古城たちの戦闘の結果の報告を耳にしながら、那月は単独で“タルタロス・ラプス”の構成員である、千賀毅人を追い掛けていた。
那月が空間転移で千賀毅人の元へ到着した時には、全てが終わっていた。――そう、千賀毅人は血塗れで倒れていたのだ。
苦しげな呼吸を続ける千賀毅人の全身には、無数の殺傷と刺傷があり、その多くは内臓まで達しており、出血量も危険域を超えている。 まだ意識があるのが不思議な位の致命傷だ。
「やあ那月……。 やはり私を追っていたのか……」
そう言って、千賀が那月を見上げて呟いた。
そんな千賀を見て、那月は表情を変えないまま、
「誰にやられた?」
だが、キーストーンゲートの最下層を訪れた時点で、千賀が実行しようとした事は解っている。
問題なのは、千賀をこの場で倒した者がいる。という事実だ。
「それを聞いて、今のお前に何ができる?」
千賀が愉快そうに笑う。
千賀が言いたいことが那月には解った。 それは、那月が手出しできない存在――即ち、魔族特区の為政者側の人間なのだ。
なので千賀は名前を伏せ、那月を苦しめない為にもこの場で引き返すべきだと判断したのだ。
「言いたいことはわかっているつもりだ。だが、私の教え子が指をくわえて見てるのが想像できんがな」
「……第四真祖に紅蓮の織天使、か」
「ああ。 奴らがその気になれば、絃神島の政界の人間は一掃されるだろうな」
でもそうなれば、古城たちが高校生として生活することは叶わなくなるだろう。
そう、
だが那月は、古城たちを利用する形になるのは望まない。 なので那月は、古城たちを巻き込まない道を模索すると決めている。
「待っていろ、すぐに病院に運んでやる」
「構うな。 もう必要ない」
千賀が那月の申し出を断る。
そう、魔族特区の医療技術をもってしても、彼は助からないだろう。 千賀自身、それは承知済みなのだ。
「そうか。――それと、
「ああ」
那月が告げた情報を聞いて、千賀が安堵の表情を浮かべた。
「では、すまないが彼らを頼む。 わかっているだろうが、あいつらはオレに道具として利用されていただけだ。 彼女らには罪はない」
「貴様の証言として伝えておこう」
那月が事務的な口調でそう言うと、千賀は、それでいい。と頷いた。
この先のタルタロス・ラプスの裁判において、千賀の証言は生き残った構成員たちに有利に働くだろう。 仲間たちに対する千賀の思いが、真実であるかどうかは別として。
「十五年前――お前がたった一人で復讐を終わらせて、オレたちの前から消えた時には、失望したよ。 だが、今にして思えば、正しかったのはお前の方だったな」
千賀が懐かしげな表情で呟く。
そして、咳き込む千賀の口元からは、血の塊が零れ落ちる。
「オレはガキ共に人殺しの技術を教えることで、あいつらに依存していたんだ。 共依存というやつか。 お前はそれに気付いたんだな、那月。――そしてその後、お前は紅蓮の小僧と出会い、変わった」
「ふん。 織天使との出会いは偶然が重なっただけだ。……だがまあ、その後の絃神島のいざこざでは共闘もしたが」
特に、昔に起きた“闇の書”事件では、共に戦場を駆け、魔導犯罪人を監獄結界に放り投げたのは、那月の記憶に焼き付いている。
「……そうか。 それがお前の人生の転期になった、と言っても過言じゃないってことか」
千賀がジャケットの襟の裏から小さなチップを取り出す。 それは、データ保存用のマイクロメモリだ。
血塗れの千賀は、震える指先で、それを那月に手渡す。
「お前の教え子たちは、自らの意思で絃神島を護ることを選んだ。……その判断は愚かだが、オレには眩しい。 那月、お前は良い生徒に恵まれたようだ」
那月は「そうだな」と頷いた。
「……千賀毅人、このチップは何だ?」
「勝者には戦利品があって然るべきだろう? その中身をどう使うかは、お前が決めろ」
そう言ってから、千賀は静かに目を閉じた。
その口元には微笑が浮かんでいた。
「負けたはずなのに、悪くない気分だ。……オレを止めたのが、お前たちでよかった……」
千賀の体から力が抜け、那月はそれを無表情で眺めていた。
「さよなら、先生」
空間を波紋のように揺らし、那月がこの場から消えた。
薄暗い無人の通路には、血溜まりの痕跡だけが残されていた――。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦
廃棄地区に居る古城たちを回収しに来たのは、
最初ははしゃいでいたグレンダも、雪菜の膝枕で眠っている。 文字通りグレンダは、中央広場と廃墟地区を休まずに飛んだのだ、彼女が疲れて眠ってしまうのも無理もない。
また、悠斗と凪沙も
「やれやれ……ようやく戻って来れたか」
船から降りた古城が、絃神島全体を見渡し気怠く呟いた。
建物の被害は甚大だが、奇跡的に負傷者の数は少ない。 やはり、短期決戦で薔薇を破壊できたのが大きい要因だろう。
古城の呟きに促されるように、悠斗、凪沙と船から降り、両手を上げ体を伸ばす。
「ああ、やっと終わったな」
悠斗は「もう面倒事は勘弁して欲しいけど」と内心で呟く。
だが、強力な力を持つ者の元には、完全な平穏が訪れることは無い、かも知れない。――強者の力が、戦争に利用される可能性がある限りは。
「凪沙も疲れた、かも」
凪沙もそう呟いた。
そして拘束具付きの担架に乗せられ、ラーンが特区警備隊に運び出される。
だが彼女は今も眠り続けている。 肉体そのものに異常はなく、夢を見続けている状態なのだ。 おそらく、ネットワーク越しに接触した膨大な“情報”が原因だろう。
「あいつら、これからどうなるんだろうな?」
目を閉じたままのラーンを見送って、古城は長い溜息を吐く。
そう。 タルタロス・ラプスは、自らの意思で絃神島を破壊しようとしたのだ。 逆らえない相手に利用されていた、アスタルテや優真とは根本的に違うのだ。
ましてや、タルタロス・ラプスは国際指名手配の重罪人。 そして、未登録魔族でもある。 最悪、永遠の牢獄である“監獄結界”に永久隔離される可能性もあるのだ。
「その辺は那月に任せるしかないな。 国際問題関係は、真祖や
人任せになってしまうが、学生の古城たちにはどうすることも出来ないのも事実である。……だがまあ、古城たちが絃神島を
そして、国境の破壊、世界の破壊となれば、真祖や
雪菜が、グレンダを抱きながら船から降りると口を開いた。
「神代先輩の言う通りですが、彼女たちには
雪菜は、「ですが、罪は消えることはありませんが」と真面目な口調で付け加えた。
「それに、絃神島の全住民が証人です。 “イロワーズ魔族特区”の時とは違いますから」
「……事件を揉み消したり、一方的に処分できないってことか」
「はい」
古城の呟きに雪菜が頷く。
人工島管理公社といえども、彼女たちを勝手に裁くことはできないのだ。 ましてや、彼女たちが暗殺される、と言ったことにも起こらないだろう。
ディセンバーとの約束は、取り敢えずは守る事ができそうだ。
そう雪菜に保証されて、古城は一先ず胸を落ち着けさせることができた。
「悪い古城、俺たちは一足先にお暇するな」
「ごめんね、古城君」
悠斗と凪沙は申し訳なさそうに呟く。
ちなみに、この場所からアイランド・サウス七〇三号室まで数十キロあるが、悠斗と凪沙には数分で帰路に着ける手段があるのだ。
そして古城は頭を振る。
「ああ、今回も助かった。後は任せてくれ」
古城がそう言うと、悠斗が「悪いな」と呟く。
悠斗と凪沙は詠唱を唱える。
「――紅蓮を纏いし不死鳥よ。 我の翼となる為、我と心を一つにせよ――おいで、朱雀」
「――氷結を司る妖姫よ。 我を導き、守護と化せ!――来い、
朱雀は融合した凪沙の背部からは二対四枚の紅蓮の翼が出現し、瞳も朱が入り混じり、
――若干回復した悠斗と凪沙が出した結論は、早く帰る為に守護の翼を羽ばたかせ、帰路に着く、である。
こんなことで呼び出される眷獣たちは呆れるだろうが、早く帰路に着きたい悠斗と凪沙は、「今だけは目を瞑って下さい」と懇願する。
ともあれ、一時的にだが“タルタロスの薔薇”事件は幕を閉じたのだった――。
これでこの章は完結ですね。
今回の話で美月ちゃんたちを出すと言いましたが、あれは嘘だ。……いや、出すタイミングが無くてですね(-_-;)
まあ、次回(幕間)に美月ちゃんを出すことは確定なのですが、蓮夜君は次章になりそうです。
ではでは、また次回(*・ω・)ノ
宜しければ、感想もよろしくお願いしますm(__)m