帝都の休日 短編連作群保管庫   作:休日

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南雲さん×ドロテアさんです


ご機嫌な紳士淑女

 

 

 

「ふう、会議会議。会議しか無いのかここは。大体にして私は駐ブリタニア大使館付き駐在官だぞ? 軍人が政治の会議に参加するとは政軍一致のブリタニアらしいと言えばらしいが」

 

 疲れる。連日の会議の原因はそう、南半球の実質的支配者たる南天条約機構が動き始めたからだ。

 

「中東に20,000,000いや、30,000,000の兵を集結させ始めているらしいが、会議に次ぐ会議などせずともその目的は明白。南天は中東を呑み込む気だろうに」

 

 バルコニーに出て風を受ける、鉄面皮。南雲忠一は、続きざまの会議にうんざりしていた。事は会議場で起きていない。現場で起きているのだ。

 

「万が一にもクウェートが巻き込まれることは無いと思いたいが、地理条件がな」

 

 頭が痛い。日本の傘下国にして、ブリタニアの傘下国でもある中東の小国クウェート。

 

 位置関係からしてこの南天の中東そしてアジア大攻勢に巻き込まれる可能性がある。

 

 現地には、日本軍とブリタニア軍が駐屯しており、そうそう手出しをしてくるとも思えないが。

 

 そう、頭を痛めていたところへ。

 

「ナグモ卿!」

 

 声を掛けられた。正直優しいという容貌より、第一印象は怖いという容姿を持つ自分に声を掛けてくるのは誰だろう。

 

 知り合いの誰かかと思う間もなく相対してきたのは、白い騎士服を青いマントで身を包んだ、褐色肌に緑色の透き通った瞳。長い黒髪を編み込んで結い纏めた、麗しい女性であった。

 

 その人物を南雲は知っている。いつぞやの社交界で共に踊ったことのある女性だった。以後何かとその女性とは縁があり、二人きりで出かけたり、彼女の家(上級貴族伯爵家)の招待を受けたりと会う機会の多い人物だ。

 

 そんな一見勇ましさを感じさせる淑女は、その外見に恥じぬ階級ナイトオブラウンズの第四席に就いている。普通ならば顔も見られない彼女と縁が出来たのは、引き合う運命だったのだろうかと、ここ最近では思わないでも無かった。

 

 彼女と二人で居ると、彼女を想うと、心が温かいのだ。百数十年、下手をすれば二百年と生きてきたが、これ程までに、一人の女性を想ったことは無いのでは無いだろうか。

 

「どうなされたエルンスト卿」

 

 ドロテア・エルンスト。だからエルンスト卿と彼女を呼んだ南雲だが。

 

「あ、その、ドロテアと、お呼び下さい」

 

 少しうつむき、頬を赤らめ、彼女は姓ではなく、名で呼んで欲しいと訂正を求めて来た。

 

 

 

 

 

 ご機嫌な紳士淑女

 

 

 

 

 もちろん彼女とはそれなりの付き合い。勘違いで無ければ男女としてもそれなり以上のお付き合いをしているとの自負がある南雲は、普段ならばドロテアさんと彼女を一人の女性としてその名を呼ぶ。

 

 しかしここは公館。市井ではない。故にエルンスト卿と彼女を呼んだわけだが、彼女はお気に召さなかったようだ。

 

「では、ドロテアさん……皇帝陛下の警護は大丈夫なのですか?」

 

「陛下の警護は他のラウンズが担っております。私は対南天対策の会議に陛下に変わり出席の要請をお受け致しましたので」

 

 まさかナグモ卿もご出席だったとはと、微笑む彼女。

 

 ああ、癒やされる。会議会議の合間に彼女のような美女の笑顔を拝謁すればそれだけで活力が湧いてくると言う物だ。

 

「そうとうお疲れのご様子ですね」

 

「まあ、ね、朝から午後まで会議が続いておりまして、結局現時点を持ちましても南天への対策に目処が付いていないのですよ。中東を攻略した南天は遺跡に手を掛けるでしょう。そしてその後は近隣にあるジルクスタンや中華連邦の遺跡にも手を掛けるためと、東へ向けて大東征を始めるのでは無いかと考えられているわけでして」

 

 その事について答えが出ない。中華連邦からは何の要請も今のところは無い。

 

 よもや自国が狙われているとは考えては居らぬのか?

 

 ジルクスタンからもだ。

 

 言っては悪いが、南天条約機構軍が侵攻を開始すれば、陸、海、空、からの三位一体の攻撃で両国共に短期間で崩壊するぞ。

 

 変わってドロテアが答える。

 

「ジルクスタン、中華連邦は、中東の制圧で南天が止まると考えているのでしょう。しかし南天条約機構軍の招集した戦力は最終的に30,000,000にまで膨れ上がるとの見解が出ております。その様な大戦力を中東攻略のためだけに招集するとは私にも考えがたいです」

 

「ドロテアさんもそう思われるかね」

 

「はい。生憎と私は遺跡や古代の力については造詣が深くありません。ですが軍事的な話となれば」

 

「南天は止まらない、と」

 

「はい。ジルクスタン、中華連邦を呑み込み清国や高麗の隣国と成り、しいては日本の勢力圏とも隣り合わせとなってしまう事でしょう」

 

「そんな事になれば本国も黙ってはおるまいて。日本と南天の間で大戦争が起きる」

 

「そうなれば我がブリタニアも日ブ同盟の条約の下、即時参戦となり世界大戦は避けられぬ物となるかと」

 

「……」

 

 

 不穏な話ばかりだ。

 

 バルコニーに風が吹き抜ける。

 

 ドロテアの青いマントが風に翻る。

 

 彼女の纏めている髪の後れ毛が舞い踊る。

 

 この様な平和な光景が、彼女の美しい姿が崩れるところを南雲は観たくないと強く思った。

 

「ナグモ卿」

 

 ふとドロテアが振り返る。その表情は先ほどまでの難しい物では無く、勇ましさの中に咲いた花。微笑みだった。

 

 思わず胸の奥がドキリと鳴る南雲。自分はやはりこの勇ましくも麗しい女性に特別な感情を抱いているようだ。

 

「どうなされましたかな?」

 

「ご休憩の方はまだ……お時間は?」

 

「ありますよ。会議が長引いている為か皆疲れておりますからな。一時間ほどは」

 

 そう答えると、ドロテアは花が綻ぶ様な満面の笑みを、麗しの顔に浮かべ、紫色のリップの塗られた唇を蠱惑的に開いた。

 

「ココア……」

 

「え?」

 

「これから一杯。参りませんか? もちろんお酒などではありません。温かいココアを私が淹れて参りますので、この、バルコニーで……二人だけで……」

 

 二人だけと言われた南雲は変に緊張する。ああ、やはり俺に取ってドロテア・エルンストは特別なようだ。

 

 彼女に取って、南雲忠一という男はどうなのだろうか? 特別なのだろうか。

 

 キミは本当に、私の前では勇敢な騎士ではなく、乙女としての姿を見せてくれる。

 

 いつもいつでも。どこであっても。そうだ。あの社交界での舞踏以来、キミは南雲忠一の前では乙女でしかない。

 

 27歳、若く咲いた花は成熟を迎えた頃か。人生150年が当たり前となった今ではその年の頃は。

 

 まだまだ九分咲きから満開の頃だろう。美しい花が咲き誇っている。それが私だけの花なのかどうか。

 

 答えはもう出ているはずなのだが。未だ想いを伝えられていないな。

 

「ドロテア……キミは美しい花だな」

 

「えっ?」

 

 ああ、俺は何を口走っているのだろうか。下手をすれば、彼女との築き上げてきた間柄を壊しかねないというのに。

 

 

「美しい、美しい、大輪の花だ」

 

「ナ、ナグモ卿……?」

 

「その花……俺だけの物にしたい。俺だけの物にしてしまいたい」

 

 言ってしまった。とんでもないことを言ってしまった。ドロテアさんも嫌だろうに。こんな年上の。親子ほども歳の離れた。彼女の御両親よりも年上の俺なんかの告白なんて。

 

 気分が悪いだろうに止められなかった。この大輪の青い花を前に。

 

「わ、私はその、淑女では、あ、ありませんよ?」

 

「淑女だよ」

 

「わ、私は、男勝りですよっ」

 

「この南雲忠一にはそのくらい気の強い女性こそが似合っている」

 

「お、お酒、飲めませんよっ」

 

「酔わせてベッドへお持ち帰りだ」

 

「こ、ココアくらいしか」

 

「ドロテア・エルンストのココアを独り占めできるのならそれに増した栄誉は無いと考える」

 

 ああ、本当に何をやっているのだろうかこの重要会議の休憩の席上で、俺とドロテアさんは。

 

「返事は今で無くとも良いよ。いずれ心の整理が付いたときにでも」

 

 俺が言うと、ドロテアさんは。

 

「お、お返事は、ココアの後で」

 

 顔を赤くしたドロテアさんの青いマントが、俺の頬をかすめるようにして翻されていく。

 

 廊下の奥へと消えていく彼女の後ろ姿を見送った俺は一言。ため息と共に呟いた。

 

「……やってしまった」

 

 空気か。その場の雰囲気か。エルンスト伯爵家のご令嬢でもあり、ナイトオブラウンズ、ナイトオブフォーに対して何てこと。

 

 これは更迭もあり得るな。俺の後釜は誰だろうか? 富永さんか? いやあいつが駐在武官なんてやればブリタニア内に変な秘密結社とか作りかねんし。

 

 

 大輪の青い花――。

 

 27年生きてきてそんなことは初めて言われた。

 

 貴女は淑女だ。

 

 私を淑女だなんて言う殿方はきっと彼くらいだろう。

 

 彼との出逢いは社交界だった。

 

 ああいう場が苦手な私を彼がリードし場を盛り上げて下さった。

 

 男――という存在を意識したのは、正にあの時だっただろう。

 

 以来、社交界には積極的に出るようになった。彼を求めて。

 

 何度も踊り、何度も杯を交わし。

 

 酒の飲めない私の介抱を彼がして下さった。

 

 起きたときの膝枕はもう数えられないほどに。褐色の肌が真っ赤になるほどに彼とは接近し続けた。

 

 時に市井に出かけ、アクセサリーや小物、今まで興味も示さなかった女子らしい物も買って頂いた。

 

 それらは私の宝物だ。今は私の部屋の鏡台の引き出しにしまってある。

 

 大輪の青い花――それは私のマントの色を差して答えて下さった物だろう。彼は青色が好きだろうか?

 

 私はナイトオブフォーだが、同時にエルンスト伯爵家の次期当主でもある。

 

 入り婿を迎えなければならない立場。彼は日本では影のフィクサーの一人だというまことしやかな噂がある。

 

 そんな大それた人物が、家族と称されるほどの堅牢なる同盟関係で結ばれている国家同士とは言え、たかが上級貴族程度の家の入り婿としてきてくださるのだろうか。

 

 

「い、いや、それ以前に私は何を考えているのだ!そのような大それた事を! 私はただの一騎士であって国家を動かすフィクサーなどと言う方とお付き合い、ましてやその先へ進む関係を築けるような存在では……存在では……」

 

 でも、だがもし、彼の御方が。ナグモ卿が。私という青い花を手折って下さるのならば、私は……。

 

「ナグモ卿のお言葉は、ふ、婦女子への告白だった。間違いなく、一遍の疑いなく」

 

 私は、ドロテア・エルンストはどうすれば。

 

 ドロテア・エルンストは紛うこと無くチュウイチ・ナグモ卿に引かれている。

 

 彼の方を……お慕い――申し上げている。

 

 だが、この気持ちを素直に、言葉に出して良い物なのか?

 

 コポコポと入っていく白湯。コップの中のココアが白湯に浮き散らばり始める。

 

 だが、だが、私は彼の御方を他の女性になど渡したくない。

 

 ココアを混ぜていく。チョコレート色がカップの中で攪拌されて広がり、見事な焦げ茶色へと変わっていった。

 

 ああ、チュウイチ・ナグモ様。どうしてあなたはこんな私などを愛して下さったのですか?

 

 男勝りで、淑女らしくも無い、こんな女を。

 

 私は答えなければならない。ボールは私に投げられたのだから。

 

「……駄目だ。あの御方を、チュウイチ・ナグモ様を、他の婦女子に取られるなど……いや、だ……」

 

 考えて、考えて、出てきた答え。

 

 どれだけ考えても同じ答えしか出て来ない。

 

 チュウイチ・ナグモ様に私という青い花を手折って頂きたい。

 

 あなたにこそ手折って欲しいというたった一つの答えのみが。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

「ナグモ卿、ただいま戻りました」

 

「お、おお、ドロテア、さん」

 

 二人はバルコニーから庭を見る。今は誰も居ない。

 

「ナ、ナグモ卿……」

 

 口火を切ったのはドロテア。

 

「ナグモ卿は日本の影のフィクサーだとお聞きした事があります、そのお一人であると」

 

「ほう……どこで?」

 

 目が鋭くなる南雲。触れてはいけない類いの情報なのだとこの瞬間にもドロテアは知る。

 

「ラウンズという最高位の貴族の職に就いていると、どこからか耳に入ってくる物なのです。皆が皆、そうではありませんが」

 

「そう、ですか。して、その情報を以てドロテアさんは何を為さろうと?」

 

「何も」

 

「何も?」

 

「はっ、何も……ただ、ただそのようなお立場にあられるあなたが、私などをと、そう考えただけです」

 

 一介の騎士でしかない自分に。一介の伯爵家次期当主でしかない身分の自分に釣り合わない身分だろうと、ドロテアは言うのだ。

 

 だが南雲の見解は異なるものだった。

 

「何故? 私が何者であろうと貴女と私の……俺の事柄には関係ないはず」

 

 そうだ無関係だ。たとえ南雲が日本を支配し歴史を操ってきたフィクサーであろうとも。個人間の問題にまで。

 

 ましてドロテアはブリタニアの上級貴族。日本とブリタニアの関係を深化させる意味でも自分達の関係は。

 

 

 

「いいえ、関係があります。……私はエルンスト伯爵家の次期当主の身。婿を迎えなければならない身なのです。そんな私の、一上級伯爵家の婿に、日本のフィクサーを迎えるなど無礼に過ぎ――」

 

 南雲はその彼女の言葉を遮った。

 

「貴女のその言葉こそ無礼千万ですがね」

 

 南雲はドロテアの言い分に怒った。

 

 一上級貴族如きだから強大なる身分を持つ南雲を迎えられない?

 

 この恋は、南雲忠一とドロテア・エルンストの恋は最初から間違っている?

 

「ドロテアさん、いや……ドロテア。貴女の本当の心は何処にある?俺はその在処を知りたい」

 

 間違ってなどいない。この恋は本物で、確かにここにある。

 

 南雲はドロテアに迫った。

 

「本当の、心……」

 

「そうだ」

 

 ナイトオブフォーでも、エルンスト伯爵家次期当主としてでもない。ドロテア・エルンストとしての心の在処。

 

 あの日あの時、社交界での舞踏をきっかけとして今日この時まで巡り来た恋のステップ。

 

 社交界で何度となく踊った。貴女のココアを飲んだ。心温まる美味しいココアを。酔いつぶれた貴女を開放しているとき、ある種の欲望を抑えるのに必死だった。

 

 二人きりでお出かけもしたね。アクセサリーを買い小物を買い、貴女はまるで少女のように輝いていた。

 

 それを伝えると、ドロテアの翡翠のような緑色の瞳から涙がこぼれ落ちた、溜めていたのか、ぽろぽろとこぼれ落ちる涙。

 

「チュウイチ、様……、私は、ドロテア・エルンストは、チュウイチ、様を、誰にも、渡したく……」

 

 感極まったドロテアは南雲の胸に縋り付いた。頭を南雲の胸に擦り付け、身体全体を南雲に預け。

 

 そのまま泣き続けるのだ。

 

 

「それでいい、それでいいよ……、ああ、俺も馬鹿なことをした甲斐が在ったという物だ。俺も怖かったんだドロテア、キミに受け入れられるかな」

 

「チュウイチ様、も?」

 

「ああ、俺だって怖いさ、心から愛した女が望み通りの答えをくれなかったらどうしようかとね。ただ、これまでのキミとの交流で手応えはあった。だからこの機会にぶちまけてやったんだよ」

 

 南雲は豪快に笑い。ドロテアを抱き締めた。ドロテアの青いマントに南雲の指が食い込む。

 

「ドロテア・エルンスト、今を以てキミという青い花はこの南雲忠一だけの物だ。誰にも渡さんよ。俺はまあやることに一段落付いたらエルンスト伯爵に挨拶をして、エルンスト家の婿となろう。なあにドロテアの心配している日本のお仕事も、本国と離れていても出来る事はあるし、どうせ辻さんが逃がしてくれない。いざとなれば飛行機や浮遊航空艦で日本まで飛んでいけば良いだけだ」

 

 だからドロテア、キミとの結婚を誰にも文句は言わさない。

 

 それだけを彼が告げると。

 

「ドロテア……」

 

「チュウイチ様……」

 

 

 南雲とドロテア。二人の顔は近づいていき。

 

 どちらともなく静かに唇を重ね合った。

 

 

 すっかり冷めてしまったココアを笑顔を向け合い飲む二人。そんな二人の姿を見たバルコニー近くを歩いていた騎士は、二人の空気の違いに気付いた。

 

 ナイトオブフォー・ドロテア・エルンストと、日本大使館の駐在武官チュウイチ・ナグモ卿の二人の様子が、恋人同士か夫婦が寄り添っているようだったと。

 

「さあ、会議は続くぞドロテア」

 

「チュウイチ様、どこまでもお供致します」

 

「ああ、その敬語はやめてくれ。いつも通りのキミで」

 

「分かった。ではゆくぞナグモ卿」

 

「ああ、エルンスト卿」

 

 対南天の会議は続く。南雲とドロテアは隣り合って席に着いた。

 

 

どのカップリングの恋愛が見たいですか?(いずれもそれぞれに書いております・また書いていきます。新しいカップリングも増える可能性あり。

  • 嶋田繁太郎×モニカ・クルシェフスキー
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  • 南雲忠一×ドロテア・エルンスト
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  • 高麗大佐×奥様(書けたら(-_-;)
  • 鳩川雪夫×ストーカー女(書けたら(-_-
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