てか、戦闘描写、難しすぎです……。
その場所は、嘗て多くの人々で賑わっていた商業施設であり、無人の廃墟となっても、残されたポップな装飾やカラフルなワゴンが愉しげな雰囲気の名残を留めている。 そして今、この広場にいるのはディセンバーとラーンだ。
広場の片隅には、ゴミが積み上げられ動かなくなった建設機器や自動車の部品。 テレビや冷蔵庫などの家電製品。 これらは、
その廃棄物の中に紛れて、真新しい発電機と通信機、防水処理が施された大型のコンピューターが稼働していた。 ディセンバーたちはこれを事前に持ち込んで、粗大ゴミの下に隠していた代物だ。 コンピューターに繋がるネットワークケーブルの一部は、ラーンが首に巻き付けたマフラーの下から伸びている。
「”カインの巫女”がキーストーンゲートに入り、プログラム“タルタロスの薔薇”破壊。 魔族登録証四千八百個の反応ロスト」
コートを着たラーンが、膝を立てて地面に座ったまま呟く。
ラーンは、首と背中のコネクタを経由して、脳を、絃神島のネットワークに接続する事ができる。 その結果、ラーンは絃神島全体を見渡せる
しかし、カインの巫女である藍羽浅葱、
「そっか……」
ラーンの報告を聞きながら、ディセンバーは寂しげに微笑んだ。
藍羽浅葱がキーストーンゲートに辿り着き、“タルタロスの薔薇”が破壊された事により、戦況は大きく変わりつつあった。 魔族登録証に感染させたウイルスが駆逐されるのも時間の問題であり、絃神島を破壊させる“四聖獣”は消え去ったのだ。
「ラーン、貴方は逃げて。後は、私だけで大丈夫だから」
ディセンバーは、ラーンに呼びかける。
「ごめんなさい」
「ラーン?」
「逃げられない、離れたくない……気持ち……いい……」
ネットワークに接続したまま、ラーンはうっとりと声を出す。 その姿に、ディセンバーは動揺した。 “巫女”がキーストーンゲートに入ったことで、“C”が活性化を始めたのだ。
魔族登録証の制御を奪い返されただけでは無く、ネットワークを経由して“C”の意思がラーンを汚染し始めているのだ。
「駄目、ラーン! 相手は、絃神島を掌握してる化け物よ。 幾ら貴方でも、そんな膨大な情報に脳が耐えられるはずがない!」
ディセンバーが、ラーンの肩を掴んで激しく揺さぶった。 しかしラーンは反応を見せず、青白い肌を薔薇色に染めて視線を彷徨わせている。
「これが……“C”の記憶……綺麗……あ……ああ……」
「ラーン! 接続を解除して、ラーン!」
絶叫するディセンバーの掌が眩い火花と共に弾かれた。
限界を超えて脳に流入してくる情報を処理しきれずに、ラーンの肉体が暴走を始めているのだ。
「ありがとう……ディセンバー……私……わかった……」
「待って、ラーン! 行っては駄目!」
ディセンバーが、ラーンに接続されていたケーブルを強引に引き千切った。
その瞬間、ラーンの肉体は激しく痙攣し、糸が切れたようにその場に倒れ込む。
「ごめんね、ラーン……大好きよ。 カーリ、ロギ……みんな……」
苦悶を続けるラーンの体を、ディセンバーが横たえた。 乱れたマフラーをそっと巻き直し、優しく髪を撫でる。
「……ラーンの脳内にはね、常人の十六倍もの微細化された神経回路が張り巡らされているの。 そのことによって、彼女には戦略級コンピューター並みの情報処理が与えられた」
誰に聞かせるという事もなく、ディセンバーが語り始める。
「生きた人間の脳が、膨大な情報を処理できるわけがない。 細胞の代謝だけで神経が焼き切れるわ。 だから彼女に与えられたのは、
ディセンバーは立ち上がって振り返る。 虹色に輝く彼女の金髪が、ふわりと風に煽られて広がり、炎のように輝く碧い瞳が一人の少年を映し出す。
「そんな彼女の生まれ故郷である“魔族特区”を滅ぼしたいと願うのは、可笑しいかしら。 君はどう思う、暁古城?」
「そう判断するのは、オレじゃない」
古城は、迷いを断ち切るように静かに言った。
寂れた広場に着地していたのは、翼を持つ鋼色の龍だ。 龍はこの廃墟に――第四真祖、暁古城を連れて来たのだ。
「確かにその子たちの怒りには、正当な理由があるかも知れない。 千賀の言っていたように、この島のせいで、大勢の犠牲者が生み出されるかも知れない」
古城は、左右の拳を握り締め叫んだ。
「でもな、お前らが絃神島を破壊したいと思ってると同じ位、オレは……いや、オレたちは、絃神島で暮らしている人々護りたいと思ってるんだよ!」
その筆頭は、凪沙と悠斗だろう。
彼らにとって絃神島は、想いを通じ合わせ、人々と巡り合わせてくれた島なのだから。
「オレは、島の運命を託された!だからオレは、お前らを止めるぞ!タルタロス・ラプス!ここから先は、オレの
「私は認めない! そんな理屈――!」
ディセンバーが、古城の言葉に抗うように絶叫した。
彼女の背後には、眷獣の影が浮かび上がり、眷獣の瞳が放つ魔力が古城を捕らえ、古城の体がぐらりと揺れた。 これは、眷獣による精神攻撃だ。 古城の肉体だけではなく、第四真祖の眷獣までも支配しようとする強烈な意思。
その圧倒的な支配力を断ち切ったのは、眩い銀光の一閃だった。
「いいえ、先輩。わたしたちの
雪霞狼を構えた雪菜が、古城を庇うように前に立つ。
雪霞狼は、ディセンバーの精神攻撃は、雪霞狼は無効化する事ができるのだ。
「くっ!」
自らの不利を悟ったディセンバーが、不法放棄された廃棄物の中に手を伸ばし、それを合図に、廃棄物の中に仕込まれていた術式が軌道。
地鳴りのような振動と共に、廃棄物の山が盛り上がり、多数の金属の残骸を纏った人型の巨人が出現する。 その数は、十五体にも及ぶ。 そしてこの
轟、と生命を持たないはずの
全身を金属の鎧で覆った石兵が、巨人に似合わぬ敏捷さで雪菜を襲おうとするが――、
「――
「――
黄龍の背に乗りながら、紅蓮の翼と氷結の翼を展開した凪沙と悠斗がそう呟き、紅い結界に包まれた
結界を解くと、凍らされた
切り札を失ったディセンバーは呆然と立ち尽くすしかない。 さすがに、あの数を数秒で失うのは予想外過ぎる。
「終わりだ、ディセンバー」
ディセンバーを冷たく睨んで、古城がそう言う。
客観的に見て、ディセンバーの不利は決定的であるが、ディセンバーは吹っ切れたように微笑む。
「まだよ!“タルタロスの薔薇”が破壊されても、術式と微かな残り香は残っている。 私の仲間たちが紡いでくれた――絃神島を破壊する力は!」
ディセンバーが放つ魔力が上空に舞い上がり術式が浮かび上がる。
「
ディセンバーが、自らの眷獣を完全に解き放っていた。
全長十メートルにも達する巨大な眷獣は、銀水晶の鱗を持つ美しい魚竜だ。 前足は半透明の翼であり、
その禍々しさ、大気を震わせる存在感、魔力の密度は、第四真祖の眷獣と同質なものだ。
だが、不可解な事ではない。――ディセンバーの眷獣も、第四真祖の眷獣でもあるのだから。
「第四真祖の眷獣、か……。 それに『十番目の月』…………そういうことだったのか、十番目の
勢いを増す、ディセンバーの魔力に気圧されながら、古城は唸った。
第四真祖の正体は、古の時代に“殺神兵器”として生み出された人工の吸血鬼だ。“聖殲”と呼ばれた戦争が終結し、役目を終えた第四真祖は封印された。
そして、第四真祖を恐れた人々は、第四真祖の十二体の眷獣を、其々異なる場所に封印したのだ。
眷獣を封印する為だけに造られた人工の吸血鬼――
「お前もアヴローラと同じ、第四真祖の封印体だったんだな、ディセンバー……」
「今更そんな事を聞くまでもないでしょ、暁古城。 君は、本当にわかってなかったのね。――まあ、悠斗はすぐにわかったらしいけど」
「悠斗と同じように見るのは止せ、オレは何も知らなかった人間だ」
「そうかもね」と言って、クスッ、と悪戯っぽく微笑むディセンバー。
そして古城は、ディセンバーの言葉を認めた。 第四真祖の復活の儀式“焔光の宴”で、古城の記憶の大部分を奪われている。 ディセンバーの正体に最後まで気づかなかったもの、“焔光の宴”が原因と言ってもいい。
「私は、
「第三真祖……ジャーダが、お前を匿っていたのか……」
「匿っていた……結果的にはそうなるわね。 お陰で、ラーンたちと再会できたわけだし」
ディセンバーは、笑うように目を伏せた。
彼女と
「私が解放されたのは、絃神島に行くと第三真祖に伝えたからよ。 君は、彼女に気に入られてるのね、暁古城。――それと、彼女が『紅蓮の織天使、あの時の屈辱は忘れもしない』と言ってたわ。 悠斗も厄介な人に気に入られてるのね」
悠斗は顔を顰めた。
「ディセンバー――お前、体が……」
少女に肉体は、金色の粒子に包まれて、さらさらと崩れ始めていた。
通常の吸血鬼の霧化とは違う、彼女の存在そのものが消滅しようとしてる。
「私の肉体は“タルタロスの薔薇”と接続していたの。“タルタロスの薔薇”が存在してる限り消滅することはないけど、破壊されたら別。“薔薇”が無くなれば、私は器そのもの――この状態で封印を解けば、消滅するしかないわ」
ディセンバーが晴れやかな表情で笑って、両腕を大きく開いた。
「私が封印していた――そして、私自身である『十番目』の眷獣“
古城は絶句した。
術式と魔力を培養として、 “四聖獣”たちを複製したのだ。 龍脈の力が付与してない分、本来のより力が劣っているが、絃神島の脅威になるのは間違いない。
「君たちが絃神島を護るというのなら、この私を倒して見せて。 それができたら、君たちの力が正しいと認めてあげる」
「待て、ディセンバー――!」
制止しようとした古城の目の前で、ディセンバーの体は力尽きたように崩れ落ちる。
そして動き出したのは、完成された術式から出現した“四聖獣”たちだ。 攻撃対象は古城たち――いや、絃神島そのものだ。 絃神島は“四聖獣”の攻撃を浴びたら一溜まりもないだろう。
「古城、お前は“四聖獣”を吹き飛ばせ。 絃神島の安全は俺たちが保証する」
悠斗が「古城は前だけに集中しろよ」と呟くと、古城は「ああ」と頷く。
「凪沙、行くぞ」
「りょうかいだよ、悠君」
悠斗と凪沙は紅蓮、氷結の翼を羽ばたかせ上昇する。
――今から行うことは、
なので、残る手段は一つ。――魔力を練り上げ、技を放つ。 だが、四神召喚は一時的に不能になる。
ともあれ、悠斗は左手を掲げ、言葉を紡ぐ。
「我を護る妖姫よ、我との結びを解放する――――降臨せよ、
「凪沙も、
凪沙は「うん」と頷き、
「我を護る不死鳥よ。 我との結びを解放する――――おいで、朱雀」
凪沙も融合を解き、紅い瞳、翼が消滅し、黒色に戻る。 変わりに、朱雀が隣に召喚される。
悠斗と凪沙は魔力を解放。 朱雀も一鳴きし、力を溜める。
「「――
悠斗たちと朱雀の魔力が一つに合わさり、絃神島全体を紅い結界で覆い尽くす。
絃神島を破壊する為、“四聖獣”たちは島に攻撃するが、攻撃は結界に弾き落とさせ、古城は隙を逃さず反撃。 また、自身の周囲にも結界を展開させてる為、攻撃が流れて直撃しても問題ないのだ。
悠斗と凪沙はかなりの疲労感に襲われるが、朱音と
「……
「……
でもまあ、“四聖獣”を吹き飛ばせ。と言ったのは悠斗だ。 古城の判断は強ち間違っていないのだ。
最後に、
金色の霧に包まれたディセンバーは「……あの子だけじゃなく、十二番目の眷獣も君たちの中に居るとはね」と呟いてから儚げに微笑み、古城はゆっくりと歩き出す。
「君たちの勝ちだね……古城。――最後にお願いがあるんだ。 あの子たちを、ちゃんとした研究施設に連れて行ってあげて欲しい。 あの子たちはこのままじゃ、そう長く生きられないから……」
「わかった。約束する」
改めて言われるまでもないと、古城は頷く。 彼らをこのまま死ねせる訳にはいかない。
酷かもしれないが、彼らは多くの罪を犯した。 その罪を償った上で、もう一度機会を与えるのだ。 魔族と虐げられてきた、彼ら幸せに生きる機会を。
絃神島でなら、それができるはずだ。 この島は“魔族特区”で、
「私は、君たちの正しいと認めてあげる。 だから、古城には『十番目』の眷獣の力、悠斗には私の知識を――」
ディセンバーは「悠斗もこっちにおいで」と促し、悠斗は頷くと歩き始める。 古城の腕の中にいる少女の元まで。
「……ディセンバー……オレは、そんなもの……」
古城が戦ったのは、絃神島を護る為。
ディセンバーの力を奪う為でも、消滅を望んでいた訳でもない。――だけど悠斗は、
「古城、ディセンバーの最後の頼みだ。 お前は、彼女の想いを受け継いでやれ」
「ふふ。 悠斗は何でもお見通しなのかな。――古城、私の想いを受け取って。 虫がいい話だけど、これが私にできる罪の償いかた」
古城は頷き、
「……お前の想いを受け継ぐ。 だが、お前はオレの中で生きるんだぞ、罪を完全に償うまで死ぬことは許さない、いいな?」
「わかったよ」とディセンバーは苦笑した。
「悠斗は、私の手を握って。 私の知ってること、これからのことを託すね。 君なら、正しく扱えるはずだから」
悠斗は「ああ」と頷き、ディセンバーの左手を握ると様々な情報が脳内に流れ込む。 これは、ディセンバーが経験した
「古城、そんな哀しそうな顔をしなくても大丈夫。 私は、君の傍にいるんだから。……悠斗も、凪沙と幸せな人生を歩んでね」
完全に金色の霧に変わったディセンバーが、古城の腕の中から姿を消していった。
その時に、
『――私たちは、君たちの傍に』
幻聴なのかもしれないが、ディセンバーが意識を薄れさせていく中、悠斗と古城はそう聞こえた。
そして、悠斗と古城が、
次回で、タルタロスの薔薇は終わりかな。ちなみに、蓮夜君と美月ちゃんは、次回登場する予定です。
では、次回もよろしく(@^^)/~~~
追記。
朱音の魂と