悠斗たちが彩海学園の教室に到着したのは、始業時刻の少し前だった。
教室に入った悠斗たちを呼び止めたのは、クラスメイトの棚原夕歩。古城にとっては中等部時代からの同級生で、悠斗にとっては高等部からの知り合いである。
「あ、来た来た、暁、神代!こっちこっち!」
「棚原?」
「どうしたんだ、棚原の奴?」
悠斗の問いに、古城が、さあ。と首を傾げる。ともあれ、古城たちは夕歩の元まで歩み寄る。
いったい何の用だ?と、訝る古城に、夕歩は窓際の机を指差す。――その席の主は、古城たちの友人“藍羽浅葱”の席であった。
「ねぇ、暁、神代。あんたら最近、藍羽と連絡取ってる?」
「浅葱?……ああ、最近取って無いな?」
古城は、悠斗はどうだ?と、問いかける。
「いや、俺も取って無いな。……浅葱、今日も欠席なのか?」
そう。浅葱は“タルタロスの薔薇”事件以来、一度も学校に来ておらず、欠席状態なのだ。
その理由は、人工管理公社に籠りきりで、絃神島復興の手伝いをしているということだ。確かに現在の浅葱は、絃神島復興の為の支援活動の真っ最中と、テレビやラジオで連日放送されている――謂わば、絃神島の
「へぇ。あんたらが藍羽と連絡を取らないなんて珍しいわね。でも困ったなぁ……。小学生の従妹に、藍羽浅葱とのツーショットの写真を送るって約束しちゃったんだよね」
手に持った端末機器を握りながら、唇を尖らせる夕歩。
古城は不思議そうに夕歩を見て、
「いや、なんで小学生が浅葱の写真を欲しがるんだ?」
「そりゃ、藍羽のファンだからでしょ。私が藍羽のクラスメイトだって言ったら、あの子凄い喜んじゃって」
「……まるでアイドル扱いだな、浅葱の奴」
「実際アイドル扱いだろうな。……絃神島復興の為に、浅葱の力が必要なんだろ。でもなぁ、これ本当に浅葱か?違和感しかないんだが」
悠斗がスマホをポケットから取り出して、ある動画を再生させる。
その動画で流れているのは、“Save OurSanctuary”――人工管理公社のプロデュースによる絃神島復興支援チャリティーソングとして、島内の至る所で流れている曲だ。
歌っているのは、純白のサマードレスを着た藍羽浅葱。海岸沿いを裸足で歩くその映像の中の浅葱は、確かにアイドルと呼ばれてもおかしくないが、悠斗は正直好きになれなかった。
「え、そうなの?……でも、さすが何時もつるんでるだけあるわね」
「いや、何時もって訳じゃないが、だがここ数年は世話になってるな」
そんな夕歩たちの会話を聞いた古城は苦笑し、
「あの時の悠斗、棘が有りすぎだったしな。あの時浅葱、若干びびってたんだぞ」
「あー……その話は呼び起こさないでくれると助かる。あれは俺の黒歴史でもあるしな」
誰も寄せつけようとしなかった悠斗は、学園に居る時でも、“誰も近寄るな、話かけるな”という雰囲気を撒き散らしていたのだ。
それを一番最初に壊した人物は――暁凪沙でもあるんだが。
「話を戻すが、オレも今ここに映っているのは、浅葱じゃないと思う。つーか、浅葱がアイドルとか無理が有り過ぎだろ。棚原は、浅葱に何を期待してんだ?」
「そう言われれば、そうなんだけど」
夕歩が拗ねたように頬を膨らませる。浅葱は黙っていれば美人なのだが、見た目に反して色気とは無縁のタイプだ。
ちやほやされて喜ぶ性格ではないし、他人に媚びが売れる程器用でもない。どう考えても、藍羽浅葱がアイドルに向いているとは思えないのだ。
「でも、藍羽のプロポーションビデオは結構可愛くて好きなのよね。本格的なアイドル見たいで。なに、暁も気に入らないの?」
「まあな。悠斗と同じく、違和感があってな」
「へぇ。でもあんたらがそう言うなら、偽物なのかもねぇ」
夕歩は、面白いものを見つけた。と、言う風に一人で納得をしている。
「そうね。良く撮れてるけど、そこの浅葱は偽者よ」
会話に割って入ってきたのは、大人びた身長の女子生徒。クラス委員長の築島倫だ。
彼女は、浅葱とは一番付き合いが長く、親友とも言える女子生徒でもある。
「やっぱりそうなのか?」
悠斗がそう聞くと、倫が、
「うん。たぶん魔術かCGじゃないかな。浅葱が自分でこんなもの作るなんて思えないけど」
「そうか……。でも築島はなんでわかったんだ?」
古城の質問は尤もであった。
倫は、魔術やCGとは無縁なはずだ。
「ピアスよ」
「ピアス?」
古城が倫の問いに聞き返す。
確かに、プロモーションビデオを見た時、浅葱は古城の知らない赤いピアスを嵌めている。浅葱が普段愛用している蒼いピアスではない。
浅葱の親友でもある倫からすれば、浅葱が蒼いピアスを外したり、ましてや捨てたりすることなど有り得ない。
あれは、意中の男の子の貰った、大切なプレゼントなのだ。
「それに、あの子が歌って踊ることなんてありえないし、あの子、隠してるけど音痴だから」
古城は、お、おう。と答えるしか出来なかった。
だが確かに、浅葱が絃神島復興の為とはいえ、人前で歌うとは思えない。浅葱なら、自分で歌うくらいなら、自分で合成プログラムを組みそれに歌わせるだろう。
しかし問題なのは、人工管理公社は何故浅葱の偽者を用意してまで、浅葱をアイドルに仕立てたのか?ということだ。絃神島内を混乱させない為とも考えられるが、それならば絃神島内で人気がある芸能人を起用した方が良い筈だ。
だがそうなれば、本物の彼女は、今何所で、何をしているのだろう――。
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「浅葱ちゃんが偽者?」
その日の放課後、悠斗は校門前で一緒に帰る約束をしていた凪沙と合流し、アイランド・サイスのマンションに帰宅している途中だ。
それに、こう言っている凪沙だが、彼女もプロモーションビデオの映る浅葱の違和感に気づいていただろう。
「正確な情報じゃないんだけどな。でも、信憑性もあるしな」
凪沙は、なるほど。と頷く。
悠斗たちがモノレールの駅に入ると、モノレール駅の一角には、絃神島復興支援プロジェクトのポスターが大々的に貼り出されており、そのポスターにアイドル風に映る浅葱は、やはり作り物のように思えた。
「浅葱の奴、また面倒事に巻き込まれてないよな?……人工管理公社が黒幕となれば、那月も手が出せないかも知れないし、最悪だぞ」
「ま、まだ決まったわけじゃないんだし、早とちりするのはよくないよ、悠君」
「……そうだな」
凪沙の問いにそう答える悠斗だが、何か胸騒ぎするのだ。
暗い雰囲気を払拭するように、
「そ、そういえば悠君って、何で南宮先生のことを呼び捨てなの?」
確か、凪沙の記憶では“那月ちゃん”呼びだった筈。
呼び捨てするにしても、それは悠斗の昔の記憶だ。
「そうだなぁ。一番は、那月が“昔の呼び方で構わん”って許可してくれたからな。まあ学校では“ちゃん”呼びだが」
でも、“ちゃん”づけだと怒るんだよな、那月。とぼやく悠斗。
だが今思うと、空隙の魔女、南宮那月を呼び捨て出来るのは、神代悠斗だけではないだろうか?
「そっかぁ。南宮先生と悠君って、昔からの知り合いでもあるんだよね」
そして凪沙は、悠斗と那月の出会いから、今までの経緯まで知っている。神代悠斗が、南宮那月をとても大切に想っているとも。
妬けちゃうなぁ。と、凪沙は内心で思うが、悠斗の
「そうだな。まあ俺の義母みたいな存在だしな、那月は」
それに、悠斗に人との関わりも持たせてくれたのが、南宮那月。という存在でもある。
「そっか。てことは、わたしの義母になるのかな?南宮先生」
「どうだろうか?俺のことを義息子として見てるのかも解らんし」
そんなことを話しながら、悠斗たちはモノレールを待っていると、隣から可愛らしい音が鳴る。音の発生源は、凪沙のお腹の音だ。
「――っ!?ろ、六限目が、た、体育でね。お昼ご飯を全部消化しちゃったんだよ!」
悠斗は苦笑し、
「じゃあ、どっかに食いに行くか。俺も小腹が空いたし」
悠斗がそう言うと、凪沙は、うぅー、と言って、顔を朱に染め俯いてしまう。やはり、意中の男の子にお腹の音を聞かれるのは恥ずかしいのだ。
ともあれ、この付近で安くて美味しい手頃な店と言えば、やはり“麺屋いとがみ”だろうか。このラーメン屋は、見かけによらず大食いの浅葱に連れられて、教えて貰った店だ。
「んじゃ、“麺屋いとがみ”でいいか?あそこなら、俺らの財布には優しいしな」
まあ確かに、億単位の金が口座にあるからといって、無駄使いするのは宜しくない。無闇に金を使うと、金銭感覚が馬鹿になる。
「だね。それじゃあ、モノレールも着た所だし行こっか」
そう言ってから、凪沙と悠斗はモノレールの車内に乗り込み、目的地である“麺屋いとがみ”に向かうのだった。
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“麺屋いとがみ”店内に入った凪沙と悠斗だが、店内は異様な雰囲気に包まれていた。
その店内に一番奥のテーブルには異様な雰囲気を醸し出している四人が座っている。二人外国人であり、もう二人は日本人で、悠斗たちの見知った顔である。
「古城君と雪菜ちゃん?」
「あれって、イブリスベール・アズィーズじゃねか。何で奴が絃神島に居る?」
きっと面倒事だ。と思い、悠斗と凪沙は離れたテーブル席に座り、用意した割り橋を右手に持ち、注文したラーメンを口に運ぶ。
やはり、“麺屋いとかみ”は穴場のラーメン屋だ。麺がこってりしていて美味い。
「何の話をしてるんだろうね、古城君たち」
「さあな。でも、何か巻き込まれる未来しか見えないのは、俺の気のせいか?」
凪沙は、気のせいじゃないかも。と呟き、注文したラーメンを口に運び、咀嚼する。
そして、全ての注文した商品を食べ終え、テーブル席から立ち上がり、空いた食器を流し場に返そうとした時――、
「第四真祖。話しても構わぬが、その条件として、あのテーブル席に座っている“紅蓮の織天使”、“紅蓮の姫巫女”と相席するのが条件だ。この話、お前一人で如何にかするのは些か難しい気がするのでな」
と、凛とした声が悠斗と凪沙の耳に届く。
これだけの騒音の中で届くということは、何か特殊の魔術か術式によって可能にしているのだろう。
そして、こうなったかぁ。と、内心で溜息を吐く悠斗たち。もしかしたら、蓮夜たちも巻き込んじゃうのかもなぁ。とも思ったのだった。
ともあれ、テーブル席を立ち、奥のテーブル席に向かった悠斗と凪沙は、促された席に腰を落とす。
「久しぶりだな、イブリスベール・アズィーズ」
悠斗は平然と言うが、雪菜は、もっと敬意をはらって話して下さい!神代先輩!と内心で声を上げる。
まあ確かに、イブリスベール・アズィーズという吸血鬼は、“滅びの王朝”、
「ふん。オレに馴れ馴れしい言葉を吐くとは、失礼な奴よ」
イブリスベールは、不服そうな表情で呟く。
「んで、俺と凪沙も交えての話の本題って何だ?」
イブリスベールは、にやっと笑い。
「――人工管理公社が、藍羽浅葱をキーストーンゲート最下層に幽閉しているという話よ」
イブリスベールの言葉に、目を丸くする古城たち。まさか、人工管理公社が浅葱を幽閉しているなんて、夢にも思ってなかっただろう。
「まあ、オレよりも詳しく知っているのは、こいつなんだがな」
イブリスベールが指差したのは、幼い体格にぴったりとフィットするスクール水着のような衣服を身に纏う少女だ。――彼女の名前は、リディアーヌ・ディディエ。
浅葱が、“戦車乗り”と呼んでいた、
すると、リディアーヌの対面に座っている古城が、真剣な表情でリディアーヌに頼み込む。
「――その話、詳しく聞かせてくれ」
「わ、わかったでござる。か、彼氏殿」
こうして、今後を左右する話し合いが行われるのだった――。
ちなみに那月ちゃんは、悠斗のことを義息子のように思っています。
また、悠斗が凪沙と結ばれて、本当の母親のように喜んでいました。(表情には出さず、本人には内緒にしていますが)