帝都の休日 短編連作群保管庫   作:休日

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楽隠居?と円卓の少女 第5話

 

 

 楽隠居? と円卓の少女 第5話

 

 

 

 

 

 

 

 麺を解きほぐすのはお湯、心を解きほぐすのはあの人

 

 

 

 

 

 ある一定以上のお金持ちなどは豪華な食事や高級食材を口にする事が多い。

 

 どれもこれもが庶民には口に出来ないような料理ばかりで、見聞きしている方としては実に羨ましい限りだ。

 

 だがその反面、庶民が口にする物を食べてみたいと思っても、機会を奪われるのが彼らの世界。特に皇族や貴族などの身分にある者は生涯口に出来ない者も数多く居ることだろう。

 

 そして普段食べないそれらに人一倍興味を抱いたりするのが人間というもの。

 

 神聖ブリタニア帝国クルシェフスキー侯爵家の令嬢、ナイトオブトゥエルブ モニカ・クルシェフスキーもまたその一人であった。

 

 彼女が気を引かれたのは庶民の味方カップラーメン。

 

 ブリタニアの同盟国である大日本帝国で開発された物で、食品が入っている容器にお湯を注いでふたをし、

 

 わずか三分ほど待つだけで出来上がるという簡単でお手軽、それでいて値段も安いという正に庶民の為に開発されたような食品である。

 

 幼い頃、彼女の屋敷で仕事をしていたメイドさんが「小腹が空いた」と食べていたのを見たのがそれを知った初めての事だ。

 

 その時、美味しそうに食べていたメイドさんを見て自分も食べたいと思った彼女が「それはなんですか?」と聞いた処「カップラーメンですよ」と教えられた。

 

 名称を知った彼女は続いて「わたしも食べたいです」と強請ったのだが「モニカお嬢様がお口になさるような物ではございません」と断られてしまったのだ。

 

 両親に言って食べさせて貰おうとも考えたのだが、メイドさんの言葉を聞く限りあの厳格な貴族である父や母が了承してくれるとも思えず諦めるしかなかった。

 

 それに所詮は子供の好奇心。食べたいと思ったのも一時的な物で、気が付けばすっかり忘れていたのである。

 

 モニカがそれを思い出したのはナイトオブラウンズ就任から暫くのち、在日ブリタニア駐在武官として日本に派遣された時だった。

 

 訪れた日本の地で下宿先となった嶋田繁太郎宅。そこで幼い頃見たあの白いポリスチレン製の容器を見つけたのだ。

 

「これは……」

 

 赤い文字で大きく書かれた商品名。

 

 多少デザインの差は見て取れた物の、あの時メイドさんが食べていた物と同じだ。

 

「どうかした?」

 

 その白い容器をジッと見ていたら大家さんである嶋田に声を掛けられた。

 

 嶋田繁太郎──このブリタニアの同盟国であり祖国と双璧を成す大国として知られる大日本帝国の元総理。

 

 彼女はその嶋田と友人であるという自身が仕える主、ブリタニア皇帝シャルルの紹介で彼の家に下宿していた。

 

 まだここに来て間もない彼女は丁寧ながらも一歩引いたような物腰で彼と接し、必要以上に言葉を交わさず硬い表情を崩したことがない。

 

 そんな彼女が何かをぼーっと見ているのは珍しいと思われたのだ。

 

「いえ……なんでもありません」

 

 だがそれも束の間、一瞬後にはまた感情を感じさせない表情に戻る。

 

 少し心苦しい処はあった。彼は自分が巡り会った初めての優しい人なのだから。

 

 だからこそ彼女は嶋田と普通に話をしたいと思ってはいた。

 

 ただ貴族の家に生まれ、騎士としてまた跡継ぎとして必要以上に厳しく育てられたせいか、どう接したらいいのか分からない。

 

 モニカは普通に接するというのがどういう物か知らないのだ。

 

 それ故、いつもこのまま無言になって、ただ過ぎ行く時に身を任せるだけとなりやがて就寝時間を迎える。

 

 此処に来て以来毎日ずっとその繰り返しだった。来る日も来る日も優しい彼に冷たい態度ばかり取って。

 

 嶋田もそんな彼女の態度に話す切っ掛けを掴めず困っている様子だった。

 

 だが……だが、このときばかりは違った。

 

 彼が先ほど見ていたモニカの視線の先にある物に気付いてそれを手に取り、封を破ってポットのお湯を注ぎ始めたのだ。

 

(食事の時間も過ぎたというのに……)

 

 彼の行動に彼女が思ったのは行儀が悪いという物。

 

 既に食事を終えた上で別の何かを食すなどと自分の家なら考えられない。

 

 由緒正しい貴族の生まれである彼女には嶋田のやっている事が酷く不作法に感じられた。

 

 こんな不作法な人が本当にこの国の頂点に立つ人物だったのか? そう思わせるほどに。

 

 彼の優しさは好意的に見ているのだが、こういった処は直して欲しい考えている。

 

 だが同時に羨ましいとも思うのだ。

 

 彼は一国の、それも超大国と称される国を率いるような立場でありながらもこういう事を普通としていた人生を歩んできたのだから。

 

 もしかしたらそれは自分の勘違いで、本当はとても苦しい道だったのかも知れないが、それでも彼は普通という時間を己が力で生きてきたのは間違いない。

 

 それは彼女から見ると凄く自由で楽しい人生に思えた。

 

 箱入りだった幼少期を過ごし、物心ついてからは甘えなど許されない毎日を送っていた自分には、自由など無かった。

 

 今はもう両親とも、クルシェフスキーの家とも離れて過ごしてはいるが、今更生き方や考え方を変えるのは簡単な事ではない。

 

 あの白いポリスチレンの容器を見たせいか次々思い出される幼少期からの記憶。

 

 それらの記憶には心から楽しめている時期は殆ど無かった。

 

 彼のように人生を楽しみたい。そう考えながらも一歩を踏み出せないのは自分が弱いから……。

 

 彼女はそんな自分が嫌いだった。

 

 

 

 *

 

 

 

「どうぞ」

 

 そんな暗い思い出に浸っていたモニカの前にあの白い容器が差し出された。

 

 苦い思い出の中に残っていた白いポリスチレン製の容器が。

 

「あ、あの……」

 

 意味が分からない。どうしてこれを自分に差し出すのか? 

 

 彼が自分で食べる為にお湯を注いだのではなかったのか? 

 

 疑問に思う彼女は差し出した彼を見る。すると彼は「食べてごらん」と言って箸まで渡してきた。

 

 ここまでされて断るのも非礼に当たると思い箸を受け取った彼女は、封のされた紙のふたを開けてみる。

 

「いい匂い……」

 

 容器の中には小さく千切られたような黄色い卵と四角い肉。そして細かいネギが所狭しと散りばめられていた。

 

 それらの下には主役である麺が顔を覗かせていて、湯気と共に食欲をそそる香ばしい匂いを漂わせている。

 

 その匂いにモニカが思い出したのは幼少期に見たメイドさんの姿。これと同じ物を美味しそうに食べていたその様子を。

 

 彼女は折角だから食べてみようとスカートのポケットに入れていたハンカチを取り出し、ブラウスの首のところに掛けた。

 

 たかがカップラーメンに大袈裟なと思われるが、食事をするときはいつもの事なので嶋田も気にしていない。

 

 こういうのを見ると彼女の育ちの良さを伺わせる。

 

「それでは、御馳走になります」

 

「たかがカップ麺に大袈裟だよ」

 

「ですが」

 

「いいから食べて」

 

「はい……」

 

 これを御馳走だと言われたら困ると苦笑いする彼に勧められるまま、モニカは箸を入れて麺を掴み口に運ぶ。

 

 彼女は普通に食べようとしていたのだが変わった食べ方になってしまった。口から垂れ下がる形の長い麺を一々掴み直して口に入れるというそんな食べ方。

 

 要するにどうやって食べればいいのか分からないのだ。

 

 日本に来てから箸の使い方を覚えたのだが、それ以前はナイフとフォークを使っていた。

 

 それでも麺料理を食べたことがあればまだしも実の処これが初めてとなる。故に食べ方という物が分からない。

 

 見かねた嶋田に「そのまますすって食べればいいんだよ」と言われ、彼女は驚いた。

 

 麺をすするという事は音が出る。音を立てて食べて良いという事。

 

 軍に於いての食事なら音を立てて食べるのも吝かではないのだが、家でする食事で音を立てるなどしたことがない。

 

 モニカの家はそのような不作法が許される家ではなかったから。

 

 しかし彼が良いという以上そういう物なのだろう。そう判断した彼女はそのまま一息にすすって残りの麺を口の中に入れてしまう。

 

 すると口の中に醤油の味がじわっと広がり、味蕾全体が刺激された。

 

「おいしい……」

 

 初めて味わうカップ麺の味。初めての食感。子供の頃に食べてみたいと思ったカップラーメンの味。

 

「こんなにおいしい物を食べたのは生まれて初めてかも知れません……!」

 

 それを十数年越しに食べることが出来たモニカは満面の笑みを浮かべてこれをくれた嶋田を見た。

 

「初めてだね」

 

 すると彼は何かが成功した。やっとか。

 

 そんな感じを思わせる優しい声色で呟くように言った。

 

「え?」

 

「初めてみたよ、モニカさんの笑顔」

 

 

 

 “初めて見た笑顔”そう言われて今更ながらに気付く。自分が此処に来て笑ったのはこれが初めてなのだと。

 

 いつもいつも冷たい表情を張り付かせていた事に今更ながら気付かされた。

 

「そっちの方が良い。ずっと無表情だったけどモニカさんには笑顔の方が似合うと思う」

 

 そんな自分に気を悪くすることなく、彼は変わらぬ優しさを与えてくれていた。

 

 いつも仮面を被ったように無表情な自分に、暖かく接し続けてくれていた。

 

 もし自分が皇帝陛下の紹介でなければ今頃叩き出されていてもおかしくはないというのに。

 

「貴族だとか騎士だとか、そんな堅苦しく考えないでありのままの君で居ればいいじゃないか」

 

 甘えてもいいしわがままも言っていい。

 

 冷たい態度をとり続けていた自分に彼はそんな言葉を投げかけてくる。

 

「此処には厳しい人なんて居ないし強さを要求する人も居ない。それが必要な環境でもない。

 

 生憎と俺は君がどういう人生を歩んできたのかは知らないが、そうやって仮面をかぶってばかり居ると身体に良くないよ。

 

 この国で、少なくともこの家では仮面なんて外して、ありのままのモニカさんで居て欲しい」

 

 堅く考えなくて良い。強さも要らない。

 

 貴族としての自分でもなければ騎士としての自分でもないただのモニカでいい。

 

 ありのままの君で、モニカ・クルシェフスキーという一人の女性で居れば。

 

 心の中にすとんと落ちるその言葉。

 

(どうしてこの人は自分に何も求めようとしないのだろう)

 

 求められる環境の中で、ただ一人何も求めなかった彼。

 

 その答えがここにあった。

 

 彼が唯一求めていたのは自分という一人の人間と仲良くなりたい、それだけだった。

 

 それを知ったモニカの碧い瞳は潤みを帯び、涙が溜まっていく。

 

「おっと」

 

 しかし溜まった涙がこぼれ落ちることはなかった。そうなる前に彼の手で拭われてしまったから。

 

 彼の手が顔に触れている。暖かいその手には自分の涙がある。流れそうで流れなかった涙が。

 

「泣いちゃダメだとは言わないけど泣くのはラーメンの残りを食べてからにしよう。冷めてしまうからね」

 

 直後、モニカの胸の奥底に灯火がついた。

 

 やがて小さなその火は燃え上がり彼女の胸を熱くする。

 

(なに、これ……?)

 

 この時はまだそれを理解できなかった彼女は、自分の胸を押さえて燃え上がりそうになる火を無理とに消した。

 

 今はまだ早い。その時じゃない。無意識にその感情を押し込めながらもう一度箸を握り直すと、言われるがままにラーメンをすすり込んだ。

 

 本来の味は醤油味のそのカップ麺は、いつの間にか甘酸っぱく感じられる何とも言えない味へと変化していた……。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「…………」

 

 こたつの台に置かれた青い砂の入った砂時計。

 

 その砂が落ちるのをじっと見ている長い金色の髪の女性は、砂が落ちきったところで目の前にあった白い容器のふたを開けた。

 

「いただきます」

 

 箸を親指の間に挟んで手を合わせた彼女は湯気の立ち上る容器の中身──ラーメンを掴んで口に入れると一気にすすり込む。

 

 食べ物をすするのがはしたないとか、音を立てて食べるのは行儀が悪いとか一切考えていない。

 

 これはそういう食べ物であるし、自分はこうして音を立ててすすりながら食べるのが好きだから。

 

「ん~っ、おいしい~っ」

 

 寒い時期に食べるラーメンは格別に美味しい。

 

 これは殆どの日本人なら分かるだろうが、実家の両親には分からないだろう。

 

 それはなんて勿体ない事なのだろうかと、彼女モニカ・クルシェフスキーは本気で考えていた。

 

 貴族と言っても自由度の高い大らかな家庭ならば食べる機会もあるだろうこの食べ物を、昔ながらの厳格な貴族は食べられないのだから。

 

 インスタント食品が身体に良い物とは言わないが、全く食す機会がないのはやはり不幸な事ではないのだろうか? 

 

「君は本当にラーメンが好きだなぁ」

 

 感心したように言ったのは向かい合わせで座るこの家の主、嶋田繁太郎。

 

「ラーメン嫌いな人なんて居るんですか?」

 

「そういえば本気で嫌いって人には会ったことがないな、でも君は輪を掛けて好きなような気がする」

 

「別にラーメンだけが好きなのではありませんよ? カレーも好きですし牛丼も好きですし、お寿司は大好きですし」

 

「あんまり食べ過ぎると太るし身体にも良くないからほどほどにね……」

 

「自己管理は徹底しておりますので大丈夫です♪」

 

 モニカはこの一年と少しの間で自分はずいぶん変わったなと思っていた。

 

 素直な自分を出せるようになった。それが一番大きな変化だ。

 

 もう以前のような無表情な仮面など被っておらず、冷たい空気もなくなっている。

 

 “ありのままの君で良い”

 

 嶋田に言われ心を揺り動かされたその言葉の通り、ありのままの自分を出すようになった。

 

 少なくとも、この人の前でだけはそうあろうと心がけている。

 

 あの時はまだだと無理矢理押さえ込んだ自分の気持ち。

 

 彼が好きだという気持ちと共に新しい一歩を踏み出せたのだ。

 

 だからこそ、こうして彼と楽しい毎日を過ごせている。

 

 普通の生活という物を、普通という物を知ることができた。

 

 この事はいつの日か父の爵位を受け継ぎクルシェフスキー侯爵家当主となったその時にもきっと生かされる──そんな気がするのだ。

 

(その時、自分の隣にこの人が居てくれたら)

 

 自分を変えてくれ、自分の全てを受け止めてくれる優しいこの人とずっと一緒に居たい。そう思わずにはいられない。

 

「ん? どうかした?」

 

「いえ……」

 

 モニカは嶋田と結婚し、彼の子を生みたいと本気で思っている。

 

 本気だからこそ嶋田を誰にも渡すつもりはないし、それが故に独占欲が強くなっていた。

 

 彼に近付く女には自然と攻撃的になるし、女の匂いがすれば機嫌が悪くなってしまう。

 

 恋する女の悪い面ではあったがこればかりは自分でもどうにもならない。

 

(私は必ず貴方を討ち取ってみせます。ラウンズの戦場に敗北はないのですから……)

 

 攻撃目標をその碧い双眸に映すモニカ。

 

 そう、戦いはまだ、始まったばかり……。

 

 

 

 

どのカップリングの恋愛が見たいですか?(いずれもそれぞれに書いております・また書いていきます。新しいカップリングも増える可能性あり。

  • 嶋田繁太郎×モニカ・クルシェフスキー
  • 嶋田繁太郎×ユーフェミア・リ・ブリタニア
  • 山本五十六×リーライナ・ヴェルガモン
  • 南雲忠一×ドロテア・エルンスト
  • 玉城真一郎×クララ・ランフランク
  • 玉城真一郎×マリーベル・メル・ブリタニア
  • 澤崎敦×井上直美
  • レオンハルト×マリーカ・ソレイシィ
  • 原作ルルーシュ×シャーリー・フェネット
  • ルルーシュ(休日)×ミレイ
  • オデュッセウス×皇神楽耶
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  • 枢木スザク×ナナリー・ランペルージ
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  • 高麗大佐×奥様(書けたら(-_-;)
  • 鳩川雪夫×ストーカー女(書けたら(-_-
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