てか、ご都合主義が満載になっております。では、どうぞ。
絃神市街は、大混乱に陥っていた。
街は、吸血鬼の眷獣暴走に、
至る所で災害が発生し、人々の悲鳴や緊急車両のサイレンの音が絶え間なく街中に響いている。 出動した
絃神島に住む魔族は全人口四パーセントに過ぎないが、それでも二万人を超えている。 そして、その二万人近くが暴走状態なので、最悪、絃神島が崩壊する事も考えられる。
「暴走の原因はなに!?」
浅葱が、右手で握っているスマートフォンに向かって、叫ぶ。
『さあな。 嬢ちゃんはどう思う?』
モグワイが浅葱に質問に質問で返し、浅葱は迷うことなく即答した。
「……遅効性にウイルスね」
『ケケッ、同感だな』
「……どういう意味だ?」
状況が飲み込めていない基樹が、戸惑いの表情を浮かべて聞いた。
そして、浅葱が口を開く。
「登録魔族証よ。 あの腕輪には、簡易的な魔術を発動する為の回路が埋め込まれてるの。 魔族の体調のモニタリングや、位置情報の特定の為にね」
「ま、まさか、その回路に誰かがウイルスを流し込んだのか?」
基樹は振り返り、歩道の上に倒れたままの吸血鬼に目を向けた。
彼ら登録魔族の手首に嵌められた金毒製の腕輪。 その表面に彫り込まれた幾何学紋様の
『簡易的な回路と言っても、殆んど全ての魔族が、四六時中、直に身につけてる物だからな。 呪術の触媒としちゃ、かなり強力だぜ。 催眠状態に陥れる程度なら、わけねーな』
得意げな口調で、モグワイがそう言った。
基樹は、信じられない。という風に首を振る。
「島内全ての登録魔族証に、一斉にウイルス汚染させたってのか……どうやって?」
「
落ち着いた浅葱の答えに、基樹は驚いたように浅葱を見る。
「
「その犯人の目的は、
「お前も、それに気付かなかったのか……?」
「仕方ないでしょ。 私が
浅葱が、拗ねたように唇を尖らせて言う。
そんな浅葱を庇うように、モグワイが含み笑いを洩らした。
『それに、魔族登録証周りの防壁はガチガチに固められてるから、理屈はわかっても普通は実行できねーんだわ。 犯人の腕は相当だぜ』
「ていうか、登録魔族証のハッキングなんて、メリットがないから誰もやらないよね、普通」
「確かに。 無差別テロくらいにしか使えねーしな……」
島の惨状を見回して、基樹は溜息を吐いた。
登録魔族証に搭載されている装置のメモリ容量では、複雑な魔術は実行できない。 魔族の意識を失わせて、暴走させるのが精一杯なのだ。 だがそれでも、魔道テロには十分である。
「なあ、モグワイ。 そのウイルスってやつ、どうにかできないか?」
『無理だな。 物理的アクセス
「通信が切断されてるから、
『まあ、独立稼動モードの
モグワイの呟きに、基樹が小さく息を詰まらせた。
「そうか……“C”か……」
「“C”って、私がこないだ連れて行かれたコンピューター室のこと?」
基樹は、「ああ」と、頷いた。
ルーム“C”――キーストーンゲート第零層に設置させた特殊区間。
完全気密処理させた空間内に、絃神島を管理する五基の
そして、“C”の経由の
当然、“C”への入室は厳しく制限されており、人工管理公社の上級理事や絃神市長ですら立ち入りを許可されていない。 だが一人だけ、入室を許可された正規ユーザーが居るのだ。 それは、《カインの巫女、
だが、タルタロス・ラプスの情報戦を担当する者も、戦略級情報処理能力を持ち、直接コンピューターネットワークに介入する事ができるのだ。 タルタロス・ラプスに選ばれた者ならば、人間の限界を超えた情報戦のエキスパートなのだろう。 そんな鬼才に敵うとしたら、《カインの巫女》である、藍羽浅葱だけだ。――だが、《カインの巫女》と呼ばれる存在は、
「……そうか。 だから浅葱を狙ってたのか……」
「はい?」
基樹に、まじまじと見つめられて、浅葱は居心地が悪い表情を浮かべた。
「正規ユーザーとして、“C”へ入室が許可されているのは、
基樹は「
そして浅葱は、「は!?」と大きく目を見開く。
「なにそれ! 初耳なんだけど!? 本人に黙って、何でそんな属人的なシステム作ってんの? 馬鹿じゃないの!? 私が狙われてるのって、完全なとばっちりじゃない!?」
激昇した浅葱が、基樹の胸ぐらを締め上げる。
まあ確かに、浅葱は《カインの巫女》である以前に、基本的には普通の女子高生だ。 本人からしたら、絃神島の命運を左右するような重責を担うつもりなどないし、ましてや命を狙われるなどまっぴら御免であった。
しかし、現実では“C”の正規ユーザーに登録しているので、命を狙われている。 なので、浅葱が激怒するのは当然であった、が――、
「くっ……!」
暴れる浅葱を抱きかかえて、基樹が地面に転がった。
二人の頭上を弾丸が通過し、背後の民家の壁を抉る。 着弾の衝撃で撒き散らされた破片が、バラバラと基樹の背後に降り注いだ。
「文句は後で聞いてやる。 その前に、この状況を何とかするぞ。 何がなんでも、お前をキーストーンゲートまで連れていく!」
浅葱を強引に引きずり起こして、基樹が怒鳴った。
「でなきゃ、マジで今日が絃神島最後の日になるぜ」
呟く基樹の頭上では、
それがどのような事態を引き起こすか解らないが、碌でもない事は確実である。
「勘弁してよね……」
浅葱が、古城の口癖を呟く。
「全くだぜ」
基樹も、心底同意して頷いた。
そして、浅葱と基樹は走り出し、キーストーンゲートへ向かって行ったのだった。
この一連のやり取りが、悠斗たちが到着するまでに行われた光景であった。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
朱雀は浅葱がいた付近に着地し、古城たちは朱雀の背から飛び下りた。
「ゆ、悠斗。 浅葱は?」
古城が、悠斗にそう聞く。
「浅葱は無事だ。 今は、基樹とキーストーンゲート前に到着してるな」
「そうか」と、古城は安堵の息を吐いた。
「……それにしても、浅葱たちはこの惨状の中を掻い潜って行ったのかよ」
古城が周囲を見回しそう呟いた。
古城の言う通り、市街地の至る所で魔力の暴走が起きている。
中でも特に目立つ被害は、吸血鬼の眷獣によるものだ。 比較的若い吸血鬼の眷獣でも、無制限に解き放てば、民家を丸ごと吹き飛ばす威力はある。 ましてや、“旧き世代”の吸血鬼の眷獣となれば、その戦闘力は最新鋭の戦車と同等かそれ以上だ。
しかし、眷獣たちが召喚された場所や破壊対象に規則性はない。
彼らの力の暴走に、何らかの目的があるとも思えない。 魔族自身の意思ではなく、単純に制御を失っているだけで、何者かが彼らを操って魔力を暴走させているのだろう。――そして、凪沙が合図を送ると、朱雀は絃神島上空に飛翔を開始した。 悠斗は、凪沙の行動が理解できたが、古城と雪菜は疑問符を浮かべるだけだ。
「――
朱雀は、
凪沙は、ふぅ。と息を吐いた。
「これで数分は暴走が収まると思う」
といっても、一時的な応急処置だが。
そして、古城のスマートフォンの液晶から、浅葱の相棒であるモグワイが映し出され、合成音声が聞こえてくる。
『助かったぜ。 攻撃を止めてくれて感謝するぜ、紅蓮の嬢ちゃん』
凪沙は「紅蓮の嬢ちゃんって、私のことなんだ」と、内心で呟いていた。
ともあれ、先程の攻撃を停止したお陰で、浅葱たちはキーストーンゲート内部に到着する事ができたという事。
『詳しい話は端折るが、市内で起きている魔族の暴走は、魔族登録証のハッキングが原因だ』
「魔族登録証をハッキングできる奴が居たってことか? でも、そんなことができるのか?」
『それができる奴がいたんだぜぇ、第四真祖の兄ちゃん。 でもって、それを解除できるのが、今んところ嬢ちゃんだけでな』
悠斗は、「なるほどな」と頷いた。
この異変がタルタロス・ラプスの仕業ならば、浅葱が狙撃されていたことも説明がつく。 千賀たちは、浅葱の天才的プログラム能力を恐れたのだ。
だが、浅葱はキーストーンゲートに到着し、暴走を止める事が可能だ。
「じゃあ、オレたちも浅葱と合流した方がいいんじゃ――」
古城の問いに、液晶に映っているモグワイが左右に頭を振る。
『いや、嬢ちゃんはキーストーンゲートに到着してるから、矢瀬の旦那がいれば問題なねぇぞ。 それよりも、第四真祖の兄ちゃんと紅蓮の坊ちゃんには頼みたいことがあるんだぜ』
古城と悠斗は「……頼み」と言って、怪訝そうな表情をする。
そしてモグワイが、真面目な口調で続ける。
『とりあえず、嬢ちゃんが
「……いや、どうしてそんな事――」
古城の言葉を遮るように、悠斗が、
「――古城、上だ」
古城たちが空を見上げ、言葉を失った。 直径十数キロにも達する謎の幾何学的な紋様が、絃神島を覆い尽くしていたからだ。
それは密集したオーロラのようであり、魔力の渦のようでもあった。 或いは、美しい花弁にも見える。
そしてそれは、幾重にも折り重なった複雑な紋様の集合体だった。 絃神島を包み込む程の巨大な魔法陣。 その実体化を可能にしているのは、“魔族特区”から供給させる膨大な魔力だ。 絃神島に住む約二万人の登録魔族の魔力を吸い上げて、真紅の魔法陣が形成されている。
現在は鎮圧化されているが、彼らは魔力の暴走だけが原因ではない。 魔力がこの魔法陣に奪われているせいだ。
「……これが“タルタロスの薔薇”の正体なんだね――」
凪沙が呟いた。
魔族を催眠状態にして、魔道テロの道具にする事がタルタロス・ラプスの真の狙いではない。 無差別テロは前座。 いや、目的の為の手段であり、本命は空にあったのだ。
そして、魔法陣によって形成された薔薇から、数枚の花弁が舞い落ちてきた。
自らが実体を持つ程に濃密な集合体。 それはやがて、意思を持つ獣の姿に変わる。
「……そうか。 魔力で絃神島を破壊するのが目的だったわけか」
悠斗がそう言うと、“タルタロスの薔薇”から生み出された眷獣が魔力を帯びた咆哮を放つ。 全長、三メートルから五メートル程。 実体化までは不完全だが、ほぼ完全な獣の輪郭を保っている魔力の塊。 そして、登録魔族から吸い上げた魔力による、無制限の眷獣召喚。
対抗できるのは、
しかし現在、各地の
登録魔族たちは、タルタロス・ラプスのハッキングによって、ほぼ全員が意識不明状態に陥っている。――つまり、この場を凌げるのは魔族登録証を持たない悠斗たちだけだ。
「こいつら、誰が召喚してるんだ……?」
古城が、焦燥に顔を歪めて雪菜に聞く。
「宿主は、あの魔法陣そのもの、だと思います。 街中の魔族から吸い上げた魔力を使って、眷獣を無差別に召喚してるんです」
雪菜が強張った表情で答える。 古城は、「嘘だろ」と呻いた。
「そんなんで、どうやって
「古城。“タルタロス・ラプス”にとっては、そんなことは如何でもいいんだ。――聞いただろ? 奴らの目的を」
タルタロス・ラプスの目的は、絃神島の破壊。 なので“薔薇”で召喚した眷獣に、精密な操作など求めていない。 絃神島を破壊する為、眷獣を暴走させるだけで十分なのだ。
登録魔族から吸い上げた魔力による、無制限眷獣召喚。 それこそが、“タルタロス・ラプス”が“イロワーズ魔族特区”を破滅に導いた破壊工作。 謎に包まれていた奴らの手口だ。
「古城!――降臨せよ、黄龍!」
「ああ!――
街に振り注ごうとする眷獣たちに向けて、古城と悠斗が召喚した“黄龍”と“
だが――、
「……復活した!?」
古城の言う通り、切り裂かれた眷獣たちは灰塵が集合し傷を癒し元の状態に戻っていた。 悠斗たちが再び攻撃を命じても結果は変わる事がなかった。
薔薇は、悠斗たちの攻撃に対抗するように花弁を散らす速度を増している。 増殖を続ける眷獣たちの数は、既に数十体を超え、最早正確な数は解らなくなっている。――――そう、召喚魔術が続いているのだ。
そして悠斗は、憎々しげに舌打ちをした。
「……奴ら、
それならば、人工神力が宿っている原因に説明はつくだろう。 しかし、神力が相手では、負を持つ古城の眷獣たちでは分が悪いだろう。 神の力には、神の力で対抗するしかない。
この説明を聞いた古城は、「マジかよ」と唖然とする。
「……古城君、ここは私と悠君で食い止めるよ」
「ああ。 神力相手じゃ、古城は分が悪すぎる。 この場は俺たちに預けてくれ」
「でも、オレたちはどうすればいい?」
古城が悠斗にそう聞く。
「古城たちは奴らの中枢、ディセンバーを見つけて倒してくれ。 奴らを内部から崩すにはそれしかない。 それに奴は――――
古城は目を丸くした。
古城はディセンバーの事を、“旧き世代”だと思っていたのだ。 きっと古城は、ディセンバーが“
そして古城は「ああ。了解した」と頷き、悠斗たちと二手に分かれた。
「……しっかし、かなりの数だなぁ」
仲間を大勢破壊した事で、悠斗は危険対象と見て、眷獣たちは軌道修正し、悠斗だけを狙っているのだ。 しかしこれは、街の被害を最小限に留める為、眷獣たちの意識を自身に向ける策でもあったのだが。
眷獣たちは様々な形を作っていた。 ある者は蝙蝠のようでもあり、ある者は獰猛な肉食魚、ある者は大蜘蛛である。 完全な意思を持たないせいか、動きは単調であり、獲物目掛けて突っ込んで来る。 最早、悠斗を殺す為の捨て身の策である。
悠斗は嘆息し、異空間を開きある得物を取り出す。 それは、悠斗の切り札になりうる代物だ。――鏡花水月。 天剣一族の宝剣である。
悠斗は鏡花水月を右手で握り、自身の神力を宝剣に注ぎ込むと、鏡花水月は蒼く輝き出す。――神格振動波の輝きだ。 それに“雪霞狼”とは違い、人工的なものではなく
悠斗が、宝剣を「はッ!」と勢いよく振り下ろすと、神格振動波が斬撃に変わり眷獣たちを葬り去っていくが、“薔薇”を破壊するまでには至らない。
そして、悠斗と凪沙は頷き呪文を唱える。
「――紅蓮を纏いし不死鳥よ。 我の翼となる為、我と心を一つにせよ――!」
「――氷結を司る妖姫よ。 我を導き、守護と化せ!――来い、
凪沙は朱雀と融合し、背からは二対四枚の紅蓮の翼が出現し、瞳も朱が入り混じり、悠斗も
「時間稼ぎと行きますか、凪沙さんや」
「りょうかい♪ 悠君も無理はしないように」
悠斗は「了解」と頷いた。
時間稼ぎとはいえ、相手は無限に出現する眷獣であり神力も宿っているのだ。 ここから先は、死闘になることは間違えないだろう。
悠斗は宝剣を構え、凪沙も傍らに青龍を召喚させ、右手に刀を携え神通力を纏わせてから構え、地を蹴り死線へ向かったのだった――。
悠斗君たちが朱雀で飛翔してる時には、古城君にディセンバーが
あれですね。悠斗君のアドバンテージがなくなっちゃいました。てか、凪沙ちゃんの力量がハンパないっス(^_^;)
ではでは、次回もよろしくですm(__)m