コポリコポリと、呼吸をする度に二酸化炭素が気泡となって上に昇っていく。俺はまだ産まれてもいない。臍の緒の代わりにチューブに繋がれ、人口の羊水に浸されて、培養器の中で漂っている。産まれてもいないのに自我があるというのは不思議な事だが俺の身の上と知識、それに世界の情勢はインストールされているので問題ない。
俺はとある女性と男性の卵子と精子を受精させて創られた遺伝子強化素体である。デザインベイビーなど倫理と反するものなのだがそれをしてでも力が欲しかったと考えると怒りよりも憐れみが浮かんでくる。そして鉄の子宮でスクスクと育っていたんだがどうやら俺の事が……というよりもこの行いが気に入らない奴が研究所をメチャクチャにしてくれた。
篠ノ之束。天災と呼ばれる一人の人間が突然現れたのだ。そうして研究所は見事に壊滅、研究データはすべて破壊されて、研究者は一人残らずブチ殺され、俺の兄弟たちも死滅させられた。俺だけはどういう気まぐれなのか培養器の電源を切るだけで放置された。
その頃はまだ1〜2歳程度の体格でしかなかった俺にはどうする事も出来ず、出来たとしても培養器は外からしか開かないので死ぬしか無かった。しかし、この研究所の噂を聞いたのか一人の男が廃墟となったここを訪ねてきた。
『ーーーへぇ、これは……』
白衣を纏った紫髪の男は俺の入っている培養器を興味深そうに眺め、何を考えたのか培養器ごと俺を持ち帰った。持ち帰られた俺は男から成長促進剤を与えられて常人以上の速度で成長し、頭につけられた電極から知識や道徳、戦闘技術などをインストールさせられた。
「ーーーそろそろ良いかな〜?」
研究所の崩壊から三年、肉体年齢的には18歳くらいだろうか?そこまで成長したところで鼻歌混じりに男がそう告げて、培養器の外にあるコンソールを弄りだした。鳴り響く低いアラームと共に羊水が排出されて、培養器が開く。自我があったとはいえ身体に付いている筋肉は最低限でしかない。起き上がる事なんて出来ずに羊水を気管に入れてしまい噎せていると子供の様に嬉しそうに笑っている男にタオルを掛けられた。
「おはよう、気分はどうだい?」
「あぁ……わるく、ない」
初めて出した声は掠れきっていたが伝わったと思う。声の出し方は知っていたがこうして出したのは初めてだ。これは要練習だな。
「そうかい、それは良かった。ならお休み、元気になったらまた話そう」
その言葉と共に首筋に注射器を刺され、俺は意識を失った。
「ーーーおーおー、よくもまぁ集まってやがるねぇ」
地面に耳を当ててそこから伝わる音を聞けば少なくとも一個小隊くらいの人間が武装した上で移動しているのが分かる。
『まぁた集まってきたのかい?いやー人気者はつれーわーかぁーつれーわー!!』
「いや、確かに人気者かもしれないけどなんか違うだろ。
骨伝導スピーカーから聞こえてきた声に呆れながらそう返す。親父は現代社会じゃありえないかもしれないが各国から賞金を掛けられている。どこかの国にいるとバレれば賞金目当ての賞金稼ぎがわんさか集まってくるし、確保しようと軍隊だって差し向けられる。今回は後者だな。俺が幾ら言っても隠す気のない親父がぶらぶらするからバレてこうなるのだ。
「はぁ……んで、夜逃げの準備は?」
『ばっちしだよ!!データも全部破棄したし、研究成果だって全部運び出してる!!後は私と君だけだよ!!』
「善哉善哉、ならさっさと逃げてくれ。俺が適当に時間稼いでやるから」
『分かった!!スクーターに乗って逃げるね!!』
「普通に車使えや!!」
高笑いと共にエンジンを吹かすような音を最後に通信が切れた。本当にスクーターで逃げやがったと目頭を押さえるがのんびりしている暇は無いだろう。こうしている間にも軍隊連中が迫っている。
「ふぅ……」
溜息を吐きながら棒突きキャンディーを加え、20mmの弾丸を吐き出す【怪銃・錦】と小刀の【堕刀・
フィールドは森の中。敵は軍人、聞こえてきた足音や装備の擦れる音から練度は低くは無い。敵の練度、質、数、すべてを考慮して
「やるか」
呟きは一言だけ、向かってくる軍隊に向かって正面からかち合うように全力で駆け出した。
「ーーーおーい!!コッチコッチ!!」
「おぉ、いたいた」
森の中の軍隊を適当にあしらって脱出し、予め決めていたポイントに着くとハーフヘルメットとゴーグルを着けてスクーターに座っている親父を見つけた。親父に近づいて最初にしたことはデコピン。メット越しだったが衝撃は突き抜けたらしく、地面に倒れこんで額を押さえてのたうちまわる親父を見て溜飲を幾らか下げる。
「ぐおぉぉぉ……!!」
「なぁ親父、俺行ったよな?逃げる時には車使えって。なんでスクーターに乗って逃げたの?ねぇねぇ」
「いや、だって私、免許単車のしかないし……」
「取れよぉ!!普通車免許をよぉ!!それで解決じゃねぇか!!」
「研究に時間を費やしたいのさ!!ぶっちゃけ免許の更新してないから無効になってる!!」
「実質無免許じゃねぇか……!!」
メットを投げ捨てて高笑いする親父に何を言っても無駄だと分かって頭を抱えてしゃがみこむ。親父に助けられて五年経ったが分かったことは親父が天災級の研究者でマジキチだってことくらいだ。てか20mmなんて銃を作ってる時点でマトモなはずが無い。
「んで、今度はどこに行くんだっけか?」
「言ってなかったっけ?私の友達がいる組織に匿ってもらう事になってるよ」
「組織ねぇ……どんなところ?」
「世界平和を目的にして
「矛盾が酷すぎぃ!!」
なんで世界平和を目指しているのに
「お、迎えが来たみたいだね」
正義ってなんだっけと哲学に沈みかけていたところの親父の一言で正気に返る。顔を上げると黒塗りの高級車が此方に向かって走っていた。そして俺たちの前で止まり、ドアが開く。
「ジェイル・ディザイア博士とチハル・ディザイア様ですね?スコールの使いの者です。どうぞお乗りを」
「ご苦労様〜」
「疲れた……軍隊相手よりも親父相手に疲れた……」
親父が警戒すること無く乗り込んだので俺も無警戒に乗り込んでシートに座る。一目見たところ防弾加工がされているので襲撃されても即死することは無いだろう。そんな事を考えながら一応の時に備えて【怪銃・錦】に手を掛けておく事にした。
〜チハル・ディザイア
とある女性と男性の卵子と精子の受精卵から作られた遺伝子強化素体。本来なら研究所で育ち、国の為に使われるはずだったがとある天災により研究所は壊滅。そのままなら死ぬところをジェイルによって知識や道徳、戦闘技術をインストールされて育てられた。実力としては一個小隊を相手にして無傷で生還できるほど。好物は甘味。
〜ジェイル・ディザイア
マジキチである。天災級のマジキチ、つまりはマジキチ。とある研究所の噂を聞いて好奇心からそこに赴きチハルと出会い、好奇心からチハルを拾って育てた。関係は一応親子。チハルの武器はこいつが作っている。
〜怪銃・錦
〜堕刀・
ジェイルが使った武器。錦は20mmの弾丸を吐き出す銃。チハルは片手で使える。銅は小刀。特殊なギミックは無いが折れず曲がらず刃毀れしない。名前はジェイルがその時嵌っていたアニメから付けられた。