あまり見るのは失礼だと思いながらも、七夕が近いという事で、ついつい目が行ってしまうのは、表地が黄色、裏地が紫色の、足首まで届く裾の長いマント。
の上の方を流れる、美しく輝く金色の川。我が家の同居人モニカ・クルシェフスキーの長い髪だ。
モニカさん、神聖ブリタニア帝国第98代皇帝の剣の一振り。
ナイトオブラウンズの第十二の席。ナイトオブトゥエルブを務める、世界で最も強き騎士の一人。
そこまで、ここまで上り詰めるのに、どれくらいの努力をしてきたのだろうか?
厳格なる階級社会で成り立つブリタニア帝国で、大きく分けて13の階級がある中で、第10階位である大公爵よりも上位にある、第11階位ラウンズに上り詰めるまでに。彼女はどれほどの努力と苦しみと、悲しみと、想いを抱いてきたのだろうか。
あの俺の幼馴染の彼の為に、血のにじむ努力をして、きっと彼女は這い上がってきた。
彼女の家、クルシェフスキー侯爵家は1000年以上続くブリタニア最古にして最大級の名家の一つ。
普通なら、蝶よ花よと育てられていたのだろうか。
だが、彼女は己に課せられた運命の道を行くように、クルシェフスキー侯爵の厳しき躾を耐え抜き大きく育ってきた。
──何度泣いたでしょうか。
一人、部屋で枕に顔を埋めて泣きながら、それでも彼女はあの彼の背中を追うが故に、まるで訓練の様な、そう、皇宮での在り方を学ぶかのような勉学と修練とを繰り返し続けて来た。
あの、泣き虫で引きこもりな弱虫のために。聴いているか。見ているか。お前の背を追い、お前に自らを伝えんがために、お前の、君の娘はここまで来たぞ。
もう子供の頃の様に兄さんの背の後ろに隠れることはできないぞ。
勘違いした田舎者 織姫と彦星は休めない
彼女が何を考えているのか、彼女が君に自分を告げて、そして何を為したいのか、残念ながら俺にはわからない。
彼女は恋愛小説が苦手だという。何で苦手になったのか? 女の子が好んで読む本を苦手にさせたの、君なんだぞ?
クルシェフスキー侯爵からも、彼と会った時に色々と伺ってきた。
──嶋田閣下。彼も、彼もあれでずっと苦しんできているのですよ。我が子、我が娘を自分は捨ててしまったんだ。我が子の母を、儂は我が手にかけてしまったのだと。ずっと、ずっと、贖罪の意思を持ち続けているのですよ。嶋田閣下。あの子、気づいているでしょう? 気づかれていないと、隠せていると思うは本人ばかりなり。私もソフィアもあの子が私たちの実の子ではない事も、あの子の父や母、その系譜も、全部気付いていることを私たちも知っているのです。あの子、あんな大人しそうに見えて、頭のいい行動派な娘ですからね。ある月のある日、真っ黒な衣服を着て真っ黒なリボンを髪に結び巻いて必ず出かけます。そして‟あいつ”もまた、そのことを知ってるんですよ。あいつはあいつであの子とバッティングしないように日をずらして花を手向けに行ってるんです。あいつの幼馴染であるあなたにだけ、この事を伝えておきたかったのです。
『二人は二人共気付いている。だがお互いに名乗ることが出来ない』
──不器用な親子ですよね。ホント、誰に似たのか。私はね、あの子があいつを父親だと受け入れ、あいつの下に帰ると言うなら、返そうと思って居るんですよ。私個人の意思としてはクルシェフスキーの後は、あの子にこそ継いでもらいたい。他の子を大切に思っていない訳ではありませんが、私は血は繋がって居なくとも、あの子の父親ですからね。でも、それでもあの子があいつの下に帰るというなら、笑顔で送り出してあげたい。故にこそ、私はあの子への教育だけはただ当主として立つ者としての教育だけではなく、皇宮へ上がる時に必要となる最も厳しい教育を施してきました。心を鬼にして。嶋田閣下、あの子、優しいでしょう。正義とは平民、虐げられているもの、強者、弱者、関係なく必要なものであり、そして騎士は強くあらねばならない。全ての民を守るために。ふふ、おとぎ話の騎士様みたいにかっこよくて優しいんですよ。そんな優しい子に私は優しくしてあげられなかった……。
『クルシェフスキー‟卿”。あなたも十分不器用な親ですよ。ふふ、親子そっくりじゃないですか』
俺はテレビの音を消したまま、彼女の背中だけを見つめている。
モニカさんの太もも裏の少し上まで届く、長い、長い金色の髪の毛。真っ直ぐに流れる金色の。
あまりじろじろと見る物では無いけれど、季節がらみてしまうのは、七夕を意識しての事だろう。
モニカさんの長い髪が、七夕の舞台である天に流れる天の川を想起させるんだね。
輝く金色は、星々の輝き。金の髪は川の流れその物。その金色の髪の毛が垂れ下がる彼女の背中は、当然として見えない。
衣服を、マントを着用しているからとか、そんな理由ではない。
彼女の髪の毛その物が、俺と彼女を隔てる川の流れの様になって、彼女の姿が見えないのだ。
織姫と彦星は一年に一度しか会えない。
彼女が皇宮へと帰る、彼の下へと帰る選択をした時。
それが私と君のお別れの時だ。
私とて、場所柄を同じとしない他国のお姫さまとは早々会えないからね。
会談でもそうだ。モニカ皇女殿下とそう呼ぶことになり、今の気安い間柄はもう過去のものとして霧散してしまうだろう。
私と君って、何なのだろうね?
血のつながらない家族?
それとも。
まさか。
恋び──。
思い浮かべかけた罪深い言葉は、彼女の背を流れていた金色の髪が大きく流れ動いたことでかき消された。
あ、金色の川が……。
流れの変わった金色の川の向こう側には、黄緑色の美しい平原と、美しいお姫様の顔がある。
赤いリボンで結ばれくるくると髪に巻き付けられている横髪までが流れを変えて、そうして彼女はこちらを見ていた。
金色の川は向こう側。今は彼女の美しいかんばせだけが、こちらを見ている。
深いマリンブルーか。あるいは蒼穹のスカイブルーかを思わせる両の碧眼が、静かに俺を見つめていた。
ドクン。
大きく高鳴る心臓の音。
ああ思えば俺は、彼女の髪の毛をジロジロ見つめ続け、彼女の背中を無遠慮に見つめていたんだ。なんて恥ずかしく、なんて失礼な事をしていたのだろうか。
女性の身体やら髪の毛をじっと見るだなんて、失礼にも程がある。
思わず俺は目の合った、その青い瞳から逃げてしまう。目をそらした先は音のないテレビ。
「いや、はは、このテレビ面白いねっ」
そんな俺の背後にパタパタと近づいてくる気配一つ。
リビングの皮張りソファを隔てて直ぐ真後ろに立つ彼女の存在一つ。
家政婦さんも、モニカさんの副官さんもいない。どんより曇った雲の下の一軒家。
すっと右側に音がして、温もりが頬を擦る。頬擦り。
これは時々モニカさんがしてくる。親に子だと言い出せない娘の寂しさからなのか。養父の愛情を受けていなかったとする勘違いが長かったからなのか。
すり、すり……
「て、テレビ、お、おましろ」
おまししろってなんだろう。自分で何を言っているのか分からなくなる。
すり、すり、すり……
右頬に擦り込まれるモニカさんの頬。
金色の髪が俺の肩を跨いで流れて、俺をその清流の中へと取り込んでしまった。
「……」
ああ、なんだ。そういうことか。
俺は何を深く悩み過ぎていたのだろう。モニカさんの髪を見て、自問自答の自己解決を見る。
金色の川とは、それはモニカさんの一部。
結局俺と彼女を隔てる物なんて無いんだと。
天の川の様に、いや、天の川よりもはるかに美しいモニカさんの長い髪は、俺と彼女を隔てる物じゃない。
リボンの巻かれている髪の毛の束を、俺は自らの手で優しく撫で梳く。
彼の流れこそが彼女の一部で、川その物が彼女自身ならば、俺という彦星はいつでもその川に、彼女に触れることが出来るという事だ。
すり、すり……。
しかし彼女、いつも無意識に頬擦りをしてくるな。
こんなところをクルシェフスキー侯爵や彼に見られたら大変だ。
──嶋田閣下。あいつの無茶で、いいえ、信頼するあなたにだからこそ無茶をしてでもあなたにあの子を預けたのでしょうけれど、私はね、あの子を本当に大切に思っております。宝物なのです。私の大切な宝物を傷つけるようなことだけはなさらないでください。もし、傷つけようものならば、その時は。
その強大なる死の気配に抗ってでもあなたを誅します。
たとえ適わずまでも。
──ですが、私はあなたのその優しさをこそ信じております。あの子のこと、これからもどうかよろしくお願いします。
ジャン・クロード・クルシェフスキー。
誰よりも誇り高く高潔なる貴族にして騎士。クルシェフスキー侯爵家現当主にしてロッキー地方を含めたロッキー以西を影響圏に置くとてつもない広大な経済圏を持つ大貴族。
影響地域は人口三億人を超えている。日本にとってブリタニア最大のお得意様。
血の紋章事件、大貴族連合反乱事件では友である彼と共に戦い、彼についたラウンズ同様、最大の功績を上げた男。
そんな大人物に頭を下げて頼み込まれたら、断れないじゃないか。それに──。
「モニカさん、こっちにおいで」
「はっ?!」
はっと気が付くモニカさん。彼女の頬擦りはマーキングだなんて夢幻会の仲間の一部が言ってたけれど、そんな人間がそんなことする訳がないだろう。と、思うんだが。どうなのだろう。
「こっち」
ぽんぽん、と叩くのは自分の膝だ。座りなさいと言うと、彼女は静々と俺の前に回り込んでもふもふのスリッパを脱ぐと。
「し、しつれい致します」
ソファの上に上がり、右向きに俺の膝の上に座り込んだ。
人一人分の体重がかかるが、年若い女性であり、このソファも柔らかいから大丈夫。
黄緑色のマントが俺の着物の裾と合わさり、するっと衣擦れの音がする。
金色の長い髪の先の方は、ソファの上でとぐろを巻いており。その髪の長さを実感できる。
右手で彼女のマント越しに背を支え、左手で彼女の暖かい頬を撫でた。
「モニカさん、どうして君はこの柔らかくて暖かい頬で俺に頬擦りをするのかな?」
「え、えっと、なんと、なく、です……お嫌、でしょうか?」
恐々と上目遣いで伺ってくる可愛い生き物。
なに? この可愛い生き物。
「嫌じゃないよ。温かくて気持ちが良くて、嬉しいよ。ただ、どうしてかなあって思ったまでさ。人生200年。俺は一応‟青年”の域ではあるけれど君とは年が40も離れているのに、どうして俺なんかをこうも求めてくるのかなあってね」
「ね、年齢なんて関係ありません。嶋田さんは嶋田さんです……それが理由では、いけませんか?」
「いや、その、ね、俺も、いけないわけじゃないんだよ? ただ、君みたいな美しい女性とこう、接する機会はあまりないだろう? こちらも緊張してね」
「で、ですが、私と嶋田さんはもう4年も同じ屋根の下で済んでいるのです。……ですから、それに私は美しくなんて」
この子は何を言い出しているのだろうか?
モニカさんが美しくないと言ってしまったら、世の女性の7割は……ちょっと、言い難い。
「いいや、君は美しいよ」
「し、嶋田さん」
「こう、ぎゅ~って抱き締めたら幸せいっぱいになれるくらい」
「きゃっ、あ、あ、あの」
モニカさんをお姫様抱っこしたまま、抱き締めて。ゆったりとした午後を過ごしていく。
ああ、何だかそう、あれだ。
織姫と彦星みたいだ。
彦星がおっさんで、そんなに顔に自身があるとは言えないのが玉に瑕だけどね。
ぶーっ、ぶーっ。
「あ、あの、すみません嶋田さん。私の携帯が鳴っているようなので」
「ああ、騎士服のポケットに入ってるの?」
「はい、マント、少し、その」
マントを開かないと取れないな。これは悪い。抱き締めていた手を離してあげると、彼女はごそごそとポケットを触り出した。俺の膝から降りないでいてくれているところが凄く嬉しい気分だ。
「はい」
『クルシェフスキー卿ッ! お休みのところを申し訳ございませんッ!』
「いま、お客様をお待ちしているところなのです」
そうこれだよお客さん。モニカさんが今日正装していた理由。なんでもシュナイゼル殿下の御座艦であるアヴァロンが、ブースターを付けて日本へ向かっているらしい。
アヴァロンのブースターを点火したらマッハ7.5~10の極超音速に到達するからすぐにでも到着するだろう。
それも何か空港で降りた後にモニカさんの家、つまり俺の家へ直通で数人のお客さんがやってくるらしい。
お客さんは7人。なんか山本もいるらしくリーライナ・ヴェルガモン卿も一緒。
モニカさんの会いづらいクルシェフスキー侯爵。会いたくて、でも何をどう思って居るのか彼、そして麻生大臣こと良太郎さんにシンク夫人。ローゼンクロイツ伯爵夫人。
とんでもない豪華メンバーで本音言うと『政府官邸に行けよ』というのが本音なんだけど、みんなお忍びらしい。
そんなときなのに。
『それが、緊急事態ですので直ちに出動願いますッ! 第八十八皇女マリーベル・メル・ブリタニア殿下が街頭で侮辱を受け、同一人物と思われる男が恐れ多くも御帰宅中のナナリー・ヴィ・ブリタニア殿下に傷害を負わせ逃走したのですッッ!!』
ああ、なんだろうかこの漏れ聞こえてくる恐ろしい言葉の数々。
のんびりと休暇なんか楽しんでいるどころじゃないな。
ぼんやりと聞きながらソファにとぐろを巻くモニカさんの長い金色の髪を弄びながら、ため息をついていると。
ぶーッ、ぶーッ。
今度は俺の携帯まで鳴り始めた。
「はい、嶋田です」
『嶋田さん。ニュース視てますか』
丸眼鏡の男の顔がすぐに出てくる。
『ブリタニア皇族侮辱罪。並びに傷害罪が発生しました』
知ってる。モニカさんの電話から聞こえてきている。
『それとこの一件に米内光政が絡んでいる可能性がありまして』
げッ?! なんで米内が絡んでくるんだ! あいつ一応華族男爵位持ってる華族だから厄介だぞ?
金色の髪の毛をくるくる指に巻き付けて遊んだり、撫でてあげたりしながらも、電話越しで続く話。
『華族子爵位以上の人間が出ていく必要性も考えられますので』
なんで休暇の時ばかりこんな厄介事が起きるのだろうか。
しかし、ナナリー殿下への傷害は許せんな。
「わかりました。こちらも動く準備をしておきます」
ああ、モニカさんと二人だけでゆっくりとしたいなあ。
モニカさんの髪に五指を通して何度も撫で梳いては俺は難しい顔をしていた。
俺に髪の毛を弄られまくっているモニカさんは顔が真っ赤になっていた。
反省はしていない。もう少し触らせてもらおう。
馬鹿男爵は嶋田さんとモニカさんの二人きりの時間さえ邪魔して来ます。
馬鹿男爵予告と違い申し訳ありません。
久しぶりに嶋田さんとモニカさんの甘いお話を書いてみたかったので。
どのカップリングの恋愛が見たいですか?(いずれもそれぞれに書いております・また書いていきます。新しいカップリングも増える可能性あり。
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嶋田繁太郎×モニカ・クルシェフスキー
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嶋田繁太郎×ユーフェミア・リ・ブリタニア
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山本五十六×リーライナ・ヴェルガモン
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南雲忠一×ドロテア・エルンスト
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玉城真一郎×クララ・ランフランク
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玉城真一郎×マリーベル・メル・ブリタニア
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澤崎敦×井上直美
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レオンハルト×マリーカ・ソレイシィ
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原作ルルーシュ×シャーリー・フェネット
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ルルーシュ(休日)×ミレイ
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オデュッセウス×皇神楽耶
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ジェレミア×ヴィレッタ・ヌゥ
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枢木スザク×ナナリー・ランペルージ
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コーネリア・ランペルージ×ギルフォード
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高麗大佐×奥様(書けたら(-_-;)
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鳩川雪夫×ストーカー女(書けたら(-_-