帝都の休日 短編連作群保管庫   作:休日

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駄目男シリーズ第三弾後編です。
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ダメニートを養おう 後編

 

 

 

 

 

 

 帝都の休日外伝 ダメニートを養おう 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 皇歴2011年4月

 

 

 

 

 

 

 

 高い物では900m、1000mにも達する強化耐震設計の摩天楼群と、広大な関東平野に広がる耐震ブロック構造の建築物によって形成された大都会──大日本帝国帝都東京。

 

 都市の規模・人口密度共にブリタニア帝都ペンドラゴン、同じくブリタニアの大都市ニューヨークと並ぶ世界三大都市の一角を成すこの大都市にも数は少ないながら緑と自然に囲まれた場所は存在している。

 

 開闢以来、古くは古代文明が存在していたとされる先史文明時代より途切れることなく受け継がれてきた人類最古の王朝──大日本帝国皇家。

 

 その尊き血脈の方々が現皇家当主、つまり大日本帝国の今上帝と共に住まわれている皇居および周辺区域は、その豊かな緑地の代表として真っ先に思い浮かぶものだが

 

 無論のこと都内には皇居周辺区域以外にも緑は存在している。

 

 

 

 例として挙げるのならば都内に点在する公園などがそうだろう。

 

 大都会での生存競争を生き抜く企業戦士達には束の間の休息場として、また鉄筋コンクリートと巨大太陽光発電パネルの下で育った子供たちにとっては近場の良き遊び場として、

 

 緑という物は人工物ばかりの東京における一種のオアシスのような役割を果たしていた。

 

 

 

「はぁぁ……」

 

 

 

 そんな緑に囲まれた都会のオアシスの只中で、幸運の女神も裸足で逃げ出してしまいそうな程とても暗い空気を纏いながら、深い深い溜息を付いている青年が居た。

 

 彼、玉城真一郎の溜息の原因。それは今年の大学受験失敗にある。

 

 つい先月までは東大生になった自分の姿を思い描きつつ、入学してからどのサークルに入ろうか? 官僚になるにはやはり政治経済学部だろうか? 

 

 単位が足らなくて留年などということにならないよう気を付けなければと、あれこれ考えながら希望と不安の入り混じった学生生活のスタートを切ると信じていた。

 

 

 

 だが結果は不合格。

 

 

 

 気合いを入れて受験に臨み答案用紙の全項目を埋めたというのに、発表されたその合格者の中に自分の受験番号は無かったのだ。

 

 一年間努力に努力を重ねてきた。

 

 馬鹿ながら真面目に真剣に取り組んできた。

 

 それは官僚に、政治家になるという、高校のときに誇大妄想狂扱いされた自身の夢に向って本気で直走ってきたからに他ならない。

 

 でなければ生まれてこの方碌に努力をして来ず勉強嫌いを自認していた自分がここまで粘れるはずがなかった。

 

 

 

 “努力は必ず報われる”

 

 

 

 嘘を言え。

 

 なにが努力は必ず報われるだ。

 

 報われない努力もあるのだ。

 

 現にいまこうして努力を嘲笑う結果を示されたばかりではないか。

 

 これで総ては水の泡。

 

 努力などクソの役にも立ちはしなかった。

 

 

 

「ああ……これからどうするかな……」

 

 

 

 頭の中が真っ白になり何も思い浮かばない。そも合格ありきでこの先の予定を立てていたのだから不合格となれば総ての予定が狂ってしまうというものだ。

 

 予定は決定から未定へと変わり、開けると信じていた明るい未来は先行きの見えない暗闇に閉ざされてしまった。

 

 

 

 実家へ帰る? 

 

 

 

 それは無い。何の為に親を頼らずバイトをしながら齷齪と頑張っているのか? 

 

 それはこれ以上親に迷惑を掛けたくないからだ。

 

 

 

 では進学を諦めるか? 

 

 

 

 これも無い。政治家・官僚を目指すのならば大学卒くらいの学歴は必須である。

 

 学歴が無くともなれる人間は居ると知っているがそれこそ今以上の狭き門となるのだけは確かであり進んでその道を選ぼうとは思わない。

 

 必死になって勉強してきたからこそ改めて理解させられたが、自分は馬鹿だ。

 

 どんなに詰め込んでも一週間もすれば忘れてしまうほどに物覚えが悪く記憶力もない。

 

 昨日覚えて見事に解けた数学の問題が、翌日になると全く解けなくなっていたという事が幾度もあり、そのあまりの物覚えの悪さから

 

 自分の頭のメモリー容量が2ビットくらいしかないように思え、一体どうやって高校受験に受かったのだろうかと頭を抱えてしまった。

 

 

 

 そして自分がどうしようもない馬鹿であると気づいたからこそ分かったことがある。

 

 

 

 馬鹿では政治家や官僚には成れない。

 

 

 

 この一年間それなりに勉強してきたから分かる。例え成れても馬鹿では続かないと。

 

 

 

「ああ~もうどうすりゃいいんだよ~ッ!」

 

 

 

 答えなど疾に出ている。一年待って来年の同じ時期にもう一度受験。

 

 つまりは浪人生になれと突き付けられた現実が其処にはあるだけ。

 

 再び勉強と忍耐の日々が始まる。高い塾代と生活費も稼がなければならない。

 

 お金が必要となれば仕事の時間が増えて、仕事の時間が増えれば必然的に勉強が捗らなくなる。

 

 といって実家に戻るわけにも行かない。

 

 

 

 一つの失敗から総てが悪い方向に向けて転がっていくという典型的な悪循環の輪が出来上がりつつあった。

 

 

 

 頭が痛い……。

 

 

 

 立ち止まっていようと前へ進もうと悪い方向へ転がり行く大穴が一方的に口を開けて待っているのだから無理もない事だが、

 

 まさか楽天的に生きてきた自分がこうして頭を抱えて思い悩む日が来ようとは予想だにしていなかった精神的ダメージは、彼自身が考えているよりも非常に大きな物であった。

 

 

 

 人生のツケという物は自身が最も辛い状況にある時にやってくるという。

 

 

 

 思い返せば小学生の頃、勉強も宿題もせずにただ遊び呆ける毎日であった。

 

 中学生時代、不良グループに入りやはり遊んでいた。

 

 来る日も来る日も馬鹿をやっては親に周囲に迷惑を掛け通しで、喧嘩で警察に補導されたことすらあった。

 

 そんな彼の小さな転機となったのが高校時代。

 

 夏休みのある日に家でテレビを観ていたとき、偶然にも映っていた嶋田繁太郎内閣総理大臣と青少年達による公開討論番組。

 

 そこで語られていた総理大臣の言葉だ。

 

 

 

『努力に結果は着いてくる』

 

 

 

 それを聴いた玉城は『努力すれば自分でも政治家になれるかな』と何となく思った。

 

 親に迷惑を掛けてばかりの自身に嫌気が差していた時に聞いた総理大臣の言葉は、意外にも彼の胸に響いていたのだ。

 

 政治家や官僚になってどうするのかということについては何一つ考え無しのただの思い付き。

 

 だがこれ以上親を泣かせるだけのクズのままでは居たくない。

 

 親に誇れる自分になるには天辺に立てばいい。この国で言う天辺とは帝を除けば総理大臣であり政治家や官僚といった国を動かす職のこと。

 

 ならば目指してみようじゃないか天辺を。

 

 

 

 そんな漠然とした思いに突き動かされたまましたことのない努力や勉強という行為に取り組んだのが高校二年の終わり頃だった。

 

 

 

 しかし幾ら真面目になろうと努力をしたところで受験までの期間はたったの一年。厳密には一年を切っていた。

 

 努力に結果は付いてくるのは確かなのだが、それは努力した分だけの結果であり自助努力を超える結果というものは早々付いてくる物では無い。

 

 

 

 であるが故に大学受験失敗は当然の帰結だ。

 

 

 

 小中高と約十年もの間遊んで過ごしてきたツケが、たかが一年の努力で取り返せるはずもないのだと考えなかったところが、彼の彼たる由縁なのだろう。

 

 

 

 就職を目指すにしても進学に向けての考えしか頭に無かったために就職口がない。

 

 明日からの生活もまともに出来るか分からない。

 

 といって迷惑掛け通しであった家には帰れない。

 

 

 

 当にいま、玉城真一郎の人生のツケはこの瞬間に訪れていたのだ。

 

 

 

 

 

 そんな時であった。

 

 

 

 腰掛けたベンチで身体を折り曲げ幾度にも渡る溜息を付きながら、明日のことさえ考えられないで居た彼の視界に鮮やかな桜色が入って来たのは。

 

 

 

 

 

(…………なんだ?)

 

 

 

 

 

 桜色。

 

 桜の色。

 

 咲くと信じて咲かなかったその色は、今彼が最も目に入れたくない色彩であった。

 

 咲いてさえいれば合格していた等と考えたりもしたが、そも合格したから桜が咲いたという比喩的表現に使われるのであり、

 

 不合格=咲かなかったが正しく、咲いていればどうこうといった話にはならない。仕方がない事だがそれが現実である。

 

 

 

「ん~?」

 

 

 

 その見たくないと思っていた桜の色が唐突に喋った。

 

 色が喋るとはなんとも奇妙なことだがその色は確かに喋った。唸るような何かを見定めるような、そんな声音で。

 

 少し視線を上げると、その色は肩口から流れ落ちた髪の房であることが分った。

 

 それが髪であるのならば持ち主は無論のこと桜の木などではなく人間だ。

 

 

 

「なんだよおまえ」

 

 

 

 真下の地面。足下を見ていた彼の視界に態々入り込んで唸っていたのは、10かそこらの小さな女の子だった。

 

 見た感じはブリタニア系の子であったが、彼は髪と同じその瞳の色にさえも不快な感情を抱いてしまう。

 

 桜が咲く季節に桜色の髪と瞳を持つ女の子が桜散った自分の前に現れる。

 

 

 

(舐めてんのかコラ)

 

 

 

 この少女に恨みも無ければ少女が彼を馬鹿にするような言葉を放ってきた訳でもないというのに、遣り場のない怒りだけが沸々とこみ上げて来る。

 

 自分の前に現れた桜色が特徴的な女の子が、まるで受験に落ちた自分を嘲笑いに現れた桜の木の妖精のようだと。

 

 とんでもない被害妄想だが精神的に追い詰められている彼の心情からして詮無き事である。

 

 

 

「クララ」

 

 

 

 そんな桜色の少女は彼の不快な気分など知らないと言わんばかりに自らの名を口にした。

 

 名前など聞いても居ないのに自分から名乗った少女は、次に『ヘンな顔』などと暴言まで吐いてくるではないか。

 

 生来気が長い方ではない玉城はその言葉を聴いてカッと頭に血が上り、あどけない表情を浮かべている少女に対し手を挙げそうになったが、

 

 今の自分は何なのか? と考えた時、その怒りも急速に霧散し消えていった。

 

 

 

(こんなとこで下向いて溜息ばっか付いてればそりゃあ変にも思われるよな……)

 

 

 

 普段ならばこんな年上の人間に対する口の聞き方も知らないような生意気な子供は怒鳴りつけてやるところなのだが、今はそれをする元気すらない。

 

 マイナスをループし始めた感情は怒りさえも消し去り彼を無気力にさせてしまったのだ。

 

 

 

「あっち行け、しっしっ」

 

 

 

 感情が急に冷えてしまいやる気が無くなった彼が犬を追い払う仕草で手を振るうと、少女は分っているのかいないのか、僅かに首をかしげ不意に視界から消えた。

 

 但し視界から消えただけでまだ彼の側に居たのだが。

 

 

 

「よっこらせっと」

 

 

 

 可愛らしい声と共に少女が腰掛けた場所。それはいま玉城が座っているベンチ。

 

 

 

「……」

 

 

 

 公園には他にも空いているベンチがいっぱいあるというのに態々自分が座っているベンチに腰掛けてくる辺りイイ性格をしていると思う玉城であったが、

 

 彼はこんなヘンなガキは無視してれば良いだけだと思い直して気にするのを止めた。

 

 

 

「ねえ、なにしてるの?」

 

 

 

 止めたのだが少女はしつこく話し掛けてくる。

 

 

 

「何もしてねぇよ」

 

「何もしてないのにどうしてそんな顔してるの?」

 

「うっせぇなぁ~。話し掛けてくんなよクソチビ」

 

「チビじゃなくてクララだって言ってるじゃない」

 

「だ~か~ら~、誰もお前の名前なんか聞いてねえって言ってるだろ」

 

 

 

 変な奴。

 

 一言で表すのならばこれ以外に表現のしようがなかった。

 

 会ったこともない見ず知らずの男に声を掛けてくるような子供が変でなかったらなんなんだ? 

 

 自分だったら下を向いて溜息ばかり付いている変な男になど絶対に声を掛けたりはしない。

 

 

 

「こんなにあったかくて良いお天気なのにそんな顔してるから気になっちゃうんだよね」

 

 

 

 しかしクララという少女はそれをこそ気になるようで積極的に関わってくるのだ。

 

 子供は好奇心の塊であると良く言うが、この少女の好奇心は一線を画しているように思える。

 

 そうまるで見る物触る物総てが初めてだったり、そうそう触れる機会がない場所から外に出て来たやんごとなき身分の浮世離れした人間であるかのように。

 

 

 

(アホらしい。考えすぎだぜ俺)

 

 

 

 偶々変な子供であるだけ。

 

 どうせそんなところであろう。

 

 

 

「気にすんな、黙れ散れ、以上。大体俺がどこでどんな顔してようがお前には関係ないだろ」

 

 

 

 関係ない他人に関わってくるな。

 

 そういって追い払おうとするも少女は食い下がってくる。

 

 

 

「うん関係ないよ。関係ないけどこの公園でそんな顔してるのお兄ちゃんだけだからね」

 

 

 

 少女の言葉を受けた玉城が視線をさまよわせてみると、子連れにカップルに花見をしている団体にと、皆それぞれ楽しそうにしているのが目に映った。

 

 季節柄陽気な気分になるのであろうが成るほど、確かにこれでは一人不幸を背負い込んでいるかの如き空気を発している自分は場違いであり彼女の言う通り嫌でも目立つというもの。

 

 しかし、それとこの少女が話し掛けてくるのとはまた話が違う。

 

 会ったこともない変な奴の顔をジロジロと見て何が楽しいのか分からない。

 

 

 

「俺の観察なんかしてないでダチと遊んでこいよ」

 

 

 

 そんな暇があるのならば友達と馬鹿騒ぎしていた方が余程有意義で楽しい。

 

 十年間遊び通しであった自分が言うのだから間違いないとベンチに座って脚をぶらぶらさせている少女に拙い説得を試みたが、それは彼女自身の事情により一蹴されてしまう事になる。

 

 

 

「クララには友達なんて居ないよ。だから一人で遊んでいるんだよ」

 

 

 

 何でも彼女はブリタニアから日本へ渡り来たばかりで友達と呼べる同年代の知り合いが居ないとの事。

 

 故にこうして一人で遊んでいるのだという。

 

 

 

「パパの用事に付いてきたんだけど、難しい話ばかりでどうせやること無いから此処で遊んでなさいって言われちゃったんだ」

 

「ガキに一人で遊んでろってそれどんな親父だよ。育児放棄してるんじゃないのか?」

 

「ん~ん、とっても優しいパパだよ。この公園でよく一緒に遊んでくれるし」

 

 

 

 とにかくそういった事情から友達が居ないという彼女は楽しそうな花見客からは想像も出来ない負の感情を撒き散らしている玉城が目に付いたので話し掛けた。

 

 端的に言えばそんな話であるらしい。

 

 それでも普通そんな変な奴に話し掛けたりしない物なのでこの少女もかなり変わっている。

 

 

 

「それでお兄ちゃんはどうして死にそうなくらい落ち込んでいたの?」

 

「また話戻すのかよ……」

 

「うん。あのお花見客の団体に話し掛けるなんて出来ないし、公園内もぐるっと一周してきたからもうすることがなくて暇なんだ~」

 

「暇だからって会ったこともない見ず知らずの変な奴の相談に乗ろうとするガキなんざ普通居ねェよ」

 

「まあまあ、此処にそんな子供が居るんだから話してみてよ。ちょっとくらいは気が晴れるかも知れないし、序でにクララのお話相手になってくれたら嬉しいなぁ~って」

 

「話したところで子供のお前なんかにゃ分かんねーと思うんだけどなぁ……」

 

 

 

(ま、何にもやることねーし、ダチも居ないっていうならコイツの親父が来るまでお守りでもしてやるか)

 

 

 

 丁度いい暇つぶし。

 

 受験に落ちたことで落ち込んで気も少しは紛らわせるだろう。

 

 

 

「大学って分かるか?」

 

「分かるよそれくらい」

 

 

 

 軽い調子で始めた話は自身の受験失敗についてだった。

 

 

 

 玉城は語る。高校に入ってから官僚や政治家になってやるという漠然としながらも大きな野望を抱いて粉骨砕身の努力をしてきたこと。

 

 遊びに誘われても断腸の思いで断り、寝る間も惜しんで勉学に勤しんできたこと。

 

 小中と高二までの殆どを何も考えずに生きてきたから勉強なんて出来ないし、そもそも嫌いなのに我慢して頑張ってきたこと。

 

 迷惑掛け通しの親に対してもう二度と迷惑は掛けないと決意したこと。

 

 その果てに待っていたのが努力を嘲笑うかのような非情な現実だったことなどを。

 

 

 

 初めて味わう挫折感はそれはもう想像を絶する心理的負担と成って彼の心を蝕んでいる。

 

 だからこそ吐き出す相手が現れると、恥も外聞もなく総てを吐き出してしまったのだ。

 

 

 

 小学生くらいの子供相手に何を真剣に語っているんだと思わないでもなかったが、相槌を入れながら真面目に話を聞いてくれる彼女に胸の内を吐き出していると少しは気が楽になってくる。

 

 そして総てを話し終えたとき、クララは無言でベンチの上に立つと、何を思ったのか此方の頭を撫でてきた。

 

 逆立てている髪の毛に彼女の小さな指が通り少しこそばゆく感じた玉城であったが、しかしその手を払いのけようとはしない。

 

 

 

「なにやってるんだ?」

 

「頭を撫でてる」

 

 

 

 そんな事は見れば分かる。どうして頭を撫でてくるのかと問いたい。

 

 しかしその答えは彼が口を開く前に返された。

 

 

 

「クララのパパはね、クララがいっぱい頑張ったらいつも頭を撫でてくれるんだよ。良くやった、頑張ったね、良い子だねって。だけどお兄ちゃんのパパは今此処に居ないからクララが代りに撫でてあげる」

 

 

 

 頑張ったから褒める。努力をしたから頭を撫でる。

 

 結果が出なくても彼女の父はそうやって労をねぎらっているという。

 

 彼女は唯それと同じ事を見ず知らずの男にしているだけ。

 

 褒めてくれる人が近くに居ないのだから代りに自分が褒めると言って。

 

 

 

「……」

 

 

 

 子供だましも良いところだと玉城は思う。どんなに努力をしたところで結果が出なければ意味は無い。

 

 努力とは実ったからこその努力なのであり、実らなければそれは努力ではなく単なる徒労だ。

 

 塾の講師は口癖のように話していたし彼自身それが世の中の真理、社会の理であると考えていた。

 

 努力に結果は付いてくる。努力は決して裏切らない。

 

 そんな総理大臣の言葉に沿って努力してきたが結果的には糞ムカツク塾の講師の方が正しかった。

 

 

 

 どんなに汗水垂らして働いたとしても結果が出なければいつまで経っても昇進しない。給料だって上がることはない。

 

 何処かの国に侵略されて負けた場合も攻め込んだ側が悪いのではなく、負けた側の国の努力が足りないから負けた。故に攻められた側にこそ落ち度があるとなってしまう。

 

 それが大人の世界の理であり変わることなき掟なのだ。

 

 

 

 よく頑張ったね。

 

 えらいね。

 

 それが通用するのは子供の間だけ。丁度いま頭を撫でてくるこの少女のように。

 

 

 

 だから彼は子供だましだと思ったのだ。

 

 だがそれでも──。

 

 

 

 

 

「……悪くないな」

 

 

 

 

 

 それでも悪くないと思った。

 

 

 

 馬鹿だから悪い。

 

 無駄な努力は意味が無い。

 

 世間がそう嘲笑う中で、見ず知らずの子供だけがよく頑張ったねと自分を褒めてくれた。

 

 褒められるのは好きだ。褒められると調子に乗ってしまうという悪い癖こそあったが、褒められないでいるよりも俄然やる気が出て来る。

 

 褒められたくらいで一気に伸びるなどといった都合の良いことこそ無い物の、気分だけは良くなってくる。

 

 そこでふと思い出した。

 

 この少女は友達がいないと言っていたこと。

 

 そして此処には良く遊びに来るということを。

 

 

 

「お前さあ、友達居ないんだよな」

 

「うん」

 

 

 

 無論国に入るだろう。

 

 しかし日本には居ない。

 

 

 

「んじゃあ俺が友達になってやる」

 

「え? お兄ちゃんが友達に?」

 

「ああ、俺の話聞いてくれたし、お前が良かったらだけどな」

 

 

 

 大学を目指す。

 

 政治家か官僚になってやる。

 

 親でさえまともに相手にしてくれなかった話を聞いてくれて、剰えこうして褒めてくれたのだ。

 

 褒めてくれる誰かが居て欲しい。

 

 そんな心理が働いたのであろう。

 

 

 

「けどその代りに時々俺の悩みを聴いてくれ。誰もまともに相手してくれないんだ」

 

「お兄ちゃんの夢のこと?」

 

「そうそれ、真剣なんだって伝えてもみんな夢みたいな事ばかり言ってるとかたまきんの分際でアホかって馬鹿にしやがるんだよ……」

 

 

 

 今までの自分に原因があるのは理解していたが、誰からもアホかと言われて相手にされないのはとても悔しかった。

 

 今胸の内を聴いてくれたこの少女以外には誰も褒めてくれないし、応援もしてくれなかった……。

 

 

 

 縋ったって良いだろう? 

 

 褒めてくれる奴が一人くらい欲しいんだ。

 

 

 

 馬鹿だと自覚していても馬鹿にされ続けたことでそれなりに傷付いては居たのである。

 

 

 

 友達になってやるではなく、友達になって欲しい。

 

 より正確に言うならば時々愚痴を聞いて、頑張ったら褒めて欲しいといった、高校を卒業した歳の人間が小学生くらいの子供に対して求めるべきではない、

 

 本来なら子供が年上に褒めて欲しいと求めるべきである事を真剣に求めている駄目男の言い分を──

 

 

 

「いいよ聴いてあげる」

 

 

 

 しかし彼女は受け入れてくれた。

 

 

 

 あっさりと返答してくれた彼女であったが、本当は悩みを打ち明けて頑張った分だけ褒めてくれたこの少女にこれからも話を聞いて貰いたいという

 

 自己本位な考えを発露させただけだ。友達になるという交換条件を示してもみたが彼女に取って友達なんてのは必要ないのかも知れないのに。

 

 

 

「だって友達だもんね」

 

「……良い奴なんだなお前。俺の周りにゃ一人もいねえよ……」

 

 

 

 人の優しさに久しく触れていない所為か、少女の純粋さが眩しくて堪らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、おしまい」

 

 

 

 褒美といって頭を撫でられ、愚痴も聞いてくれる約束を交わし友達と成った少女クララ。

 

 そのことを少し嬉しいと感じていた玉城の頭から小さな手の感触が消える。

 

 頑張ったご褒美として褒めてくれる時間はどうやら終わりのようだ。

 

 しかし彼女は友達記念にもう一つご褒美を上げると言った。

 

 

 

「もう一つってなんだ?」

 

「うん、ちょっと待っててね」

 

 

 

 それだけ言うとベンチから飛び降りて小走りで去っていく。

 

 背中で揺れる桜色の髪に彩られたその姿はやはり桜の妖精のようだ。

 

 

 

「なにやってるんだアイツ」

 

 

 

 そんな彼女が立ち止まったのは公園で良く夏場に店を出しているアイスクリーム屋さんの前。

 

 可愛らしいピンク色のポシェットから取り出したるは遠目にも分かるだろう財布と思わしき物。

 

 それを開いて何かを掴み店主の親父に渡し、代りにコーンの先に白い渦巻きを載せた何かを受け取っていた。

 

 それも一つではなく二つ。

 

 

 

「褒美ってアレか?」

 

 

 

 彼女が受け取ったそれは二つのソフトクリームだ。

 

 一人で食べるのならば二つもいらない。余程好きなら二つ食べる人も居るであろうが、先に残した彼女の言葉からして片方は自分。

 

 もう片方は此方への物であるというのに間違いなさそうであった。

 

 

 

「ソフトクリームねェ」

 

 

 

 甘い物が嫌いというわけではなかったが今は春。まだ食べるには少々早い季節。

 

 先程と同じく小走りで駆け此方へと戻ってくる彼女を見ながら「どうせなら缶コーヒーがよかった」と、

 

 施しを受けようとする者とは思えない失礼な事を口走った彼は、それでも口元が緩んでいた。

 

 

 

 その瞬間までは……。

 

 

 

「ヤベ……ッ!」

 

 

 

 此方へ向かって走っていたクララが、如何にも柄の悪そうな派手な金髪の男とぶつかってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

「お~いクソガキ、オメ俺の服どうしてくれちゃってんのコレ?」

 

「ごめんなさい」

 

「ゴメンで済んだら裁判所は要らないの。分かるかな~? ガキにゃ分からねぇよな~?」

 

 

 

 金色のネックレスにそり込みの入った刈り上げ。

 

 頭は地毛ではなく染めた金髪。

 

 そんな如何にも柄の悪そうな男を前に、クララは謝罪の言葉を発しながらも別のことを考えていた。

 

 お兄ちゃんのご褒美にと思い買ったソフトクリームが台無しだ。そんなに高くはないけれどもう一度買い直さなければならない。

 

 しかしそれは彼女の事情であって男にとっては何の関係もないことだ。

 

 

 

「てことでパパかママに弁償して貰いてェんだわ」

 

 

 

 汚したから弁償しろ。

 

 クリーニング代を払え。

 

 男の主張は何一つ間違ってはいない。

 

 汚したのは彼女であり余所見をしていた彼女にこそ非がある。

 

 しかしどう見ても安物のジャージのズボンにクリーニング代10万がどうと言い出したところからクララの応対が変わった。

 

 

 

「うざったいなぁ……パパは今お仕事で忙しいしクララも急いでるんだからどいてよ」

 

「人の服汚しておいてなんだその口の聞き方は? あ゛あ゛ッ?」

 

 

 

 まともに相手をする気が無いといったその様子に今度は男の方も凄み始める。

 

 子供に舐めた口を聞かれたのが余程腹が立つことであったのか掴み掛からんばかりの威勢だ。

 

 だが凄まれたところで怖いとも思わない彼女は法外な要求に対し、男の神経を逆なでする様な態度で切り返した。

 

 

 

「ああうざいうざい。そんな安物のジャージのクリーニング代が10万円もするわけないじゃない。私が子供だからって言いくるめられるとでも思いましたぁ~? なんなら警察呼びましょうかぁ~?」

 

 

 

 当然そんな態度を10やそこらの子供に取られれば男のような人間が激昂するのは目に見えている。

 

 この手の輩は警察のいない場所では幾ら『警察』と口にしたところで怯むこともないのだから、クララが採った対応はある種この手の人間に対するものとしては最悪手だ。

 

 

 

「んだとガキィ──!」

 

 

 

 案の定、男はクララの手を捻りあげるという暴挙に出て来た。

 

 

 

「痛い痛いッ~~!!」

 

 

 

 捻りあげられた右手に走る激痛。

 

 痛い経験など両手に余るほどしてきたが、何度味わわされても慣れる物では無い。

 

 兄弟たちの中には荒事に慣れている者も多いが、まだ子供である彼女自身は、こんなただの無頼漢一人にさえあの力を使わなければ勝てないくらいにか弱かった。

 

 

 

 痛いのは嫌だなと思う。

 

 だが必要以上に謝るつもりもなければ男への態度を改めたりする気もない。

 

 敢えて痛みを受けてやれば後々総ての状況は男の不利となるし、暴力は先に振るった方が負けなのだと彼女は内心男を馬鹿にしていた。

 

 本気で殺す覚悟もない暴力など唯のお遊び。本当の暴力とは“痛い”で済ませられるような生温い物では無い。

 

 無論男は優位に立ったつもりで居るのだろう。

 

 彼女の正体を知らないこと、それは男にとって幸福だったのかも知れない。

 

 力を行使しなくとも冷酷で計算高いクララ・ランフランクという少女が、

 

 何の力も持たないチンピラとはいえ父に無茶な請求をして迷惑を掛けようとしている男をただで済ませる訳が無いのだから。

 

 クリーニング代は払おう。だがそれ以上を求めてくるのならば“本当の暴力”の一端を使って教えて上げる必要がある。

 

 生半可な暴力は使う物では無いのだと言うことを。

 

 

 

 

 

 しかし幸か不幸か、振り上げられた男の手が彼女の頬を殴り付けることはなかった。

 

 

 

「悪い、そいつ俺の友達なんだ」

 

 

 

 それは同時に彼女が本物の暴力を振るう必要がなくなったことを意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玉城は擦り傷と打撲だらけで地面に転がっていた。

 

 倒れている、といった方が相応しい様相を呈している。

 

 こんな目に合っているのはクララに絡んでいた男と喧嘩になり負けたからだ。

 

 

 

(痛ぇ……、これあばらいかれてるよな絶対……)

 

 

 

 本当は喧嘩するつもりなどなかった。

 

 どう考えても勝てない相手だった上に、話からするとクララに非があったのだから穏便にやり過ごそうとして、その結果殴られたのだ。

 

 それも仲間まで呼ばれて三人がかりでのリンチを受け、なけなしのお金が入った財布まで取られるという欲しくない特盛りサービスも付けられて。

 

 

 

(アホだ俺……、三対一で勝てるわけないってのになんでやっちまったのかな……)

 

 

 

 残念ながら彼は喧嘩が強い人間ではない。

 

 気が短く素行も悪いとは言え基本的に調子の良い馬鹿なだけなので体格差以前の問題だ。

 

 

 

 桜散って桜色のチビに関わったお陰でタコ殴り。

 

 本当に厄日であると思う。

 

 

 

 その厄をもたらしてくれた桜色のチビことクララは倒れ込んだ彼の顔を覗き込んで不思議そうにしている。

 

 

 

「……どうして、助けてくれたの?」

 

 

 

 勝てないのなら放って置いてくれれば良かった。

 

 ああいう状況に態々巻き込まれようとするなんて馬鹿のすることだ。

 

 見て見ぬ振りが世の常。

 

 周りに居る人間も怖そうな男に絡まれているクララを観てみんな目を逸らしていた。

 

 それこそが普通の反応。誰しも自らトラブルに巻き込まれたいとは思わないので痛い目に合いたくなければ極力避けるべきである。

 

 何かするとしても警察に連絡を入れるに留め自らの身は危険の外に置くのが正解だ。

 

 事実遠巻きに見ていた者は110番を入れていたのを目にしたし、それで充分であると思っている。

 

 クララ自身のことで言えばあの場でぶたれるくらいのことは考えていたし、父へ迷惑を掛けようという種の発言をした彼の男をこの後どうしようかとの算段を立てていたというのに。

 

 

 

「別に無理して庇ってくれなくても良かったのに。ああいう暴力馬鹿って時々凶器を持っていたり、リフレインをやってたりすることもあるんだから危ないだけだよ?」

 

 

 

 別に玉城が皆と同じように見て見ぬ振りをしたところで彼女は恨んだりしない。

 

 今日会ったばかりで適当に話をしただけの見知らぬ者同士。

 

 幾ら友達になろうと約束したからと言っても助けを求めたり求められたりするほどにお互い仲良しになった訳では無いと。

 

 

 

「それなのにこんなボロボロになっちゃって……痛いでしょう?」

 

 

 

 だが彼は助けた。

 

 

 

「ああ、痛いぜ……マジで……。あばらいかれた感じだし……殴られたところも痛い……。金まで取られたし……よ、ほんと、さ、なにやってんだって、感じだわ……」

 

 

 

 本当に痛い思いをしてなにをやっているのか? 

 

 玉城もそう思うしクララもまた右に同じ。

 

 だが、彼には彼なりの思うところがある。

 

 その思うところ、理由とは恐ろしく単純だ。

 

 

 

「ただ、さあ……、ただ……」

 

 

 

 至極単純で実に彼らしい馬鹿な理由であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “友達とか何とかの前にさ……、女の前ではかっこつけたいんだよ俺は……、”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かっこつけたい。ただそれだけだ。

 

 馬鹿にも程がある彼の女を前にしたときの行動は、男らしいとも言えば阿呆とも言える……そんなもの。

 

 欲を言うならヒーローのように不良達を殴り倒せればなお良かったのだが、生憎玉城はヒーローではない。

 

 好きな子にいい所を見せようとして捨て犬を拾ったら誤解された挙げ句『犬が可哀想だ』と批難される様な、そんな人望も信用もない男である。

 

 

 

「女にはいいところ見せたい……じゃねえか……」

 

 

 

 それでもやはり女の前では格好をつけたいという衝動を抑えられなかった。

 

 例えその相手というのが10歳ほどの子供であったとしても、女は女だとして。

 

 

 

「それにお前さ、俺のこと……、褒めてくれたろ……、俺みたいな……、頭の容量が2ビットくらいしかない馬鹿をさ……、勉強で褒めてくれたのって、マジでお前が初めてなんだよ……」

 

 

 

 よく頑張ったと褒めてくれたただ一人の女の子。

 

 そんな彼女を見捨てるなどという選択肢は最初からなかったのかも知れない。

 

 

 

「ああ~……痛ぇ……なァ、くそ……、これでお前が、同い年くらいのいい女だったらなぁ……、最高にかっこいい俺に惚れるなんてことが……、痛って……っ!」

 

 

 

 清々しいほどの馬鹿だった。

 

 女の前でかっこつけたいからなどというくだらない理由で勝てもしない喧嘩をした挙げ句ボコボコにされて転がる。

 

 

 

「おにーちゃん……」

 

 

 

 こんなに不利益なことはないと思う。

 

 助けたからと言ってただの自己満足で、助けた相手が必ず感謝してくれるわけでもないというのに。

 

 

 

「馬鹿だね」

 

 

 

 そんなことは当の玉城自身が良く分かっている。

 

 

 

「うるせえ……。ありがとうの一言くらい言いやがれ……、このピンクチビ……」

 

「だって、馬鹿なんだもん」

 

 

 

 助けてやったというのに失礼な事ばかり口走る彼女の顔がすっと近付いてきた。

 

 何をするのかと考える間もなく急接近したクララの可愛らしい小さな唇が紡ぐ。

 

 

 

 

 

 “ホント馬鹿だよお兄ちゃん……。”

 

 

 

 

 

「ッ──!?」

 

 

 

 頬を撫でる桜色の髪。

 

 擦り傷だらけで血に汚れた頬に掛かる髪の毛の感触に混じって感じた、ほんの一瞬の暖かみ。

 

 

 

「お、おま、なにし──??!」

 

「ソフトクリームがね、駄目になっちゃったからさぁ、その代りのご褒美」

 

 

 

 離れた少女が無邪気に微笑んでいる。

 

 

 

「クララも誰かに助けられるのなんて初めてだったから、ちょっぴり嬉しかったよ」

 

 

 

 子供なのに恐ろしいほど余裕の微笑みを浮かべる彼女に対し、玉城は一人慌てていた。

 

 それは頬とは言え、玉城真一郎にとって生まれて初めてと成る異性よりのキス。

 

 好きな子嫌いな子、男からにさえ受けたことがないほっぺへの口付けというメロドラマで有りそうな行為。

 

 

 

 幸せではなく厄を運んできた4月の桜は、最後の最後でほんの小さなご褒美を彼にもたらしてくれた様であった。

 

 

 

 

 

 それから間もなく救急車に運ばれていった玉城は全治三ヶ月の重傷と診断され強制入院と相成ったのだが、不思議なことに治療費入院費共に無料であったという。

 

 無論其れは本人の与り知らないところで小さな子供の姿をした壮年男性が全額負担してくれたのだが、おめでたい彼は『金持ち日本は遂に医療費がタダになったのか』と変な方向に解釈し、

 

 今度は法律を作り運用する側に立ちたいという思いもプラスされ、官僚・政治家を目指して益々無謀な大学受験にのめり込んでいくことになるのだが、2ビットと自負する己の脳が付いていけない事を終ぞ考慮することはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「馬鹿すぎ」

 

 

 

 あんな馬鹿は知らない。

 

 幾人もの狂信者や反体制組織。

 

 反乱の芽を持つ者達を右の瞳に宿る【絶対操作の力】を使い闇の中に葬ってきた彼女は人間の醜悪な部分を沢山見てきたが、あそこまで突き抜けた馬鹿は一度足りとて見た事がない。

 

 計画性も何もなく、凶器を隠し持っているかも知れないような無頼漢に対しただ本能の命じるままの行動を取る。

 

 

 

「外の世界って、あんな馬鹿ばっかりなのかな?」

 

 

 

 日の当たる場所にはこんな馬鹿が大手を振って生きているのか? 

 

 

 

 女にいいかっこがしたい。

 

 

 

 実にくだらない馬鹿の見本みたいな彼のような人間が、深い闇で生きる自分を助けようとする。

 

 滑稽だ。何もできない筈の一般人である彼が、何でも出来る自身のことを助けてしまったのだから。

 

 裏の世界、本当の意味での裏。反社会組織のような存在ではなく深淵の闇の世界。そこでは決して生きていけない無力な馬鹿。

 

 仮にそんな輩が自身の所属する世界に居たとしたなら真っ先に屍となるのがオチだ。

 

 飄々としつつ可愛らしく、それでいて純粋な冷酷さを持つというどこかしら普通とは違う彼女は、そんな過酷な世界に生きている。

 

 

 

「あはっ、変なの♪」

 

 

 

 物珍しいものを見させて貰ったと思う。

 

【嚮団】での生活を終えて初めて出て来たブリタニアの外。

 

 そこには実に変な人間が住まう優しい世界が広がっていた。

 

 

 

 ──面白いだろうクララ。

 

 

 

 救急車に運ばれていった玉城を見送っていたクララの耳に入る少年の声。

 

 不意に聞こえたその声、それは彼女の大切な父親の声であった。

 

 

 

「パパ♪」

 

 

 

 用事を済ませたから迎えに行くという話だ。

 

 

 

「変なお兄ちゃんが遊んでくれたよ」

 

 

 

 ──それはよかったね。まあ親としては知らない人と遊んじゃいけないって注意すべきなんだろうけど。

 

 

 

「でも悪い感じはしなかったよ? すっごく頭悪そうではあったけれどね~。“こっち側”じゃすぐ死んじゃいそうなくらいにさー」

 

 

 

 ──まあ確かに表の世界には、ああいう子が自由に生きられる環境があるよ。

 

 

 

 平和だからこそ過酷な世界では生きられない馬鹿も生きていける。

 

 死の覚悟もなく、殺し殺されることもなく、ただ静かに平穏に。

 

 クララの仕事はある意味その平和を護る仕事でもある。

 

 国は違えど表で自由にのびのびと生きる彼等の平和を。

 

 表を護る騎士や軍人、警察などに変わり、裏側から護る暗部の人間として。

 

 

 

 ──【嚮団】や裏の世界以外の外の世界を知るいい機会だから、いつも一人で遊んでないで色々交友関係を築いてみなよ。新しい発見があるかも知れないよ? 

 

 ──まあ彼がその第一号になりそうだけど。

 

 ──但し、君の情操教育に良くないと判断したら付き合うのは止めて貰うからね。

 

 ──ああそれと、君に酷いことをしたあの無頼漢に報復なんてしちゃ駄目だよ? 私的制裁は許されないし日本の警察組織に対する越権行為にもなるからね。

 

 ──まああの馬鹿な彼が盗られてしまったお金を取り返して上げるくらいはいいかな? もとは君が悪いんだしさ。

 

 

 

「……」

 

 

 

 娘を思う父としては変な友人は作って欲しくはないと念を押す。

 

 親馬鹿なところもあったが、クララ、そして【嚮団】の子供達を愛する父親として心配しすぎるに越したことはない。

 

 それだけ子供達を大切に思っている証でもあり、その思いは彼女や子供達一人一人にしっかりと伝わっていた。

 

 そして彼女がぶつかり服を汚してしまった男へ余計な事はするなとも言い含める。

 

 なにせクララは子供達の中でも上から数えた方が早いほど残酷な一面を持っている。

 

 注意しておかないと一応は一般人であった彼の無頼漢に何をするか分かった物では無い。

 

 故に念を押した父。

 

 

 

「……」

 

 

 

 ──どうしたんだい? 

 

 

 

 そんな愛する娘が何も返さない様子を訝しむ父の声に。

 

 

 

「あのねパパ」

 

 

 

 彼女は嬉しげに話す。

 

 

 

 

 

 

 

 “クララね、生まれて初めて人から助けられちゃった♪ ”

 

 

 

 

 

 

 

 今日起こった小さく些細な、そして心温まる出来事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でもさぁお兄ちゃん分ってるの? 一応あの時のブリタニアって日本の敵だったんだよ?」

 

 

 

 色々あった出来事を思い出していたクララは、自分がのし掛かっているダメで放っておけないお兄ちゃんを注意する。

 

 右目に浮かんでいた赤い鳥は消え、もういつもの濃い桜色の瞳へと戻っていた。

 

 

 

「それもどっちかの国が潰れちゃうかってくらいの大戦争をした怨敵ーって」

 

 

 

 何についての注意かと言えば、それは今放送中の戦争ドラマを観て日本が優勢な戦況ならばまだしも、ブリタニアが優勢な戦況の場面あっても好意的に見ているような彼の発言についてだ。

 

 太平洋戦争時のブリタニアは紛うことなく日本の敵。それなのに艦隊決戦で日本が劣勢になっても「おもしろい! 凄い!」と宣っているのだから始末に負えない馬鹿である。

 

 それでもまあそこまでならばまだ良い。今や日ブが強固な同盟下にある切っても切れない関係へと進化している間柄なのだからまだ分かるという物だ。

 

 しかし太平洋戦争のドラマ以外にニューギニア戦争の映像が出たとき「ああもうオセアニアもっと踏ん張れよ! あっさり終わったらつまんねーんだよ!」と口走ったのは頂けない。

 

 彼の国は紛う事なき敵性国家だ。日本にとっては仮想敵国ですらない真性の敵性国家だ。

 

 

 

「官僚・政治家を目指してるくせにロマンだなんだと敵の応援をするとは感心できませんなぁ~、そんなことだから今年も落っこちちゃったんだよ~」

 

 

 

 日本の官僚を目指している彼が日本の敵を応援するなど本末転倒である。

 

 そんな人間を採用してくれるような国家機関など何処にあるというのだろうか。

 

 

 

「いいだろ別に! ついでに暑くるしいからくっついてくんなっ!」

 

 

 

 だが玉城の方はと言えば、自分の背中にのし掛かってこられるのが暑いというだけでまるで聞く耳を持つ気配がない。

 

 物事を深く考えながら観ていた訳ではなく、男が戦争に抱く熱い何かの部分を刺激されていただけ。

 

 それなのにあーだこーだと文句を付けられる筋合いはないと言って。

 

 仮に身内や日本がこの戦争に関わっていれば、官僚・政治家、果ては総理大臣になって国の為に何かが出来る『かっこいい男』になろうと考えている彼のこと

 

 まったく別の視点で観て「艦隊決戦おもしれー」にはならない筈であろうが、如何せん日頃よりの言動や行動に加え、性格からしてダメ人間という面が強過ぎて誰もそう受け取ってはくれない。

 

 それこそ、今現在最も親しき間柄にあり、彼の数少ない理解者の一人でもあるクララでさえも、ダメニートと結論付けてしまう程に信用がなかった。

 

 ましてやクララの場合は彼のそういう馬鹿でダメな部分に母性本能を擽られており、まるでダメ男な玉城を好意的に見ているが故、いい男玉城などお兄ちゃんじゃないと言わんばかりに切って捨てるであろう。

 

 

 

『もしもお兄ちゃんがこのままダメニート一直線でもクララが養ってあげるから安心して♪』

 

 

 

 これが受験失敗の度に落ち込む玉城へと向けられる彼女の常套句となっているのだから寧ろダメニートで全然構わないのだ。

 

 

 

 

 

「だから離れろって、お前だって暑いだろ」

 

 

 

 確かに暑い。時は夏真っ盛りで今一番ノリに乗っている日本名物灼熱の太陽さんはその力を如何なく発揮し地上を焼き照らしているのだから。

 

 おまけに二人が居る部屋には冷房器具は疎か扇風機すらなく、唯一取れる涼は風通しを良くする為にと開けている縁側の窓から時折入り込む自然のそよ風のみ。

 

 ひとたびこれが無風状態となれば部屋はサウナ状態となり、36度前後が平熱である人間の身体がくっつけば嫌でも体温は急上昇だ。

 

 掻きたくもない汗も吹き出し、気持ち悪い事この上ない。

 

 

 

 無論玉城だけではなく、彼にくっついているクララも同様の暑さを感じている。

 

 いつもは下ろしている長い髪を首の後ろで一つに束ね、半袖のシャツに短パンと精一杯涼しい装いをしているのがそれを物語っていた。

 

 そのくせ『お兄ちゃん』と甘えながら引っ付いてくるのだから玉城からすれば堪った物ではない。

 

 そんな彼の不快な思いを感じ取ったクララは、すっと腕の力を抜いてのし掛かっていた身体を離す。

 

 

 

「じゃあ、ぎゅーしてくれたら離れてあげる」

 

 

 

 クララが口にした“ぎゅー”というのは、彼女が初等部の頃に玉城がよくしてあげていた行為。

 

 お兄ちゃんお兄ちゃんと本当の妹みたいに付いてきていたクララがちょっと可愛くてやっていた、大人が子供をあやす方法の一つである正面から抱きしめて背中をさすったりする行為だ。

 

 

 

「あのなぁ~、お前もうそんな歳じゃないだろ」

 

「いいからいいからっ。 ほらっ、ぎゅーってしてぎゅーって」

 

 

 

 クララはぱっと手を広げて万全の体勢を整えている。『クララちゃん準備中~!』などと実に楽しそうだ。

 

 これは梃子でもやるまで納得しないだろうと思った玉城であったが、彼の思った通り彼女は本当にやってくれるまでくっついてやる気満々である。

 

 暑いには暑いが、涼しいとお兄ちゃんのどちらを選ぶかの二択なら、どんなに暑かろうが迷わずお兄ちゃんを取る。

 

 彼女にはそれ以外の選択肢などない。常にお兄ちゃん一択なのだ。

 

 

 

「しょーがねーなー」

 

 

 

 何だかんだでいつも悩みを聴いてくれる年下の友達クララに甘い玉城は、頭を掻きながらも彼女の身体をぎゅっと抱きしめてやった。

 

 彼よりも頭一つ分は低い彼女の華奢な身体が、細いながらも筋肉質な玉城の身体に包まれる。

 

 

 

「これでいいか?」

 

「うん、すごくいいかも♪」

 

 

 

 柔らかい彼女の身体を抱きしめたまま後ろに回した手で背中をさすってあげると、嬉しそうに目を細めて頭を擦りつけてくる。

 

 普段から口達者で人を小馬鹿にしたような言動の多いクララだが、こうして“ぎゅー”をしてあげているときだけは別人のようにしおらしく、

 

 いつも以上に甘えてくるので、普通に可愛く見えるから不思議だ。そんなクララの事を玉城はけして鬱陶しいとは思わなかった。

 

 大学受験失敗の度にもう諦めろと言う周りの人間。

 

 クララの父にも『そろそろ身の振り方を考えなよ』と厳しい言葉を貰っている。

 

 その中で彼女ただ一人だけがいつも頑張ったねと褒めてくれるのだ。

 

 

 

 ある種の依存だろう。何があっても味方で居てくれるこの桜色の友人は心の支えと成ってくれているのだから依存というほかない。

 

 褒められると嬉しいが、その褒めてくれるのが彼女一人であるが故の関係性であった。

 

 

 

 素直に頷くクララも玉城の腰から背に腕を回して抱き着く姿勢となる。

 

 一度離れたことで空気に触れ、少しは下がっていた二人の体温がまた急上昇していく。

 

 本当は高校生になって発育も良く“女”を意識せざるを得なくなってしまったクララに、昔のノリでぎゅーをするのは恥ずかしかったりするのだが。

 

 なにせぎゅーをすると密着体勢となり、膨らみ行く胸部が当たって柔らかいし髪からも身体からも“女性としての匂い”が出始めている為に色々と拙いのだ。

 

 それでも玉城はクララを離さずにその小さな……いや、成長して身長も伸びてきたことで大きくなった背中をさすり続ける。

 

 背中に回した手に触れる一つに束ねられた髪の束。

 

 掴んで触るとそのしなやかさ艶やかさが良くわかり、自分の硬いつんつん頭とはまったくの別物である女性らしい髪質だという事が感じ取れる。

 

 

 

(……ああ、やっぱコイツも女だわ)

 

 

 

 昔はただの子供であったクララはいま、確かに一人の女性となりつつあった。

 

 

 

 一方“ぎゅー”をされているクララの方はというと、背中をさする手が温かくてとても心地良かった。

 

 そう、暑いではなく温かい。

 

 

 

 クララは背中で上下に動く温もりと真正面から抱きしめられることで得られる温もり、二つの温もりを感じながら静かに口を開く。

 

 

 

「お兄ちゃん」

 

「なんだよ」

 

「さっきはごめんね。そんなことだから今年も落ちちゃったなんて言っちゃって。クララだけはお兄ちゃんの味方でないと行けないのに気にしてること言っちゃってごめんね」

 

 

 

 口から飛び出したのは謝罪のは言葉。何度も受験に失敗しては落ち込んでいる姿を一番近くで見てきた自分が口にすべき事ではなかったと謝る。

 

 

 

「気にしてねーよ。毎年落っこちてるのは事実だしな。それに今更そんなこと言われて落ち込むようなガラスのハートでもないしなぁ……」

 

 

 

 彼女の謝罪の言葉を受けて気にするなと返す玉城であったが、流石に今年で通算八回目となる挑戦が見事玉砕で幕を閉じた事に、思うところが無いわけではなかった。

 

 親に迷惑は掛けられないからと自分に対する仕送りを断っておきながら、クララの父には迷惑を掛けている。

 

 周りは皆就職して一端の会社員や作業員、また公務員であったり技術職であったりと社会の中に出て行っているというのに

 

 自分は未だに道筋さえ付けられない夢を追い、大学受験を受けては浪人の繰り返し。

 

 

 

(俺……マジでやばいんじゃないか?)

 

 

 

 最近になって考えるようになっていた。遅すぎるだろうと突っ込まれそうだが良くも悪くもそれが玉城真一郎という人間なのだ。

 

 

 

「あははははっ、ホント落ちまくりだよねー。ドリフのコントも真っ青の超絶リアルな馬鹿さ加減だもんね」

 

「一回泣かすぞコラっ」

 

 

 

 笑われた玉城は嫌な現実を復唱されてまたイラッとしたが堪える。

 

 イライラすると余計に暑くなるのだ。人の神経を逆なでするのが上手いピンクちびの言動に一々反応していたらキリがないと。

 

 

 

「でもね、もしもお兄ちゃんがこのままダメニート一直線だったとしても、そのときはクララが養ってあげるから安心してよ」

 

 

 

 彼の思うところを鋭く察したクララは追い打ちを掛けるように投げ掛けた。

 

 受験失敗の度に頑張ったことを褒め、此処最近になって口にし始めるようになった新しい言葉を。

 

 

 

「お前いっつも言うよなそれ……。大体お前が安心って言葉を使うと途端に胡散臭くなるんだよ」

 

「どうして?」

 

「この世に安心なんてものはないだとか昔息巻いてた癖して今更自分に任せて安心しろとか舐めてるだろ?」

 

「舐めてないし真剣だし何回だって言うよ……養ってあげるから安心してって。だってクララはダメなお兄ちゃんを見てると放っておけなくなるからね。

 

 安心がないのはクララの居る世界でのことだからお兄ちゃんのいる世界には当て嵌まらないんだよ。強いクララが弱いお兄ちゃんを護って上げられる此処なら安心を保証する事が出来るって意味」

 

「だからなんでお前が強者になってんだよ。俺男でお前女。俺背ェ高いお前チビ。どこ見て自分のが強いとかいう意味不明な自信が湧いてくるんだ」

 

 

 

 初めて会ったときの出来事では自分が助ける側であったというのに、この少女の言い分。

 

 納得がいかない玉城は根拠があるのかと言い詰めるも暖簾に腕押し。

 

 それも仕方が無いのだ。玉城の居る世界とクララが居る世界。

 

 それは同じ世界にして違う場所なのだから。クララの居る世界で玉城は生きていけないだろう。

 

 だが玉城の居る世界でクララは生きていける。

 

 そして玉城はそのクララが生きている世界を知らない。

 

 平和な光の当たる世界でぶつぶつと文句を言いながら生きている彼には想像も付かない闇の世界に彼女は生きていた。

 

 闇に生きるクララが玉城を護る為に力を行使すれば、それ即ち強者クララ弱者玉城の構図が完成と成る。

 

 彼女が口にした自らが強者であるというのは間違いなく正しかった。

 

 その気になれば右目一つで簡単に人の命を奪える力を持ち、且つ最大限に威力を発揮させる使用法を心得ている彼女は確かに強い。

 

 だがなによりも強いのはその世界で生きられる心を持っていること。

 

 いつ如何なる時であろうとも他者の命を平然と奪うことが可能なその精神性。

 

 老若男女問わず敵であれば殺すという行為に躊躇いを持たない、訓練された暗殺者。

 

 そんな彼女と比較すれば玉城は所詮粗暴で口が悪いだけの草食動物でしかなかった。

 

 

 

「だってホントのことだもん。女の子であるとか体格差があるとか、そんなの些細な事でしかないの」

 

「前にか弱いだなんだ抜かしてなかったか?」

 

「か弱いけど強い。それが私クララ・ランフランク。女の子にはね、秘密が多いのだよお兄ちゃん」

 

「訳わかんねーよ」

 

 

 

 正直なところ、ここまで玉城のダメな部分を全面肯定しているのは世界中でクララ唯一人だけだろう。

 

 両親でさえ彼のダメなところに付いては諦めている。昔彼が出逢った少女などは彼のダメな部分を知らない。

 

 クララの父も、父の甥も姪も。およそ玉城真一郎という人間を知る者皆が『ダメなところがダメすぎる駄目人間』と言う。

 

 だがクララだけは違う。彼女の常套句は決して嘘ではなかった。玉城が本当にダメニートになってしまった時は自分が面倒を見るつもりで居るのだ。

 

 

 

「お兄ちゃんはね、クララのそばに居てくれるだけでいいの。その代わりに──」

 

 

 

 “クララの本当の家族になってよ”

 

 

 

 玉城は自分の事をじっと見つめて万が一の時は養ってあげるから家族になってと口にする妹みたいな友人から目を反らせなくなる。

 

 彼女の想いは強い。昔から、ずっと昔からただ彼だけを見つめ続けてきたのだから。

 

 あの日、初めて人から助けられるという行為を経験したその時からずっと。

 

 

 

「なあ、クララ。俺、前からず~っと考えてたことがあるんだけどさぁ」

 

「なあに?」

 

「お前、どうやって俺を養う気なんだ?」

 

 

 

 彼女は高校生。

 

 表の顔はアッシュフォード学園日本校高等部に通う女子高生だ。

 

 

 

「俺を養うだなんだって余裕が単なる高校生のお前にあるとは思えないんだけどな」

 

 

 

 確かにその通りで間違いではない。

 

 

 

「クララのお仕事の収入で養えるってことだよ。ただそれだけ」

 

「それだけって、お前の仕事って一体なんなんだよ」

 

 

 

 思わせぶりに口にする事があるクララの仕事。

 

 無論玉城は知らない。

 

 それは表の世界で生きる彼が知るべきではない話。

 

 この世には知らなくても良い事がある。知るべきではないことがある。

 

 クララの仕事は正に彼が知るべきではない仕事の極地だ。

 

 

 

「ん~とねぇ~、ん~と……。Secret,Agent?」

 

 

 

 Secret,Agent。

 

 抱き締められて気をよくした所為かポロリとこぼれ落ちたクララのお仕事を暗喩するキーワード。

 

 

 

「はぁぁ~?」

 

 

 

 アニメや物語の中だけに出て来そうな名を聞いた玉城はもちろん信じていない。

 

 Secret,Agentなど、普通に考えて真面目な話を茶化されたと受け取られるだけの言葉なので彼を責めるのはお門違いと言えた。

 

 

 

「なに映画みたいなこと言ってるんだよお前は。俺は真面目に聞いてるんだぜ?」

 

「真面目に答えてるよ。それからさ、そういうこと聞くっていうことはクララと家族になってくれるって意味だと考えても良いんだよね?」

 

「それとこれとは別だ」

 

「エエ~どうして~? 何が不満なわけ~? クララもおっぱい育ってきたしお兄ちゃんが言ってたいい女に近付いてると思うんだけど」

 

「色気が無いが総てだな。胸ばっかおっきくなったところでまだまだなんだよ。それにお前本気じゃないだろ」

 

「本気だよ! クララはいつだってお兄ちゃんへの想いは本気の本気なんだからね!」

 

「へいへいそうですか、あーうれしーわーおれー、クララみたいないい女に想われて-」

 

「あ~ッ! 信じてない~~ッ!」

 

 

 

 いつも軽く口にする所為かいまいち信じがたいクララの玉城を養う発言と、附随する家族になってよ発言。

 

 結局始まってしまった口論、痴話げんかのような物は、クララの父が帰宅するまで続いていた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「さて、もうすぐ25日だけど大丈夫なんだろうね?」

 

 

 

 もの凄く長く伸びた淡い金色の髪が特徴的な、少年の姿をした還暦越えの壮年の男が、眼前で平伏している青年に紅玉の瞳を向けている。

 

 男は形式上大丈夫かと訊ねている物の、大丈夫では無かろうと関係無いという威圧感を発しながら丸いちゃぶ台に置かれていた自分用の湯飲みを手に、

 

 己の前に居る青年に返答するよう促した。

 

 

 

「えー、そのことに付きまして御相談があり本日は参上した次第で……、ええ実はデスね、今月色々入り用で少しだけ待って頂くというのは」

 

「駄目、甘えるんじゃないよ。今月25日に3万円きっちり取り立てに行くから。ないなら私物差し押さえて売り払うから覚悟してよ」

 

 

 

 ずずっと湯飲みを傾けて中身を煽る壮年男性、クララの父ことV.V.は、予想通りの返答に、平伏している青年玉城真一郎を一言の下で斬って捨てた。

 

 

 

「そんな殺生なこと言うなよォォ! 俺とおっさんの仲だろォォ!!」

 

 

 

 思いも寄らぬと言うべきか、将又予想通りとでも言うべきか。

 

 冷たくあしらわれた玉城はV.V.の肩を掴んで縋り付いて喚き散らす。

 

 

 

「おっさん、あんたデカいマンションを何軒も経営してる超大金持ちなんだから、小さいアパートのたかが3万くらいの家賃滞納は笑って済ませてくれよォ!!」

 

「駄目駄目。そういう個人的な事とビジネスはまた別なんだよ。それと不満があるなら先月分と先々月分の家賃合わせて6万円、耳揃えて払ってからにして貰いたいものだね。それになに。たかが3万だって? 君、世の中舐めてるの? もういちど同じ事を口にしたら僕怒るよ? 仮に3万が1円であっても契約とその内容を反故にするような奴には容赦しないことにしてるんだ。大体君の住んでるアパートを元の権利者から買い取って家賃を6万から3万に下げてあげたのは誰だと思ってるんだい? 普通に考えれば生活に余裕も出てくる物だけど君の場合以前と変わらずの金欠っぷりと来ている。取りも直さずそれは君のお金の使い方に問題があるからだよ。君、クララにまでお金借りてるよね。僕が知らないとでも思ってる? 君は僕とそれなりに付き合い長いから知っているね? 僕が事情もなく嘘を吐く人間が大嫌いだって事。シンイチロウ、君もう24だろう? そろそろ現実を見据えてこの先を考えて貰わないと困るよ」

 

「おっ、俺は、俺には夢がっ──」

 

 

 

 尚も見苦しい言い訳を続けようとする玉城に対し、言葉を遮って畳み掛けるV.V.

 

 

 

 

 

「実現不可能だと判断した夢は単なる夢想に過ぎないよ。以前君の御両親が君の滞納していた家賃を払いに来てくれたことがあってね。毎月家賃を滞納していることを謝られた上に、僕にいい働き口は無いものでしょうかって相談して来られたよ。君ねぇ、恥ずかしくないの? 君も知ってる僕の姪のユーフェミアも夢想に近い事を言っているけど、あの娘にはブリタニ……ランペルージ家の人脈があるから夢の実現を目指せるわけでね、君みたいに出たとこ勝負の考え無しじゃいつまで経っても夢想で終わりだよ? おまけに親に迷惑を掛けないって言っておきながら親に家の家賃を払って貰っている。勝手に払っているから関係無いは通用しないからね。一応御両親にはもう受け取れないからとお引き取り願ったよ。君の就職口についてはうちの親族が経営しているKMFの部品工場のライン作業で欠員が出てるらしいからどうだろうと考えているんだけど真面目に考えてくれない? 未経験者歓迎という話だから君が腹を決めてくれれば直ぐにでもアルバイターから正規雇用の社員になれるんだけど。

 

 君は優柔不断で芯が無くて出たとこ勝負で馬鹿でアホでお調子者などうしようもない夢想家だけど、悪い奴じゃないのは分かってる。本当に悪い奴ならクララを助けたりしないし、あの子が懐くこともないからね。でも親としては心配なんだよ。君みたいな紐があの子の足枷になったりしないかと。腐った根性を叩き直す為にコーネリアとギルフォードに散々扱いて貰ったり、ルルーシュにスパルタで勉強を見て貰ったりしてコロコロ意見を変えたりする君の一番悪いところだけは矯正できたけどそれ以上の成果はない。まさかと思うけどブリタ……、ランペルージ家の財産を当てにしてたりしないだろうね? ランペルージ家の家長は僕の弟であって、僕に実権はないからクララと仲良くなったところでお零れには預かれないよ? というよりも本気でそんなこと考えてるなら二度とうちの敷居は跨がせないしアパートからも即時退去して貰うから。違約金も払って貰うし滞納した分についてはトイチの利息で行かせてもらうよ。なに? ランペルージ家の人間がブリタニア皇家の名前ばかり付けてるのが度胸有るし皇族とよく似ているだって? 話を誤魔化すんじゃないよ。今は君の将来についてどうするかって話をしてるんだから。クララの仕事? そんなの聞いてどうするの? それとも本気でクララの手伝いをしようとか考えてる? 

 

 それこそあの子の足手になるからいっそニートのままクララに養われながらの人生を終えてくれないかな。コーネリアに色目を使うのもやめて欲しいんだけど。クララの気持ち気付いてるよね? あの子泣かせたら許さないから」

 

「勝手に話進めんなっ! ていうかおっさん俺のことをどんな目で視てやがるんだよっ!!」

 

「夢想家の駄目人間。それとまだまだいい足りないからこの際とことんまで言わせて貰うよ駄目人間」

 

 

 

 クララという少女を除けば接点皆無な二人の間柄。

 

 それは良く行くBARと居酒屋での飲み友達。

 

 そして──玉城が借りている部屋の大家と借家人にして、厳しい先生と出来の悪い生徒。

 

 そういう関係であった。

 

 

 

「この間実家に帰ったときマリーベルっていう僕の姪っ子の一人が君の写り込んでいた写真観てビックリしてたけど、君なにやったの? ていうか姪っ子と何処で知り合ったの? 

 

 姪っ子の護衛してる娘が姪っ子から君の話を聞いて斬り捨ててやるとか息巻いてるんだけどどうするの君?」

 

「おっさんの姪なんてネリーとユフィとナナちゃんくらいしか知らねーよ!! マリーベルだ?! どこの花の魔法使いなんだよそれっ! ていうかなんでその護衛ってのがそんなキレてるんだよ!?」

 

「姪っ子の話では昔君に泣かされたことがあるとかいう話でね。何か知らないけどえらく君に会いたがっていたよ。ただそれを聴いた護衛の娘が主を泣かせた奴は私の敵だって言っててね」

 

「知らん知らん俺は無実だっ!! それに俺そんな危ない取り巻き連れてる姪っ子ってのとは請われても会いたかねえから絶対に連れてくんなよっ!!」

 

「そこは安心していい。その姪っ子は特殊な仕事をしている関係でそうそう会えるような身でもないから」

 

「そ、それならいいんだけどな」

 

 

 

 ランペルージの実態について玉城は何も知らない。

 

 自身が住むアパートの新しい大家と成った大金持ちの爺さん兄弟が経営する企業。

 

 良くあるブリタニア人の名字。

 

 事情は知らないがランペルージグループの経営者一族であるV.V.の娘クララの名字がランペルージではない。

 

 分かっているのは精々それくらいである。

 

 

 

「大体にして君は僕の一張羅を吐しゃ物まみれにしてくれた頃からずっと人間的な成長が止まって──」

 

 

 

 いい加減に生き方を決めろと玉城を詰めるV.V.の説教は終わらない。

 

 娘が懐いているが故に彼をダメニートのままで居させるわけにはいかないという親心が其処にはある。

 

 例え娘の収入で彼を養えるとは言ってもそれはそれ、これはこれだ。

 

 

 

 

 

 これが単なる馬鹿にしてお調子者の玉城真一郎と、プライベートにおいてはランペルージという仮の姿も持つブリタニア皇家の、いつの間にやら紡ぎあげられていた不可思議で奇怪な縁の顛末であった。

 

 

 

 

 

 

どのカップリングの恋愛が見たいですか?(いずれもそれぞれに書いております・また書いていきます。新しいカップリングも増える可能性あり。

  • 嶋田繁太郎×モニカ・クルシェフスキー
  • 嶋田繁太郎×ユーフェミア・リ・ブリタニア
  • 山本五十六×リーライナ・ヴェルガモン
  • 南雲忠一×ドロテア・エルンスト
  • 玉城真一郎×クララ・ランフランク
  • 玉城真一郎×マリーベル・メル・ブリタニア
  • 澤崎敦×井上直美
  • レオンハルト×マリーカ・ソレイシィ
  • 原作ルルーシュ×シャーリー・フェネット
  • ルルーシュ(休日)×ミレイ
  • オデュッセウス×皇神楽耶
  • ジェレミア×ヴィレッタ・ヌゥ
  • 枢木スザク×ナナリー・ランペルージ
  • コーネリア・ランペルージ×ギルフォード
  • 高麗大佐×奥様(書けたら(-_-;)
  • 鳩川雪夫×ストーカー女(書けたら(-_-
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