帝都の休日 短編連作群保管庫   作:休日

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269 :楽隠居?と円卓の少女 第7話後編:2013/04/14(日) 22:05:44

提督たちの憂鬱キャラがギアス並行世界に転生
嶋田さん独身
嶋田さんロマンス
性格改変注意
激甘系等に属する甘い話なので注意
レイバーネタ

モニカの性格が変わりすぎております。
昔に書いたものなのでオリキャラ化しております


楽隠居?と円卓の少女 第7話後編

 

 

 

 

 楽隠居? と円卓の少女 第7話後編

 

 

 

 

 

 コックピットのモニターには迫り来る敵KMFの姿があった。見た感じ中華連邦や大清連邦、その属国である高麗共和国が使用する主力機ガン・ルゥと似ているそれは三騎でグループを組んでいる。

 

 迎え撃つのはただ一騎、純白の騎士ランスロット。

 

「それっ」

 

 パイロットの掛け声と共に振るわれる高周波振動剣。切り裂かれたガン・ルゥ擬きは一瞬の後に爆発撃破された。

 

 三対一という数的には不利な状況にも拘わらず、画面一杯に映るKMFが発砲した機銃弾やバズーカを巧みに躱しながら、コックピットに座るパイロットはにこにこ笑顔で一騎ずつ仕留めていく。

 

 まるで出てくる位置が分かっているかのように敵の進行方向を読み一撃で仕留める操縦技術は、並のデヴァイサーとは思えない領域にあった。それこそラウンズ級と称されてもおかしくはない程のレベルだ。

 

「すっげェ、また一騎撃墜したぞ!」

 

「おいおい冗談だろ、ここまでノーダメージかよ」

 

 戦場には似つかわしくない喧噪に包まれてもコックピットの男は気を取られず戦いに集中している。

 

 レーダー横にある戦場の地図には青い光点が一つと、複数の赤い光点が明滅していた。

 

「よっと」

 

 また一騎現れたKMFを見た男は操縦桿を倒して機銃の発射ボタンを押す。轟音と共に爆砕される敵KMF、同時に地図にある赤い点が一つ消えた。

 

 白の騎士が敵を討ち取るたびに消えていく赤い点。それはやがて最後の一つとなった。

 

「これで最後だ」

 

 男の操る白の騎士は、最後の一騎の為にと取って置いたヴァリスを構え、躊躇することなく引き金を引いた。しかし必殺の弾丸は敵機を討ち取ることなく掠めただけに留まる。

 

 危うく難を逃れた敵機は外装こそ損傷しているものの、直ぐさま体勢を立て直すとビルの影に隠れて逃げていった。

 

 意外に素早い動きで彼を翻弄する敵機は流石大将機といったところであろう、逃げながらもこちらに攻撃しつつ徐々に徐々に地図の枠内から『場外』へと移動しているではないか。

 

 このままでは遠からず舞台の上から消えてミッションコンプリートは不可能になってしまう。

 

「ああっ、逃げる逃げちゃうよっ」

 

「あと一騎で全クリなのに勿体ねェ!」

 

「頼むっ、このゲームのエンディングまだ見たこと無いんだ、エンディングを見せてくれっ」

 

 コックピットの外から聞こえる喧噪は更に大きなものとなった。まるで戦闘を高みの見物でもしながら楽しんでいるかのようだ。

 

 戦闘中の男に向けての催促の嵐は大きくなる一方で、やはり戦場からはほど遠い場所に彼らが居るという事実を指し示していた

 

「はいはいわかってますよ」

 

 外から聞こえる声に余裕の表情を浮かべて余所見までする男は『観客』の期待に応えようと特定のポイントまで自機を移動させると、物陰から現れた敵機目掛けてとどめの一撃を放つ。

 

「ラ~ストッ!」

 

 白の騎士より放たれたヴァリスの弾丸は今度こそ狙い違わず敵機に命中。一撃の下で粉砕した。

 

 余裕、鎧袖一触、様々な言葉で彩られるであろう圧倒的な成果を残した彼の表情が、いつも以上ににやけているのはおそらく気のせいではないだろう。

 

 その直後、戦場を映し出していたモニターが切り替わり『君の活躍によって街の平和は守られた』の文字がデカデカと表示され、夕日を背景にした自機ランスロットの姿が映しだされた。

 

 外側、第三者の視点からでしか有り得ないその場面だが、驚く者は一人としていない。それもその筈、この戦闘はランスロットの体感ゲームによるものなのだから。

 

「ええっと……。SHI・RA・KA・WAっと」

 

 男は慣れた様子でプレイヤーの名前を入力して席を立つ。全機撃墜のオールクリアを果たした以上最早このシートに座っている意味はない。

 

 結果は当然ながらのハイスコアだった。

 

 

 

 *

 

 

 

「いや~どうも、どうもどうも、御声援ありがとう」

 

 コックピットハッチを模した扉を開けて出てきた男は、いつの間にか集まっていたギャラリーに手を振り得意満面に笑っていた。

 

 彼はこれが俺の実力だとでも言い出しそうなほど御機嫌ではあったが、そこは手を振るだけに留めている辺り調子に乗ってミスをするような人間ではないようだ。

 

「マジでノーミスどころかノーダメージで全面クリアしやがった」

 

「このおっさんスゲーっ」

 

 おそらくこのゲームをクリアした初めての例となるであろう彼のプレイに皆一様に驚いている。それほど難易度の高いゲームであり、たったいま彼が制覇するまでエンディングが流れたことはなかったのだ。

 

 先ほど挑戦してガン・ルゥ擬きに瞬殺されていた、正真正銘のナイトオブラウンズであるモニカもまたあんぐりと口を開けたまま立ち尽くしている。

 

 まあ一瞬でやられた自分の直ぐ後にここまで見事なプレイをされて、ノーミスノーダメージのオールクリアなんてかまされたのだから心穏やかでいられないのも無理はない。

 

「あのゲームをダメージ無しでクリアなんて」

 

 モニカは世界最強の騎士の一人であり一流のKMF乗りだ。

 

 その自分があっさり撃墜されて、どう見ても普通のサラリーマンにしか見えない男が敵からの攻撃を掠りもさせずにオールクリアしてしまった事実にショックを受けていた。

 

「あまり気にしない方がいいよ。所詮はゲームなんだから」

 

「でも……」

 

 嶋田の慰めにも、彼女の落ち込んだ気分は中々晴れそうにない。それもそうだ、ラウンズが素人に負けたのだから。嶋田から見ればただのゲームであったとしても彼女に取ってはそうではなかった。

 

 それが例えゲームであってもKMFをモデルとしている以上、素人に劣るなどあってはならない。彼女がこう考えてしまうのはナイトオブトゥエルブという立場から来る一種の強迫観念。そして一人の騎士であるモニカの強き想い故だ。

 

(もしこれがゲームでなく実戦であったなら、今頃自分は機体と共に爆死、そして守護する者がいなくなった彼もまた……)

 

 たかがゲーム相手に考えすぎではあったが、側にいる大切な者の存在がそれほどまでに大きいのである。

 

 命に代えても守りたい人を守れなかったら死んでも死にきれない。それは偽らざる彼女の想いでもあった。

 

「やあ、さっきはどーも」

 

 そんな気分が晴れないモニカの元へやってきた男は何事もなかったかのように話し掛けてきた。こういう時はどうするか? 普通に応対すればいいだけ。

 

 実際問題なにもないのだから友好的に話し掛けられればこちらも普通に応じるのが自然であり、最低限の礼儀というものだ。

 

「……」

 

 だがそれを理解していながらもモニカは言葉に詰まってしまう。仇敵に話し掛けられたような錯覚を覚えて返事が出来ないのだ。

 

 たったいま自分が瞬殺されたゲームを全面クリアするという圧倒的強者を前にして、変なライバル心でも芽生えてしまったのかも知れない。

 

 同時に、これが嶋田を狙う刺客だったらと考えて、要らぬ警戒心を持ってしまったのである。要はただ考えすぎだ。

 

 話し掛けられても返事が出来ないモニカを見て、気まずい空気になりそうな予感がした嶋田が彼女の代わりに返事をした。ナイスフォローである。

 

「いやぁ大したものですね。一撃も貰わずに全面クリアされるとは」

 

「あはは、照れますね~」

 

 嶋田から褒められた男はポリポリ頭を掻きながらの照れ笑い。モニカ一人がムスッとした仏頂面。

 

 それはあれか? 1面の最初の敵に瞬殺された自分に対する当て付けですか? 

 

 彼にはそんなつもりはないのだが、モニカとしてはそう聞こえた。

 

「なんでもあの体感ゲームは本物に乗る感覚を追求したものらしくて、本職のKMF乗り向けらしいんですよ」

 

 そのとき本物・本職を強調する男とモニカの視線が交差した。これもまた偶然目があっただけだというのに、彼女にだけはまるで挑発しているかのように聞こえてしまう。

 

 例え男にその気が無くとも本職中の本職である彼女には『プロなら乗れて当然』と嘲笑されているように感じてしまうのだ。男はそんなこと口にもしてなければ思いもしてないというのに……。

 

「嶋田さんちょっといいですか?」

 

「えっ、なに、どうしたんだい?」

 

 誰もが何も言っていないというのにこんな感じでネガティブなことばかり考えてしまう彼女には、男の「私は乗ったことありませんけどねKMF」の一言が決定打となってしまったのも頷けるというもの。

 

「私、あのゲームもう一度挑戦したいです」

 

 要するに素人なんかに負けたくない。負けたままでは終われないという子供染みた意地である。

 

「それはまあ、モニカさんがやりたいというなら付き合うけど……どうしたの急に」

 

「……嶋田さん」

 

「なに?」

 

「嶋田さんは私が守ります!」

 

「あ、ああ……ありがとう」

 

 貴方は私が守る宣言をしてコックピット(ゲーム機)に入っていったモニカは、コイン投入口にお金を入れると、再度一からプレイを始めた。

 

 気合い十分な彼女の動きは先ほどよりかは幾分ましではあったが、とても男のようには操縦できていない。あれではせいぜい3面行けるかどうかといったところだ。

 

 ゲームの素人なのだからあれで充分上出来だとは思うが、彼女の様子からしてそれでは納得しないのだろう。

 

「やれやれ、まるで子供だな」

 

 そんなモニカの様子を見て聞こえないように小さく呟いた彼は、置いてけぼりとなった形で二人のやりとりを眺めていた男との話を再開させた。

 

「すみませんね、いつもはああじゃないんですが、なんか意地になってるようでして」

 

「いいんじゃありません? 下手に抱え込むよりストレス発散した方が余程健全というものですよ。ところで彼女本職さんですか?」

 

「ええまあ、実は彼女ブリタニアの騎士なんですよ」

 

「ありゃ~、でしたら失礼な事を言ってしまいましたね。いやはや申し訳ありません」

 

 本職のKMF乗りであるとは知らず、挑発するような真似をしてしまったことを詫びる男。本職の騎士にあんな言い方したんじゃ怒りますよねと苦笑いだ。

 

 誰にだってプライドというものはある、特にブリタニアの騎士はことKMF関連では人一倍高い傾向にあった。

 

 それを考えれば彼女が怒ったのは当然のことと言えるのではないだろうか? もっとも初対面の彼にそこを注意して発言してくれなどとは誰にも言うことなど出来ないのであるが。

 

「しかしブリタニアの騎士ということは、大使館か総領事館の警備の方ですか?」

 

「いえ、ああ見えて彼女上級管理職なんです」

 

「上級管理職!?」

 

 少々大袈裟に驚く男だったが、モニカの若さを考えればこれが普通の反応とも言えた。普通の感覚では二十歳前後の女性を見て高位の管理職に就いているとは考えたりしないだろう。

 

 ましたやその若さで在外公館の上級管理職に就いているというのは、それだけ想像しにくい事なのだ。

 

 調べれば直ぐに分かる事だが、もし彼女がブリタニア軍の頂点に立つナイトオブラウンズだと聞けば最初は疑いから入ること確実である。

 

 若くして管理職に、それも軍や騎士の頂点に上り詰めるのは世界広しと言えどブリタニアくらいなもの。

 

 良い意味でも、また逆に悪い意味でも徹底した実力主義社会であるブリタニアならではの特別な人事だ。

 

 特にモニカのような高位貴族の出身者は本人が望む望まないに拘わらず、その実力主義社会の真っ直中に放り込まれる運命にあった。

 

「家柄と実力ですか? 一般庶民の私なんかには、貴族は飲んで食って贅沢してるイメージしか沸いてきませんがねェ」

 

 嶋田に聞いた話がいまいち想像できないのか、男は首を捻って難しい顔をしている。

 

 確かに貴族と聞けば豪勢な料理をたらふく食べて、ドレスで着飾ったり乗馬をしたり舞踏会で踊ったりと優雅な生活を送る姿しか想像できない。大概の人はそう考え、羨んでいるだろう。

 

「まあそうでしょうね、実際良い物食べて良い服着て、豪邸に住んでいるのは確かですから」

 

 しかし、ブリタニアの皇族貴族に知り合いがいる者たちはみな口を揃えてこう言うのだ、いくら華やかでも自由を制限されるのはゴメンだと。

 

 なぜなら貴族は生まれながらにして裕福であり、支配者階級が約束される訳だが、そこには貴族としての義務と責任が付いてくるのだ。

 

「しかしそのぶん幼少期からの厳しい英才教育があるので一概に『いい』とは言えませんよ。彼女のご両親も相当厳しい方のようですし。

 

 自由も制限されて好きに遊ぶことも出来ない、あれはダメこれはダメを強制される。古い伝統を持つ厳格な貴族や、大貴族であればあるほど、親の敷いたレール以外の道や選択は最初から在りませんし、別の道を歩む自由も権利も無いんです。

 

 我々のように“普通”に慣れた人間には息苦しいだけの社会だと思いますよ。なにせ貴族の家に生まれた瞬間からほぼ一本道ですからね。そこへ向けての強制的な英才教育なんて考えただけでもゾッとしますよ。

 

 だからといってブリタニアの貴族社会で甘いゆとり教育なんかされたら大惨事です。そんなことをすれば、将来背負って立つ領地の経営が行き詰まって、領民家臣が路頭に迷うのは目に見えてますから」

 

 無論、馬鹿で実力もなく、己の贅沢しか考えて無いボンクラが領地経営、政治行政を担うことになれば、ブリタニア経済と密接に繋がっている日本経済にも大きな影響が出てくるので、日本としても他人事ではないのだ。

 

「それに、いざ有事ともなれば国民領民を守るために嫌でも矢面に立たなければなりませんしね。貴族なんてのはその実態を知らない人が考えるほど楽なものではないのですよ」

 

「なるほど、生まれつき自由が制限されて厳しい教育環境で育てられる、更に嫌でも大勢の領民の命を預かる立場に立たされるという訳ですか……。はは、普通の家に生まれて良かった」

 

 嶋田と男のブリタニア談義はモニカのゲームが終わるまで延々と続く、因みにモニカは3面の雑魚敵に撃墜されて終わりという散々な結果であった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「ハァァ、結局ダメでした……」

 

 男と別れ、ゲームセンターを後にした二人は都心から離れた海沿いの通りを歩いていた。

 

 特に何処かへ行こうという予定はない。これがまだ日の光が差す日中ならともかく、既に日は落ちているうえ寒さも増してきているのだからあとは適当に歩いて帰るだけだ。

 

「さっきも言ったけどあれはKMFといってもゲームだ。そんなに気にすることないじゃないか」

 

 モニカはゲームセンターを出てからこっち、ずっと落ち込んだままなのである。

 

「こんなことではダメなんです……負けがあっては……」

 

 ラウンズの戦場に敗北は無い。騎士の誇りとも揺るぎない決意とも言えるその言葉は嶋田もよく耳にする。しかし、いくら最強の騎士でも無敗などというのは有り得ない話だ。

 

 確かにモニカはブリタニア軍の頂点に立つナイトオブラウンズの末席に座しているもっとも無敗に近い存在。

 

 しかし、その最強であるラウンズの頂点に立つナイトオブワン、ビスマルク・ヴァルトシュタインでさえ、かつて皇妃マリアンヌとの真剣勝負の末に地に伏したことがあった。

 

 ビスマルクはモニカよりも強い。第1席の称号を持つ真なる皇帝の騎士というのがそれを示している。そんな彼でさえ負けたことがあるのだ。

 

 つまりはそれが答え。無敵無敗というものは幻想であり、現実には存在しないということ。

 

 それに今日負けたのはお金を入れて遊ぶだけのゲーム。にも拘わらずあまりに落ち込みすぎである。

 

「モニカさん、もうちょっと楽に考えられないかな? ラウンズがブリタニアの力の象徴であり、皇帝を守護する12の剣である以上敗北が許されないのは知ってる。でもね、あれはたかが遊びだし、シャルルさんの守護には関係ない。

 

 そりゃあシャルルさんの御前だったら気にするのもわかるけど、ここにはシャルルさんはいないしさ」

 

 もう何度目になるか分からない励ましの言葉。皇帝の御前や、ラウンズとして公式な場に立っているときならばともかく、プライベートの場で戦場も何もあったものではない。

 

 普段から公私をしっかりと分けて考える彼女にしてはたかがゲームの結果をいつまでも引き摺りすぎであった。普通に考えても至極まともな彼の言葉。

 

 しかし、彼は、致命的な見落としをしていることに気付いていなかった。

 

 モニカがシャルルの騎士であり、シャルルの御前で無様な醜態を晒すのは許されないことであるのは当然だ。

 

 皇帝の剣であり、時には皇帝に代わって軍の指揮や他国との会議に臨んだり、必要とあらば皇族にすら皇帝代理として何かを要請することができる強力な権限を持ったラウンズが無様な姿を見せるというのは、

 

 神聖ブリタニア帝国という国その物に泥を塗る行為と同義なのだから。

 

 ではなぜ彼女がシャルルの前でもなければ公式の場でもない、プライベートな場でこれほどまでに負けたことを気にして勝利に拘っているのか? 

 

 実のところ難しい話ではなかった。理由などたったひとつ、プライベートな場であれ彼女が騎士であることに変わりはないのだということだ。

 

 要するにもう一人いるわけである。無様な姿を見せることが許されない剣を捧げた相手が。

 

 それは公式でもなければ本人に対しても宣言していない、私人モニカ・クルシェフスキーが騎士として剣を捧げると誓った相手。言葉にするとしたら『貴方の前で敗北は許されない』といったところか。

 

「……」

 

 ラウンズとしてではない騎士モニカは、剣を捧げた相手を見る。彼女の決意も、想いも、何一つ察してくれない自分が守ると決めた人、嶋田繁太郎を。

 

 たった1年と少しの間しか共に時間を過ごしてはいないが、それでもこれだけ側にいてアプローチをしているのだからわかってほしかった。

 

 あなたの前で負けを喫するのは身を切るよりも辛いということを。あなたの前で負けることは決して許されないのだということを。

 

「バカ……」

 

「……へ?」

 

 モニカがじっと見つめる彼に対し、口を突いて出たのはそんな暴言であった。

 

「お、おいおい、バカはないだろバカは。俺は気にしすぎだからもう少し肩の力を抜けと言っただけだぞ」

 

 当然ながら嶋田は反論する。気にするなと励ましているのにどうして馬鹿と罵られなければならないのだと。

 

 無論彼の言うように、モニカとてこんなことを言うつもりはなかった。しかしずっと恋慕い、この人の為にと剣を捧げる自分の想いにいつまで経っても気付いてくれない彼に、理不尽な感情を爆発させてしまったのだ。

 

 口で伝えなければわからないほど鈍いのは嫌というほど経験してきた。だからこそ、この様に当たり散らすのは間違いである。彼女も子供ではないのでわかっていたが、どうにも止まらない。

 

「バカだからバカと言ったんですこのバカッ!」

 

「モ、モニカさ」

 

「なにも知らないくせにッッ!!」

 

 モニカは嶋田の反論に癇癪を起こして怒鳴り散らす。

 

 知らないくせにと罵声を浴びせながらも心の何処かで叫んでいる。言葉にしていないのだから知らなくて当たり前なのだと。

 

「あなたが大切だからッ! 何よりもあなたを守りたいから誰にも負けるわけにはいかないのにッ……どうしてッ、どうしてあなたはそれを分かってくれないのですかッッ!!」

 

 それでも、彼女の口は彼を罵ることを止めようとしない。嶋田のことを守りたいから、守ると誓っているからこそ、どのようなことに於いても負けるわけにはいかないと。

 

 ラウンズの戦場に敗北は無い、敗北は許されない、それとはまた別問題なのだ。

 

 嶋田繁太郎の前で、モニカ・クルシェフスキーに負けがあってはならない。それを彼は楽に考えられないかと言った。

 

 彼女に取っては決して許されないそのひと言。それは彼女の心の奥底にある大切な誓いを深く抉り、傷付けるようなひと言だったのである。

 

 溜め込んでいたもの全てを吐き出すかのように怒鳴り散らした彼女は、懐に入れていた箱を取り出し彼に思い切り投げつけ走り去ってしまった。

 

 

 

 *

 

 

 

 いきなり馬鹿と言ったかと思えば、癇癪を起こしたように怒鳴り散らし、走り去ってしまったモニカの背中を呆然と見送った嶋田は、訳が分からずその場で立ち尽くしていた。

 

「な、なんなんだいったい……」

 

 俺は何か気に障るようなことでも言ったのか? そう考えても彼女の中での問題であったが故に答えを導き出すことが出来ない。

 

 なにも知らない彼はモニカに投げつけられて地面に転がった箱を拾い上げる。赤い包装用紙に包まれた手の平サイズの箱を。

 

「俺宛、か?」

 

 その箱にはご丁寧にも『嶋田さんへ』などと書かれていた。察するに彼女が自分宛に用意してくれた何かなのだろう。

 

「開けても……いいのか?」

 

 何となく気になり開けてみたくなったが、勝手に開けても良い物かと悩んでしまう。

 

 一応自分宛の名前が書かれているので開けても問題無さそうではあったが、知らずに怒らせてしまったせいか気が引けるのだ。

 

 ここに彼女が居れば否応なく開けているところなのだが……。

 

「悪いことしたな」

 

 本当は手渡しでくれるはずだったのだろう。それが少しばかりの行き違いのせいでこんなことになってしまった。

 

 この後はもう何も予定がなかったので、本当なら彼女と二人仲良く歩いて談笑しながら帰宅の途に就いているはずだった。

 

 嶋田は少しの逡巡の後、意を決して箱を包む包装用紙を丁寧に剥がしていった。いつもなら適当に剥がすところだが、彼女が愛用している赤いリボンと同じ色の包装用紙なので乱暴に剥がしたくなかったのだ。

 

 包装用紙を剥がして現れたのは、何の変哲もない白い箱。徐にそれを開けてみる。すると中から出てきたのは、黒や茶色の歪な物体。数は大体10個ぐらいか。

 

「なんだこれは?」

 

 見掛けからはなにかわからないのでちょっと匂いを嗅いでみた。ほんのり甘い匂いがする。

 

 この色でこんな包装用紙に包まれて、甘い匂いのするなにかと言えば、大体思い当たるのは一つしかない。

 

「ひょっとして──チョコレートか?」

 

 そう、カカオから作られる甘いお菓子の代表──チョコレートだ。よくよく考えてみれば、今日は2月14日、俗に言うバレンタインデーであった。

 

 思い出されるのは数日前、家の台所で籠城したモニカが悪戦苦闘しながらなにかを作っていた姿。

 

「これを作っていたのか……」

 

 モニカは貧乏貴族でも一代限りの騎士侯でもない、大貴族クルシェフスキー侯爵家の跡取り娘だ。

 

 身の回りのことや料理などは全てクルシェフスキー家の奉公人や、世話係のメイドがやっていた筈である。つまり貴族のお嬢様宜しくまともな料理など何一つとしてできない。

 

 一緒に暮らしてわかっていたことだが、普通の家庭では当たり前にしている家事全般が恐ろしく不得手なのだ。

 

 特に料理は強烈で、以前彼の誕生日に作ってくれた料理は口にするのも憚られる物体Xと化していた。せっかく作ってくれたからと根性で食べたが高熱を出して三日三晩寝込んでしまったほどである。

 

 唯一まともに作れるのはインスタントの袋麺だけという有様。士官学校にも通っていたはずだから戦場料理みたいなものなら作れそうではあったが、凡そまともな料理とはほど遠いものが出来上がることだろう。

 

 そんな彼女が必死に作ってくれたであろうチョコレート。おそらく深い意味はない、義理とかお世話になってるお礼とかそんなところだと思う。

 

 彼はそう考えながらも、彼女の自分に対する接し方がどんどん変化している、率直に言えば密接になってきていることを肌で感じていた。そして自分の方にもなにかもやもやした物が生まれていることも……。

 

 自分の考えを慌てて消し去った彼は、改めて手の中にあるチョコレートに目を移す。

 

 なるほど、彼女の料理下手を表しているかのようにチョコレートは歪な形であった。ハート型に作ろうとして失敗したのだろう、その名残を感じさせる形をしていた。

 

「食う、か」

 

 少し怖いが見た目が悪いくらいで食えなくはなさそうだ。なにより自分のために作ってくれたものを食べない訳にはいかなかった。少々怖くはあったが嶋田は意を決して口の中に放り込む。

 

「か、硬い」

 

 チョコレートもどきは硬かった。奥歯で噛んだのだが“ガリっ”という音が響いて、石でも噛んだかのような錯覚を覚えた。

 

 とにかく硬い、歯が弱い老人であったなら折れてしまいそうな程に。

 

 とてもチョコレートの範囲に収まる硬さではないがそれでも噛み砕いて味わう。瞬間、口の中に広がったのはチョコとは思えない苦さと辛さ。

 

「うえッ、まっず~~~ッ! どうやったらこんなもの作れるんだッッ!!」

 

 甘いお菓子を作ろうとして正反対の物が完成するなど、彼の知り合いではモニカくらいしかいないだろう。

 

 よくもまあこんな物が作れるなと思う。作ろうとして作れる物ではないこのチョコレートを作った彼女は、ある意味料理の天才ではなかろうか? 

 

「不味い、なんて不味さだ」

 

 どうやったらこんなものを作れるのかというほどの不味さ。これと比較したら腐りかけの食べ物の方がまだましであるというくらいに有り得ない味。

 

 歪な形でへったくそ。苦くて辛い激烈な味。不味い物コンテストでも開けば上位入賞を果たすこと確実なモニカの手作りチョコを、嶋田は不味い不味いと言いながらも平らげていく。

 

 不味い物を食べている癖に実に美味しそうに、満たされた表情を浮かべて食べているのだ。

 

 人生で一番不味い物を食べている。自信を持って言えるその感想。だが、同時に思うのだ──―

 

 

 

 

 

 “うまい”

 

 

 

 

 

 

 

 吐き気を催すほどの不味さだというのに美味しいとも思えるのである。

 

 それだけ心のこもったチョコであるという証しだ。モニカの想いが詰まったチョコレート。それがただ不味いだけで終わりのはずがなかったのだ。

 

 いままで彼が食してきたどんな高級チョコよりも、たったいま食べたゲロまずのチョコの方が何百倍も美味しい。

 

 もしこれと、世界的に有名なパティシエが作ったチョコのどちらが美味しいかと問われれば、彼は間違いなくこう答えるだろう──『モニカさんのチョコより美味いチョコはない』と。

 

 それほどまでに不味く、そして美味しかった。

 

「こんな、こんな美味しい、素晴らしいプレゼントを貰ったのに、怒らせてしまったな……」

 

 こうなると罪悪感が一層強くなる。相変わらずどうして彼女が怒ってしまったのかわからない嶋田ではあったが、自分が発した何気ないひと言に怒っているのは理解していた。

 

 であるならば、ここでぼーっとしている訳にはいかないだろう。

 

「早く家に帰ろう」

 

 おそらくモニカは家に帰っているはず。彼女が帰る場所は嶋田の家しかないのだから。

 

 早く帰って謝ろう。思い当たる節は無くとも怒る原因は自分にある。ならば自分から謝った方が良い。その上で何について怒ったのかを聞きだそう。

 

 吹き荒ぶ冬の風にその身を晒しながらも、家族と呼べる大切な女性がくれた温かい贈り物に、初春の空気を感じた彼は、彼女が走り去ったのと同じ方角へ歩みを進めるのであった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「どうしよう」

 

 嶋田を置き去りにして逃げるように帰ってきたモニカは寝室に飛び込むと布団を引きずり出し、ひっかぶって隠れてしまった。

 

 布団をひっかぶってダンゴ虫のように丸まり蹲る彼女の姿は、まるで叱られた子供のようである。

 

「あんなことを言うつもりは……なかったのに……」

 

 後悔先に立たず。自分の気持ちをわかってくれない、気付いてくれないというのは今に始まった事じゃない。自分が彼に恋をしたあの時から今の今までずっとではないか。

 

 それなのに思うようにならないからと癇癪を起こして暴言を吐いてしまった。

 

 それだけではない。彼女は彼の騎士を自称しておきながら、よりにもよって自分の都合で目の前が見えなくなり、彼を置き去りにしてしまったのだ。

 

(こんなッ、こんなことではッ、あの人の騎士を名乗る資格なんて無い……ッ!)

 

 ラウンズだとか以前の問題である、守るべき人を置き去りにするなど、騎士失格。

 

 それを理解していながらも、未だ聞き分けのない子供のように布団をひっかぶったまま蹲っている。

 

 そもそも自分が騎士としての誓いを立てているのを彼は知らない。直接彼に誓いを立てる宣言をしたわけではないのだから。

 

 飽くまでも自身の中で立てた誓いでしかなく、それを何も知らない彼に分かれという方が無茶苦茶なのだ。

 

 楽に考えられないかと言われてついカッとなってしまったが、自分のしていることは独りよがりで最低なこと。

 

(私、なにをしてるんだろう……)

 

 モニカは自分でも何をしているのかよくわからなかった。今日はバレンタインデーで、彼と楽しいデートをしたかっただけなのに。

 

 ランスロットゲームをやりたいと言いだしたのは自分。説明も読まずにプレイして瞬殺されたのも自分。知り合ったサラリーマン風の男に挑発されたと思い込んで張り合ったのも自分。

 

 そして、勝手に怒って彼を置き去りにして逃げてきたのも自分だ。全部自分が悪い。こんなことになったのはただの自業自得ではないか。

 

 きっと呆れている。嫌われた。めんどくさくて鬱陶しい女だと思われた。

 

(バカみたい……)

 

 彼を馬鹿と罵ったが、馬鹿なのは自分だった。そんな自分が心底嫌になってしまう。

 

 モニカの目から涙が滲み溢れ出す。もう何も考えられない、考えたくない彼女は現実逃避するかの如く唯ひたすらに布団の中で蹲っていた。

 

 そして、どれくらい時間が経った頃だろうか。ふいに誰かの足音が聞こえた。この家には何人かの家政婦さんと庭師、それと入り口には警備員が立っていたが、彼らは皆二人の寝室には入ってこない。

 

 だから必然的にこの足音はその人達以外の誰かということになる。誰か? というのは、足の運びと感覚で直ぐにわかった。いまもっとも顔を合わせたくない人、嶋田である。

 

 嶋田の足音は徐々に寝室へと近付いてきて、閉め切っていた襖を開け、部屋の中に入ってくる。彼女は被ったままの布団を思い切り掴んで力の限り身体を丸めて彼と顔を合わせないような体勢をとった。

 

 癇癪を起こして怒鳴り散らしたことを謝らなければならないというのに、なんて馬鹿なことをしているのかと思ったが出たくないのだ。

 

「ただいま」

 

「……」

 

 布団の外から聞こえる帰宅時の挨拶。だがモニカは返事をしない。

 

 なんか話し辛いのである。自分が誘っておいて勝手に怒って放りだして……合わせる顔がなかった。

 

 だが、彼女の態度を気にもしていない彼はある感想を言葉にする。

 

「チョコ、美味しかったよ」

 

「……ッ!」

 

 その言葉が意味するのは、今日という日の最大の目的が達成されたということ。

 

 自分が怒って投げ付けたあのチョコレートを彼は食べてくれていたのだ。それはとても嬉しくて、思わず布団から出そうになったが堪える。

 

 いま布団から出たところでいつものように喋る自信が無いから。そんな彼女に気を悪くした様子もなく、彼の言葉は続く。

 

「今まで食べてきたどのチョコよりも……最高に美味しかった。君のチョコに比べれば、高級ブランドのチョコなんて何の価値もないな、こう言っちゃあ悪いけど多分不味い。それくらい君のチョコは美味しすぎたよ」

 

 絶賛、正にそのひと言に尽きる、作った方としては嬉しい以外の何物でもない最高の感想。

 

「ありがとう」

 

 だが、それが口から出任せのお世辞であることはわかっている。食べて貰えたことは嬉しいが、自分のチョコレートは絶賛されるほど美味しくなんかない。

 

 だってそうだろう? 生まれてこの方まともな料理などしたことがない自分が、そんなに美味しいものを作れるわけがないのだから。

 

 自分の料理の腕ではブランドチョコに太刀打ちなんか出来ないし、十円の駄菓子チョコにすら勝てない。

 

 自身の力量が分からないほど料理音痴ではないつもりだ、いや、ある意味この一点に限ってだけ言えば、身の程を弁えている分ましなのかも。

 

 少なくとも誰かと張り合ったりして無様な姿を見られないで済むのだから。

 

「嘘……」

 

 だからモニカは言ってしまった。それは嘘だと。

 

 喋らないように努力していたのにあっさりと破ってしまったのである。

 

「嘘じゃない」

 

 彼に否定されても頑ななまでに認めない彼女。

 

「嘘です……私の料理は壊滅的です。そんなの、わかってますから……」

 

 どうして分かりきった嘘をつくのか? 不味いなら不味いとはっきり言って欲しい。食べてくれただけで充分なのに、お世辞なんか言われたら余計惨めになってしまうではないか。

 

 彼女にはそれ以上を求めるつもりなど最初から無かったのだ。

 

「まあ壊滅的だな、君の料理は。だから家の朝昼晩の料理は全て俺や家政婦さんが作ってるわけだしね」

 

 すると、合わせてくれたのか? それとも取り繕う必要が無くなったのか? 自分で言ったことをあっさりと肯定されてしまった。

 

 今度は胸が痛む、これでは美味しいと言って欲しいのか不味いと言って欲しいのか分からないではないか。

 

 矛盾しまくりな彼女の耳は、それでも彼の言葉を一言一句聞き逃さないでいた。

 

「でも、俺はモニカさんが作ってくれた物ならなんでも食べるよ。それは不味いとは思うけど、君が作ってくれただけで美味しいんだよ」

 

 だが、やはり彼は最終的には美味しいと言ってくれる。不味いと肯定しても美味しいというのを否定しない。

 

 不味くても美味しい、それがモニカの作った物ならば。はずかしげもなくそんな事を言う嶋田に、モニカは「訳が分かりません」とだけ返事をした。

 

 訳が分からないのは自分も同じなのだが。

 

「それと、済まなかった」

 

 続いて嶋田の口から飛び出したのは謝罪の言葉。

 

「正直言うと、今もまだ何が原因で君を怒らせてしまったのか、わからないんだ。だけど、俺が気に障るようなことを言ったのはわかってるつもりだ」

 

 だから謝らせてくれと言う彼に、モニカはとうとう布団から顔を出した。

 

「嶋田さん……」

 

「俺の配慮のなさが、君を傷付けてしまった。本当に、申し訳ない」

 

 彼は深く頭を下げていた。下げる必要も謝ることもないというのに、深々と頭を下げて謝罪しているのだ。

 

 いったい、自分は彼に何をさせている? 頭を下げるべきは彼ではなく、自分の方だというのに。守るべき人を放りだし、剰え必要のない謝罪までさせてしまっている。

 

「やめて……ください……」

 

 もう、限界だった──これ以上、この人の優しさに甘えてはいけない。これより先は、自分で自分を許せなくなる。

 

 モニカは布団から出ると彼の前で正座し頭を下げた。

 

「嶋田さんは何も悪くない、私が……私が自分勝手なだけなんですっ!」

 

「モニカさん……」

 

 彼が行う必要のない謝罪を止めたモニカは、勇気を振り絞って告白する。

 

「私は嶋田さんを守りたいっ!」

 

 愛の告白とかそういうものではなく、己が立てた騎士としての誓いを彼に伝えるために。

 

「俺を、守る?」

 

「はい、私はシャルル皇帝陛下の騎士、ナイトオブトゥエルブです」

 

 今更なことではあったが言いたいのがそれではないと察した彼は次の言葉を待っている。

 

 ここで言わなければダメ、もし言えなければ、次に勇気を出せる機会がいつになるか分からないのだから。

 

「ですが、私は嶋田さんの騎士でもある……いえ、嶋田繁太郎さま──」

 

 そう決意した彼女は、自分の中だけで留めていた言葉を、もう一人の主と仰ぐ彼の前で明らかにした。

 

「私は、私個人として、あなたの騎士であるとの誓いを立て──」

 

 

 

 “ここに剣を捧げます”

 

 

 

 ブリタニア皇帝専任騎士の一人、ナイトオブトゥエルブではなく、嶋田を守護する一騎士となる。

 

 本来ならばこれは背信行為と取られてもおかしくはない行為であり宣言であった。

 

 何故ならば、ナイトオブラウンズというのはその実力と、ブリタニア皇帝への忠誠心を問われる存在であり、そこに二心があってはならないのだから。

 

 つまりモニカが忠誠を誓うはシャルル一人であり、誰の騎士かと問われれば、シャルルの騎士と答えなければならないのである。

 

 にも拘わらず、彼女はシャルルの騎士であると同時に、嶋田の騎士でもあると言った。

 

 無論あのシャルルのこと、これくらいでどうこう言うような器の小さな人間ではないが、騎士がこの手の宣言をするのは普通個々人の矜持に於いて出来ないもの。

 

 それを宣言するというのは並大抵のことではない。

 

 そんな誓いを自分の中に隠し持っていたとすれば成程、彼女が癇癪を起こしたのも頷ける。

 

(そうか、それであんなに怒ったのか……)

 

 嶋田の騎士モニカが、嶋田の御前で無様な姿をさらすのは、楽に考えていいとは言えないことになるからだ。

 

「君はまた、とんでもないことを言い出すなあ……」

 

 そう、これはとんでもないこと。絶対にあってはならないイレギュラー的サプライズ。

 

「わかっているんだろう? いま口にしたのが、どれだけ大変な事なのかを」

 

「わかっています。ラウンズである私が陛下以外の方に騎士の誓いを立てるのは、許されざる事であるのは」

 

「それがわかっていてなぜ、俺の騎士だなんて言うんだ……。言っちゃ悪いが、俺は君に忠誠を誓われるようなことは何一つした覚えはない。勘違い、見当外れもいいところだぞ?」

 

 もちろん、嶋田にはモニカに剣を捧げられるようなことをした覚えはない。

 

 ただ自宅を下宿先として提供しているだけだし、シャルルとは親友と呼べるほどの友人関係ではあるが、逆に言えばそれだけだ。

 

「いいえ、あなたは私にもう一つの生き方を、もう一つの人生を与えてくださいました」

 

「もう一つの人生?」

 

「はい……クルシェフスキーの家に生まれた私は、幼少期より温かい家庭という物を、普通という物を何一つ知らない環境で育ちました」

 

 だが、嶋田には無くともモニカにはあった。

 

 彼女の人生観や、生き方その物を変えてしまうような体験が、彼と過ごした僅かな時間の中に溢れんばかりに存在していたのだ。

 

「クルシェフスキーという冷たいレールを無理矢理歩かせる父と母、教育係や家臣に至るまでが『強く在れ』『甘えるな』『侯爵家次期当主がそれでどうする』と言い、私を私として見てくれなかった……」

 

 物心付いてからは優しかった両親も、家臣達も、皆別人のように変わってしまった。

 

 そして始まったのは、クルシェフスキーを背負うための英才教育という名の地獄。

 

『この程度のことが出来ないのかッ! それでもお前は私の娘かッ!』

 

『モニカ様は大勢の領民の命を預かる身となられるのですぞッ!』

 

 十歳にも満たない彼女には耐え難い苦痛の毎日であった。

 

 時々屋敷を抜け出して訪れた領内の大都市ポートランド。家族連れの平民の子供達は皆優しい両親と手を繋いで買い物をしたり、遊園地に遊びに行ったりと楽しそうにしている。

 

 なのに、どうして自分だけが叱られ罵られるの? そんなにクルシェフスキーが大事なら、貴族をやりたい人にやらせればいいのに、どうして私じゃないとダメなの? 

 

 街を見て感じた事を家臣や両親に伝えたこともあった。すると決まって長時間の説教をされ、食事を抜きにされる。

 

 そんな余計な事を考えたり出来るなら勉強の量を倍に増やしても問題は無いと、深夜になっても休ませて貰えないなど当たり前のようにあった。

 

 後々、騎士を目指して士官学校に入ったのは、いま思えばある種の逃避行動だったのかも知れない。

 

「気が付けば私は仮面を被るようになっていました。仮面を被り、自分を殺し、求めに応じてそれをこなす……そんな人間に……」

 

 無論、成長してからはあの厳しい教育も自分に対する愛情の一つであったのだと理解していたし、クルシェフスキーという大貴族の家に生まれた以上、あの厳しい教育と鍛錬の数々は、自身の責務であり義務であったのだと納得していた。

 

 いつの日か、父から受け継がなければならない侯爵家の経営を行うのに必要な、学びの期間。

 

 両親がモニカを甘やかせて育てたりすれば、将来数多の人の生活を破壊してしまう事になる。それを阻止するためには、厳しく接して行かなければならなかったのである。

 

 だが、モニカはその代償として、何を考えているのか分からないと言われるほど無表情になってしまう仮面を外せなくなってしまった。

 

 呪いのようになって顔に張り付く無表情な仮面。家族を愛する温かい人物であるシャルル皇帝陛下の騎士、ナイトオブラウンズの末席に就いても、その仮面は消えなかったのだ。

 

「それを、あなたは叩き割ってくださいました」

 

 その呪いの仮面を木っ端微塵に叩き割って、ただのモニカで居ればいいと言ってくれたのが、嶋田繁太郎という人だった。

 

 貴族だ騎士だと堅苦しく考えないで、ありのままの自分で居なさい。強くなくていい。弱くていい。ただ、君は君らしくあれ。

 

 それがどれほどの救いとなったのか、きっと彼には分からないだろう。

 

 それから先の彼との生活は“普通”に満ちた物であった。

 

 ラーメンを食べた、遊園地に行った、映画を見たりお花見をしたり海水浴に行ったりクリスマスを楽しんだり、彼と自分、互いの誕生日を祝ったりと、ずっと憧れていた普通の時を過ごすことが出来たのだ。

 

「だから今度は私の番。私に普通の時を与えてくれたあなたを私が守る……そう、誓ったのです」

 

「……」

 

「お願いします、どうか私があなたに剣を捧げることを、お許しください」

 

 独白を終えたモニカは、そこで片膝を立てもう一方の膝を突き頭を垂れるという、臣下の礼をとった。

 

 中世の世から現代へ脈々と受け継がれているブリタニアの伝統的な場面が嶋田家の寝室で再現されたのだ。

 

「……」

 

 沈黙の時が過ぎる。これは重大なことであった。唯でさえ侯爵家の令嬢であるモニカが、同盟国とはいえ他国の人間に騎士の誓いを立て臣下の礼をとっているのだから。

 

 それも、彼女はナイトオブトゥエルブの称号を持つ騎士の中の騎士。それが皇帝以外の人間の騎士になろうという、正に前代未聞のことであった。

 

「……はぁ」

 

 小さな溜息を付いたのは嶋田である。自分の前で膝を突く同居人がどういう人間であるかを考えれば溜息も付きたくなるという物だ。

 

「モニカさん……。いや……モニカ・クルシェフスキー」

 

 そんな彼が紡ぎ出した言葉は。

 

「汝、ここに騎士の誓約を立て」

 

 かつて現役時代に幾度も耳にしたブリタニアに於いての騎士叙任式での言葉。

 

「我、嶋田繁太郎の騎士として闘うことを願うか?」

 

 うろ覚えではあったが不思議と間違うことなく言えている。

 

 自分で何を言っているのか理解しながらも嶋田は言葉を止めたりはしなかった。

 

 こうでもしなければ彼女が納得しないというのもあるし、彼女の思いの強さを知った以上無碍には出来ないと思ったからだ。

 

「Yes, My Lord」

 

 モニカは一瞬身体を震わせると、定められた儀式の言葉を返す。

 

「汝、我欲を捨て、大いなる正義のために剣となり、盾となることを望むか?」

 

「Yes, My Lord」

 

 モニカは本来ならばここで捧げるべき剣を嶋田の手に渡さなければならないのだが、生憎と彼女の剣は職場である公館に置いている為できない。

 

 代わりに嶋田は彼女の右肩、続いて左肩に剣に見立てた自身の手をかざす。

 

「我、嶋田繁太郎は、汝、モニカ・クルシェフスキーを我が騎士として認める……ふぅ、これで満足かな?」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 “イエス……っ、マイ……ロードっっ”

 

 

 

 

 

 満面の笑みを浮かべた彼女は悦びの余り立ち上がると、自身の剣を受け取ってくれた嶋田に抱き着いた。

 

「おおっと!」

 

 受け止めてくれた彼の胸で涙を流すモニカ。

 

「うっ……、ひっくっ」

 

「こらこら泣くんじゃない」

 

「だ、だっで、うれしっ」

 

 彼の胸に押し付けられた彼女の顔は涙と鼻水でぐしょぐしょだ。

 

「まったく、なんて泣き虫な騎士なんだ……」

 

「ひっぐ、ひっぐ」

 

 感極まって泣き出してしまった彼女の嗚咽は止まりそうもない。

 

「あとな、一応言っておくけど俺とモニカさんは主従関係じゃないぞ。君の誓いを受け入れただけであって俺と君の関係は、あくまでも今までと変わらない」

 

「わ、わがっでま゛ずっ」

 

 ずずーっと鼻水をすすりながら返事をするモニカ。可愛い顔が台無しである。

 

 序でに彼女が顔を埋めていた嶋田の服の胸元には、彼女の鼻水がベットリくっついていた。

 

(きったないなぁ~)

 

 なんともまあ頼りない最強の騎士だとモニカを抱き締めてあげた嶋田は、なんどとなく彼女の頭と髪の毛を撫でて落ち着かせると布団を敷き直し、いつものように二人仲良く眠りに就くのであった……。

 

 

 

 

どのカップリングの恋愛が見たいですか?(いずれもそれぞれに書いております・また書いていきます。新しいカップリングも増える可能性あり。

  • 嶋田繁太郎×モニカ・クルシェフスキー
  • 嶋田繁太郎×ユーフェミア・リ・ブリタニア
  • 山本五十六×リーライナ・ヴェルガモン
  • 南雲忠一×ドロテア・エルンスト
  • 玉城真一郎×クララ・ランフランク
  • 玉城真一郎×マリーベル・メル・ブリタニア
  • 澤崎敦×井上直美
  • レオンハルト×マリーカ・ソレイシィ
  • 原作ルルーシュ×シャーリー・フェネット
  • ルルーシュ(休日)×ミレイ
  • オデュッセウス×皇神楽耶
  • ジェレミア×ヴィレッタ・ヌゥ
  • 枢木スザク×ナナリー・ランペルージ
  • コーネリア・ランペルージ×ギルフォード
  • 高麗大佐×奥様(書けたら(-_-;)
  • 鳩川雪夫×ストーカー女(書けたら(-_-
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