないかッ!?」
殺到してくる気配を感じつつも無視し、喚く士郎を無理矢理に乗せると、ラムレイは豪風を纏いながら疾走を開始する。
その姿は正しく嵐の王、伝承に歌われた暴君の姿に他ならない。
後ろに乗せた男の姿を除いて、と付くが。
「王よ、お待ちください!」
「誰だ、あの男は!?」
「父上ー!オレもー!」
彼女は後ろから聞こえる声に一切耳を貸さず、天井知らずのテンションのままに駆け抜けていった。
「私は悲しい…絶好の機会を逃してしまうとは…。」ポロローン
「王よ、私は兎も角、何故他の騎士達とも会ってくだらさぬのか…。」
「父上ぇ……。」
「お前達、気持ちは分かるがいきなり攻撃すれば逃げるのは当然だろうに…。」胃がキリキリ
誤解はカルデアでようやっと解ける模様。
そしてカルデアに藤丸夫妻が参加決定。
やったね立香!家族と一緒だよ!