帝都の休日 短編連作群保管庫   作:休日

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ユフィルート本編なのですがこちらは一話限りの読み切りとなる可能性が高い事を先にご了承くださいませ。

つまらないならつまらないといった感想が欲しいですね。
何も反応がないとどうしてよいのかわからないので。


帝都の休日再改訂版(ある意味劇場版式の再構成)
帝都の休日再改訂版(ある意味劇場版式の再構成)


 

 

 

 帝都の休日再改訂版(ある意味劇場版式の再構成)

 

 

 

 

「はぁ」

 

 休日の公園にて溜息を付く男。

 

 彼の名は嶋田繁太郎。

 

 現在は一線を退いているが世界に冠たる北側(北半球+赤道直下東南アジア諸国・南ブリタニア大陸諸国も含む)二大超大国の一国、大日本帝国の宰相を務めていた男だ。

 

 但しそれは表の役職を降りただけで、裏の役職たる夢幻会の重鎮としては未だ絶大な影響力を保持していた。

 

 尤もその仕事といったら、以前と変わらぬ山のような書類を処理するという物であり、彼自身は(早くやめて静かな老後を送りたい)などと考えていたのだが。

 

「貴重な休みをこんなところで費やすのは勿体ないとは思うが、仕事のしすぎでやりたいことを考える暇もないからな」

 

 我ながら充実した人生なのか。

 

 損ばかりの人生なのか。

 

 よく分からないまま忙しい毎日を過ごす彼は、たまには纏まった休みが欲しいと願い、周りに目を遣る。

 

 家族連れ、恋人、友人同士、皆が皆楽しそうに過ごしている。

 

(本来、休日というのはこういうものなんだよなぁ……)

 

 羨ましそうに眺める彼に気付く者は一人もいない。

 

 今の彼は、せいぜい公園で休んでいる近所のおじさんといった感じで、到底元帝国宰相には見えなかった。

 

 そもそも彼は夢幻会の役職を除けば、現在唯の一般人でしかないのだから、気付かれないというのが普通なのかもしれない。

 

(ん──?)

 

 そんな影が薄くなった彼の目に、何やら不穏な空気を醸し出す一団が止まった。

 

『なあいいだろ? 俺たちと遊ぼうよ』

 

『や、やめてください、離してっ』

 

 十代後半と見える、鮮やかな桃色の長い髪の少女が髪を振り乱しながら嫌がっている、二人組の、見るからに不良といった感じの、柄の悪そうな男達に絡まれて。

 

(ナンパ、か)

 

 どこにでもある日常の光景だが、桃色の髪の少女は明らかに嫌がっていた。

 

 にも拘わらず男達は強引に誘って、腕を掴んだまま放さない。

 

(しかし無理矢理というのは、な)

 

 見てしまった以上、黙っている訳にもいかんだろうと歩み寄った彼は、「君たち、ちょっといいかね」とナンパ男達に声を掛けるのだった。

 

 

 ◇

 

 

「痛たたたっ」

 

「だ、大丈夫ですかおじ様……?」

 

「はは、大したことはないよ。君こそ大丈夫か?」

 

「はい、お陰様で助かりました」

 

 桃色の髪の少女を助けに入った嶋田は、海軍時代に身体を鍛えていたお陰で、ナンパ男達を撃退できたが、久しぶりの無茶な動きに、少し腰を痛めてしまった。

 

(昔ならどうということも無かったが……やはり歳には勝てんな)

 

 平均寿命百二十、長い者なら百五十歳前後まで生きるのが今の日本人、ブリタニア人。

 

 長寿の民族ながら、やはり人生半分も来れば、衰えもしてこよう。

 

「本当に大丈夫ですか?」

 

「ああ、本当に大丈夫だよ」

 

 心配そうな少女を安心させようと、身体を大きく動かす嶋田。

 

 助けに入って置いて心配されていたら世話はない。

 

 そして身体を動かしながら少女を見る。

 

 肌の色は白人特有の白。

 

 膝裏まで届く艶やかな長い髪は桃色。

 

 白のワンピースにオレンジのスカート。

 

(ブリタニアの人かな?)

 

 白人といえば真っ先に思い浮かぶのはブリタニア人。

 

 次にブリタニア系日本人。昔から五百年ほど前からブリタニアとは相互移民をしあっている為、日本にも白人は多かった。

 

 続いてE.U.ユーロピア共和国連合も白人の多い国。ながらユーロユニバースとは険悪な間柄にある(帝国主義と民主主義で)為に、ユーロピアからの移民は少ない以前に制限されていた。正確には日本は立憲君主制で帝(みかど)が国主ながら、国を動かしているのは帝国議会である。

 

 他にも大日本帝国・神聖ブリタニア帝国と相対する南側諸国、南天の盟主国である合衆国オセアニアも白人の多い国家だが、一般的日本人の意識としては、白人=ブリタニア人かブリタニア系日本人のイメージが強い。

 

 大日本帝国と神聖ブリタニア帝国は共に超大国同士なのに最友好国、同盟国同士であるという奇妙な関係なのだ。

 

 これには嶋田たち前世代、更にはそれ以前の、古くは五百年前からの指導者の影響が強かった。今では半ば連合国家化してきている。

 

『コードギアス』

 

 作品の概要しか知らない嶋田や、山本五十六などこれが初めての転生となる者達を除く、二度目の転生となる夢幻会の面々は、この世界をよく熟知している。

 

 その熟知している面々の話では、今を生きるこの世界はギアス世界のパラレルワールドであるらしく、国の政策や考え方がまるで違うというのだ。

 

 彼らが知るブリタニアと、この世界のブリタニアは、人物、絶対君主制、貴族制、他の追随を許さない圧倒的国力、アメリカ大陸丸ごとが国という巨大国家であることこそ同じだが。

 

 片や世界を混乱の坩堝に陥れる侵略国家。

 

 片や国際社会と協調路線を取りつつも、一国主義路線を貫く平和主義国家という、絶対的な違いが存在していた。

 

 

 ならば夢幻会のとる方針も一つであった。彼の国との友好関係を築きながらも、自国を発展させていくというものだった。

 

 そんな五百年という歳月の努力の甲斐もあり、今や大日本帝国は、ブリタニアに匹敵する国力と、一部では更に先を行く最先端技術を保持するに至ったのである。

 

 それでいて最も仲の良い国同士というのだから、この世界にもやはり存在している一部の侵略性の高い、独裁国家やテロ組織には堪ったものではない。

 

 下手に周辺国地域への侵略行動に出て、万が一日本人やブリタニア人、その友好国人に被害が出れば日ブ同盟軍に袋叩きにされるのだから。

 

 更に潜在的敵性国ユーロユニバースや、百年と少し前に大戦争を行った中華連邦など、日本に次ぐ大国とも表向きには敵対姿勢を示していない関係にあるので、世界は概ね平和であった。

 

 概ねというのは、日本と完全なる敵対関係にある、国家群勢力が存在しているからだ。

 

 日本の諜報網はブリタニアのソレよりも先んじており、情報収集力も高い。これから見えてきた事。

 

 全世界に十二億の信徒を持つ『光の嚮団』と、世界中に細胞を持つ一億人から構成される超巨大テロ組織でもある複合巨大企業『白い翼』を擁し、南半球で巨大な勢力を築く南天。

 

 SSTO(southern sky treaty organization)──南天条約機構の存在があるからである。

 

 漏れ聞こえてくる戦力も動員数50,000,000~80,000,000に達する巨大な軍と、十五個の空母戦闘群に懲罰艦隊・七天艦隊と呼ばれる別個の空母戦闘群七個群、計二十二個、建造中の物まで合わせるならば、近い将来には、三十個群に達し。

 

 戦車等KMFも含めた作戦車両200,000は下らず、作戦機も20,000機を超え、主力水上艦艇等も千数百隻に上る大戦力を持つ、軍事同盟機構。という事らしいのだ。

 

 勢力圏は広く、アフリカ大陸東部、中東の半分、インド洋、オセアニア、東南アジアの一部、南太平洋のほぼ全域。中部以南のアフリカ諸国にも多大な影響力を持ち既に組み込まれており、ユーロユニバースですら怖れを成し小間使いの様に扱われてきた。

 

 合衆国オセアニアを中核とするこの、南側とは、此処七十年近くに渡り“北南冷戦”という冷戦構造を、北側世界の日本及びブリタニアとの間で繰り広げてきている。

 

 時に、東南アジアで。時に南ブリタニアで。北と南は代理戦争の形でぶつかり続けていた。

 

 この南天の魔手が伸びている中東も、間もなく全域が白化するに至るだろう。

 

 かつて大洋州連合がそうであった様に、現在の中東諸国もクウェートを除き、自分たちで孤立する体制を取っている。

 

 といって、ユーロユニバースは事実上の内紛状態にあり、更に欧州奪還を目指す日ブの友好勢力である、欧州貴族連盟ユーロ・ブリタニアによる侵攻を控えており、他国に関わっている余裕はなく。そもそもにしてが元より南天寄りの国だ。南天の腰巾着と呼んでも良い程に。

 

 中華連邦に至っても国内は天子派と宦官派に割れ、それも巨大な南天を相手とするには戦力国力不足であり不可能な有様。

 

 此処に、既に中東諸国の命運は決したと言っても過言ではないだろう。

 

 中東の白化は、北南冷戦に大きな影響を与える事となるかも知れない。何せ南天による本格的な北半球侵略なのである。パワーバランスが崩れかねない。

 

 特に、南天は古代遺跡の確保を目指している、中華連邦にもあるのだ遺跡は。

 

 このまま放置しておけば、中東の白化と共に、南天は中華連邦に攻め寄せる可能性すら考えられよう。

 

 南天に対抗できるのは日ブ同盟を於いて存在しないのだ。

 

 

 ◇

 

 

「あの、おじ様?」

 

「ん? いや、ああ、すまないね。ちょっと考え事をしていたので」

 

 このブリタニア人と思わしき少女を見て、北南冷戦体制下の現在と共に、馴染みのある、付き合いの長い友人を思い出していたのだ。

 

 先日、日本を訪れた際、一番可愛がっている息子に冷たくされたとくだを巻いていた友人を。

 

(まあ、こんな美少女を見てあの強烈なシャルルさんを思い出すなんて失礼極まりないことだけどな。昔は美形だったんだがなあれでも)

 

「まぁ、いくら帝都の治安がいいと言ってもああいう輩は居る物だから、気を付けて歩きなさい」

 

「あ、はい。わかりました」

 

 少女に注意した嶋田は、先ほどまで座っていたベンチに座ると、またぼんやりと空を見上げ始めた。

 

「……」

 

 穏やかな風が吹く。

 

「……」

 

 その風に煽られて靡く桃色。

 

「……」

 

 それは未だ嶋田の視界に入ったまま。

 

「……」

 

 風が吹き抜ける度に空を泳いでいる。

 

「……なにか用かな?」

 

 ぼんやりしたままその桃色の長い髪の持ち主に問いかける嶋田。

 

「え、あ、あのっ」

 

 彼が助けた桃髪の少女は、何故か嶋田の側から離れずに、彼をジッと見ていたのだ。

 

「おじ様はこれからどうなさるのかと、思いましたので」

 

「別に何もしないよ……、また明日から始まる仕事漬けの日々を前に、黄昏れてるんだよ」

 

 嶋田は言ってて悲しくなる。

 

 七十二時間働けますか? が待っているのだから。

 

 

「お、おじ様はお忙しいお方なのですね」

 

「忙しい、か。それを認識できる内はまだ可愛い物だよ。そのうち時間の感覚が麻痺して来るんだ。いつ家に帰ったか、飯はいつ食べたのか、今は朝? それとも夕方? そして仕事が終わると怖い魔王がやってきて言うんだ『貴方の闘いはこれからですよ』とね」

 

「それは──大変なのですね」

 

 でも、と少女は続ける。

 

「わたくしも、おじ様のように頼りにされてみたいです……。誰かのお役に立ってみたいです……」

 

 お飾りの存在。

 

 居ても居なくてもいい存在。

 

 誰の役にも、何の役にも立てない存在。

 

 自分はそんな人間ですという彼女。

 

「わたくしは家族や国の人、困っている人の役に立てるお仕事をしたいと思い、姉に相談したのですが『お前には早い』と言われてしまいまして……今回も無理を言って姉に付いてきたのですが、 重要なお話の場では一切発言させてくれないのです」

 

 そう言って悔しげに唇を噛む少女を見て嶋田は一度溜息を付いて立ち上がる。

 

「君は、これから予定はあるのかな?」

 

「えっ? いいえ、予定はありません。その、わたくしこの国に訪れたのは初めてでして、どのような国なのか見たいと思い抜け出して来ましたから」

 

「なら丁度いい。しがない中年おじさんの暇つぶしに付き合ってはくれないか?」

 

 

 ◇

 

 

 嶋田は少女を連れて帝都内の観光スポットや名所を巡った。

 

 お台場、東京タワー、皇居、雷門、秋葉原、思い付く限り。

 

 少女は唯々驚いていた。彼女の国にもそれに近い都市群を持つ地域はあれども、この1000mを超えるビルを始め、800m、900mクラスのビル群をあちこちに持つ、今日か耐震ブロック性の巨大都市、大日本帝国帝都・大東京のあまりの巨大さに。

 

 技術の日本と呼ばれる超大国の技術力の一端を垣間見たのだ。驚かないはずも無し。

 

 そうして時間の許す限り歩き続け、出会った公園の近くに戻ってきた頃には、もうすっかり日が暮れていた。

 

「お疲れ様。連れ回して済まなかったね」

 

「いえ、とても楽しい、有意義な一日でした。グレータートーキョーは世界最大の都市だとお聞きした事がありましたが、本当だったのだなと驚愕致しました」

 

「それはよかった。私も楽しい一日を過ごせたよ。あとまあ、誇らしいね。そういって頂けると」

 

 空には満月が輝き、優しい光で二人を照らしている。

 

「さて、ここでお別れだが、一ついいかな」

 

「なんですか?」

 

「君は役に立たないと自らを卑下していたがね、そんなことはない。今日、私は君と過ごせて楽しかった。君が居たからいつもと違う休日を過ごせたんだ」

 

「おじ様……」

 

「少なくとも今日、君は私の役に立ってくれた。つまりだ、気付いていないだけで君は沢山の人に必要とされているだろう、ということだよ」

 

「わたくしが、おじ様の役に立った……。わたくしは、必要とされている」

 

「そうだ。君が居て初めて回る何かもあるだろう。でもね、君はまだ若い。若いから経験値も低い。だからお姉さんも『まだ早い』と言ってるんだよ」

 

 嶋田は彼女の頭に手を置き、数回優しく髪を撫でながら続ける。

 

「きっと、お姉さんも周りの人たちも、君のことが大事で大好きだからこそ、たくさん勉強して一人前になってから、本格的なお仕事を頼みたいと考えてるんだと思うよ」

 

「そう、でしょうか……?」

 

「ああ、おじさんは君よりずっと経験してきてるからわかる」

 

 言い終えた嶋田は、彼女の桃色の髪の感触を楽しむように撫でていた手を、そっと離した。

 

「あ……」

 

「ん?」

 

「い、いえ……」

 

 自分の髪を撫でていた嶋田の手が離されたことに、少女は一瞬表情を曇らせた。

 

 彼の温かい手の温もりをもう少し感じていたかったのだ。

 

 年相応に皺のあるその手はとても温かく、まるで柔らかな日の光のような感じさえした。

 

 その日差しのような温もりが消えてしまった事が、酷くもの悲しく感じてしまうのである。

 

 そうとは気付かない嶋田は『時間も遅いし送ろうか?』と尋ねる。

 

 

 

「大丈夫です。おじ様にいっぱい元気を貰いましたから」

 

「はははっ、君みたいな美少女にそう言われると嬉しいよ」

 

「そ、そんな、美少女だなんて」

 

 頬を赤らめて照れる少女にもう一度可愛いよと言った彼は。

 

「それじゃおじさんも行くから君も気を付けて」

 

 と別れを告げて背を向けた。

 

 彼女の笑顔を見てもう大丈夫だと確信したから。

 

 しかし。

 

「ま、待ってくださいっ」

 

 そんな嶋田を呼び止めた少女は彼の元に歩み寄る。

 

 自分を助けてくれた彼と、自分を元気付けてくれた彼と、まだお別れをしたくはないのだ。

 

 かといってこれ以上引き留めるのも彼に迷惑が掛かると考えた彼女は。

 

「んっ」

 

 振り向いた嶋田の唇を自らの唇で塞いだ。

 いきなりの事に目を見開く嶋田。

 

(な、なんで……こ、この湿った感触、は。く、くちびる……か?)

 

 重なり合う唇。温かくしめった彼女の唇の感触は柔らかく、いい匂いと甘い味がする。

 

 そしてゆっくりと唇を離した彼女は言った。

 

「き、今日の……、その、お礼です」

 

「き、君っ」

 

「お嫌……でしたか?」

 

 自分から口付けを交わした彼女は、そう言って不安げな表情で俯き、上目遣いで彼を見る。

 

「そ、そんなことない、嬉しい、よ、ただ、ね。あまりにも突然の事だったから、おじさんびっくりしちゃってね」

 

 彼女にそんな顔をされた嶋田は必死に弁解する。

 

 彼女のような美少女にキスをされて嬉しくない訳がない。

 

 思っても見なかった事をされて、思考が付いていかなかっただけなのだ。

 

 

 

「よ、よかった。そ、それでは、もう一度だけ……いいでしょうか?」

 

「あ、ああ……、いいよ……だが、ね、君こんな軽はずみにする事じゃ」

 

 彼女はもう一度キスを求める。

 

 嶋田は(お礼としては貰いすぎだと思うけど)と考えたが、求められた以上拒否するのは悪い気がした。

 

 せっかく元気を取り戻してくれたのに、拒否して彼女の柔らかい微笑みを曇らせたくはない。

 

 そうして彼女の唇と嶋田の唇がもう一度重なった。

 

「んっ」

 

 今度は同意の上でのことだからか、お互いの腰と背に腕を回して、少しだけ顔を傾けての口付け。

 

 お礼として求められた物をいい加減にしては、プレゼントを突き返すような物。

 

 嶋田にそんな事は出来るはずもなかった。だからこそしっかりと身体を抱き締めて、感謝しながら彼女からの贈り物を受け取るのだ。

 

 そうして大切にするが故、意図せずして深い口付けになってしまった。

 

「んっ……、あむっ、んっ」

 

 だがお互い納得ずくの口付けである。

 

 ここまでしてしまって今更止める訳にも行かず、止めるというのは互いに無礼だと理解しているからこそ、二人は唇を重ねたまま甘いキスを続けた。

 

 触れ合う舌と舌。混ざり合う唾液。ゼロ距離での息遣いがお互いの顔に掛かる。

 

 甘酸っぱい味が口の中に広がり、背筋にぞくっとした物が走り抜けた。

 

 舌の裏筋をなぞり合う程の深いキスは、想定の埒外だろう。だがなぞり合う事を止められない。

 

 互いの唾液を少し飲んでしまった二人は、およそ一分ほど、重ね合っていた唇をゆっくりと離した。

 

「……」

 

「……」

 

 彼女の頬は、もう目に見えてわかるくらい、真っ赤に染まっている。

 

 それは彼も同じだ。

 

 しようと思ってこんなに深く口付けた訳ではないのだから。

 

「そ、それでは、わたくし行きます……」

 

「あ、ああ……、その、気を付けて……」

 

 さっきとは逆に少女の方から別れを告げて背を向けると、彼女は小走りで行ってしまった。

 

 桃色の長い髪を靡かせて走り去る彼女の後ろ姿を見ながら、嶋田は一言呟いた。

 

「最近の子は、お礼でキスを交わすのか……」

 

 世も変わった物だと呆けたように呟いた彼は知らない。

 

 それが少女にとって初めての口付けである事を。

 

 大切な初めての接吻を、彼に捧げてくれた事を。

 

 何より年長者として行った善意が、彼女の心に小さな灯火を宿してしまったということを……。

 

 そしてその火を消す方法は、もう存在しないというのを、この時の彼が気付くことはなかった。

 

 

 ◇

 

 

 翌日。

 

 夢幻会傘下のとあるビルの一室。

 

 執務室でもあるその部屋の机の上には堆く書類が積まれ、その部屋の主である夢幻会の重鎮、嶋田繁太郎が必死に書類を捌いていた。

 

「お、終わらない、やってもやってもキリがない、何なんですかこの量はッ」

 

 昨日の休日、見知らぬブリタニア人の少女と過ごした楽しく穏やかで、ちょっぴり甘かった時間は何処へ行ってしまったのか? 

 

 幻のように消え去った休日を振り返りながら、彼は書類と格闘する現実に悪戦苦闘していた。

 

 そんな彼の元にやってきた、前世からの仲間であり友人で、同じく夢幻会の最高意思決定機関『会合』のメンバー辻は、差し入れとして持ってきたパンとお茶を彼に差し出す。

 

「嶋田さん、そろそろ休憩にしましょうか?」

 

「そ、そうしてくれると助かりますよ。このままじゃ目と手がおかしくなる。ついでに頭もパーになりそうですよ……」

 

「ご苦労様です」

 

 差し出されたお茶を飲みながら、今日の予定を確認した嶋田は、書類に埋もれていた朝刊を引っ張り出した。

 

「ふ~ん、カラレス大使に変わる新しい大使はブリタニア帝国第二皇女であるコーネリア皇女か」

 

 その一面には部下との関係が上手く行かずに結果、不祥事続きとなって、先頃ブリタニア本国より不名誉な更迭を言い渡されてしまったカラレス大使に変わって、新しく赴任してきた大使であるブリタニア帝国第二皇女コーネリア・リ・ブリタニアが映っていた。

 

「嶋田さんはご存じなかったのですか?」

 

「そもそも引退してからこの五年、書類仕事に追われて世間に目を向ける余裕が無かった物ですからね。カラレスさんは結構いい人なんですけどねぇ。私たちの前ではガチガチになってましたが、慣れてくるとブリタニア皇室に忠誠を誓う武人で嘘はつかない仕事人って感じで」

 

「それはそれは、ご苦労様です。まあカラレスさんの事は残念でしたが、私はおじさんよりは見目麗しい第二皇女殿下の方が良いですけれどね」

 

(書類仕事は貴方の差し金でしょうに)

 

「書類は友達さ」状態の嶋田は、それを持ってくる辻に不満を漏らす物の、彼は何処吹く風という感じで涼しげにお茶を飲んでいた。

 

「もう引退して五年ですか。早い物ですねぇ」

 

「早いです、早いですが、想像してた隠居生活との違いに落胆しています」

 

「今もバタバタしていますからね」

 

「誰のせいですか誰の……。ああ、せめてその日のニュースを見ながらのんびり出来る日が欲しい」

 

 世は平和だが、同時に不穏な空気にも包まれている。

 

 南天が動員令を発令する可能性が高まっている為だ。

 

 部分動員となろうが、その部分動員でも10,000,000からの軍をあの国々は動かせる。

 

 目標が中東の攻略、アラビア半島の遺跡なのは明白。

 

 下限で合衆国東アフリカと、イエメン民主共和国に駐屯している軍の内5,000,000は動かし、素早く中東全域を白化させるだろう。南天の蒼天双翼光環旗の下に。

 

 その不穏な空気は今のところ日本周辺には無い。穏やかな物だ。

 

 そんな世間の誰もが謳歌している日常を羨ましいと思いつつ、見ていた新聞を捲った瞬間──。

 

「ぶうううううう──―ッッッッ!!!」

 

 嶋田は口に含んだお茶を盛大に吹き出してしまった。

 

 そのまま新聞を落としてゴホゴホ咽せる嶋田に辻は「何をしてるんですか汚いですねぇ」と背中をさする。

 

「す、すみません辻さん、その新聞に映ってる人はっ!?」

 

「え、どれです?」

 

 辻がお茶まみれになった新聞を拾い上げると、そこには、膝裏まで届く程の鮮やかな桃色の長い髪を、大きな白い色の髪留めで大きなポニーテールに纏め、白のタイトスカートを着用した、ブリタニア人の少女が映っていた。

 

 髪は下ろしていたし、服装も普通のワンピースだったが、確かに昨日の休日を一緒に過ごして、最後は熱いキスまで交わした、あの少女と同一人物だ。

 

「ああこの方ですか? この方はブリタニア帝国第三皇女のユーフェミア・リ・ブリタニアさん、失礼。殿下ですよ。コーネリア殿下の実の妹さんですね。公務を行うために日本を訪れたのはこれが初めてじゃないでしょうか? それまでは向こうのアッシュフォード学園高等部に通っていたはずです、いやコルチェスターでしたかね? まあ、先頃まで現役の女学生だった訳でして、嶋田さん?」

 

 ギアスを知ってる人間なら知ってて当たり前の人物だという話しに(俺はギアスを知らねーよっ!)と心の中で突っ込む嶋田。

 

 彼が知っているのはコードギアスというタイトル名と、SF戦争物アニメであったという事だけで、登場人物の事など全く知らないのだ。

 

「で、ユーフェミア皇女がどうかしましたか?」

 

「い、いいえ、なんでもないですよ……、と、ところで、この、ユーフェミア皇女とは、どういった人物なんです?」

 

「一言で言うなら虫も殺せない心優しい少女……、理想に理想を見過ぎている夢想家的なところもある、優しすぎる女性といったところですね」

 

「な、なるほど、見た目そのままですか」

 

 昨日一日を過ごした印象は、とにかく心優しい少女という物。

 

 辻の説明に外見通りであるし中身もそうだったなと思い出した嶋田は辻の話しに再度耳を傾けた。

 

「ただ、こうと決めた事には一切引かない強さも持っています。差別が大嫌いで、世界中の人がみんな仲良く暮らせたらと本気で思ってるはずですよ。まあ不可能ですがね。南天など思想が違い過ぎてまあ無理無理」

 

「夢想家ではあるのでしょうけど、何だか神聖で侵しがたい聖女みたいな子ですねぇ」

 

「聖女ですか、ふむ、あながち間違いでもないでしょう。夢想が過ぎますが、優しい方なのは確かなので。でも、あれで結構独占欲強いと思いますよ? 原作の世界線ではある男の子に『私を好きになりなさいっ!』なんて言ってるくらいですから」

 

「ほう、それは彼女と付き合う事になったり、結婚する事になる男性は大変だ」

 

「まるで他人事ですね」

 

「事実、他人事でしょう」

 

(昨日彼女にキスされたことは黙っておこう。それに、政界引退した以上、もう会ったりする事もないだろうしな)

 

 同じブリタニアの皇族と言っても、皇帝シャルルや、V.V.は同年代であり、現役時代よりも昔、幼い頃よりの数十年来に渡る友人である。

 

 それに対してユーフェミアは今年17になったばかりの年若い少女であり、会ったのも昨日が初めて。

 

 いくら友人の娘とは言ってもほぼ接点など無い。現役も退いているし、二度と会わないだろうからと考えるのが普通だ。

 

 そう思う彼であったが、昨日彼女と出会った時点で既に縁は出来ていた。

 

 そして辻の前で取った不自然な反応。

 

 彼がこれを見逃すはずがなかったのだ。

 

 

 ◇

 

 

 

 同盟国の皇族の大使就任という事で開かれた就任祝いの会場にて、出席者全員に対し順番に挨拶していく、コーネリア皇女とユーフェミア皇女。

 

 日本の政界、財界の重鎮が顔を並べているその中に、大日本帝国元内閣総理大臣、ニューギニア戦争でオセアニア軍を打ち破っただけに留まらず、数々の改革を成し遂げ、日本という国を更に二回り、三回りと大きく成長させた大宰相の姿も当然にしてあった。

 

「コーネリア皇女殿下、お初にお目に掛かります、嶋田繁太郎と申します」

 

 嶋田が何故ここに出席しているかというと、表向き政府関係者として出席する予定だった辻が急病で倒れ、代わりに出てくださいと頼まれたから。

 

(絶対仮病だろっ!!)と思った嶋田だったが、同盟国の皇族を迎えるパーティに出ないわけには行かず、こうして出席と相成ったのである。

 

 ユーフェミア第三皇女、もう彼女と会ったりする事はないだろうという考えは、僅か数日で木っ端微塵に粉砕されていたのだ。

 

「初めまして、コーネリア・リ・ブリタニアです。シマダ卿のことは父から色々と伺っております」

 

「そ、そうですか」

 

 コーネリアの言葉にふと、幼い頃は気弱であり、成長してよりは勇壮ながらも個性的な性格を持つに至った、幼馴染みの姿を思い浮かべた。彼とは時折会っている。首脳会談と言った大袈裟な行事でではなく、個人的なお付き合いの場でだ。

 

 日本に住まい日本に帰化している彼の兄、同じくして幼馴染みであるV.V.とであれば、それこそ絶えず顔を見せ合い、世界の情勢、特に、大日本とブリタニア、双方に取り宿敵とも言えよう、南半球や中東・E.U.ユーロピア共和国連合にまでその手を大きく広げている大国、合衆国オセアニアと南天に関する情報交換なども行っている間柄だ。

 

 と、そんなブリタニアはジ家の双子の兄弟の弟、現98代ブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニアなにを話していたのだろうかと気になる嶋田は、コーネリアに尋ねていた。

 

「シャルルさんは私の事をなんと?」

 

 言っているのか。それにコーネリアは。

 

「シゲタロウは良い奴だ! 心の友と書いてわしの心友だ! と」

 

「は、はは、心の友ね」

 

(どこのタケシ君だろうな)

 

 苦笑いする嶋田は、さりとて大切な友と思われている海の向こうの幼馴染みへ、心の中で「ありがとう」と言いふっと笑みを浮かべる。

 

 そんな友へ思いを馳せていた彼へ、コーネリアの隣に居た少女が声を掛けてきた。

 

 

「あ、あの……」

 

 声を掛けたくとも掛けづらい。といった雰囲気を醸し出していた少女の声に、嶋田はもまた注意を向けさせられた。

 

 これが本命、これが向き合わなければならない相手。先日、デートと口付けを行ってしまった件の少女は。

 

 こういった場所ではパーティードレスが基本だというにも拘わらず、なのに今の彼女は新聞で見たのと同じ姿をしていた。

 

 長い髪は白い大きめな髪留めでポニーテール風に纏めつつ背に流し、白のタイトなスカートを着用した公務用のスタイル。更にその外側を薄紅色の羽の意匠が施された腰から後ろ半分を覆うスカートを身に着けていた。清楚な彼女に実に相応しく似合っている。公務用の衣服と豪奢なドレスではこうも雰囲気に違いが出るのかと、ブリタニアを訪れた際の舞踏会に出席した時に見た、彼の国の皇族方の事を思い出していた。

 

 それは仕事への意気込みを感じさせる物で、彼女の、ユーフェミア皇女殿下の真剣さを伺える出で立ちであった。

 

「ああ失礼。こちらは私の妹で我が帝国の第三皇女ユーフェミアです。この度私の補佐官として日本に常駐することになりました。ユフィ、シマダ卿にご挨拶を」

 

「は、はい。大使閣下より御紹介にあずかりましたユ、ユーフェミア・リ・ブリタニアです。日本ではわたくしの姉、コーネリア・リ・ブリタニア駐日大使の補佐官を務めさせて戴く事となりました。い、以後お見知りおき下さいませ」

 

「こ、これは御丁寧にユーフェミア皇女殿下。私は大日本帝国に於きまして、前内閣総理大臣を務めさせて戴いておりました、し、嶋田繁太郎です、何卒よしなに」

 

 普通に挨拶を交わす二人。

 

 だがその挨拶が実にぎこちなく不自然になっている。

 

 それはそうだろう、つい数日前に熱い抱擁を交わしながら、熱く深く口付けをした相手同士なのだから、意識しない方がおかしい。

 

 幸いなことに変だなと思いつつも、次の出席者に挨拶へ向かったコーネリアは二人の不自然さに気付かなかった。

 

 二人が互いに「初めまして」と言っていない事に。

 

 嶋田は焦り気味で、ユーフェミアに至っては頬を赤らめている事に。

 

「そ、それではわたくしは他の方にも挨拶に向かわないといけないので」

 

 ユーフェミアは名残惜しそうに嶋田の元を離れていく。

 

 彼の元に留まっていたいという様子が在り在りと伺えた。

 

 側に居て色々とお話がしたい。貴方の事が知りたい。

 

 そんな様子が見て取れた。

 

「はぁぁ~っ、焦った」

 

 テーブルにあったグラスのワインを一気飲みするも、からからになった喉が癒されない。

 

 彼の中ではまだキスの一件が引っ掛かっているのだ。

 

「まずいな……、これもひょっとして辻さんの差し金なのだろうか? 彼女とキスをしたことが知られてるのか? でもどうやって……、しかし、あの人だと有り得てしまうのがまた怖いな……」

 

 それを知るのは辻本人だけであり誰にも分かることではない。

 

 大体辻の思惑を推理するのは非情に難しく、意図を知るのはほぼ不可能であった。

 

 

 ◇

 

 

「わ、わたくし驚いてしまいましたわ、おじ様が父が良く口になさる御心友のシゲタロウ様だったなんて」

 

 挨拶回りを終えたユーフェミアは他には目もくれず一目散に嶋田の側に来ていた。

 

 その様子は彼以外の一切に興味がないと言わんばかりだった。

 

 地元の名士やブリタニアの貴族、日本政界の重鎮達はコーネリア皇女は勿論のこと、見目麗しいもう一人の皇女ユーフェミアにもお近づきになろうと試みていたが、彼女の側に立つ嶋田の姿を見てすごすごと引き返していく。

 

 表の顔を知る者は『元総理が話し相手になっていては割り込み辛い』と考え、嶋田繁太郎という人物の真の姿、日本を裏から支配している『夢幻会の長老格』という顔を知っている者は恐ろしくて声を掛けられない。

 

 お陰で彼は、いやこの場合彼女か? とにかく嶋田はユーフェミアが独占出来ていた。

 

 その分、更に話し相手をする人数が増えてしまったコーネリアはかなり大変そうだったが。

 

「それはこちらの台詞ですよ。まさか君がシャルルさんのお嬢さんだったとは……。シャルルさんには悪いですが全然似てませんよ。 何をどうすればシャルルさんから君のような美人が生まれるのか」

 

 かつては美少年であったが、年を重ねる間にごつい身体でロール頭、厳つい顔へと変貌を遂げていったあのシャルルから、ユーフェミアを含む美男美女の子供ばかりが生まれるのは、ある意味で七不思議だと半ば本気で考えている嶋田に。

 

 一方の彼女は美人だと言われて顔を赤らめる。

 

「か、髪を纏められたり、その様なタイトなスカートの公務服姿になると、この間とは随分印象が変わりますね」

 

「その、似合っておりませんか。わたくしの公務服姿は?」

 

「い、いやいや、そちらも出来る女って感じでお似合いですよ……、この間の様に降ろしている、ストレートにしているだけの髪型も良かったけど、こうして大きなポニーテールっていうのかな? これも似合っていてとても綺麗です、とても……」

 

 綺麗、美人だ。公務服姿も似合っているよと言う嶋田の言葉に、ますますユーフェミアの頬が薔薇色へと染まっていく。

 

 普通に言われても嬉しいというのに、彼から言われると胸がきゅっとなるのだ。

 

 締め付けられるような苦しいような、それでいてとても温かい。嬉しい気持ち。

 

 この不思議な感じは悪い物ではない。そう思った彼女は自分がした事を思い出して頭を下げた。

 

「こ、この間は申し訳ありませんでした」

 

「ひょっとしてあの、あ、あの事……でしょうか?」

 

「は、はい」

 

「い、いやいいんですよ、それは、ははは、は……」

 

 彼女はキスのことを思い出してまた赤くなる。

 

 湿った唇の感触と絡み合わせた舌の感触、それに甘酸っぱい唾の味を思い出したのだ。

 

 そのことを持ち出されると嶋田まで恥ずかしくなる。

 

 何せユーフェミアのような美少女にキスをされたのだ。

 

 特別な何かでは無いとはいえ男冥利に尽きるという物。

 

 尤も、彼女の心が分かるでもない以上、嶋田の勝手な決めつけなのだが、常識で考えて17,8の娘が、60を迎えている男に懸想する訳がない。

 

 そんなことを断言する嶋田は完全にユーフェミアの気持ちを無視している。

 

 彼がどう思おうが、それは所詮彼の考えであって、彼女の気持ちではないのだから。

 

「あれは君のお礼だったのでしょう? 私はそのお礼をありがたく頂いた……、それでいいじゃないですか」

 

「おじ様……」

 

「名前で呼んでもらってもいいですよ。君のお父上も君の叔父さんも名前で呼んでますから。ああいや、皇女殿下に対してこれは不敬ですね」

 

「い、いいえそんなことはありません! あ、あの、ですからわたくし、シゲタロウ……と、お呼びさせて戴きます……」

 

(いきなり呼び捨てとは……)

 

 と、彼は思うも、下の名で呼ぶ人間にさん付けしてくる人はいないので、別に良いかと思い直す。

 

 まあ、彼を下の名前で呼ぶ人間は、今世では今のところ親族関係を除けば幼馴染みであるシャルルとV.V.ぐらいしかいないが。

 

 特に真名である神崎博之などは誰も知らない名前で。

 

 シゲタロウと呼ぶのは、親族を除けば彼女が栄えある三人目。女性としては初めてであった。

 

「わたくしのこともどうかユフィとお呼びください……、それに丁寧な言葉遣いではなく、普段通りでお願いします」

 

 更に彼女も自身の名を呼ぶときは愛称で呼び、敬語もやめて欲しい、嫌だという。

 

 ただ嶋田としては、余程親しい前世からの友人達にさえ丁寧語で話す相手の方が多く、タメ口というのは違和感を感じてしまうのだ。

 

 出会ったときは普通の話し方だったと彼女から指摘されると受け入れざるを得ないが。

 

「わかった。じゃあ……ユフィ。これで、いいかな?」

 

「はい……シゲタロウ」

 

 こうして名前で呼び合う様になった二人は、祝賀会が終わりを迎えるまで、寄り添ったまま話を続けていた。

 

 嶋田が何の気無く、白い大きな髪留めを用い、大きなポニーテールに結い上げているユーフェミアの髪を撫でたり。ユーフェミアが嶋田の口元に付いたケーキの食べかすを拭ったり。

 

 また、どちらともなく身を寄せて、頬を擦り合わせてみたり。何故か自然にそういう行為に及んでいた。そうせざるを得なかった。

 

 身を寄せ合わせ、髪を触り、頬を擦り合わせる。そうしたいのだ互いに。人目もはばからず。

 

『お前らどこのバカップルだ!』

 

 とでも罵られそうな行為を終始続けていたのだ。

 

 質が悪いのは、何処かで意識し始めたユーフェミアに対し、嶋田は彼女の髪を撫で、その感触を楽しみながらも、殆ど意識していないという部分。

 

 頬ずりも子供が大人に甘える様な物だと、内心のドキドキした気持ちを抑えて受け入れたりしていた。

 

 そんな彼がちょっぴり意識したのは、祝賀会終了の挨拶の時、帰り際に二人きりになった瞬間、ユーフェミアからされた再度となる口付けのときだけ。

 

 それでさえ深く口付けたお陰であって、触れ合わせるだけの物であったのなら、全く意識していなかっただろうと推察された。

 

 それは、嶋田とユーフェミアの。実に三度目となる口付けであった。

 

 

 ◇

 

 

『ど、どうしてこんなキスを』

 

『この間シゲタロウと口付けを交わしたとき……わたくし、幸せな気持ちになったのです……ですから、もう一度、あの幸せを感じたいと思いまして、いけませんか?』

 

『なるほどそれで……。う、うん、いや幸せなのはいいことだが……いけなくもないが、その、ね、こういった事を、女性が軽々しくするものではな』

 

『ち、違いますっ! こんな事をするのはシゲタロウにだけですよっ!! わたくしはそんなに身持ちの軽い女ではありませんっ!!』

 

『そ、そう、まあ、あれだね……その、あ、ありがとう……と、でも言うべきなのか? それと、すまない。君がユフィが、軽い女性だなんて思ってないよ、人生経験はそれなり以上に長くてね。人を見る目はあるつもりだ。君は優しいが誠実で嘘もつけず、虫も殺せない。そんな女性だと伺ってる。そんな女性が軽い女性だなんて考えたりしないさ。付き合いは短くても分かるよ』

 

 帝都内の某所。

 

 その一室にて男達が会合を開いていた。

 

「ふふふっ、様子がおかしかったのでちょっと探ってみましたが、なるほどこういう事になっていたとは──嶋田さん中々やるじゃないですか」

 

「まさかこんなことになっているとはな」

 

「ですが、あれですね。もう鈍いなんてレベルを通り越して最早馬鹿の領域ですよ。何がどうしてああなったのやら分かりませんが、あれ、ユーフェミア皇女、完全に嶋田さんに惚れちゃってるでしょう?」

 

「いや、嶋田はもともとあんな感じの男だろう。意識してないだけで嶋田もユーフェミア皇女に惹かれていると見た。でなければ、あんな熱いキスを交わすわけがない」

 

 そのテーマは。

 

【嶋田君の様子がおかしいよ? こっそり調べちゃお!】

 

 という物だった。

 

 尤も、スピーカーから流れる甘い言葉の数々、止めに唇の粘膜がくちゅくちゅと触れ合う音を聞いた瞬間、場は怨嗟の声に包まれてしまったが。

 

 涼しげに、かつ楽しそうにしているのは某お金を司る魔王ぐらいのものだ。

 

 後は若干名「応援しよう」と言っている者も居た。

 

 某海軍大臣を務めていた男はその若干名の一人。

 

 親友の幸せを願う彼は「こいつらを止めんといかんな」と呟き魔王から「流石はYさんです」と賞賛されていた。

 

 どうやら魔王も応援する様子だ。

 

 

 そして──

 

 

 

「こ、こ、殺す……、殺してやるぞ嶋田ぁぁぁぁあぁぁあっっっ!!」

 

「死ねっ! リア充死ねっっ!!」

 

「交通事故っていつ起こるか分からないよね? ね?」

 

「長らくフレイヤ実験してないな……、太平洋のどこかで人一人ぐらい消し飛んでも気付かれないだろう」

 

 何故か突発的に起きてしまった嶋田とユーフェミアの恋愛。縁はもう生まれていたのだが、それが今日この時形となって実を結んだ。

 

 恋とは意識して起きる物ではなく無意識にそうなる。恋に恋するではなく、正しく恋愛関係が始まった瞬間に。

 

 立ち会わせた幾人かは何故か祝福できないようであった。嶋田みたいなおっさんがユーフェミア皇女みたいな美少女と恋するだと? んなこと許せるかと。

 

「まあ、どうなるか分からんが嶋田とユーフェミア皇女がもし結婚ともなれば、帝国とブリタニアは更に深く結びつく事となろう。嶋田とユーフェミア皇女が結婚とならば個人の恋愛では済まん国益がもたらされる事にも繋がるというのに。この連中はそれを不意にするつもりか? やはり止めないとダメだな」

 

「やれやれ困った人達です。この唐突に過ぎる福音、恋模様は、帝国百年の計にも繋がるかも知れないというのに、つまらない嫉妬で潰されたら目も充てられませんね」

 

 そんな彼らを余所にスピーカーから聞こえる甘酸っぱい会話は続く。

 

『おっと、肝心なことを言うのを忘れていた。大使補佐官就任おめでとう』

 

『ありがとう』

 

『でも凄いな君は。今年で17、8かなんだろう? その歳でこんな公職に就くとは』

 

『まだお飾りです。でもいつかお飾りなんて言わせないように、お姉様や皆さんに認めて貰えるように頑張りますっ』

 

『その意気だ。手伝える事があったら力になるよ──こう見えて多方面に実力行使ができる立場なので、ね』

 

 一瞬怖くなった嶋田の雰囲気に呑まれてしまう事もなく、ユーフェミア皇女は笑顔で応じた。

 

『ええ、そのときはお願いしますね』

 

 そして更にもう一度キスを強請るユーフェミアに、嶋田が「いいよ」と了承して聞こえた息遣いと水音に、嶋田とユーフェミアの四度目となるキスに、完全に恋い慕う者同士のそれだと決定打となった事に、とうとう『こいつら』の内の一人がスピーカーをたたき壊してしまった。

 

「聞いたなおまいら?」

 

「聞いた」

 

「聞いたとも」

 

「これよりオーバーSSS級リア充犯っ! 嶋田繁太郎に天誅を下すっ!! 各員第一級戦闘配置に付けェェェェェェ!!!」

 

「ラジャーっっっ!!!」

 

「心の狭い人達ですねぇ。何故仲間の幸せを喜んであげられないのですか」

 

「こいつらに言っても無駄だ。取りあえず止めるぞ? 帝国の未来が掛かっている」

 

「はあ、仕方ない。お手伝いしますよ」

 

 気勢を上げる者達は、一応のところ財務の魔王と元海軍大臣に鎮圧された。

 

 一方の嶋田はというと、そんなことがあったとは露知らず、次の休日を御一緒したいと申し出たユフィと二人で会う約束を交わし、携帯番号とメルアドの交換をして、別れ際にもう一度、五度目の熱いキスを交わしていたりするのだった。

 

 

 ◇

 

 

「シゲタロウ、今日はどこへ連れて行ってくださるのですか?」

 

「そうだなぁ。ユフィはどこに行きたい?」

 

「わたくしは」

 

 通りを歩く一組の男女の後を追う影があった。

 

 一つではなく幾つものその影は、数分の後には地面に昏倒していた。

 

 それを行ったのは丸坊主にサングラス、山高帽を被った、一見して筋者にも見えようかといった壮年の男性である。正確にはその男性と昏倒している連中のSPもである。国家百年の大計が掛かっていると、なんと上帝、上皇陛下からの勅命でもあったのだ。

 

 彼は彼で本来ならこんな所で、こんな事を行うような身分ではなく、素顔を隠していなければ要らぬ騒ぎを起こしかねない立場に在る人物であった。

 

 彼の先を歩く男女も同じくして上手い具合に変装し、“護衛”を撒いて二人きりの一日を楽しんでいる。

 

 取りも直さずそれは、彼の男女も正体を知られれば、騒ぎを起こしてしまう人物である証明でもあった。

 

 彼の男女の邪魔をしている者達も同じなのだ。同様に正体を知られれば大騒ぎになろう。

 

 そんな者達が、この一角に集まっている。政治テロを計画している様な輩にしてみれば餌場状態となっていた。

 

 南天の連中の格好の的だ。

 

「ふう、相も変わらず邪魔しようとするとは……。別に年齢差の恋だろうが、真実愛し合っているならば、現実が充実していてもいいと思うのだがな。上皇陛下も全く同様の事を仰せであった」

 

 そう呟いた男性は、政財界に影響力を持つような身分でありながら、嫉妬心が故に男女の邪魔をしようとしていた者達を駆逐し終えたところで、新たな人影を発見する。

 

「またか」

 

 うんざりしながらその人物に近付いていく男性。

 

 だが。

 

「ん? どうやら違うようだな」

 

 その人物は男女の邪魔をしようとしている他の面々とはどうやら関係のない人物だったようだ。

 

 それもそのはず、邪魔をしようとしているのは全員男で、件の人物だけは女なのだから。

 

 その人物は腰まである長い金髪をしており、先を歩く男女の女の方よりも若干年上に見える女性であった。

 

 身のこなしから見ると軍属と思われる女性は、男女の内の女の方へと気を配っている様子が見て取れた。

 

「お邪魔虫共とは関係ないとは思うが、嶋田とユーフェミア殿下の邪魔をさせるわけにもいかんからな」

 

 彼はその女性に声を掛ける。

 

「あの二人の邪魔はさせんぞ?」

 

「きゃっ……!」

 

 後ろから羽交い締めにされた女性は、そのまま男性の手で、人気のないところに連れて行かれた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「な、なにをなさる気ですのっ!?」

 

 こういう状況は大体が誘拐と相場が決まってはいる物の、彼女は気丈に振る舞う。

 

 急なことに気が動転してしまい、あっさりと背後を取られてしまった女性だが。

 

 本当ならばそれなりに訓練をされた相手であっても、簡単にいなし、制圧できるだけの実力の持ち主なのだ。

 

 何せ彼女はブリタニアの軍の嚮導学校から選抜されていた、エリート騎士なのだから。

 

 戦闘力だけで言えば間違いなくこの男より上であるという自負もあった。

 

「何もせんよ。ただどうして人の後を付けるような真似をしていたのかを聞こうと思ってな」

 

 こんな男に負けてなるものかと思う彼女だったが、それが全くの見当違いで、逆に追い詰められる事になるのであった。

 

 そう、彼の目的は、彼女自身が行っていた行為についての事だったのだ。

 

「つ、付けてなどっ」

 

 指摘されたことに後ろめたいことがあるのか、女性は男から目をそらす。

 

 そんな彼女に対し追及の手を緩めない男。

 

「いや、付けていた。しっかり見ていたからな」

 

「──っ!」

 

 全部見られていたのは彼女に取って大誤算。

 

 どういう言い訳も全く意味をなさないのだから。

 

 男は元よりこうなることが分かっていた。一部始終を見ていればイカサマ博打のような物だ。

 

 結局、観念した女性は事情を話し始めた。

 

 自分はブリタニア大使官の警備をしているブリタニア軍の騎士で、街を歩いていたらあの二人を偶然見掛けたこと。

 

 二人がどういう関係か興味があって、はしたないとは思いながらも、気になったから付けていたことなど。

 

 要するに男の取り越し苦労でしかなかったことが判明したのである。

 

「失礼ですけれども、貴方こそ何処のどちら様ですの? ユーフェミア様のお知り合いですの?」

 

「いや、男の方の友人だ」

 

「ああ、仰られてみればあの男性の方とお歳が近そうですわね」

 

 女性は納得がいったという具合に頷く。

 

「でも、それならば貴方こそどうして後を付けてお出ででしたの?」

 

「いや、実はな」

 

 大まかに事情を話す男。まさか上皇陛下よりの勅命であるとは言えず、そこはぼかしたが。

 

 話を聞いた彼女は「そうなのですの」と不思議そうな顔をしていた。

 

「これを聞いて君はどうするんだ」

 

「別に宜しいのではありませんの? んんっ、少し言葉を崩すわね。そういうのって他人がどうこう言うことじゃないし、邪魔するのなんて野暮なだけよ」

 

「ふう、それを聞いて安心した。てっきり邪魔されるかと思ったからな」

 

 お互い誤解が解け、事情が分かったことで、一転和やかな感じになる。

 

「でも、それだと邪魔する人達を追い払うの、おじさん一人じゃ大変なんじゃないの?」

 

「まあ大変といえば大変だな。奴等の身分が身分なだけに、下手にSPを使い続けるわけにもいかんしなあ、騒ぎになるから応援も呼べんのだ」

 

「う~ん」

 

 男の口から大変だと聞いた女性は、一瞬難しい顔をして考え込むと、今度は顔を上げて自分の手を打つ。

 

 何か自己解決したようだ。

 

「私も手伝ってあげましょうか?」

 

「なに、君がかね?」

 

「ええ、だってそういうの女として許せないし、ちょっと面白そうだしね」

 

「だが、それでは君の休みが台無しではないか」

 

「ううん、特にやること無いから大丈夫よ。それにおじさん歳考えないと、一人でやってたら倒れちゃうわよ」

 

「年寄り扱いするな! これでもまだ60過ぎっ、人生曲がり角に来たばかりだ! 中年だっ!」

 

「中年って、そんな事言うのがもう年取ってる証拠よ。で、どう?」

 

「う、うむ……、そうだな」

 

 確かに一人では大変だ。

 

 追い払っても追い払っても「リア充は犯罪なんだ!」と訳の分からない屁理屈を言って諦めないのが彼らだ。

 

 財務の魔王もいつも時間が空いてる訳じゃない。上皇陛下に御出で頂くわけにもいかない。

 

 ただし、男女、男が大日本帝国元宰相にして帝国華族伯爵位を持ち。

 

 女、いや少女が、神聖ブリタニア帝国第三皇女である限り、興味がないでは済ませられない事態でもあった。

 

(ここは猫の手も借りたい、か)

 

「それでは、君の休みが合うときに頼む」

 

「了解しましたわ。毎日暇だったから丁度良かった」

 

「軍人や騎士が暇なのは結構な事だと思うが、君、貴族だろう」

 

 身のこなし。ブリタニア大使館で警備の任に就いている。そして、今はフランクながら先程までの上流階級を思わせる言葉遣い。

 

 間違いなくブリタニアの貴族だ。それも直感が告げる。かなりの大物だと。

 

「まあ、ね。それはいいんだけど。私まだ日本に赴任して日が浅いから休みって言ってもやる事なくて」

 

「そうか。まああまり暇だと碌な事せんからな」

 

「碌な事って?」

 

「若い奴は主に博打と女だ」

 

「おじさんも?」

 

「俺は博打だけだよ。これでも強いんだぞ?」

 

「へぇ、意外ですわねぇ」

 

『生真面目そうな顔の割に結構遊んでるんだ』という女性。

 

 そして──。

 

「あ、まだお互い名乗ってなかったわね。こほん、では改めまして。わたくしはリーライナ、リーライナ・ヴェルガモンと申しますわ。宜しくお願い致しますわね」

 

 とんでもない大物だった。

 

「なにっ? リーライナ・ヴェルガモンだと──!」

 

 男がサングラスの奥で驚きに目を見開く。

 

「あら、御存じですの?」

 

「知っているもなにも、ブリタニア帝国の名家にして大貴族のヴェルガモン伯爵家の息女の名ではないか」

 

 ヴェルガモン伯爵家。

 

 広大な北ブリタニア大陸の五大湖、ウィスコンシン=ヴェルガモン領を治める大貴族。五大湖経済圏に置きな影響力を持ち、宮中の発言力も強い。そこらの無色でも名前くらい知っている押しも押されぬ大貴族だった。

 

 リーライナ・ヴェルガモンとは、そのヴェルガモン伯爵家、伯爵は伯爵でも、ほぼ辺境伯と変わらない地位を持つ、上位伯爵家の次期当主の名であった。

 

「でしたら話は早いですわね。同姓同名の、本人ですわよ♪」 

 

 さらりと長い金髪を搔き上げる仕草を見せた美しき貴族の令嬢。

 

 吹き抜けた風が彼女、リーライナの長い髪を靡かせ、金色の軌跡を宙に残した。

 

 目鼻顔立ちの整った麗しの美女。何気ない仕草や言動には庶民的な物が見られない淑女。生まれついての上流階級の人間のソレだ。

 

 そんな彼女に、これは確かに間違いなさそうだと確信した。

 

 男はこれを知り、やはり態度を改める。

 

 相手が相手なのだ、ブリタニアの名家、上位貴族のヴェルガモン伯爵令嬢なのだ。当然の措置であった。

 

 歳と世代が離れているのもあり、顔立ちは知らなかったが、政治家として知っておくべき情報を知らないでいたのはミスだろう。

 

 日本との間柄は盟友・家族とも呼ぶべき、深い同盟関係にあるブリタニア帝国の、その上位貴族を知らない者など、日本の政治家には居ない。

 

 リーライナについては知らずとも、ヴェルガモン伯爵家は良く存じていた故に。

 

「尊顔を与り知らぬ事とは言え失礼した。リーライナ・ヴェルガモン伯爵令嬢殿。こちらも改めて名乗ろう。私は大日本帝国元海軍大臣やまも──」

 

 サングラスを外し、山高帽を脱ぎながら精悍な顔つきで居住まいを正しつつ、挨拶をした男に、今度はリーライナが驚きに目を見開く。

 

 何故ならば、その男もまた、ヴェルガモンという名と同様の、重き名の持ち主であったから。

 

 この後、当然ながら連絡を取り合うため、男とリーライナは携帯番号とメールを交換。

 

 この日より男の携帯には、時折リーライナから電話が掛かってくるようになった。

 

 日本に来て日が浅いという彼女に、日本の良さを知って貰おう、男がリーライナと二人で出かける事も。

 

 やがて二人は歳の差を超えて、恋い慕い合う間柄となっていく、それ程時を要する事も無く。

 

 

『ねえ、いっくん』

 

『なんだリーラ』

 

 肌を寄せ合い、触れ合わせるいっくんとリーライナ。

 

 深い触れ合いの最中にある、そんな場面での事。

 

 身体を一つに重ね、二人の肌には玉の汗が浮かんでいる。

 

 ベッドにはリーライナの長く美しい金色の髪が扇状に広がり、その扇情的な姿にいっくんは強く身体を重ねた。

 

『私、いっくんとの御子、二人は欲しいですわ──ああッ』

 

『お嬢様言葉が似合いすぎていて逆におかしく感じるぞ』

 

『そ、そう? んっ、ううッ』

 

 いっくんは男らしく微笑んで、リーライナの長い金髪を撫でる。

 

 指を差し入れて掬う絹の如き美しい髪。金の長い髪がいっくんの手、指からさらさらと流れて、彼女の身体や枕に流れ落ちていった。

 

 ベッドに寝たまま頬を寄せ合い、擦れ合わせながら。

 

『んっ』

 

 口付けるいっくんとリーライナの深い夜。

 

 リーライナの抜けるような白い肌には汗が浮いている。彼女の長い髪の一部はその汗を吸う様にして、肌にほつれて張り付き。

 

 いっくんのたくましく、男らしい肌に覆い隠され、二人の肌は一つに重なる。

 

 汗にも熱が灯っているのか、触れ合う汗その物からも冷たさより、暖かさを感じる。

 

 若しくは、共に火照った身体が、滲み出る汗すらを、熱いと感じさせているのだろうか。

 

『貴族が、肌を……、許したの、ですから、責任は、お取りくださいますわよ、ね?』

 

『勿論だとも。俺にはお前以外居ないよリーライナ』

 

『んんッ』

 

 重なる肌は離れない。更に深く結びついていく。

 

 幾時間とそうしていたのだろうか。

 

 本当に熱く深く火照る夜とは、こんなにも長く愛しく、心地の良い物なのかと、いっくんとリーライナ、二人は互いを分かち合う。

 

 一体、いつ頃からこうなってしまったのだろう。

 

 リーライナがいっくんを……山本五十六を恋い慕い。

 

 いっくん、山本五十六がリーライナ・ヴェルガモンを恋い慕う。

 

 恋慕の情を抱き合う関係に。

 

 恋人を飛び越えて婚約までしてしまって。

 

 山本家には報告が行っている。というより山本家の現当主がいっくんなのだからして問題も無し。

 

 ヴェルガモン家にも大凡は伝えてある。リーライナ自身が結婚する相手を見つけたと連絡した。ヴェルガモン伯爵は、リーライナの相手が彼の山本五十六だと聞いて、『よくやった大金星だッ!!』と飛び上がって喜んだとか。

 

 しかし、正式な挨拶がまだなのだ。それなのに関係ばかりが先に進んでいく。

 

 もしかしたら挨拶に行くときにはもしかしている可能性があり、これ以上はと思うも、お互いに止まらないのだ。

 

 日本男児として出来ちゃった婚は避けたいところだが、いっくんもリーライナも、愛という感情に制御が効かなくなってしまっていた。

 

 二人にもよく分からないままに、二人の関係は進みきっていた。完全に、先走りすぎていた。恐らく子が出来る。確実に。避妊も何もしていないからだ。お互いがそれを望んだ。愛を紡ぐのに余計な事をしたくない、自然のままに重なり、自然のままに果てたいと。

 

 出逢ったとき、その時にはもう、この運命は決定付けられていたのかも知れないと、二人は肌を合わせながら感じ合う。

 

 そう、もう、自分達はお互いに、離れられない関係になってしまったのだ。離れてはならない者同士なのだと魂が叫んでいた。

 

『ああッいっくん!!』

 

『リーラッ、リーライナッッ!!』

 

 二人は果てた。果てたまま身体を一つにして余韻に浸る。

 

『愛しておりますわ五十六様』

 

『俺も愛しているリーライナ嬢』

 

 身体は一つのまま。

 

『んんッ』

 

 重なる唇。深い深い口付けの中、いっくんこと山本五十六は思い出す。

 

『そういえば減ったな』

 

 嶋田を邪魔しようとしていたメンバーが減っている事に。

 

 時々『会合』で変な事を言われるようになった事に。

 

 そう、つい先日まで友人の嶋田にしか言われていなかったあの言葉を、彼もまた言われ始めたのだ。

 

 

 “リア充死ね”

 

 

 元海軍大臣兼国防相、山本五十六と、神聖ブリタニア帝国ヴェルガモン伯爵家が息女リーライナ・ヴェルガモン。

 

 また一つ、大日本帝国と神聖ブリタニア帝国の縁(えにし)と絆を深める恋の花が、此処に一輪咲くのであった。

 

 

どのカップリングの恋愛が見たいですか?(いずれもそれぞれに書いております・また書いていきます。新しいカップリングも増える可能性あり。

  • 嶋田繁太郎×モニカ・クルシェフスキー
  • 嶋田繁太郎×ユーフェミア・リ・ブリタニア
  • 山本五十六×リーライナ・ヴェルガモン
  • 南雲忠一×ドロテア・エルンスト
  • 玉城真一郎×クララ・ランフランク
  • 玉城真一郎×マリーベル・メル・ブリタニア
  • 澤崎敦×井上直美
  • レオンハルト×マリーカ・ソレイシィ
  • 原作ルルーシュ×シャーリー・フェネット
  • ルルーシュ(休日)×ミレイ
  • オデュッセウス×皇神楽耶
  • ジェレミア×ヴィレッタ・ヌゥ
  • 枢木スザク×ナナリー・ランペルージ
  • コーネリア・ランペルージ×ギルフォード
  • 高麗大佐×奥様(書けたら(-_-;)
  • 鳩川雪夫×ストーカー女(書けたら(-_-
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