帝都の休日 短編連作群保管庫   作:休日

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これは自作【帝都の休日本編】である嶋田繁太郎×ユーフェミアルートの近未来として当初考えていた短編作品ですが、本編とは無関係の単体の派生作品として観てくださっても問題はありません。
作品内に於ける現象のモデルは田中光二氏著作の歴史群像新書、【超空の艦隊】に登場している時空を繋ぐ雲となります。
やはりオズでのリーライナ登場以前に書いた作品なので彼女の言葉遣いが原作とは異なっております。
オリジナル設定とオリジナルKMFが登場しておりますのでその点も御注意ください。


休日&楽隠居の??年後、或いは別の世界線【日ブ海軍甲事件】」

 

 

 

 

 帝都の休日 外伝 海軍甲事件

 

 

 

 

 

 環太平洋──正確には太平洋を跨いで隣り合う大日本帝国と神聖ブリタニア帝国を中心に、両国と友好関係にある東南アジア及び南ブリタニア諸国の海軍が、一年に一度ハワイ近海に集まる日──8月8日。

 

 この日は太平洋に面する国々にとって歴史に刻まれた特別な日である。

 

 1940年の同月同日に勃発した史上最大級の大戦争──太平洋戦争。

 

 二つの客船が絡んだとある事件を発端とし、不幸なすれ違いと陰謀の果てに起きた忘れ得ぬ悲劇。

 

 血と硝煙と怨嗟が南北太平洋全域を覆い尽くした忌まわしき記憶が刻まれた日。

 

 日本が、ブリタニアが、戦う必要のない戦争へと突入し、憎み合わなくても良い憎しみを抱いて血で血を洗いながら殺し合った。

 

 太平洋列強三国の天秤が大きく傾き、間隙を突いた南の大国が平和を謳う太平洋の国々と東南アジアの一部へ襲いかかり、飲み込んだ。

 

 東南アジアの、そして南ブリタニアの力を持たない国々が助けを求めることも出来ず、ただ迫り来る侵略者の恐怖に脅えていた。

 

 その忌まわしき記憶の全てが集約する日、8月8日。

 

 彼らはこの日を太平洋が一つになるべき日であると定め、各国海軍が一堂に会し肩を並べながら戦友として戦うべき日であると制定した。

 

 特に日本とブリタニアは二度と互いを疑わない。信じて信じて信じ抜くとの想いを込め、この日と、終戦の日である8月15日には各地で追悼式典や友好行事を開いている。

 

 それは二度と同じ過ちは繰り返さないという両国の強い意志の表れ。

 

 ある意味、この場に集った海軍が行うのも、それら友好と追悼の催しの一つであると言えるであろう。

 

 嘗て第一線にて刃を交え、死闘を演じた者達の子孫が、こうして信頼を寄せ合う友として集っているのだから。

 

【環太平洋合同軍事演習】

 

 それが年に一度、日ブが激戦を繰り広げたハワイ沖を舞台に行われる、8月8日の慣例行事であった。

 

 

 

 *

 

 

 

 今年も数多くの艦艇や浮遊航空艦。航空機、KMFなどが演習地域の空と海を埋め尽くしている。

 

 日本からは改鳳凰級と呼ばれる10万tを優に超える巨大な航空母艦が2隻に、空前絶後の12万t級戦艦大和(改大和・新大和・超大和級等の呼称で同級は大和・武蔵の2艦のみ存在)

 

 他、巡洋艦・駆逐艦などの護衛艦艇が36隻と強襲揚陸艦が2隻。航空機180機、KMF100騎。

 

 ブリタニアも同規模の空母ブリガンテス・イングルバラの2隻に護衛艦艇40隻。強襲揚陸艦2隻、航空機200機、KMF160騎。

 

 他には両国の浮遊航空艦艇が10隻ほどと、補給艦などの補助艦艇も併せれば日ブの2国だけで今すぐ戦争が可能な程の陣容が整っていた。

 

 両国以外の国々も、その国の事情にあった艦艇が参加しており、演習予定海域は各国の軍艦が犇めきあっていた。

 

 如何に重要な日の演習であるとは言え、これだけの陣容を揃えるのには無論訳があった。一つは同盟国へのアピール。そしてもう一つは仮想敵国への無言の圧力である。

 

 演習でさえこれだけの戦力を惜しげもなく動かす事ができる。それが可能な資源・経済力・軍事力に裏打ちされた国力があるという証明。

 

 “我らの勢力圏に手を出すな”

 

 早い話が永の仮想敵国である合衆国オセアニアとその衛星国や支援国によって構成される、南天条約機構。

 

 新興の大国清に対しての牽制である。無論、高麗も若干……いや、僅か……。……意識しているのかは何とも言い難いが、チラ見くらいはしていたが……。

 

 といって、この陣容に挑める仮想敵の海軍国などオセアニアと南天以外に存在しないのと、太平洋戦争から近年に掛けてのオセアニアの被侵略国が揃って参加している処を見る限り、明らかに同国を主敵と見据えた物である。

 

 そんな諸々の事情から演習海域に集った大艦隊の総旗艦を務める戦艦大和のCICでは、現在、蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。

 

「まだ通信は繋がらないのか!?」

 

「ダメですっ! 応答有りませんッ!!」

 

 騒ぎの原因は三十分ほど前に突如として上空に現れた紫色の雲。快晴だった空にどこからとも無く滲み出てくるように発生した雲であったが、その雲が直接艦隊に何か悪影響をもたらしているのかと言えば、実はそういう訳でもなかった。

 

 強力な電磁波を発しているのなら艦艇やKMF・航空機の機械類が故障したり、不具合が出たりして非常に宜しくない。また、台風のような暴風を伴っているのならば直ぐにでも海域を離脱しなければ危険である。

 

 だが、雲はただ上空に浮かんでいるだけで、風に流されたり形を変化させたりもしなければ、荒ぶるような事もなく、その場で静かに留まっているだけなのだ。

 

 では、一体何を騒いでいるのか? 

 

 それは、艦隊上空に展開していた2騎のブリタニア軍機が、前触れもなく現れた件の雲に飲み込まれて通信が途絶えてしまったからであった。

 

 しかも、その通信が途絶えた2騎にはブリタニアのナイトオブテン、ルキアーノ・ブラッドリー親衛隊を得て、後に独立部隊となったグラウサム・ヴァルキリエの指揮官──リーライナ・Y・ヴェルガモンと。

 

 同親衛隊出身者で現ヴァルキリエ隊の副官を勤めるマリーカ・ソレイシィが騎乗していた。

 

 もし、この消えた2人が無名の一般兵であったならばこれだけの騒ぎにはなっていなかったであろう。

 

 しかし、彼女達の立ち位置という物がこの騒ぎに拍車を掛けているのだ。

 

 リーライナ・Y・ヴェルガモン。

 

 マリーカ・ソレイシィ。

 

 2人は共に神聖ブリタニア帝国の名家、ヴェルガモン伯爵家とソレイシィ辺境伯家の次期当主という高位の貴族であり、万が一のことがあった場合、各方面に大きな影響が出ること必至の人物なのだ。

 

 無論、これが爵位を持たない一般兵であったとしても救助と、このような不可解な自体の原因究明に全力を挙げる事には変わりない。

 

 がしかし、事故に巻き込まれたリーライナとマリーカは、やはりその名が大きすぎた。

 

 彼女達に何かあれば数百万人もの両家の領民がその影響を受け、ブリタニアの政界や貴族社会にも大きな波紋が広がる事になるのだから。

 

「や、山本長官……、ヴェルガモン卿が……」

 

 2人との通信が途絶えたと知れ渡ったとき、大和のブリッジにいた者達全員が提督席に座る男を振り返った。

 

 雲に飲み込まれて通信が途絶えたリーライナ・Y・ヴェルガモンは、ヴェルガモン伯爵家の次期当主であると同時に、その席に座る人物、嘗てのニューギニア戦争でオセアニア海軍を相手に完勝した英雄──山本五十六の妻なのだ。

 

 この合同演習の為に一時復帰しているとはいえ既に彼は引退して久しく、普段の動静など余人には知る由もなかったが、その仲睦まじい夫婦の間柄は日ブの識者や軍関係者の間では良く知られていた。

 

 それ故に、如何な英雄山本と言えど心の平静を失い動揺しているのではないか? もしそうなら少しでも励ましの言葉を掛けたい。

 

 齢66になる老人の事を、父のように慕い憧れている日本海軍将兵達はそう考え彼を振り返っていたのだが、彼らの予想とは違い山本は冷静その物な姿勢を崩すことなく、演習を一時中断して捜索に当たるよう指示を出している。

 

 目の前で愛妻が行方不明になっているというのに冷静なその様子に、「流石は山本長官だ」という声が上がり、自分たちが父と慕う彼の為にも行方不明の奥方を必ずや見つけ出してみせると決意した将兵皆が捜索に移っていく。

 

 しかし、彼らは気付かない。

 

 何があろうと冷静さを失ってはならないのだという持論を持ち、事実そうであるべき立場の彼の拳が、異様なまでに強く握りしめられ血が滲んでいたことに。

 

 彼は平静を装いつつも心の中では大きく動揺していたのだ。

 

 例え表には出さなくとも愛する妻を心配する男の姿が、そこに確かな形として存在している。

 

 そして、そんな彼と同じく動揺を隠せないで居たもう一人の人物が大和の通信チャンネルに割り込んできた。

 

『山本指令ッ!』

 

 メインモニターに映り込んだのは目付きの鋭い青年。神聖ブリタニア帝国対テロリスト遊撃機甲部隊グリンダ騎士団所属のエース、レオンハルト・シュタイナー。

 

 本来、対テロ部隊所属の彼が正規軍同士で行われる演習に参加しているのは、これが南ブリタニアに拠点を持つ国際テロ組織、民主共和制原理主義組織──ペンタゴンの海上テロをも想定した総合軍事演習であるからだ。

 

 オセアニア以下の民主共和制原理主義国家から手に入れたのか、ペンタゴンはKMFは疎か、普通の民間船に擬装していたが明らかに軍艦であると見られる堅牢な船までをも所有し、要人誘拐や客船襲撃を繰り返している。

 

 それも南ブリタニア周辺海域だけではなく、遠く合衆国東アフリカや中東の海域でまで。

 

 今まで幾度にも渡り南ブリタニアの拠点を潰してきた日ブ両国であったが、未だ最高指導者ジェファーソン・デイビスの逮捕には至っていない。

 

 そんな事情もあってグリンダ騎士団所属の兵が同騎士団が保有する浮遊航空艦の3番艦ブラッドベリーと共に多数参加していた。

 

 その一人がレオンハルトなのである。

 

「何用かシュタイナー卿」

 

『はッ! 僭越ながら申し上げますッ! 私にッ、このレオンハルト・シュタイナーにヴェルガモン卿とソレイシィ卿捜索の為、上空に現れた雲への突入許可を与えて下さいッ!』

 

 鬼気迫る必死の形相で訴えてきたブリタニア軍の青年に──

 

「…………却下だ」

 

 しかし山本は無情な一言を告げる。

 

「何故ですッ!? このまま手を拱いていてもお二方が戻ってくる保証がない以上、此方から雲へ突入し捜索する以外に手はありませんッ!!」

 

 怒鳴り散らす様な青年の必死さは良く理解できる。何せ山本自身、彼と同じ立場なのだ。

 

 妻と共に行方不明となったマリーカ・ソレイシィは彼の青年レオンハルトの婚約者。

 

 山本は妻を通して付き合いのあるマリーカやレオンハルトの事は良く知っている。無論彼らの仲が余人の立ち入りを許さない深い物であるということも。

 

 だからこそ、今すぐ飛んでいきたいという彼の気持ちが痛いほど理解できるのだ。今の彼と同じく、自分自身があの雲に突入したいと考えているくらいなのだから。

 

 だが──

 

「あの雲の構造が解明できない以上、危険性を考慮して内部への突入許可は出せん」

 

 この場に展開している艦隊を預かる将としてはそのような無謀な行動を起こすわけには行かない。彼個人の話ではなく何万という将兵の命を預かっている以上仕方のないことだ。

 

 また、あの雲には不確定要素も多く、危険性を考慮してレオンハルトが捜索の為に内部へと突入する事も許可できない。

 

『くッ! あなたは……っ!!』

 

 無論レオンハルトとてブリタニア帝国の騎士である以上、そんな事は言われずとも分っている。

 

 しかし、事が自身の愛するマリーカの命に関わるかも知れないので、割り切ることができないのだ。

 

 そして自身と同じである山本が冷静に、且つ冷徹な判断を下しているというのが納得いかなかった。

 

『山本長官……ッ、いや、山本さんはリーライナさんが心配じゃないのかッ!?』

 

 軍に居る以上プライベートではないのだから私情で話すような口の聞き方は許されない。

 

『あの雲の中でリーライナさんが危険にさらされているかも知れないんだぞッ!!』

 

 だが、山本の冷徹な判断に頭に血が上った彼は、艦隊司令ではなく、年上の友人としてお付き合いをしている山本に対して辛らつな言葉を投げかけていた。

 

「心配じゃないのか……か。無論私も……俺もレオンくんと同じでリーラの事が心配だ」

 

『そッ、それなら──』

 

「だが、今の俺は私情で動く立場ではない。預かっている艦隊将兵全員の安全を考えながら指示を出さねばならんのだ……ッ!」

 

 思うように動けない自分の立場に忸怩たる思いを抱く山本の姿を見たレオンハルトは。

 

『……話に……ならないッ……』

 

 歯を食いしばって一言吐き捨てると、乗機ブラッドフォード・ディバイダーの操縦桿を握る手に力を入れ、戦闘機形態フォートレスモードへと変形させ。

 

『これよりレオンハルト・シュタイナーは独自の判断で動きますッッ!!』

 

 山本の命令を無視して上空に浮かぶ紫色の雲の中へと突入していった……。

 

 

 

 ***

 

 

 

「どうなっているの、この雲は……?」

 

 不気味な紫色の雲に突入してしまったリーライナが雲を抜けると、そこは何処かの島嶼の上空だった。

 

 計器類は狂い、座標こそ分からない物の、太平洋の何処かなのは間違いないと思われる。

 

『リーライナ先輩っ』

 

 未知の現象を体験し、少々戸惑いの色を見せていた彼女の耳に聞き慣れた女性の声が入ってきた。

 

「マリーカ」

 

 聞こえた声の主の名を呼ぶと、乗機であるヴィンセント・カスタムと同じ機体が彼女の側に飛んできた。

 

 彼女の部隊であるヴァルキリエ隊のメンバーで、部下のマリーカ・ソレイシィだ。

 

「貴女も巻き込まれたの?」

 

『そう、みたいです……。先輩……ここ、一体何処なんでしょうか……?』

 

 何事にも凛とした姿勢を崩さない自身と同じく士官学校首席卒の才媛にしては珍しく動揺の色を見せている。

 

 もちろん自分自身も戸惑っているので人のことを言えるような身ではないのだが。

 

「わからないわ。太平洋の何処かではあると思うけど」

 

 全天モニターに映し出される地上の様子。

 

 本来そこにある筈の海上を埋め尽くす日ブとその友好国からなる連合艦隊の姿はなく、見渡す限りの何もない水面が広がっていた。直ぐ近くにあるのは精々幾つかの島だけだ。

 

 そして後ろを振り返ると、そこにはまだあの紫色の不気味な雲が煙のようにモクモクと蠢きながら青い空に異彩を放っている。

 

「あの雲がここに繋がっていたのは間違いないみたいね」

 

 では逆に此方からあの雲に突入すれば元の演習海域に戻れるのではないだろうか? 

 

 無論確実性には乏しく、入ったからといって元の場所に帰れる保証など何処にも無い。

 

「もう一度あの雲に突入するわよ」

 

 しかし、それ以外に方法が無い以上は、確証が有ろうと無かろうと入らざるを得ないのだ。

 

『ええっ! またあの気持ち悪い雲に入るんですかっ!?』

 

「気持ち悪くてもアレに入らないと元の海域に戻れない以上仕方ないでしょう?」

 

 嫌がるマリーカに入らないと帰れなくなるかもと言い聞かせるリーライナ。

 

 どう考えたところであの雲が原因なのは疑いようのない事実。

 

 そうである以上あの雲に入れば向こう側に通じている筈なのだから嫌でも入るしかないのだ。

 

『うう、わかりましたよ』

 

 リーライナはイヤイヤながら頷くマリーカに先行する形で雲に入ろうとした。この雲の向こうに居るであろう友軍と合流するために。そして愛する夫の元に戻るため。

 

 無骨で融通が利かなくて昔気質な古い考え方しかできない人だが、ああ見えてとても優しく心配性なのだ。

 

 立場上そういった様子は見せないであろうが、きっと自分が居なくなってしまった事で内心凄く動揺しているに違いない。

 

 それだけ想われている自信もあるし、自分が彼の立場であったならばやはり心配で居ても立っても居られなくなること確実だから。

 

「いっくんって見掛けが頑固な昔気質の人に見えるけど、あれで凄く心配性だから向こうに帰ったら何て声を掛けようかし──!?」

 

 誰に言い聞かせるでもなく呟きながら、心配性な夫にどう声を掛けようかと悩んでいたその時であった。今まで狂いっぱなしだったレーダーが俄に反応を示したのは。

 

『え、何……?』

 

 どうやらマリーカ機のレーダーにも反応があったらしい。

 

「近くを飛行している航空機があるみたいね」

 

 レーダーには10前後の光点が映っていた。

 

 航空機が飛んでいること自体はそんなに珍しいことではない。今の世の中、世界中何処にでも飛んでいるし、海の上でも陸の上でもレーダーに反応があるのは寧ろ普通だ。

 

 だが、此処が知らない海域である以上、何処かの国の領空を侵犯している可能性がある。

 

 これが同盟国日本なら何も問題は無い。識別反応で此方がブリタニア機であるのは直ぐ分かるし、日ブの間に領空侵犯などといった概念は無く、基本的に両国間の間は行き来が自由だ。

 

 個人的なことで言えばリーライナ自身自由に出入りできる身分にあるので、トラブルになったとしても身元を調べて貰えばいいだけの話である。

 

 地位を自慢する訳では無いが、伊達にヴェルガモン伯爵家の家名を背負っては居ないのだ。

 

 ただ、北太平洋は全域が日本とブリタニア二国の領海なのだから良いとして、もし此処が南太平洋だとしたら全ての話が変わってくる。

 

 南太平洋は北部を除いてほぼ全域が合衆国オセアニアの領海に当たるからだ。

 

 このヴィンセント・カスタムならばオセアニアのKMFなど10騎単位で襲いかかってきても余裕であしらえるだけの性能があったが、戦闘機や攻撃機が相手となると少々勝手が違ってくる。

 

 一応この機は第10世代機に搭載予定の兵装の試験機的な側面もあり、10世代機をエナジーウィングで統一することが念頭に置かれ、一般兵が耐えられるようGを軽減させた簡易型エナジーウィングを搭載していたが、

 

 流石に第9世代機であるフリーダムやランスロット・アルビオン等の、戦闘機相手でも優位に戦えるような化け物などではない。

 

 あんな異常とも言える運動性もなければ、自分自身、第9世代機を乗りこなせるような超人的身体能力もない。当然ながらその為の訓練も受けた事は無く、真のエナジーウィング機を操るなど到底不可能。

 

 この機は精々音速を若干上回るくらいの速度しか出ないし、刃状粒子の射出もできない第8世代から8.5世代といった感じの機体だ。もしもオセアニアの第5世代戦闘機が飛んできたら分が悪すぎる。

 

 尤も、此方がブリタニア軍機であると知った上でいきなり攻撃してくる事は無いと思うが……。

 

 仮にそんなことをすれば日ブ双方を同時に敵に回すことになり、オセアニアにとって不利益以外の何物でもないのだから。

 

「でも、あのオセアニアなら絶対攻撃してこないと言い切れないのが怖いところか……」

 

 極東の半島国家高麗とはまた別の意味で何を考えているのか分からないのがオセアニアだ。

 

 欧州の反乱勢力が起こした混乱の隙を突いて旧メリナ王国、セーシェル、モーリシャスを自国の版図に加え、欧州がまだ勢力圏に加えていなかった東アフリカ沿岸地域を武力制圧して傀儡国家を作り上げたうえ、

 

 太平洋戦争では日ブの激突を尻目に南太平洋に存在していた旧大洋州連合や、ニューギニア南部と周辺の島を占領し版図に加えた油断ならない相手。

 

 ここ二,三十年の間で見ても南ブリタニアや東南アジア相手に平然と戦争や武力紛争を起こし、一度は日本とまでぶつかったかなりの国力と軍事力を持った閉鎖国家。

 

 もしもレーダーに映っている機影がオセアニア軍機なら、逃げようとしてもどうせ追いつかれる。ならばここは此方から呼び掛け、敵意はないと示しておいた方が得策か。

 

「此方から呼びかけるわ」

 

『Yes, My Lord』

 

 通信回線をオープンにしたリーライナは、此方に向かって飛行している10機前後の航空機編隊に応答を呼びかけた。

 

「こちら神聖ブリタニア帝国軍所属リーライナ・Y・ヴェルガモン。予期せぬ事故により当該空域に迷い込んだ次第であり、侵略的意図を持っての侵入ではありません。貴隊よりの応答を願います」

 

 しかし…………繋がらない。

 

『先輩、応答有りません』

 

「わかってる。もう一度呼びかけてみるわ」

 

 確実に聞こえている筈だというのに応答のない相手に、再度同じように呼びかけてみた。

 

 それでもやはり応答無し。

 

「おかしいわね。10機近くもいて全機無線が壊れてるなんてこと有り得ないし……」

 

 不審に思いながらも編隊に向けて外部カメラをズームアップしてみる。

 

 すると。

 

「え? あれ……日の丸じゃない?」

 

 その編隊飛行する航空機には見慣れた赤い丸が描かれていた。

 

 つまり応答のない相手は日本機ということだ。だが、何かがおかしい。

 

「あ、あれって……ッ」

 

 鋭い鋭角状の鉄の怪鳥を思わせる現在の戦闘機とは異なるトンボのような外観。プロペラを回転させて飛翔しているのでジェット機ではない。

 

 無論、現代でもセスナや民間機にプロペラの航空機というのはあるし、軍でも普通に残っていた。

 

 だが、アレは違う。アレは世界中捜しても編隊飛行しているのが有り得ない航空機だ。

 

「まさかッ……零戦……ッ?」

 

『嘘っ!? あれ……零戦って……っ……昔の日本のっ!?』

 

 そう、飛んでくる編隊は太平洋戦争時よりも更に前の時代の日本の戦闘機だったのだ。

 

 現在では空戦の主流は第5世代ステルス戦闘機とKMF+浮遊航空艦となっており、最早博物館にしかないような零戦を現役で運用しているはずがない。

 

 太平洋戦争の時でさえ日本は初期、というか世界初のジェット戦闘機を運用しており、当時でさえレシプロ機の零戦は時代遅れの代物と化していた。

 

 そんな歴史の中にだけしか存在しない物が太平洋上空を堂々と編隊飛行しているのだから驚くなという方が無理な話だ。

 

 こんな光景はそれこそタイムスリップでもしなければ見ること適わぬ、現代という時間軸の意味での、この世の物では無い光景であった。

 

 そんな光景を目の当たりにして衝撃を受けた2人が暫しの間絶句していると、2騎のレーダーに件の零戦隊とは別の物と思われる新たな光点が出現した。

 

 その光点は明らかに日本機目掛けて一直線に近付いている。

 

「──っ!?」

 

 まるで行く手を塞ぐかのように現れた光点は、零戦隊を狙っているように徐々に徐々に近付いていく。

 

「何かわからないけど行くわよマリーカっ!」

 

 嫌な予感がした。虫の知らせというかそのような感じの、今この瞬間、あの零戦隊を追い掛けなければ大切な何かを失ってしまう。

 

 そんな予感に突き動かされたリーライナは、乗機のエナジーウィングを展開したまま機体を急加速させて、零戦と零戦を狙っているであろう光点が現れた空域へと飛翔した。

 

『あ、待ってください!』

 

 置いて行かれまいと続くマリーカもエナジーウィングを展開して急加速し、先を行くリーライナ機を追いかけていく。

 

 音速の領域に達した2騎は一瞬にしてその場から遠ざかっていった。が、丁度その直ぐ後のこと──紫の雲から行き違いとなる形で到着した機影があった。

 

「何処なんだ此処は……ッ!」

 

 消えてしまった2人を捜索する為に向こう側から紫の雲に突入した戦闘機。

 

 いや、戦闘機形態であるフォートレスモードに変形したレオンハルト・シュタイナー乗機のブラッドフォード・ディバイダーである。

 

「マリーカさんはッ……!」

 

 彼は自分と同じ様にこちら側に居る筈の愛する婚約者の機体を捜した。

 

 目視できる範囲には居なかったが、雲に入った直後からレーダーが反応しなくなっていたので目で捜す以外に無いのだ。

 

 しかし、そんな彼の機体も、リーライナとマリーカがそうであったように間もなく異常を示していた全計器類が回復し、レーダーに味方機の識別反応を表す光点が2つ現れた。

 

「これはッ、マリーカさんとヴェルガモン卿かッ!?」

 

 吸い込まれた2人の機体であるとは決まっていなかったが、移動する速度や雲から誓い機影である処から当たりを付けた2機を追走。

 

 同時に彼女達が向かう先には数十の光点があり、彼女達がそこへ向かっていると知った彼は機体を急加速させた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 その頃、3騎のブリタニア軍機が向かった空域では、先に居た10機程の古めかしい戦闘機、零戦艦上戦闘機と、零戦……というより、零戦が護衛している一式陸上攻撃機と呼ばれる双発の機体を狙って現れた、

 

 星のマークが描かれし敵国アメリカ合衆国の戦闘機P-38ライトニングが戦闘状態に陥っていた。

 

「くそっ、振り切れないっ!」

 

 一式陸上攻撃機の中では、アメリカ軍機を振り切ろうと必死な操縦士が絶望的なこの状況に冷静さを失い叫んでいた。

 

 そんな彼を余所に、ただ1人鞘に収まった軍刀の切っ先を床に立てたままの姿勢で静かに前だけを見ている男の姿があった。

 

 短く刈り込んだ坊主頭に、生真面目で頑固な印象を受ける顔つきをした四十代くらいのその男の名は──

 

 大日本帝国海軍大将にして連合艦隊司令長官 山本五十六。

 

 彼は、激戦続く“太平洋戦争”の最中、ショートランド島方面への視察と激励に向かうため、一式陸上攻撃機に乗り込みニューブリテン島ラバウル飛行場を飛び立っていたが、

 

 丁度、ブーゲンビル島上空に差し掛かったところで待ち伏せしていたアメリカ軍のP-38戦闘機16機による襲撃を受けたのだ。

 

「暗号を解読されていた……ということか」

 

 こちらは一式陸攻2機に零式艦上戦闘機6機。

 

 対するアメリカ側はP-38ライトニング戦闘機16機。

 

 彼我の戦力差は数だけで見ても倍、そのうえ敵方からの奇襲攻撃ということもあり、此方が不利であるのは火を見るよりも明らか。

 

 それも護衛の零戦隊は山本が搭乗する一式陸攻を守りながらの戦闘という厳しい闘いであった。

 

 恐らくは確実なる死が口を開けて待っていることだろう。諦めるつもりはないがこの差を覆せない以上、それが一番高い可能性として浮かび上がってくるのは否定しようがない事実。

 

 にも拘わらず、山本は椅子に座ったまま微動だにしないのだ。

 

 己の死期を悟りながらも威風堂々たるその姿は、他の搭乗員達を大いに勇気付けていた。

 

(何があっても長官だけは守る!)

 

 闘志に火を付け、己を奮い立たせながら彼らは必死に闘う。

 

 山本五十六という人間は、唯其処に居るだけで兵士にとっては100万の味方にも等しい存在なのだ。

 

 だが、そんな彼らを大いに勇気付ける存在を消してしまうべく、間隙を縫うようにして1機のP-38が突っ込んできた。

 

「ハハハッ、こいつをやれば日本軍の戦意を削ぎ落とし大いに意気消沈させる事が出来るッ! イエロージャップの悪足掻きもこれで終わりだッ!」

 

 狂気の笑みを浮かべてP-38を操るアメリカ軍の兵士が日本人に対する差別用語を喚き散らしながら山本の搭乗機目掛けて、一直線に突っ込んでくる。

 

「黄色い猿如きがいつまで神に選ばれた白人様に楯突くつもりだッ! 身の程を弁えろ猿がッ!!」

 

 

 

「そいつを行かせるなぁぁっ!」

 

 取り付いてくる敵機を何度も何度も追い払い続けていた零戦隊第二小隊の柳谷飛行兵長は長官機目掛けて突っ込むその機の存在に気付いていたが間に合わない。

 

 他の機も対処することが出来そうな状況にはなかった。何せ16機全機が長官機だけを狙っているのだ。

 

 それ故、いま目の前にいる敵機も抑えなければならず、目の前の敵機と同時にその機を撃墜するなど到底不可能なことであった。

 

 山本へと迫る魔の手。それを振り払える者は、盾になれる者は、この場に誰一人として居なかった……。

 

 いや──

 

 居ないはずだった。

 

 だが、自然の悪戯は。

 

 その魔の手を振り払う女神をこの世界に呼び寄せていたのだ。

 

 ヒュンッ! 

 

 そんな風切り音でも聞こえてきそうな速度で通り過ぎる何か。

 

 長官機を狙っていたアメリカ軍機のパイロットは、

 

「な、なんッ……!」

 

 自分が一体何をされたのかも理解できずに一瞬の後には機体ごと爆散していた。

 

 その瞬間は柳谷兵長も目撃していた。真っ二つに切り裂かれて爆発四散するP-38と、それを成したであろう5メートルはあろうかという白銀に輝く翼を広げた巨大な人型。

 

 更にその鉄の巨人は目にもとまらぬ凄まじい速度と、桁外れの機動性を持って瞬く間に敵機を撃墜して行くではないか。その様はまるで止まった標的を撃ち抜いていくかのようだ。

 

「な、なんだっ、アレは……っ?!」

 

 生憎と柳谷の叫んだ疑問に答えを持つ者などこの場には居ない。

 

 誰もが見たことも聞いたこともない鉄の巨人が何であるのか? また何故自分たちを助けてくれるのか? それに答えられる訳がないのだから。

 

 飛び回るハエを叩き落とすかの如き異常な戦闘力を持った巨人は、瞬く間に敵機の半数を撃ち落としていく。

 

 それでも長官機を狙おうとしていた敵機がめげずに飛びかかってきたが、今度は音よりも早く飛ぶ新たな飛翔物体が、光を撃ち出しながら敵機を撃墜しつつ戦闘空域に乱入してきたではないか。

 

「俺は……夢でも……見てるのか……?」

 

 2体の巨人と音、より早い飛翔物体の乱入、そしてそれが自分たちを苦しめ山本を狙う敵機を赤子の手を捻るように切り裂いていく姿に、零戦隊の兵士達は此処が戦場であることも忘れて呆然としていた……。

 

 神風……。

 

 そう、神風が吹いたのだ……。

 

 

 

 ***

 

 

 

 マリーカに先行する形でいち早く戦場に到着したリーライナはそのままの勢いで日本機とは違う星のマークが付いた機体を撃墜した。

 

「ま、間に合ったっ」

 

 後少しでも遅れていれば零戦隊に守られていた航空機は撃墜されていただろう。

 

 そのぐらい際どいところであった。

 

 何とか守ることが出来た日本機に目を向ける、すると其処には無傷で悠悠と飛行する一式陸攻の姿が。

 

「よかった、無事みたいね」

 

 無事を確認した彼女は撃墜した機と同じ星のマークの機体に目を向ける。

 

「悪いけど日本の航空機を狙った以上、容赦なく落とさせてもらうわっ!」

 

 リーライナにとって日本は第2の祖国。その祖国に刃を向ける存在は例え如何なる存在であろうとも許さない。

 

 それでなくとも日ブ相互安全保障条約というのが存在しているのだ。

 

 日本とブリタニアのどちらか一方を攻撃しようとする敵対勢力があれば、双方無条件でこれに対処するという相互防衛同盟。

 

 日本の敵はブリタニアの敵。ブリタニアの敵は日本の敵だ。

 

『先輩無茶ですよ1人で突っ込んでいくなんてっ!』

 

 遅れて飛んできたマリーカ機からの通信。

 

「同胞が危険にさらされているんだから無茶でも何でも押し通すっ!」

 

『せ、先輩、キャラが変わって──『マリーカさァァァァァァ──―んっっっ!!!』──えっ、何々!? なんですかっ!?』

 

 上司に苦言を呈しながらも戦闘に加わったマリーカ機に入った通信と共に画面に現れたのは金とオレンジで彩られた5,6メートル程の小型戦闘機。

 

 その戦闘機は急加速して乱戦の中に突っ込んでくるとリニアレールカノンを発射、残りの敵機を七面鳥撃ちでもしているかの如き余裕を持って撃ち落としていく。

 

 

 

 ***

 

 

 

「なッ、なんだッ!? なんなんだコイツらはァァッッ!!」

 

 ウィリアム・ハルゼー提督よりの命令でヴェンジェンス作戦に参加するP-38航空隊16機(トラブルで引き返した2機は除く)の指揮を任されていた彼は、5時25分にガダルカナル島ヘンダーソン基地から飛び立ち、

 

 7時33分にはブーゲンビル島上空に到着。同時刻に山本五十六を乗せた一式陸上攻撃機2機と零式艦上戦闘機6機からなる日本軍機の編隊を発見。攻撃を開始した。

 

 はっきり言えばこの作戦は日本側の暗号を解読した時点でアメリカの勝ちは決まっていた。

 

 たかがイエロージャップの編隊8機を叩き落とすなど訳もないことだと、そう考えていた。

 

 事実、攻撃開始後、日本側は山本機に食い付こうとする味方機を追い払えないで居たのだからその考えに何ら間違いはない。

 

 此方を食い止めようとするゼロを相手取り、フリーになった奴が間隙を縫って突入した直後までは……。

 

 そうだ、その瞬間に全ては狂ったんだ。

 

 突入した機の脇を何かが通り過ぎたかと思えば、その機は真っ二つに切り裂かれて爆発した。しかもそれをやったのはピンク色の4,5メートルくらいの鉄人形だというから何の冗談だ。

 

 1機目を喰ったピンク色に輝く羽を広げたソイツは次々と味方に襲いかかり、一瞬にして4機が喰われた。

 

 それだけじゃない。目で追うのもやっとなその鉄人形がもう一体現れて部下を撃墜し始めやがったんだ。

 

 装甲が厚いのか此方の攻撃は全く利きやがらない。それなのに奴らが持つ光る剣は紙でも切り裂くみたいにこっちを真っ二つにしてくる。

 

 おまけにレーダーに映らないもっと速い奴までが現れた。今度のは小型の戦闘機みたいなのだったが音が遅れて来やがるほどに速くて目でも追えなかった。

 

 そいつが突っ込んできたと思えば光線みたいな物を撃ち出してきて味方を次から次へ喰っていく。

 

「なんだよッ!? どうなっているんだよッ!? なんで……ッ、なんでこんな奴らがジャップの味方をしていやがるッッ?!」

 

 どうしてこんなことになった? 合衆国は神に選ばれ愛された偉大な国なんだぞ!? 

 

 それがこんな、こんな薄汚い猿に味方する合衆国のどの機体よりも速く強い鉄人形と戦闘機に一方的に……ッ!! 

 

 大きな力ってのはアメリカにこそ相応しいのであってこんな猿どもが持っていい物ではないッ! 

 

 時のアメリカ人全てがそうであるという訳では無いが、決して少なくない有色人種差別主義者の彼は心の中で罵り続ける。

 

 勝てる筈の戦いがより大きな力を持つ者達の介入によって一方的な敗退を余儀なくされる。それを行ったのは高い機動性をスピードを持つ2機の鉄人形と、レーダーに映らなければ音よりも速い1機の小型戦闘機という計3機のアンノウン。

 

 あのナチでさえも持ち得ない神の如き力を発揮し戦場を蹂躙した者達が味方をしたのは神に愛されたアメリカ合衆国ではなく、ちっぽけな島国に住む身の程を知らない黄色い猿。

 

「くッ!! このッ……猿どもがァァァァァ────」

 

 彼の思考はそこで途切れる。

 

 彼がこの世で最後に見たのは、味方を全滅させたピンク色の鉄人形が巨大な銃を構え、その弾丸を自分に向けて撃ち出すという悪夢のような光景だった。

 

 彼は知らない、白人こそが最優等種であり、中でもアメリカこそが世界の頂点に立つべきと神に約束されているのだと妄信する彼らを死神の鎌で刈り取っていったのが

 

 この世界とは別の遠い異世界にて、彼らが黄色い猿と見下す民族を自らの家族であると言い共に歩み続ける、彼らと同じ白人であった事を……。

 

 神は、他を見下しながら排除し続ける彼らに、終ぞ微笑むことはなかったのだ。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「これで最後ね」

 

 冷徹とも言える抑揚のない声で構えたヴァリスの弾丸を最後に残った1機のコックピットに撃ち込むリーライナ。

 

 狙いは正確。そも、あの様な鈍重な動きしかできない80年以上も昔のレシプロ機相手に外したりするほどノーコンではない。

 

 あっさり爆発四散する最後に残った国籍を表す星のマークの古い戦闘機。余りの一方的な戦闘結果に拍子抜けするより罪悪感を覚えてしまいそうで気分が悪かったが、これが戦場という物。

 

 敵である以上、微塵も容赦などしてはならない。

 

 それが原因で、次は自身や大切な人が死ぬことになってしまっては元も子もないから。

 

 敵機を撃墜した彼女は、先ほどから甘い空気を振りまき始めた後輩と、その婚約者の機体に目を移した。

 

 後輩マリーカの婚約者、レオンハルトのブラッドフォード・ディバイダーだ。

 

『レ、レオンっ、どうして貴方が……っっ!』

 

『マリーカさん達を捜索する為、僕もあの雲に飛び込んだんです』

 

『そ、捜索の為に飛び込んだって……、な、何て無茶をするんですかっ! そんな事をしてもし貴方の身に何かあったらっっ』

 

 モニターに出たレオンハルトは晴れやかな笑みを浮かべていたが、マリーカとしては得体の知れない雲に事故ではなく自ら飛び込んだ彼の軽率さに思わず叱責していた。

 

 だが、そんな彼女にレオンハルトの方は──

 

『それは僕も同じです。マリーカさん……貴方の身に何かあったら……僕は、僕は……っ』

 

 彼女が抱いた物と同じ想いをぶつけたのである。

 

『レオン……』

 

 

 

「ねえ、2人とも……此処が戦場だって事を忘れてない?」

 

 そんな2人の様子は、同じ通信チャンネルに合わせているので声も表情もセットでリーライナのコックピットにも伝わってくるのだ。

 

 そう、如何に相手が旧式も旧式のレシプロ機であったとはいえ此処は戦場。まして自分たちは同胞である日本軍機を助けにきたというのに。

 

『も、申し訳ありませんヴェルガモン卿っ!』

 

『す、すみません』

 

「まあ別にいいんだけど。ラブ臭振りまいててもキッチリ手は動いてたしね」

 

 尤も、そういった通信の遣り取りをしながらも、敵機は瞬く間に撃墜され、空域には自分たち3騎の他には日本軍機が残るのみという一方的な戦闘結果となっていたが。

 

 P-38はあまりにも隔絶した戦闘力を持つ2騎の第8世代KMFヴィンセント・カスタム。及びブラッドフォード・ディバイダーによって物の数分の間に全機撃墜されてしまったのである。

 

 そこには理不尽なまでの力の定義が働いていたがそれが戦場という物だ。

 

 

 

 山本五十六暗殺という悲劇を起こす筈だった歴史に残る海軍甲事件。

 

 それは、こうして平行世界からの迷い人によって阻止され、歴史の中にその名を刻む事無く終焉を迎えるのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 星のマークが描かれた敵機を鎧袖一触したリーライナは、日の丸が描かれた古い日本軍機に再度の接触を試みていた。

 

「こちら神聖ブリタニア帝国軍グラウサム・ヴァルキリエ所属リーライナ・Y・ヴェルガモン。貴隊よりの応答を願います」

 

 無論先ほどのことを考えれば無線が繋がるとは思えず、場合によってはこのまま引き返して雲の向こうに向かうべきかと考えもしたが……。

 

 何せ相手は80年以上昔の日本軍機。近代化改修されてデモンストレーション等で空を飛ぶ物ならまだしも、どう見ても昔のままの機体なのだ。

 

 何故そんな物がこうして現実に飛び回り、あの様な旧式機と戦闘をしていたのか全く持って不明であったが。

 

 とにかくここは一度戻って報告するべきか? そう考えを巡らせていたとき。

 

『……ちら……だい……ほんて……』

 

 漸く無線が繋がった。

 

 最初は雑音混じりで聞き取りにくく、何を喋っているのか分からなかったが、次第にその声は鮮明な物となってくる。

 

 しかし、繋がった無線の声を聞いたリーライナは、それが思いも寄らない相手であったことに困惑してしまう事に。

 

『こちら大日本帝国海軍大将、連合艦隊司令山本五十六。貴官らの救援に感謝する。礼を言いたい、是非貴官らの所属を教えられたし』

 

 そう、繋がった無線から聞こえてきたのは何の冗談か、この場には居ない筈の彼女が愛する夫『山本五十六』の声だったのだ。

 

(いっ……くん……?)

 

 毎日耳にする彼の声を聞き間違える事は無い。これは間違いなく彼の声だ。

 

 硬い喋り方も、言葉遣いも、伝わる雰囲気も、その全てが夫──山本五十六に相違なかった。

 

 だが。

 

 だが何かが違う。

 

 もしこれが夫ならば、このような質問をしてくる筈がないのだ。

 

 このヴィンセント・カスタムが何処の所属なのかは一目瞭然であり、言うまでもなく夫も知っている筈なのだから。

 

 そも、彼ならこの機に妻である自分が騎乗していると知っている。

 

 それなのにこの無線で繋がった相手は、何も知らないとでも言わんばかりの問いかけをしてきた。

 

「…………。御無事で……御無事で何よりです……山本大将閣下」

 

 だからこそ、愛する夫と同じ声、同じ名前のこの人に、自分の方からも初対面として接するしかなかった。

 

 少し……胸が痛い。

 

 

 

「私は神聖ブリタニア帝国軍所属、グラウサム・ヴァルキリエ指揮官リーライナ・Y・ヴェルガモンです。日ブ相互安全保障条約、日ブ同盟に基づき貴隊への支援戦闘を行わせて頂きました」

 

『神聖……ブリタニア帝国……?』

 

 無線より聞こえた山本の言葉に彼女は確信した──

 

『それは一体……何所の国なのだ……?』

 

 あの機に乗っている山本五十六という人物は、やはり自身の夫とは別人であるということを。

 

『山本さんッ! こんなときに冗談は……!』

 

「いいのマリーカ。貴女は黙ってて」

 

『でも先輩……』

 

「いいから」

 

 しかしそうとは思わないマリーカは山本の妻に対する場違いな冗談に一言苦言を呈しそうになった。

 

 それはそうだろう。例え一方的な結果であったとはいえ命を賭けて戦い救出した妻に、余りと言えば余りな言いようなのだから。

 

 尤も、当のリーライナに抑えられては黙るしかなかったが。

 

 一方、レオンハルトの方はといえば、此方へと向かう際に山本と言い争ったのもあり、同じ声同じ名を聞いて少し気まずそうに事の成り行きを見守っている。

 

 無線で入る声しか聞こえず、相手方の通信とリンクしている筈のモニターが砂嵐なので確認しようが無かったが、この雰囲気は間違いなく山本五十六であると3人共に確信していた。

 

 無論、山本は山本でも自分たちの友であり夫である山本とは別人であるという事も……。

 

「失礼致しました。ご質問にお答えさせて頂きます』

 

 リーライナは不思議な出逢いをした相手──山本に対し、簡単な説明だけをする。

 

「ブリタニアとは……とても、とても遠い国です……」

 

 きっと……きっとこういう説明をする以外に無いだろう。

 

 彼の質問はブリタニアを知らないということが前提となっている。この前提が既に有り得ない事だが……。

 

 自慢ではないがブリタニアという世界最大の大帝国を知らない人間がこの世に存在している筈がないのだ。

 

『遠い……国……か……』

 

「はい……。ここからはそう簡単に行けないくらい……ずっと、ずっと遠くにある国です……」

 

 故に、此処はブリタニアが存在しない場所なのだろう。元より存在しない国の名など知り得る事はないから彼が知らないのも当たり前。

 

 だからリーライナは敢えて遠い国という表現を使った。

 

 日本とブリタニアは遠い国ではなく本来ならば隣国である。

 

 しかし、ブリタニアが存在しない世界だというなら……それは、言うまでもなく遠い遠い国となるのだろう。

 

『そうか……遠い国か』

 

「はい……」

 

 それを山本は察した。

 

 常識で考えられる遠い国などではない。文字通り行けない場所にある遠い国なのだと。それは無線越しに聞こえるリーライナの声を聞けば分かる。

 

 第一、自分が行ける国に彼女が乗っているようなこの世の物とは思えない隔絶した戦闘力を持つ人型戦闘機など存在していない。

 

 アメリカはもちろん、あの先進科学技術の塊であるドイツでさえこのような兵器は作れないだろう。

 

 行けない国。決して見ること適わぬ遠い異世界の国。

 

 荒唐無稽なSF小説にでも出てきそうな話だが、そう考えれば納得も行く。

 

 この世には科学で解明できない事象など幾らでもある。偶々自分がそれに遭遇しただけなのだ。

 

 彼以外の搭乗員達も皆一様にその話に聞き入っていた。謀略か? ただの与太話か? 誰もがそう思う筈だというのに誰も彼女の話を疑わない。

 

 何故ならそこに厳然とした証拠ともいえるKMFヴィンセント・カスタムと、プロペラの無い洗練された三角形に近い形状の、音よりも早い速度で飛び回りながら怪光線を発射できる戦闘機が存在しているのだから。

 

 それに、もし彼らが敵だというのならば、自分たちを助けたりしないし、こうして穏やかな会話をする事もないだろう。

 

 あれだけの戦闘力なら我々を一瞬にして全滅させることが可能なのだから、謀略など仕掛ける必要さえもない。

 

 だからこそ誰も口を挟まず、ただ山本とリーライナの話しに耳を傾けていた。

 

『豊かな国なのだろうな。きっと俺には想像できないくらい豊かで、そして強い国なのだろうな。俺が、皇国が今戦っている強大な国、アメリカすらも凌駕する』

 

「はい……。とても、とても豊かです……。閣下が仰って居られますアメリカというのがどれ程の国なのかは存じ上げませんが、我が祖国神聖ブリタニア帝国は、大日本帝国と並び諸外国より超大国と呼称されております」

 

『ふ、ふふふ、ははははっ!』

 

 彼女の話を聞いていた山本が突如大きな声で笑い出す。

 

 それはそうだろう。彼の祖国である大日本帝国と寸分違わぬ国名を持つ国が、超大国という最も強大な力を持った国に対して与えられる称号を冠しているというのだから、これが笑わずに居られようか。

 

『それはいい! 超大国大日本ときたかっ! 是非とも行ってみたいものだなその日本とやらにっ!』

 

 実におかしな会話であった。

 

 超大国の称号を頂く日本と、それに拮抗する神聖ブリタニア帝国。

 

『日本とブリタニアは同盟国なのだな?』

 

「ええ、同盟国です。切ろうと思っても切れないほどに、深く深く結びついた……家族であります」

 

『そうか……』

 

 この世に存在しないはずの二つの巨大国家は、確かに存在しているのだろう。

 

 此処ではない……遠い世界に……。そんな巨大国家同士が手と手を取り合い、切ることが出来ないほどの深い関係にある其処は、とても平和で楽しい世界なのだろうな。

 

 リーライナの話を聞きながら山本はそう思った。

 

『ならば……。ならば俺は皇国を貴官の国や『日本』に負けないくらい豊かな国にするため、なんとしてもこの戦争を戦い抜き、勝利しなければならん』

 

「……」

 

 彼の口を突いて出たのはそんな言葉。

 

 この戦争に勝利する……。それがどれだけ不可能に近い事か分っていながら彼は言い切った。

 

 此処とは違う遠い異世界には、超大国日本が存在している。きっと色々違う事情の国なのだろう。例えば自国で資源が賄えたり、先進的な考えを持つ者が欧米以上に多かったりと。

 

 だがそれでも、皇国と同じ名を持つ日本が豊かであるという事実が其処にはあるのだ。

 

 ならば、自分たちの皇国日本も、そうなれる可能性があっても良いのではないか? 

 

 例え、アメリカという強大な国との絶望的な戦争を繰り広げているとはいえ、絶対に勝てないとは……。いや、勝てないまでも“負けない”に軟着陸することができるのでは? 

 

 そこへと持って行くのが俺たちの勤めだ……。

 

『そして、必ずやこの国難を乗り越えてみせよう』

 

「……」

 

 何かを決意したかのような彼の言葉を、リーライナは何も言わずに聞いていた。

 

 アメリカという国がどのような国かは分からない。だが、きっと彼らにとっては余りにも大きな敵なのだろう。

 

 強大な敵国という存在と相対したことがない現代のブリタニア人には分からないその決意は、きっと80年前の太平洋戦争の時に従軍した曾祖父が抱いた物と同じ。

 

 唯一、敵となり得る力を持った国日本と、太平洋を二分して戦ったブリタニア建国史上最大の戦争。

 

 戦い続ければ勝てると言われていたその戦争は、それまで無敗であったブリタニアが唯一勝てなかった戦。

 

 世界に類を見ない日本の最新兵器の前に戦線が崩壊した地域もあったとされている。その時、初めてブリタニアは祖国の危機を感じ取っていた筈だ。

 

 そう、嘗て日本は大きな敵であった。いま彼が決意し、勝利してみせると言わざるを得ない相手と同じ様なブリタニアを脅かす程の、大きな大きな敵であった。

 

 しかし、その日本は、今やブリタニアにとって家族とも呼べる関係にある絶対の信頼を置く同盟国だ。

 

 故に彼女は、彼の祖国である日本が、そのアメリカという国と現在の自分たちのような関係を築き、共に歩む存在となれるようにと願わずには居られない。

 

 そして、平和で豊かになったこの世界の日本で、静かな時を送って欲しいと願わずには……。

 

『少々長くなってしまったな。実に興味深く愉快な話故、時が経つのも忘れてつい話し込んでしまいそうだが……この辺りで……お別れだ』

 

「ええ……そのよう……ですね……」

 

『君も、帰りなさい……。君の愛する人や、友人が待つ世界に……。君のやるべき事がある、君の世界に……』

 

 彼の言う通り、彼には彼の、そして自分には自分のやるべき事と帰る場所がある。

 

「山本閣下」

 

『ん?』

 

「……ご武運を」

 

『……ありがとう』

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 遠ざかっていく日本軍機を見送りながら、リーライナはコックピットの中で敬礼をしていた。

 

 これは本来有るはずのない出会い。時間率・世界線・因果律等の難しい話は分からなかったが、有ってはならない出会いなのだろう。

 

 だが……それでも祈らずには居られない。

 

 この平行世界で生きる山本五十六の無事と勝利を。

 

 せめて生きていて欲しい。生き抜いてくれるだけでいい。貴方の帰りを待つ人も、きっとそれを望んでいるはずだから……。

 

『先輩……いいんですか?』

 

「ええ、私たちは本来交わってはいけない存在。偶発的に世界の境界が繋がっただけなんだから……。だから、これでいいの……」

 

『でもあの人は山本さんですよ! 先輩の大切な山本さんなんですよ! 私たちが加勢すればッ!!』

 

「違うわマリーカ。あの人は私の愛するいっくんじゃない。同姓同名で同じ存在かも知れないけど違うの……。それに加勢してどうするの? 武器も弾薬もエネルギーも無尽蔵にある訳じゃない。幾ら強力な兵器を持っていようとたった3騎のKMFで戦争の行方を左右するなんて不可能な事よ」

 

『マリーカさん。僕もヴェルガモン卿の意見が正しいと思います』

 

『レオン……』

 

『いま邂逅したあの人は、僕らの友人である山本さんではなく……よく似た別人なんです。それにヴェルガモン卿の仰る通り、僕らが加勢したところでどうにもなりません』

 

『……』

 

 確かに自分たちが乗るKMFはこの世界に於いて他を圧倒する強力な物。

 

 だがそれもエネルギーが尽きるまでの話だ。その後はただの金属の塊になってしまうだけ。

 

 確かにリーライナにも加勢したいという気持ちはあった。今し方彼らはその命をこの空に散らすところだったのだ。

 

 それを不思議な偶然の重なりで阻止することができた。

 

 だが、自分たちにできるのはここまで。

 

 一瞬の交差ではあったが、確かに交わった因果。

 

 でも、これより先は、きっと互いの因果が交わる事はない。

 

 だから、この出逢いは、同時にこの場での分かれを意味している。

 

 彼には彼の、自分たちには自分たちの歩く道がある。自分たちはその道に帰らなければならないのだから。

 

 ほんの少し交わって、ほんの少し何かが変わった……それで充分。

 

 それ以上何かを求めるのは……傲慢だ。

 

「さ、帰るわよ二人とも。早く帰って演習の続きに参加しないと」

 

『あ、ちょっと待ってくださいよ先輩……!』

 

『はァ、山本さんに顔合わせ辛いな……』

 

 遠くに消えていく日本軍機に背を向けてKMFは加速する。

 

 彼女の大好きな夫が待つ、自分たちの世界へ向けて……。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

(まだか……まだ繋がらんのか……っ)

 

 焦りを隠せない山本はそれでも冷静に連絡が繋がるのを待っていた。

 

 どう考えても上空に現れた不気味な積乱雲が関係しているのは間違いないのだが、あの中に捜索隊を送り込むわけにはいかないのだ。

 

 1時間ほど前に命令を無視して飛び込んでいったブラッドフォード・ディバイダーとも連絡は途絶えたまま。

 

 どのような構造になっているのか見当も付かないが、下手に手を出せば更なる行方不明者を増やすだけ。

 

 艦隊司令としても人としてもそんなことは出来なかった。

 

(リーラ…… 無事で、無事でいてくれ……っ)

 

 心の中で叫びながら妻の身を案じ続ける山本の手の平には爪が食い込み、血がしたたり落ちていた。

 

 もし自分がKMFでも操縦できるなら代理に後を任せて雲に突っ込んでいるところだ。

 

 自分は犠牲になっても構わないというのも無責任と言えば無責任だが、愛する妻を助けたいという彼の想いを否定できる者など居はしない。

 

 まだかまだかと神に祈るように連絡を待ち続ける山本。

 

 その強い祈りにこそ、慈悲深い神という存在は、希望の答えをくれるのだ。

 

『……キ……エタ……リーラ……」

 

「な、なんだ通信がっ!!」

 

 今までどれだけ呼びかけても応答無しだったスピーカーから声が聞こえた。

 

 雑音混じりで何を言っているのか聞き取れない物の、その声は確かに彼女の声だった。

 

「リーラッ!!」

 

 ただひたすら耐え続けていた山本は、その反動からか周囲の目も気にせず大声で妻の名を叫んでいた。

 

 そんな彼の呼び掛けに、今度こそハッキリとした声が返ってくる。

 

『リーライナ・Y・ヴェルガモン、マリーカ・ソレイシィ、レオンハルト・シュタイナー、以上三名只今帰還致しましたッッ!!』

 

 彼女の声と共にブリッジの大画面には紫の雲から出てきた2機のヴィンセント・カスタムとブラッドフォード・ディバイダーが映し出されていた。

 

 彼女達の搭乗機が雲から出てきた瞬間、ブリッジのクルーからは大きな歓声が上がり、山本は逆に立ち上がっていた状態から疲れたように提督席に身を沈める。

 

 艦橋から空を見上げれば、先ほどまであった紫の雲が空間に融けるかのように消えていき、広がる空に浮かぶKMFが3機、大和に向かって飛んでくる姿が見える。

 

「まったく……心配ばかり掛けさせおって……」

 

「長官、奥様から通信が」

 

「おい、今は訓練中だ。奥様とか呼ぶんじゃない……まあいい、繋いでくれ」

 

「はッ」

 

 次の瞬間ブリッジのメインモニターに映し出されたのは、年の頃は20くらいで黒と紫の露出の多いハイレグのようなパイロットスーツに身を包んだ、腰まで届く長い金髪の女性。

 

 控えめに見ても整った容姿を持つこのブリタニア人の女性こそ、山本の妻でありヴァルキリエ隊指揮官、リーライナ・Y・ヴェルガモンである。

 

『艦隊将兵の皆様には多大なご迷惑をおかけした事をお詫び申し上げます』

 

「全くだ。それで、一体どうなっていたのかを説明して貰えるのか?」

 

『いえ、一言で申し上げるには難しいことですので、後ほど報告に上がります』

 

「わかった……では予定通り演習を始める。元の配置に戻るように」

 

『Yes, My Lord』

 

 事務的な遣り取りを終えた山本は通信回線を海上艦艇、浮遊航空艦艇など全艦隊に繋ぎ演習再開の指示を出す。

 

 あの様な不可思議な事件があったからといって、各国の海軍が集結している以上演習を中止させるわけにも行かないのだ。

 

 無論、この一件は報告書に纏めておく必要もあったが。

 

「ん? まだなにかあるのか?」

 

 やることが増えてしまったと溜息を付いた山本が顔を上げると、視界に映るメインモニターには未だリーライナの姿が映し出されていたのだ。

 

 山本はまだ何か報告でもあるのだろうかと彼女に聞いてみるも、何故か彼女は俯いたまま。

 

「ど、どうしたっ? 気分でも悪いのかっ?」

 

 あんな訳の分からない雲に約二時間もの間捕らわれていたのだから、体に不調が出ても何らおかしな事ではないと心配する彼に、当のリーライナは右手で口を押さえると──

 

 

 

 

 

『…………レモン……食べたい……』

 

 

 

 

 

 と呟いた。

 

「…………な、なん……だと……?」

 

『だから……レモン食べたい……』

 

 レモン食べたい──。

 

 山本は以前、リーライナと共に彼女のご両親、ヴェルガモン伯爵夫妻の元へと挨拶に窺った際に妻の口からまったく同じ台詞を聞いている。

 

 もう何年も前の事だ。あの日は大変だった。

 

 交際しているという挨拶をする筈だったというのに、急遽予定変更で非常に気まずかったような……。

 

 結果として今があるから、アレはアレで良かったのかも知れないが……。

 

 山本の脳裏に懐かしく恥ずかしいリーライナのご両親への挨拶に窺った時の想い出が蘇っていた。

 

 あの時以来2回目となるレモン食べたい……。

 

「レモン……って、ヴェルガモン卿は何を仰っているんだ?」

 

「さあ、レモンがお好きなのだろう」

 

「いや、だが演習前に旗艦のCICどころか全艦艇と航空機・KMFに通信が繋がった状態で態々口にする事なのか?」

 

 不意に発したその言葉は本人も何となしに出てしまった物なのだろう。

 

 しかし、その一言が艦隊将兵全員に聞こえていた為に、皆が皆レモンがどうしたとかひそひそ話し始めた。

 

 更に──

 

「そ、そうかっ、レモンか……、い、いかんっ、ヴェルガモン卿は体調が優れんようなので演習参加を禁じるっ! 今すぐに近場の……大和でいいからとにかく医務室にっ!」

 

『い、Yes, ……My…… Lord……』

 

 山本の慌てようと何やら体調不良を訴え始めたリーライナに、何かあるのではと疑惑のような物が広がっていく。

 

 

 

【環太平洋海軍甲事件】

 

 

 

 またの名を“海軍レモン事件””レモン疑惑”

 

 

 

 遥か未来、幾つもの銀河を股に掛けるような勢力圏を持つに至る幾星霜の時の果てにまで残り続ける、歴史の1ページ。

 

 尚、大日本帝国山本家と神聖ブリタニア帝国ヴェルガモン家の永い歴史の中で、時折生まれる両家を結び付けたご先祖様と瓜二つの当主は、その時々に於いて“レモン疑惑”を再燃させているらしいという逸話が残っている。

 

 また、オカルトの世界では──

 

 “五十六の名を持つ山本家当主と、リーライナの名を持つヴェルガモン家当主が邂逅するとき、異界への扉が開かれる”

 

 として、終末論と同様、思い出したようにメディアで特集を組まれる事があるくらいに有名な歴史上の出来事であったとか……。

 

 

 

 

 

 おまけ

 

 

 

 

 

 

 

 真夜中、満点の星空の下、大和の甲板では坊主頭をした初老の男性と露出の多いパイロットスーツに身を包んだ女性が、静かに寄り添っていた。

 

「まったく……いきなりレモンと言うから慌てたぞ」

 

 男性は月明かりに照らされた女性の艶やかな長い髪に指を絡めながら優しく撫でる。

 

 指の隙間を滑り抜ける髪の感触が心地良く、幾度梳いても飽きが来ない。

 

「いつ分ったんだ?」

 

「先週にね。勤務中に気分が悪くなって病院で見て貰ったら……そうだった」

 

「何故早く言わんのだ……分ってたら演習には参加させないようにしたものを」

 

「それよ。どうせいっくんの事だからそう言うと思って黙ってたの」

 

 悪びれもなく言う彼女の彼は理由を聞く。

 

 そういう状態なら激しい動きをする演習には参加しないのが普通ではないかと。

 

「いっくんと一緒に居たいの……それじゃダメ? あの子はいま実家だし私1人で家で留守番なんて寂しくて死んじゃうわ」

 

「だったら、演習の間は実家に戻っていれば良いだろうに……」

 

「それはそうだけど、やっぱりいっくんの側には私が居ないとダメだと思うの。いっくんを1人にしたくないし」

 

 しなだれ掛かる女性は彼の唇を求め、顔を近づけるとそのままそっと唇を塞いだ。

 

「んっ……」

 

 ほんの少しの間触れ合わせただけだがこれでも充分だと彼の首に腕を絡ませたまま抱き着く。

 

「そ、それは、まあ素直に嬉しい一言だが……」

 

 零距離で密着する彼女の腰に彼の方からも腕を回して抱き締め、互いに相手の温もりと鼓動を感じ合う。

 

「それにしても……2人目、か……」

 

「ええ、2人目、ね……」

 

 見つめ合いながら少し気恥ずかしそうに互いに頬を擦り寄せ合ったまま話を続ける。

 

「リーラはどんな名前がいいんだ?」

 

「いっくんは?」

 

「質問に質問で返すな……。まあ、真面目に言うならさっきの今で名前と言われても思い付かんぞ」

 

「ふふ、それもそうね」

 

「そういうお前はこの一週間有った訳だが……どうなんだ?」

 

 彼女は彼よりも一週間早く事を知っていた。ならば時間はあっただろうと彼は聞いたが。

 

「まだ早すぎるから考えて無かった……」

 

 常にマイペースながら誰よりも行動が早い、いっくん──こと、山本五十六と。

 

 リーラ──こと、リーライナ・Y・ヴェルガモンは、星空の下で幾度も口付けを交わしながら語り合う。

 

 今までの事。これからの事。

 

「まず、お父様とお母様にも報告して、あの子にも伝えてあげないとね」

 

「あの子がお姉さんか……時の流れを感じて感慨深いものだな。…………しかし、お義父上にもまだ連絡しておらんかったのか?」

 

「自分の次に知るべきなのはいっくんだと思ったから♪」

 

 自分は正しいとでも言わんばかりに満面の笑みを浮かべる彼女の手触りの良い金色に輝く髪を優しく愛撫していた彼は、深い溜息を付くと一言。

 

「普通は親に報告するものなんだが……伯爵殿もお義母上も親不孝な娘を持ったな……」

 

 だがそんな彼に彼女も間髪入れずに切り返した。

 

「他人事みたいに言ってるけど、いっくんにとっても親なんだから、いっくんがフォローしてよ?」

 

 

 

 こうして仲睦まじい夫婦の話は夜を通して延々と続けられるのであった……。

 

 

 

 

どのカップリングの恋愛が見たいですか?(いずれもそれぞれに書いております・また書いていきます。新しいカップリングも増える可能性あり。

  • 嶋田繁太郎×モニカ・クルシェフスキー
  • 嶋田繁太郎×ユーフェミア・リ・ブリタニア
  • 山本五十六×リーライナ・ヴェルガモン
  • 南雲忠一×ドロテア・エルンスト
  • 玉城真一郎×クララ・ランフランク
  • 玉城真一郎×マリーベル・メル・ブリタニア
  • 澤崎敦×井上直美
  • レオンハルト×マリーカ・ソレイシィ
  • 原作ルルーシュ×シャーリー・フェネット
  • ルルーシュ(休日)×ミレイ
  • オデュッセウス×皇神楽耶
  • ジェレミア×ヴィレッタ・ヌゥ
  • 枢木スザク×ナナリー・ランペルージ
  • コーネリア・ランペルージ×ギルフォード
  • 高麗大佐×奥様(書けたら(-_-;)
  • 鳩川雪夫×ストーカー女(書けたら(-_-
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