「涼しいですね……」
吹き抜ける夜風が、彼女、モニカ・クルシェフスキーの長い長い、腰の下、膝裏近くまで届くほどの長い金色の髪をさわめかせながら、靡かせる。
「……」
その、身近を通り越して、家族の様にこの四年ほどを彼女という女性と付き合い来た嶋田。
出逢った頃はまだ少女の面差しを残していた女性は、すっかり大人の女性へと成長していた。
「うつく、しい……な」
口をついて漏れ出た、自然な言葉。
思いついたのでも、言おうとしたのでもない。
ただ、何かぼんやりと、夜風に当たる、黄緑色のマントと長い金色の髪を揺らめかせていた、女性モニカ・クルシェフスキーを見つめていると、自然に口から零れ出ていたのだ。
「え……?」
マントと髪を揺らめかせ、風に靡かせながら、彼女は嶋田を見遣る。
「嶋田、さん?」
嶋田は、縁側に立つ彼女に、そっと静かに歩み寄ると。
「え、あ……っ」
彼女の身体を静かに抱きしめていた。
抱き止めた彼女の身体、嶋田の、彼の手には表地が黄緑色、裏地が紫色をした、彼女の足首までほどあるマントの生地が、しわを刻み。
彼女の流れる清流の様な金色の美しい長い髪が、彼の手の内に収まった。
「しま、だ、さ、」
「ごめん、悪いね……、夜風にマントと金色の髪を靡かせている美しい人を、俺の大切な騎士を、この手の内に入れてしまいたくなってしまったんだよ……、他意は無い、ただ、どうしても、ね」
告げられたモニカ。ナイトオブトゥエルブとして剣を捧げる皇帝陛下とは違う、もう一人の主君。
モニカ・クルシェフスキーとして剣を捧げた、嶋田繁太郎という主君の腕(かいな)に抱かれ、彼女の頬は、自然、朱色に染まる。
肌の色が白いからこそ、その紅色の頬は良く目立ち、見られたら恥ずかしいという羞恥を伴いますますを以て、薔薇色に染まっていくのだ。
モニカの鼓動早くなる。ただ主君の腕に抱かれているだけだというのに、ああ、そうだ、私は、モニカ・クルシェフスキーは、この男性に剣を捧げるこの男性に、心さえも。
「嶋田、さん……、し、繁太郎さん……うれしい、です……、ですが、恥ずかしい、です……」
剣と想いを捧げる男性よりの静かな抱擁。
そこに大人としての、男女としての何かは無いのかもしれない。
しかし、確かに私と彼の心は一つなのだ。
男女としての行為的な物はこの瞬間には無くとも、彼女と彼は、男女として互いに想いを寄せ合っているのだから。
「恥ずかしがる事は無いよ、むしろ俺もその、こんな事をして、恥ずかしくなってきた……、何をやってるんだろうな、大切な君に、俺は……」
恥ずかしいのはこちらだと伝える嶋田は、だが彼は、そう述べながらも、モニカを放そうとはしない。
むしろ放したくない。いつまでもこのままで居たい気持ちの方が強い。
「嫌なら、抜け出してくれてもいいよ。もと海軍兵の俺でも、現役のラウンズであるモニカさんの力には、適わないからね」
元帝国海軍の軍人だった嶋田。現役を退いて久しいとはいえ、年齢以上にたくましい、男らしい胸板に、モニカの胸が押しつぶされる様にして押さえつけられている。
この拘束から力ずくで逃れえるのは容易。ナイトオブラウンズとは、そこらの騎士や軍人、格闘家など比べるのも烏滸がましいほどの戦闘の達人なのだ。
だが、しかしモニカはこの腕の拘束から逃げる事など、出来ないのだ。
「無理です……、私には、繁太郎さんの腕から逃れえるだけの技量(心)は無いのですから……、ああ、私は……、あなたに捕まってしまえばもう、無力な女に過ぎなくなってしまう……」
「モニカさん……、君は、俺の前では、弱くなってしまうのかい?」
「いいえ、逆です……、モニカ・クルシェフスキーは、モニカは、嶋田さんの……、繁太郎さんの前では、常に最強であり、そして、……そして、最弱でもあるのです」
誰よりも強くなれる。この男性を守る為ならば、この世の誰よりも強くなる自信がある。
モニカにはその強い想いがあり、それが彼女をどこまでも最強の高みへと自身を引き上げてくれるから。
だが、同時に弱くもなる。彼にひとたび身を委ねてしまえば、誰よりも弱い女となろう。
相反する二人のモニカ。最強と最弱は、そうであるからこそ愛する主君の身体だけではなく、その心も守れるのだ。
強いモニカがその身を守り、弱いモニカは彼の傍にて寄り添い、彼の心を守る。
「最強であり、最弱、二つ揃えば無敵だな。強さを知り、弱さを知る事は、大切な事だからね」
嶋田は告げて、モニカの背を膝裏へとかけて、マントの生地に流れ落ちている長い髪の毛に指を差し入れ、優しく掬う、掬い、撫で、彼女の金糸を指に絡めて愛撫し、彼女への想いを伝える。
「我が騎士モニカ、嶋田繁太郎が尋ねる。君の想いは何処にあるのか?」
問われたモニカは、胸に抱く想いのままに言葉を告げた。
「我が心は、私の心は、常にあなたと、繁太郎さんと、共に」
自身の髪を梳かれながら、モニカは彼に頬を差し出し、触れ合わせた。
冷たい秋の風が、吹き抜ける縁側。二人の触れ合う頬は僅かに冷たかったが、刹那に熱を帯び暖かくなった。
「その言葉に偽りは無いかなモニカさん」
「はい、イエス、マイ・ロード。繁太郎さん……」
触れ合った頬が強く擦り込まれる。互いの頬を、互いに擦り合う。
それは、今まで何度も行ってきた二人だけの儀式。
神聖で不可侵、余人が立ち入ってはならない空気を二人は出しながら、お互いにお互いの温もりを分かち合っていた。
風が吹き抜ける。秋の夜風、少し冷たい夜風が二人の立つ縁側を吹く抜ける。
しかし、この風はもう、先ほどの様にモニカのマントと金色に輝く美しい髪を靡かせさらう事は無い。
何せ、そのモニカの黄緑色のマントも、長い金髪も、嶋田繁太郎という主君の手の内にあるのだから……。
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