ストライク・ザ・ブラッド ~紅蓮の熾天使~   作:舞翼

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投稿が遅れて申し訳ないです(^_^;)


タルタロスの薔薇 Ⅲ

 千賀毅人(せんが たけひと)は、港近くの廃工場から絃神島の夕景を眺めていた。

 ――絃神島。 魔族特区は最先端の建築技術の塊であると同時に、魔術的な建造物だ。

 島を構成する四基の超大型浮体式構造(ギガフロート)は、其々が独立して暴風や津波の影響を受け流し、水没による被害を最小限に留めるように設計されている。

 四基を東西南北に配置することで、其々の超大型浮体式構造(ギガフロート)には、ある魔術的な役割が与えられ、東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武。――即ち、風水でいう四神相応である。 絃神島とは、巨大な風水術式装置なのだ。

 その絃神島の構造を利用して、法奇門の要と為す。 それこそが、千賀毅人が仕掛けた八卦陣の正体である。 絃神島そのものが動力源になっているからこそ、半径百キロ以上という、巨大な結界を展開することができたのだ。

 結界の持続時間は、残り四日。 だが、その時までには、絃神島は消滅しているはずだ。――“タルタロスの薔薇”によって。

 

『先生、聞こえる?』

 

 左耳にかけたイヤフォンマイクから、変声期前の男の子の声が流れてくる。 声の主は人工生命体(ホムンクルス)の少年――ロギだ。

 

「聞こえてるよ、ロギ。 爆発の煙も見えた」

 

 環状道路で起きた爆発の光は、千賀の位置から確認できた。 ロギが仕掛けた自動車爆弾の閃光だ。 高性能爆薬を搭載し、金属片を撒き散らす自動車爆弾は、軍用装甲車の性能でも容易には防げない。

 三年前。 在る事情からタルタロス・ラプスに合流したロギに、爆弾の扱いを教えたのは千賀だった。 それ以来ロギは、千賀のこと先生と呼ぶのだ。

 

『それなんだけど、ごめん――失敗した』

 

 悔しさを滲ませた口調で、ロギが言う。

 

「失敗?」

 

『うん。 勘のいい運転手でさ、起爆の寸前に逃げられたんだ』

 

「そうか。 さすがは“魔族特区”。 一筋縄ではいかないな」

 

 千賀は、ロギを責めることなく呟いた。

 爆弾は、シンプルだけに確実性の高い暗殺手段だ。 そして、ロギが爆発のタイミングを外すことはあり得ない。 それにも関わらずロギの攻撃から逃れたとすれば、相手がただ者ではないということだ。

 

『本当にごめん、先生』

 

「気にするな。 計画に支障はない。 無差別テロと思わせておけば、陽動にもなる」

 

『……うん』

 

 ロギが落ち込んだような声を出す。

 千賀は、そんな彼に優しく呼び掛ける。

 

「ロギ、手筈通りに頼むな」

 

『わかった』

 

 ロギはそう言ってから通信を切った。

 千賀はイヤフォンマイクを外して、無造作にポケットに入れた。 そして、ゆっくりと顔を上げ、錆びた屑鉄が山のように打ち捨てられた工場の跡地。 夕闇に沈んでいく倉庫街を背後に、西洋人形のような、小柄な女の子が立っている。

 

「待たせてしまったようだな」

 

 千賀の問いかけに、女の子――那月は長い髪を揺らして左右に振る。

 

「構わんよ。 面白い話も聞けたしな」

 

 口調は大人びているが、舌知らずな声だった。 そして千賀は、懐かしさに目を細めて失笑する。

 

「南宮那月……十五年ぶりか。 変わらないな、お前は」

 

「貴様は老けたな、千賀毅人(せんが たけひと)。――だが、残念ながら中身は変わっていないようだがな」

 

 那月が、蔑むような冷たい表情で言った。

 欧州で那月を最後に見た時、千賀は二十代半ばだった。 当時の那月は、見た目通りの年齢で、普通の人間だった。 那月に悪魔との契約を教え、魔女となる切っ掛けを与えたのは、千賀なのだ。

 

「変わらない、か……。 だが、それはお前も同じだろ? 魔族殺しの“空隙の魔女”――」

 

「残念ながら、私は変わったよ。 魔女になり、ある少年に出会ってからな」

 

 強くなる切っ掛けも与えてしまったよ。と言って、溜息を吐く那月。

 千賀は眉を寄せ、

 

「……噂に聞く、紅蓮の織天使、なのか?」

 

「まあな。 奴に、魔術の細かいことを享受したのは私だ。……そのせいか、奴は強くなりすぎたが」

 

 そう、悠斗の繊細な魔力のコントロールは、那月の享受によるものだったりする。

 ――その時、氷結の翼を羽ばたかせ、悠斗が那月の隣に着地する。

 

「噂をすれば何とやら、だな」

 

「……俺の噂話かよ。 何話したんだよ、那月」

 

「気にするな。 お前の、昔話程度だ」

 

 いや、気になるんですけど。と悠斗は内心で呟く。

 那月は、小さな時の悠斗を、両親の次に知っているのだから。

 

「で、暁凪沙は一緒じゃないのか?」

 

 悠斗は、ああ。と頷き、

 

「凪沙は、時間稼ぎの為に残ったよ」

 

「……なるほどな。 監視(足止め)か」

 

「まあな」

 

 ――その時、ドンッ。という衝撃音と、眷獣たちの鳴き声が響き渡る。

 那月は眉を寄せ、

 

「……戦闘か?」

 

「だろうな。 相手は、ディセンバーって奴だ。 たぶん、タルタロス・ラプスの幹部に近い奴だ」

 

 そんな時、これまで沈黙していた千賀が口を開く。

 

「……そうか。 暁凪沙、紅蓮の姫巫女か。……貴様たちが別行動で動くのは、予想外だな」

 

「そうか?……いや、昔の俺だったら、意地でも残ってたかもな」

 

 ともあれ、悠斗は、世間話をしに来たんじゃねぇな。と思い頭を振った。

 

「んで、八卦陣の方はどうなってんだ、那月?」

 

 那月は、鼻をふんと鳴らし、

 

「予想通り、千賀を倒せば破れる。――話はその後でゆっくり聞かせてもらうぞ、千賀毅人」

 

 那月が差していた日傘をゆっくりと振ると、それが切っ掛けになったように、千賀の周囲に武装した特区警備隊(アイランドガード)が現れる。 部隊の規模は、二個小隊。 四十人近く居るだろう。

 

「いや、今のお前らでは、“タルタロスの薔薇”は止められぬよ!」

 

 勝ち誇ったように言い放つ千賀に、特区警備隊(アイランドガード)の隊員たちが、千賀に銃を向けた。 だが、工場地に地鳴りのような轟音が鳴ったのは、その直後だ。

 突如として周囲を満たした爆発的な呪力の流れと、廃工場の敷地内に取り残された屑鉄の山が、意思を持つ生物のように流動して盛り上がる。 やがてそれは巨大な人の形となって、夕暮れの空に咆哮する。

 全高七、八メートルにも達する人型の怪物。 巨大傀儡(ストーンゴーレム)だ。 それに合わせ、倉庫街には濃霧が立ち込め、竜巻のような暴風が生じている。 真新しい倉庫の壁が罅割れて、風に飛ばされた瓦礫が空を舞う。

 

「嵐と波浪を操る傀儡……そうか、石兵か」

 

 ――石兵。 それは、法奇門の奥義で作り出したものだ。

 嘗て、蜀漢皇帝の軍師は、諸葛亮が設置して、呉の武将を率いる五万の軍勢を壊走させたと言われ、これが戦争に利用された風水術。 そう、優れた風水術師は、龍脈から汲み上げた呪力を使って巨石を操り、天候もを自在に変動させる。 優れた風水術は、一人で数万の軍勢に匹敵するのだ。

 

「撃つな!」

 

 悠斗が声を上げたが、既に遅かった。

 特区警備隊(アイランドガード)が持つ銃からは銃弾が放たれ、石兵から飛び散った瓦礫の塊が、人の形となって置き上がる。 そう、破壊すればする程、瓦礫兵の人数は増していくのだ。

 そして、石兵たちを動かしているのは、龍脈の力だ。 ならば、龍脈の力がある限り、傀儡たちは無造作な動力源を有しており、破壊しても断片が残っていれば再生する。

 悠斗は舌打ちをし、特区警備隊(アイランドガード)の隊員たちを結界で包み込む。

 

「――特区警備隊(アイランドガード)を連れて来たのが裏目に出たか……。 悠斗。 この数だが、凍らせられるか?」

 

 那月からの問いに、

 

「……特区警備隊(アイランドガード)を巻き込んでなら、絶対零度(アヴソリュートゼロ)で凍らせられる」

 

 一体一体時間をかけて凍らせるなら話は変わってくるが、全体を凍らせるのは、この場では危険が伴うのだ。

 

「……なるほどな。 お前の技も万能じゃないってことか。――仕方ない、特区警備隊(アイランドガード)は私に任せて、お前のやりたいようにやれ」

 

 那月か空間転移により、特区警備隊(アイランドガード)を安全地帯に転移させていく。

 そして、悠斗は左手を突き出し、

 

「――降臨せよ、麒麟!」

 

 悠斗の傍らに召喚されたのは、一本の角に白い鬣、体の背部の衣は白色であり、その他は稲妻の衣を纏った神獣だ。

 

「――麒麟よ! 繋がりを断ち切れ!」

 

 ドンッ、と地響きが起き、麒麟が放つ稲妻が傀儡に直撃し機能を停止させた。

 そう、悠斗が取った手段は至極単純だ。 龍脈から力を汲み取っているのなら、その元を遮断(・・)してしまえばいい話だ。

 

「――なッ……石兵が崩れるだとッ!?」

 

 千賀が唸るように声を上げた。

 崩れ落ちた石兵は再生しない所か、屑鉄となって自壊していく。 麒麟は、傀儡の動力源である龍脈を切り離したのだ。

 本来なら、龍脈から切り離す事は不可能だが、麒麟は神獣であり、龍脈に干渉(・・)する事は不可能ではない。

 

「……紅蓮の織天使。 貴様、風水術を正面から打ち破るなど、本当に規格外な存在だな……」

 

「……まあ、それが俺っていう存在らしいからな。 自分で言っててアレだけど」

 

 そう言って、悠斗は嘆息した。

 その時、紅蓮の翼を羽ばたかせた凪沙が降り立った。

 

「悠君。……ごめん、逃げられた」

 

「いや、気にするな。 こうして、千賀毅人と対面できたしな」

 

 そして、獅子の黄金(レグルス・アウルム)の背に乗り、千賀の隣に着地したディセンバー。

 ちなみに、二人の衣服は所々が裂け、血が流れ、切り傷もあった。 おそらく二人は、かなりの激戦を繰り広げたのだろう。 あの公園も、完全に吹き飛ばされたと見ていい。

 

「ホント、凪沙ちゃんの強さは予想以上。 毅人、ここは体勢を立て直した方がいい」

 

「ああ、そうだな。 目的も果たした」

 

 何。と悠斗と那月は目を細めた。

 瞬間、地響きと共に人工島が揺れ、噴き上がる炎が空を照らした。 悠斗たちの後方では、食料備蓄倉庫(グレートバイル)が次々に燃え上がっているのだ。

 ディセンバーからの足止め、悠斗が那月と合流させる為の布石、千賀が食料備蓄倉庫(グレートバイル)から離れた廃工場に現れた理由。 石兵などという大規模な術式。 全ては囮であり、悠斗たちは、知らず内に千賀たちの策に嵌まっていたのだ。

 

発火能力者(バイロキネシスト)……か」

 

 那月が背後を振り返って呟いた。

 炎に包まれた倉庫街の中央に、女の子のような可愛らしい服を着た小柄な少年が立っている。 藍色の髪をした人工生命体(ホムンクルス)の少年だ。 彼の両手から放たれた炎が、倉庫を燃やしていく。

 爆弾を扱う時、尤も困難なのは爆薬では無く、意図通りのタイミングで確実に爆弾を起爆させる装置だ。 優秀な起爆装置さえ準備できれば、爆薬などは近場にある肥料や小麦粉でも十分なのだ。

 だが、起爆装置となれば、探索機などで探し当てることが可能だ。 当然、特区警備隊(アイランドガード)は周囲の警戒を行ったが、起爆装置は発見されなかった。

 そう。 装置ではなく、発火能力を持つ過適応能力者(ハイパーアダプター)。――これこそが、タルタロス・ラプスが用意した爆発物の正体である。

 

「キーストーンゲート爆破テロの実行犯も奴か。 道理で、地下駐車場の危険物センサーの類が役に立たなかったわけだ。 破壊集団の名も伊達ではないということか」

 

 那月が、冷え冷えとした視線をディセンバーに向けるが、

 

「そうね。 まずは南宮那月、貴女からかしら――」

 

 その時、悠斗と凪沙は直感で何かを感じ取った。

 

「「――炎月ッ!」」

 

 凪沙と悠斗は、前方に紅い結界を張った。

 直後、結界は銃弾により破壊されていくが、貫通される事はないだろう。

 

「(……調整された呪式弾とか、完全に俺ら対策かよ……)」

 

 タルタロス・ラプスは、悠斗たちの対策を練っていた。ということだ。……それにしても、ここ最近、悠斗たちの対策がされているのは気のせいではないだろう。――結果、奴らに撤退の猶予を与えてしまい、逃げられてしまった。

 悠斗と凪沙は、ボロボロになった結界を解いた。

 

「しかし、対策されるとなると、面倒だな……」

 

「たぶん、最近になって悠君対策が確立されてきたんだよ。……これまで通りいかなくなるってことだね」

 

 マジか。と溜息を吐く悠斗。

 すると那月が、

 

「この件、悠斗たちに動いてもらうことになるかも知れん。……今回の件で、食料備蓄倉庫(グレートバイル)が燃やされてしまったからな、私はこっちの件で足止めを食らだろう」

 

「その時は任せてくれよ。 つーか、蓮夜の奴、観光を潰されて怒ってそうだわ」

 

「かもね。 美月ちゃん、観光を楽しみにしてたから……」

 

 内心で溜息を吐く、悠斗と凪沙。 でもまあ、蓮夜たちは気まぐれもあるので、絃神島から出て行くかも知れない。という可能性も捨てきれないが。

 ――だが、絃神島の崩壊は既に始まっており、タルタロス・ラプスを止めない限り、絃神島の崩壊は免れないだろう――。




現場に居たのは、悠斗君と凪沙ちゃん、那月ちゃんだけってなりますね。
古城君たちは、戦闘現場に向かっていたので、千賀たちの所には居なかった設定になっています。
てか、麒麟強ッ!龍脈に干渉できるとかヤバイですね……。まあ、これは麒麟しかできない芸当でもある為、完全解放されないと使用できなかったんですよね~。

んで、今回から、悠斗くん対策が凄いです。まあ、今後もあると思われます(笑)
悠斗くんのアドバンテージが奪われていくよ……。

まああれです。ご都合主義満載って事ですね(笑)

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