ストライク・ザ・ブラッド ~紅蓮の熾天使~   作:舞翼

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久しぶりの更新です……(震え声)
最近、執筆速度が……。

で、では、投稿です。
本編をどうぞ。


咎神の騎士Ⅹ

 多頭龍(ヒュドラ)もどきの砲撃が、大地を抉り、雪菜と凪沙は寸前の所で回避する。 そして安座真は、再び地表に漆黒のオーロラを広げていた。

 一度は閉ざされてしまった異境(ノド)への回廊を開こうとしているのだろう。 グレンダが自力で戻ってくるのを期待しているのかもしれない。 その場合、邪魔になるのは雪菜たちの存在だ。 なので沖山は、安座真のサポート役として、雪菜たちを排除しようとしているのだ。

 

「……雪菜ちゃん。 あの大きな蛇は、私に任せて」

 

「で、ですが、凪沙ちゃん」

 

「雪菜ちゃん。 悠君のいう適材適所だよ」

 

 凪沙は、多頭龍(ヒュドラ)もどきを見据えた。

 確かに、雪菜では多頭龍(ヒュドラ)もどきを相手にするのは荷が重すぎた。

 

「……わかりました。 凪沙ちゃん、気をつけて」

 

「りょうかいだよ。 雪菜ちゃん」

 

 雪菜は、多頭龍(ヒュドラ)もどきの相手を凪沙に任せ、地上に降り立った沖山の前に立つ。

 雪霞狼が、沖山のローブを切り裂く。 だが、沖山観影が纏った漆黒のオーロラが消滅する事はない。 それどころか彼女は、ローブを脱ぎ捨てて、雪菜の視界を遮る楯にした。

 そしてローブの死角から、雪菜へと杖を叩きつけてくる。 銀黒色に輝く杖を──。

 雪菜は寸前でその一撃を受け止めた。 防ぎきれなかった衝撃で、後方に大きく吹き飛ばされる。 そんな雪菜を見て、沖山は感心したように微笑んだ。

 

「それがあなたの魔具ですか、沖山一尉──」

 

 沖山を睨んで、雪菜が言った。

 安座真が身に着けている騎士鎧は、それ自体が異境(ノド)の侵蝕を操る咎神の魔具だ。 彼女のローブにも、魔具としての機能があると思っていた。

 だが、違った。 魔法使い風のローブはただのまやかしだ。

 気づくのが遅れたせいで、雪菜の最初の攻撃は防がれた。 沖山を倒すのが遅れれば、その分凪沙が危険になる。

 

「ええ、そう。……あなたは、姫柊雪菜さん、でしたね」

 

 沖山が、手の中で杖を回転させて雪菜を睨む。

 

「ご安心を。 この魔具は複製品(レプリカ)です。 安座真三佐の騎槍を模倣した紛い物。 異境(ノド)の侵蝕を自在に操る程の力はありません。 せいぜい傀儡(ゴーレム)を生み出して、虚無のヴェールで覆うのが精一杯。 ただし──」

 

 次の瞬間、沖山の姿が雪菜の視界の中で霞んだ。

 凄まじい速度の跳躍。 そして刺突。 雪菜の反応速度を以ってしても、攻撃の軌道を僅かに逸らすことしかできず、杖の先端に装着された銃剣が、雪菜の肩を掠めていく。

 

「銃剣術!?」

 

「白兵戦闘なら、私に勝てると思いましたか? 私は特殊攻魔連隊ですよ?」

 

 沖山の絶え間ない連続攻撃に、雪菜は追い詰められた。

 単純な格闘戦の技術では、沖山は雪菜を遥かに上回る。

 沖山の杖は、雪霞狼に比べて射程で劣るが、圧倒的に小回りが利く。 その優位性を最大限に活かす為に、沖山は雪菜に超至近距離での打撃戦を挑んでいた。 体格と筋力で彼女に劣る雪菜は、反撃の糸が掴めない。

 

「その槍が魔族に対して無敵を誇ろうとも、人間である私にとっては、時代遅れの近接兵器に過ぎない。 剣巫の未来視も、異境(ノド)の侵蝕に覆われた私には通用しない」

 

「くぅっ……!」

 

 沖山の体当たりを受け、雪菜は大きく吹き飛ばされる。 だが、それは雪菜にとってもチャンスだった。 雪霞狼を構え直す間合いが得られたからだ。

 着地すると同時に乱れた呼吸を整え、顔を上げる。 雪菜は、沖山が自ら後方に跳び退くのを見た。 なぜ、と雪菜が混乱した一瞬の隙をつき、沖山が傀儡(ゴーレム)に命じる。

 

AC-2(ガンシップ)、撃て!」

 

「しまっ──!」

 

 着地した直後の雪菜に向かって、多頭龍(ヒュドラ)もどきの九つの頭が一斉に火を噴いた。

 

「――雪菜ちゃん!」

 

 凪沙は雪菜も元へ走り出し、右手を突き出し、力を振り絞って召喚を命じる。

 そして今、この場面での青龍、白虎の相殺攻撃は、雪菜を巻き込んでしまう恐れがある。

 

「――おいで、朱雀!」

 

 凪沙は、雪菜の正面に紅蓮の不死鳥を召喚させた。

 

「――炎月(えんげつ)!」

 

 雪菜たちの正面には、紅い結界が張られ、多頭龍(ヒュドラ)もどきも砲弾は結界に阻まれ消滅した。

 

「――――暁凪沙さん。 私はこれを待っていたのですよ」

 

 おそらく、沖山は解っていたのだろう。 凪沙の眷獣召喚が一度しか使えない事に。

 

「私の見解では、凪沙さんの眷属持続時間も短い。 そして、融合は不可能ですね」

 

「……もしそうなら、どうだって言うんですか?」

 

 凪沙は、沖山を睨み付ける。

 

「いえ、“紅蓮の姫巫女”が現れたと基地の中で聞いたのですが、この程度だった。と思いましてね」

 

 沖山の言葉を聞いた凪沙は、もう二つ名が知れ渡ってるんだ……。今後も呼ばれるのかな。と思いながら、溜息を吐きたい気持ちだった。

 

「あなたの結界も消滅するのは時間の問題。――撃て!」

 

 沖山がそう命じると、多頭龍(ヒュドラ)もどきの九つの頭が火を噴き、絶え間ない砲撃が結界に衝突する。

 確かに、沖山の言う通り結界が消滅するのは時間の問題。 凪沙は、結界を維持するので精一杯なのだ。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「――凪沙ちゃん。 砲撃が止まった瞬間に結界の一部を開けて下さい。 一か八か、爆風に隠れて沖山一尉の懐に飛び込みます」

 

「雪菜ちゃん、その賭けは危険すぎるよ。――なので、却下します」

 

 雪菜は、ふふ、と苦笑した。

 

「その有無を言わせない所、神代先輩に似てますね」

 

「そ、そうかな」

 

 雪菜は、はい。と頷いた。

 

「ですが、この案が却下となると、八方塞がり。 殺されるのも時間の問題です」

 

「……うん。 でも、凪沙は信じてる。 悠君たちを」

 

 その直後、多頭龍(ヒュドラ)もどきが炎に包まれた。

 戦車砲弾の直撃を受けた多頭龍(ヒュドラ)の巨体が、着弾の衝撃で大きくよろめく。

「うっ!?」

 

 動揺を見せたのは、雪菜たちではなく沖山の方だった。

 密集する針葉樹林の中から現れたのは、真紅に塗られた超小型有脚戦車(マイクロロボットタンク)だ。 その主砲が、沖山の傀儡を狙い撃ったのだ。

 

「効いてるわ、“戦車乗り”! もう一発!」

 

 ハッチから顔を出した浅葱が、双眼鏡を片手に叫んでいる。

 

『火力を強化してきた甲斐があったでござるな!』

 

 有脚戦車(ロボットタンク)が、自動装塡された次弾を再び撃ち放つ。 同時に戦車背面のミサイルポッドから、大量の対戦車ミサイルがばら撒かれた。

 多頭龍(ヒュドラ)もどきの巨体が、大量の金属片を撒き散らしながら崩れていく。

 沖山の銀黒色の杖は、現代兵器を魔獣へと変える魔具だ。 兵器としての攻撃力は魔獣にも引き継がれるが、同時に魔獣の防御力が、素体になった兵器の強度を超える事もない。 輸送機をベースに設計された対地攻撃機(ガンシップ)には、戦車砲に耐えられる程の強度はないのだ。

 真紅の小さな有脚戦車(ロボットタンク)が、巨大な傀儡(ゴーレム)を一方的に蹂躙する。 全ての砲弾を撃ち尽くした時には、多頭龍(ヒュドラ)もどきは瀕死の鉄屑と化していた。

 

「藍羽先輩──!」

 

「浅葱ちゃん――!」

 

 暫し呆然と立ち尽くしていた雪菜たちが、戦車の上の少女に向かって呼びかけた。

 赤い有脚戦車(ロボットタンク)は、雪菜たちのすぐ隣に停止して、

「遅くなってごめん、姫柊さん。 凪沙ちゃん。 古城と悠斗は?」

 

「──私たち信じます。 先輩たちを」

 

 雪菜は黒銀の騎士へと目を向けた。

 安座真は、破壊された傀儡(ゴーレム)には目もくれず、地表に展開したままの虚無の薄膜を眺めていた。

 

異境(ノド)の侵蝕に吞み込まれたか」

 

 この光景を見て全てを悟ったのだろう。 戦車の上に乗っていた異邦人の少年が、愉快そうにクックッと喉を鳴らす。 彼の全身から立ち上っているのは濃密な魔力だった。

 

「イブリスベール・アズィーズ……それにカインの巫女か。 こんな時に……」

 

 安座真が、騎槍を抜いて少年を睨み付けた。

 イブリスベール・アズィーズの名前を聞いた唯里が、ぎょっとしたように少年を見上げる。

 一方、雪菜の瞳に浮かんでいたのは純粋な困惑。 凪沙は来てくれたんだ。という思いだった。 “滅びの王朝”の凶王子イブリスベール・アズィーズの名は、ディミトリエ・ヴァトラーにも劣らぬ超危険人物だ。 凶悪な吸血鬼の王子が、どういう経緯で藍羽浅葱と行動を共にしていたのか──雪菜たちにはまったく解らない。

 

「沖山一尉」

 

「はい、三佐。 戦車の始末は私が──」

 

 安座真と沖山が、それぞれの魔具を構えた。

 多頭龍(ヒュドラ)もどきを失っても、安座真たちには異境(ノド)の侵蝕が残っている。 イブリスベールの助力があっても、油断が許される相手ではない。

 だが、対照的にイブリスベールの表情は穏やかだった。

 地表に残されたままの虚無を眺めて、吸血鬼の王子が歯を剝いて笑う。

 

「逸るな、咎神の下僕──貴様の相手はオレではないぞ。 今は、まだな」

 

「なに……!?」

 

 騎士鎧に隠された安座真の表情が、驚愕に歪む気配があった。 彼の制御を離れたはずの異境(ノド)の侵蝕が、消滅する事なく膨れ上がっていく。

 まるで誰かが、そこにある見えない扉をこじ開けていくように──。 そして、もう一方は、淡い蒼色の光が――。

 闇の中から噴き上がる魔力は、世界最強の吸血鬼の魔力。 そして、紅蓮の織天使の魔力だ。

 

「馬鹿な! 魔族が……魔族ごときが自力で異境(ノド)の境界を破るというのか!?」

 

 安座真の声音に混乱の響きが交じる。 咎神カインを奉じる彼にとって、異境(ノド)とは、全ての異能の力が存在しない世界でなければならない。 そこから帰還する魔族など、決してあってはならないはずだった。 例え、第四真祖、紅蓮の織天使といえどもあり得ないのだ。

 

「なにを驚く? 異境からの帰還を成し遂げた者はすでにいるはずだぞ。 遥か遠い過去に、一人だけな。――いや、古い文献ではもう一人、だな」

 動揺する安座真を嘲笑うように、イブリスベールが厳かに告げた。

 安座真の全身が、戦慄したように凍りつく。

 

「まさか、奴らは咎神の記憶を喰ったのか──!?」

 

 掠れた安座真の声が響く前に、闇が割れた。

 

「いや、もう一人は喰ったんじゃない。 異境(ノド)を切り裂く、だ」

 

 凄まじい魔力の奔流と共に現れたのは、しっかりと抱き合った一組の男女だ。 どこか気怠げな表情を浮かべた少年と、ぶかぶかの制服のブレザーを羽織った小柄な少女。 その隣からは、蒼く透き通る長剣を左手に携える少年だ。

 

「先輩! グレンダさん!」

 

「こ、古城!? 悠斗!?」

 

「グレンダ! 古城くん! 悠斗君!」

 

「古城君! 悠君!」

 

 雪菜と浅葱、唯里と凪沙が口々に驚きの声を洩らす。 そして、

 

「貴様ら──ッ!」

 

 銀黒色の鎧を纏った、安座真が絶叫した。

 

「ゆいり――!」

 

「グ、グレンダ!?」

 

 物凄い勢いでジャンプしてきた鋼色の髪の少女を、唯里が慌てて抱き留めた。

 ぶかぶかのブレザーの裾からは、少女──グレンダのすらりとした太腿が覗いている。 それに目を奪われながら、浅葱は表情を強張らせる。

 

「だ、誰よあれ? どうして古城と一緒に……?」

 

『おー、なかなかの美脚でござるな。 眼福眼福』

 焦る浅葱と、吞気な感想を洩らしているリディアーヌ。

 そんな少女たちの姿を遠目に長めながら、古城は疲れたような溜息を吐き、悠斗は長剣を肩に担ぎ欠伸を洩らした。 唯里たちが無事だったのは幸いだったが、何やら面倒な事にもなっているらしい。

 

「なぜだ、第四真祖……なぜ咎神の“器”が君を選ぶ……!? それに、紅蓮の織天使! グレンダと一緒に居なかった貴様が、なぜ異境(ノド)から出られた!?」

 

 何事もなかったように大地に立っている古城と悠斗を睨んで、黒銀の騎士が忌々しげに吼えた。

 

「オレを助けてくれたのはグレンダだ。 あんたが道具扱いしてたあいつが、あいつの意思で力を貸してくれた。 自分の仲間をあっさり殺したあんたには理解できねぇかもな」

 

 古城は、敢えて彼の神経を逆撫でするように言い放つ。 身勝手な正義を振りかざし、グレンダたちを危険に晒した安座真に、古城は怒りを覚えていたのだった。

 

「まあ俺はアレだな。 これのお陰だ」

 

 悠斗は、宝剣を掲げる。

 

「き、貴様! その光は、――神格振動波か!?」

 

「先祖が残してくれた遺産だ。 ちなみに、神格振動波は天然ものだぞ」

 

 雪霞狼より強いな。と付け足す悠斗。

 

「まあ、俺は神力を注ぎ込んで、異境(ノド)を切り裂いた」

 

「き、貴様ら──」

 

 安座真が、古城たちを蔑むように睨み付けてくる。

 

「黙れよ、おっさん」

 安座真の罵りを、古城は無造作に切って捨てた。

 怒りに絶句した安座真を哀れむように見返して、古城は冷ややかに言い放つ。

 

「確かににあんたの言うように、この世界は歪んでるのかもしれねぇー。 だけど、世界を在るべき姿に正すという、あんたの理想が正しいのなら、あんたはどうしてテロリストになった? 仮面を被って正体を隠してないで、平和的な手段で世の中を変えてみせろ! 吸血鬼の真祖たちが、聖域条約の形で実現してみせたようにな!」

 

「お前の目的はどうでもいいが、凪沙との生活が壊される事に繋がるなら、俺も黙っていられないぞ」

 

「貴様ら……」

 

 騎士兜越しにも解る程に、安座真の顔が激情で染まった。

 

「それができない今のあんたは魔族以下だ。 種族も能力も関係ない。 あんたは魔族の正義に負けたんだ。 歪んでるのは世界じゃなくて、真実を直視できないあんたの方だろ!」

 

「つーか、聖殲派(お前ら)ってクズの集まりなんだろ? そんな奴らが、蓮夜の気持ちを踏みにじるんじゃねぇよ」

 

 悠斗は蓮夜と戦い、蓮夜の心の中を読み取る事ができた。 それは――優しさだ。

 言葉では、《殺す》と言っていたが、本心は争いを好かない少年なのだ。 まあでも、宿命(ライバル)となったからには、殺さないといえど、戦う事になるかもしれないが。……矛盾しているように聞こえるが、気のせいである。

 そして、人類と魔族の共存を目的に締結された“聖域条約”──その実現に貢献したのは、吸血鬼の真祖たちの強力な後押しだった。 全ての魔族を滅ぼす事でしか世界を正せないと聖殲派が主張している間に、魔族の盟主たちは、平和に至る手段を形にしてみせたのだ。

 その時点で聖殲派は、正義を語る資格を失った。 だからこそ彼らはテロリストであり、そして犯罪者とされたのだ。

 

「来いよ、おっさん。 あんたがそれでも正義を名乗ってグレンダを狙うのなら、オレがあんたを止めてやる! ここから先は、第四真祖(オレ)戦争(ケンカ)だ!」

 

「いや、オレもだと思うんだが……。 まあいいか」

 

「貴様らァァァァァァァァ────ッ!」

 

 感情を剝き出しにして、安座真が吼えた。

 騎士鎧から放たれた異境の侵蝕が、再び地中へと伸びていく。 だが、それらが刃と化して古城を貫こうとした瞬間、銀色の閃光が虚無の薄膜を縫い止めた。

 青白い輝きを纏った槍が、古城の足元の地面に突き立てられている。

 

「いいえ、先輩。 私たちの戦争(ケンカ)、でもあります──」

 

 異境(ノド)の侵蝕を斬り裂いて、雪菜が古城の傍らに着地した。

 地中から襲い来る咎神の騎士の攻撃は脅威だが、警戒していれば、動きを見切るのは難しくない。 一度手の内を見せた時点で、安座真の奇襲攻撃は効果を失っていたのだ。

 

「うん。 私たちの戦争(ケンカ)、だね」

 

 そして、沖山が悠斗たちに投擲したナイフは、凪沙が携える白虎の牙()が弾く。

 

「悠君、お待たせ。 若干だけど、回復させてもらったよ」

 

「すまんな。 無理させて」

 

 凪沙は、にっこりと笑った。

 

「気にしないで。 でも、あとでたくさん甘えさせてね」

 

「ああ、約束する。 それと帰ったら、写真撮ろうな」

 

「うん!」

 

 これを聞いた、古城と雪菜は呆れ顔である。

 死闘中でもイチャつくのかよ。と言いたい表情だ。

 古城は気持ちを切り替え、

 

「姫柊、悪い。 待たせた」

 

 心配をかけたであろう雪菜の為に、古城は自発的に謝罪する。

 しかし雪菜が投げかけてきたのは、古城の予想を上回る冷めた視線だった。

 

「──グレンダさんの血を吸ったんですね、先輩?」

 

 抑揚の消え失せた雪菜の口調に、古城は声を上擦らせた。

 それらしい痕跡は残っていなかったはずだが、雪菜には気づかれていたらしい。

 

「ち、違う。 あ、いや、違わないけど、つまり、正確にいえば、あれはグレンダであってグレンダじゃなかったっていうか」

 

 などと意味不明な古城の供述を、雪菜は無感動に聞いていた。

 そして彼女は、雪霞狼を旋回させる。

 

「そうですか。 では、その話はあとでゆっくりと──」

 

 静かに告げてくる雪菜の言葉を聞きながら、無かったことにはならないんだな、と古城は軽い絶望感を覚え、悠斗と凪沙は、どんまい古城(君)。と内心で合掌していた。

 その間に、安座真の隣には、杖を握った沖山が駆け寄っている。

「安座真三佐──」

 

「あとは頼む、沖山一尉」

 撤退を進言しようとした沖山を制止して、安座真は自らの胸に騎槍を向けた。 その先端を、心臓目がけて突き入れる。

 騎槍は、安座真の胸を貫通した。 出血も、苦痛の声もない。 ただ、銀黒色の騎士鎧が、青白い光の粒と化して騎槍に吞み込まれていく。

 

「やばい……!」

 

 安座真の目的に気づいて古城が青ざめた。

 咎神の騎士が持つ魔具は二つ。 一つは異境(ノド)の侵蝕を操る騎士鎧。 残る一つは、あの騎槍だ。 兵器の“情報”を奪い取り、自らに融合させる魔具である。

 

「あいつ、自分の魔具を、もうひとつの魔具に喰わせる気だ……!」

 

「奴の魔具を考えるなら、そうだろうな」

 

 騎士鎧を喰った安座真の騎槍が変貌していく。 今や魔具は完全に融合して、人型の新たな魔具へと姿を変えていた。騎士鎧を身に着けていた、安座真の肉体を吞みこんだ上で。

 

「そんな……そんなことをしたら、自我が魔具と融合して消滅するしか──」

 

 雪霞狼を握り締めて、雪菜が言った。

 

「こっちは、俺と古城で何とかする。 姫柊と凪沙は、沖山を頼む」

 

「わかりました」

 

「りょうかいだよ。 悠君」

 

 安座真と呼ばれていた鎧の怪物は、“情報”が足りない、と言わんばかりに、破壊された多頭龍(ヒュドラ)もどきの残骸へと手を伸ばす。 騎槍の魔具は、破壊された兵器からでも“情報”を抜き取れるのだ。 事実、安座真はそうやって、上柳の“情報”を奪っている。

 しかし、所有者を失った一つの魔具が制御するには、多頭龍(ヒュドラ)もどきの情報はあまりにも巨大だった。 安座真の意思は増殖する膨大な“情報”の中で希釈され、統一された人格を残しているとは思えない。

 安座真を救える可能性があるとすれば、彼が完全な融合を終える前に、融合の鍵である騎槍を破壊する事だけだ。

 

「やらせない!」

 

 古城たちの左側で、沖山の銃剣が突き出される。 彼女は安座真の部下として、彼の最後の命令を、愚直に実行するつもりなのだ。

 だが、その攻撃は刀の迎撃によって防がれ、凪沙と雪菜は沖山と対峙した。

 

「あなたの相手は、私たちだよ」

 

「あなたを、先輩たちの元へ行かせる訳にはいきません」

 

「くっ!」

 

 沖山が苦悶の声を上げる。

 

「黒雷──!」

 

 無数の残像を従えて、雪菜が跳んだ。 人間の限界を遥かに超えた敏捷性だ。

 

「馬鹿な……獅子王機関の剣巫が、幻術を……!?」

 

 閃光にも似た雪菜の攻撃に、沖山は反応していた。 狙いが丸わかりだ、と言わんばかりに、カウンターで銃剣を突き出してくる。 もしも雪菜が、正直に彼女の魔具を狙っていたなら、そこで勝敗は決していただろう。

 しかし雪菜は、雪霞狼を繰り出してはいなかった。 武器を持たない左手を、無造作に前に突き出していただけ。 体勢の崩れた沖山観影を目がけて、溜め込んだ呪力を一気に放出する。

 

「火雷──!」

 

「がっ……!」

 

 透明なハンマーに似た呪力の塊が、攻撃を終えた直後の無防備な沖山観影を襲った。 一瞬、呼吸不能に陥って、沖山観影の全身が硬直する。

 だが、技の反動で雪菜の動きも一瞬止まるが、この場には雪菜だけではない。――心強い味方がいるのだ。

 

「――凪沙ちゃん!」

 

「――りょうかいだよ、雪菜ちゃん!」

 

 凪沙は走り出し、刀を逆方向に持ち変える。

 そして、逆方向に持ち変えた柄の部分が、沖山の腹部に直撃する。 ドスッ、と鈍い音がしたが、骨は折れていないだろう。 そのまま沖山は意識を失い、両膝を地に突け前屈みに倒れ込む。

 彼女の手から離れた魔具を、雪菜は“雪霞狼”で破壊した。 何とも呆気ない幕引きである。 単純な実戦の経験だけなら、沖山は雪菜たちを遥かに上回っていた。 だが、それだけだ。

 雪菜の背中には凪沙が、凪沙の背中には雪菜がついているのだ。 雪菜たち一人で戦っていたわけではないのだ。

 沖山の敗因は、自分たち以外の存在を全て敵だと切り捨て、自ら成長の機会を捨てたからだ。

 

「貴様らァァァァァァ!」

 

 巨大な怪物が、安座真の声で咆吼した。

 その怪物の顎から吐き出されたのは砲弾の嵐だ。 狙われている古城だけでなく、その近くにいる雪菜や沖山。 さらにはグレンダたちまでも巻き込もうとしている。

 だがその無差別の砲撃は、地上から噴き上がった琥珀色の壁に阻まれた。

 

「なに!?」

 

 安座真の口から、驚愕の声が洩れてくる。

 彼と古城を隔てているのは、煮えたぎる灼熱の熔岩の壁だ。 放たれる高熱が大気を歪め、膨大な質量が生み出す圧迫感に、安座真の巨体が後退する。

 

「あんたのことは哀れに思うよ。 目的の為には犠牲を厭わない。 仲間の命すら平然と使い捨てにする──その犠牲の中には、あんた自身の命もカウントされてたわけか! 歪みすぎだろ、あんたは!――あんたは絶対に死なせない。 自分がどこで道を誤ったのか、きっちり反省させてやる──! 疾く在れ(きやがれ)、二番目の眷獣、牛頭王の琥珀(コルタウリ・スキヌム)!」

 

 古城の全身から噴き出した魔力が眷獣を実体化させた。

 それは熔岩の肉体を持つ巨大な牛頭神(ミノタウロス)だった。 大地から無限に湧き上がる熔岩自体が眷獣の本体だ。 琥珀色の輝きを放つ全身は身長十メートルを超え、その巨体をも超える重厚な戦斧を握っている。

 その灼熱の戦斧を防ぐ為、安座真が虚無のオーロラを展開する。 空間を塗り潰す異境(ノド)の侵蝕。

 牛頭神(ミノタウロス)の肉体が高温と大質量を誇ろうとも、それが魔力によって生み出されたものである以上、異境の障壁は破れない。

 だが、古城たちは知っていた。 異境(ノド)の侵蝕が無力化できるのは、咎神カインが支配する魔術の法則だけ。単純な物理攻撃に対しては無力だと──。

 安座真の足元の地面が灼熱の輝きを放ち、地底から噴き出した無数の熔岩の杭が異境(ノド)の侵蝕を破り、安座真の巨体を刺し貫く。

 

「熔岩の杭……だと……!?」

 

 銀黒色の安座真の巨体が震えた。 対地攻撃機(ガンシップ)の残骸と魔具で構成された肉体が、高温で熔け落ち、その表面が赤錆びた鉄塊へと変わっていく。

 

「この力……第四真祖、貴様はやはり……」

 

 破壊された頭部に、青い光の粒子に包まれた人型の影が浮かび上がる。

 騎槍に胸部を貫かれた騎士鎧──咎神の魔具が、破壊された“情報”を切り捨てて、本体だけを脱出させようとしている。 当然その騎士鎧の内部には、安座真の肉体が残されているはずだ。

 

「古城。 ここからは俺に任せろ。 殺さないから心配するな」

 

 悠斗は両手で宝剣を構え、神力を注ぎ込む。

 宝剣はそれを吸い、蒼く発光した。――神格振動波の輝きだ。

 悠斗が宝剣を振り下ろすと、蒼い輝きが槍となり、飛翔した。 剝き出しになった今の魔具には、刃が届くのだ。

 

「咎神の鎧……が……!」

 

 魔力を奪われた聖殲の遺産が砕け散り、血塗れの安座真が姿を現す。

 悠斗と古城は、安座真の前まで移動し、右拳を作り、

 

「「──終わりだ、オッサンっ!」」

 

 驚愕と憎悪に歪む安座真の顔を、古城たちの拳が打ち抜いた。 安座真の肉体は音もなく宙を舞い、地面に叩きつけられて動きを止める。

 それを確かめて、古城と悠斗は深々と息を吐いた。 達成感はない。 ただ安座真を止めなければ、と感じて、それをやり遂げた。 それが正しい選択だったのかすら、今はまだわからない。

 だが、振り返った古城たちの視界に映ったのは、安堵の表情を浮かべている唯里たちと、彼女たちに甘えるグレンダの無邪気な笑顔だった。

 

「まあいいか、皆無事だったんだし。 つーか、事情から離れすぎだろ……」

 

 悠斗の言う通り、古城たちの当初の目的は、凪沙の安否の確認だ。 聖殲派と戦闘になるとは予想外だった。

 古城は苦笑し、

 

「終わり良ければ全て良し、じゃねぇーか」

 

「まあそうか」

 

 悠斗は溜息を吐き頷いた。

 こうして、この一件は解決へと向かうのだった――。




久しぶり過ぎると、書き方が解らなくなりますね(-_-;)
さて、この章も次回で終わりかな。

ではでは、次回もよろしくです!

追記。
雪菜の隣で凪沙ちゃんも、多頭龍(ヒュドラ)と戦ってました。雪菜のピンチに駆けつけた感じですね。
ちなみに、唯里はグレンダの護衛です。その前は、自身を護り、ほぼ見てるだけ?的な感じです(多分)まあ足手まといになる。と思ったのかもしれないですね。

再び追記。
古城君たちが登場した所で、凪沙ちゃんは眷獣召喚(結界も)を解きました。超ご都合主義ですね(笑)
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